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2018年7月12日 (木)

2年振りの東北。

2年振りに東北・宮城を旅してきました。宮城は家内の故郷、といっても転勤族だった義父の事情で生まれたのは北海道(美幌・本人の記憶には無し)、幼少期は大阪で過ごし、小学校からが仙台です。ただ実家のあったのは宮城県北部内陸地、北上川沿いの登米市ですが、義父の教育的配慮での母子での仙台暮らしだったそうです。地元名士だった祖父の死去に伴い実家を継いだ義父は、登米市と仙台市とを行ったり来たりの生活、家内は登米市に住んだ経験は無かったものの、夏休みや冬休み、長期休暇は田舎で過ごしたそうです。私達の子供が小さかった頃は、家内に連れられて我が屋の子供達もこの北上川沿いの田舎町で夏の何日かを過ごすのが毎年の恒例でした。この春5月に義父の13回忌があったのですが、5月GWの東北道は尋常ではなく、こちらに配慮しての「地元家族だけで、」の法事となりました。で今回、家内と2人でのお墓参り訪問となりました。2年振りの東北旅行です。

7日10時頃に出発、北関東道経由で東北道を北上。いつも通り那須SAで1回休憩して仙台到着は15時頃でした。Line_1530934288491_2

7日の予定、まずは楽天生命パーク球場での楽天・西武戦です。16時プレーボールですのでホテル到着後慌ただしく出発、タクシーで球場へ。立派で楽しそうな施設ですね。(内は見てませんが)グッズショップも充実していそうです。当日の先発は懐かしの岸、この時点で勝ちは半分諦めていました。岸投手は元々が宮城県仙台市出身ですので、残念ではありましたが楽天への移籍は致し方なかったと、本人を思えば喜ぶべきなのでしょう。岸に会えるのは嬉しいですが、最下位球団にあっての防御率1位投手ですのでライオンズの勝てる可能性は低くなります。

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球場には続々とエンジユニの地元ファンが押しかけます。一般発売開始2日後にネット接続したのですが、土曜日とあってすでにほとんど満席状態でした。横並びの席が確保できず、やむを得ず縦並びの席になってしまいました。前席が家内、やっぱり不便ですね。

立ち上がり、岸はやや不安な状態ながら強力西武打線を2点に抑えましたが序盤コントロールいまいちで球数を使い7回で降板、一方西武多和田は好調で6回までを1安打に抑えます。一般には西武優位!に思えますが、西武ファンは別なことを考えます。「多和田出来過ぎ、この後大丈夫だろうか?不安・・・」、そして不安は的中します。6回まで完璧だった多和田が7回突然にに別人となり2点献上で同点、8回に栗山のHRで再び1点リードしたものの8回裏アマダーに打たれたところで降板、リリーフ不安の西武に暗雲が差します。家内友人との会食の予定があり、ここで球場を後にしました。7:3で「負けた?」との思いのままで。1点リードでは勝ちを予想できない今年の西武ファン・・・。

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しかし仙台での楽天熱は相当なものです。これまで千葉でのロッテ戦、神宮でのヤクルト戦などのアウェイを経験してきましたが、それとは全く異なります。一応ビジター席を確保したつもりだったのですが、周囲はほとんど楽天ファンで埋め尽くされています。西武ファンは飛び飛びぽつぽつと近辺には数人のみ。その中で西武キャップ・ユニでの観戦です。さすがに歓声は掛けにくい、旗も振り辛い。1枚目写真、中央右寄りに見える青の塊が外野自由席でのライオンズ応援団です。私の席の7~8列前に、岸ネーム入りライオンズユニでの観戦女性が1人いました。岸選手ユニ、他はもちろん全部エンジ色です。

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ホーム球場ならではの楽天応援企画も楽しそうで地元盛り上げは上手いですね。敵地ながら郷土愛楽天愛を感じられる球場でした。ライオンズレオ君も遠征してきてました。

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待ち合わせた家内の地元友人は中学・高校の同級生です。仙台を訪れる時は必ず会う親しい友人です。市内繁華街での居酒屋で会食、ここ暫くの情報交換・知人の近況等で花を咲かせます。酒の肴は、ダダ茶豆・ホヤ酢・カツオ叩き・煮込み等々地元の味を堪能しました。酒は地元の一ノ蔵。会食の初めには、スマホ画面にライオンズ3-2での逃げ切り勝利の報も。岸君にはお気の毒でしたが。Img_20180707_192535_2

Img_20180708_071453 仙台での2日目、7月8日の朝は暑くなりそうな予報、それでも蒸し暑くはなりませんでした。ホテルで朝食を済ませた後に義兄宅を訪問、久々のご挨拶をさせて頂きました。お兄さんも登米市に住んだ経験は無く、仕事の関係で仙台市内に住んでいます。義父義母共に亡くなって住む人の無い実家は先の震災で危険建物に指定されています。義兄も今後共実家に住む予定は無く、土地建物の扱いに困っているようです。

早々に義兄宅を辞しお墓・実家のある登米市へ。距離の割に時間のかかる行程でしたが近くまで高速が延びだいぶ楽になりました。墓は通りから少し登った草深い場所にあります。5月に法事があり義兄達が訪れ掃除したようですが、この季節ですのですでに雑草に覆われています。

Img_20180708_131628_4 Img_20180708_132508 お墓から実家に移動、現況を確認しました。義母が毎年漬けていた梅は拾う人も無く散らばっています。義父が丹精した庭も荒れています。ひとの住まない家は寂しいですね。蔵のひび割れ、2階の歪みも酷くなっています。壊すにも直すにも費用が掛かります。田舎ではそうそう売れるわけでもなく難しいですね。

気仙沼には義姉が住んでいます。「時間があれば」とは思っていたのですが、気仙沼は”陸の孤島”、宮城とは言えほとんど岩手県です。当日の宿泊は女川を予定しており、気仙沼ー女川往復は少々厳しい、今回は断念しました。親族は無事だったとは言え気仙沼も震災被害の激しかった土地、復興の具合を確認したかったのですが。

女川町にも家内は短期(2年ほど)ですが住んだことがあります。私は震災後は2回目、家内の住んでいた頃(35年ほど昔)にも1度訪れたことがあります。家内は震災後で3回目の訪問になります。宿は2年前と同じ”トレーラーハウス”です。大津波で流された地元旅館の女将が作ったホテルです。宿を再興させようと図ったものの建築許可が降りず、苦肉の策が”移動できる”トレーラーハウスだったそうです。2年前とは場所も異なっています。2年前は駅から離れた高台でした。今回は駅のすぐ近くが整備され移動してきています。宿泊棟は車付き、事務所やレストランは普通に地面に着いています。「宿泊設備は建築許可が降りない」ということのようですね。ともあれ駅近になって便利になりました。室内も綺麗で十分な設備です。

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当日も西武・楽天戦は接戦でした。好投の菊池雄星は9回を1失点に抑えましたが、楽天塩見も8回1失点の好投、延長戦に。10回表外崎・メヒアの連続HRで一旦は勝ち越しますがリリーフ・カスティーヨが打たれて再び同点。ここで家内がしびれを切らして止むを得ずTV観戦を中止して風呂へ出かけます。

野球は結局、この日も西武が危うく逃げ切り勝ちました。が、9回熱投の菊池の勝ちを消したカスティーヨが、11回の秋山のHRで(自分が打ったわけでもないのに)勝ち星を拾うという今のルールには納得できません。勝ち星を得るなら、どう見ても菊地でしょう。何とかならないものかなぁ?

津波被害で街の半分以上を削られた女川町、駅周辺は綺麗に整備され家内の記憶とは全く異なる街となっています。仙石線の最終駅、30数年前での訪問で、海を指して途絶える線路は印象的でした。その点では今も同じですが、駅舎は近代的になっています。駅舎に温泉設備が併設され、今回はそこを使ってみることにしました。2階にある温泉は男女別、中には湯舟が2つ、単純な造りです。今流行りの健康ランド的な温泉設備のようなジェットバスや炭酸湯等の設備はありません。蛇口は10個。宿の狭い風呂を使うよりはゆったりできますが、そこまでです。脇にはTVのある休憩所、1階には売店があります。

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夕食の場所を探して”シーパルピア女川”を周ります。女川駅前にできた近代的商店街です。夜は寂しい~。日曜日の夜、多くの店は閉まっています。昼間は多少は賑やか?なのかも知れませんが、泊まる観光客は少ないでしょうからね。2年前に訪れた「OWL」は閉まっていました。後で聞いたらオーナーが体調不良だったとか。「居酒屋カフェM」という店で夕食しました。海鮮メニューの少なかったのが残念。

Img_20180709_072818_2 Img_20180709_072830_2 翌10日は仙台でお土産買い、朝食後女川港をちょっと見て早々に出発しました。女川の街は相変わらずあちこち工事中です。高台に住宅地を造成中のようですが、住民は戻ってくるのでしょうか?震災での人口減比率の1番高いのが女川町です。

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仙台駅近くに車を停め駅ビルで買い物。牛タン・笹蒲鉾・ホヤ・ずんだ餅・そして一ノ蔵酒造の発泡清酒”すず音”、一ノ蔵は足利でも売っているのですがこれはありません。以前、東北復興支援イベントが足利で催された時一ノ蔵酒造が参加出品していた時に買って美味しかった発泡酒です。甘くてシャンパンのようなお酒です。昨夜飲みました。牛タン(真タン)も美味しかった!年々高くなるずんだ餅ももうありません。残るは笹蒲とビン詰めホヤ、今晩出るかな?しかし皆年々高くなります。焼き雲丹、美味しそうだったけど手が出ません・・・。

Img_20180709_122139 お昼は駅ビルで買った雲丹イクラ弁当、旨し。でも「ご飯にも雲丹を沢山混ぜ込みました」って、少なくとも”沢山”では無かった。

帰途、福島猪苗代湖奥の裏磐梯、「諸橋近代美術館」に立ち寄りました。スポーツ量販店”ゼビオ”の創業者である諸橋廷蔵氏のコレクション、造った美術館だそうで、メイン収蔵はサルバドール・ダリとなっています。ゼビオって儲かってたんですね。

ダリ作品は素晴らしいコレクションですが、英国現代作家パメーラ・クルックの作品も面白かったです。若手新進だった時代、オークション参加で訪れた英国でたまたま画廊を訪れ「全部」の大人買いしたそうです。作者も「映画のような出来事」と語っていましたが、ダリ1作を買うに比べたら安かったのでしょうが、さすがの先見眼でした。

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2018年7月 5日 (木)

太田百合の里

家内の友人が勤めている縁で、2015年以来毎年訪れている施設です。でもだいたいの年、盛りの時期を過ぎてからの来園になってしまっています。今年も案の定、季節を逃しましたが、それ以前に今年は猪被害(猪が百合の球根を食べてしまう)で悲惨な状況でした。捕獲猪は20頭越えだったとか。訪問は7月1日でした。

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正面でもパラパラ、丘陵の上の方はポツポツ状態でほぼ全滅でした。盛りの時期に訪れることのできた2016年は↓こんな景色でした。2016年6月24日でした。

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ま、景色は残念でしたが、主目的のひとつは庭用の百合購入です。そちらでは知り合い関係で毎年オマケして貰っています。今年も6本購入で2本おまけ追加して頂きました。蕾状態での購入ですでに何本かは咲いています。

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以前購入の百合も、もう季節は終わってしまいましたが毎年楽しませて貰っています。

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庭の株も増えますし、新たに8本植えましたので来年は更に賑やかになります。

展覧会あちこち、東京・高崎。

5月・6月、友人の展覧会もあったせいもありますが、結構頻繁に上京していました。折角東京まで行くなら、と、都合の合う展覧会を巡回しました。面白そうな展覧会が続いたせいもありますが、情報を得ると行きたくなってしまう、映画館での”予告編”を見て興味を持ってしまうのと一緒かな?ただし、映画の予告編は実際の筋書きや内容から意図的にずらして客を「騙して集客を図る」部分もあり信用できませんが。

5/24「ジョルジュ・ブラック展 パナソニック汐留美術館」 ピカソと並ぶキュビズムの巨匠ですが、今回の企画はちょっと変わって”ジュエリー”がメインです。知らなかったのですが、晩年には宝石デザイナーとコラボしてジュエリー制作に没頭していたようです。半抽象のテーマからの転用、こうして観てみると発想も理解できます。しかし材料がナンセ高価ですから、巨匠が芸術作品として造ってはいったいどの程度の価格・価値になるのやら想像ができません。多くは美術館所蔵のようですが、個人で持つセレブも居るのでしょうね。この日は、以前の日記でちょこっと書いたのですが、来年秋に計画している4人展の打ち合わせでの上京でした。早めに出て打ち合わせ前に美術館に寄りました。

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2人展開催中の高校時代友人の多摩美大教授、銀座での第2会場展示も観てきました。モノプリントの作品で20,000円というお手頃作品もあって気持ちが動いたのですが、この時期は予算超過、我慢しました。

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5/27「ターナー 風景の歌 損保ジャパン日本興亜美術館」 私の画風とは大きく異なりますが、好きな画家のひとりです。好むタイプの作品は少なかったのですが勉強になりました。以前から考え答えの出せなかった疑問にも少しは近い回答が出た気がします。

Img_20180527_133033_5 Img_20180527_133844_2 Img_20180527_134043_3 水彩画、特に”淡彩”と呼ばれる技法での作品に関してです。日曜画家向けの水彩画講習や技法書、絵手紙指導等でよく見られる描き方です。「綺麗・上手い・じょうず」とは私も感じるのですが、それでもどうも同意できない、気に入らない、良いと思えない、その理由が自身でもはっきり掴めずに居ました。話は40年も以前に遡ります。大学美術部時代、後輩に水彩画の上手い男が居ました。夏合宿での作品批評会で彼の作品を散々に貶してしまいました。上手いのは判る、でも好きになれない、皮肉を込めて「何処で手を抜いた?」と、若気の至りで批判してしまったのです。自身でも「上手」と認めながら何処が気に入らないのか、よく理解できていませんでした。後で彼、悔し涙を流していたみたいです。作品の欠点を具体的に指摘できないままでの辛辣な批判、今でも脳裏に残ってしまっています。最上級生としては相応しくない対応でした。若い独り善がりでの残酷さですね。

ターナーの水彩画を観ていて、”淡彩”技法との差に気付いた部分があります。単純な、なぜ今まで気付かなかったのか不思議な事柄です。ターナーは風景など対象を”見つめて”描いている、そっくりそのまま写すということではありませんが、少なくとも対象から得たインスピレーションを造形しようとしています。一方”淡彩”は型通りの技法に対象の方を当て嵌めている、つまりは”技法”がメインになってしまっている部分があるように思うのです。風景なり静物なり、対象を見なくても描けるようになってしまう不幸ですね。「上手気に綺麗に描く」しかし対象物への理解や観察・感情は薄まってしまう、そこがきっと私の不満を持って見ていたところなのでしょう。例えば薔薇の花束を描くとします。同じ薔薇でも同じ色・種類の薔薇でも、よく観察すると1輪1輪、また花びら1枚1枚でも異なります。それを”薔薇”という概念で描いてしまう、実物をある意味無視して、筆捌きで綺麗に見えるように描いてしまう、そう考えると”淡彩”技法を編み出した人、指導している人の罪は軽からず思えてきます。「良い作品」ではなく「上手に見える」作品を描く、趣味講習では有り勝ちなのかも知れませんが、やはり本質から離れた安易な道ですよね?

ターナー展の後、再度友人の2人展メイン会場の方に顔を出しました。3回目です。この展示会で2点を購入しました。最後の2点がそれです。

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5/27、この日のメイン目的は実は、「森高千里30周年ライブ」でした。展覧会場から三軒茶屋の昭和女子大人見講堂に移動しました。シングルカット曲を2日間に渡って発売順に歌うという、かなり変則なライブです。構成的には疑問が残りますが、「思い付いたらなんでもやってみたい」森高ワールドの所以でしょう。ベテランファンにとっては、青春時代を順繰りに蘇らせる効果はあったようです。私の参戦は残念ながらこの日1日のみ、後半を体験することはできませんでした。

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5/30「水野暁 リアリティのありか 高崎市美術館」 以前何処か?で浅間山を描いた大作を観て興味を抱いた作家です。今回も中々面白く拝見しました。技法はリアリティですが、時間の経過した風景を同じ画面に重ねたり、写真のようにそっくり描くのとは違った”リアリティ”を表現しています。下段中央がその浅間山大作ですが、半分しか入りませんでした。

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そこから「高崎市山田かまち美術館」へ移動。個人美術館だった時代に1度来ていますが、今の建物になってからは初めてです。高校生時代にエレキギターでの感電事故で早世した、”画家”にもまだなっていない青年か少年か、彼の幼少期から高校時代までの作品を集めた美術館です。私よりは7歳年下ですが、生きた時代には共通性もあります。氷室京介とバンドを組んだ(高崎市出身・同い年)こともあったそうですので、そのまま成長していれば画家では無く演奏家になっていたかも知れません。同じ年頃での私の作品と比べると、自信過剰ではなく私の方が技法的には上だと思います。だた、私の絵は硬くて面白みがない、その点でかまち作品は自由で弾けています。「上手い絵」を描こうとしていない、そこが才能なのでしょうね。

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6/28「プーシキン美術館展 東京都美術館」 だいぶ前に上京した時、多分「プラド美術館展」の時だと思うのですが、前売り券を購入していました。初めての”シニア券”です。シニア設定の無い展示会もあり、割引率も様々ですが、プーシキンは”半額”という大盤振る舞いです。買った当時はまだ64歳、65歳になって初めて使えます。

Img_20180628_130942 「旅するフランス風景画」という副題が付いています。印象派以前の、クロード・ロランやジャン・フランソワ・ミレーに始まり、ギュスターブ・クールベの写実派を経て、印象派の萌芽カミーユ・コローやアルフレッド・シスレー、カミーユ・ピサロ、そしてルノワールやモネへと続きます。展示会の目玉ともいうべきクロード・モネの「草上の昼食」も見事ですが、最後のフロアでのポール・セザンヌの「サント・ヴィクトワール山」、そしてモーリス・ド・ヴラマンクの「オーヴェールの風景」、圧巻はピエール・ボナールの大作「夏・ダンス」、もう目が眩むばかりです。さすがロシア三大美術館です。

今回は図録も購入、2,300円、でしたが・・・・・・・・全く阿呆なことに電車内に忘れてきてしまいました。手に、ゴミ箱が無いので捨てられないゴミ入りスーパーバッグと図録入りビニール袋を一緒に持ち、気付いたらゴミ入りだけになってました。逆なら良かったのに・・・。藤田嗣治展の前売り券も入ってました。JR、営団地下鉄双方に問合せしましたが、出てきませんでした。悔しいよ~。

上野から乃木坂の国立新美術館へ。地元の画材屋に無料招待券があった「日象展」、特に興味のある公募団体ではないのですが(というか名も知らなかった)、腕試しに何処か応募してみようと考えていて、知名度の高い公募団体はどうせ無理ですから「どんなものかな?」との視察がてらです。ま、公募団体としてのレベルは下の方ですね。会員作品は確かにそれなりですが、一般応募作品は多少上手な素人愛好家レベル作品も入選しています。入賞は無理でも入選可能性はかなりあるように(自信過剰?)感じました。来年出してみようかな。次回国立新美術館に来るのは「ルーヴル美術館展」、家内分と2枚、前売り券購入済みです。因みに家内も大学時代は美術部に属していました。Img_20180628_155144_2

 帰途銀座に寄り、名前も懐かしい「南天子画廊」を覗きました。所蔵の宇佐美圭司作品が飾られてありました。東大食堂にあった壁画が、改装の折に無知な職員により「廃棄処分」されてしまったという、あの宇佐美圭司です。全く信じられない話です。大学生時代には新進気鋭の若手作家、池田満寿夫・荒川修作・三尾幸三と並び憧れの作家でした。下写真は画廊で買った和歌山県立美術館での図録で、会場にあった作品ではありません。最後の写真は私のコレクション、シルク小品。

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ゴルフ、6月~7月3日まで。

趣味のゴルフ、ブログに書き込み済みなのは5/15のレーサムゴルフ&スパリゾートまでですが、もちろんそれ以降お休みしていたわけではありません。真夏でも真冬でも、最低月2回はプレーしています。6月~7月3日までのゴルフをダイジェストで。

6/04(月)メイフラワーゴルフクラブ。東北自動車道矢板ICから15km、少々遠いけど1度行ってみたかったコース。転職有休消化中の息子とツーサムで。

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何しろ驚かされるのはその威容、表はビザンチン風?コース側は西欧宮殿風、経年で擦れた壁が寧ろリアル感を醸し出しています。バブリーなクラブハウスもあちこち見ましたがバブリー度ではここが1番かも。

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館内も豪華です。教会まであります。以前はここで式を挙げるゴルフ好きカップルも多かったとか。ロッカーも広くて落ち着いています。施設が広過ぎて無駄に歩きます。(笑) レストランもご覧の通り。写真は撮れませんが風呂も広くてリラックスできます。8x8m位?の大型檜風呂でした。コースはフラットでストレート、池やバンカーの配置で戦略性を高めています。難しくなり過ぎない程度で楽しめます。もう少し近ければHCにしたいくらい。前半ロングでダブルパーを叩くなどパットで苦労して「57」、後半「52」に抑えてまぁまぁの「109」、息子は大叩きの130超え。最後に息子にかき氷奢って貰いました。

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6/13(水)足利カントリークラブ多幸コース。GORA1人予約での早朝スルー(5:07スタート)、カレーのセルフ簡易朝食付きで3.900円とお得価格です。キャディバッグ積み込み等もセルフです。浴槽は利用できません。早起きは苦になりませんし9時半には終了できましたので1日を有効に使えます。「足カングリーンは速い」という意識がありますが、早朝の湿ったグリーンと乾いた後半との速度差に対応できず「43」パット叩いて「58」「54」の「112」で終了。

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6/17(日)城山カントリークラブ。通うゴルフ練習場でのゴルフスクールの定例コンペ(年2回)です。スクールには今は所属していないのですが、コンペだけはだいたい参加しています。今回の参加は28名でした。会場はいつも決まってここ:城山です。昔は東武系のゴルフ場でしたが、清算で菓子メーカー「シャトレーゼ」経営になってからデザートバイキング等で女性客が増え、人気を博しています。私の1番プレー回数の多いコースです。距離は短いのですがアップダウンがありフェアウェイは狭くトリッキーです。2010~2011年ころは2~3回に1回は100を切れたのですが近頃は全くです。ここでの最後の100切りは2016年6月の「96」でした。今回も後半パットが乱れて「51」「60」の「111」で19位、賞品はコーラ2Lボトル6本でした。夕方からは居酒屋で表彰式宴会も。

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6/25(月)太平洋倶楽部佐野ヒルクレストコース。会社経営時代の友人からの誘いで3人で。おひとりはお坊さん、怪我から復活しての2年振りのプレーとか。グリーンが綺麗でお気に入りのコースではありますが少々お高い。今回は友人の割引券使用で平日9,130円。これでもかなり安い(通常は11,000円程度)

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フラットでほとんどのホールでピンが見渡せます。距離は短め。インスタートで「54」「52」とまずまず。パーは1つだけだったけれどパットが「34」でしたのでスコアが纏まりました。池の蓮が綺麗に咲いていました。

7/03(火)唐沢ゴルフ倶楽部唐沢コース。火曜日休みの高校時代友人との恒例ゴルフ、だいたい2ヶ月に1回程度は彼と周っていると思います。今回は今年リタイアして平日ゴルフができるようなった同じく高校友人と、火曜休みの知り合い美容師さんとの4人でのプレー。地元名門ゴルフ場ですが、佐野の親戚から頂いた株主優待割引券で割安に。

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唐沢ゴルフ倶楽部には唐沢コースと三好コースとがあります。同じ経営ですが隣接してはいません。コンペ等でコースを間違ってしまうケースも度々。三好は距離があり、唐沢コースは短くてアップダウンがあります。グリーンが高麗なのが唐沢コース1番の特徴で、「登りの巡目」とかは距離感が狂って戸惑わさせられます。この日はいつもにも増してグリーンが遅く(今までになかった位の超遅めグリーン)、遅いと判っていてもついつい打ち切れずパット「39」。スコアは「55」「51」での「106」、合計はヒルクレストと同じスコアですが、パットは+5です。最大でトリプルまで、大叩きホールの無かったせいで纏まりました。フェアウェイキープ率、ヒルクレ71.4%、唐沢57.1%と成績とは逆の傾向ですが、これは両コースのフェアウェイ広さの差ですね。3番目にプレー回数の多いコースですが、2番目に多い三好コース同様、1度も100切りに成功していません。

この後、7月中に1回、8月に2回、9月~12月にそれぞれ1回ずつすでに予定が入っています。9月にはもう1回入りそうだし、今年後半も月2~3回ペースにはなりそうです。1回位は100切りしたいなぁ~。因みに至近100切りは5月のオリムピックスタッフ足利での「99」です。

2018年6月28日 (木)

韓国が勝った、今晩は日本戦。

信じられない思い、韓国がドイツに勝利?! 韓国監督が「勝つ確率は1%」と言っていた試合、油断させるための発言だったのか?これでドイツは出場19回で初めての1次リーグ敗退、前回優勝国の敗退も初めてでは?日本の「大会1の番狂わせ」の地位も奪われた。

セネガル戦を見て、コロンビア戦勝利が「たまたま」ではない、「日本は強くなった」と確信、「強いから勝つんだ」だから「ポーランド戦も大丈夫」と思い始めていた、けど、また心配になってきた。意外と番狂わせの少ない競技、初戦心配された列強国も結果的には皆勝ち残ったし。だからドイツも結局は勝ち残ると思っていました。しかも2-0の韓国勝利、28本のシュートをことごとく阻まれたドイツ、サッカーって怖い・・・。

7/05追記、日本代表がんばりました!2大会ぶりの決勝トーナメント進出、ベルギーに破れて初のベスト8入りは逃したものの、本当に”今1歩”でした。後半アディショナルタイムでの失点によるマサに”サヨナラ負け”ですので選手達の悔しさは「半端ない」でしょうが、サポーターとしてはこれ以上望むべくもない感動でした。”夢”は4年後に持ち越しになりましたが、4年後にはすでに”夢”ではなくなっているでしょう。コロンビア戦では多分にラッキーな面はあったと思いますが、セネガル戦・ベルギー戦では「強くなった日本」を実感できました。さぁ、次は来年のラグビーW杯!申し込み済み先行予約、さて当選は?そのためにわざわざマスターカード(大会スポンサー、当選確率が上がるとか)作ったんだから。

2018年6月25日 (月)

決勝トーナメントへの進出はあるのか?ありそう💛

セネガル戦、はらはらしましたが何とか引き分けに持ち込みました。これで最終ポーランド戦で勝つか引き分けで自力勝ち抜けできるまでになりました。「ポーランドに勝つか引き分け」、W杯開始前では絶望的に思えるほどの条件ですが、今では「易々と」までは行かないまでも、かなり確率の高い条件に思えるようになりました。初戦コロンビア戦での勝利は、棚から牡丹餅、天から頂いたプレゼント的な”ラッキー!”感の方が強かったのですが、今回は「日本の強さ」を感じた一戦でした。先取点を取られた段階では「まだまだ」との思いが強かったのですが、2度目の先行点には「ここまでかな・・・?」との諦め感も正直ありました。しかし選手たちにはそんな思いは無かったようです。日本を応戦しながら見縊っていました。こんなに強かったンですね、SAMURAI日本!自信に満ちた代表チームでした。監督交代が結果的には良い方に転びましたが、それ以前に、日本代表チームは強くなっていたのですね。しっかり自力は育っていた、それが監督交代を好機として表面に現れた、そういう事だったのだと思いました。日本の得点は2点とも、流れの中からしっかりと得た得点でした。知らない間に、日本代表チームは変わっていたのですね。

日曜日、足利市運動公園陸上競技場でのJ3栃木ウーヴァ対市原FCを観戦に出かけました。現在勝ち点で並ぶ同士でのJ3首位争奪直接対決です。結果は栃木の勝利に終わりました。これで単独首位、J2昇格の可能性も出てきています。そんな栃木ウーヴァを見ていて思いました。J2昇格前の栃木SC、JFL時代の栃木SCですが、それに比べ今のウーヴァは格段に強い気がします。きっと今のJ3とJFLとは別物なのでしょう。日本のサッカー自体が底上げされ、自然代表チームもレベルアップした、そういうことだったんじゃないかと思いました。

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Img_20180624_161810_5 Img_20180624_165355 Img_20180624_165602 Img_20180624_170155 Img_20180624_170207 

栃木ウーヴァはお隣栃木市を本拠とするチームです。足利市での試合数も多く、来週も足利で試合があります。そこで心配になりました。昔のJFL時代の栃木SCも年2試合?だったでしょうか、足利で試合があり応援に行っていました。それがJ2に昇格になり足利での試合が無くなりました。競技場がJ2規格に合わないようです。ウーヴァはどうなのでしょう?仕事でお酒でお世話になった先輩の会社がメインスポンサーになっている縁もあり観戦に来たのですが(昨シーズンも1回)、今日の試合を見て「また来週も」と思っています。足利での試合の無くならないことを祈りつつ、栃木ウーヴァの奮戦を祈ります。

2018年6月24日 (日)

秩父・高崎 版画展巡り

19日は東秩父村での「版画フォーラム 和紙の里ひがしちちぶ展」へ。高校美術部同期の友人が何度か入賞したことがあるとかでパンフを頂いたので、ドライブがてら行ってみました。作品は「版画らしい?」作品が多く、あまり興味はそそられませんでした。今回友人は出していなかったようです。ただ、友人から貰ったのとは別の、会場にあった更に詳しいパンフにちょっと興味をそそられる版画個展が近くのレストランで協賛展示として開かれているとかで、行ってみました。パンフに乗っていたヒガンバナ作品、記憶にあります。展示会で観たのか、美術雑誌で観たのか?思い出せませんが。

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展示会場となっているレストランは東上線小川町駅前にあり「エシカル」という名、「エシカル」には「倫理的」「道徳的」とかの意味があり、「動物や環境や人や社会に配慮した工程・流通で製造された商品を選択し、そうでないものを選択しない」という消費活動、だそうです。お店のママさん、中国か韓国か?という名のようです。姓は日本系。韓国系の料理があるようなので日本人と結婚した韓国人なのかな?今回はアイスコーヒーだけしか頂きませんでしたが、来月再訪予定ですのでその時は何か食べてみましょう。ただ、昨年の大病以来味覚が変わってしまっていて、大好きだった韓国料理が辛過ぎて感じられるようになっています。

Img007_3 作家さん、積山ミサさんも会場にいらっしゃいました。広島在住の方で、版画フォーラムに出展・入賞されたのが縁での遠隔地個展のようです。地元ではFM局のパーソナリティもされているとか。昨年の「日本版画会展」で文部科学大臣賞を受賞されています。「観た記憶」というのはその関連だったのかも知れません。因みに先の高校美術部友人も同展で一般公募奨励賞を頂いています。会場で少しお話しさせて頂いたのですが、「日本版画協会」と「日本版画会」とを混同して話していたことを後で気付きました。小さな版画作品を2枚頂くことにしました。来月中旬か下旬に受け取りに伺います。会場の写真、撮り忘れました。

21日には高崎へ。高崎での当初の目的は映画でした。すでにプログに記した「タクシー運転手」です。映画も良かったのですが、映画館に置いてあった版画個展の案内ハガキに興味を惹かれました。銅版画展です。会場も近かったので寄ってみることにしました。

Img009_3  Img008_2 「高橋未歩銅版画展」、作家さんも在廊中でした。若い女性の方です。群馬出身在住の方ですが、東京の版画工房に通っているとかで、先月友人の展覧会で通った「アートコンプレックス」での細密版画展にも出品されていたようです。作品はちょっとエロチックで痛々しさを加える、逆に近頃ありがちな作風ではありますが、技法はしっかりしています。ただちょっと”硬い”気はします。もうひとつ剥けて独自の世界が開ける可能性に賭けて1作購入することにしました。剥けてからでは高くなって買えなくなりますから。若い女性の場合、結婚出産で制作活動を止めてしまう作家さんも少なくないのでその点が心配ですが。最後の写真が購入作品です。早速昨日額装してきました。

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ここ暫くで、作品購入で随分使ってしまいました。先月の「たゆたう4」2人展で、友人の丸山浩司多摩美大教授作品と城戸真亜子さんの作品、2点で額代込10万円超え、そして予定外の上記作品購入合計3点で3万円ほどになります。秩父・高崎での購入は予定外、高崎に至っては展示会自体が当初は目的地になっていません。作品との出会い、これも”縁”ですね。

2018年6月23日 (土)

「万引き家族」と「タクシー運転手」

最近に観た映画2作品です。「万引き家族」は地元映画館で20日に家内と一緒に。ご存知の通り、今年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した作品です。世界三大映画祭での最高賞受賞作というと、だいたいは「面白くない」という印象があります。この作品もそれですね。ただこの場合の「面白くない」は作品の質を表す言葉ではありません。単に「エンタメではない」という意味です。映画は”面白くすべき”なのかどうか、難しい部分です。ただ、最近のハリウッド特撮・アクション作品のように、刹那の”面白さ”だけに特化した作品には疑問符をいくつも付けてしまいます。

事前に詳しくは内容を調べずに観に行ったのですが、”家族”という部分では私の想像通りでした。「多分本当の家族ではないのだろうな・・・」という点で。しかしその内容は想像以上にシリアスでした。つい最近ニュースになった幼児虐待、そしてDV、パチンコ店駐車場幼児放置や浮気・略奪婚も含まれているらしい。それぞれに事情を抱える5人”家族”に両親に虐待される女児が新しい”妹”として加わる部分から話が展開します。

私は小さな子供と遊ぶのが苦手です。目線を下げて同化して遊ぶことができません。結婚前は幼児・赤ちゃんを見ても「可愛い」と思うことがあまりありませんでした。それが結婚して長女が生まれて変わりました。可愛くて愛おしくて堪りません。今でも3歳の頃の娘には恋心coldsweats01を感じます。あの時代に戻れないことが寂しく感じます。父親にとっての娘、”永遠に結ばれない片恋の相手”だと思っています。「親孝行の必要は無い、子供は3歳までに一生分の孝行をしている」というのも本当だと感じています。そんな子供に対して”虐待”という行為が何故に可能なのか?どうにも理解できませんし、先のニュースにも居たたまれない辛さを感じてしまいます。

作品は、離婚した元夫の子供夫婦にたかる老婆、その老婆の家に同居する様々な過去を抱えた”家族”、万引きはするしその万引きを子供達にも教え協力させる”親”、性風俗店で働く娘、事実上の”誘拐”にも匹敵する幼女連れ去り、客観的に見れば「どうしようもない連中」です。しかしその生活には”家族”というものの本質を鋭く問い詰める投げ掛けがあります。シリアスに投げ掛けられたその現実に、映画を観ていても辛くなります。「画面に夢中になり時を忘れる」という没入以前に、「早く先に展開して欲しい」「もうお終いにして欲しい」とまで感じさせる辛さです。あまりにリアルでシリアスで、また俳優陣が皆上手過ぎて、「百円の恋」の安藤サクラはすごい女優ですし、樹木希林やリリー・フランキーはもちろん、子役達が上手過ぎて一層辛くなります。棒読みの昔々の子役は兎も角、しっかり役柄を捉え理解して演じているように見えます。あの歳でこの役柄を理解してしまったら、その辛さを知ってしまったら、そう考えると気の毒でなりません。そしてリアルなあまり”希望的観測”も付け加えては貰えません。どうしようもない現実を突き詰められたまま劇場を去らねばなりません。パルム・ドール綬章の理由や価値は判りますが、「面白くない」と感じた理由も観た方には理解頂けると思います。「面白くない」しかし「観なければ良かった」とは思いません。そんな映画作品でした。

 

翌21日には、高速を使って高崎まで、地元上映の無い韓国映画「タクシー運転手」を観てきました。名優ソン・ガンホ主演での、1980年の韓国南部光州市で起きた「光州事件」を題材とした作品です。軍事政権に反対する民衆の抗議デモに(警察では無く)軍隊が派遣され実弾を発砲、多数の一般民衆(百数十人、後遺症での死亡・行方不明者を含めると500人以上とも)が亡くなった事件です。しかも光州市は完全包囲され電話も遮断、韓国内でも事件真相は全く報道されず、「反政府主義者(アカ・共産主義者)の暴動で警察官が死亡」と報道されたのみだったそうです。そんな光州市に危険を顧みずに侵入したドイツ人記者とそれを運んだ韓国人タクシー運転手の、実話を基にした映画です。

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光州事件は、映像を日本に持ち帰ったドイツ人記者により全世界に発信、事実が知られることになりました。NHK報道で初めて事件を知った韓国人も少なくなかったそうです。しかし当時の日本ではあまり関心を呼ばなかったようです。27歳だった私の記憶には残っていません。韓国にはなんの関心も持たなかった時代です。事件の起きた1980年の夏、新婚旅行でフランスに向かいましたが、航空会社は大韓航空(安かった)でのソウル乗り継ぎ便でした。パリに向かう乗り換えでの金浦空港、マシンガンを抱える空港警備の兵士に「物騒な国だなぁ」と感じたことを憶えています。そんな大変な時代だったとは夢にも思っていませんでした。日本は平和真っ盛りのバブル期です。

「タクシー運転手」は、事実を基にした作品ではありますが、かなりの虚構が加えられ”盛って”あります。「あり得ないだろう!」と思わせる軍車両とタクシーとのカーチェイスとか、韓国映画にありがちなエンタメ的”嘘”があちこちにばら撒かれている感じです。何処までが事実で何処からが”盛り”なのか?はっきりしません。事実を全く書き換えた「軍艦島」や「暗殺」等、知らない人達には大いに誤解を与えるであろう設定脚本も意に介しないのが韓国映画です。その範囲では、誇張はあるでしょうが、「光州事件」という衝撃的な事件を描くにあたりその本質は外していない、エンタメとしての許容範囲での脚色だったようにも思います。シリアス過ぎて辛かった「万引き家族」を観た後でしたので、少しは許容範囲が広がっていたかも知れませんが。

2018年6月20日 (水)

祝 日本勝利!

溜まった近況書き込み途中ですがひと言、🙌バンザイニッポン!まさか本当に勝てるなんて思いませんでした。soccer

2018年6月18日 (月)

またまた矯め込んでしまいました。

前回書き込みが5/19、その後もあっち行ったりこっち行ったり歩き回っていたのですが、書き込みさぼり続きです。やはりFacebookにちょこっと書くとそれで済んだ気になってしまうのですね。でもFBはやはり流れて行ってしまいますのでこちらにも留めたいと思います。

まずは最近の上京に関して。展覧会関係での上京が続きました。5/24は来年に予定されている4人展打ち合わせ、4月にもやりましたが、今回はもう少し具体的になります。4人で候補画廊に集結、壁面構想を練ります。広さとか価格とか時期とか。その後近くのレストランで食事しながら打ち合わせ。まず、会場画廊は見学した画廊に決定、時期は来年11月上旬に。あとはそれぞれの出展数とか。まだ1年半ありますが、のんびりしているとすぐその時期になってしまいます。私自身絵画制作に復帰して1年ほど、ようやく油彩を描き始めたばかりです。筆捌きは意外と憶えているものです。ただ、画想イメージは戻りません。最初は「何を描こうか?」画題を探す状態でした。学生時代はそんなことはありませんでした。描きたいもの描きたいイメージが次々と現れ、描く方が間に合わず書き損なったイメージも多々ありました。画題を迷う暇が無かったのです。それが今では逆ですので6月に復帰してからの作品は、すべて具体的なもの、静物画・風景画に限られています。具体的な”もの”が目の前に無ければ描き進められません。それでも描き続ける内に、少しずつではありますが、「描きたいイメージ」も浮かぶようになってきています。若い頃そのままに戻るはずはありませんが、歳は歳なりに、描きたい”欲求”は必要です。画面に再現するのは静物や風景の”もの”ではあっても、描きたいのはその”もの”そのままでは無く、そのものを観ている自身の”心・想い”なのですから。

Img_20180618_174202 復帰第1作。昨年6月、パステル画講習会での初日作品です。クレパスは以前以前何作か描いていましたがパステルは初めてでした。

19758 昔描いたクレパス画。この頃の方が色彩も形も実際の風景に囚われることなく、自由に指が動いた気がします。

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20171027_10 20184_f6_4 20184_f6_5 クレパスとパステル、同じようでいてちょっと異なる画材です。最初は色の乗りの違いで戸惑いましたが、段々と慣れてきて多少は自由に描けるようになってきています。最初の頃の絵は見るからに”硬いですね。

201712_f8_3 20181_f10_3 20181_f8_3 アクリルは以前に1~2点描いていたはず、けれどどんな絵を描いたのか憶えがありません。乾きの速さには逆に扱い難さを感じた一面もありますが、筆捌きは油彩と同じですので慣れるのは早かった気がします。復帰後5点描いていますが、1点は気に入らず潰してしまいました。

20181_f10_7 潰した作品がこちら。昔のイメージを追い求め、未消化のままに描いてしまいました。内に無いものを形だけで描こうとするとアンバランスな作品になってしまいます。学生時代でも描いて潰した絵は多々ありました。当時はキャンバス代節約という経済的理由もありましたが。

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1981_mioumiouno4_b5_5 Img_20180204_221047_3 こちらが旧作、キャンバスに描き留める間もなく描き散らした感じでした。描く”欲求”に満ちた時代でした。

Img_20180513_113018 油彩は画材を新たに買って来て、ようやく1作仕上げたばかりです。画材としてはやはり1番合っている気がします。

1977_f8_4 19768_f8_5 こちらは旧作、比べてどうでしょう?やはり今の方がまだ硬いかなぁ?

やはり人物を描きたいと思っています。ただ周りに若い女性がうようよ転がっていた?(笑)  あの頃と異なり、モデルには苦労します。キャンバス地塗りだけはしたのですが、作画は7月の地元美術協会主催の裸婦デッサン会後になりそうです。まだまだ頭の中だけで人物を描くのは無理です。最後に若い頃に描いた人物系作品を羅列しておきます。少しはこれに近いイメージで、年齢なりに熟した味を加味して(笑)描きたい。

1977_f8_6 1978_da_f40_2 1978_mu_f40_2 1978_f8_3 

Img_20180205_072901_3 Img_20180205_073054 1979_7 

1979_8 Img_20180131_172201_2 Img_20180205_073150 因みに最後の作品は20代の頃の家内です。coldsweats01heart04

Img_20180607_103550_2 段々イメージも涌いてきましたので、キャンバスは買って来て地塗りは済ませてあります。F30にP40、そして10号12号が3枚、そして小品4号が描きかけです。

オマケ:この日打ち合わせを行った「近くのレストラン」ですが、こちらも曰くがあります。学生時代、仲間が集って事ある毎に飲みに通った洋風居酒屋がありました。すっかり風景が変わってしまいましたが、渋谷の、今のマークシティの建っている辺りだったと思います。私達より10歳ちょっと歳上のマスターの経営する店でしたが、気が合い打ち解けて、暇な時には店を閉めてしまってスタッフと一緒の飲み会になったりもした、青春時代想い出の店でした。再開発で渋谷店を閉めましたが、その後原宿や青山・広尾・白金等々、レストラン中心に店舗展開、あっちを閉めこっちに新店舗と精力的に経営を続けていました。現在では恵比寿のレストランと渋谷の飲み屋との2軒体制です。マスターご本人は半ば引退、息子さんが経営を引き継いでいます。打ち合わせ終盤、電話をしてみたらご本人が来てくれました。私は久し振りの再会です。4人展の4人はもちろん、家内も含めての当時の仲間達、青山や芝浦や聖心や上智など、大学美術部に属して付き合いのあった仲間達常連の店でしたので、来年11月の展示会の折には、そんな仲間達が集い再会する場所になると思います。それも楽しみ。lovely Img_20180524_183128

«友人の展覧会で上京

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