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2008年8月31日 (日)

罪としての売買春

売買春に関して真面目に語らう機会というものは、そうそうあるものではありません。飲んだ席での下ネタ自慢話とかになってしまいます。しかし実際どうなのでしょう?考えてみた事はありますか?

日本でも韓国でも、また多くの国で、売買春は禁止されています。でもすべての国というわけではありません。合法になっている国もありますし、違法とされている国でも、社会的許容度は様々に異なります。形式的には違法でも、ほとんど黙認され堂々と営業している国もあります。また韓国では、以前は売春だけが違法で買春の方は咎められませんでした。現在では買春も罰せられます。そのように国により地域により対応は様々、窃盗や傷害・殺人などの”根源的な悪・罪”とは、少々異なるもののように思われます。

窃盗・傷害・殺人等の犯罪には、必ず被害者と加害者が存在します。では売買春はどうでしょう?存在するのでしょうか?確かに現状で、売買春と犯罪とは結びつく局面が多くなります。しかしそれは、ヤクザ組織とかの裏組織が絡んでの二次的犯罪によるものです。非合法組織の資金源となる、また誘拐・強要等、幼児売春等の虐待行為、そういったものでの被害者・加害者です。「事前に聞いた金額と違う!」とかの営業的トラブルはあったとしても、売買春行為そのものに関しては、被害者も・加害者も存在しないように思うのです。全く個人的な夢想にしか過ぎませんが、私は寧ろ、合法とし、法の規制の下で営まれる事の方が好ましいように考えています。違法として取り締まったところで、裏社会に閉じこもるだけです。違法だからこそ、非合法組織の活躍する場も広がるわけですし。

そうは言っても簡単では無いですね。問題は”罪の意識”です。では何故売買春は”罪”なのでしょう。「淫ら、汚い、恥ずかしい」何故そう思うのでしょう。

そこには長年に渡って形作られた”貞操観念”があります。近年は薄れがちですが”純潔観念”というものもあります。これは何故美徳とされたのでしょう?もちろん様々な意味合いがあるのでしょう。簡単には分析できない事柄かも知れません。しかしその”貞操観念”の中には、女性を支配し家庭に閉じ込めようとの、男尊女卑の男社会の存在が強く影響してきた事は間違い無いように思います。ですので北欧で興った女権運動では、必然的に”Free Sex”意識も運動の一環を担う事になりました。Sexを聖なるものとし、また同時に、表で語る事を卑しむ汚らしいものにもしてしまったのは、男性側の勝手な目論見とも思えます。

まだ続きます、が、次回日程未定。多分明日は無理かな?

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