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2011年4月11日 (月)

東日本大震災被災地へ

この土日を使って、東北の親戚を訪ねてきました。本来はもっと早く、一旦は2週間前での出発を考えたのですが、給油事情が厳しく断念していました。給油状況をネット等で調べて、20liter携行缶を積み、米・水・菓子・衣類・電池等を積んで出発しました。途中那須高原SAで給油(10L)、鶴巣PAではトイレに行っている間に売り切れて給油できませんでした。一旦は好転した給油状況が、7日の地震で再び不安定になったようです。福島県内では、閉鎖していたスタンドも多かったようです。今日はすでに回復しているようです。http://www.driveplaza.com/cms/earthquake/pc/9/g_station.pdf

東北道は、福島県内80km規制、宮城県では50km規制がかかっていました。応急処置での補修跡があちこちに見られ、段差ができていました。古い痛んだ一般道には見られる場合もありますが、高速道路ではあり得ない段差です。それでも、短期間で通行可能とした、工事関係者の技術と努力に敬意を表したい気持ちです。物資輸送は救援活動の要ですから。

親類の済む街は津波での被害の大きかった街です。街外れにある自宅までの道は、金曜日にようやく車の通れるようになったばかりでした。電気・ガス・水道、ライフラインはすべて途絶えたままです。市内中心部では一旦電気は通りましたが、7日の地震で再び停電したそうです。

親類の家までの道は、両側に瓦礫の山が続く、壮絶な風景でした。カメラは持って出かけたのですが、とても写す気にはなれません。SF映画のロケを見るようで、あまりに想像を超えて実感が薄くなりがちですが、何度か訪れた地ですので、記憶にある風景・建物などを見つけてしまうと、一挙に凄惨な気持ちが押し寄せます。親類の家は幾分の高台にあります。といってもほんの数メートルですが、それが生死を分けたかも知れません。すぐお隣も流されて土台しか残っていません。周囲の数軒のみを残し、地域のほとんどが流されてしまっています。津波から数日は、陸の孤島になってしまいました。

宿は岩手県の一関市に取りました。被災地に近い営業しているホテルは、支援部隊宿泊で混み合っている所が多いようです。7日の地震による停電で、宿泊前日夕方までホテルに連絡がつきませんでした。当日も、駅周辺は通電していたものの、信号の消えている地域もありました。大きな被害は見受けられませんでしたが、屋根瓦が落ちていたり、アスファルトがひび割れたりはしていました。

今回の地震・津波でも、私の親類家族は皆無事でした。現地を見ると、それが奇跡としか思えません。普通の生活に戻れるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。そしてこの地域が、昔と同じような風景に戻る事は無いのでしょう。また再度様子を見に、必要な物資を持って出かけたいと思っています。

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