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2014年5月30日 (金)

「ダンシング・クイーン」「サニー」

水曜と今日と、続けざまに韓国映画を観てきました。共に以前から気にしていた、観たいと望んでいた作品です。日本ではマイナーな作品ですので、この機を逃すと、劇場で観る機会はもう得られないかも知れず、少し無理して出かけました。

「ダンシング・クイーン」  オム・ジョンファ、ファン・ジョンミン主演の作品です。韓国での公開が2012年、日本でも上映はされたようですが、もちろんロードショー公開ではありませんので地方では中々見られません。東京地区公開の情報も多分見逃したのでしょうね。たまたま、映画情報を探っていて「韓国文化院(http://www.koreanculture.jp/)」でのイベント(韓国映画上映会)を見つけ応募しました。どの程度の競争率があったのか判りませんが無事当選、平日の夕方ですが、仕事を早めに切り上げて家内と上京しました。会場は満席、帰宅は終電、少々疲れました。

作品内容は、韓国お得意のちょいとほろっとさせるコメディ、良くできています。芸達者お二人の競演ですし、脇もよく見た俳優陣が固めます。サービスとしてイ・ヒョリも顔を出します。単純なお決まりストーリーですが、テンポも良く軽い笑いを散りばめて飽きさせません。楽しい作品でした。

主演のオム・ジョンファですが、当初は”歌手”として名を知りました。K-POPに嵌った時期にCDを買った歌手の一人です。棚をちらっと見たら、「Queen Of Charisma」と「D.I.S.C.O」の2枚のアルバムが目に付きました。メインで買った歌手ではないのですが、多分もう1枚位はあったように思います。ドラマ「美しき日々」の第1回に歌手として実名でゲスト出演していたのが印象に残っています。そういえばこの映画でも実名での出演ですね。履歴を見ると、(韓国ではよくある)歌手から俳優になったのではなく、女優デビューの翌年に初アルバムを出し、そのまま並行して活動してきています。その後歌手の方は休止(?)、演技活動をメインとしてきていますが、歌手としても女優としても受賞歴があります。作品内とはいえ今回は久々の歌手活動ですね。さすがに最初の大学生役は(2人とも)無理がありましたが、44歳の歳に負けず活躍していました。全盛期に比べるとやはり若干ウエストが太目には感じられましたが、寧ろ魅力は増しています。踊って歌う歌手のハシリの時代でしたが、昨今の(イ・ヒョリ等の)ダンスのようにはいきません。やはり時代を感じます。

今日観てきたもう1本の作品は「サニー」です。「永遠の仲間達」との副題が付いています。イオンシネマでの名作上映イベント「シネパス(http://www.aeoncinema.com/event/cine-pass/)」での上映です。以前からポスターは見ていたので楽しみにしていたのですが、詳細を知らずにいました。昨夜になってサイト情報を見つけたのですが、見つけてみると地元イオンでは30日が上映最終日です。ギリギリで見つけたのですが、月曜から金曜までの平日、しかも朝9時半からの1日1回上映です。ちょいと悩みましたが勢いで行ってしまいました。経験のない平日朝の映画館でしたが、意外な事にチケット売り場は列をなしていました。若者離れの顕著な業界ですので、客層による変化なのでしょうか?多くが60代以上に見られます。でも私の観た館内にお客は6人だけでした。「アナ雪」客が多いのかなぁ~?

作品は、女子高時代の仲良し仲間7人の現在と過去が交互に描かれる、青春の思い出とほろ苦さ、時の流れの過酷さ、そして友情の物語です。ご都合主義のSFより、寧ろ得難く理想的で非現実的なストーリーかも知れませんが、真に憧れ求める世界でもあるようにも思います。同じく非現実的であっても、有っても無くてもよい、空想SF世界よりずっと、意味も重みもあります。誰もが心の内にその一部は持っている、悔いとか拘りとかもやもやとか、刹那ではあるのでしょうが、一瞬晴らしてくれる爽快さを秘めた作品だと思います。この年の韓国での観客動員で2位を占めた作品だそうです。バックに流れる音楽等、その時代に青春を過ごした韓国人には、沁みる部分も多かったのでしょうね。

主人公ナミの高校時代を演じたのは、「王になった男」で毒見役サウォルを好演したシム・ウンギョン、「大王四神記」や「ファン・ジニ」等、ドラマ子役としても活躍しました。”サニー”のグループリーダー、チュナ役は、高校時代・現在ともかっこ良く演じられました。末期がん患者として演じたチン・ヒギョン、何処かで見た顔だと思ったら、「朱蒙」のヨミウルだったのですね。

無理して出かけて観た2作品でしたが、その甲斐のあるだけの作品でした。上映機会の少ないのが残念です。

2014年5月25日 (日)

サッカー&ゴルフ

このところ、還暦を過ぎてようやく、週に2日休めるようになりました。今まではお休みの日曜日にも1度は会社に出向く生活、連休は盆と正月のみ、24時間丸1日休めるのも年に10日あるかないかの生活でした。世間並みの週休2日、想像していたよりもずっと楽ですね。

その週休2日を利用して、この土日を有意義に過ごしました。24日土曜日には宇都宮グリーンスタジアムへ。地元栃木のJ2「栃木SC(http://www.tochigisc.jp/)」の応援です。JFL時代には足利でも年に2試合開催されていましたので観戦していました。それが、足利の設備がJ2基準に満たず試合開催が無くなりました。ですので観戦は久しぶりです。この日は「足利デー」として、足利市民は”7割引き!”でチケットが購入できます。足利で試合の行われていた時代と同じく、家内と2人で出かけました。

対戦相手は「ロアッソ熊本(http://roasso-k.com/)」です。栃木SCのチームカラーは黄色ですので、黄色のTシャツ着用で出かけました。”足利”ですし、”熊本”ですし。判る人には判りますよね?「足利デー」ですので、足利市ゆるキャラの”尊氏クン”も登場、足利市長の挨拶では「熊本出身の~」と森高さんと足利市との繋がり触れる一幕もありました。

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試合は安易なミスパスもあり、押され気味で前半に1点入れられ苦しい展開です。後半に入ると一転攻勢に移ります。同点に追いつきその後もチャンスはありましたが、いまひとつ攻め切れず1-1の勝ち点1で試合終了です。順位も10位に落ちてしまいました。J1昇格を目指すには厳しい順位です。

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L02b0027_2 帰途、陶磁器の町”益子”に立ち寄りました。以前にも家内を連れて立ち寄った事がありましたが、おそらく30年近く以前だったように思います。道はもちろん憶えていませんし、車搭載のナビが古く、画像上では道無き道を辿る事になり迷いながらの道々でした。結局陶磁器は何も買う事は無く、とちおとめソフトクリームを食べ饅頭をお土産に買っただけの立ち寄りでしたが、昔の記憶に鮮やかな(笑)巨大狸像を見ただけで何か懐かしい小旅行でした。

そして本日25日日曜日、同い年仲間達とのゴルフコンペです。参加は15名会場は「足利カントリー多幸コース(http://www.ashikaga-cc.com/)です。「飛駒コース」はプレー経験があるのですが、「多幸コース」は初めてです。インスタートでパー・ボギーとの順調始動、3ホール目でトリプルを叩いたものの、4ホール目でまたパーを取り返し、その後もまずまずの出来でした。最終18番で(この日唯一の)OBで「9(ロング)」を叩いてしまったものの、何とか50切の「48」で前半終了です。ハーフで3つのパーは上々です!

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後半のアウトコースは距離があり、飛距離の無い私には厳しいコースです。5ホール目まではボギーとダボで凌いだのですが、7・8連続でダブルパーを叩いてしまいました・・・。コツコツ刻んで行けばダボ程度で収まるのですが、「距離がある」と意識するとついつい力が入ってミスが出てしまうものです。それでも以前ほどの大崩れは無く、後半は「54」、久々の100切は惜しくも逃したものの、まずまずの「102」で終了です。早いグリーンで後半に3パットを連発してしまいましたし。しかし終わり良ければすべて良し、ハンデ(「26」)に助けられ、準優勝獲得です!商品に旅行バッグを頂きました。

そして今、なでしこの応援で夜を過ごしています。出だしは押されましたが、日本反撃開始!かな?

2014年5月19日 (月)

「ワンチャンス」

2週連続で週末映画館、先週は「テルマエロマエⅡ」でした。面白かったですが、期待した通りの、その場限りでの面白さ、後には何も残りません。「Ⅱ」ものとしては良くできた方だったと思います。私は先の作品の方が面白かった気がしますが、家内は「Ⅱ」の方が良かったようです。いずれにしても大差はありません。

今回は先週とは別の映画館、こちらでは「夫婦50歳割」が無くなっていました。代わりに「60歳以上」が「55歳以上」に割引基準広がっていました。私達は結局、以前と同じ料金(消費増勢で100円上がりましたが)です。

鑑賞映画は「ワンチャンス(http://onechance.gaga.ne.jp/)」、ストーリーを読んだだけで泣けそうな作品です。恋愛モノや無理やり設定の悲劇モノでは、作為的な「泣かせよう」設定に身構えてしまいますが、実話原作の強みでしょうね。心配は”過剰な演出”ですが、そのような部分は感じられず、素直に感情移入させて頂きました。

主人公ポール・ポッツは、英国の素人オーディション番組から発掘されたオペラ歌手です。当時もマスコミで話題になりました。歌唱吹き替えは本人ですので、歌の迫力は抜群です。演じた俳優さん(ジェームズ・コーデン)もイメージ通りの風采ですし、クチパクではなく、実際に歌唱指導を受けて歌い、演技のリアル性を高める努力をしたそうです。ストーリーは単純、演出もシンプル、泣かせる実話の王道を守る作品だと思います。土曜の第1回目(9:50~)の上映であったせいもあるのでしょうが、観客は15名ほど、マスコミで話題のヒット作品ばかりでなく、こういった上質な作品にもお客が集まると良いのですが・・・。

翌日曜日には、近郊の野外庭園に行ってみました。「アンディ&ウィリアムス ポタニックガーデン」という、ホームセンター「ジョイフルホンダ」が運営している英国庭園です。http://www.joyfulhonda.com/aw/

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敷地は6,000坪あるそうですが、園内はいくつかのパートに区切られ、それぞれテーマに沿った庭作りがされています。きっちり作り過ぎない、自然を再現した趣きの部分もあり、和めます。今の季節は、バラやマーガレット等が咲き誇り、美しいシーズンなのでしょう。百合や睡蓮の蕾が次の順番に控えています。また別の季節にも訪れてみたい気がします。

ホームセンターの方もかなり大規模な店でした。何棟もの建物があります。ガーデニング部門だけ入ってみたのですが、それだけでも結構な広さがあります。隣接していますので、「A&Wポタニックガーデン」は実地応用見本の役目も果たしているのでしょう。鉢植え販売スペースもかなり広く、しかも安いです。毎年母の日に母に、生花or鉢植えを贈っています。いつも市内の店で買っていますが、来年はここが良いかも知れません。

2014年5月 7日 (水)

宮城、気仙沼へ行ってきました。

このGW中、渋滞にも負けず、法事で東北に行ってきました。下り渋滞ピークと言われた5/3日、朝3時半の出発段階ですでに宇都宮ー那須間渋滞40kmとの情報でした。東北道宇都宮IC手前で渋滞に嵌り、下道(4号線)へ。那須から高速に戻ったものの郡山南ICで再び4号線に戻りました。高速道路でノロノロ運転しているのと、国道を走るのと、結果としてどちらが早く到着するのかは判りません。しかし、信号待ちはあるものの、運転ストレスは一般道の方がずっと少なくて済みます。それに高速道パーキングは何処も満員、入るのも入口渋滞ですし混み合います。一般道の方が軽食も休憩も自由になります。ま、これも考え方次第、高速道は「空いている部分だけ走れればラッキー」とのつもりで、焦らず行く事にしました。元々、時間が読めない故の前泊出発ですし。

宮城県出身の家内の方での法事です。実家は宮城県北部、仙台からも少々かかります。こちらまで出てくる機会もあまりありませんので、更に足を延ばして、気仙沼の親戚を訪ねて行くことにしました。途中南三陸復興商店街(http://www.sansan-minamisanriku.com/)で遅めの昼食、気仙沼までは、休憩時間も含めて合計11時間かかりました。(通常は6~6時間半程度)

気仙沼の親戚宅は、2階建て自宅の1階部分を流され被災しましたが、幸いにも全員無事で怪我もなく済みました。震災直後は大変な苦労をしたようですが、被災した自宅の修復も終わり、今では日常の生活に戻っています。しかし、隣近所は今でもほとんどが更地のままです。仙台から先の三陸道は、まだ対面交通区間も多いのですが比較的短期間で復旧・整備が進んでいるように感じました。4車線化の工事も方々で進められています。交通機関整備には、被災地域に優先的に予算が組まれたのでしょう。しかし実際に人々が「住む」「戻る」環境はほとんど進んでいないようにも見えます。進む・進まない以前に、実際に復興はあり得るのか、それ自体が不安になります。

Dsc01995 「吹き塩」で知られる気仙沼「岩井崎」は、気仙沼湾の入り口にある岬で、三陸復興国立公園の一部に当たる景勝地です。大震災の折には、やや高台にある神社と周囲の数軒の民宿等を残し、ほとんどの建物が流されてしまいました。震災直後にも訪れているのですが、数軒の新しい建物が建っている以外は、多少綺麗に整備されただけで、ほとんどは変わっていません。民宿の連なる以前の景色を知っている者には心痛い風景ですが、初めて訪れる観光客の皆さんには、ただの原っぱにしか見えないと思います。岬突端の松林も流されたのですが、1本、「龍の形に見える」松が残されています。

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津波は、神社の鳥居辺りで左右に分かれたそうです。手水舎の柱に「津波到達点」の張り紙がありました。

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Dsc01989_2 Dsc019882_2 4階建て校舎の4階中ほどまで津波が到達、生徒さん達は屋上に避難していたという気仙沼向洋高等学校もそのままの状態でした。現在は別の場所の仮校舎で授業が行われているそうです。

翌日法事の前に少し時間がありましたので、子供たちの小さかった頃遊んだ場所を尋ねてみました。春の遅い東北、ソメイヨシノは盛りを過ぎていましたが、山桜・八重桜が咲き、若葉のほんわかした山々と重なり、とても心癒される景色でした。自然は”復興”の言葉など知らずに季節を重ねます。被災地にも本当の春の訪れることを祈りたいと思います。

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