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2014年5月 7日 (水)

宮城、気仙沼へ行ってきました。

このGW中、渋滞にも負けず、法事で東北に行ってきました。下り渋滞ピークと言われた5/3日、朝3時半の出発段階ですでに宇都宮ー那須間渋滞40kmとの情報でした。東北道宇都宮IC手前で渋滞に嵌り、下道(4号線)へ。那須から高速に戻ったものの郡山南ICで再び4号線に戻りました。高速道路でノロノロ運転しているのと、国道を走るのと、結果としてどちらが早く到着するのかは判りません。しかし、信号待ちはあるものの、運転ストレスは一般道の方がずっと少なくて済みます。それに高速道パーキングは何処も満員、入るのも入口渋滞ですし混み合います。一般道の方が軽食も休憩も自由になります。ま、これも考え方次第、高速道は「空いている部分だけ走れればラッキー」とのつもりで、焦らず行く事にしました。元々、時間が読めない故の前泊出発ですし。

宮城県出身の家内の方での法事です。実家は宮城県北部、仙台からも少々かかります。こちらまで出てくる機会もあまりありませんので、更に足を延ばして、気仙沼の親戚を訪ねて行くことにしました。途中南三陸復興商店街(http://www.sansan-minamisanriku.com/)で遅めの昼食、気仙沼までは、休憩時間も含めて合計11時間かかりました。(通常は6~6時間半程度)

気仙沼の親戚宅は、2階建て自宅の1階部分を流され被災しましたが、幸いにも全員無事で怪我もなく済みました。震災直後は大変な苦労をしたようですが、被災した自宅の修復も終わり、今では日常の生活に戻っています。しかし、隣近所は今でもほとんどが更地のままです。仙台から先の三陸道は、まだ対面交通区間も多いのですが比較的短期間で復旧・整備が進んでいるように感じました。4車線化の工事も方々で進められています。交通機関整備には、被災地域に優先的に予算が組まれたのでしょう。しかし実際に人々が「住む」「戻る」環境はほとんど進んでいないようにも見えます。進む・進まない以前に、実際に復興はあり得るのか、それ自体が不安になります。

Dsc01995 「吹き塩」で知られる気仙沼「岩井崎」は、気仙沼湾の入り口にある岬で、三陸復興国立公園の一部に当たる景勝地です。大震災の折には、やや高台にある神社と周囲の数軒の民宿等を残し、ほとんどの建物が流されてしまいました。震災直後にも訪れているのですが、数軒の新しい建物が建っている以外は、多少綺麗に整備されただけで、ほとんどは変わっていません。民宿の連なる以前の景色を知っている者には心痛い風景ですが、初めて訪れる観光客の皆さんには、ただの原っぱにしか見えないと思います。岬突端の松林も流されたのですが、1本、「龍の形に見える」松が残されています。

Dsc02007_2 Dsc02011 Dsc02004 Dsc01993 

津波は、神社の鳥居辺りで左右に分かれたそうです。手水舎の柱に「津波到達点」の張り紙がありました。

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Dsc01989_2 Dsc019882_2 4階建て校舎の4階中ほどまで津波が到達、生徒さん達は屋上に避難していたという気仙沼向洋高等学校もそのままの状態でした。現在は別の場所の仮校舎で授業が行われているそうです。

翌日法事の前に少し時間がありましたので、子供たちの小さかった頃遊んだ場所を尋ねてみました。春の遅い東北、ソメイヨシノは盛りを過ぎていましたが、山桜・八重桜が咲き、若葉のほんわかした山々と重なり、とても心癒される景色でした。自然は”復興”の言葉など知らずに季節を重ねます。被災地にも本当の春の訪れることを祈りたいと思います。

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