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2014年10月15日 (水)

最近読んだ本

半年に1回の不定期テーマです。

「3センチヒールの靴」 谷村志穂著 集英社文庫  どんな作者かも知らず、書店でたまたま手に取ったまま買いました。主人公は20代後半から30代、アラサー世代の女性たちなのでしょうか? 様々な恋愛の形、ちょっとしたエピソードなど、17編の短編が収められてあります。ロマンチックな現代のおとぎ話的なエピソードもあり、リアルで等身大の、あり勝ちと思えるエピソードもあり。適齢期女性たちの願望と現実と、その双方が入れ替わり登場します。作者は私より9歳年下ですので、バブル時代初期に青春を迎えているはずです。そのひと時代のずれが、そのまま私にとっての実感とのずれになっているような感じです。理解はできるけれども沁みない、そんな部分があります。

「史記 武帝紀」 北方謙三 ハルキ文庫全7巻  北方謙三は”ハードボイルド作家”との印象があり、縁の薄い作家でした。最初に読んだのが「楊家将」、これが中々面白くて、続編の「血涙」まで続けて読みました。映画「楊家将(中国映画)」も。その流れで読み始めたのが「史記 武帝記」でした。漢王朝第7代皇帝劉徹を描いたものです。ただし、物語の最初から最後まで続けて登場するのは劉徹ではありますが、劉徹1人を描いた作品ではありません。奴僕の身から大将軍にまで栄達した衛青、西域に派遣され匈奴の捕虜になりながらも使命を果たして立ち戻った張騫、衛青の甥で天才的武将霍去病、そして悲劇の武将李陵、それぞれが主役として、半ば独立した物語として語られます。パート主役となるのは、漢側の人物だけではありません。匈奴側の単于も丁寧に描かれますし、特に匈奴の将軍頭屠は幼少期から登場して匈奴側のパート主役として描かれます。また「史記」の作者司馬遷も、武将達とは異なる目線で同じ舞台に登場します。敵対する勢力の双方から、そしてそれぞれの立場から同じ舞台を眺め・生き・行動します。登場人物それぞれが血の通った生きた人間として描かれますし、総体の群像として生きた時代を描き出します。最初から登場し続けながら準主役的立場に甘んじてきた劉徹が、最後には同じく脇役に徹してきた桑弘羊と共に、ひとりの人間として幕締めを飾ります。最後の2人のやり取りには涙を誘われます。そして最終章には最早、劉徹は登場しません。それぞれ数奇に生きた李陵と蘇武との別れのシーンが、エピローグ・後日談の如くに描かれます。歴史小説は、客観的な冷めた目で書き連ねられるものも多いのですが、北方謙三作品は、生身の人間として描く危うさと魅力とが同居しているように思えます。

「韓国現代史」 文 京洙著 岩波新書  「周縁からの視点で描き出す激動の60年」、序章で李朝末期から日本による植民地時代までを簡潔に記し、解放から2000年初めの盧武鉉政権までの韓国の政治情勢を三章に分けて書いています。この春頃に、「チスル(http://www.u-picc.com/Jiseul/)」という韓国映画を観たのですが、その段階では済州島4・3事件に関しては漠然とした知識しかありませんでした。この本を読んでからでしたら、感じ方も異なっていたかも知れません。事件による死者は25,00030,000人、島の人口の約1割に及びます。事件後日本へ移住した島民も多く、人口が半減してしまった時期もあったそうです。光州事件も同じですが、朝鮮戦争という、国家分断での同じ民族同士での争い・憎しみ、そして不信感が、こういった事件を生んでしまったのかも知れません。意外だったのは、両事件が公に語られ被害者達の名誉回復が比較的最近になってからだった、と言うことです。

「播磨灘物語」 司馬遼太郎著 講談社文庫全4巻  随分以前、おそらく1980年代に読んだ本だったと思います。日本の歴史物小説の中では特に印象に残っている作品です。今回、大河ドラマに合わせて読み返してみました。主人公黒田官兵衛は、戦国物ドラマ等での脇役定番の武将です。読むまでは私も詳しくは知らない人物でした。この作品で魅了されました。軍師は私欲を持ってはいけないと言います。私欲は先を見る目を曇らせる、自身の願望に惑わされて判断を誤る。官兵衛は私欲の少ない人物だったのでしょう。そして最後の最後に、夢を見、欲を持った。その時の判断だけが甘く、夢の実現はみませんでした。格好良くはないけれど、艶やかではないけれど、しぶとく冷めた目で時代を捉え生き抜いた雑草的逞しさと、少し世離れした哲人的な厭世観と、その双方を兼ね備えた人物に思えます。

今回のHNK大河ドラマ「軍師官兵衛」、毎週楽しみにしています。昔々は好きだった大河ドラマ、ここ暫くはあまり見なくなっていました。ホームドラマ的要素が盛り込まれたり、現代的価値観での歪曲解釈による大衆迎合脚本に嫌気の指した部分がありました。以前から「何故官兵衛が大河にならないのか?しっかりした原作もあるのに・・・」と感じていましたので、今回は、制作発表時点から期待して待っていました。期待に違わぬ部分もあり、毎週続けて見ていますが、不満な部分もあります。大河では元々、主人公を美化した脚本で描かれるのが定番です。しかし歴史は良し悪しでは測れませんし、何より、現代とは全く異なる価値観の中にあります。大河も所詮娯楽ドラマではありますので、史実から離れた脚色も致し方ない部分もあると思いますが、「善い人悪い人」での描き方には違和感を感じます。歴史小説でも、主人公が変わり立場が変われば描き方も異なりますが、大河ほどの落差のある作品は少数だと思います。朝鮮出兵での石田光成と官兵衛とのトラブル、同じ作者による「播磨灘物語」と「関ヶ原」と、その両方に同じ場面が登場します。主人公は逆になりますので多少ニュアンスに違いはありますが、大きな違いにはなりません。大河でももうすぐこの時代になります。その場面が描かれるかどうか判りませんが、描かれるとしたら、主人公擁護の詭弁脚色になりそうで、不安を通り越して危惧する気分になっています。「軍師官兵衛」という題名から、官兵衛の姓を「軍師」と勘違いしている視聴者も居るとか居ないとか?歴史に深い興味や知識のない人も見る大河ドラマだからこそ、判りやすくするだけでなく、“歴史の見方”を示す脚本も必要だと思っています。「史記 武帝紀」で描かれているように、漢と匈奴それぞれに生きるための必要があり事情があります。官兵衛を「善」とするために光成を「悪」とする安易な設定は、長い目で見れば、歴史に興味を持つ新たな芽を摘んでしまうように思っています。

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