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2014年11月23日 (日)

足利市内の紅葉と渡良瀬橋の夕日

お天気に恵まれた連休初日、紅葉を求めて市内を散策してきました。まずは先週のハズレ蕎麦の口直しに織姫神社中腹の蕎麦名店「蕎遊庵」へ。昔は珈琲店やフランス料理店を営んでいた知人、最後にたどり着いたのは蕎麦店でした。珈琲店当時の自家焙煎コーヒーも美味しかったですが、蕎麦道具も手作りする凝り性はその味に生きています。今日の注文はせいろと合い盛り、合い盛りは黄色菊ともってのほか。「もってのほか」は淡い紫色の食用菊のことです。 http://www.kyouyuan.com/ http://blog.livedoor.jp/arabica/

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蕎遊庵から降る階段脇も紅葉が綺麗です。

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お腹も落ち着き、織姫神社参拝。今日は中学生によるボランティアガイドイベントも。たどたどしいながらも神社の歴史を説明して頂きました。織姫神社は繊維の街足利の守り神ですが、元々は(森高千里縁の)八雲神社(市内4丁目)の境内にあったそうです。それを織姫山に移し祭ったものの時を経ず火事で消失、昭和12年になって(二度と火災に遭わないよう)鉄筋コンクリート造りにて再建されました。当時はまだ最新の工法ですので、現代に換算すると80億円相当の費用がかかったそうです。デザインは宇治平等院鳳凰堂をイメージしたとか。繊維不況の今からは想像もつきませんが、足利銘仙で一世を風靡した時代を象徴する豪勢さです。また、織姫山山頂は古墳(前方後円墳)になっています。

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山頂から北西に、山麓紅葉名所”もみじ谷”を散策しました。一部やや盛りを過ぎた感もありますが、まだまだ綺麗な紅葉です。連休ですので観光客も多く、中腹駐車場は順番待ちの車で混雑していました。

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織姫山を降り、次の目的地鑁阿寺に向かいます。山頂から眺めた市内、銅像の左に見える緑地が鑁阿寺です。

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鑁阿寺は源氏直系足利氏の邸宅跡です。源頼朝に従って鎌倉に攻め上った足利義兼の建立になります。戦災にも遭わなかったため、鎌倉時代の建物が残っています。本堂は昨年、重文から格上げになり国宝に指定されました。

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境内の紅葉はまさに今が見ごろ、銀杏・楓が色を競って華やかでした。地元に住みながらも久々に見る景観です。思わず感嘆の声が湧き起り、歴史ある故郷を持つありがたさが身に沁みます。「京都の古刹」と嘘をついて写真を見せても通用する気がします。樹齢560年とも謂われる大銀杏もご覧ください。

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車を停めた太平館駐車場までの道すがら、足利学校にある森高さん植樹の藤の様子を見てきました。元気に育ってはいますが、何の表示もありません。説明書き位は立てて欲しいですね。

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八雲神社の藤も確認してきたかったのですが、丁度夕暮れ時ですので、真っ直ぐ渡良瀬橋に向かいました。夕日の見ごろは短いですから。八雲神社はまた後日。

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歌碑近くにはやはり夕日を見る、森高さんファンらしき年代の男性が5人ほど。おひとりは練馬ナンバーのバイクでした。橋の下にも男女ペアが。連休に訪れるファンも多いのでしょうね。

2014年11月22日 (土)

「単騎、千里を走る」

高倉健が亡くなりました。任侠映画は観ませんでしたので、特にファンというわけでもなく、観た作品も少ないです。「幸せの黄色いハンカチ」は多分TVで。良い作品でした。「野生の証明」は薬師丸ひろこで、「ブラックレイン」は松田優作目当てでした。それがたまたま、訃報を聞く前日に「単騎、千里を走る」をレンタルしてきていました。こちらも主演ではなく、チャン・イーモウ監督への興味で借りてきたものです。「紅いコーリャン」以来のチャン・イーモウファンで、「菊豆」「活きる」「あの子を探して」「初恋のきた道」等々、色々観てきました。「単騎、千里を走る」は、公開時興味を抱いたものの見損なっていた作品です。それがたまたま、偶然にこのタイミングで目に付き借りてきていました。少し前に「龍城恋歌」という、チャン・イーモウ制作総指揮での別監督作品をやはりレンタルで観て(やはり監督作品でないとダメだ、と)がっかりしていましたので、その口直し意味もありました。

作品は、末期癌に侵された息子に代わって、不仲の父親が中国に渡り仮面劇を撮影するという話です。撮影対象の仮面劇役者が罪を犯し収監中で苦労を重ねます。高倉健とその息子(中井貴一:声だけの出演)との葛藤、そして役者とその息子との関係を軸に、中国奥地での風景をバックに描かれます。中国場面をチャン・イーモウ、日本場面を降旗康男と監督が交代しますので、やや雰囲気が異なります。中国場面ではおそらく、本職俳優はほとんど使われていないように感じます。確かに映画作品ではあるのですが、ドキュメンタリー風の雰囲気が漂います。高倉健の朴訥な演技とは、寧ろ調和して感じられました。セリフが中国語とたどたどしい日本語ですので判りませんが、中国語の堪能な方には、中国人出演者たちの演技が、もしかしたら素人演技と見えていたのかも? 日本場面での寺島しのぶの俳優演技(決して下手なわけではありません)の方が、逆に浮いた雰囲気に感じられてしまいます。しかし高倉健さん、冬の八甲田山や南極、中国奥地と、過酷な地での撮影の多い俳優さんです。

高倉健演じる高田剛一という田舎の漁師、高倉健そのものであり、同時に高田剛一そのものであるように感じます。演じている感がありません。演技が上手いのか下手なのかも判らない、そのままに見えます。不器用なのか、飛びぬけて器用なのかも判りません。”演じる”という概念をすでに突き抜けてしまっている俳優さんなのかも知れませんね。確かに、他の誰かには代わりの務まらない、貴重な存在だったのだと思います。ご冥福をお祈りします。

2014年11月21日 (金)

フェルディナント・ホドラー展

森高さんライブで東京に1泊、翌日は久々、上野の国立西洋美術館に立ち寄ってきました。中学生時代に初めて、本格的な美術展を観たのがここでした。ボナールの裸婦に魅了されたのを憶えています。その後高校・大学時代、常設展を観に度々訪れました。企画展、特に印象派系の展覧会では混み合うのですが、常設展は安くゆったり楽しめます。日本人はホントに印象派が好きですね。先日の「オルセー美術館展」は平日でもめちゃ混みでしたが、「フェルディナント・ホドラー展」は空いていました。中学生らしい団体が来ていましたが、これがなかったら閑散状態だったでしょうね。http://www.nmwa.go.jp/jp/index.html

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ホドラーはスイス人画家、今回は”日本・スイス国交樹立150周年記念”だそうです。150年前とは1864年、幕末です。そんなに古い歴史があったとは意外でした。スイスが中立国故に、大戦中も交流が途絶えることがなかったそうです。http://www.ch.emb-japan.go.jp/anniversary2014/history_j.html

40年前にもここでホドラー展が開催されたそうです。はっきり憶えていないのですが、その時にも観に来ていたような・・・。デジャブーかな? ま、その時ではなくても、ホドラーの作品は何回か目にしています。嫌いではない作家です。具象ではあるけれど写実ではない、装飾的で象徴的な画面は、意図的に構成されデザイン化されています。「好きな色で、綺麗と思える色で描けば良い」という、単純明快な意外性を答えとして示して貰っている気がしました。小雑誌表紙に使われている「感情Ⅲ」では、背景の花畑?も、作者の都合の良いように切り取られています。頭の堅い私には、それすら鱗の落ちる気分です。女性像の、作ったわざとらしいポーズ、”モダン・ダンス思想との共鳴”だったのだと、今回初めて知りました。元々ダンス世界も好き(一時ジャズダンス教室に通ったことも)、すんなり納得できました。

常設展示コーナーももちろん観てきました。懐かしい作品もあり、その後収蔵された作品もあり、充実したコレクションです。ルノワールの「アルジェリア風のパリの女たち」は傑作のひとつでしょうし、一般に好まれるふわふわした作品よりも私は好きです。ロセッティの「愛の杯」は、学生時代には無かった?ように思います。出会えて嬉しい作品でした。ゴーギャンの「ブルターニュ風景」、こんなに暗い色彩だったかな?記憶の中と食い違います。当時同じく常設展を観に何度も訪れた、京橋のブリヂストン美術館も思い出しました。調べてみたら今はデ・クーニングをやっています。こちらも観に行きたいなぁ。

2014年11月20日 (木)

Autumn Tour 2014~LOVE~

森高千里さんの「Autumn Tour 2014~LOVE~」、18日の東京公演で終了しました。今回は名古屋・大阪・東京、各地のZepp でのライブハウスツアーでした。東京では4回公演。その内、10/27と11/18の2日間に参戦してきました。Zepp Tokyo は2007年の椎名林檎ライブ以来です。通常はオールスタンディング、スペース指定ですが、ファンの平均年齢を考慮してか今回は座席付きでした。実際にはほとんど立ちっぱなしではありますが、やはり席のあった方が楽です。

先月は日帰りでしたが、今回は打ち上げ参加も目論み1泊上京です。昼過ぎに地元を出発、列車の10分遅れで埼京線乗り換えがずれ、ホテル到着時には40分の差になっていました。チェックイン後早々に出発、開場30分前に到着。転売対策として今回は、郵送されてくるのは「座席引換券」です。事前抽選だそうですが、入場時にならないと座席番号は判りません。本人確認のための証明(運転免許所等)も必要です。そのため当初は入場受付に手間取ったようですが、もう最終日ですので慣れたのかスムーズに入場できました。前回は6列目、さて今回は、ナント!2列目それもど真ん中でした! すぐ前の席には常連顔馴染みファン、左右斜めにも見知った顔が多数、揃いのエメラルドグリーンTシャツで散在しています。前にTV撮影用レール(1/25TBSチャンネル1 にて放映)が設置されてはいても、通常のコンサートホールと比べると舞台との間隔はずっと近いです。前回よく判らなかった衣装生地(細かい凹凸のある生地)もはっきり見えました。 27日は渡良瀬橋Tシャツ参加だった私も、今回はエメグリTシャツです。

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ライブスタートは「若さの秘訣」「臭いものにはフタをしろ!!」「私がオバさんになっても」の3連発。本人解説によると”オバさん””オジさん”を意識した選曲だったそうです。しかし「若さの秘訣」での叔母さんは36歳です。すでにその年齢を超えてしまった森高さん、作詞当時自身の45歳をどのように想像されていたのでしょうね? 中盤には恒例の、ご本人によるグッズ紹介があります。その折には最前列ファンが(見本として)グッズを差し出すのがお決まりのようになっています。デジジュリ先行予約でも、必ずしも良い席が当たるわけではありませんが、毎回常連ファンの誰かは最前列に座っています。おそらく、盛り上げ役に古参ファンを配列するような配慮もあるのでしょう。しかし座席は入場時にならないと判りません。最前列ファンが必ずグッズを取り揃え持っているはずもありません。顔見知りファン達が寄り集まり、最前列当選者にグッズを託すのです。これも常連ファン達のチームワークですかね。

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ライブハウス会場を意識して、今回はアップテンポ選曲が多くなっています。特に終盤の「夜の煙突」「GET SMILE」「テリヤキ・バーガー」は盛り上がりました。その上森高さんとの距離も近く、頑張らざるを得ません。「GET SMILE」でのジャンプも、通常の20%ほど高く飛べたようにも思います。happy01 アンコール最後の曲は「渡良瀬橋」、夕日の渡良瀬橋映像をバックに歌って頂きました。地元の日常渡っている橋を歌って頂き、ファン冥利に尽きます。この歌を繋がりとして、多くのファンの方々と知り合う事ができました。活動休止期間中に、ファン数人で集まって「勝手に誕生会」を開いたこともありました。昨年のコンサート後には、44人のファンが集まり交流の場も持つ事ができました。夏恒例の足利花火大会を訪れて下さるファンの方々も居り、今年も一人の方と新たにお会いしました。感謝に堪えません。

ダブルアンコール曲は「気分爽快」、少し季節外れではありますが、爽やかにお別れしました。 終演後は某氏発声によるお決まりの”三本締め”です。後にFacebook で「最後の三三七拍子、メンバーと一緒に私もステージ袖でやりました。」とのご本人発言が。打ち上げ会場でそれを聞かされた某氏、必死に感激の涙を堪えていました。しかし”三三七拍子”ではなく”三本締め”なんですけどね・・・。「乗り過ぎて(本人談)」歌の出だしを損なったり、MCでの言い間違い等々、おっちょこネタの尽きない森高さん、それも魅力のひとつです。

打ち上げ、といってももちろん個人的な集まりです。ライブ会場で顔を合わせる内に知り合いになった古参ファン、活動休止中にもBBS等を通じて交流の続いていた方々を核としての、一部ファンが集まってのものです。今回は各会場でそれぞれ、17名から30名の参加がありました。最終日の18日は最大の40名の参加です。平日開催ですので、翌日の仕事の関係で参加断念した人も多かったことでしょう。しかし幹事の苦労を考えると、この人数がほぼ限界でしょうね。東京幹事のIさん、ありがとうございました。次回イベントは年明けのディナーショーです。会場キャパの関係で当選確率がネックになります。間もなく受付が始まります。運試しにチャレンジしてみようかな!

2014年11月16日 (日)

近場紅葉 蓬莱山

紅葉前線もだいぶ下まで降りてきました。近場といっても山奥ですので自宅からは1時間半程度かかります。旧阿蘇郡田沼町作原、現佐野市作原町の紅葉名所まで出かけてきました。佐野市HPで「見頃」と紹介されていたせいか、山奥のマイナー名所にしては見物客も来ていました。といっても車10数台(20台弱)程度ではありますが、駐車スペースも狭く、交互通行の難しい狭い道ですので、この場所にしては”混雑”状態なのだと思います。雄大な景色ではなく、ごく狭い範囲内だけでの紅葉ですが、せせらぎと紅葉、風情ある風景です。カメラを抱えてのアマチュアカメラマンの姿も多かったです。私は力足りず美しさを上手く表現できませんが・・・。http://www.city.sano.lg.jp/news/2012-11/2012-1114.html

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昼食は日本蕎麦をとネットで良さそうな店を見つけておいたのですが、道を見失い、近くに見つけた店に飛び込みました。ま、残念ながらハズレでした。田舎蕎麦はそれはそれでも良いのですが、素人蕎麦好きの延長のような店でした。足利地区は蕎麦レベルが高いと自負しています。その分、余所で食べるとガッカリする確率も高いようです。

2014年11月12日 (水)

太平洋クラブ江南コース

当初予定は無かったのですが、欠けたメンバーの補充でお誘いを受け、昨日プレーしてきました。初めての平日ゴルフです。太平洋クラブ系列のゴルフ場はお高いですので、地元の佐野ヒルクレスト以外ではプレー経験がありません。今回は平日にも係らず、私の普段利用している近隣ゴルフ場の土日料金を上回っています。太平洋クラブ江南コース(http://www.taiheiyoclub.co.jp/course/kohnan/index.htmlP2014_1111_0633301

「太平洋クラブ」と聞くと、昔の野球球団を思い浮かべます。西鉄ライオンズの後を継いだのが太平洋クラブ、そしてクラウンライター、西武と受け継いでいます。熱心なファンではありませんでしたが、「パリーグではライオンズ」と、一応贔屓の球団ではありました。本拠地九州は遠いですし、当時はパリーグのTV放映もなく、地元で1度だけ開催されたオープン戦が唯一の接触機会でした。その後1979年に国土計画が買収して西武ライオンズになるわけですが、当時は東京に在住、近くなった本拠地球場に出かけるようになり、長嶋監督解任以降はGファンを辞めライオンズ1本に絞るようになりました。今年は不調、所沢を訪れる機会もありませんでした。来シーズンは、工藤新監督との対戦を見に行きたいと思っています。

さてゴルフ場ですが、先週訪れた大麻生のすぐ先、朝の空いた時間でしたら50数分、1時間かからずに到着します。もちろん高速は使わずに、です。施設は豪華、ロッカールームも広く余裕があります。クラブハウスからの景色も美しい。グリーンはもちろんですが、フェアウェイも実に綺麗に整備されています。この日は朝1番のスタート、前を気にすることなく、まっさらのコースに打ち出します。実に気持ち良い!キャディ付必須のコースですが出発間隔にも余裕をみているようです。組数を限っているのでしょうね。昼食後の後半も、ほとんど待たされることはありませんでした。コースは決して狭くはないのでしょうが、両側の林が視界を狭めています。はみ出した高い立木が邪魔をしたり、池やバンカーで有効面を限っています。距離も長くレギュラー(ここでは青ティー)で6,300Y余、私の飛距離ではパーオンしません。(実際には1回だけパーオン、しかし3パットでボギー) しかもこの1週間は、「日本プロと同じグリーンスピードを体感」という特別イベントが設定されていました。時折プロツアーに使用されるコースなのですが、来年の「日本プロゴルフ選手権」開催の決まった記念の催しで、芝は3mmにカットされてありました。お陰様で、イン10番でのスタートは、4パットにて始まりました・・・。前半はゴルフ場に位負けして「57」、後半何とかまとめて「49」、合計「106」は上出来でしょう。この難しいコースでハーフ50を切れたのですから満足しても良いと思っています。

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朝1番スタートで順調に周り、終了後の風呂も貸切状態、早々にゴルフ場を後にしました。帰途、太田の「天神山古墳(http://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0170-009kyoiku-bunka/bunmazai/otabunka44.html)」を見てきました。9月に埼玉の「さきたま古墳公園」を訪れた折、展示の関東地方の古墳分布図で近くに「東日本最大の前方後円墳」のあるのを見つけ興味を持っていました。古墳公園のものとは異なり、立木で古墳の全貌はよく判りません。見学用の駐車場とかもなく、説明の立て看板があるのみ。内堀跡は一応発掘再現してあります。最低限の保存のみで、見学客は想定していないようです。盗掘され出土本がほとんどなかったそうです。何か残っていれば収蔵展示もあったかも知れませんね。

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2014年11月 9日 (日)

大麻生ゴルフ場

さいたまリバーフロンティア、「大麻生ゴルフ場(http://www.river-golf.com/ooasou-golf.html)」で昨日プレーしてきました。「さいたまリバー~」は、埼玉県や所在市町、サッポロビール、三国コカコーラ等が出資して株式会社化したゴルフ場運営会社で、現在4か所の河川敷コースを運営しています。妻沼・上里ではプレー経験がありますが、大麻生は今回が初めてです。高速を使わずに自宅から50分、本格コースに負けない、手入れの行き届いたコースでした。風呂やロッカー・食堂も、本格コースに比べるとやはりしょぼいですが、他河川敷コースとの比較ではまだまともです。その分価格も河川敷にしてはやや高めの14,300円(昼食付税込)です。立地的に高い地域ですので、近隣ゴルフ場に比しては格安ですが。

INで7:56スタート、一時は雨予報も出たのですが、午前中には晴れ間も見えるお天気、アノラックも数ホールで脱ぎました。河川敷ですのでフラットなゴルフ場です。フェアウェイも広くラフも浅く、プレッシャーの少ないコースですね。時折コースにはみ出した立木があり、素直なコースにアクセントを付けています。打ち降ろしのないせいか、ヤード表示よりは距離が長く感じられました。飛距離の出ない私は、パーオンは1回だけです。池にはカモが多数、フェアウェイを横切ろうとする一幕も。おいおい危ないよぉ~。グリーンはアンジュレーションがありやや苦労させられますが、綺麗に整備されています。視覚的プレッシャーの少ない分フェアウェイキープ率は良かったのですが、つまらないミスもあり「51」「52」の「103」で終えました。これでもここ暫くでは上出来の成績です。

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他にも個性的な特徴を持つゴルフ場でした。コース上を立体交差の道路(県道47号)が通り、コース脇に高圧線鉄塔が立ち、クラブハウスとコースの間には線路(秩父鉄道http://www.chichibu-railway.co.jp/)が走ります。昼食で食堂に入った時、丁度窓下をSLが走り抜けました。個人名表示は避けますが、元おニャン子のタレント某嬢も来場していました。

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蛇足ですが、トイレ内に↓こんな張り紙がありました。トングもちゃんと用意されてあります。落とす人が多いのでしょうね。

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2014年11月 3日 (月)

アンリ・マティスのJAZZ

先週富弘美術館を訪れた時、館内にあったチラシで高崎市美術館(http://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2014011000353/)でのマティス展に興味を惹かれました。で、昨日行ってきました。往路紅葉を期待して赤城南麓道路を通ったのですが、杉が多く、格好の絶景ポイントには巡り当たりませんでした。

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展覧会名は「アンリ・マティスのJAZZ」、マティス晩年のステンシル版画連作と、同時代を彩る、ブラック、ルオー、レジェ、ピカソ、藤田嗣治、シャガールらの版画作品を展示しています。高崎駅から近い立地の縦長のビルですが、外見印象よりは展示スペースは広く、そこそこ見応えのある展示会でした。

アンリ・マティスは好きな作家のひとりです。高校生時代に読んだ、芸術新潮での”天才”特集が今でも記憶に刻まれています。幾人かの作家・評論家が、それぞれの定義での天才論、天才と呼べる作家に関して書いていました。どなたの書いた文章かは憶えていないのですが、ある人が「ピカソは努力してなった天才、マティスは生まれながらの天才」といった風なことを書いていました。続いて「ダリは間違いなく天才である。何故なら本人がそう主張している。」との文章も。これは面白いですね。確かにダリは、自ら宣言した最初の”天才画家”であったかも知れません。そしてそう自己主張することが、そのままダリの才能であり作品であったのだと思います。文章の後半には、ピカソの跡を継ぐ者としてジャクソン・ポロック、マティスを継ぐイヴ・クラインと2人の名を挙げていました。現代美術で最も好きなのはイヴ・クライン、その点でもマティス好きと重なるのかも知れません。

展示の中心となる「JAZZ」連作は、病で体力の衰えた晩年、長時間絵筆を握ることができなかったことから生み出された作品だそうです。色紙を切り抜いた切紙絵は、明確な色彩と形という、マティスの特徴を更に顕著化しています。同じ一つの流れの中にはあるのかも知れませんが、また別の発想による、マティスの持つ思索の一部を顕在化したものと思えます。油彩作品の持つ風味・後味を惜しげもなく切り捨て、怜悧なまでに明確な色彩を突き付けてきます。そこには、晩年の熟成よりも、若く鋭い感性を感じさせます。体力は衰えていたとしても、精神の若さは失わなかったのでしょう。やはり”天才”でした。

最後の展示室には、マティスの時代から離れて、東欧出身作家の作品が展示されていました。廊下を挟んだ遠目からもはっきり確認できる、ヴィクトル・ヴァザルリの作品にちょっと興奮しました。私の学生時代は、それまでは美術雑誌でしか見られなかったオプ・アートやポップ・アートが、ようやく展示会で見られるようになった時代でした。ゴッホに憧れた中学時代、「みずゑ」「芸術新潮」「美術手帳」で現代美術に目覚めた高校時代、そして大学生になってようやく、その本物作品に接することができました。ステラ、ウォーホール、リキテンスタイン、そして三尾公三、池田満寿夫、荒川修作、いずれも当時の私の心を湧き立たせた作家たちです。大学美術部時代、ヴァザルリやサム・フランシスがマイブームだった一時期もありました。「当時流行った歌」で甦る青春時代もありますが、私の場合、「当時惹きつけられた絵」で甦る時代もあります。

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