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2014年12月29日 (月)

今年も残りわずかです

昨日は友達とゴルフ、お隣佐野の「唐沢ゴルフ倶楽部唐沢コース(http://www.karasawa-golf.com/karasawa/index.html)」でした。近在では最も古いコースのひとつで、地元の”名門コース”と位置付けられています。歴史が古いだけに地元有力企業経営者がメンバーに名前を連ね、北関東道開通以降は東京在住のメンバーも増えたようです。最近では珍しいメンバーで経営の成り立つコースで、土日でも無理な詰め込みはありません。その分ビジター料金はやや高めですが、最近はさすがに割安なネット料金も時期・時間帯によっては見られるようになりました。昨日は親戚から頂いた株主優待券利用で(食事別)9,500円ほどで済みました。南に面したホールが多く、強風の吹くことも少ないですので、冬場に重宝されるゴルフ場でもあります。2014122809200000_2

コースは距離は短いですが、アップダウンがあり落とし所の限られる、初見ではスコアの出にくい難しいコースです。ティーグラウンドからの見通しも決して良くありません。滅多に100を切れない私ですが、複数回経験している地元コースでは何回かに1回は100を切ることができます。ここ唐沢ゴルフ倶楽部唐沢コースはプレー回数では上から3番目なのですが、それでも1度も100を切ったことがありません。ま、相性なのかも知れません。スコアのでない要因のひとつがグリーンにもあります。近頃では珍しくなったクセのある高麗芝グリーンで微妙な傾斜もあります。しかし今回はその苦手なパットが好調、全体での最小2位の「31」で済ませることができました。反面ショットは最悪でOB2発に2打罰のロストも2個、100を切れないながらも110打つこともなかったコースで「112」となっていまいました。上手くいかないものです。最小の「30」を記録した時のスコアが「95」ですので、いかに酷かったかを物語ります。

帰途ゴルフ場名称の元となった唐沢山の唐沢神社に立ち寄ってきました。平将門追討で功のあった藤原秀郷が築いたとされる唐沢山城本丸跡に、明治期に建立された神社です。唐沢山城は一時廃城になったものの、平安時代末期に秀郷の後裔に当たる佐野氏が再興、上杉・北条からの攻城にも耐え戦国時代を生き残りました。そんな唐沢山城も江戸時代初めに徳川幕府の山城廃止怜により廃城となりました。初詣準備に忙しい神社でしたが、そこここに関東7名城と謂われた往時の面影を残しています。祭神は始祖秀郷です。

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2014年も残りわずか、今年は個人的にも大きな転換のあった年でした。その転換の副作用で、NHK朝ドラを見ることができるようになりました。高校生時代以来に見た朝ドラ「花子とアン」は毎朝の楽しみになりました。今も総集編特集を見ながら書いています。子役には夢中にさせられました。後を継いだ吉高由里子もその面影を残していたと思います。毎週々先が気がかりになって仕方がない濃密な物語展開が続きました。脇を固める家族・友人たちの個性・生き方もひとりひとり丁寧に描かれて魅せられました。瞼熱くさせるシーンの多かった物語でした。もうひとつ、NHK大河「軍師官兵衛」も年間を通して欠かさず見続けたドラマでした。ず~~っと以前に司馬遼太郎「播磨灘物語」を読んで以来、大河化を待ち望んでいました。発表以来楽しみにしてはいたのですが、史実を無視したホームドラマ的な作りの大河が多くなった昨今、危惧の気持ちも多く持っていました。戦国武将に「戦の無い世を作るために」などと現代的な価値観での建前を掲げさせたり、主人公に偏り過ぎた描き方(三成を単なる悪役にしてしまった)など、脚本に多少の不満は残るものの、全般としては楽しませて頂きました。今まで脇役端役としてしか登場しなかった官兵衛に陽を当てた功績は顕著だったと思います。朝ドラは「花子とアン」の流れでそのまま見続けています。かったるい展開に戸惑う部分もあるのですが、取り敢えず見続けると思います。正月4日から始まる次回大河は「花燃ゆ」、吉田松陰の妹が主人公とか。女性主人公の大河は今まで見続けることができませんでした。「幕末ホームドラマ」とのコピーも気にかかります。官兵衛で描かれた、大河の骨太さを残した描き方を期待しています。

2014年12月21日 (日)

林檎博’14 -年女の逆襲-

椎名林檎ライブツアー「林檎博’14 -年女の逆襲-」も今日が最終日、福岡での最終公演も終了しました。私の参戦したのは30日のさいたまスーパーアリーナでしたが、ネタバレになりますので記事は差し控えていました。先の日記には書きましたが、30日は家内と上京、美術館と画廊を巡ってから埼玉新都心駅で娘と合流、3人での参戦になりました。娘との合流前にはグッズ売り場に並び、Tシャツと応援旗のみ購入しました。応援旗は家から1本だけ持ち出し、会場での購入は2本です。Dsc02317_4


チケットは「林檎班」からの購入、アリーナのB-3エリアでした。まぁまぁの位置ですが、アリーナは傾斜がありませんので、前席男性の背が高く、やや見辛い場面もありました。スーパーアリーナは2008年の10周年記念祭以来です。

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予定時間より2~3分遅れての開演です。演奏(「今」)が始まっても本人の姿が見えません。スクリーンにはキャスト一覧が映し出されています。かなりの大人数、浮雲や斉藤ネコとの名も見えます。その内に後方より歓声が上がりました。トロッコ?に乗り、中央通路を通っての「葬列」を歌いながらの入場です。意表を突かれました。レーザー光線の波の中、何かキラキラした衣装でした。もっとよく見たかったのですが、舞台に上がった時にはすでに衣装替え(多分脱いだだけ)していました。登場時の衣装、探してみたのですがネット上に見当たりませんでした。

林檎さんのライブでは常にそうなのですが、MCはほとんどありません。しかし今回は更にです。最初に「ようこそ彩の国へ」との一言だけ、あとはアンコール時に少し話しただけです。久々の椎名林檎名での新アルバム「日出処」での収録曲を中心に、東京事変曲や石川さゆりへの提供曲「暗夜の心中立て」などを挟みながらの歌唱・演奏が続きます。衣装替えで時折ご本人は舞台から姿を消しますが、その間もショーは継続します。歌詞が一言だけの「望遠鏡の外の景色」も衣装替えに利用されていました。まさに怒涛の展開です。2時間少々の、ライブとしては長い時間ではありませんが、息もつかせぬ緊張感を持続した充実の時間でした。林檎さんは今年厄年、二回り上年齢の私にはもうこの2時間が限界かも知れません。終演後にはさすがに歳を感じました。画像は「音楽ナタリー」からの借りものです。ダンサーのAyaBambiのお2人も印象的でした。

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地震で放映が1週間延びたNHK Eテレの「SWITCHインタビュー 達人達」、大変興味深い内容だったのですが、インタビューを聞いた後のライブ参戦は一味違うようです。お話の内容がなお一層理解できたような気がします。以前から林檎さんは「J-POP職人」を名乗り、好きな音楽と仕事で作る楽曲との間に一線のあるようなことをおっしゃっていました。映画「さくらん」で音楽監督を務めた時には、「これがやりたかった仕事」ともおっしゃっていたと思います。初期の楽曲から徐々に、ジャズっぽいもの、ミュージカル仕立ての楽曲等、音楽の幅も広がっています。インタビューの中でまた、「キャバレーを経営したい」とかのお話もありました。これすごく判ります。ショービズに魅力を感じているのですね。私自身、その方面に魅力を感じています。つい先日も映画「バーレスク」をレンタル(映画館でも観ています)してきていました。夫婦での年1回東京ショーパブ巡り(NH系)が恒例になっていた時期もありました。あまり意識はしていなかったのですが、林檎さんのライブに魅力を感じていたのは、その共通点もあったのかも知れません。林檎さんのラブコールで対面なったとの作家・西加奈子さん、直木賞にノミネート(2回目)されています。名を知らない作家さんだったのですが、「さくら」という作品を買ってきて今読んでいます。直木賞ノミネートの「サラバ!」も読んでみたいと思っています。

林檎さんに興味を感じた最初は「歌舞伎町の女王」でした。その後CDを買い、ライブのチケットを買おうと試みたのですが、発売当日の売出し時間丁度から一向に電話が繋がらず、結局3時間後に「売り切れ」のアナウンスを聞く羽目になりました。直後にファンクラブ「林檎班」に入会、その後は先行発売でチケットを入手しています。今年は大晦日の紅白にも出場しますので、取り敢えずはそれを楽しみに過ごしましょう。

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2014年12月16日 (火)

最近読んだ本

「関ヶ原」 司馬遼太郎著 新潮文庫全3巻  NHK大河を切っ掛けに読み返した「播磨灘物語」、その流れでこちらも再読です。本を買ったのが平成元年ですので、20数年振りの再読になります。読み返してみると、記憶の中の物語と多少異なる部分もあります。どうやら、1981年のTBS製作のドラマと混同してしまっていた部分もあったようです。ドラマでは主人公を持ち上げて描きますので、加藤剛演じる三成は堂々とした”不運の武将”でしたが、(ドラマ原作でもある)司馬遼太郎の小説ではその欠点も描かれています。義を重んじ明察な頭脳を持つ三成、その反面頑なで融通の利かない論理主義者。しかし決して冷酷な人柄ではなく、配下にも領民にも心を使う。物事を論理的に判断するが故に非論理的行動や過ちを嫌う潔癖さ。世俗的物欲から遠い自己抑制型の人間。同じ作者の描いた「播磨灘物語」の官兵衛からすると、多少人間味の部分での面白みには欠けますが、時代を駆け抜け、また翻弄されながらも真正面から挑んだ、溌剌とした人物像が描かれています。NHK大河では敵役として、嫌味な人物としてだけ描かれているのは残念です。

「イザベラ・バードの日本紀行」 イザベラ・バード著 講談社学術文庫全2巻  明治の初めに日本を訪れた、イギリス人女性旅行作家の書です。東京から東北・北海道まで、主街道から外れた、日本人でもあまり経験しない奥地の道を苦労して走破しています。この時代にこのようなルートで外国人女性がひとりで(日本人通訳を1人連れただけで)旅していたとは、とても想像できません。その行動力・好奇心・探究心にはただただ恐れ入るばかりです。そのお蔭で当時の日本・日本人の様子を知る事ができました。日本人の礼儀正しさ、ぼられるという事が無い、外国人女性がひとりで旅しても危険を感じさせない、等々、読んで嬉しくなる表記も多いのですが、顔かたち(醜い)体型(貧相)と手厳しい表現もあります。女史特有の率直な物言いとユーモアでもありますが。特に山間部での旅では、ほとんど裸に近い村民、不衛生な環境、汚れて皮膚病の子供たち、蚤の大群に悩まされての宿泊等、文明開化で賑わう都会とは隔絶した貧しい山村もリアルに描かれます。しかし勤勉な農民の貧しさ、として民衆に寄り添い改革を望む同情を込めた優しさが感じられます。日本近代化の礎として、貴重な旅行記を残して頂いた事に日本人として感謝しています。日本人の知らない日本がありました。特に故郷に近い日光の景観を褒めて頂いた事は嬉しかったです。

「朝鮮紀行」 イザベラ・バード著 講談社学術文庫  「日本紀行」を読み終わり、自然な流れでこちらも読み返したくなりました。数年前に1度読んだ本です。先の日本旅行から10数年後に訪れた朝鮮及び中国(清・満州)での旅行記です。ほとほと困難な旅の好きなお方です。やはり外国人未踏の地へ踏み出し、信じ難いほどの困難な旅にチャレンジしています。時代が流れ、「日本紀行」ではスケッチだったものがこちらでは写真も登場します。文章も読み易く感じます。訳者は同じですので、やはり年の功なのでしょうか。また、日本にとっても激動の時代でした。それが現場を知る第三者の目で描かれている事は興味深いです。「私は日本が徹頭徹尾誠意をもって奮闘したと信じる。経験が未熟で、往々にして荒っぽく、臨機応変の才にかけたため買わなくてもいい反感を買ってしまったとはいえ、日本には朝鮮を隷属させる意図はさらさらなく、朝鮮の保護者としての、自立の保証人としての役割を果たそうとしたのだと信じる」 文中に置いて日本批判の文章もあります。全くの日本贔屓ではありません。ただこの段階では、まだ日本は理性的だったのでしょう。この後女史の信頼を裏切ってしまった事は残念です。 またこの本、文中の1部だけを抜粋して嫌韓輩の朝鮮誹謗の道具として使われる事がしばしばですが、実際は異なります。現実を包み隠さず描く女史です。朝鮮の腐敗や貧しさも描かれますが、長所もちゃんと描かれています。

「蒙古の槍」 白石一郎著 文春文庫  買ったきり本棚に忘れていた本です。やはり官兵衛繋がりで、同時代の物語として読み始めました。「島」をテーマにした短編が7編載せられています。表題の「蒙古の槍」は時代が遡り元寇を題材としています。歴史の主役にはなり得ない、小島の老人の物語です。ちょっと泣ける、心に何か重たい石を埋め込まれたような読後感の残る物語です。最初の作品のパンチが重かったので後が少々読み進み辛かったのですが、他作品も面白いです。「巨船」は水軍として活躍した九鬼嘉隆の物語、「関ヶ原」と時代が一致して、司馬作品にも登場する武将ですが、描き方が異なります。短編とはいえ主役となると、人物像に人間味が深くなります。「関ヶ原」では脇役、説明的になりますので。

「コンスタンティノープルの陥落」 塩野七生著 新潮文庫  「レパントの海戦」が面白かったので、順番が後先になってしまいましたが、探してきました。最初訪れた時在庫がなく、代わりに「ローマ人の物語」を買って読み始めてしまいました。文庫で全43冊、大変なものを読み始めてしまいました。しかもこちらの3部作とは内容も異なります。「ローマ人~」の方はかなり”歴史書”に近い書き方になっています。ま、それはそれで面白いのですが。 で「コンスタン~」ですが、1453年のビザンチン帝国首都のコンスタンティノープルの陥落を中心に、戦端までの数年を描いた作品です。「レパント~」ではヴェネツィアの海将バルバリーゴを中心に描いていますが、こちらではヴェネツィアの軍医やフィレンツェの商人、枢機卿、セルビアの指揮官等、数人の立場・目線で描いています。スルタン・マホメッド2世の小姓も歴史の証人として描かれます。いずれも生き残り、後世に現場の模様を伝えた人達なのです。そのそれぞれの記録を基に作者がまとめあげた歴史小説です。書き出しの文章が印象的でした「一都市の陥落が一国家の滅亡につながる例は・・・・・・・コンスタンティノープルは、滅亡の日が明らかであるだけでなく、誕生の日もはっきりしていることでも、珍しい都なのであった」 コンスタンティノープルの陥落は、一文明の終焉に繋がる出来事だったそうです。

「終業式」 姫野カオルコ著 角川文庫  ここ暫く歴史物に偏りがちでしたの、気分転換に別のものを挟みました。今年初めに「昭和の犬」で直木賞を受賞、その時初めて青山学院の卒業生と知りました。私の4期後輩です。読んだ作品「終業式」は、高校時代に始まり、大学・社会人・結婚と続く数人の若者の20年ばかりを、手紙やFAXのみで描いた作品です。時代が被りますので、懐かしい思いも蘇ります。携帯電話の無い時代を共有していますので、「手紙」という現代では古風にも感じられる伝達手段にも違和感はありません。巻末の藤田香織氏の解説に「地の文が一行もなく」と書かれています。確かに作者による説明が全くなく、すべてが謂わば「会話文」です。読み続けて気付いた面白い部分は、書かれたすべてが「本当の事」とは限らない事です。「手紙」をそのまま載せた構成ですので、内容は書き主の都合も含まれています。つまり「嘘」も頻繁に登場するわけです。同じ登場人物が別の人宛に書いた手紙も登場しますので、後々にその「嘘」が読者にも知らされるわけです。また、未投函の手紙も文中では公開されます。そして出さずに廃棄した手紙に限って、真意が書かれているという逆説が存在します。確かに現実にはその通りですね。男女の想いの擦れ違い行き違い、自身の青春を顧みて「ああ、もしかしてこんなこともあったかも知れない」と振り返る読者は大いと思います。リアルでセツナイ物語がそこにありました。

2014年12月15日 (月)

「FURY」

日曜日の朝一番の上映で観てきました。観客は20人ほど、田舎の映画館でこの時間では、これでもまぁまぁ入っている方です。http://fury-movie.jp/index.html

すさまじい迫力・臨場感でした。「ブラッド・ピット最高傑作」とのコピーもあながち嘘でもなさそうです。クライマックスに至る以前の戦闘シーンですでに緊張感の中にありました。そしてHPの中で「4大バトル」として紹介されてあるそれぞれが独立して、決して繰り返しではなく、その度に新たな緊張感を強いられました。おそらく、戦争の悲惨さを描いた反戦意識を込めた映画ではあるのでしょうが、殊更に主張染みた演出はなく、ひたすら”現実”として描かれているように感じました。押し付けも解説も思想も無用、ただ、この時代そこにこれがあった、と、物理的描写のみが成されています。それが、どうしようもない、避けようのない時代の現実として胸を圧迫します。

今年の戦争映画作品では、「永遠の0」が話題となり観客動員数・興行収入とも大ヒット作品となりました。原作は読んでいませんが、映画作品は観ました。しかし感想は控えてしまいました。確かに良い作品で秀作ではあると思いましたが、巷で騒がれるほどには引き込まれませんでした。「戦争の美化・特攻の美談化」との批判もありました。その批判に賛同するわけではありませんが、批判の意図にも理解できる部分が私にはありました。ただ、何故馴染めなかったのか、私自身しっかりとは掴めていませんでした。「FURY」を観て少し感じる部分がありました。現実として観客の目の前に無造作に投げ出された「FURY」に対して、「永遠の0」は、なんだか頭の中で作り上げられた造作のように感じてしまったのです。「嘘八百を書いた架空戦記を基にして、零戦の物語をつくろうとしてるんです」との批判も理解できるようになってしまいました。もちろん、「FURY」も実話ではありませんが。

「FURY」が「永遠の0」のように大ヒットする事はないでしょう。「永遠の0」に熱狂した人々がもし「FYRY」を観たらどう感じるのか、一度聞いてみたい気がします。私の観た今年の映画では、間違いなくナンバーワンの作品でした。ブラッド・ピットはさすがに名優です。あと気になったのは、爆撃で崩れたレンガに埋もれたエマにノーマンが駆け寄るシーン、似たようなシーンを何処かで見たような気がします。デジャブーかな?

2014年12月11日 (木)

「渡良瀬橋」

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渡良瀬橋の夕日の写真撮ってきました。昨日の夕方です。夕焼けの写真は難しいですね。森高さんには「夕日がきれいな街」と歌って頂きましたが、身に沁むような夕焼けはそうそう度々見られるわけではありません。曇った日は当然ダメですが、晴れ渡っていてもやはりダメ、適度に雲が配置され、その濃淡バランスで決まります。昨日は雲の流れが良さそうで期待して行ったのですが、ま、悪くはないですがイマイチでした。赤みが上手く出ませんでしたね。それでも同じ夕焼けは2度とはありません。これも一期一会のです。

今年一番の夕日(多分)は残念ながら見ていません。「あんな夕日初めて見た!」と家内が興奮していた日がありました。その日その時、私はまだ仕事で事務所内に居ました。外の様子には気付かず見逃してしまいました。綺麗な夕日に出逢っても、常時カメラを持ち歩いているわけではありません。未だスマホは持ちませんので、旧式ガラケー携帯では綺麗には撮れません。また、「綺麗!」と心躍る夕日を見つけて、その時市内に居たとしても、渡良瀬橋まで駆け付けるまでには盛りを過ぎてしまっています。夕日の命は短くて・・・。かといって毎日毎日定時に渡良瀬橋で張っているわけにも参りません、よね。昨日の夕焼け、前述のようにイマイチではあったのですが、場を離れようとしたその時に、2本の飛行機雲が描かれました。技術不足で写真では上手く表現できませんでしたが、少し胸晴れる思いの景色でした。Dsc02314_2

「渡良瀬橋」の作詞取材で足利を訪れて頂いた時、森高さんはいったいどのような夕日をご覧になったのでしょうね。結構以前だったと思うのですが、偶然見たブログで「”渡良瀬橋”の歌が好きだったけれど、歌詞を読むうちに嫌いになった」との書き込みを見たことがあります。若い女性のようでした。嫌いになった理由、「だけど私ここを離れて暮らすこと出来ない」との部分でした。彼女は、主人公女性の気持ちが理解できなかった、「結局はそれだけの想いでしかないんダ!」との失望だったようです。恋愛至上主義とでも言うのか、若い頃には「彼(彼女)」のためには何でもできる、何でも捨てられる、とか考えがちですし、それが愛情の強さとか純度とかを表すように考えてしまいます。青春の頑なさ、頭の中だけで描いた夢世界ではありますが、ま、そんな風に考えられる若さも、今は羨ましくもあります。韓流ドラマでのペ・ヨンジュン、度々、仕事を放っぽり出してチェ・ジウの元に駆け付けます。現実世界では「女に溺れたダメ人間」ですよね?TV見ながら「おいおいチュンサン、少しは真面目に仕事しろよ!」と突っ込んでいたものです。空想世界だから許される「君のためならすべてを捨てる」純愛に、空想世界だから乙女チックにのめり込めるンですね。

しかし森高千里さん、ロマンチックなはずの海水浴ドライブも「すごい渋滞の中3時間もかかって」やっとたどり着いても駐車場は満車、砂浜はゴミだらけ、その上彼氏は帰りの渋滞を気にしてさっさと帰りたがる。ありがちな現実デートを描写してしまいます。「渡良瀬橋」でも、そんな森高さんが夢物語恋愛を描くはずはありません。歌詞の中には、故郷を離れられない理由は書かれていません。想像するしかありません。「幼い頃に母親が病死、男手ひとつで育ててくれた父親を残すに忍びない」「母親が若年性アルツハイマーで介護が必要」とか。でも私は別のパターンを考えてみました。足利工大の大学祭で初めて訪れ、作詞のために再度足利を訪れた森高さんは、この街足利市を直に見ています。きっと足利市に相応しい状況設定を考えたはずです。形だけ整える、しゃれた言葉で表面を飾る作詞をしないリアル感が森高さんの魅力です。渡良瀬橋も足利市駅も、初めて訪れた方は少し失望するようです。”都会と田舎との遠距離恋愛”イメージで、もっと素朴な橋・街を思い描くようです。しかし森高さんは頭の中の空想ではなく、現実の足利市を描いたはずです。何故足利でなければならなかったのか?

「だけど私ここを離れて暮らすこと出来ない」理由、私は”仕事”ではないかと思っています。「本物のキャリアウーマン」の叔母さんが好きで、「夢の無い男よりも夢のある女」「君は才能無いんだから」と言われても、「あんたこの才能見抜けないのよ!」と言い返すライター志望の女性、仕事にも女性自立にも、主張を持つ森高さんです。寿退社で専業主婦との描き方は(その後10年余の現実は別にして)「渡良瀬橋」を作詞した段階での森高さんには似合わないと思います。思うに、「渡良瀬橋」主人公の女性は、地元企業に勤めようやく責任ある仕事を任せられるようになった頃、そして会社は新たなプロジェクトを立ち上げようとしていた、とか。自身の未来を自らの設計で描こうとする女性、森高さんのイメージと乖離はしないように思っています。今ではすっかり凋落して中央商店街もシャッター通りと化してしまった足利市、当時は栃木県第2の人口を誇る(現在第4位)両毛地区の中心都市でした。レンタルのニッケンも足利市創業ですし、三洋電気足利工場も健在でした。(2003年撤退) もうひとつ足利創業の会社があります。「信長の野望」の「コーエー」です。染料問屋だった家業を業種転換して成功を収めました。レコードレンタルを手始めにゲームソフト会社に転換、1983年に「信長の野望」を発売しています。残念ながらその翌年には本社を横浜に移転、「渡良瀬橋」主人公の勤める会社には成り得ませんでした。しかし足利市には独自の技術を持つ優良中小企業が多くありますし、当時は今よりずっと元気でした。会社規模は小さいにしても、大企業に比べると逆に、女性でも技術・才能を発揮できる場は多かったかも知れません。鄙びた田舎ではなく、大都市に近い地方都市、森高さんの描いた女性には、そういった背景が必要だったのだと思います。足利市という街を見て、その立地そのままに描いた物語なのだと。ま、反論も多々あるとは思いますが・・・。

2014年12月 3日 (水)

東京美術展巡り&

30日の日曜日、家内と東京へ行ってきました。東京での目的は、まずは美術展です。

まずは京橋「ブリヂストン美術館(http://www.bridgestone-museum.gr.jp/)」へ。現在「ウィレム・デ・クーニング展」開催中です。デ・クーニングは”アクションペインティング”での、ジャクソン・ポロックと双璧を成すアメリカ抽象表現主義の画家です。すっかりアメリカ人と思い込んでいましたが、どうやらオランダ人だったらしい・・・。知ってはいても、今回のようにまとまった点数を観るのは多分初めて。やや具象を残した抽象画です。正直、掴み兼ねる部分もあるのですが、色彩は印象的です。否定的な意味ではなく”軽薄”を感じさせるというか、俗っぽい部分、健康的な卑猥さ、とか、どうも言葉では表し難いバランスの色彩を使いますね。この引っ掛かりは嫌いではないです。

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ブリヂストン美術館は、高校・大学時代に度々訪れた美術館です。最初は高校時代の美術教師の紹介でした。当時も印象派作品は人気で大混雑していました。今に比べると美術館の数も少なく、デパート内の特設会場で開催されることも多く、更に混雑に拍車をかけていました。そんな時その先生が、「混雑した企画展に行かなくても、ここに行けば~」と教えてくれました。最初に訪れた時は驚きました。特別企画展でしか観られないと思い込んでいた作品群、モネやゴーギャンやセザンヌやピカソ等々がそこにあったのです。その後何回も訪れましたが、ほとんどは常設展目的でした。大学美術部の後輩たちを引き連れての鑑賞もありました。久々の再訪です。懐かしい作品群に、そして新蔵品にも。昨年亡くなられた堂本尚郎氏の追悼展示もありました。

京橋から四谷三丁目へ。こちらは友人の展覧会です。高校時代の同期で現在は美大教授の版画家です。自宅にも10数点の作品を持っています。会場は「アートコンプレックス東京」という画廊です。以前にも彼の展示会でこの画廊を訪れたことがありました。11月上旬には別会場で二人展、年明けには銀座での個展も予定しているとか。大忙しですね。

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この日の上京、元々の目的は椎名林檎のライブでした。会場は「さいたまスーパーアリーナ」、アリーナツアーの2日目です。開演1時間前に到着、グッズコーナーに並びTシャツと応援旗を購入しました。この後、大阪・福岡と会場を移して続きますので、ネタバレ部分はその後に記すことにしましょう。しかし登場サプライズにはびっくりさせられました!

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