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2014年12月11日 (木)

「渡良瀬橋」

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渡良瀬橋の夕日の写真撮ってきました。昨日の夕方です。夕焼けの写真は難しいですね。森高さんには「夕日がきれいな街」と歌って頂きましたが、身に沁むような夕焼けはそうそう度々見られるわけではありません。曇った日は当然ダメですが、晴れ渡っていてもやはりダメ、適度に雲が配置され、その濃淡バランスで決まります。昨日は雲の流れが良さそうで期待して行ったのですが、ま、悪くはないですがイマイチでした。赤みが上手く出ませんでしたね。それでも同じ夕焼けは2度とはありません。これも一期一会のです。

今年一番の夕日(多分)は残念ながら見ていません。「あんな夕日初めて見た!」と家内が興奮していた日がありました。その日その時、私はまだ仕事で事務所内に居ました。外の様子には気付かず見逃してしまいました。綺麗な夕日に出逢っても、常時カメラを持ち歩いているわけではありません。未だスマホは持ちませんので、旧式ガラケー携帯では綺麗には撮れません。また、「綺麗!」と心躍る夕日を見つけて、その時市内に居たとしても、渡良瀬橋まで駆け付けるまでには盛りを過ぎてしまっています。夕日の命は短くて・・・。かといって毎日毎日定時に渡良瀬橋で張っているわけにも参りません、よね。昨日の夕焼け、前述のようにイマイチではあったのですが、場を離れようとしたその時に、2本の飛行機雲が描かれました。技術不足で写真では上手く表現できませんでしたが、少し胸晴れる思いの景色でした。Dsc02314_2

「渡良瀬橋」の作詞取材で足利を訪れて頂いた時、森高さんはいったいどのような夕日をご覧になったのでしょうね。結構以前だったと思うのですが、偶然見たブログで「”渡良瀬橋”の歌が好きだったけれど、歌詞を読むうちに嫌いになった」との書き込みを見たことがあります。若い女性のようでした。嫌いになった理由、「だけど私ここを離れて暮らすこと出来ない」との部分でした。彼女は、主人公女性の気持ちが理解できなかった、「結局はそれだけの想いでしかないんダ!」との失望だったようです。恋愛至上主義とでも言うのか、若い頃には「彼(彼女)」のためには何でもできる、何でも捨てられる、とか考えがちですし、それが愛情の強さとか純度とかを表すように考えてしまいます。青春の頑なさ、頭の中だけで描いた夢世界ではありますが、ま、そんな風に考えられる若さも、今は羨ましくもあります。韓流ドラマでのペ・ヨンジュン、度々、仕事を放っぽり出してチェ・ジウの元に駆け付けます。現実世界では「女に溺れたダメ人間」ですよね?TV見ながら「おいおいチュンサン、少しは真面目に仕事しろよ!」と突っ込んでいたものです。空想世界だから許される「君のためならすべてを捨てる」純愛に、空想世界だから乙女チックにのめり込めるンですね。

しかし森高千里さん、ロマンチックなはずの海水浴ドライブも「すごい渋滞の中3時間もかかって」やっとたどり着いても駐車場は満車、砂浜はゴミだらけ、その上彼氏は帰りの渋滞を気にしてさっさと帰りたがる。ありがちな現実デートを描写してしまいます。「渡良瀬橋」でも、そんな森高さんが夢物語恋愛を描くはずはありません。歌詞の中には、故郷を離れられない理由は書かれていません。想像するしかありません。「幼い頃に母親が病死、男手ひとつで育ててくれた父親を残すに忍びない」「母親が若年性アルツハイマーで介護が必要」とか。でも私は別のパターンを考えてみました。足利工大の大学祭で初めて訪れ、作詞のために再度足利を訪れた森高さんは、この街足利市を直に見ています。きっと足利市に相応しい状況設定を考えたはずです。形だけ整える、しゃれた言葉で表面を飾る作詞をしないリアル感が森高さんの魅力です。渡良瀬橋も足利市駅も、初めて訪れた方は少し失望するようです。”都会と田舎との遠距離恋愛”イメージで、もっと素朴な橋・街を思い描くようです。しかし森高さんは頭の中の空想ではなく、現実の足利市を描いたはずです。何故足利でなければならなかったのか?

「だけど私ここを離れて暮らすこと出来ない」理由、私は”仕事”ではないかと思っています。「本物のキャリアウーマン」の叔母さんが好きで、「夢の無い男よりも夢のある女」「君は才能無いんだから」と言われても、「あんたこの才能見抜けないのよ!」と言い返すライター志望の女性、仕事にも女性自立にも、主張を持つ森高さんです。寿退社で専業主婦との描き方は(その後10年余の現実は別にして)「渡良瀬橋」を作詞した段階での森高さんには似合わないと思います。思うに、「渡良瀬橋」主人公の女性は、地元企業に勤めようやく責任ある仕事を任せられるようになった頃、そして会社は新たなプロジェクトを立ち上げようとしていた、とか。自身の未来を自らの設計で描こうとする女性、森高さんのイメージと乖離はしないように思っています。今ではすっかり凋落して中央商店街もシャッター通りと化してしまった足利市、当時は栃木県第2の人口を誇る(現在第4位)両毛地区の中心都市でした。レンタルのニッケンも足利市創業ですし、三洋電気足利工場も健在でした。(2003年撤退) もうひとつ足利創業の会社があります。「信長の野望」の「コーエー」です。染料問屋だった家業を業種転換して成功を収めました。レコードレンタルを手始めにゲームソフト会社に転換、1983年に「信長の野望」を発売しています。残念ながらその翌年には本社を横浜に移転、「渡良瀬橋」主人公の勤める会社には成り得ませんでした。しかし足利市には独自の技術を持つ優良中小企業が多くありますし、当時は今よりずっと元気でした。会社規模は小さいにしても、大企業に比べると逆に、女性でも技術・才能を発揮できる場は多かったかも知れません。鄙びた田舎ではなく、大都市に近い地方都市、森高さんの描いた女性には、そういった背景が必要だったのだと思います。足利市という街を見て、その立地そのままに描いた物語なのだと。ま、反論も多々あるとは思いますが・・・。

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