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2015年4月10日 (金)

最近読んだ本

歯医者の治療椅子の正面が大きな窓になっていて、通りを挟んだ向かいに立つ、寺院の大銀杏が目に付きます。前回の治療の時は枯れ枝だけでした。今日は新芽の緑が目立ちます。茶褐色の中に点々としているせいか、葉盛り時期よりも一層緑が艶やかに感じられます。黄葉鮮やかだった景色も、つい最近見たばかりだったようにも思えます。今年ももう、三分の一が過ぎ去っています。しかしこの歯医者、治療室に呼ばれてから実際に治療の始まるまでが長く待たされます。待合室で待つのなら、本を読んで待てるのに・・・。

「信玄戦旗」 松本清張著 角川文庫  来年のNHK大河は「真田丸」、「花燃ゆ」もまだ序盤なのに早くも書店には真田関連の本が並んでいます。しかしこういった大河便乗物はイマイチ信用なりません。読むならやっぱり定番物かなぁ~。取り敢えず、自宅本棚から関連本を選び出して読んでみました。S62年の作だそうです。1度読んだはずですが、読み始めても全く記憶が甦りません。武田信玄を描いた小説と言えば井上靖の「風林火山」を思い出します。夢中になって一気に読み切った作品です。(それほど長くもないし) 一時は実在しないとまで言われ、最近でも1部卒にしか過ぎなかったと言われる山本勘助を信玄の軍師として描いた作品です。  さて話を戻して「信玄戦旗」です。井上作品とも他の歴史小説家の作品とも異なります。少なくとも”軍記物”ではありません。清張らしい「時代分析」的な作品です。信玄の置かれた時代背景を詳しく説明した後にお話が始まります。山本勘助に関しても、「甲陽軍鑑」での信憑性への疑いを列記した後に、「描写がいきいきとしてくる」との理由で「援用する」「遠慮なしに山本勘助に働いてもらう」と書かれています。そう書かれては「嘘だけど楽しんでください」と言われているみたいでどうも乗り切れません。司馬遼太郎にしても北方謙三にしても、史実をそのままに書いているわけではありません。史実を下敷きにしたフィクション、それが歴史小説だと思います。その意味では「信玄戦旗」は歴史小説とは別物なのかも知れません。言ってみれば「歴史発見!」的な解説本と考えた方が良いかも知れません。「甲斐の国」の「甲斐」は「峡(かい)」に由来するとか、知識は豊富に散りばめられていますが、時代を生きた武将の息遣いは感じられません。

「クォン・デ -もう一人のラストエンペラー」 森 達也著 角川文庫  「ベトナムの王子は東京の片隅で息絶えた」との帯宣伝に興味を惹かれて買いました。フランス植民地時代のベトナムグェン王朝の王子、クォン・デの物語です。仏印総督府の統治するベトナム、圧政からの独立を目指す革命家ファン・ボイ・チャウは、近代化を進め日露戦争に勝利した日本を、欧米列強に抗するアジア希望の星として憧れの眼差しで見つめました。そして日本に習い、日本に援助を求めて独立を果たすべく、党首として擁立した若き王族クォン・デを日本へ送り込みます。しかし彼らの夢見た日本は実在しませんでした。日本は、自ら圧政者として、欧米列強の一員になろうとしていただけだったのです。日本に失望したファン・ボイ・チャウは道半ばに倒れ、日本に残されたクォン・デは、故国に戻ることも許されず戦後の1951年に東京で亡くなりました。米軍の撤退で統一されたベトナム社会主義共和国においては、ファン・ボイ・チャウの名は”革命家”として残されたものの、クォン・デの名は消し去られてしまったそうです。日本ではもちろんですが、ベトナムでも、現在ではその名を知る人も少なくなっているとか。読み物としての盛り上がりはいまひとつですが、アジアのそして当時の日本の立場・行動を知る上では興味深い本ではあると思います。

「シュリーマン旅行記 清国・日本」 ハインリッヒ・シュリーマン著 石井和子訳 講談社学術文庫  イザベラ・バードの日本紀行を読んで以来、外国人の書いたまた別の日本紀行文を読みたいと思っていました。そんな中見つけた本です。著者も”あの”シュリーマンとあっては興味も膨らみます。トロイ発掘の6年前、これが処女作だったそうです。訪問時期は大政奉還の2年前、まだ徳川時代です。明治初めに訪れたバード女氏とは時代も異なりますが、直前に清国を経ている著者の、「清潔」「賄賂を受け取らない」との描写は一致しています。文化・工芸に関してはこそばゆいほどに賛美する一面もあり、シュリーマン訪問時には一段落、鎮静化しつつあったヒュースケン暗殺を始めとする攘夷の嵐の傷跡も記されています。ひと月余りの滞在ですので、意味不明の記述や誤解?と思われる文面も見受けられます。以前「百聞は一見に如かず」のことわざに関して書いたことがありました。簡略に言えば、「”一見”は事実ではあっても、”その場だけの事実(例外)”である可能性もある」とのことです。また、事前の知識なしでは、見たことの意味を誤解してしまう場合も有り得るでしょう。シュリーマンの日本紀行も、そのすべてが正しく理解されたかどうかは判りません。それでも、大名行列や庶民風俗等、興味深く描写されています。また、先のベトナムや清国・インドなどと比べ、何故日本だけが植民地化されなかったのか、その要因の一端も垣間見えたような気がしました。

いつものように、数冊の本を併読しています。長らく読み続いているのが宮城谷版「三国志」、文庫本の発売を待って読み進んでいるので休み休みです。明日(もう今日になってしまいましたが)10日に、完結の12巻目が発売になります。11巻の最後の方を確認しないと話が繋がらないかも知れません。随分中休みが長くなりました。塩野七生の「ローマ人の物語」はやっと文庫本の8巻、まだまだ先は長いです。ようやくカエサルの時代に入りかけています。西加奈子の「黄色いゾウ」も読み始めています。シュリーマンが終わって、また別の小説も読み始めてしまいました。

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