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2015年5月27日 (水)

足利フラワーパークへ行ってきました。

地元足利の観光地「あしかがフラワーパーク(http://www.ashikaga.co.jp/)に行ってきました。今はバラの季節です。しかしバラって種類豊富ですね。色や形や様々です。和風(東洋風)趣の花もありました。中には「鈴木省三」という日本人の名の記された品種もありました。「ミスターローズ」との別名でも呼ばれたバラの育種家だそうです。

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園内にはバラ以外の花々も豊富です。季節の終わりのクレマチスも少し残っていました。

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スイレン沼ではウシガエルが合唱していました。デジカメ望遠で意外と綺麗に撮れました。

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「あしかがフラワーパーク」、昔は「早川農園」という、「農園」との名称の相応しい場所でした。位置も違っています。市街地南端に住んでいた中学生時代、自転車で何度か出かけた場所でした。合併で新たに編入された地域(旧山辺村?)でしたので、当時の道筋は畑だらけ、「田舎にサイクリング」との雰囲気でした。園内には小さめの池もありボートに乗ることができました。「好きな○○さんとボートに・・・」が夢でしたが叶いませんでした。coldsweats01 今のようなアトラクション施設の無い時代です。友達と自転車で出かけてお土産にパンジーの鉢植えを買って帰る、それだけで季節のイベントになりました。気持ち的には寧ろ豊かな時代だったような気もします。

東北出身の家内との結婚後、1度連れて行ったこともありました。(憧れの)ボートに乗ったかどうかは憶えていません。もしかするとすでにボートは無くなっていたかも知れません。すでに、田舎の農園の小さな池でボートに乗ることが集客に繋がる時代ではなくなっていましたから。

1997年、佐野市に近い現在の位置に移転して名称も「あしかがフラワーパーク」と改められました。その前年に行われた大藤4本の移植は日本で初めての成功例、国道50号を通行止めにしての大仕事だったそうです。執り行ったのは日本の女性樹木医の第1号、塚本こなみ現園長さんでした。お元気で話の面白い闊達なご婦人です。花の咲き具合で料金の異なる”入園料変動制”を提案された方でもあります。ちなみに昨日の入園料は800円でした。運営元の(株)足利フラワーリゾート代表は現足利商工会議所会頭の早川氏、多方面でお忙しい氏に代わり、最近ではご子息(別名プリンス)が活躍されているようです。「早川農園」時代の年間来客者数は約10万人、それが昨年は100万人を突破しました。お隣佐野のアウトレットと組み合わせたツアーも人気のようです。今年は足利学校の「日本遺産」登録や、”女性樹木医のパイオニア”としてTVでこなみ園長が特番紹介されたこともあり、更に飛躍することは間違いないでしょう。

「あしかがフラワーパーク」は”大藤”で有名です。GWの頃が見頃ですが混雑も凄まじく、お客様を案内した1度だけしか自身でその時期訪れた経験はありません。空いた季節にのんびり歩いで周るのが好きです。料金も安くなりますし。↓写真は見頃の大藤・白藤・黄藤、スイレン・シャクナゲと冬場のイルミネーション。

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これからは紫陽花・花菖蒲の季節になります。ちなみに”1日市長”で森高千里さんが植樹(足利学校・八雲神社)の藤の苗もフラワーパークさんのものでした。森高さんファンの方々も、足利訪問の際にはフラワーパークにもお立ち寄りください。

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2015年5月18日 (月)

足利城ゴルフ倶楽部

昨日の日曜日は同い年仲間での恒例ゴルフコンペでした。年2回開催(昔は年3回やった時期もあったよう)ですでに50数回の実績があるのですが、私の参加するようになったのは2年ほど前からです。今回は4組14名でのコンペになりました。他に私が幹事を務める「同期会」コンペがあります。「同期会」は高校同期仲間、昨日の「同年会」は出身中高を問わない同い年仲間ですが、メンバーはかなり重なっています。還暦を過ぎて寧ろ、同い年仲間での交流は深まっています。ちなみに「同期会」の方は3月に第11回が開催済みです。

今回のゴルフ場は「足利城ゴルフ倶楽部(http://www.ashikagajo.jp/)」でした。市内北部にあるゴルフ場で、市中心部から10分少々、市内南端に住む自宅からでも20分ほどで到着できます。ちなみに足利市内には合計6つのゴルフ場があります。お隣佐野市、その先の栃木市には更に多くのゴルフ場がありますので、都会のゴルフ好きには羨ましい環境かも知れません。

東京から遠征してくるメンバーも居ますので、帰りの便も考え7時台のスタートになっていました。この日の予報最高気温(29.8℃)到達予想時間(15時)にはすでに涼しい表彰式会場に居ましたので、その意味でも幹事のファインプレーでした。遊びでは早起きは苦になりませんからね。happy01

足利城ゴルフ倶楽部ですが、谷に挟まれた両側にそれぞれOUT・INのコースが配置されています。昨日はOUTからのスタートでした。ゴルフ場全体としては斜面にへばりついた山岳コースに見えますが、それぞれのホールでのアップダウンはさほどでも無く、”丘陵コース”程度です。スタート1番ホールは左ドッグレッグのロング、左OB、スタートで力が入り左に引っ掛けることの多い私には鬼門です。しかしこの日はフェアウェイを維持してのパースタートでした。これは多分に幹事の配った”朝から缶ビール”効果だったのかも知れません。あまり考えず打つことができました。しかしそれ以降は逆効果、運動したせいで一気に酔いが回り、2番4番ではロスト(2打罰)、7番はフェアウェイを維持しながらのセカンドOB、9番は木の枝に跳ねてのワンペナと、散々なゴルフになりました。深みに嵌ったわけでもないのに見つからないロストと、防護ネット下の隙間をすり抜けてしまったセカンドOB、運の悪さもあったと思いますが、そういった危険のある方に打ってしまったのですからしょうがない・・・。前半を終わって「57」、ボールも4個失くしましたが、スコアと裏腹にお天気に恵まれ、とても綺麗な癒される景色の中でのプレーでした。

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スムーズに流れ2時間10分で前半を終了。昼休憩はちょっと長めの1時間。ランチメニューは上々の合格点。スタッフ対応も悪くありません。後半のINコースはクラブハウスから谷を下って登った先ですので、時間に余裕を見た出発が必要です。10番ホールは朝と逆にOBスタートでした。気温も徐々に上がりますが風の出てきたお蔭で快適にプレーは続けられました。スコアも最後の追い込みで改善、なんとか「49」で上がることができました。ラスト2ホールはバーディ・パーと、「終わり良ければすべて良し」です。バーディも久々、調べてみたら昨年の夏以来でした。130y少々のショートですが、落差の大きい打ち下ろしですし強いアゲンストで距離感に困ります。ただ、4組コンペの2組目でしたので前組の使用クラブを参考にできます。INはショットも安定、10番のOB以外はすべてのホールでフェアウェイをキープできていました。で、この日1番のアイアンショットはピン右にオン、60cmに寄り無事バーディゲット!ニアピン賞も頂きました。ひとホールの快感で失敗したすべてのショットを忘れることができる、ゴルフマジックです。グリーンは遅めでしたが良く手入れされてありました。

風呂でさっぱりした後、クラブハウス内の1部屋を借りての表彰式。順位は仲間内ハンデ(私はH20)を含めてのネットです。今回は9位でした。優勝スコアはグロス「82」。一通りの表彰が済むと次回日程を決めます。皆の都合を掛け合わせた結果、次回秋の「同年会」「同期会」それぞれの開催日を決めて解散しました。次回幹事は「同年会」が今回の優勝者とブービー、「同期会」は私です。秋に向けてのゴルフ場選びも楽しみのひとつです。候補はすでに頭の中にあるのですが、当日の料金設定次第ですね。

2015年5月11日 (月)

初夏の日光へ

家内を連れて、車で日光まで行ってきました。GWは終わったものの、家康没後400年という節目の年でもあり混雑を心配したのですが、さほどではありませんでした。もちろん観光客は多かったのですが、渋滞もなく駐車場確保で困ることもありませんでした。お天気も良く快適なドライブでしたが、さすがに高原の風は冷たかったです。地元では盛りを過ぎたツツジも天空では今を盛りです。

往路は一般道経由、桐生・みどり市を経て国道122号で北上しました。わたらせ渓谷鉄道に沿って走るルートです。初夏の山は濃淡の異なる緑がパズルのように散りばめられ、目を楽しませて貰えます。平和・青春・安息・柔和、”緑色”の表す感情だそうですが、自然の緑は一層心を癒してくれます。ま、心を波立たせる人工的な緑、ビリジアンやエメラルドグリーンも個人的には好きなのですけどね。

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足尾駅を過ぎた辺りから122号は渓谷鐡道から離れ、日足トンネルを経て日光に入ります。2006年の市町村合併で行政的には足尾も今市も今では日光市に含まれますが、やはり”日光”というと旧日光市エリアを思い浮かべます。ちなみに合併で日光市は、県内ではもちろん1番、全国でも3番目に大きい(面積の広い)市になりました。トンネル内ではライト無点灯の対向車に出会いました。トンネル内とはいえ真っ暗ではありませんので、ライト無しでも運転に支障はありません。ただし、「自分から相手が見える」からといって「相手から自分が見える」とは限りません。対向車線のあるトンネルでは、後続車のライトで無点灯車の姿が呑み込まれてしまう場合があります。夜間無灯火で走る自転車もそうなのでしょうが、「自分から見える」と「相手からも見えているはず」と勝手に思い込んでしまう、客観的立場で判断のできない人たちなのでしょうね。

東照宮参道近くの駐車場に車を停め(駐車料金510円)、昼食後西参道からの緩やかな坂を登ります。日光には何度も訪れていますし、東北育ちの家内にも、数年前に二社一寺を一通り案内してあります。その時、主な名所では1か所抜け落ちてしまった大猷院(だいゆういん)霊廟見学が今回の目的のひとつでした。大猷院霊廟は輪王寺に属し、徳川第3代将軍家光を祀っています。大猷院は家光の法名です。かなり金ぴかな建物ではありますが、「家康公(東照宮)を超えてはならない」との遺言で、控えめに建てられてあるそうです。確かに、スケールや煌びやかさ、東照宮との比較ではそうなのでしょうが、ここ単独で見てしまえば「上には上がある」だけのことです。本殿内部に描かれた唐獅子は狩野探幽によるものだそうです。没後400年記念での特別展示として家康の位牌が展示されてありましたが、皇嘉門の奥にあるという家光の墓は非公開です。現在拝殿は修復工事中です。陽明門や輪王寺三仏堂など、他にも大規模修復中の建物もあります。木造ですし細工の細かい建物が多いですので、保存維持も大変なのだと思います。観光客相手の商売に余念のない感も見える二社一寺ではありますが、それを考えると「大変なんだろうな」との同情も禁じ得ません。工事中の三仏堂では、足場を覆うカバーに三仏堂の絵が描かれてありました。」

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駐車場に戻り、次の目的地霧降高原へと移動します。ニッコウキスゲで有名な高原ですがそれにはまだ時期が早すぎます。今回は滝(霧降の滝)が目標です。日光三名瀑のひとつに数えられますがまだ未見でした。車の何台も停まっていない寂れた感じの駐車場に停めて登ったのですが、登った先にちゃんとした駐車場がありました。事前のネット調査でも意外と情報の少ない観光地ではありました。上の駐車場から更に350m山道を下った先の観瀑台から眺める霧降の滝は、想像したよりも遠くにありました。以前は滝壺近くまで行けたそうですが、今では不通になっています。木々の隙間から覗く滝、「霧のように」と描くには少々遠過ぎました。帰途コーヒー休憩に寄った「明治の館 山のレストラン(http://www.meiji-yakata.com/kirifuri/)」でも、丁度滝の望める窓際の席が空いていて、今一度滝を眺めることができました。東照宮も素晴らしくて立派で感心するのですが、やはり日光の一番の魅力はその自然の美しさなのでしょうね。紅葉の時期・桜の時期、そんな日光も見たいのですが、やはり混雑を考えると二の足を踏んでしまいます。

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滝から更に高原道路を登りました。ニッコウキスゲ平(もちろん咲いていません)まで登り雄大な景色に見惚れたのですが、あまりの寒さに早々に退散しました。このGW中にも女峰山で遭難事故があったそうですが、五月と侮れば低体温症の危険も確かにあるな、と、自然の厳しさも感じました。

霧降高原は大学時代、美術部の役員時代に春の新入生歓迎合宿で使った場所です。その思い出の場所を訪ねることも、今回ドライブ旅行を思い立った切っ掛けのひとつでした。もう40年近く昔の話です。霧降高原から降った、日光アイスバックス(アイスホッケーチーム)本拠のアイスアリーナ脇を抜けた先に当時使った宿がありました。もちろん、当時はアイスリンクなどありませんでした。道路が綺麗になって周囲の景色も変わっています。案内板も見つけられません。迷ってナビを設定、出直しました。ようやく到着して判りました。案内板の無かったはずです。すでに営業を終了して廃墟化が始まりかけていました。事前にネットで調べた範囲では食事メニューとかも載っていて、何も疑問を持たなかったのですが、ネット情報はそのまま残ってしまいますからね。年初めに当時の仲間と会って久々会食したこともあって「今度は思い出の地で泊まりで」とかも考えていたのですが、40年の歳月を思い知らされることになりました。

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帰りは日光道から東北道・北関東道経由で戻りました。距離的には回り道になりますが、時間的には30分ほど短縮できます。普段に比べると多少交通量も多く感じましたが、渋滞は全くなく、快適に走ることができました。夕食の買い物&母の日にと、バラの花を買って帰宅しました。

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2015年5月 4日 (月)

高崎日帰り、映画&だるま寺&高崎市美術館

GWなか日、日本全国、また海外へと民族大移動が繰り広げられている模様。我が家では、金は無いし混んでるところは嫌い、でもちょいと近場くらいは、ということでお隣群馬県の高崎市まで出かけてきました。切っ掛けの目的地は「シネマテーク高崎」、地方では珍しい名画座的な映画館でマイナー作品を上映しています。前回は「百円の恋」を観に行った映画館です。当初の目論みでは午前中に映画を観てしまうつもりでいたのですが、勝手に「関係ない」と決めつけていたGW渋滞(事故渋滞絡み)で上映時間に間に合わず、順番を逆にしてまずは市内観光から始めることになりました。

高崎と言えば”だるま”、正月のだるま市は例年TV等で報道されます。とは言え、実は1度も訪れたことがありませんでした。それで今回はこの「少林山達磨寺(http://www.daruma.or.jp/)」を最初の目的地としてみました。高崎市街から安中方面に10kmほど、約15分ほどで到着します。300年の歴史を誇り、縁起達磨発祥の地でもあるそうです。毎年1月6、7日に開催される「七草大祭だるま市」には数十万人の参詣者が訪れるそう。さして広くない境内に数十万人、と聞いただけで正月には訪れたくないと思ってしまいます。繰り返しますが混んだ場所は嫌い。(笑) GWでも空いていて良かったです。ツツジが綺麗に咲いていました。

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本堂に当たる霊符堂前には、お礼奉納された願掛けだるまが並びます。数としてはやはり”合格”だるまが多いですね。お隣の達磨堂内には、全国のだるまコレクションが展示されてあります。選挙に使われたのでしょうか?群馬県出身の歴代総理大臣の大達磨も並べられていました。

駅に近い市街地中心部に戻り昼食。私は”ソースかつ丼”にしました。玉子で閉じる一般的なものと異なり、ご飯の上にキャベツ・トンカツを乗せソースをかけただけのものです。この辺りでは一般的な食べ方です。食堂に美術館の割引券が置いてありました。ラッキー!300円が250円に。割引無くても安い美術館です。群馬って美術文化事業に結構力を入れています。

食後は「高崎市美術館(http://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2014011000353/)」へ。駅からも近い市街地内にある美術館です。現在の企画展は「世界をポップに!!ポップアートinアメリカ」でした。ジャスパー・ジョーンズ、ロイ・リキテンシュタイン、アンディ・ウォーホール、フランク・ステラ等の作品が集められていました。日本からは池田満寿夫、草間弥生、靉嘔など。アメリカでは1960年代始めから盛んになっていたようですが、日本で一般的に作品を観ることができるようになったのは1970年代半ばからだったように思います。その当時、大学美術部員として結構本気で絵に取り組んでいたもので、ポップ・オップ・ミニマル、またスーパーリアリズム作品等に熱くなったのを憶えています。東京ビエンナーレとかアンデパンダン展、銀座の画廊でも新進作家の前衛作品が多く展示される時代でした。ユーミンの歌同様、私にとってはポップアート作品も、若き日の想いに繋がるほろ苦さを含みます。

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また美術館隣接の「旧井上房一郎邸」では、特別展示として横野健一という作家の作品が展示されていました。1972年生まれと言いますから現在43歳位でしょうか。木版の版木をそのまま作品にした、といったものですが、中々興味深い作品でした。クラシカルな建物内での展示(この場所での作品展示は異例だそうです)でしたが、調和と不調和との微妙なバランス感覚で、意外と面白い相乗効果を生み出していたように思いました。ちなみに井上房一郎氏は地元群馬の実業家、群馬交響楽団の創設を始め、文化事業に功績のあった方だったそうです。

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最後は映画館「シネマテーク高崎(http://takasaki-cc.jp/)」です。美術館とはさほど離れていないのですが、車で移動します。美術館と映画館それぞれに契約駐車場があり駐車券が発行して貰えます。この日結局は、昼食時間も含んで300円の駐車料金で済みました。

映画は「妻への家路(http://cominghome.gaga.ne.jp/)」、チャン・イーモウ監督コン・リー主演の中国映画です。コン・リーは「紅いコーリャン」以来の好きな女優のひとりです。「菊豆」「春菊の物語」「活きる」「始皇帝暗殺」、チャン・ツィーとの共演の「SAYURI」でも存在感のある役を演じていました。今回は、文化大革命で夫を連れ去られ、心労から夫に対する記憶を失い、再開の時が来ても夫と認識できない妻との役を演じています。チャン・イーモウ作品も出逢えばできるだけ観るようにはしているのですが、昔の「初恋の来た道」などの印象が鮮烈すぎるせいか、最近はいまひとつに感じています。今回も序盤は少々のまだろっこさを、ラストでも割り切れないもやもやの内に打ち切られてしまった感があります。文化大革命への批判も、「活きる」の時のような強烈さは影を潜めています。チャン・イーモウ、コン・リーの組み合わせに期待を持ち過ぎたせいもあるのでしょうが、満足できる出来とは感じませんでした。ただ、コン・リー、ストーリー序盤では実年齢(49歳)に近い年齢の役だったのだと思いますが、終盤ではすっかりおばぁちゃんになり切っていて驚きました。

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