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2015年6月29日 (月)

昨日の渡良瀬橋

表参道での森高千里ディナーショーから(電車がないので都内1泊)戻り、その余韻の内に渡良瀬橋の写真を撮りに出ました。雲が多いのですが、曇り=夕日写真には不都合、とは限りません。全面曇りでは無理ですが、風があって雲に切れ間のある場合、上手く嵌れば絶景夕日の見られる場合もあります。昨日は絶景とは言えませんでした。切れ間の位置がずれて、反射夕映えが上手く作用していません。それでもそこそこ綺麗な景色だったとは思います。今回は角度を変えて、渡良瀬橋隣(東側)の中橋から撮りました。中橋もクラシカルで趣ある橋ですよ。

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遠景には、小規模噴火で警戒レベルの上がっている浅間山も見えます。足利ライブの折りにファン交流会を開いたニューミヤコHではビヤガーデンもオープンしていますね。

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子供の頃、橋の上から流れを見ているのが好きでした。じっと見つめていると、橋の方が流れているように感じたものです。あの頃に比べると、河川改良工事も進み、水量は調整されて少なくなっています。

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森高千里 Special Live vol.2 In Blue Note TOKYO

表題の「森高千里Special Live vol.2 in Blue Note Tokyo」行ってきました。6/27・28の土日各2回公演でしたが、私の参加したのは土曜日の2回目、つまりは最終公演です。活動が活発になって、「水曜歌謡祭」での司会も影響しているのかも知れません、チケット入手が困難になっています。今年初めに行われた「vol.1」は抽選に外れ、今回も外れてしまって涙を飲んだファンは多かったようです。参加できてラッキーでした。

午後早めの時間に東京到着、宿にチェックイン。当日は偶然にも、地元でアイドル活動をしている「渡良瀬橋43」の”初東京ソロライブ”の日でもありました。と言うことで品川に移動、駅近くの「東京アイドル劇場」に立ち寄りました。さすが東京、こんな場所もあるのですね。知りませんでした。チケットは1,200円。アイドルグループ巡りのできる「通し券(1日券)」もあるそうです。誰々のファン、というだけでなく、”アイドル”というジャンルそのもののファンも居るのでしょうね。私自身はどちらかというとアイドル系は苦手、「渡良瀬橋43」も、”地元愛”故での応援です。今年の(第101回)足利花火大会では、国宝鑁阿寺境内でのライブも予定しているとの告知もありました。それも楽しみです。足利市活性化に繋がると良いのですが。

ステージはグループ名にもなっている森高千里さんの名曲「渡良瀬橋」で始まりました。小学生と高校生と、年齢の離れた5人組ですが、そこまでの年齢差は感じません。中学生の居ないのは、やはり受験が影響しているのでしょうか?集まった観客は40名程度、地元でのライブでよく見る顔が大半ですが、地元以外のファンも徐々に増えていると聞いています。http://watarasebashi.com/

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一旦宿に戻って一休み。風呂を浴びてさっぱりしたところで再び出発、いよいよ本番です。会場は「Blue Note Tokyo(http://www.bluenote.co.jp/jp/)」、通常はジャズライブの行われいてる会場です。JCB主催のイベントですので、ブルーノートHPでは両日は「PRIVATE」表示になっていました。ディナーショーというものには、地元でのイベントのみ、本格的なものでは初体験です。ジャズバーも韓国でのみ、国内ではほとんど経験がありません。

店は地下鉄表参道駅から数分の位置にあります。学生時代での活動の場でしたが、もう、知った店が全く残っていません。様変わりが激しいです。開場20分ほど前に到着。店前の通りには、ブランドショップが並ぶ界隈には似つかわしくない?中年オヤジが屯していました。見知った顔も多数。

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開場時間(19時)2分後に率先して入場。初体験に少々ドキドキ。お祝いの生花の中には、ファン有志で贈らせて頂いたものも。今回はブルーノートのイメージに合わせて”青”企画でした。幹事の(花屋さんの?)センスに感謝です。

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良い席とは知ってはいたのですが、テーブルについてみて実感です。ステージ直前の6人掛けテーブルで私は3席目。テーブルとステージとはほとんとくっついていますので、コンサートホールでの「3列目」とは全く比較になりません。やたら近~い!やばい!心を落ち着けるためにワインを注文。チケットには飲食代は含まれておらず別会計になります。ワンドリンクでOKなのですが、滅多にない機会ですので、アペリティフもオーダー、ワインのお代りもしてしまいました。締めて5,000円ナリ。Tシャツも買いましたので結構な散在になりました。写真では欠けていますが、Tシャツ右下には森高さんご本人映像がプリントされてあります。これは買わざるを得ないでしょう。しかし、森高さんイベント以外ではちょっと着れないなぁ・・・。Tシャツの上のコースターは座席券です。

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正確なセットリストは憶えていません。ただ、「叔母さん」を歌って貰えたのは嬉しかった!代表的ヒット曲「私がオバさんになっても」ではありませんよ。同じアルバム(「ROCK ALIBE」)に収録されていますが、わりと地味な曲です。先にも書きましたが、私自身は”アイドル”に夢中になった時期がありません。百恵も淳子も、もちろん聖子も、一般的にアイドルと呼ばれている人のCDは”ほとんど”買ったことがありません。唯一の例外はアヤヤの「渡良瀬橋(カバー)」位だと思います。「森高千里は?」との反論もお在りかと思いますが、元々彼女の場合、逆に”アイドル”との一般的な位置付けが壁となっていた感があります。「ファンとして」ではなく、「カラオケ宴会の景気付けに」との思いで当時のヒット曲「私がオバさんに~」を憶えようと買ったアルバムが「ROCK ALIVE」でした。そのアルバムで印象に残ったのが「叔母さん」でした。何と言うか、説明が難しいのですが、森高さんの作詞、当初は「中学生の作文か?」との感想でした。ただだらだらと書き連ねているだけ、との印象でした。最初に聴いた時は結構批判的でした。ただ、脳裏に残ってしまうのです。ヘンに癖になります。学生時代、初めて本格的なインドカレーを食べた時のよう。渋谷に”本格インドカレー屋”ができたとの話で好奇心で食べに行った店、頭の中はすっかり”カレー臨戦態勢”でした。この場合の”カレー”はもちろんジャパンカレーです。40年もの昔、渋谷と言えども、本格インドカレーはまだ一般的ではありませんでした。食べたカレーは想像と全く異なっていました。食べた瞬間は「なんじゃこりゃ?」でした。期待していたカレー脳は全く裏切られました。不満足で帰ったのですが、その翌日から”本格インドカレー”が脳裏をグルグル駆け回ります。ちょっとした麻薬でしたね。森高ワールドも同様です。聴いた直後の反発が逆に作用、徐々に、麻薬的に頭を離れなくなってしまったのです。恋も嘆きも切なさも無く、単に「母親の妹」の叔母さんを語った歌です。(実際の森高さんお叔母さんを歌ったわけではありません)それまでの一般的な歌謡詩にはなかった世界です。ですので私にとっての当時の森高さんは、”革新的詩人”としての立ち位置でした。その、森高ワールドに嵌る切っ掛けになった曲、「叔母さん」はライブで歌われることはほとんどなかった(多分。少なくとも私の参加したライブでは)曲でした。生歌ではこれも初体験でした。

周囲の席に顔見知りファンが多かった心強さもあり、おおいに楽しみのりのりに過ごした濃厚な時間でした。ワインのほろ酔いもあったかも知れません。複雑に素材を組み合わせた?キラキラ衣装も素敵でした。そして何度も言いますが「近かった~!」森高さんのトークもトチリも絶好調でした!「飲~も~お~」の「気分爽快」では、森高さんの「倒さないでくださいね」に合わせて?飲み物を倒す絶好タイミングのファンも居て、ファンとのコラボも神業でした。ご本人から「vol.3も!?」との、希望だか願望だか告知?だかの言葉もありましたが、是非実現させて欲しいです。くじ運悪いので、その点が不安ではありますが・・・。写真は主催のJCBのHPからお借りしました。今回のリポートはまだ載っていませんので、前回(今年1月)でのものです。最終公演ならではのダブルアンコール、曲目は「渡良瀬橋」でした。(「渡良瀬橋43」に続いて)この日2回目の、今度はご本家の「渡良瀬橋」です。もう、ちょっと感極まってしまっていました。また是非おいでください、足利に。

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2015年6月14日 (日)

明日は”栃木県民の日”です。

宇都宮まで、家内と出かけてきました。明日は”栃木県民の日”、県内各地の文化施設・スポーツ施設が無料開放、または入場料・利用料が割引になります。対応は施設により様々、15日当日のみの施設もありますが、県立博物館は13~15日の3日間が無料開放となります。県立美術館へは何度も訪れているのですが、博物館は未体験でしたのでこの機会に訪問してみることにしました。

まずは何度か通りかかって気になっていた「宇都宮城跡」に。宇都宮城の開祖は藤原秀郷とも藤原宗円とも言われているようですがはっきりとはしないようです。中世には二荒山神社の別当を兼ねる宇都宮氏が城主として500年に渡り治めます。その宇都宮氏は秀吉により滅ぼされ、江戸時代以降は幕府の譜代大名が城主として続きました。中でも家康の謀臣本多正純は城下町の大改造を行い、現在の宇都宮の街並みの原型を作り上げたそうです。その宇都宮城も、戊辰戦争時に土方歳三らの幕府軍との戦いで建物の大半を焼失してしまいました。近年になり市民の間で復元運動が盛り上がり、募金等で旧城址の一部が復元され、平成19年に公園として甦ったのが現在の宇都宮城址公園です。こちらは県民の日に関わらず元々入場無料です。

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元々天守閣を持たないお城だったそうです。復元されたのは土塁と2つの櫓です。土塁の中は、非常時での食糧保管庫として使われているそうです。土塁上に上がるエレベーター入り口には復元模型等が展示されてあり、ボランティア?らしき方に説明して頂きました。

城址公園から移動して県立博物館(http://www.muse.pref.tochigi.lg.jp/)へ。宇都宮中央公園内にあり、市街地内とは思えない緑に囲まれた環境の中にありました。5つの池を配置した広い公園で、欧風公園と日本庭園とがコラボしています。今の季節は紫陽花が綺麗ですが、紅葉時期の日本庭園の美しさも想像を高めます。その日本庭園のベンチに腰掛け、家内手作りの弁当で昼食としました。池ではカモの親子が愛嬌を振りまいています。

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公園の端に配置された博物館、本日は無料開放日でしたが、普段でも250円とお手軽価格です。特別企画は「桜」と「狩野派」でした。

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常設は日光を始めとする県内各地に生息する動植物の写真・剥製、県内で出土した古墳時代の土器や石器等から近代に至る歴史資料、また恐竜やアンモナイト等の化石等々。かなりの見応えがあります。じっくり見ると半日使ってしまいそう、結構疲れました。蝶や虫の標本も地域ごとに分けて展示されてありました。館内は展示室により「撮影可」「撮影不可」に分かれています。撮影可の場所も意外と多かったですね。

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地元県内でも知らないこと、行っていない場所がまだまだあります。予想以上に充実した1日だったように思います。

2015年6月 7日 (日)

ゴルフと前方後円墳と

息子とゴルフに行ってきました。他メンバーは息子の高校時代の友達です。こんな関係でゴルフを楽しめること、良い息子を持ったものです。親の顔が見てみたいbleah。  今回のゴルフ場は「前橋ゴルフ場(http://www.maebashi-golf.jp/)でした。当初は”県営ゴルフ場”としてスタートしましたが、現在では民間運営になっています。(指定管理人は(株)フレッセイ) 利根川河川敷に設置されたゴルフ場ですので、フラットでフェアウェイ幅もほどほどあります。並列するコースを林で区切ったデザインですが、民営化されてから育てた木だそうです。そこそこ成長してはいますが、隣コースからの打ち込みもままありました。ま、こちらからも打ち込んでしまいましたが・・・。コースは大きなドッグレッグは無く素直な設営です。池やコースを遮る立木でアクセントを付けていますが、やや単調さは感じてしまいます。6,000y少々と距離も長くありませんが、打ち下ろしのない分、数字よりは多少長めに感じます。グリーンは高麗芝、遅めで少しゴツゴツした感触もありました。河川敷としては綺麗に整備されていますが、同じ河川敷の大麻生や新玉村に比べると多少見劣りする面もあるように感じます。レストランは家庭的な雰囲気で味もまずまずでした。ロッカーは上下2段の簡易式、荷物はあまり入りません。ロッカー前後の間隔も狭く、混み合うと着替えも大変そうです。風呂は綺麗で浴槽の広さもほどほどありますが、蛇口の数が少なく感じました。土日料金で8,900円、贅沢の言えない料金です。コース内を県道161号線(上毛大橋)が横切っています。

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帰途、前橋市内にある大室公園の二子山古墳を見物して帰りました。公園内には帆立貝型古墳や複数の前方後円墳が保存・公開されています。予想したよりも広い範囲を持つ公園で、古墳も結構な大きさがありました。(http://www.go-isesaki.com/Park_Omuro.htm) 埴輪(再現品)を並べて当時の状態を再現したり、古墳上に登ることもできるようになっています。石室の中を覗けるようになっていた古墳もあります。ほんの少し入っただけなのに予想外にひんやりして、”墓地”であることを考えるとちょっぴり気味悪さも感じさせる寒さでした。大きな前方後円墳は、二重の堀に囲まれていたり、当時の状態が想像されて興味深い思いでした。北関東は意外と古墳の多い地域のようです。ただ多くは保存状態があまり良いとは言えないようです。その点、埼玉のさきたま古墳群と並び、よく保存管理されている場所だと思います。

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2015年6月 6日 (土)

梅雨入り間近

沖縄から近畿地方までが梅雨入り、関東も来週早々の梅雨入りが予想されています。今朝早くひと雨あったようですが、雲は多いものの晴れの一日、明日のお天気も大丈夫なようです。

北関東に位置するわが故郷では、梅雨入り直前のこの時期が田植え最盛期になります。麦が刈り取られ(北関東は日本有数の小麦産地です)水田が出現します。「二毛作」ですね。雲ひとつない快晴のお天気日より、日差しが艶やかに感じられます。

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我が家の庭でも、梅雨時の主役、紫陽花が色とりどりに競い咲いています。

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ザクロ、百合、バラの花も咲いています。

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季節の移ろいは森高さんの歌った「渡良瀬橋」にも。歌碑のサツキは満開です。五月(皐月:サツキ)とも書きますので「五月の花」と思いがちですが実際は6月(5月下旬から6月)梅雨時の花です。皐月と言うくらいですので元々は”旧暦”5月を指していたのです。「五月(さつき)晴れ」は「5月(新暦)の晴れ間」ではなく、「梅雨の晴れ間」を元々は意味していたのです。じめじめした梅雨時での、希少な晴れ間、その爽やかさ・安堵感を表した言葉だったのです。五月雨(さみだれ)との言葉も同様、こちらはもろ、梅雨の雨ですね。

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さてその「渡良瀬橋」ですが、工事の覆いがようやく取れました。夕日と被ってしまい邪魔だった覆いです。ただ橋梁塗装工事はまだ一部が終わっただけです。工事期間も「7月31日まで」となっていますので、もしかするとまだ継続するのか?それとも夏季は休止するのか(塗料飛散を避けて覆いの中での作業ですので、夏場は過酷な作業環境です)は判りません。橋は、北側の一部だけが新品銀色になっていました。

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しかし考えてみると、森高さんが足利を訪れて「渡良瀬橋」の歌詞を書いたことは、まさに”奇跡”だった気がします。夕日の落ちる位置は季節により移動します。今の時期では歌碑の位置からでは夕日と渡良瀬橋が重なりません。また、遠くて低く見える山並に夕日の落ちる冬場と異なり、今の時期の夕日は山に隠れてしまいます。その段階ではまだ空は明るく、程良い暗さになる頃にはすでに夕日の姿は無く、雲に照り返す赤みだけの夕焼けになります。風邪をひいてしまいそうな赤城降ろしの寒風も、歌詞の趣に色を添えています。もしあの時期に足利を訪れていなければ、当日が雨だったり夕日が雲に隠されていたりしたら、あの名曲は生まれなかったはずです。ちなみに今日の渡良瀬橋の夕日はこんな感じでした。↓

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