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2015年7月28日 (火)

富岡カントリークラブ

高校同期を誘っての平日プライベートゴルフ、同行者は火曜休診の医者と銀行定年退職者、そして美容師さん。行先は群馬の「富岡カントリークラブ(http://www.pacificgolf.co.jp/tomioka/)」でした。このゴルフ場を予約したのは5回目ですが、前回(昨年2月)は大雪の降った時で積雪クローズでしたのでプレーは4回目です。綺麗でフェアウェイも広くアップダウンの少ないコースで、その割に料金は安いです。今回は平日でしたので昼食付6,324円でした。ただし、追加料金無しで頼めるメニューは少ないです。事前の天気予報では朝方雨、内陸部では雷雨の恐れも・・・とか。メンバーの一人は群馬県内在住、「前橋は現在雷雨、朝の内は降られるかも知れませんが間もなく止みそう、決行しましょう」とのメールが早朝にあり、兎に角は行ってみることにしました。

途中の北関東道ではかなり激しい雨でしたが、上信越道に入る頃には小雨になっていました。スタート時は曇り、序盤の数ホールは雨の中、3ホールばかりは本格的な雨中ゴルフになりました。降ったり止んだりのお天気でしたが、OUT後半にはほとんど止み空も明るくなってきました。プレーに影響の出るほどの降りは短い時間でしたし、涼しいのは助かりました。写真は曇り模様のスタート時。

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昼食はPGMゴルフ場共通企画の「鉄人メニュー」から坂井宏行のオマール海老と帆立のなんたらを注文、500円少々の追加料金でしたが美味しかったです。ちなみに中華の陳建一の方は海老のチリソースでした。

午後のスタート時には雨はすっかり上がりよいお天気になっていました。気温はぐんぐん上昇、IN・OUTでの気温差はかなりのものになります。一挙に真夏ゴルフになりましたが、それでもここ数日の酷暑に比べると”普通の夏の暑さ”です。適度な風もあり、快適とまではいきませんが、真夏にしては恵まれた環境だったのかも知れません。平坦でOBの少ないコースですが、バンカーは多いです。ただそのバンカーも、水捌けの良いさらさらした白い砂で、雨水を含んでもあまり重くならないのは助かりました。ただ、雨で柔らかくなり、グリーンのボールマークは普段よりえぐれ易くなっています。気付かないのか気にしないのか、マナー欠如が目に付きました。

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前半OUTは雨の影響も受けず「49」で久々の50切り、しかし後半は集中力・丁寧さを欠いたのか方向性が悪くなり(池にも入れたし・・・)、3パットも連発して「59」、終わってみればいつもと変わらぬスコアでした。バブル時に造られたのか、建物は豪華で、ロビーもロッカーも風呂場もやたら広く、寧ろ”無駄に広い”感もあるゴルフ場ですが、コストパフォーマンスの良い、お気に入りのコースです。Tポイントも貯まります。

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2015年7月26日 (日)

「渡良瀬橋」足利市駅・足利駅の駅メロディに

2日遅れになってしまいました。一昨日の24日(金)より、東武線足利市駅・JR足利駅の両駅で、列車到着を知らせるブザーの代わりに森高千里さんのヒット曲「渡良瀬橋」のメロディが流れるようになりました。当日はそれぞれの駅で足利市長・観光協会長、そして足利ゆるキャラ”尊氏クン”、地元アイドル”渡良瀬橋43”が登場しての記念イベントが行われました。足利市駅(東武)では10時10分より、足利駅(JR)では12時40分より、それぞれ市長他の挨拶の後列車到着メロディが披露され、渡良瀬橋夕日の記念ポストカードが配られました。駅にはNHK宇都宮や栃木TV・わたらせTV、下野新聞他の報道陣に混じって、お揃いの渡良瀬橋Tシャツ(2013年ライブでのツアーグッズ)姿のファン、そして「17才」時のコスプレ衣装の女性ファンも登場、報道陣の注目を浴びていました。

残念ながら私は当日は仕事でイベントには参加できず、東武足利市駅のみ、代わりに家内に行って貰いスマホで写真を撮ってきて貰いました。記念イベントは最初に改札口外にて市長他の挨拶があり、その後ホームに移動して、駅メロ変更後の最初の列車「りょうもう7号」到着を待ったそうです。渡良瀬橋43は、浴衣姿で降車客・ファンに記念品を手渡していました。この模様はNHK他(”他”は地元ローカル局ですが)の夕方の番組内で紹介されました。

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東武線足利駅構内(改札口内)には特設コーナーも設けられ、ポスターやCD、森高さんのサインや寄せられたメッセージが展示してあります。イベント会場に手持ちのコレクションを持ち込んだファンも居ました。

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私も仕事帰りの夕方、入場券を買って構内の展示を見学、到着メロディも聴いてきました。イベント参加後に市内散策をしていたファン仲間数人にも逢うことがことができました。

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よく見ると朝と若干展示内容が変わっていますね。それはイベント時は市長が手に持って公開していたから。終了後にケースの中に戻した、ということだったようです。

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JR足利駅(両毛線足利駅)には今日になって行ってきました。こちらの展示はサイン・メッセージ入りポスター1枚だけでした。

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24日の駅メロ変更に合わせて、森高千里さんの「あしかが輝き大使」就任も発表されました。市出身者以外では、勝俣州和さんに続いて2人目です。これを機会に足利市と森高さんの絆が一層深まることを願います。できればライブの機会も・・・。heart

2015年7月23日 (木)

東大テニスサークル 飲酒強要

3年前の事件だったそうですが、飲酒強要による急性アルコール中毒死した大学生のご両親がサークルのメンバーを東京地裁に提訴したとのニュースでした。以前から繰り返されている出来事です。そしてこのような事件の起こる度に「強制飲酒・一気飲みを禁止すべきだ!」との声が起こります。しかし私は、何でもかんでも「法で禁止する」方法に頼ることに疑問を感じます。また「禁止する」ことで解決する問題とも思えません。

私はこのテニスサークルの内部事情も知りませんし、現場状況もニュース報道された範囲でしか知り得ません。ですので、多くは想像ですし、今回の事件個別には必ずしも当てはまらない部分もあるかも知れません。しかしニュースから見えてくるものは、「伝統の行事」と言いながら、そのサークルに「”伝統”が無かった」と見えることです。また「強制飲酒」とは言いますが、「嫌で嫌でそれでも無理やり飲まされた」ケースは寧ろ少数のような気がします。本人が「周りの状況から(白けさせないために)無理をして飲む」が始まりになるとしても、急性中毒になるほどに飲んでしまうには、「酔いに任せて止めどなく飲み続けてしまった」状況があったように想像します。もちろんそれを「本人の自己責任」などと言う気持ちは全くありません。酒の飲み方を知らない若者を制御できなかった、周囲の年長者の責任だと思います。要因は「酒を飲ませた」ことではなく、「その後の適切な対応が成されなかった」ことがこの事件の要だと思っています。

私は大学生時代美術部に所属していました。軟派な部活ですので飲み会も多くありましたし、一気飲みイベントもありました。しかしちゃんと”伝統”もありました。新入生時代、先輩方によく飲みに連れて行かれましたし、一気飲みもやりました。飲み過ぎて潰れてしまった事も多々ありました。そんな時先輩方はもう飲みません。介抱対応に当たります。介抱方法も習いました。飲み潰れた人間を仰向けで寝かせてはいけない(嘔吐物を詰まらせて窒息する可能性がある)等々。また調子に乗って飲み過ぎてしまうお酒初心者に対する制御も、先輩方の行動から憶えました。自分達が役員となっての合宿では、役員が酒を飲むのは乾杯等宴会序盤だけです。その後は役員それぞれが手分けして、酔っ払いが外に出ないよう玄関を見張るもの、各部屋を巡回するもの、要注意人物の観察等々、睡眠時間を削って宴会を最後まで制御するのが役員の仕事でした。それは代々引き継がれます。それが”伝統”です。「飲ませて終わり」では”伝統”ではありません。

私の趣味のひとつが”ゴルフ”ですが、最近のゴルフ場、特に割安ゴルフ場ではマナーを知らない若者ゴルファーが増えているように感じます。スロープレー、隣のコースに打ち込んでも挨拶もしない、信じられない話では、若者グループコンペでドラコン距離を「メジャーで測っていた」との話までありました。以前ゴルフは、最初は「先輩に連れて行って貰う」ものでした。そうやってルール・マナーを憶えました。それが今では、料金も安くなりましたしネットで簡単に予約できます。先輩後輩の付き合いを敬遠する風潮も相まって、「気楽に仲間だけで」つまりは「初心者だけで」プレーする機会が増えているようです。酒の場も同じなのかも知れません。酒の飲み方を教えるはずの先輩自体が、飲み方・酔い方・飲ませ方を知らないまま先輩になってしまっている、そんな気がします。「禁止する」だけでは、更に”酒飲み素人”が増えるだけのような気がしてしまいます。伝えられるべき”伝統”が伝えられて初めて、悪酔いも”酒の恥”も、若気の至りとして青春を彩る想い出に変わります。決して悲劇にはしてはいけないものです。裁判所に提訴したご両親も、決して「罰すること」を主眼にしているではないでしょう。

2015年7月19日 (日)

妙義山 妙義神社

特に予定もなかった本日、思い立って家内とドライブに出かけました。行先目的地は”妙義山”、日本三大奇勝、上毛三山に数えられている場所です。東北生まれの家内、上毛三山の榛名・赤城には連れて行ったことがあるのですが、妙義はまだありません、というか、私自身多分これが初めてかと思います。榛名・赤城と妙義とは、山としての成り立ちが異なります。榛名・赤城は、(車で)頂上目指して登り、上には湖(榛名湖、大沼・小沼)があって土産物屋があって、と一応の目的地がはっきりしているのですが、妙義は少々異なります。妙義は「下から見上げる山」なのです。最高峰が1,103.8mという、決して高い山ではないのですが、車で行けるのは麓までです。その先の登山道は、一般登山道最難関のひとつに数えられ、滑落事故の多発している山です。ですのでドライブでの目的地は”妙義山”というより”妙義神社”ということになります。

自宅から北関東道・上信越道経由、松井田妙義IC下車、最初の目的地は「道の駅みょうぎ」でした。高速道での交通量は(渋滞はなかったものの)多く、この段階で初めて”連休”だったことに気付きました。前々から予定していたドライブではありませんのでゆっくりの出発、この時点ですでにお昼、道の駅で昼食となりました。注文の蕎麦は、手打ちではありませんので、期待しなければがっかりもしないレベルですが、売店で売っていた野菜類はお買い得価格でした。桃を購入。眼前には妙義の岩山がそびえます。

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道の駅駐車場に車を置き妙義神社(http://www.myougi.jp/index.html)に登ります。鳥居をくぐって少し登った先には国指定重要文化財の総門があり、阿吽の像が出迎えます。

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ここまでの登りもそこそこですが、本殿に向かう階段は更に厳しくなります。階段幅も狭くなっています。一直線に延びる階段は壮観ですが、ここは無理をせず迂回路階段を利用しました。途中で尻尾の綺麗なトカゲが現れ、すれちがった女性が悲鳴をあげていました。メタリックブルーの尻尾は、ニホントカゲの幼体の特徴のようです。成体になると色が消えてしまうとか。ちなみにこの長階段では、NHK大河「義経」で鞍馬山のシーンが撮られたそうです。

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本殿前の随神門には右大臣・左大臣(多分)が鎮座します。本殿も国指定重要文化財、かなり派手な造りです。

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本殿からは松井田の街が一望できます。厚い樹林に閉ざされた神秘的な赤城神社に比し、南面に開かれた妙義神社は解放感があります。

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道の駅駐車場に戻り車で少し登って「富岡市立妙義ふるさと美術館(http://www.city.tomioka.lg.jp/www/contents/1000000001930/index.html)」に移動。富岡製糸場の世界遺産登録の影響?か繁盛していた道の駅に比べこちらは閑散、滞在時間中家内と2人で貸切でした。毎年開かれている「妙義を描く絵画展(今年で33回目)」大賞作品を展示する美術館ですので、館内展示のほとんどは妙義山を描いたものです。美術館3階は展望室になっており、妙義山や周囲の景色を楽しめます。

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北関東道開通でこの地域での行動半径も広がりました。美術館に置いてあったパンフレットに次回ドライブ目的地候補になりそうな場所も。暫くはお金をかけない近場巡りが続きそうです。

2015年7月17日 (金)

「ターナー 光に愛を求めて」

英国ロマン派の画家、J・M・W・ターナーの後半生を描いた映画を観てきました。「ターナー、光に愛を求めて(http://www.cetera.co.jp/turner/)」 

150分の作品、前半では少し眠くなる時間帯もありましたが、作品が退屈だったわけではありません。原因は夜中の全英オープン(ゴルフチャンネル)による寝不足です。ただしかし、CGを駆使したエンターテイメント作品がお好きな方々にはいささか退屈かも知れません。はっきりしたクライマックスもありませんし、事件も起こりません。不幸な家庭事情も描かれますが、殊更に誇張されることもなく、孤独を抱える不器用な中年男性として表現されています。私自身、正直、心揺り動かされる感動は感じませんでした。しかし、150分を長いとも感じませんでした。淡々と描かれる画家の生活、老いて行く時間、誰もが逃れられない人生の過酷さが、濃密過ぎず軽薄にも流されず、現実の重さを持ってしかしあくまで淡々と描かれます。ターナーを演じたティモシー・スポールは、もはやターナー本人にしか見えません。この作品でカンヌ映画祭最優秀男優賞を受賞しています。

作品に集中できた要因として、ターナーに対する私自身の思い入れもあったかと思います。学生時代の40年ほど以前、スコットランドに2週間滞在しました。エディンバラの美術館で観たターナー作品、そしてそれ以上に脳裏に残るスコットランドの風景は、ターナーやコンスタブル作品と重なります。ターナーはロンドン中心部生まれで、作品も決してスコットランド風景を描いたわけではないのですが、ロンドン滞在時間は僅かで都会部分しか見ていません。私の知る英国の自然風景はスコットランドのものに限られます。そしてその、湿度を感じる空気感が、ターナーの風景画作品に甦る想いがするのです。若い頃に流行った歌がその時代の思い出を甦らせるのと同様に、ターナーの絵が、青春時代の欧州旅行の思い出に繋がっているのでしょう。

ターナー作品に対して持つ愛着に関わらず、画家ターナーに関する知識はほとんど持っていませんでした。芸術家筋ではなく理髪店の息子だったこと、幼少時の家庭的不幸、そして若くして(史上最年少で)英国アカデミー正会員となり確固たる地位を築いていたこと、いずれもこの作品で初めて知りました。印象派画家達や現代美術作家に比べて、その生い立ちや画業に今まで関心を持たなかったこと、自身でも意外です。唯一の知識は、映画後半で批判を浴びた半抽象的もうろう作品が、後の印象派に多大な影響を与えていたことくらいです。そして逆に、映画でそのことに触れていなかったことも意外でした。

2015年7月13日 (月)

夕日がきれいな街 渡良瀬橋

仕事帰りの空、自宅にカメラを取りに戻り、急いで渡良瀬橋へ。

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夕日の盛りは短くて、少し遅きに失した感はありますが、それでも格別な夕日でした。

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こんな日に遭遇するたびに、「車内にカメラを常時携帯していなきゃダメだ!」と思うのですが、忘れた頃に”こんな日”が訪れます。目に焼き付けられた夕日は、写真より更におどろおどろしく非現実的な美しさでした。「夕日がきれいな街」

2015年7月10日 (金)

百合の季節は終わってました。

梅雨の季節での久々の好天気、お隣太田市にある「ゆり園(http://ota-yuri.com/)」に行ってきました。先月中旬に知人から”お勧め”があったのですが、初孫誕生間際でしたのでタイミングを逃していました。調べてみたらこの日曜日で今シーズンの営業も終了とのことでしたので、予想はしていたのですが案の定、花の季節はほぼ終了していました。それでも青空の下、ま、所々には綺麗に咲いた花も残っており、(最盛期を知らないだけに)そこそこ楽しめました。係りの方には「6月中に来なくちゃぁ~」とは言われましたけど。

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最盛期を写したパンフレットと比べてみました。色別に配置してデザインされているよう。咲き揃っている時に見たらさぞかし壮観なのでしょうが、季節ものですから仕方ないですね。所沢はじめ各地にあるゆり園も同系列での運営らしい。

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百合は(翌年も咲かせるためには)切り花にしてはいけないそうです。茎ごと切ってしまうとその球根は2~3年は花を付けないとか。花を落とした後の茎が球根を育てるそうです。花を落として茎だけになった百合が立ち並んでいました。

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シオカラトンボと(多分)シオヤトンボ、何度も逃げられましたが、なんとか良い写真が撮れたと思います。来年は盛りの時期に、できれば1歳のお誕生日を迎えた孫を連れて訪れたいものです。

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2015年7月 9日 (木)

「国際市場で逢いましょう」

気になっていた映画、やっと観ることができました。韓国での公開が昨年の12月、東京では今年の5月でした。7月になってようやく北関東にまで回ってきました。それでも近隣のシネコンでは上映予定がなく、高速道使ってのドライブ鑑賞です。

「国際市場で逢いましょう」、ファン・ジョンミン、キム・ユンジン主演の作品です。キム・ユンジンをスクリーンで見るのは久し振り、多分「シュリ」以来だと思います。「シュリ」も近場での上映がなく、確か小山市まで観に行ったと思います。その後”韓流”ブームで韓国映画の上映機会が増えましたが、ブームに便乗した粗悪な作品の上映も多く、寧ろ映画ファンには悪いイメージを植え付けてしまったかも知れません。”韓流”も去り、落ち着きを取り戻しました。また遠出しないと観られない状況に戻りましたが、寧ろこれで良かったのだと思います。近場で面白くない作品を見せられるよりは。

作品は、朝鮮戦争時から現代までの、苦難と貧困の中を生き抜いた1人の韓国人の生き様を描いています。朝鮮戦争の混乱の中生き別れた父親にチョン・ジニョンを配し、短い出演時間ながら存在感を示していました。老いたファン・ジョンミンの特殊メークはやや不自然ではありましたが、相変わらずの役作り、安定しています。世に出る前の、現代自動車創設者の鄭周永遠(チョン・ジュヨン)やデザイナーのアンドレ・キムを登場させるサービス精神も発揮、「三丁目の夕日」的なノスタルジー色も加味していますが、作品内容は「三丁目~」とは大きく異なる壮絶さを含んでいます。朝鮮半島そのものが戦場になった朝鮮戦争は、島全体が戦場になった沖縄同様ですが、同民族同士での争いですので更に悲惨さが増幅しているのかも知れません。西ドイツ鉱山への出稼ぎ、ベトナム派兵、そして生き別れた妹との再会と、卑怯なほどに涙腺を攻撃してきます。しかも、「恋人が実は兄弟」「難病に侵されて」とかの韓流お涙頂戴での安易脚本ではなく、それぞれが韓国庶民が実際に経験してきた重い現実です。攻撃は真正面から受け入れざるを得ません。全体的に無駄なく的確に描かれた作品だと思います。

日本公開以前から、韓国での歴代上位の観客動員を果たしながら、賛否両論ある作品と聞いていました。当時の政府・政策への批判精神の欠如、というのが”否”派の論点のようです。確かに、「光州5・18」や「シルミド」のような批判的描写は少ないように思います。韓国では、映画世界でも政権批判のタブー視された時代がありました。それが解禁され、過去に遡り光州事件等の闇を告発する映画作品が作られるようになりました。その意識での”否”批判なのでしょうが、韓国でも「戦後は終わった」との段階に入ったのかも知れません。この作品では、政治的批判精神は敢えて付け加える必要は無かったように思われます。意図的な誘導を含ませてしまっては、作品の自然な流れを阻害してしまいます。その意味では、”映画作品として”成熟したものなのかも知れません。

ps.庭の朝顔が咲きました。ゴーヤの花も。

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