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2015年10月11日 (日)

『The Dance Moritaka Nights』

森高千里さんのライブ、『The Dance Moritaka Nights』初日の8日(木)に参戦してきました。会場は赤坂BLITZ、スタンディングです。前回の青山ブルーノートではALL外れで複数枚確保していた友人に救われましたので、2枚申し込んでみました。しかし今回は仲間内での当選確率がよく、チケット引受先が見つかりませんでした。結局1枚無駄にしてしまいました。私の場合、一般的森高さんファン層よりもひと世代以上離れています。同年代にはファンは少なく(というか1人も知りません)、しかも地方在住ですので、平日に東京まで出かけて行く人を探すのは至難の業。東京在住の友人達にも誘いをかけてみたのですが、元々ファンでない上に”スタンディング”がネックになってしまいました。2Fの座席でしたら多少の可能性もあったのでしょうが、こちらは座席数の少ないせいか抽選に外れてしまっています。

8日午後に足利を出発。去る7月24日より、東武線足利市駅とJR両毛線足利駅での発着時の駅メロディが「渡良瀬橋」になっています。(http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/page/moritakachisato-ashikagataishi.html) 当日は足利市長出席の記念式典が開かれ、森高さんからのメッセージが披露されました。地元アイドル・渡良瀬橋43のメンバーも浴衣姿でお手伝いしていました。駅メロ採用を記念して、両駅に特設コーナーが設けられました。写真は最後の2枚のみ、JR足利駅でのものです。

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その東武線足利市駅での特設コーナーも、9月末をもって終了しました。存続を望むファンの声も駅や市に寄せられたようですが、コーナーでの展示は年間スケジュールが決まっており、そのままでの継続は最初から無理だったようで予定通り一旦終了しました。しかし8日、森高さんライブでの上京の折に確認すると、お隣に新たにコーナーが設けられ、展示内容は寂しいですが一応復活していました。

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さて、話は森高さんライブに戻ります。赤坂BLITZは千代田線赤坂駅直通ですので北千住乗り換えで一直線、足利からは比較的便利な立地です。しかし敢えて赤坂見附駅を目的駅にしてみました。学生時代赤坂は私の行動圏でした。所属した美術部で何度か赤坂の画廊を利用したことがありましたし、夜な夜なのディスコ通いの場所でもありました。当時は高級品で学生には高すぎたケンタッキー・フライド・チキンを(先輩のおごりで)初めて食べたのも赤坂でした。当時は渋谷にはまだ店がなかったのです。他にバンジョーの生演奏のあるピザ専門店があったり、赤坂は”大人の匂い”のするちょっと背伸びの街でした。TBS前のカレーレストラン「トップス」のチーズケーキも好きでした。BLITZタワーの地下にまだ店があるとのことで覗いてみたのですが、ファストフード店的な”ただのカレー屋”になっていました。ケーキは店内でのケーキセットのみ、店頭販売はしていませんでした。響きの懐かしい一ツ木通りを歩いてみました。雰囲気は残っていましたが見覚えのある店はありません。BLITZ界隈の風景に至っては、全くの別世界です。

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開場は18:00ですが、グッズの販売コーナーが設置されていますので、会場前にはすでに見知った顔が参集していました。ご挨拶かたわら森高さんが表紙の足利市広報誌「あしかがみ(http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/page/ashikagami201509.html)」と渡良瀬橋缶バッヂを少数ですが配らせていただきました。今回の「あしかがみ」、一時市役所の配布コーナーから姿を消すほどの人気でした。市広報誌としては異例の出来事です。

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スタンディングは番号順での入場です。私の番号は74番、かなり良い番号です。ロッカーに荷物をしまいできる限り身軽にします。当日はさほど寒くなく、Tシャツ(前回ブルーノートグッズの赤シャツにしました)で支障なかったのは助かりました。ほぼ予定通りに入場開始、番号順に呼ばれますが、1番2番を始め早い番号の該当者がかなりの数居ません。平日の6時ですので仕事が終わらず間に合わない人も多かったのでしょう。「早く入れる権利」だけですので、時間に間に合わなければ、どんなに良い番号でもただの入場券になってしまいます。

スタンディング、演奏時間中はそれでも良いのですが、待ち時間は疲れます。限られたスペース内で何もせずじっとしているのは苦痛でした。折角手ぶらにしたのに、ワンドリンク制500円で買わされたペットボトルが邪魔です。引き換えは終演後にすればよかった・・・。ちなみに早い者順の立ち位置は前から3列目、以前の林檎さんライブでのオールスタンディングとは異なり、年代層の高いせいか押し合いもありませんでした。

ほぼ時間通り(2~3分遅れ?)に森高さんが登場、最初は少人数、途中からベースとギター(鈴木マリア)が加わります。今回は”The Dance Moritaka Nights”とのテーマですので、全曲いつもと違うアレンジが加えられています。「皆さんクラブに行きたくなりませんか~?」との呼びかけ。しかし昔燃えたディスコ的な盛り上がりにはなりません。そりゃそうでしょう。目の前に森高さんが居て歌ってるのですから、ダンスに集中できるはずもありません。もうひとつ”ディスコ”にならない理由、16歳年下の森高さんのイメージは”クラブ”なせいもあるのかも知れません。ディスコとクラブ、違いがよく判りませんが、音楽は異なります。ロックンロールやソウル系で踊った私達の時代ですので、テクノや今回のライブでのアレンジではリズムが遅過ぎてノリが難しくなります。

同じ Dance Moritaka でも私と森高世代ファンとでは感じ方がかなり異なったと思います。一般的に”ディスコブーム”というと「マハラジャ」や「ジュリアナ」を思い浮かべる人が多いと思います。「麻布十番マハラジャ」が1984年、「ジュリアナ東京」は1991年ですので、共に私が東京を離れてからのブームでした。私の通ったディスコは赤坂の「ムゲン」「ビブロス」「マンハッタン」、映画「サタデーナイトフィーバー」での第一次ディスコブームより更に前の時代です。「ムゲン」は日本でのディスコの走りとも言われ、芸能人も多く通っていたと言われます。私も「ビブロス」では当時10代ですでにデビューしていたアン・ルイスと2度遭遇したことがあります。

さて今回の「The Dance Moritaka Nights」での評価、40代前後の本来の森高さんファンの感じ方はどうだったのだろう?ネット上でのファン評価は良いものしか見ません。私自身は、世代的な差もあるのでしょうが、あまり良い評価にはなりません。かなりのダンス好きで今でもそこそこ踊れるつもりでいますが、私の感覚では「Dance Nights」にはなり得ないアレンジでした。森高さん世代での第一次・第二次ディスコブームでのユーロビートとも離れているように思います。”クラブ”イメージでのアレンジだったのでしょうか? それだと対象世代がずれてしまうように思うのですが・・・。懐かしい「拾った財布」を聴けたのは嬉しかったですが、「私がオバさんになっても」のアレンジは納得できません。「Dance Nights」をテーマにするならせめて、ユーロビートアレンジにして欲しかった。ディスコ好きでダンス好きで、勝手にイメージして出かけてしまった訳ですが、あれなら普段通りのライブの方が良かった気がしてしまっています。会場風景の写真は森高さんFacebookからお借りしました。

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