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2015年12月27日 (日)

最近読んだ本

2015年も残り数日となりました。ゴルフは相変わらずの不調、年内に1回はスキーに行こうと思っていたのですが雪は降らず・・・。年賀状の準備もできていません。

「半島へ、ふたたび」 蓮池 薫著 新潮文庫  拉致事件での生還者、蓮池氏の韓国訪問記です。この作品で新潮ドキュメント賞を受賞しています。蓮池氏の作品は、韓国人作家・金薫氏の著作の翻訳本「孤将」を以前読んでいます。今回の訪問記ではその金薫氏を始めとする3人の韓国人作家と会い語らっています。韓国では作家の社会的地位が必ずしも高くない、との現状も書かれていました。ソウルの街中観光の様子も描かれていますが、私も訪れたことのある西大門刑務所や戦争記念館等、一般の観光客とはやはり訪問先の選択肢は異なっています。冒頭、飛行機から見た景色に北朝鮮を思い出し、恐怖と絶望の24年間が蘇る”トラウマ”から始まる文面には、通常ではあり得ない体験を強制された氏の緊張感を感じます。韓国訪問記ではありますが、途中ところどころに北朝鮮拉致時の出来事や当時の心境が記されています。感情的にならずに淡々と書かれていますが、それが却って不条理な拉致の残酷さを描き出しています。作品後半では、拉致からの帰国後「孤将」の翻訳を手掛ける切欠や経緯も描かれ興味深いです。

「きいろいゾウ」 西 加奈子著 小学館文庫  椎名林檎繋がりで読みだした作者の2作目です。宮崎あおい主演での映画も観ましたが、雰囲気だけで主題が分かりませんでした。原作を読んで、多少理解できた部分もあるとは思うのですが、まだしっくり来ません。「さくら」もそうでしたが、”作られたお話し”感が強く、実生活でのリアル感がありません。何かが表現されていることは判るのですが、何のためにそれを書くのか、その必然性が掴めないのです。原則文庫本でしか読みませんので、直木賞受賞の話題作「サラバ!」が文庫にでもなったら読んでみたいと思います。

「三国志」 宮城谷昌光著 文春文庫  文藝春秋にて12年間に渡り連載された大作です。文庫本発刊も2008年から7年かかりました。私が第1巻を買ったのが2010年ですので、読破に5年を要しています。発刊を待って読み続けましたので結構間隔が空いてしまっています。新刊の出る度に前の巻の最後を読み返し話の流れを確認する必要がありました。長編ですし、時間をかけ過ぎて忘れてしまっている部分も多いと思います。もう1度読み返しても良いかも知れません。その価値のある作品だと思います。  三国志、劉備・関羽・張飛3人の出会い、”桃園の誓い”から始まり五丈原での孔明の死をもって終わるのが三国志の定番ですが、宮城谷版では楊震のエピソードから始まります。「天知る。地知る。我知る。子(なんじ)知る。」の「四知」は、漠然と「聞いたことはあるかな?」程度でしたが、この作品で内容を知りました。また強く印象に残るエピソードでした。作品全体を通しての主題の一つなのかも知れません。  宮城谷三国志には、膨大な数の人物が登場します。楊震に関してもその父楊宝から始まります。楊震の人物像を描くのに、その父親の生き様も描く必要があると感じたのでしょう。ストーリーの大筋にあまり影響しないような人物でも、経歴や血筋等にまで及んで描かれる場合もあります。宮城谷作品に慣れない人では、面倒に感じるかも知れません。しかしそれが、大河としてのダイナミズムを形成しているのだと思います。ビルの高層階から眺める街の灯、その灯り一つ一つに生活があり人生がある、そう考えると切なくも愛おしくもなりますが、大きな歴史の流れも、その時代を生きた人達の人生の集合体として成り立つと考えればまた感慨もひとしおです。北方健三の「史記 武帝紀」のように特定個人に感情移入はしません。資料的に客観的に無感情に書き綴っているようにも見えます。しかし不思議に、その人の生き様が見えてくるように感じます。昔「アンナ・カレーニナ」を読んだ時、数多くの登場人物の一人一人の人生を描き、その人生の集合体としての”世界”を描く手法に感心した覚えがあります。当時は日本的私小説を中心に読んでいましたので尚更鮮烈でした。もちろん、全く別物ではありますが、宮城谷三国志にもその”世界”があると感じたのです。宮城谷作品は数多く読みましたが、その中でも秀でた作品だと感じました。

「北条綱成」 江宮隆之著 PHP文庫  「関東北条氏最強の猛将」との副題が付いています。北条氏綱・氏康二代に仕えた武将の一生を描いた歴史小説です。あまり知名度のない武将ですので、それだけ作者の想像力を生かせる題材でもあったのでしょう。宮城谷三国志と並行して読んでいましたの、作品の軽重が際立ってしまいました。宮城谷作品の淡々とした大きさもなく、北方作品の熱い血潮も感じられない、ただあらすじを追うだけの展開になってしまいました。決してつまらなくはないのですが、主人公の生き様が”生きて”見えてこないのです。若年での初陣と最後と、重ねた歳の重さが見えません。  著者紹介で「白磁の人」の原作者であることを知りました。小説は読んでいませんが、映画作品は観ました。同じ歴史ものでも戦国と近代とは異なります。

塩野七生の「ローマ人の物語」は文庫本43巻の内ようやく10巻まで来ました。ユリウス・カエサルの章ですので、一番面白い場面なのだと思います。その9巻の中で、カエサルの「ガリア戦記」に関して、「二千年後でさえ文庫本で版を重ねるという、物書きの夢まで実現した男でもあった。」との文章がありました。考えてみればその通り、すごいことです。高校時代に読んだ「ガリア戦記」を探してみたのですが見つかりませんでした。新たに買って読もうと思ったのですが、書店では見つかりません。もう、読む人は少ないのでしょうか。

2015年12月18日 (金)

「海難1890」

映画を観てきました。日本・トルコ合作映画「海難1890(http://www.kainan1890.jp/)」です。元々は「黄金のアデーレ」を観たかったのですが、隣接市シネコンでの上映はありません。昼過ぎに用事があり遠出できない日でしたので、今回は諦めました。代わりの候補が「海難1890」と「杉原千畝」でした。

「海難1890」は明治期の日本での実際の海難事故と、イラン・イラク戦争時でのトルコにまつわるエピソードを描いた作品です。忽那汐里とトルコ人俳優アリジャン・ユジェソイとが、時代を超えた2つのエピソードの中心人物を演じています。エルトゥールル号の遭難事故に関しては以前聞いたことはあったのですが、イラン・イラク戦争時にトルコ政府が救援機を派遣してくれたことは、知らなかったのか忘れているのか、記憶にありませんでした。平日の午後、観客は私を含めて8人、おそらく(還暦を過ぎた)私が一番若い観客だったと思います。エンドロールの後には、トルコ大統領のメッセージも流されましたが、その時まで残っていたのは他に1人だけでした。

作品は、予告編だけでも泣かされそうなストーリーです。それだけに逆に、下手な涙腺刺激演出が心配されました。心配したほどまでではありませんでしたが、やはりそんな部分も、特に後半部分には見られました。史実を基にした作品ですので、その重みをもって、作為的な演出なしに淡々と描いた方が感動が深まるのに・・・。じわっと涙腺の熱くなる場面もあったのですが、しらける空々しい演出部分もありました。勿体ない。

トルコといえば親日国として知られています。実際にそうなのでしょうか?エルトゥールル号遭難事故は、現在のトルコではどの程度知られているのでしょうね?日本ではほとんど知られていないと思います。それを知らしめたという意味では価値ある作品なのかも知れません。そう思うと更に、安っぽい演出が残念に思えてきました。

2015年12月 8日 (火)

珊瑚婚1泊小旅行

話が脱線してしまって書き損なった昨日の続きです。嫁自慢が暴走してしまいました。でも、母には「良い嫁を連れてきた」と褒められます。結局は、女性を見る目のあった私の手柄です!happy01good

10年前の25周年では家族4人で韓国に旅しました。35周年記念、今回も豪華に海外へでも行きたいところですが、そこは年金暮らしの身、地味に抑えました。5日(土)は車で出発、埼玉某市の駅前駐車場に停めて電車で東京に向かいます。「何故埼玉?」の説明は後ほど。

最初の目的地は四谷の画廊、友人版画家の個展です。たまたま会期が重なっていましたので訪れました。友人は高校時代のクラスメート、美術部の同輩でした。美大に進み現在では教授となっています。30年ほど前から時折作品を購入するようになり、現在では40点近く所有していると思います。木版画ですが、一般的な木版画イメージとは異なります。展覧会のある際にはできるだけ出かけるようにしています。家内と2人で訪れたことも何度か。今回は時間が合わずご本人にはお会いできませんでした。記念に小品を1点購入させて頂きました。案内ハガキ印刷のもののシリーズの1枚です。会期終了後に郵送して頂くことになります。

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初日のメインイベントは森高千里さんのディナーショー「森高千里 PREMIUM NIGHTS」です。会場は東京丸の内の”コットンクラブ”です。NYの伝説的高級ジャズライブクラブをイメージした店ですね。6月のブルーノートでのディナーショーにも参加しましたがその時は1人、家内と一緒での参加は青学でのチャペルコンサート以来です。ライブは12月4日・5日、11日・12日の4日間にそれぞれ2ステージずつ開催されます。今回は結婚記念日での企てですので日程の選択肢はありません。5日の1st.ステージの1本に絞っての応募でした。座席数が限られますので不安ではありましたが、幸運にもゲットすることができました。チケット代1人10,000円、他に当日の(各人)ワンドリンクワンフードのオーダーが必須となります。写真はガラ系携帯での撮影ですので画像はかなり悪いです。

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今回の席は中央正面のソファ4人席でした。相席ではありますが、ゆったり余裕もあり、ショーを楽しむには良い席だと思います。ステージ最前列には見知った顔も鎮座して羨ましい気持ちもありますが、今回は家内接待でもありますのでその点では良席です。最前列に座って家内をほっぽりだして興奮しているようではいけませんので・・・。ワンオーダーはサラダとクロクムッシュを頼みました。ピザをオーダーしたのですが時間がかかりそうとのことでしたのでクロクムッシュに変更しました。結構ボリュームがあってお腹に溜まりました。ドリンクは私はハイネケン、家内はジュース。ショーを楽しむには食事は早めに済ませてしまいたいもの。早めに、できれば開場時間前に到着していたいものです。四谷の画廊に立ち寄ったせいで私達の会場到着は開場(16時)5分過ぎ、席に案内されるまででも少々時間を要しますので、調理時間を入れてこれで開演(17時)までぎりぎりのタイミングです。また、オーダー時に清算も予約しておきました。事前に話しておけば席で清算ができます。終了後はレジに長蛇の列ができますので、それを回避できます。コットンクラブは初めてですが、ブルーノートでの知識が役立っています。

ライブに関しては、まだ後半スケジュールが残っていますので何処まで書いて良いのか迷います。4日の1st.2nd.でもセットリストの変更があったそうですので、おそらく後半は全く異なるセッティングにはなると思いますのでネタバレにはならない気はしますが。曲のアレンジは会場に合わせてジャズスタイルのものが多かったです。先の”ダンス森高”でもそうですが、いまだに新しいスタイルを模索します。それが”懐メロ歌手”にならない森高さんの世界でもあるのでしょう。今回最大の目玉は何といっても”ドラム”です。ファン以外はあまり知らないようですが、森高さんはドラムを叩きます。それも隠し芸レベルではありません。吉田拓郎が絶賛して、拓郎のアルバムにドラマーとして参加したこともあります。以前はライブでしばしば生演奏していました。前回のライブでは自身の演奏を前撮りして使っていました。今回は待望の生ライブ演奏を加えてくださいました。ファン待望の演奏ですね。

終演後は、顔見知りへの挨拶もそこそこに会場を離れ、1時間かけて埼玉某市に戻ります。駅からは車で同市内のホテルにチェックイン、一休みして夕食に出ました。駅前繁華街からは離れた立地のホテルですが、ホテルのすぐ前に居酒屋がありました。以前は夫婦で居酒屋に飲みに出ることも時折やっていましたがここ暫くはご無沙汰でした。わざわざ飲みに出なくても、普段から会話のある夫婦ではありますが、時にはやはり良いものです。帰りにはコンビニに寄って、飲み物とデザートのアイスを買って部屋に戻りました。

翌6日はゆっくり起き、ホテルのバイキングで朝食を取りました。いつもは私と息子の弁当作りで5時前には起きている家内ですので、こういった機会も必要ですね。チェックアウトも急がずゆっくり、10時少し前にホテルを出ました。行き先は同市内に住む娘のアパートです。どんな観光地へ行くよりも、今一番家内の喜ぶ場所です。6月に生まれた初孫もだいぶしっかりしてきました。寝た状態からひっくり返りハイハイ姿にまではなりますが、まだ動くまでは行きません。言葉にならない声も発します。日に日に可愛くなって、家内はもう夢中です。少し前に離乳食を始めたばかりです。当日は初めてみかん汁を飲み人参(すりおろしたもの)を食べました。初めての味にびっくりしたような顔も可愛いです。どうやら気に入ったようで用意した分を平らげました。毎日のように”初めて”の続く時期です。30年前の娘を思い出します。あっという間に成長してしまいました。赤ん坊の成長は、楽しみでもあり、哀しくもあります。この先孫の住む世界は?昨今の世界事情では不安ばかりが目につきますが、良き人生を送って貰いたいものです。

昼前に娘宅を出発、熊谷に向かいました。1泊旅行の最後がラグビー観戦です。W杯以来、その魅力に取り付かれています。今回は母校の応援、熊谷ラグビー場での青学vs慶応戦です。埼玉県熊谷市は「ラグビータウン」を名乗り、2019年W杯開催地にも選定されているラグビー人気の高い街です。さすがに施設は立派で、関東大学対抗戦の行われるメインラグビー場を含め3つのラグビー場がスポーツ公園内に設置されています。W杯に向け、これから競技場改修も行われるそうです。他の会場でも試合が行われていました。高校生の試合でしょうか?当日の対慶応戦は関東大学対抗戦Aのリーグ戦最終戦です。ここまで青山学院は2勝4敗、入れ替え戦は回避しています。対する慶応は3勝3敗、大学選手権出場を狙う直接対決となります。ただしかし、これまで慶応には滅多に勝っていません。

チケットは中央席と一般席の2種類、事前に中央席を買ってあります。地域分けだけで席指定はありません。ほぼ中央に陣取りました。がしかし、「慶応塾歌斉唱」となった時に前後左右が一斉に立ち上がり、慶応応援陣の真っただ中に座っていたことを知りました。買ったフラッグもこれでは振ることができません。(駅伝フラッグ持参で来たのですが、会場前でラグビー応援フラッグを買いました。500円)後半は横移動して青学方面に脱出しました。

試合は白熱の接戦、初トライで先制したのは青学、一旦逆転したものの再逆転の20-17で前半を終えました。まさかの波乱を期待したものの、後半は一転、零封され終わってみれば20-51の完敗でした。試合自体は一方的なものではなく、チャンスも再三あったのですが、残り数メートルを押し切ることができませんでした。負けはしましたが面白い試合ではありました。ほんの一つのパスミス・キャッチミスで数字的には大差の展開になってしまうスポーツですね。W杯はTV観戦ですが、トップリーグ、大学対抗戦と試合を観戦してみて、レベルでの最大の違いはディフェンスにあるように感じました。W杯ではディフェンスを掻い潜ってのランはそう長い距離は続きません。たちまち押しつぶされてしまいます。トップリーグではひと試合に何回かは、15~20メートル程度の快走を見ることができました。6日の試合では、敵陣ゴール間際からのターンオーバーでそのまま反対側に激走してのトライもありました。レベルの低いサッカーの試合は面白くありませんが、ラグビーの場合は却って爽快感はあります。ただ今回はやられししまった側ではありましたが。しばらくラグビー熱は続きそうです。

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簡易ボードしかなかった太田と違い、熊谷には立派なスコアボードがありました。ボードの向こうには雪をかぶった男体山が眺められました。どの程度満足して頂いたかは判りませんが、珊瑚婚記念1泊旅、無事終了です。

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2015年12月 7日 (月)

珊瑚婚記念日

今日は私達夫婦の珊瑚婚記念日です。35年前のこの日に式を挙げました。金とか銀とかダイヤモンドとか色々ありますが、何故”珊瑚”?「35」で「サンゴ」とのダジャレ?とかも考えましたが、英国発祥とかでこの説は違うようです。どうやら「長い年月を経て成長する」との意味から名付けられたようです。家内にとっては「よく35年も我慢した」という年月だそうですけど・・・。ま、それが本気か洒落かは別として、本当に35年もの年月、無事に過ごしてこられたものです。多少の紆余曲折はもちろんあったわけですが、大病もなく、2人の子供にも恵まれ、その子供達も大過なく成長してきました。この6月には待望の初孫にも恵まれています。ごく普通に平凡なこれまでの人生ではありますが、この”普通””平凡”が実際には稀有なもののようにも思われます。周囲の知人・友人達を見回してみると、相方に恵まれなかった人、別れてしまった人、欲しても子供に恵まれなかった人等々、「何もない大過なき」日々を送ってきた人の方が少数に見えます。

健康やアクシデントに関しては、”運”とか”めぐり合わせ”、「神のみぞ知る」部分も多いのでしょうからこれはどうにもなりませんが、家庭や子育てに関しては、家内に負う部分が大きかったと思っています。ま、顔とスタイルでは紀香には敵いませんがcoldsweats01、妻として嫁として母として、そのいずれの立場でもこれ以上ないほどの責任を全うして過ごしてきています。私の両親との同居との生活の中で、ほぼ完璧に”嫁”を全うしています。舅姑に媚びることも逆らうこともなく、絶妙のさじ加減で対応してきました。家事も万全にこなします。”母”としての彼女も完璧でした。我が家の”子育てルール”はそのほとんどが家内の作ってきたものです。私は賛意・同意を表すだけ。bleah 厳し過ぎるルールで子供を縛ることはしませんが、安易に「物わかりの良い親」にもなりません。「クラスの友達たちは皆許されている」ことを理由に許可を与えたりはしません。駄目なことには「何故駄目なのか」しっかり本人に理由を説明して対応していました。子供達の望むことはできる限りその機会を与える、しかし一旦始めたことを安易に放棄することは許しません。また、その前提で許可していました。特に長女は、水泳や合唱団・マーチングバンド等、様々な分野に挑戦しそのそれぞれで一定の成果を挙げてきました。長男は小学生から高校まで剣道を続けました。塾に関しても「本人が望めば」のルールから外れません。つまり本人が自身から望まない限り、親から塾を強制することはありませんでした。それで長男長女とも、勉強での塾に通った期間はごく短期間のみとなっています。それでも2人とも現役で希望校に入ることができています。高校・大学とも、進路・進学先は本人に任せています。幼稚園・小学校から高校まで、つまり親元を離れるまで、思春期を含め、子供達と母親との会話の機会の途絶えることはありませんでした。驚くほどに真っ直ぐに育ってしまいました。長男はあまりに真っ直ぐに正義感強く育ってしまったせいで、実社会では損をする場面もあるかも知れませんが、多くの友達に囲まれ、毎週のように職場や学生時代の友人達からのお誘いで忙しく過ごしています。長男で心配があるとすれば、完璧過ぎる母親を持ってしまったせいで、「女性を見る目が厳しくなっている?」かも、という点ですね。長女は堅実な青年を見つけてきて結婚しました。長男にも、良い出会いのあることを願っています。

本当は、昨日今日の「珊瑚婚記念1泊旅行」のことを書くつもりで始めました。嫁自慢が過ぎて熱くなり過ぎました。1泊旅行に関しては明日にでもまた。

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