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2016年2月28日 (日)

「気仙沼と、東日本大震災の記憶」

東京の目黒区美術館(http://mmat.jp/)にて、3月21日まで「気仙沼と、東日本大震災の記憶」と題した展示会が開催されています。宮城県出身の家内と行ってきました。気仙沼には親族が居り、家内自身も若かった頃3年ほど女川に住んだことがあります。

目黒区美術館は初めて訪れました。権太坂を下り、桜で有名な目黒川に沿った道の先に、区民センターと隣り合わせて美術館はありました。

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今回の展示は、宮城県気仙沼市にある「リアス・アーク美術館(http://rias-ark.sakura.ne.jp/2/)」にて常設展示されてある、東日本大震災の写真と資料を東京に移しての企画展です。気仙沼市と南三陸町の1市1町が管理運営するこの美術館、元々は現在美術の紹介と地域の生活文化の研究を目的とした美術館だったそうですが、2013年より「東日本大震災の記録と津波の災害史」をテーマとした常設展示を行っています。目黒区と気仙沼市とは、”目黒のサンマ”の縁で以前から交流を続けていたそうです。

展示は、震災直後の気仙沼市・南三陸町の状況を写した写真が中心となります。ただこの写真、写真家や報道カメラマンが撮影したものではありません。美術館学芸員を中心とした地元の人達、自らや周囲の人達が被災している、当事者の撮った写真です。そしてそれぞれの写真には、撮影時の状況が本人の言葉で語られた説明・コメントが添えられてあります。芸術とか作品とかではなく”記録”として、そして撮影者本人の”記憶”として、写真は展示されてあります。

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私自身も、震災の丁度1か月後に気仙沼を訪れています。ようやく一般車両の通れるようになった東北道を、米や水・衣類などを積んで。瓦礫の山積みになった市内の光景は壮絶でした。カメラも持っては行ったのですが、瓦礫には向けられませんでした。特撮映画のセットのようで妙に現実感の無い景色ではありましたが、そこは実際に人の暮らしていた場所であり、瓦礫は生活に直結した家や家具など、本来はプライベート空間にあるべき物だったはずです。そしてなによりそこは、行方不明者がいまだ閉じ込められてある可能性もあった場所なのです。第三者が迂闊に踏み込めない、呪縛のようなものを感じて、ファインダーを覗くことすらできませんでした。実際に地域に住み暮らし、震災以前の姿を記憶している美術館関係者の方々には、撮影は更に勇気の要った行動だったのだと思います。

震災から3年後の2014年にも、親戚の法事で気仙沼市・南三陸町を訪れています。瓦礫は綺麗に片付けられてはいたものの、”復興”には程遠い状況も見てきました。自然は悪意もなく単に物理的に猛威を振るいます。そして物理的には、人間は徹底的に無力です。

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