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2016年7月29日 (金)

「ロイヤル・ナイト」 英国王女の秘密の外出

高崎まで映画を観に行っていました。最初は地元シネコンでゴジラでも観ようかと思ったのですが、「ロイヤル・ナイト」が最終日と知って遠出することにしました。高崎の「シネマテーク高崎(http://takasaki-cc.jp/)」は”名画座”的な映画館です。一般シネコンでは上映しないマイナー邦画や、ハリウッド特撮大作ではない、欧州洋画を上映しています。3ヶ月に2回程度は行っていると思います。シニア割引で1,000円で観られるようになりましたが、高速料金が往復で2,000円以上かかります。いつもは夫婦2人で出かけますが、今日は家内が孫の世話に呼ばれ単独行、3,000円以上の高い映画鑑賞になってしまいます。

「ロイヤル・ナイト」は、ドイツが降伏文書に調印したヨーロッパ戦勝記念日の一夜を、その日初めて外出を許されたというエリザベス王女(現女王)の冒険を描いた作品です。「非公式の外出を許された」というのは事実だったようで、名作「ローマの休日」が生み出されるヒントにもなったと言われています。ほっこりと楽しく、そして切なく、奇をてらった演出もハプニングもない、定番王道で素朴に真っ直ぐにユーモアを交えて作り出された作品でした。深い感動のあったわけではありませんが、「こういった映画も欲しいよね」と思わせる、欧州映画らしい穏やかな暖かみを感じさせます。おどろおどろしい刹那の刺激ばかり追い求めるハリウッドCG大作ばかりがスケジュール表に並ぶシネコン、その裏ですっかり影の薄くなった感のある欧州映画ですが、その感性は健在でした。

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シネコン上映予定では、興味を惹かれる作品にあまり出会わないのですが、シネマテーク高崎での予告映像やチラシには困らされます。今回も惹かれる作品が数本。でもそうそう高速代払って出かけるわけにも参りません。その中の1本でも、地元シネコンでやって貰えれば助かるのですが・・・。その中で目に付いたチラシ、”あの”カトリーヌ・ドヌーブの主演”新作”です。懐かしいですね~。まだがんばってるンですね。72歳になるんですね。印象に残っているのはやはり「昼顔」です。最後に観た出演作はミュウミュウと共演した「輝ける女たち(2006年)」でしょうか?

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2016年7月21日 (木)

女川・仙台2泊3日 ③

3日目 火曜日

たかが2泊3日の旅行記を書くのに1週間以上もかかってしまっています。考えてみると、家内と2人きりでの国内旅行(韓国は何回も2人で行ってますが)は、宮城での法事と東京1泊旅行を除くと36年振りかも知れない。

3日目の朝、ホテルJALシティでバイキング朝食、開放感からか日常よりも食欲があります。特に家内の方は・・・。のんびりと9時頃にチェックアウト。この日最初の目的地が9時半開館ですので急いでも仕方ありません。目的地は宮城県美術館(http://www.pref.miyagi.jp/site/mmoa/)、伊達氏の居城のあった青葉山裾にあり、過去1度訪れたことがあります。今回の目的は付属の「佐藤忠良記念館」です。当日は特別な企画展は開催されておらず、常設展と記念館とを鑑賞しました。

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日本を代表する具象彫刻家・佐藤忠良氏は、宮城県出身(先日観た映画「殿!利息でござる」の舞台に近いらしい)ではありますが、6歳までしか居なかったよう。それでも特別な愛着を感じていたのか、氏の作品寄贈により記念館ができました。マイヨール、ロダンの影響を受けて彫刻家を志したそうです。具象彫刻の本道を貫いた作家ですが、ジーンズを穿いた女性像等、現代的なスタイリッシュな作品を残しています。「職人に勲章は要らない」と、文化勲章等国家からの賞はすべて辞退しています。女優の佐藤オリエは娘で、幼少期の娘をモデルとした作品も展示されてありました。

彫刻家佐藤忠良は私たち夫婦にとって想い出に繋がる作家です。1981年の新婚旅行はフランスでした。当時メインだった”JALパック”とかのツアーではなく、リュック担いで「その日の宿はその日に探す」というフランス国内2週間の旅でした。大学美術部で知り合った2人ですので、フランスでは何ヶ所かの美術館を巡っています。パリでは「ギュスターブ・モロー美術館」と「ロダン美術館(http://www.musee-rodin.fr/)」とを訪れています。共に印象深い美術館でしたが、ほんとうにタマタマ奇跡のように、そのロダン美術館で「佐藤忠良展」が開かれていたのです。「日本人初」の快挙でした。当時はもちろんネットはありませんし、海外情報は「地球の歩き方」などの印刷物で得るのみ、美術館の概略や住所等しか事前には判りませんでした。「今どんな展示が行われているのか?」などは知りようがなかったのです。そんな中であの国立ロダン美術館で、「日本人初」の、そして家内の出身地である宮城県生まれの佐藤忠良氏の個展が開かれている、まさに”奇跡”的タイミングでした。

次の観光目的地は同じく仙台市内の大崎八幡宮です。元々は足利氏の流れを汲む大崎氏の祀った神社ですが、後に伊達政宗が仙台に遷し保護したそうです。豪華絢爛な社殿は国宝に指定されていますが、観光施設ではなく一般の神社として拝観は無料です。

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大崎八幡宮では御朱印を頂きました。右ページは前日に頂いた瑞巌寺のものです。

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仙台市を離れて東北道へ。白石ICで高速を降ります。今回の旅の最後の目的地は”白石城”です。今月初めに観た映画「殿!利息でござる」での河北新報(宮城県の新聞)版宣伝チラシ、その裏面の観光案内で興味を持ちました。再建施設ではありますが、写真での本丸が綺麗で行ってみたくなりました。それまで、白石に城のあることも知りませんでした。学生時代に1度、みやぎ蔵王スキー場で滑ったことがありましたので、白石駅で降りたような気もするのですがほとんど憶えていません。

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城は本丸と大手門が復元再現されています。当時の建築様式に忠実に木造による再現が行われ、全国的にも希少な歴史資料となっているようです。城内の階段は敵の侵入を遅らせるために急角度に造られています。伊達氏から蒲生氏、上杉氏と領主が変わりましたが、関ケ原の合戦寸前に伊達政宗が攻略、伊達家の重臣片倉小十郎景綱が城を預かるようになりました。景綱の息子重長は大阪夏の陣において、落城寸前の城から真田信繁(幸村)の娘阿梅(おうめ)を連れ出し後室(継室)に迎えています。その縁で信繁の次男・守信をも片倉性を名乗らせ保護したそうです。当時としてはかなりの危険を冒したことになります。大河「真田丸」ではその辺は触れられるのでしょうか?

白石市は2016年推計で人口は35.000人を割り込んでいます。地方小都市ではどこでもそうでしょうが、人口は年々減少しているようです。城の周りの商店街にもシャッターの閉まった店舗が目立ちます。

その後は自宅へ向けて一直線、休息を挟みながら夕方には到着しました。運転時間が長くさすがに疲れました。しかし充実した3日間だったように思っています。Dsc03607

2016年7月17日 (日)

女川・仙台2泊3日 ②

2日目☆ 月曜日

翌朝女川での目覚め、家内が「クーラーが効き過ぎてる」と。確認してみたものの、前夜寒く感じたので設定は27℃のまま、実質作動していません。寒さは”常温”でした。旅行中、日中は多少暑くなることはあっても、朝晩は涼しく、特に朝は肌寒いくらいでした。元々が「暑さ日本一!」を競う熊谷市の近くに住んでいる身ですが、今更に南北に長い日本列島の気候差を実感した次第です。朝食は少し大きめのトレーラーハウスにあるレストランで和定食、到着時に朝食時間を予約しています。30分刻みでの予約で私達は7時半を希望しましたが他にお客さんは居ません。その後各テーブルにセッティングされましたので8時予約が多かったようです。他のお客さんに出合いませんでしたので判りませんが、多分復興工事関連のお客さんが多いのだと思います。

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2日目の午前中は松島観光を予定。万石浦に沿う国道398号を西へ進みます。国道両側に並ぶ店舗・住宅が真新しい建物ばかりで綺麗なのが逆に悲しく感じます。石巻からは三陸自動車道を利用。登米市への往復でも利用した三陸道ですが、震災復興物資輸送のために早期開通したため一部は対面交通です。4車線化されていない部分は自動車専用道として運用、無料で走れます。現在、鳴瀬奥松島ICから西が有料部分となっています。

松島北ICで降りて国道45号線で松島へ向かいますが、復興関連かトラックも多く混み合っています。観光客の多い週末は渋滞もするそう。月曜日で良かった~!駐車場も簡単に見付けられました。まずは定番の観光船による松島島巡り観光です。仙台までは何回も来ていますが、松島を訪れるのは初めてです。予約なしで乗れる大型観光船による島巡りは1時間に1本、当日は最も大きい第三仁王丸(定員400名)でした。中型・小型船は団体・小グループ向けで予約が必要です。大型船では入れない浅瀬を抜けたり、島にもより接近できます。観光としては小型船の方が面白そうです。

第三仁王丸による島巡りは1人1.500円、2階はグリーン席で600円の追加料金が必要です。今回は奮発してグリーン席を利用、チケットは入船後に売店で購入します。出港は11時ですが早めに桟橋に並びました。前から数人目。グリーン券買って窓際の席が取れないとつまりません。10分前ほどに観光船が接岸、すぐさま窓掃除が始まります。毎回接岸の度に窓掃除していましたがこれは大事ですね、窓が汚れていては台無しです。平日にも関わらず多くの観光客が列をなしましたが、2階グリーン席が満席になるほどではありませんでした。

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旅行中3日間は晴天に恵まれました。この日は30℃近くになったようですが蒸し暑さはなく快適でした。日本三景松島を堪能するには絶好の日和でした。

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湾内に点在する島たちにはひとつひとつ名前が付いています。観光船の名前の由来になっている仁王島、千貫島、双子島等々。かなりの沖合にまで小さな島がぽっかりぽっかりと浮かんでいます。しかしもちろん浮かんでいるわけではありません。リアス式海岸の谷あいに海水が入り込んで山頂だけが残った沈降地形です。ですので見えない海中には山裾があり、暗礁だらけということ、水深は10メートル以内しかないそうです。それで牡蠣養殖の棚を立てることができたのですね。お天気も良く、海上はのんびりほんわかした風景ですが、海中に潜む渓谷を想像すると恐ろしい心持もします。

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大震災津波で一部崩落した島もあるそうです。元々が浸食で少しずつゆっくり姿を変えています。327年前にこの地を訪れた芭蕉が見た風景とも、きっと少し異なるのでしょうね。

下船後に昼食。家内がネットクチコミで探した寿司店へ。寿司を食うなら塩釜が良いのですが、その後の予定の都合で松島になりました。観光船乗り場からも近い場所にある寿司屋ですので、「観光地だから」とあまり期待はしていませんでした。昼食時ですので混雑も心配しました。ところがあにはからず、普通の寿司店で先客はひと組のみ。こじんまりとした造りですので団体客向けにはならず、観光宣伝もあまりしていないのかも知れません。「季節のおまかせにぎり」3.400円を2人前注文、年金暮らしの身には贅沢ですが、久々の本格握りでした。珍しい生穴子の握りは初めて食べました。やっぱり普通の焼いた穴子の方が良いかな?というか、その”普通の穴子”が特別美味しかったのです。雲丹も地元海なし県ではほとんどお目にかかれない甘さです。鮑も絶品!たまの贅沢ですが後悔の無い出費でした。

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昼食の後、寿司店からすぐの観光地、伊達氏所縁の瑞巌寺へ。津波の塩害で杉林が枯れてしまったとかで参道は通行止め工事中、う回路には洞窟遺跡群が並んでいます。昼だから良いですが、暗くなったら怖そうです。

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瑞巌寺境内も経年劣化と度重なる地震による建物の傷みから、平成20年から”平成の大修理”を行っています。本堂の修復がようやく終了、この春から公開が再開されました。豪華絢爛な襖絵が嘗ての姿を取り戻しています。襖絵は、修理補修だけでなく模写での差し替えも行われているようです。それだけ傷みが激しかったのでしょう。宝物館には模写された原本の方も一部陳列されていました。大修理は更に平成29年11月頃まで続きます。現在、庫裡や大書院などの公開が停止されています。

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撮影禁止ですので画像はありませんが、修復なった本堂襖絵は見応えがあります。長谷川等伯の弟子等胤や狩野派の絵師の手になるものです。HPで一応は見ることができますが、小さな画面ではやはりその魅力は伝わりません。http://www.zuiganji.or.jp/keidai/hondou.html

瑞巌寺から少し石巻方面に戻り、家内の女川小教師時代の旧同僚を訪ねました。私達の結婚式には栃木までお出で頂きました。私はその結婚式以来、家内は震災後も含め何度かは逢っています。お茶とデザートをご馳走になりました。

友人宅を辞して仙台へ。宿泊はJALシティ仙台、駅近くにあるホテルです。家内の家の里はお墓のある登米市とはなっていますが、実は家内、登米市で暮らした経験がありません。転勤族であった義父の仕事の関係で生まれも幼少期も宮城県外です。小学校からは仙台暮らし、登米市は長期休日等に”里帰り”するだけの場所だったそうです。そして高校まで暮らした仙台の家は、1978年の宮城県沖地震で床下に地割れが走ったこともあり、現在は残っていません。仙台は緑も多く降雪も少なく住みやすい場所ですが、過去何回も大きな地震に見舞われています。その、小学校から高校までを暮らした仙台ですが、もう家内のナビは通用しません。それほどに仙台市は巨大化し大きく変貌しています。

ホテルにチェックイン、ひと休みもほどほどに街に繰り出しました。駅ビルでお土産お買い物、牛タンと笹蒲鉾を自宅に送って貰います。この牛タンも家内にとっては今浦島です。笹かまと異なり、比較的新しい仙台名物です。その後歩いて秋田料理店へ。ここで家内の中学高校時代の最も親しかった友人と会食の約束となっています。折角の仙台、たまの仙台ですので、お邪魔虫(私)付ではありますが、こういった設営も家内孝行・家族サービスの一環です。会食中の話題は家内プライベートではありますので割愛、お友達と別れた後、一番町・国分町を家内案内でぶらついてホテルへ戻りました。生ビールと秋田の酒で気持ち良く酔った晩でした。

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3日目 に続きます。

2016年7月14日 (木)

女川・仙台2泊3日 ①

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10日日曜日からの2泊3日、家内の里の墓参りを兼ねて、宮城県を巡ってきました。家内の実家は登米市という、宮城県北部の地にあります。1970年のNHK大河「樅の木は残った」所縁の地でもあり、地元の名士であった義父がNHKの取材番組に出演したこともあったそうです。その義父も亡くなり、義兄も仙台に移り住み、実家の家は住む人もなく時折義兄が掃除に訪れる程度になっていたのですが、5年前の大震災では、倒壊は免れたものの被害を受け、”危険建物”として住むことはできなくなりました。相次いで亡くなった義父・義母の13回忌で訪れたのが2年前でした。義母がよく漬けていた梅の実は摘む人もなく散乱し、住む人の居ない家の寂しさを募らせます。

実家から近いお墓に詣でたのち、石巻に向けて出発しました。気仙沼には義姉が住み2年前の法事の折には訪問したのですが、足利から登米市まで3回の休憩を入れて5時間、三陸自動車道ができても時間がかかります。岩手県との境目にある気仙沼市までは更に片道1時間半はかかり、今回は電話での挨拶のみとしました。気仙沼の義姉宅は大震災津波で1階部分を流されてしまいましたが親族は全員無事、その自宅も改修が終わっています。

石巻では、登米市出身の石ノ森章太郎の作品等を展示する「石ノ森漫画館(http://www.man-bow.com/manga/)」を訪ねました。1度訪ねたいと思いつつ、ここまで機会を逸していました。石ノ森章太郎の「サイボーグ009」の連載の始まったのが私が11歳の時でした。中学入学最初に所属したのが”漫画愛好会”だったように、当時の私はマンガ好き、中でも石ノ森章太郎は好きな作家で、よく真似して描いていました。

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石ノ森萬画館は旧北上川が石巻湾に流れ込む中州にあり津波の被害を受けていますが、チリ地震時の津波の教訓から1階部分の天井を高く設計、原画等の資料は2階3階部分に保管していたため、一部モニュメントやミュージアムショップの商品に被害はあったものの、周辺の状況と比較すると比較的軽微に収まっています。館内の補修清掃を経て、大震災翌年の11月に営業を再開しました。様々なモニュメントや原画等の資料、仮面ライダーの仮面の変遷を辿るコーナーやトキワ荘再現模型もありました。3階のライブラリーでは、石ノ森作品だけでなく様々な作者の単行本を自由に読むことができます。近所にお住まいでしたら、朝から漫画を読んで1日を過ごせそうです。漫画喫茶より安上がりかも。館内は、1階3階部分が撮影自由となっています。あと、パンフレットでは入館料800円となっていますが何故か実際には600円でした。

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映像ホールでは30分に1回14分程度の短編作品を上映、「シージェッター海斗」の回を観てきました。”シージェッター海斗”は石ノ森原作の石巻市の地元ヒーローです。石ノ森章太郎にローカルヒーローを作って貰えるなんて贅沢ですね。短編作品も、仮面ライダー制作スタッフによる制作だそうです。萬画館入口には海斗の像が飾られてありました。

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当日の宿泊は女川です。向かう途中に「サン・ファン・ヴァウティスタパーク」に立ち寄りました。支倉常長の慶長遣欧使節団の資料を展示する「サンファン館(http://www.santjuan.or.jp/)」はすでに閉館していましたが、係留してある復元船は見ることができました。

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2011年の大震災で大きな被害を受けた女川町は、家内にとって思い入れのある地です。30数年前、短い期間ではありましたが小学校の教師として赴任していました。結婚式では、担任していた児童たちが声をそろえての「○○先生、ご結婚おめでと~ございます!」のテープが披露されました。家内は震災後に1度、当時の同僚先生方と女川を訪れています。私の方は、婚約時代に訪れて以来です。日本有数の漁港を持ち、歌手・中村雅俊の出身地でもあります。

この時点で夕方5時過ぎですので宿を目指しますが、女川町内は工事現場だらけで家内の記憶はもとより、スマホナビもあまり役に立ちません。到着後宿の方に聞いたところでは、ほぼ毎月のように道路ルートが変わってしまうそうです。道を間違えて女川港に侵入、予定外ではありましたが港見物ができました。港は綺麗に再建され、以前の状態を知らない私には震災の傷跡は感じられません。貨物船らしい大型船がびっくりするほどの汽笛を鳴らして出港、写真を撮ってるのに気付いたのか船員さんが手を振ってくれました。

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道を戻り女川駅へ。2015年3月に再開された新駅は、町営の温泉施設「女川温泉ゆぽっぽ(http://onagawa-yupoppo.com/)」が併設されています。TV等で紹介されていた駅前商業施設はすでに一般店舗は閉まっていて、1部飲食店のみが開いていました。近隣に住宅がないわけですので閑散としています。新しい近代的設備が却って寂しく見えます。ちょっと話題になった手作り”ダンボルギーニ(段ボール製ランボルギーニ)”も窓ガラス越しです。

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再び宿探しが始まります。スマホナビが指図する道は工事中で通行止め、う回路も判り難い。後で判ったことですが、総合運動公園(陸上競技場)内が復興住宅用地に転用され、その中の通路がう回路に利用されているため判り難かったようです。住宅の間にナイター照明塔や元の観覧席が残る不可思議な空間です。

女川での宿は、トレーラーハウス”EL FARO(http://elfaro365.com/index_pc.php)”です。女川町内で旅館を営んでいて地震で全壊してしまった事業者4社が集まって作った協同組合での運営です。ほとんどを建築制限地域に指定されてしまった女川での、窮余の策が移動可能な”トレーラーハウス”ということだそうです。町内全域でかさ上げ工事や道路工事が行われていて先が見えません。建築制限地域にも設置でき、今後の状況変化にも対応可能な宿泊設備ということです。室内環境は快適でした。壁1枚を隔ててのビジネスホテルより良いかも知れません。ただ、ドアを開ければ直接屋外ですので、寒い季節はどうなのか?少し心配ではあります。

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夕食は女川駅前の「シーパルピア女川(http://www.onagawa.org/ekimae/)」でと決めていました。日中に訪れたやたら都会的?な商店街です。当初は「タクシーで」と思い定めていたのですが、宿のスタッフに尋ねたところ女川にタクシーは”5台”のみ、夜間は早く営業終了で予約も不可、との話し。仕方ないので家内にドライバーをお願いしての自力走行となりました。

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駅舎併設の「ゆぽっぽ」には多少のお客さんは入っているようです。復興工事関係者でしょうか? 終電(夜8時代)後の駅ホームも眺めることができました。家内の勤務時と同様に”終着駅”ですので線路はここで途切れます。40年近く前に見た素朴な”終着駅”風景は印象的でした。「ここでお終い」「先がない」という風景は鮮烈でもあります。

日曜定休の店もあり、すでに営業終了した店もあり、開いているのは3件のみでした。その内の1件で夕食。居酒屋というにはモダンで明る過ぎて少々落ち着かない。メニューも漁港らしい香りはあまりありませんでした。もう1軒梯子、”フクロウ”という意味の店名”bar OWL(http://barowl.wix.com/barowl)”へ。当日行われたイベント「我歴stock 女川」運営スタッフの打ち上げとかで「騒がしくて申し訳ありません」と最初にバーテンダーさんに謝られてしまいましたが、寧ろ賑やかで愉快でした。打ち上げでギター片手に歌っていたのがこの店のオーナーさんだそうです。ちなみにこのイベント、倉木麻衣さんも出演されていたとか。知っていれば参加したかった・・・。

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”女川の夜”というオリジナルカクテル(写真無)を注文、料理は”ほやきそば”なるものを食べてみました。ほやきそば、つまりはホヤ入り焼きそばです。”ホヤ”は海蛸とも書く海産動物で、その形状から「海のパイナップル」とも呼ばれます。鮮度が落ちると独特のクセ・匂いが出てかなり好き嫌いの別れる食べ物です。昔1度高田馬場(東京)の居酒屋で食したことがありますが、とても食べられるシロモノではありませんでした。そのクセを酒の肴として好む方もいらしゃるようですが・・・。しかし新鮮なものは、個性的な後味はあるものの全く別な食べ物です。牡鹿半島特産ですので、まさに本場もの、商標登録したという”ほやきそば”はまさに他では食べられない地元の味です。

Dsc03588 北関東の田舎街で、モダン過ぎて長続きしなかった飲食店を何軒も見てきました。シーパルピア女川の将来にも不安を感じる部分はありますが、取り敢えず楽しい夜を過ごすことはできました。何年か後に”その後”を確認にまた訪れたい気持ちになっています。造成工事中ばかりで未来図の見えない女川の街の本当の復興の姿も気にかかります。

2日目 に続きます。

2016年7月 9日 (土)

「殿、利息でござる!」

地元のシネコンで観てきました。「殿、利息でござる!(http://tono-gozaru.jp/)」、特別な思い込みも期待もなく出かけたのですが、思いの外の収穫でした。もっとドタバタした喜劇かと思ったのですが、爆笑するシーンはありません。コメディ、というのとも違う。コメディタッチの部分もあるのですが、上品で抑えた声にならない笑いです。寧ろ、不覚にも泣かされてしまいました。

登場人物、それぞれにクセや思惑はあるのですが、基本的に皆が善人です。宿場の危機的状況を憂う十三郎に”宿場一の切れ者”篤平治が無責任なアイデアを披露する。発案者本人が実現性を否定する中、次々に賛同者が現れ、計画が進展していってしまいます。善人ばかりの登場人物の中、唯一の敵役は松田龍平演じる藩の役人、そしてその唯一の捻くれ者が絶対的な決定権を持つという不条理の中計画は頓挫します。そのにっちもさっちも行かなくなった状況の時、”ケチで冷徹な金貸し”と評判だった十三郎の父親浅野屋甚内と、その跡を継いだ十三郎の弟二代目甚内の、本当の姿が現れます。二代にわたる甚内親子の心根に打たれた仲間たちは更に計画を推し進め、代官をも感銘させ奔走させることになります。そして「遂に実現!」という寸前、またしても松田龍平の意地悪が立ちはだかるのですが、それはまた劇場でご覧ください。ゆるさと情の、”良き日本映画”を観た!との満足感が残りました。

映画館には舞台となった宮城県の実際の新聞「河北新報」版のチラシも置いてありました。裏面には県内の観光案内も載っています。このお話し、驚くことに「実話」が元となっているそうです。映画にも登場する龍泉院の和尚が書き残した古文書が残っているそうな。造り酒屋だった主人公穀田屋十三郎の家は、今でも酒屋として残り、子孫がその地に住み続けているそうです。うちの家内は宮城県出身、この映画に興味を持ったのもその流れからでした。今度の日曜日から2泊3日で、一緒に家内の実家の墓参りに出かけます。義父義母ともにすでに他界しています。舞台となった吉岡宿(黒川郡大和町)にも立ち寄りたいところですが、かなり内陸に食い込んだ場所にありますので「ついでに」とは無理そうです。それでも河北新報チラシは旅に持参、裏面観光情報は参考にさせて頂きたいと思っています。

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2016年7月 4日 (月)

土曜日上京 母校・ラグビー・展覧会

7月2日の土曜日、夫婦で上京してきました。主目的はラグビー観戦ですが、会場が秩父宮ラグビー場でしたので、まずはほど近い母校に立ち寄ってきました。正門前で大学同級生と待ち合わせ、3人で懐かしい構内に。同級生は部活(美術部)の同期、家内は1年後輩でした。卒業後も時折母校を訪れてはいます。3年前には、チャペルで行われた森高千里ライブに家内と共に参加しました。今回は待ち合わせが丁度昼時だったこともあり、学食に入ってみることにしました。学食は新しくて綺麗な17号館食堂もあるようですが、在学当時からある7号館地下の食堂にしました。部室も同じ7号館にあります。部室も覗いてみたかったのですが、土曜日のことでもあり、誰も居ないようで電気が消えていました。私の時代では、土曜日の昼に部室が閉まっているなどあり得ませんでしたが。(笑) 

学食で食事するのはおそらく30数年振りだと思います。卒業してから40年近くになります。構内では少なくなった在学当時から残る建物です。壁や柱は手が入れられてありますが、基本的な配置や低い天井は昔のままです。しかしメニューは、当たり前ですが画期的に変わっていました。在学当時、コロッケなどのB定食は130円、具の何も入ってないカレーが50円でした。バイト時給の330~350円位の時代です。今では350円から500円の価格帯ですが、周辺の物価からすれば格安でしょうし、メニューもレストランに負けない品揃えです。カレーでも種類が色々あり、”グリーンカレー”まであります。食事の後には、購買部など暫し構内を散策、母校をあとにしました。

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地下鉄でひと駅、外苑前駅下車で会場に向かいます。今回の対戦相手はオーストラリア代表を何人も抱える”ワラターズ”、今期は不調ながら一昨年は優勝昨年は2位の強豪です。会場に向かう人波にも外国人の顔が目立ちます。会場入り口グッズ売り場でタオルを購入、ステッカーも貰いました。試合開始1時間以上前にもかかわらず、配布うちわはすでに終了していました。残念。

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試合開始予定は14:15、開始前の応援練習や高円寺”ひょっとこ連”による阿波踊り披露の後、ほんの少し遅れて始まりました。席は、試合前半は日本側ゴールが近くになります。強豪相手故、目の前近くでのプレーが多くなると予想していましたが、期待以上に日本側(サンウルブス)が健闘、反対側ゴール近くでのプレーが多くなりました。前半30分辺りまではほぼ互角、一時はリードを奪う場面も。しかし前半終了間際に連続でタッチダウンを決められ、12-26でハーフタイムとなりました。

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後半に入るとワラターズが本領を発揮、試合は一方的な展開となりました。サイドが変わっていますので今度はワラターズゴールが近くになります。サンウルブスが攻め込めば目の前で迫力あるプレーが展開されるはずだったのですが、そういった場面はほとんどなく、大半の時間が遠くのゴール近くで消化されました。ずっと左方面に向けていた首が痛くなりました・・・。最後の最後、ラストプレーでゴール近くまで走りこんだものの潰されノーサイド、結局前半のペナルティゴールによる12点のみ、遂にタッチダウンは奪えませんでした。対する相手側は合計で9トライ、12-57の大差を付けられての負けとなりました。身長2mを超える選手も居る体格差もありますが、パスの速さ正確さバリエーションの豊富さ、タックルのスピード・強さ、すべての面において明らかな差を見せつけられました。堀江を欠くスクラムでも押し負けていました。今回は故障者やリオOP出場選手を欠く編成ではありましたが、相手側も条件は同じ、寧ろホームでの利を抱えていたはずでした。しかしチーム初年、負けも経験となると思います。これで今季日本開催試合は終了、残り2試合は南アフリカでのアウェー戦になります。厳しい試合になるでしょう。健闘を祈ります。

ここからは家内とは別行動となります。たまたま、高校時代の友人が上京しているとのタイミングで、東北出身の友人3人での食事会となりました。私の方は四谷三丁目に移動、別の友人と合流します。

これもたまたまでしたが、四谷三丁目の画廊で友人がプロデュースした展示会が開催(1日初日)されていました。友人は大学は別でしたがやはり美術繋がりです。在学当時に大学美術部として交流があり、個人的にも一緒に画廊を借りての展示会も行いました。卒業後彼は建築家となりましたが、今では一線を退き、趣味として若手画家作品のコレクターとなっています。今回はそういった作家のひとりの個展をプロデュースしたそうです。「松野純子 個展」

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作品は、床に置いた紙に上から墨汁を垂らし、偶然にできたハネをペンでたどり微細な曲線や円で埋め尽くして行くという、偶然と根気の要る細かい作業、一見相反する工程を経て作り上げられて行きます。上のリーフレットの写真では実体を捉えることは難しいと思います。私も、頂いた案内ハガキと実物作品とでは全く異なる印象を受けています。個性的ではありますがアクの強くない作品です。アンフォルメル的ではありますが、実際にはかなり工芸的な、それでいて意図・意識感の少ない自動(ではないのですが)書記的な無自覚作業をも感じさせます。一定の条件を与えられたコンピューターが規則性にのっとり積み重ねた所業、とはやはり異なるものの、ひとの営みとしてはやや無感動、微妙な狭間での作品です。今後どこへ向かうのか?将来への期待は感じるものの、それ以上に不安を内包している気がします。意識・無意識、どちらへ向かうのか?どちらへも向かって欲しくない気もして、しかしこのまま不安の狭間に立ち尽くされるのも怖い。偶然と根気作業での制作活動はこのまま淡々と続けられるのか、それともどこかで破裂するのか?怖いもの見たさでこの先5年10年後の気にかかる作家ではあります。今月いっぱい開催されていますので、ご覧ください。画像ではなかなか想像が付かないと思います。http://ts4312r.com/news/891/

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