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2016年7月17日 (日)

女川・仙台2泊3日 ②

2日目☆ 月曜日

翌朝女川での目覚め、家内が「クーラーが効き過ぎてる」と。確認してみたものの、前夜寒く感じたので設定は27℃のまま、実質作動していません。寒さは”常温”でした。旅行中、日中は多少暑くなることはあっても、朝晩は涼しく、特に朝は肌寒いくらいでした。元々が「暑さ日本一!」を競う熊谷市の近くに住んでいる身ですが、今更に南北に長い日本列島の気候差を実感した次第です。朝食は少し大きめのトレーラーハウスにあるレストランで和定食、到着時に朝食時間を予約しています。30分刻みでの予約で私達は7時半を希望しましたが他にお客さんは居ません。その後各テーブルにセッティングされましたので8時予約が多かったようです。他のお客さんに出合いませんでしたので判りませんが、多分復興工事関連のお客さんが多いのだと思います。

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2日目の午前中は松島観光を予定。万石浦に沿う国道398号を西へ進みます。国道両側に並ぶ店舗・住宅が真新しい建物ばかりで綺麗なのが逆に悲しく感じます。石巻からは三陸自動車道を利用。登米市への往復でも利用した三陸道ですが、震災復興物資輸送のために早期開通したため一部は対面交通です。4車線化されていない部分は自動車専用道として運用、無料で走れます。現在、鳴瀬奥松島ICから西が有料部分となっています。

松島北ICで降りて国道45号線で松島へ向かいますが、復興関連かトラックも多く混み合っています。観光客の多い週末は渋滞もするそう。月曜日で良かった~!駐車場も簡単に見付けられました。まずは定番の観光船による松島島巡り観光です。仙台までは何回も来ていますが、松島を訪れるのは初めてです。予約なしで乗れる大型観光船による島巡りは1時間に1本、当日は最も大きい第三仁王丸(定員400名)でした。中型・小型船は団体・小グループ向けで予約が必要です。大型船では入れない浅瀬を抜けたり、島にもより接近できます。観光としては小型船の方が面白そうです。

第三仁王丸による島巡りは1人1.500円、2階はグリーン席で600円の追加料金が必要です。今回は奮発してグリーン席を利用、チケットは入船後に売店で購入します。出港は11時ですが早めに桟橋に並びました。前から数人目。グリーン券買って窓際の席が取れないとつまりません。10分前ほどに観光船が接岸、すぐさま窓掃除が始まります。毎回接岸の度に窓掃除していましたがこれは大事ですね、窓が汚れていては台無しです。平日にも関わらず多くの観光客が列をなしましたが、2階グリーン席が満席になるほどではありませんでした。

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旅行中3日間は晴天に恵まれました。この日は30℃近くになったようですが蒸し暑さはなく快適でした。日本三景松島を堪能するには絶好の日和でした。

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湾内に点在する島たちにはひとつひとつ名前が付いています。観光船の名前の由来になっている仁王島、千貫島、双子島等々。かなりの沖合にまで小さな島がぽっかりぽっかりと浮かんでいます。しかしもちろん浮かんでいるわけではありません。リアス式海岸の谷あいに海水が入り込んで山頂だけが残った沈降地形です。ですので見えない海中には山裾があり、暗礁だらけということ、水深は10メートル以内しかないそうです。それで牡蠣養殖の棚を立てることができたのですね。お天気も良く、海上はのんびりほんわかした風景ですが、海中に潜む渓谷を想像すると恐ろしい心持もします。

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大震災津波で一部崩落した島もあるそうです。元々が浸食で少しずつゆっくり姿を変えています。327年前にこの地を訪れた芭蕉が見た風景とも、きっと少し異なるのでしょうね。

下船後に昼食。家内がネットクチコミで探した寿司店へ。寿司を食うなら塩釜が良いのですが、その後の予定の都合で松島になりました。観光船乗り場からも近い場所にある寿司屋ですので、「観光地だから」とあまり期待はしていませんでした。昼食時ですので混雑も心配しました。ところがあにはからず、普通の寿司店で先客はひと組のみ。こじんまりとした造りですので団体客向けにはならず、観光宣伝もあまりしていないのかも知れません。「季節のおまかせにぎり」3.400円を2人前注文、年金暮らしの身には贅沢ですが、久々の本格握りでした。珍しい生穴子の握りは初めて食べました。やっぱり普通の焼いた穴子の方が良いかな?というか、その”普通の穴子”が特別美味しかったのです。雲丹も地元海なし県ではほとんどお目にかかれない甘さです。鮑も絶品!たまの贅沢ですが後悔の無い出費でした。

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昼食の後、寿司店からすぐの観光地、伊達氏所縁の瑞巌寺へ。津波の塩害で杉林が枯れてしまったとかで参道は通行止め工事中、う回路には洞窟遺跡群が並んでいます。昼だから良いですが、暗くなったら怖そうです。

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瑞巌寺境内も経年劣化と度重なる地震による建物の傷みから、平成20年から”平成の大修理”を行っています。本堂の修復がようやく終了、この春から公開が再開されました。豪華絢爛な襖絵が嘗ての姿を取り戻しています。襖絵は、修理補修だけでなく模写での差し替えも行われているようです。それだけ傷みが激しかったのでしょう。宝物館には模写された原本の方も一部陳列されていました。大修理は更に平成29年11月頃まで続きます。現在、庫裡や大書院などの公開が停止されています。

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撮影禁止ですので画像はありませんが、修復なった本堂襖絵は見応えがあります。長谷川等伯の弟子等胤や狩野派の絵師の手になるものです。HPで一応は見ることができますが、小さな画面ではやはりその魅力は伝わりません。http://www.zuiganji.or.jp/keidai/hondou.html

瑞巌寺から少し石巻方面に戻り、家内の女川小教師時代の旧同僚を訪ねました。私達の結婚式には栃木までお出で頂きました。私はその結婚式以来、家内は震災後も含め何度かは逢っています。お茶とデザートをご馳走になりました。

友人宅を辞して仙台へ。宿泊はJALシティ仙台、駅近くにあるホテルです。家内の家の里はお墓のある登米市とはなっていますが、実は家内、登米市で暮らした経験がありません。転勤族であった義父の仕事の関係で生まれも幼少期も宮城県外です。小学校からは仙台暮らし、登米市は長期休日等に”里帰り”するだけの場所だったそうです。そして高校まで暮らした仙台の家は、1978年の宮城県沖地震で床下に地割れが走ったこともあり、現在は残っていません。仙台は緑も多く降雪も少なく住みやすい場所ですが、過去何回も大きな地震に見舞われています。その、小学校から高校までを暮らした仙台ですが、もう家内のナビは通用しません。それほどに仙台市は巨大化し大きく変貌しています。

ホテルにチェックイン、ひと休みもほどほどに街に繰り出しました。駅ビルでお土産お買い物、牛タンと笹蒲鉾を自宅に送って貰います。この牛タンも家内にとっては今浦島です。笹かまと異なり、比較的新しい仙台名物です。その後歩いて秋田料理店へ。ここで家内の中学高校時代の最も親しかった友人と会食の約束となっています。折角の仙台、たまの仙台ですので、お邪魔虫(私)付ではありますが、こういった設営も家内孝行・家族サービスの一環です。会食中の話題は家内プライベートではありますので割愛、お友達と別れた後、一番町・国分町を家内案内でぶらついてホテルへ戻りました。生ビールと秋田の酒で気持ち良く酔った晩でした。

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3日目 に続きます。

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