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2017年11月29日 (水)

貴乃花の”相撲道”

話題の貴乃花問題、疑問に思っていたことがあります。貴ノ岩が翌日の巡業に出場していたことに対し「相撲がとれていたじゃないか」という怪我を疑問視する発言です。全く相撲に関心の無い方でしたらそう思うのも当然でしょうが、多少の知識があれば「本場所と巡業場所とでは相撲も全く別物」は常識です。巡業場所で怪我をてし本場所に影響しては元も子もありません。怪我をしないように立ち合いは頭で当たりませんし、技を掛けられたら抵抗しないで素直に投げられます。ですので投げ技は綺麗に決まります。「寄り倒し」「押し倒し」の決まり手はほとんどなく「寄り切り」「押し出し」で終わります。立ち合いで変わる事も引き技もあまりありません。要は型を見せる、勝負に拘らない相撲なのです。頭に怪我をしていても問題なくとることができます。私自身、巡業場所体験は2度ありますが、1度目は物足りなさを感じました。2度目はそういうものと割り切って観戦しました。相撲好きならな誰でも知っている常識、専門家が揃っているはずのTV・新聞等でこのことがあまり指摘されてこなかった事に不信感を感じています。敢えて貴乃花関に不信感を与えるための策略に感じています。

そしてとうとう日馬富士の引退が決まりました。もっとも、以前の状態で日本人力士であれば、もっと早い時期に、少なくとも県警で送検された段階で自ら引退の道を選んだと思います。それが日本的美学でした。貴乃花親方の異常とも思える対応が疑問視されていますが、彼の意図はかなり早い段階からすでに日馬富士個人に対するものではなくなっていたのだと思っています。モンゴル人力士は「低迷しつつあった日本相撲会を盛り上げるのに功績があった。」との評があります。確かに、スポーツ・格闘技としてはそうだったのだと思います。反面、神事を発祥とする日本の文化としての相撲は変質してしまいました。外国人力士でも、高見山をはしりとするハワイ出身力士たちは日本の文化に馴染むよう努力してくれました。しかしモンゴル人力士たちは必ずしも同じではありませんでした。そして相撲協会は、”格闘家として強い”彼らを、日本的美学を基にして諫めることが事ができませんでした。元々”ルール”にはないのですから。相撲道で”ルール”を持ち出した時から、美学としての大相撲の崩壊は始まったのだと思います。

マスコミは白鵬に「平成の大横綱」との肩書を唱えます。私は彼を”大横綱”とは思っていません。これは何を基準にするかで異なりますので、勝ち数・優勝回数で判断するならそうなのでしょう。ただ彼を”大横綱”と評する方々でも、”名横綱”と評価するには躊躇する方も少なくないと思います。私基準では何処をどう間違っても”名横綱”には値しません。日本的美学での”名横綱”は、立ち合いで変わりませんし張り手差しもしません。相撲は元々は「勝てば良い」とのスポーツ・格闘技とは別物でした。大関には大関の、横綱には横綱の相撲がありました。平幕力士なら許される勝ち方も、横綱には許されない、それが”横綱相撲”でした。白鵬は優勝回数等では大鵬も千代の富士も北の海も貴乃花も、単純な数字的には抜きました。しかし彼ら名横綱を抜いたとは、私には到底思えません。数ではなく質として、”横綱相撲”で勝った数で計算するなら、白鵬は未だ歴代の名横綱には及んでいないと思っています。それ以前に、ここに到達する以前に、「横綱としての品格に問題がある」との理由で引退を迫られていた可能性も大いにあったと思っています。昔の日本的美学での大相撲下であれば、白鵬が40回の優勝を得るまで現役であり続けることは不可能だったと思っています。今場所の彼の行動、土俵下からの抗議姿勢だけでも、以前なら引退勧告に至っても不思議ではなかったと思っています。

ただ残念なのは、モンゴル人力士の中では教養・常識があり、日本的美学の一部も理解してくれていると思っていた日馬富士が今回の加害者となってしまったことです。彼だけには横綱を全うして貰いたかった。現在の横綱で、最も綺麗な土俵入りを披露する力士だと思っています。

すでに暴力問題ではなく、「スポーツ・格闘技」としての大相撲を選ぶのか、「神事を発祥とする日本的美学に基づいた相撲道」に戻るのか、選択しなければいけない場所に来ているのだと思いますし、貴乃花親方の意図も、そこにあるように思っています。

2017年11月28日 (火)

京都・滋賀旅行

先週23日・24日で京都と滋賀(草津市)に行ってきました。仲良しオジン4人組でのゴルフ旅です。この仲間4人、元々は地元銀行での異業種交流会での出会いが始まりです。銀行と取引のある会社の50歳以下を会員とする若手経営者での会で、今回幹事役となったT氏は滋賀草津市を代表する地元有力企業の副社長、国内数か所を始め、タイ・フィリピン・中国・マレーシアにも工場を持つ中小企業の枠を超えた会社の跡継ぎです。彼が栃木工場の責任者として派遣されていた時期に知り合いました。他2人もこちらの地元での歴史ある優良会社の経営者です。私自身も、3年半前までは小さいながらも会社を経営していました。”社長同士”での付き合いというものでは会社規模が異なっても、ある部分”同格”扱いでお付き合いができます。(下請け等、経営上の取引のある場合はまた別です) そのお陰で、4人対等でのお付き合いが続いています。元々は前述若手経営者異業種交流会での役員同士でのお付き合いでした。そんな中、私が会長を務めた時の支店長が少々クセのある方でちょっとしたトラブルがありました。ただ、交流会会長と支店長との関係ですので表に出せない部分もあり、ひとり苦労していたのですが、「様子がオカシイ」と気付いた3人に飲みに誘われました。その折に心中を吐露したことで4人での仲間意識が高まり、会員同士の枠を超えた親密なお付き合いが始まりました。会の会長も、私の後がK氏その後がT氏と引き継ぐ事となりました。私自身は104年続いた会社を閉め、銀行とも交流会会員の多くとも関係が希薄になりましたが、そんな中、このオジン4人組での付き合いだけは変わらず続きました。T氏が滋賀の本社に戻ったために4人全員が揃う機会は減ったものの、飲み会にゴルフに時折集合しています。また、LINEでの朝1番の「おはよう!」を始まりに日々日常の活動報告も恒例となっています。

そんな4人組のゴルフ会、今回はT氏の地元に遠征してのゴルフ旅となりました。京都前泊の者も含め現地集合でそれぞれ滋賀へ、遠征3人の宿は草津駅前の同じホテルです。他に用事のあった1人を除く3人でまずは京都で夕食を取ることになっていました。写真は曇り空の合間に顔を出してくれた富士山と久し振りの駅弁。駅弁を食べる機会も減りました。

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ホテルにチェックインの後、集合までの時間を使ってひとり佐川美術館(http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/)を訪れることにしました。草津市のお隣守山市にありますが、地図で見るより少々遠くタクシーで4,000円ほどかかりました。佐川急便が創業40周年を記念して建設した美術館で、平山郁夫・佐藤忠良・陶芸家の樂吉左衛門の作品が収蔵されています。水を使った、水面と建物との調和の美しい美術館です。当日の企画展は浮世絵でした。外国人の姿も見える、観光客もほどほど訪れていましたがやはり、葛飾北斎の前ばかり混み合います。(笑)

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平山郁夫は、説明の必要もない有名人気作家ですが充実した収集です。「描かない事」の大切さを痛感する作品群です。アンコールワット等、細かい細工彫刻が刻まれているのでしょうが必要最小限の表現で纏めています。これが中々できない。ついつい描き過ぎてしまうのですよね。佐藤忠良の作品はブロンズ像ですので他数か所で観たことがあります。宮城県立美術館にも忠良館があります。記憶にある作品が多いのですが、それでも、佐藤忠良は想い出の作家です。1981年の新婚旅行(結婚は1980年)の折に訪れたロダン美術館で、「日本人初の個展」がたまたま開催されていました。当時は事前に得られる海外旅行情報は少なく、本当に偶然でした。そのために一層強い印象を受けましたし、同じ日本人として誇らしい気持ちにも成れました。リュックを担いで前日夜に翌日の行き先を決める、宿は行った先で探す、若い内にしかできない冒険的な新婚旅行でした。今考えると危うい気持ちになります。当時は欧州の治安も今より良かったですね。佐藤忠良館のみ撮影自由、ロダン美術館での当時のポスターも展示されてありました。

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タクシーで草津駅前のホテルに戻り3人で集合、京都を目指します。草津から京都は電車で20分の至近距離にあります。紅葉の京都は観光客でメチャ混み、T氏が予定していた夕食の店は2時間後にしか入れないとのことで、急遽京都駅近くの韓国料理店に変更しました。注文はプデ(部隊)チゲとチャプチェ(韓国風春雨料理)、私の希望です。久し振りの韓国料理でした。その後四条の馴染みの店に移動しての2次会、翌日のゴルフに備えいつもよりは早めにホテルに戻りました。

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翌24日はホテル前までお迎え頂いたT氏の車でゴルフ場へ。15分ほどでゴルフ場に到着。プロツアーにも使われる地元名門の琵琶湖カントリークラブでのプレー、T氏が会員になっていますので割引価格で利用できます。私自身はこのコース通算3回目でのプレーです。フェアウェイは平らで広いものの巧みに罠の張り巡らせられた難しいコースです。そんなコースで前回(4年前)は100を切り(99)それなりに自信を持って臨んだのですが、プレー直前に「バックでやろう!」と言うことになり大苦戦です。元々そこそこ距離のあるコースなのに、バックでは景色も変わります。ショートなのにドライバーで打つホールも。おまけに間には池が・・・。

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バックとレギュラーとでは全く異なるゴルフ場でした。速くて傾斜のきついグリーンはスコアの変化のない38→37でしたが、フェアウェイキープ率は50→28.6%と急落、パーオン率5.6→0%、ボギーオン率61.1→22.2%もこの通りです。成績も「120」の大叩きでした。でも苦戦は私だけにあらず、普段80代前半で周るK氏も珍しい101、全員が2桁スコアでした。それでもゴルフの楽しさはスコアだけにあらず、晴れた微風の中、4人の会話も弾み充実の時間を過ごす事ができました。プレー終了後会費を徴収、帰宅後に銀行入金しました。積み立てたお金は来年に予定している温泉1泊ゴルフ旅に使います。駅まで送って頂き琵琶湖線で京都へ、新幹線に乗り換え関東に戻りました。家内へのお土産は定番の生八つ橋です。

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2017年11月19日 (日)

秋深し

今年は夏らしい夏が無かった。秋らしい秋も微妙、夏の台風が秋に来たし。ただ紅葉は例年以上に綺麗だったらしい。”らしい”ではなく、当地の史跡・国宝鑁阿寺の銀杏は綺麗に色付いています。ただ、「綺麗」と噂の日光まで行けなかったのが悔やまれています。ま、紅葉の日光は混み合うのですがね。鑁阿寺に樹齢300年と言われる銀杏をスケッチに行きました。

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我が家の庭では菊が主役になっています。昨年亡くなった父の墓前にも持って行きましょう。山茶花に冬バラ、ドウダンツツジも綺麗に紅葉しています。ミカンは名残の1個、満載の柚子もそろそろお終いです。ドウダンツツジは満天星とか灯台躑躅とか書くそうです。英語だと”the stars of the whole sky”、ナンカ夢がありますね。

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