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2018年3月22日 (木)

ゴルフ、困ったチャン

ゴルフも相変わらずやってます。3/05「栃木ノースヒルズゴルフコース」、3/17「唐沢ゴルフ倶楽部三好コース」、3/18「吉井南陽台ゴルフコース」と3月は3回、しかも後の2か所は連荘でした。「栃木ノースヒルズ」は初コース、以前は「太郎門」という名称で武家屋敷のような入口門が印象的です。ゴルフ場の並ぶ”ゴルフ街道”国道293号を通る度に門が目に付き気になっていました。「ひとり予約」でのプレーでしたが初対面メンバーとも和気あいあいと周れました。ひとり予約では元々”人付き合いの苦手”な人は申し込まないでしょうから、ニガテ系の人に出会ったことがありません。コースはトリッキー系、見かけは狭いわけではありませんが、フェアウェイセンターを外すと凸凹小山群や坂下に吸い込まれライの悪い位置から打たなければならなくなります。グリーンはかなり砂の入ったホールもあり、ホール毎に速さが異なり戸惑いました。

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「唐沢ゴルフ倶楽部三好コース」は2番目にプレー回数の多いゴルフ場、なれど1度も100を切ったことがありません。ベストは確か101、今回も前半に大叩きして113という成績でした。今回はフェアウェイウッドでのミスが多過ぎました。梅が満開、花粉も満開でした。coldsweats01 私は花粉症はないので大丈夫でしたが、同行者は大変そうです。

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3ヵ所目の「吉井南陽台ゴルフコース」は高校同期でのゴルフコンペでした。年2回の開催で今回で17回目になります。私が毎回幹事役を受け持っています。このゴルフ場は2回目、前回は2011年でした。高校同期会でのコンペ、だいたい2組か3組で開催されてます。今回も3組で予約しましたが集まりが悪く2組8名に予約変更。しかし更に、メンバー表を載せた最終確認ハガキ発送後に3名のキャンセルが出てしまいました。2組5名というのは1番困る人数です。しかも賞品手配をゴルフ場にお願いしてありました。一応直前キャンセル対策として、賞品をゴルフ場にお願いする場合もニアピン・ドラコン等は直前に自前手配、ドタキャンのあった場合は余った順位賞品を横流しして調整するようにしています。しかしそれも3名ものキャンセルのあった場合は追いつきません。その点では今回、ゴルフ場スタッフの温かい対応に助けられました。ツーサムになる組も割り増しはありませんでしたし、パーティ予約人数変更、商品数減少にも対応して頂きました。余った賞品の一部でキャンセルできないものは、スタッフが買い取ったものもあったようです。誠に申し訳ありません。お陰様で赤字も最小限で収まりました。またこういった場合、適時対応して頂いても、どうしても表情には困った感が出てしまうものですが、そういった雰囲気は一切なく、親切丁寧に対応して頂きました。スタッフの一生懸命感が素晴らしかったです。レストランスタッフの接客対応も暖かく、湯舟が無くシャワーのみとかロッカーが安っぽいとか、設備不満を忘れさせる効果も満点です。(笑) それだけでも再訪価値のあるゴルフ場だと思いました。ありがとうございました。

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表題の「困ったチャン」、ドタキャンしたメンバーを指したものではありません。葬儀やお母さんの骨折等緊急で止むを得ない事情です。困りものは参加メンバーのひとりです。元々他者が見えない、気遣いのできない(本人はそうは思っていないのですが)部分があるのでツーサムになってしまった後組から入れ替えて私と同組にしました。参加メンバーの中では一番親しい私が面倒見ないといけないかな、と。そうして始まったプレー、やはりトラブルはありました。他人のボールには無関心、見ていない・記憶していない男ですのでその意味でもツーサムは無理です。あるホール、私のボールが右側に外れOBの恐れのある山林方向へ。取り敢えず暫定球を打ちました。困ったちゃんAのボールも右側に、しかも私の使用球と同じ黄色ボールです。ここで読者の皆さんは「誤球?」と当たり前の想像をされると思います。さにあらず、そんな常識内の出来事ではありません。

私は取り敢えず暫定球2打目を打ってからとフェアウェイセンターへ。私のボールを探しに行ってくれた同行メンバーBが遠目に黄色ボール2個を発見、そばにいたAに誤球しないように「自分のボールを確認して打って」と声掛けしました。すると自分のボールを確認したAは、もうひとつのボールを「拾い上げ」「ポケットに入れた」のだそうです。Bに注意されボールは元に戻しましたが、元々他人のボール行き先を見ていないA、私のボールだとは思わず、彼の感覚だと「綺麗なボールが”落ちている”貰っとこう」なのでしょう。それが私のボールでなくても、完全なOB位置に散らばっているなら兎も角、コース内ラフにあるボールは隣接ホールからのものかも知れず、勝手に「貰っとこう」はマナー違反です。Bが見ていてくれなければ、私のボールはOBと判断されたでしょう。

しかもこれ、初めてではないのです。以前にもありました。他のゴルフ場ですがその時はAと私のボールがコース左側ラフ、落ち位置は判りましたのでまずは私は、右側坂下に落ちた他の同行メンバーの球を探しに行きました。その後自分のボールのあるはずの場所に行ったのですが見つかりません。結局ロスト2打罰でプレーを再開しました。私がボールを探していたのはAも承知していたはずです。その後数ホールを経たところで、Aが私と同じボールを持っているのを発見しました。東京で買ってきた珍しいデザインのボールです。地元のゴルフショップでは売っていません。「それどうした?」と聞いたところ「拾った」とのこと。他人のボール行き先を見ていないA、私が最初に右側に行ったことで「左は俺だけ」「落ちているボールは持ち主無し」と判断したようです。私だけで2度の経験です。もしかすると以前にもあったかも知れません。無くなるような位置ではないボールが見つからないことは屡々あります。もうなると過去のロストにも疑いが及びそうです。何より、前例に懲りていなかったことが信じ難い思いです。

Aは他の出来事でもBに注意を受けていましたが、後半はヘソを曲げたのか無口になり、ピンも抜かなくなりました。プレー後は会費は払っていったものの賞品辞退でパーティ出ずに帰ってしまいました。ついでに他の同期生が主催する来月のコンペ、すでに参加表明していたのですがそれずらキャンセルして。まるで小学生です。2週間ほど前に、飲みに誘って私が少し説教した(ゴルフ以外のことでです)ことも、影響していたのかも知れません。「こんな調子じゃ友達無くすぞ」と”友達として”説教させて貰いました。「そんなことねぇ」とは言っていましたが、仕事から離れることも近い年代です。リタイアしてしまえば、”友達として”の説教もできない、無難に表面だけで付き合っているような友人達は即座に離れて行ってしまいます。私自身、ボール事件は兎も角として、その後の態度には失望しています。私の説教が身に染みていないなら、これ以上立ち入る必要もないでしょう。本当に「友達を無くした」後でないと気付かないのかも知れません。

2018年3月19日 (月)

「セザンヌと過ごした時間」「ジャコメッティ 最後の肖像」

最近観てきた作品です。芸術家テーマの映画2点。「セザンヌと過ごした時間」は、フランスの画家ポール・セザンヌと「居酒屋」「ナナ」で知られた作家エミール・ゾラとの交遊と破断を描いたストーリーです。原田マハの小説「ジヴェルニーの食卓」に収められた4作の中の「タンギー爺さん」の中でも描かれていますが、セザンヌとゴヤとはエクス・アン・プロバンスの中学校で知り合い親友として交流を続けました。もっとも原田マハの小説ではセザンヌ本人は一切登場せず、タンギー爺さんの娘が語る形で描かれています。原田マハの小説もお勧めで、「タンギー爺さん」の他にドガを描いた「エトワール」、マティスを主人公とした「うつくしい墓」、マネを描いた「ジヴェルニーの食卓」が収められています。

映画に話を戻します。エクス・アン・プロバンスの中学校に、イタリア人移民の子(母親はフランス人)として転校してきていじめられる下級生ゾラを、セザンヌが庇って喧嘩するシーンが知り合った最初です。ゾラはその礼に林檎を持ってセザンヌ宅を訪れます。成長したゾラはパリに上り作家としての成功を目指します。ゾラの勧めもあって画家を目指したセザンヌもゾラの後を追って上京します。「テレーズ・ラカン」で小説家としての足場を固めたゾラは、その後「居酒屋」での爆発的ヒットで流行作家としての地位を確立しますが、反してセザンヌはサロンでの落選を続けます。成功者ゾラと一向に芽の出ないセザンヌとの関係は徐々に齟齬をきたし、セザンヌをモデルとした小説「制作(「作品」とも)で決定的に破綻します。(この絶交には他の説(女性関係)もあります)

画家などの芸術家には”貧しい”というイメージが一般的に感じられますが、セザンヌは裕福な銀行家の息子でした。親の意に反して画家を目指したことでパリでは窮乏の日々を過ごしましたが、父親の死後に遺産を相続しています。裕福な家に生まれながら粗雑で人間関係を築くことの下手なセザンヌ、貧しい移民の子に生まれながら成功して紳士然となるゾラ、その対比も映画の主題なのかも知れません。

映画をちょっと離れて印象派成立当時のパリ画壇、芸術の変遷に関して少し書かせてください。通常は芸術分野での進化・変遷としてしか描かれませんが、芸術も社会情勢の流れの中で変遷します。決して世間から独立した存在ではありません。現代では当たり前にある「美術館」も、その成立はフランス革命後です。それ以前、芸術は王侯貴族の専売特許であり、レンブラントやベラスケス等現代人に知られた有名作家も、当時の一般庶民には全く縁のない存在、その作品を一生涯目にする機会はなかったのです。一般人が芸術作品を観ることのできる、唯一の例外は”教会”でした。多くの絵画作品は王侯貴族が自身の宮殿・邸宅等に飾るために職人としての画家に”発注”し買い取るもの、その館を訪れる客人しか目にすることはできません。ですので画題も神話や王侯貴族の肖像画が主体となります。画家が自由に画題を選べる時代ではありませんでした。レンブラントの代表作「夜警」は、注文者が記念写真的目的で依頼したため、「鮮明に描かれていない人物が居る」との理由で受け取りを拒否されています。

美術館の始まりはフランス革命での王家断絶、宮殿開放です。美術品の宝庫ルーブル宮が一般に開放され、一般庶民が初めて芸術作品を目にしたのです。ゴヤの「居酒屋」の中でも、物見遊山でルーブルを訪れるシーンが描かれています。フランス革命、英国の産業革命後に自由経済の中で生まれた中産階級は、それまでの一般庶民と比べ経済的余裕も持つようになり、自身のリビングを飾る絵画に関心を持つようになりました。そして生まれたのが画商・画廊です。そして作品提供者としての”画家”、今までのような宮廷・貴族お抱えの絵師ではない現在の感覚に近い”画家”が生まれます。画題も自由に幅広くなり、写真機の登場により記念撮影的役割からも解放されます。

映画の中に、特に美術に知識・関心を持った方でないと見逃してしまうシーンがありました。印象派の画家たちを援助していた画材屋:タンギー爺さんがセザンヌに「野外用の絵の具」として渡した油絵具です。このシーンも重要なのです。それまでは金属製の注射器のような機材に絵の具を詰め、無くなると中を掃除して画材屋で再び充填して貰ったのです。手間のかかる作業でした。それがチューブ式絵の具の発明で補充・持ち運びが簡単になり、野外での制作に便利になりました。直射日光を避けて北向きの天窓を持つアトリエで描いた中世から、野外の光の中で描いた印象派への移行、単に芸術史的内部変化ではなく、こういった道具の開発も大きく影響しています。チューブ式絵の具を「当たり前」として見ている現代人には気付き難いシーンですね。

セザンヌの代表作に、故郷エクス・アン・プロバンスのサント・ヴィクトワール山を描いた作品が多くありますが、映画に登場する実際の映像よりもセザンヌ作品の方がずっと美しい!もしかするとそれも監督の意図だったのかも?新婚旅行でニースまでは行ったのですがプロバンスまでは行けませんでした。2020年の結婚40周年に海外旅行を思い描いています。今1番の候補はポルトガルなのですが、「プロバンスもイイナ」と迷ってしまいそうです。

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もう1作は彫刻家として有名なジャコメッティを描いた作品です。こちらはセザンヌと異なり、成功して財を成した最晩年のジャコメッティが登場します。尊敬するジャコメッティにモデルを依頼され、「2、3日、長くはかからない」との言葉を信じて嬉々として引き受けたアメリカ人作家・芸術評論家を主人公・語り手とした作品です。実在の人物で、彼の書いた回顧録が元となって作られた映画だそうです。

モデル初日の「肖像画とは決して完成しないものだ」との不吉な言葉通り、2日で済むはずの肖像画は一向に進展しません。突然アトリエに現れる愛人、ジャコメッティと妻との諍いの中で翻弄されるアメリカ人作家は、連日帰国航空便の予約を取り消し・変更を繰り返しながらモデル苦行に耐えますが、完成間近と思える頃にジャコメッティは画面を消しての描き直しを繰り返し一向に完成しません。画家の苦難の半生を描くことの多い芸術家主人公映画ですが、この「最後の肖像画」はその点では異彩です。3週間弱の短い期間に短縮され濃縮された画家(彫刻家)の素顔を、興味深く描いています。ユーモアも交え愉快ですしジャコメッティも納得できるリアル観で描かれています。この肖像画を描いた2年後にジャコメッティは亡くなっています。文字通り(完成した)「最後の肖像画」となったわけです。

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流行りなのか?芸術家主人公映画が大流行り、この後ゴッホ、ゴーギャンが続きます。異才の画家ヒエロニムス・ボスの映画も公開されます。どれもやはり、私の地元には来ません。「セザンヌ~」は宇都宮、「ジェコメッティ~」は高崎まで遠征しての映画鑑賞でした。

2018年3月 2日 (金)

オリムピック・スタッフ足利ゴルフコース

また溜まってしまう前に書いておきましょう。高校同級生友達とのゴルフ、27日(火曜)に「オリムピック・スタッフ足利ゴルフコース」に行ってきました。市内のゴルフ場で唯一未体験ゴルフ場として残っていました。遅ればせながらの初コースです。因みに私の住む足利市には、市内に6か所のゴルフ場があります。楽天GORAグルメランキング1位に輝いたことのある「つつじヶ丘カントリー倶楽部」、お菓子のシャトレーゼ経営でケーキバイキングが人気の「城山カントリー倶楽部」、市内中央部から一番近い「足利城ゴルフ倶楽部」、渡良瀬川河川敷利用の「渡良瀬ゴルフ場」、中島常幸プロの父親:中島巌氏の設計・創設による「東松苑ゴルフ倶楽部」、そして今回の「オリムピック・スタッフ足利ゴルフコース」です。1番プレー履歴の多いのが城山、つつじ・足利城・渡良瀬でも何度も利用しています。東松苑は1回のみ、市内では1番高いゴルフ場ですので。オリムピックでのプレー機会が今までなかった理由は、やはり少々お高い、楽天GORAで予約できない、でした。それが最近、数は少ないながらGORAでも予約できるようになりました。今回のプレーが平日8,800円ですので、やはり市内他(除く東松苑)ゴルフ場に比べると高いのですが、コースに対する興味の方が上回りました。

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お天気は良さそうですが少々寒い、が事前予報でしたが予報以上に暖かくなりました。風は微風。とても景色の綺麗なゴルフ場です。フェアウェイからグリーンの見渡せるホールが多く、景色も開けていて開放的な気分になります。ただ、何度もここでプレーしているという同伴者(私の友人の友人)によれば、この開けた立地が災いして風の強い日は大変なのだそうです。

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景色が開けていて見通しの良いコースですので、ティーグラウンドでのプレッシャーは少ないのですが、フェアウェイが広いかと言えば広くもありません。気分的には広く感じますが。また、フェアウェイが傾斜している場合が多く、コースを知らないと攻略が難しくなりそうです。ど真ん中に飛んだはずの球がラフに流れていたり、逆に斜面に外したはずの球が絶好の位置に停まっていたり。今回はアドバイザーが居ましたので情報が入り救われました。グリーンもポテトチップ状で傾斜が微妙です。戦略的で難しいコースですね。距離もあり私ではパーオンできません。でも面白かった!土日は高過ぎですので、平日に来られる機会に再チャレンジしたい気分です。成績は「53」「56」で「109」、かろうじて100台を維持しました。パットは「33」、難しいグリーンの割には良い数字だと思います。まだレッスン成果が残っています。

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