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2018年6月28日 (木)

韓国が勝った、今晩は日本戦。

信じられない思い、韓国がドイツに勝利?! 韓国監督が「勝つ確率は1%」と言っていた試合、油断させるための発言だったのか?これでドイツは出場19回で初めての1次リーグ敗退、前回優勝国の敗退も初めてでは?日本の「大会1の番狂わせ」の地位も奪われた。

セネガル戦を見て、コロンビア戦勝利が「たまたま」ではない、「日本は強くなった」と確信、「強いから勝つんだ」だから「ポーランド戦も大丈夫」と思い始めていた、けど、また心配になってきた。意外と番狂わせの少ない競技、初戦心配された列強国も結果的には皆勝ち残ったし。だからドイツも結局は勝ち残ると思っていました。しかも2-0の韓国勝利、28本のシュートをことごとく阻まれたドイツ、サッカーって怖い・・・。

7/05追記、日本代表がんばりました!2大会ぶりの決勝トーナメント進出、ベルギーに破れて初のベスト8入りは逃したものの、本当に”今1歩”でした。後半アディショナルタイムでの失点によるマサに”サヨナラ負け”ですので選手達の悔しさは「半端ない」でしょうが、サポーターとしてはこれ以上望むべくもない感動でした。”夢”は4年後に持ち越しになりましたが、4年後にはすでに”夢”ではなくなっているでしょう。コロンビア戦では多分にラッキーな面はあったと思いますが、セネガル戦・ベルギー戦では「強くなった日本」を実感できました。さぁ、次は来年のラグビーW杯!申し込み済み先行予約、さて当選は?そのためにわざわざマスターカード(大会スポンサー、当選確率が上がるとか)作ったんだから。

2018年6月25日 (月)

決勝トーナメントへの進出はあるのか?ありそう💛

セネガル戦、はらはらしましたが何とか引き分けに持ち込みました。これで最終ポーランド戦で勝つか引き分けで自力勝ち抜けできるまでになりました。「ポーランドに勝つか引き分け」、W杯開始前では絶望的に思えるほどの条件ですが、今では「易々と」までは行かないまでも、かなり確率の高い条件に思えるようになりました。初戦コロンビア戦での勝利は、棚から牡丹餅、天から頂いたプレゼント的な”ラッキー!”感の方が強かったのですが、今回は「日本の強さ」を感じた一戦でした。先取点を取られた段階では「まだまだ」との思いが強かったのですが、2度目の先行点には「ここまでかな・・・?」との諦め感も正直ありました。しかし選手たちにはそんな思いは無かったようです。日本を応戦しながら見縊っていました。こんなに強かったンですね、SAMURAI日本!自信に満ちた代表チームでした。監督交代が結果的には良い方に転びましたが、それ以前に、日本代表チームは強くなっていたのですね。しっかり自力は育っていた、それが監督交代を好機として表面に現れた、そういう事だったのだと思いました。日本の得点は2点とも、流れの中からしっかりと得た得点でした。知らない間に、日本代表チームは変わっていたのですね。

日曜日、足利市運動公園陸上競技場でのJ3栃木ウーヴァ対市原FCを観戦に出かけました。現在勝ち点で並ぶ同士でのJ3首位争奪直接対決です。結果は栃木の勝利に終わりました。これで単独首位、J2昇格の可能性も出てきています。そんな栃木ウーヴァを見ていて思いました。J2昇格前の栃木SC、JFL時代の栃木SCですが、それに比べ今のウーヴァは格段に強い気がします。きっと今のJ3とJFLとは別物なのでしょう。日本のサッカー自体が底上げされ、自然代表チームもレベルアップした、そういうことだったんじゃないかと思いました。

Img_20180624_153223 Img_20180624_160931 Img_20180624_161628 Img_20180624_152805 

Img_20180624_161810_5 Img_20180624_165355 Img_20180624_165602 Img_20180624_170155 Img_20180624_170207 

栃木ウーヴァはお隣栃木市を本拠とするチームです。足利市での試合数も多く、来週も足利で試合があります。そこで心配になりました。昔のJFL時代の栃木SCも年2試合?だったでしょうか、足利で試合があり応援に行っていました。それがJ2に昇格になり足利での試合が無くなりました。競技場がJ2規格に合わないようです。ウーヴァはどうなのでしょう?仕事でお酒でお世話になった先輩の会社がメインスポンサーになっている縁もあり観戦に来たのですが(昨シーズンも1回)、今日の試合を見て「また来週も」と思っています。足利での試合の無くならないことを祈りつつ、栃木ウーヴァの奮戦を祈ります。

2018年6月24日 (日)

秩父・高崎 版画展巡り

19日は東秩父村での「版画フォーラム 和紙の里ひがしちちぶ展」へ。高校美術部同期の友人が何度か入賞したことがあるとかでパンフを頂いたので、ドライブがてら行ってみました。作品は「版画らしい?」作品が多く、あまり興味はそそられませんでした。今回友人は出していなかったようです。ただ、友人から貰ったのとは別の、会場にあった更に詳しいパンフにちょっと興味をそそられる版画個展が近くのレストランで協賛展示として開かれているとかで、行ってみました。パンフに乗っていたヒガンバナ作品、記憶にあります。展示会で観たのか、美術雑誌で観たのか?思い出せませんが。

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展示会場となっているレストランは東上線小川町駅前にあり「エシカル」という名、「エシカル」には「倫理的」「道徳的」とかの意味があり、「動物や環境や人や社会に配慮した工程・流通で製造された商品を選択し、そうでないものを選択しない」という消費活動、だそうです。お店のママさん、中国か韓国か?という名のようです。姓は日本系。韓国系の料理があるようなので日本人と結婚した韓国人なのかな?今回はアイスコーヒーだけしか頂きませんでしたが、来月再訪予定ですのでその時は何か食べてみましょう。ただ、昨年の大病以来味覚が変わってしまっていて、大好きだった韓国料理が辛過ぎて感じられるようになっています。

Img007_3 作家さん、積山ミサさんも会場にいらっしゃいました。広島在住の方で、版画フォーラムに出展・入賞されたのが縁での遠隔地個展のようです。地元ではFM局のパーソナリティもされているとか。昨年の「日本版画会展」で文部科学大臣賞を受賞されています。「観た記憶」というのはその関連だったのかも知れません。因みに先の高校美術部友人も同展で一般公募奨励賞を頂いています。会場で少しお話しさせて頂いたのですが、「日本版画協会」と「日本版画会」とを混同して話していたことを後で気付きました。小さな版画作品を2枚頂くことにしました。来月中旬か下旬に受け取りに伺います。会場の写真、撮り忘れました。

21日には高崎へ。高崎での当初の目的は映画でした。すでにプログに記した「タクシー運転手」です。映画も良かったのですが、映画館に置いてあった版画個展の案内ハガキに興味を惹かれました。銅版画展です。会場も近かったので寄ってみることにしました。

Img009_3  Img008_2 「高橋未歩銅版画展」、作家さんも在廊中でした。若い女性の方です。群馬出身在住の方ですが、東京の版画工房に通っているとかで、先月友人の展覧会で通った「アートコンプレックス」での細密版画展にも出品されていたようです。作品はちょっとエロチックで痛々しさを加える、逆に近頃ありがちな作風ではありますが、技法はしっかりしています。ただちょっと”硬い”気はします。もうひとつ剥けて独自の世界が開ける可能性に賭けて1作購入することにしました。剥けてからでは高くなって買えなくなりますから。若い女性の場合、結婚出産で制作活動を止めてしまう作家さんも少なくないのでその点が心配ですが。最後の写真が購入作品です。早速昨日額装してきました。

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ここ暫くで、作品購入で随分使ってしまいました。先月の「たゆたう4」2人展で、友人の丸山浩司多摩美大教授作品と城戸真亜子さんの作品、2点で額代込10万円超え、そして予定外の上記作品購入合計3点で3万円ほどになります。秩父・高崎での購入は予定外、高崎に至っては展示会自体が当初は目的地になっていません。作品との出会い、これも”縁”ですね。

2018年6月23日 (土)

「万引き家族」と「タクシー運転手」

最近に観た映画2作品です。「万引き家族」は地元映画館で20日に家内と一緒に。ご存知の通り、今年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した作品です。世界三大映画祭での最高賞受賞作というと、だいたいは「面白くない」という印象があります。この作品もそれですね。ただこの場合の「面白くない」は作品の質を表す言葉ではありません。単に「エンタメではない」という意味です。映画は”面白くすべき”なのかどうか、難しい部分です。ただ、最近のハリウッド特撮・アクション作品のように、刹那の”面白さ”だけに特化した作品には疑問符をいくつも付けてしまいます。

事前に詳しくは内容を調べずに観に行ったのですが、”家族”という部分では私の想像通りでした。「多分本当の家族ではないのだろうな・・・」という点で。しかしその内容は想像以上にシリアスでした。つい最近ニュースになった幼児虐待、そしてDV、パチンコ店駐車場幼児放置や浮気・略奪婚も含まれているらしい。それぞれに事情を抱える5人”家族”に両親に虐待される女児が新しい”妹”として加わる部分から話が展開します。

私は小さな子供と遊ぶのが苦手です。目線を下げて同化して遊ぶことができません。結婚前は幼児・赤ちゃんを見ても「可愛い」と思うことがあまりありませんでした。それが結婚して長女が生まれて変わりました。可愛くて愛おしくて堪りません。今でも3歳の頃の娘には恋心coldsweats01を感じます。あの時代に戻れないことが寂しく感じます。父親にとっての娘、”永遠に結ばれない片恋の相手”だと思っています。「親孝行の必要は無い、子供は3歳までに一生分の孝行をしている」というのも本当だと感じています。そんな子供に対して”虐待”という行為が何故に可能なのか?どうにも理解できませんし、先のニュースにも居たたまれない辛さを感じてしまいます。

作品は、離婚した元夫の子供夫婦にたかる老婆、その老婆の家に同居する様々な過去を抱えた”家族”、万引きはするしその万引きを子供達にも教え協力させる”親”、性風俗店で働く娘、事実上の”誘拐”にも匹敵する幼女連れ去り、客観的に見れば「どうしようもない連中」です。しかしその生活には”家族”というものの本質を鋭く問い詰める投げ掛けがあります。シリアスに投げ掛けられたその現実に、映画を観ていても辛くなります。「画面に夢中になり時を忘れる」という没入以前に、「早く先に展開して欲しい」「もうお終いにして欲しい」とまで感じさせる辛さです。あまりにリアルでシリアスで、また俳優陣が皆上手過ぎて、「百円の恋」の安藤サクラはすごい女優ですし、樹木希林やリリー・フランキーはもちろん、子役達が上手過ぎて一層辛くなります。棒読みの昔々の子役は兎も角、しっかり役柄を捉え理解して演じているように見えます。あの歳でこの役柄を理解してしまったら、その辛さを知ってしまったら、そう考えると気の毒でなりません。そしてリアルなあまり”希望的観測”も付け加えては貰えません。どうしようもない現実を突き詰められたまま劇場を去らねばなりません。パルム・ドール綬章の理由や価値は判りますが、「面白くない」と感じた理由も観た方には理解頂けると思います。「面白くない」しかし「観なければ良かった」とは思いません。そんな映画作品でした。

 

翌21日には、高速を使って高崎まで、地元上映の無い韓国映画「タクシー運転手」を観てきました。名優ソン・ガンホ主演での、1980年の韓国南部光州市で起きた「光州事件」を題材とした作品です。軍事政権に反対する民衆の抗議デモに(警察では無く)軍隊が派遣され実弾を発砲、多数の一般民衆(百数十人、後遺症での死亡・行方不明者を含めると500人以上とも)が亡くなった事件です。しかも光州市は完全包囲され電話も遮断、韓国内でも事件真相は全く報道されず、「反政府主義者(アカ・共産主義者)の暴動で警察官が死亡」と報道されたのみだったそうです。そんな光州市に危険を顧みずに侵入したドイツ人記者とそれを運んだ韓国人タクシー運転手の、実話を基にした映画です。

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光州事件は、映像を日本に持ち帰ったドイツ人記者により全世界に発信、事実が知られることになりました。NHK報道で初めて事件を知った韓国人も少なくなかったそうです。しかし当時の日本ではあまり関心を呼ばなかったようです。27歳だった私の記憶には残っていません。韓国にはなんの関心も持たなかった時代です。事件の起きた1980年の夏、新婚旅行でフランスに向かいましたが、航空会社は大韓航空(安かった)でのソウル乗り継ぎ便でした。パリに向かう乗り換えでの金浦空港、マシンガンを抱える空港警備の兵士に「物騒な国だなぁ」と感じたことを憶えています。そんな大変な時代だったとは夢にも思っていませんでした。日本は平和真っ盛りのバブル期です。

「タクシー運転手」は、事実を基にした作品ではありますが、かなりの虚構が加えられ”盛って”あります。「あり得ないだろう!」と思わせる軍車両とタクシーとのカーチェイスとか、韓国映画にありがちなエンタメ的”嘘”があちこちにばら撒かれている感じです。何処までが事実で何処からが”盛り”なのか?はっきりしません。事実を全く書き換えた「軍艦島」や「暗殺」等、知らない人達には大いに誤解を与えるであろう設定脚本も意に介しないのが韓国映画です。その範囲では、誇張はあるでしょうが、「光州事件」という衝撃的な事件を描くにあたりその本質は外していない、エンタメとしての許容範囲での脚色だったようにも思います。シリアス過ぎて辛かった「万引き家族」を観た後でしたので、少しは許容範囲が広がっていたかも知れませんが。

2018年6月20日 (水)

祝 日本勝利!

溜まった近況書き込み途中ですがひと言、🙌バンザイニッポン!まさか本当に勝てるなんて思いませんでした。soccer

2018年6月18日 (月)

またまた矯め込んでしまいました。

前回書き込みが5/19、その後もあっち行ったりこっち行ったり歩き回っていたのですが、書き込みさぼり続きです。やはりFacebookにちょこっと書くとそれで済んだ気になってしまうのですね。でもFBはやはり流れて行ってしまいますのでこちらにも留めたいと思います。

まずは最近の上京に関して。展覧会関係での上京が続きました。5/24は来年に予定されている4人展打ち合わせ、4月にもやりましたが、今回はもう少し具体的になります。4人で候補画廊に集結、壁面構想を練ります。広さとか価格とか時期とか。その後近くのレストランで食事しながら打ち合わせ。まず、会場画廊は見学した画廊に決定、時期は来年11月上旬に。あとはそれぞれの出展数とか。まだ1年半ありますが、のんびりしているとすぐその時期になってしまいます。私自身絵画制作に復帰して1年ほど、ようやく油彩を描き始めたばかりです。筆捌きは意外と憶えているものです。ただ、画想イメージは戻りません。最初は「何を描こうか?」画題を探す状態でした。学生時代はそんなことはありませんでした。描きたいもの描きたいイメージが次々と現れ、描く方が間に合わず書き損なったイメージも多々ありました。画題を迷う暇が無かったのです。それが今では逆ですので6月に復帰してからの作品は、すべて具体的なもの、静物画・風景画に限られています。具体的な”もの”が目の前に無ければ描き進められません。それでも描き続ける内に、少しずつではありますが、「描きたいイメージ」も浮かぶようになってきています。若い頃そのままに戻るはずはありませんが、歳は歳なりに、描きたい”欲求”は必要です。画面に再現するのは静物や風景の”もの”ではあっても、描きたいのはその”もの”そのままでは無く、そのものを観ている自身の”心・想い”なのですから。

Img_20180618_174202 復帰第1作。昨年6月、パステル画講習会での初日作品です。クレパスは以前以前何作か描いていましたがパステルは初めてでした。

19758 昔描いたクレパス画。この頃の方が色彩も形も実際の風景に囚われることなく、自由に指が動いた気がします。

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20171027_10 20184_f6_4 20184_f6_5 クレパスとパステル、同じようでいてちょっと異なる画材です。最初は色の乗りの違いで戸惑いましたが、段々と慣れてきて多少は自由に描けるようになってきています。最初の頃の絵は見るからに”硬いですね。

201712_f8_3 20181_f10_3 20181_f8_3 アクリルは以前に1~2点描いていたはず、けれどどんな絵を描いたのか憶えがありません。乾きの速さには逆に扱い難さを感じた一面もありますが、筆捌きは油彩と同じですので慣れるのは早かった気がします。復帰後5点描いていますが、1点は気に入らず潰してしまいました。

20181_f10_7 潰した作品がこちら。昔のイメージを追い求め、未消化のままに描いてしまいました。内に無いものを形だけで描こうとするとアンバランスな作品になってしまいます。学生時代でも描いて潰した絵は多々ありました。当時はキャンバス代節約という経済的理由もありましたが。

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1981_mioumiouno4_b5_5 Img_20180204_221047_3 こちらが旧作、キャンバスに描き留める間もなく描き散らした感じでした。描く”欲求”に満ちた時代でした。

Img_20180513_113018 油彩は画材を新たに買って来て、ようやく1作仕上げたばかりです。画材としてはやはり1番合っている気がします。

1977_f8_4 19768_f8_5 こちらは旧作、比べてどうでしょう?やはり今の方がまだ硬いかなぁ?

やはり人物を描きたいと思っています。ただ周りに若い女性がうようよ転がっていた?(笑)  あの頃と異なり、モデルには苦労します。キャンバス地塗りだけはしたのですが、作画は7月の地元美術協会主催の裸婦デッサン会後になりそうです。まだまだ頭の中だけで人物を描くのは無理です。最後に若い頃に描いた人物系作品を羅列しておきます。少しはこれに近いイメージで、年齢なりに熟した味を加味して(笑)描きたい。

1977_f8_6 1978_da_f40_2 1978_mu_f40_2 1978_f8_3 

Img_20180205_072901_3 Img_20180205_073054 1979_7 

1979_8 Img_20180131_172201_2 Img_20180205_073150 因みに最後の作品は20代の頃の家内です。coldsweats01heart04

Img_20180607_103550_2 段々イメージも涌いてきましたので、キャンバスは買って来て地塗りは済ませてあります。F30にP40、そして10号12号が3枚、そして小品4号が描きかけです。

オマケ:この日打ち合わせを行った「近くのレストラン」ですが、こちらも曰くがあります。学生時代、仲間が集って事ある毎に飲みに通った洋風居酒屋がありました。すっかり風景が変わってしまいましたが、渋谷の、今のマークシティの建っている辺りだったと思います。私達より10歳ちょっと歳上のマスターの経営する店でしたが、気が合い打ち解けて、暇な時には店を閉めてしまってスタッフと一緒の飲み会になったりもした、青春時代想い出の店でした。再開発で渋谷店を閉めましたが、その後原宿や青山・広尾・白金等々、レストラン中心に店舗展開、あっちを閉めこっちに新店舗と精力的に経営を続けていました。現在では恵比寿のレストランと渋谷の飲み屋との2軒体制です。マスターご本人は半ば引退、息子さんが経営を引き継いでいます。打ち合わせ終盤、電話をしてみたらご本人が来てくれました。私は久し振りの再会です。4人展の4人はもちろん、家内も含めての当時の仲間達、青山や芝浦や聖心や上智など、大学美術部に属して付き合いのあった仲間達常連の店でしたので、来年11月の展示会の折には、そんな仲間達が集い再会する場所になると思います。それも楽しみ。lovely Img_20180524_183128

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