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2019年2月25日 (月)

谷川岳天神平スキー場

スキー行ってきました。スキーバブル期に青春を過ごしていますので、今でもシーズン1回は行きたくなります。昨シーズンも1回だけ、泊りでした。今回は日帰り、また息子に付き合って貰いました。おまけにリフト券代昼食代まで奢って貰いました。良くできた息子です。親の顔が見てみたい。

自宅出発は6:30頃、スキーとしては若干ゆったり気味。人気退潮のスキースノボですがさすがに晴天の日曜日、前橋から渋川まではだらだらの渋滞、それでもスキー場まで3時間ほどで到着しました。今回の目的地スキー場は「谷川岳天神平スキー場」、特に理由があっての選択ではなくたまたま思い付いた名前というだけで、当日の変更も十分にあり得たのですが、高速のろのろ渋滞を見て確定しました。「空いていそうなスキー場」ということで。

予想は当たりハイシーズンの日曜日とも思えないほどの空き具合でした。リフト待ち無し昼のゲレ食もがら空き。元々がシーズン初めと終盤に混むスキー場ではありますが、日曜日でこれではやって行けるのか心配になります。駐車場でもゴンドラでも、スキースノボ客よりも登山客の方が多い状態でした。谷川岳を目指す登山者列が蟻の行列のように遠望できます。

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靴とポール(ストック)だけ持参でスキー板はレンタルです。年1回程度ですからね。靴はやはりレンタルではしっくりきませんので、長年愛用したハンソン崩壊の後に神田ニッピンで若い頃憧れたラングを買いました。それが2シーズン前のことです。

昨日は朝から帰るまでスキー場はずっと快晴、気温も滑り出しは-5℃でしたがすぐに滑って汗ばむ程度まで上昇。昼溶けてまた凍る状態が続いたのか雪面はガリガリ状態、雪質を誇る天神平には似つかわしくないですね。ま、贅沢は言えません。これだけ好天で空いているのですから。ただやっぱ疲れます。体力の足りなさを実感。

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昼食休憩とソフトクリーム休憩(ホントはケーキセットの予定だったのですが売り切れでした。暇だからあんまり数を用意しなかったのでしょう)を挟み午後3時前には終了、「早めに」と帰途出発したのですがすでに渋滞は始まっていました。沼田方面へのスキー客が多かったようです。東京まで帰る方々と異なりこちらは前橋まで我慢すればよい、北関東道はスムーズに走れるはずです。高速を使った方が結局は早く着く、それは重々承知ながら昭和ICで降りました。物理的な時間よりも、のろのろ走るストレスの方が、まして金払ってですから馬鹿らしい、時間よりも気持ち良く走れる赤城山裾の一般道を選びました。結果やはり少しは余分に時間を要した(あまり変わらない)と思われますが、空いた道路を景色楽しみながら走れました。帰りの運転者は息子、行きは私でした。因みに車はスバルフォレスター、13年も乗りすでに10万kmを超えています。年金生活者ですので維持費を考え、来月には軽に買い替えます。お気に入りの車だったのですが、これが最後のスキー行きになりそうです。あと何年車を運転できるでしょう?

谷川岳天神平というスキー場、訪れたのは何年振りでしょう?宮城県出身ながらスキー未体験だった家内の初めてのスキー旅行、初日が奥利根国際スキー場(現奥利根スキーパーク)、2日目が天神平でした。当時交際していた彼女も誘っての、大学美術部仲間数人での旅でしたが、自身が滑りたくてしょうがない時代でしたので、今振り返るとほとんど面倒は見なかったようです。ゴメンナサイ。その時利用した宿はちゃんと残っていました。学生時代ですので安いロッジです。結婚後の家族スキーでは訪れることがありませんでしたので、家内にとってはその時が唯一の天神平でした。結局ボーゲンから脱却することはなく、子供が成長してからはスキーを止めてしまった家内です。たまに誘ってみても「まっぴら」だそうです。

2019年2月10日 (日)

最近読んだ本

前回間隔が空き過ぎてしまったので今度は2ヶ月で。

「ふらんす物語」 永井荷風 新潮文庫

何が切欠だったのか憶えていないのですが、急に海外エッセイ的なものを読みたくなりました。思い付いたのが漱石の「倫敦塔」、あんな作品なかったかなぁ?と記憶を辿って出てきた書名が「ふらんす物語」でした。漱石よりちょっとだけ後ですが、ほとんど同時代の欧州を描いた作品です。永井作品は初ですが、漱石的作品を思い描いていたのでその点では大きく期待外れです。「倫敦塔」には海外での孤独感や閉塞感が表現されていたように思います。「ふらんす物語」でも同様の表現もあるのですが、質・志向が全く異なります。何か、自分の環境に、エトランジェ的孤独感に”酔っている”ようで、漱石のような切実さがあまり感じられません。文章表現も華美過剰でリアル感に乏しい。永井荷風の表現がその時代のもので、漱石が斬新だったのでしょうか?当時はかなり持て囃された作品だったようですので。因みに、永井作品を探して本屋に行きましたが見つからずネットで買いました。私の高校生時代ではよく聞く作家名でしたがもう流行らないようです。それも納得。当初は「続いて『あめりか物語』も、」とか思っていたのですが立ち消えです。

「浮世の画家」 カズオ・イシグロ ハヤカワ文庫

ノーベル文学賞受賞作家、流行に乗って買ってきました。それまで聞いたこともない作家名ですので作品に対する前知識・イメージが皆無です。「浮世の画家」を選んだのは、原田マハマイブームに絡んでの画家主人公との点だったかも知れません。もちろん翻訳本ですのでその通りなのですが、そのまま”翻訳本”でした。翻訳者はもちろん日本人ですし、作者も民族的には日本なのですが、あまりその雰囲気は感じません。時代の中で国威高揚作品を描き、戦後の価値観変遷で逆風に晒される。そういった主人公を冷静客観的に描いています。その分切実感はやや希薄かも?逆風の中母国を去った藤田嗣治の「藤田嗣治展」を見てきたタイミングで読み始めたせいかも知れません。この人の作品、もう1冊位読んでみないと掴み切れない気がします。

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「モダン」 原田マハ 文春文庫

惹き付けられた「ジヴェルニーの食卓」は印象派画家達がテーマでしたが、今度は現代美術、しかも作家ではなくMoMA(ニューヨーク近代美術館)に係わる人々に焦点を当てた作品です。文庫本には5編の短編が収容されています。5編中4編での主人公がディレクターやキュレイター、デザイナーという展覧会に係わるスタッフですが、同じスタッフでも「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」では警備員が主人公になっています。この警備員スコットが中々印象に残ります。世界的大家の作品に囲まれながらも美術的知識・素養は持たない、という設定も面白い。ただその結末の「解釈はいかようにも」と投げ出された部分は少々落ち着かない。またこの5編、すべてMoMAがテーマにはなっているものの、視点はすべて異なっています。東日本大震災での福島原発事故を扱った「中断された展覧会の記憶」には涙腺を刺激されました。「新しい出口」では9・11NYテロが重大な転機となっています。原田マハ作品、まだ小説は2冊目(9編)ですが、登場人物がすべて”いい人”です。安心して読んでいけるし読後感も心地良い。「こんなに甘やかされて良いのか?」との不安もないではないのですが、決して理不尽に、ごますりや忖度で甘やかしているわけでもなく、理性的な目線で描かれていると思います。陽の当たる居間のような、こんな心地良い場所も必要とされているのだと思っています。   「キネマの神様」が順番待ちしているのに、ついつい「太陽の棘」も買ってきてしまいました。当分原田マハマイブームは続きそうです。しかし本屋に行くとある意味絶望的な気分になりますね。あの大量の書籍、生存中に読み切るのは勿論不可能。だけでなく、既読本も「良かった」「難しかった」という漠然としたイメージはあるものの、あらすじは一向に思い出せない。崩れる砂山を築いているような虚しさも感じます。まそれは、考えないことにしましょう。1冊1冊、読んだだけの充実感は得ているのですから。

このあと3冊は前回同様亡くなった父の本棚から。生前の父は、青春は戦時期でしたし読書家ではなく、本を読むようになったのは亡くなる前数年の間だけです。多くは戦争体験の類と時代小説です。

「総会屋錦城」 城山三郎 辛勝文庫

「指揮官たちの特攻」で縁のあった作家ですので、その繋がりで買ってきて読んだのでしょう。表題作は直木賞受賞作です。7編の短編が収められていますが、受賞作が特に面白いというわけでもなく、寧ろ面白みに欠けます。他が受賞後の作品ですので、受賞2作目が難しいと言われる受賞後を難なく乗り越えた結果、ということなのかも知れません。順調に作家として伸びたと。私的には「メインド・イン・ジャパン」と「プロペラ機・着陸待て」が面白かったです。子供として下から見上げていた高度成長期、その背景を知る思いです。

「十七歳の硫黄島」 秋草鶴次 文春新書

5%弱という硫黄島戦日本兵の生還率、その一人の記した記録です。筆者は父と同い年、同じ市内在住の方ですので、生前何か交流があったのかも知れません。2006年に出版されています。悲惨な戦いが生々しく描かれています。現場での体験者しか知り得ない状況描写もありますが、寧ろ内部では、またいち少年兵では知り得ない全体状況もあります。通信兵という、歩兵一兵卒とはまた別な立場にあったとはいえ、戦後資料や取材で知った戦況と照らし合わせて書かれた部分もあるのだと思います。文章としては稚拙な部分もありますが、それが寧ろリアル感を際立たせます。語り伝えるべき歴史資料として価値あるものだと思います。

「人間の運命」 五木寛之 東京書籍

単行本初版です。いつだか菩提寺で五木氏を講師とした講演会が開かれたことがありました。寺の世話役を仰せつかっていましたので、その縁で購入したのでしょう。親鸞の「歎異抄」を主な題材として書かれています。宿業と生きる意味死の姿、罪と罰、答えの出ない命題に真摯に取り組む姿勢を感じます。少年時に朝鮮からの過酷な引き揚げを体験したことを初めて知りました。その体験から性善説に馴染めない人間自体への懐疑と、運命というものへの捉え方、読者に説くのではなく”共に悩む”姿勢で書かれていることに、著者の誠意を見ることができます。読んでも答えは見出せません。それでも未来への”窓”ともいうべき一筋の光は、与えてくれる本でもあるように思いました。五木氏ほどの人間でも同じく悩み患うことに安堵しているのかも知れません。

「モダン」感想文中にも書きましたが、日々出版される本の多さに、読み切れない虚しさに囚われることがあります。至宝の1作があるかも知れないのに遭遇しないかも知れない恐れとか、愚にも付かない悩みです。読むのが遅くて消化できないのに、本屋に行くとついつい買ってきてしまって、読み待ち本は増える一方です。平行購読本は現在6冊、読み切れないのに原田本は更に読み始めてしまいそう。パステル画は取り敢えず描き終えたものの制作中の油彩は3点、森高ライブは全国ツアーの内2会場購入済み、先行予約前会場でも少なくともあと3会場は参戦予定。サンウルブス戦も1枚購入済み。W杯ラグビーは2会場確保。スキーも行くしライオンズも行くだろう。そして秋には東京でグループ展。う~~ん、自分で振り返ってみても予定組み過ぎスケジュール過剰だぁ!人生は短し欲は深し・・・。

2019年2月 8日 (金)

今更ですが、1月26日・27日のこと。

今更ですが1月26日と27日のお出かけに関して書いておきます。1度途中まで書いたのですがPC不調で全部消えてしまい挫けました。今度また同じことでもあれば今度こそ再起不能でしょう・・・。

1月26日(土)   狭山へ。森高千里さんのライブツアー、21年振りの全国ツアー初戦に参戦です。会場は狭山市民会館、収容人数1.398人というこじんまりとした規模です。30列ある内の7列中央のチケットを確保、大規模会場と異なり最前列席前のスペースが狭いので7列というとかなり間近に見えます。今回のツアーは全国36か所37公演、その多くは県庁所在地を外して、東京の人見記念講堂の2.008人を最大に1.200~1.600人収容程度の会場が続きます。全盛期の集客力のないことを意識しての選択なのでしょうが、ファンとしてはありがたい設備規模です。

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ライブ中に森高さんが「初めてライブに来た人~?」と声をかけると、意外に多くの手が上がりました。「嘘バッカ~」と冗談かと思ったのですが、本当のことなのでしょう。「全国全公演走破!」とかの濃いファンが身近に何人も居る環境と異なり、「若い頃にCD買ったけどライブまでは行ったことが無い、今回は地元に来ることになったので”初めて”チケットを買ってみた」というファン層も当然存在するわけで。結婚・子育てで歌手活動を休止していた森高さん、ファン層も同様でライブ・音楽活動空白期間を持った人も多いと思います。埼玉県会場が狭山市と熊谷市という設定も、そういったライブ未体験層に配慮してのものかも知れません。演奏選曲も、まだツアーが続きますのでネタバレは避けますが、「初参戦の方に配慮して」シングルカットのメジャー曲ラインアップになっています。

ライブ終了後には、駅近くの居酒屋に顔見知りファン20人ばかりが集まり飲み会をやりました。こういった話をすると「本人は来るの?」という質問を受けることがあります。今回は少人数ですが、2013年の歌手復帰足利ライブ後の集まりでは全国から60数名が参加しました。その時はファンでない友人達何人もから同様の質問が繰り返しありました。彼らにすれば「本人が居ないのにファンだけで集まって何が面白い?」という感覚があるようです。門外漢にとって”ファン”はそれぞれ”見知らぬ他人”でしかないのでしょうから。しかしファンも長年やっているとライブ会場で顔を合わせる機会が増えます。「あの人前回も来てた」から会釈するようになり話しかけるようになる。そういった数人のグループができ、今度はグループ同士が繋がり段々大人数に。といった風に私の周囲でも100人規模の仲間ができていました。森高さん休止時代も、ネットを通して細々と繋がっていました。そういった仲間達にとってはライブも「同窓会」でもあり、仲間と集まるのもライブでの楽しみのひとつなのです。ファン同士で結婚した仲間も数組あります。

今晩は長野でツアー2戦目が開幕します。私の参戦次戦は3月の桐生市(群馬県)、それまでは各地参加組・全制覇組の参戦模様をネットで見ることになります。Img015

 

 

1月27日(日)   足利までは帰れませんので狭山駅前のビジネスHに宿泊、同じH泊りのファン友人と3次会で24時まで飲んでました。翌27日は少し東京を散策して帰ります。

西武新宿線に乗るのも久し振りです。進学で上京して最初に住んだのが西武新宿線沿線の中落合(駅は下落合)でした。その次が新井薬師。シーズン初めには狭山の人工スキー場で滑り初め、ライオンズのファンクラブに入っていた時期もあります。ふと思い付いて下落合で降りてみることにしました。

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駅から北に登る聖母病院通りはそのままでも、周囲の建物は全くの様変わり、”懐かしさ”が全然ありません。40年以上経っているのですからそれもそうでしょう。地方都市なら何かしらは”変わらない”景色が残っているものですが・・・。

目的地は「佐伯祐三アトリエ記念館」です。当時住んだアパートのすぐ近くにあったのですが知らずに、引っ越した後に存在を知りました。今回訪れて初めて知ったのですが、私の住んだ1972年にはまだ、佐伯夫人が住んでおられたそうです。何処かの通りですれ違ったとかもあったかも。

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記念館は再現ではあっても新築だそうです。展示作品はコピーで本物は美術館、あくまでアトリエの再現で当時の環境を垣間見るためのものです。等身大の立看もありますが身長150cm台の小柄だったそうです。ボランティアの女性に丁寧にご説明頂きました。入場無料です。その方から「中村彜アトリエ記念館」の存在を知り、梯子してみることにしました。

歩いて10数分移動、中村彜(つね)は佐伯祐三と同時代の洋画家です。両人の実際の接触は無かったそうです。

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こちらでもボランティア女性にお世話になりました。こちらも無料。できるだけ元々の素材を利用しての再現アトリエだそうです。作品はもちろんですが、椅子やテーブル等も再現品で当時使われた本物は水戸の美術館にあるそうです。中村彜は水戸藩士の息子だったとか。

しかし佐伯祐三30歳、中村彜37歳、中原悌二郎32歳、荻原守衛(碌山)30歳、この時代の作家さん、早世が多いですね。

目白駅まで歩いて昼食の後乃木坂国立新美術館へ移動。「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」、詳しくは知らない作家でしたが、ナンカ面白そうなので行ってみました。大阪外語大スペイン語学科卒からセビリア美術大学に留学、現在はベルリン芸術大学教授だそうです。海外で活躍する日本人女性、増えましたね~。

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墨絵的な大作コーナーのみ撮影可でした。全体として、興味深くはあるのですが、私のポイントからは少し外れています。

無料でしたので「日仏現代国際美術展」も入ってみましたが、語るほどのものはありません。もう少しレベル高いと期待もしたのですが。春の「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」の前売り券を買って帰りました。この春には注目展覧会が目白押しです。

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