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2019年7月18日 (木)

森高さんライブで新潟へ、

  日を遡ります。出来事をすぐさま書き残すのが苦手、ついつい後回しにしてしまいます。ですのでTwitterとかInstagramとかは滅多に書き込みません。Facebookでも、スマホで書くこと自体少ないですから。今回は6月29日~30日での新潟1泊旅行です。

29日土曜日、午前中に愛車S660にて出発。購入して2年半、初めての遠距離ドライブです。念のため事前に簡単な検査をやって貰いました。タイヤ空気圧とか。タイヤ扁平で薄いのでちゃんと空気が入っているのかよく判りません。オープンにしようかとも思ったのですが、天気不安で止めました。あと、途中に長~~いトンネルがありますね。オープンでトンネルは最悪です。 Img_20170318_104332

北関東道から関越道、2時間半ほどの旅程です。車での新潟最遠到達点は八海山スキー場ですので今回はそれを超えます。というか、スキー以外での新潟方面ドライブというもの自体初めてです。途中の景色、さすがお米の本場、田んぼが広いですね。家内の里宮城も広い田が広がりますが、新潟平野は更に平坦に広がります。サービスエリアで信濃川を見物しました。

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新潟市内に入って最初に訪れたのは画廊です。3月東京での「3331アートフェア」の折に目を付けた新潟在住の女性画家の個展がたまたま開かれています。画廊は”羊画廊(http://www.hitsuji-garo.com/index.html)”、作家名は”わたなべめい”です。作家さんにも3か月振りお会いできました。

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ホテルにチェックイン、ホテルは”日航新潟”です。今回の新潟市行、見かけは「森高千里 この街ツアー 2019」なのですが、実質は必ずしもそうではありません。寧ろこのホテルに泊まること、新潟在住の友人に逢うこと、そしてめいさんの個展を観ること、この3つが重ねられたので森高新潟ライブに参戦を決めた、との方が実際の所です。ファン先行予約では新潟公演を予約していません。最終的にはめいさんの個展時期の重なっていることを知り「じゃこの機会に」と決め一般販売でチケットを得ました。

2年前の2月、スキーを兼ねて新潟市の友人を訪ねることにしていました。その時に予約したのが”ホテル日航新潟”です。しかし予定の1週間前にかかり付け医院での検査で腫瘍が見つかり、2日前の拠点病院での精密検査で悪性腫瘍であることが判明しました。入院手術ということになりキャンセルの電話をしたのが前日でしたが「そのようなご事情でしたら」とキャンセル料は免除して頂きました。電話に出て頂いたスタッフ女性の対応が温かく「無事生還したらいつかまたこのホテルに、」と決めていました。初期発見ではなくすでにステージⅢまで進んでいましたので”無事生還”は決して大袈裟ではありません。5年生存まではまだ半分以上残っていますが、取り敢えずは転移なしで元気です。このホテルに泊まることが、今回の旅での最大目的と言っても言い過ぎではありません。

部屋は27階、One Harmony登録してありますので少しグレードアップして頂いたようです。

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シャワーを浴びて1時間ほど休息、会場の新潟県民会館へ向かいます。折角ですので新潟友人も誘ってみました。一般販売で私の得たのは2階席、森高さん仲間から廻して頂いた追加1枚は5列席(実際はオーケストラブース?の席もあり10列目位)でした。初森高参戦の友人に前の席で見て頂きました。2013年足利復活ライブ以来の2階席です。前席が立ちあがらないので久々のシッティングライブになりました。今回はオペラグラスも忘れず持参しました。ライブ模様は桐生・栃木市と大きくは変わりませんので省略いたします。全国ツアー、次回参戦は富岡(群馬)です。

Img_20190629_172413 Img_20190629_194619 さすが新潟ですと顔馴染みファン仲間も少数です。前日の富山は更に少なかったとか。今回は仲間との打ち上げは遠慮、新潟友人と2人で酒食することに。彼に予約して頂いたのは寿司割烹”伊丸”結構高級な店らしい。岩牡蠣が1,300だか1,500円(1個)、ノドグロはたった5切れで3,000円、確かに美味いけど普段は注文しないなぁ。越乃寒梅も呑んだけど、友人お勧めの”麒麟山”がやたら美味しかった。さっぱりしながらコクがある。他では見たことのない日本酒でした。

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翌30日、朝食後チェックアウト、2年前のお礼もメモに残しました。担当の方のお名前聞いておけば良かったなぁ。ホテル上にある展望台にも上り、”万代島美術館(https://banbi.pref.niigata.lg.jp/)”も観てきました。つい先日館林美術館で観た日高理恵子作品はこちらでいち早く観ていました。新潟県立近代美術館は改修工事休館中。  Img_20190630_095959 Img_20190630_103648

 

その後再度羊画廊へ。わざわざ新潟まで足を運んだのですから、1点買わせて頂きました。今月はだいぶ予算オーバーです。月末カード支払いが恐い・・・。ご朱印頂きに弥彦神社にでも周ろうと考えていたのですが、台風来襲(もう温帯低気圧になってたかも?)での雨降りでしたので億劫になり断念、公演駐車場でひと休み(ひと寝入り)して高速を一路自宅へと向かいました。S660でのドライブも楽しかったし、ホテルへの御礼も済み、充実感の高かった旅でした。なんせ森高さんライブがサブ目的になってしまうくらいですから。

2018年4月29日 (日)

我が家の庭

庭の花が春から初夏へ、彩を移しています。4月初めには牡丹・パンジー・マーガレット・ハナニラ、おまけでタンポポ。藤の花芽も膨らんできています。

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20日過ぎにはクレマチスが咲き始めました。椎名林檎の歌に因み買って来て植えた花です。毎年綺麗に咲いてくれます。妖艶で色っぽさを感じさせる花、楽しみにしている花のひとつです。

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茂り過ぎたので昨年多めに剪定した藤、切り過ぎたのか今年は花が少ないです。鈴蘭は朝露に濡れて愛らしく、家族の目にも付かない庭の奥にひっそりと咲いています。雑草取りをしていたら様子を見に来た家内「あらこんなとこで咲いてたのね」「そう、誰にも気付かれずひっそり」「私みたい」だって・・・。

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薔薇も咲き始めました。先の蕾が26日、右は今朝の写真です。私の誕生月5月の花、とのイメージが強いですが、薔薇も今年は早く咲きました。百合も茎が延び、次に控えています。

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一昨年に父が亡くなりました。89歳と言う天寿に近い年齢ではありましたがやはり寂しくなります。葬儀での沢山の花や果物盛り籠、以前は単に”習慣”として、寧ろ無駄なようにも感じる部分がありました。しかし父の亡くなった後の花や果物には、何か慰められる気持ちがありました。普段はやや贅沢品で、頂くことはあっても自身で買うことはない果物盛り籠、甘い果物も、何か一点欠けた家族空間を癒してくれます。居間や仏壇・玄関の花、父の亡くなった後では、母の買ってくる花の量が5割増しになっています。やはり寂しさを埋める役割を持っているのでしょう。”習慣”は習慣として始まったわけでは無く、”必要”な理由があった始まったのですね。しかし咲いた花は散るもの、花瓶の花は「また買って来れば」という”商品”感覚がありますが、庭の花の散るのには儚さを感じさせられます。癒しと共に、”生”の無限でない事を指し示されている気がします。季節は廻ります。ひとの人生も巡ります。いつの間にか自身も、老齢と言われる歳に近付きつつあります。

2018年4月19日 (木)

同窓会

どうも書き込みが遅れてしまいます。今日は先週14日(土)のお話し、中学時代の同窓会です。

同窓会、高校同級生でのものはここ10年毎年開催しています。その10年前の同窓会が久々の20年振り位での開催でした。同級生住所を確認している段階で数か月前に級友が急死していたことを知りました。それ以来「もう何があってもおかしくない歳」ということで、”毎年同窓会”が提案され今日に至っています。一昨年からはお隣クラスとの合同同窓会となっています。今年も秋に開催が予定されています。

さて今回は中学校での同窓会です。開催は5年振り、前回が”還暦同窓会”、今回は”年金受給同窓会”です。田舎地方都市では珍しい私立中学校、幼稚園・中学・高校があり、私の卒業後ですが大学もできています。1学年2クラスだけで(英才教育方針で)授業毎での入れ替えもありましたので、1組だったのか2組だったのか、大半の生徒は憶えていません。ですので同窓会も学年単位です。当時の在校生54名の内物故者2名、残り52名の内住所の確認できている39名に案内状を送付しました。今回の出席は少々少なめの17名、先生2名(案内状送付7枚)と合わせて19名での同窓会でした。5年間が空くと前回住所では返送されてきてしまうものもあります。こちらも、今後はもう少し間隔を狭めて開催したいと考えています。

同窓会会場は市内の和風海鮮料理屋さんでした。少々高めではありますが新鮮な魚介類が提供されます。料理5.000円、飲み放題コース設定はありませんので、飲み物は実費精算です。「皆歳だからそうは飲まないだろう」と7.000円で会費設定しましたが、1万円近くの赤字が出てしまいました。500円ずつ徴収するのも面倒、今回は幹事負担してしまいましたが、私自身も楽しみましたので苦な負担ではありません。惜しむらくは中学校当時恋心を抱いていた女性が欠席だったこと。

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今回は5年前より数名少ない参加者数だったのですが、1名、久々(多分20年以上逢っていない)の参加者がありました。1名だけでもこれは嬉しいものです。もうリタイア者の増える年代ですので、健康である限り(これが1番の問題ですが)参加者は増えるものと期待しています。

今回欠席者の中には、先月にご主人を亡くされての欠席もありました。生徒での新たな物故者は居ませんでしたが、恩師のひとりが3年ほど前に亡くなられていたことを知りました。出席同窓生の中に仏僧が居ますので、乾杯前に般若心経読経でご冥福を祈らせて頂きました。私自身、昨年には初めての入院・手術を経験、死を身近に感じた時期もあったものです。そういった健康面での話題はどうしても多くなりますね。同じように癌手術経験者は数名居ましたし、それ以外に持病を抱えている方も多くなります。やはり次回は2年後位には開催したいものです。それくらいなら住所変更も確認し易いですし。

夕6時開始で8時半頃に中締め、私馴染みのスナックでの2次会に移動しました。参加は先生1名を含む13名、思ったより集まりました。時節柄歓送迎会が多かったようでタクシー待ちで最後に到着、そのくせカラオケ歌い出しを求められました。「諸葛が歌わないと皆が歌えない」とはどういう意味?上手い奴が初めに歌うと後が歌い辛い、ということ?ま、しょうがない(その実カラオケ好き)と選んだナンバーは「私がオバさんになっても」、このブログを読まれている方はご存知でしょうが、私森高さんファンです。自身好みから言えば他の曲を選択したかも知れませんが、ここは森高素人さん向けに定番曲にしておきました。それまで誰も歌っていなかったのに、私の後には続々歌い始めます。やはり私の後は歌い易い?

翌日にはゴルフを控えていましたので、飲み会で途中退場は珍しいのですが今回は”お先失礼”致しました。次の企画は秋の高校同級同窓会、ゴルフ会企画も含め”幹事”も私の趣味?のひとつになりつつあります。

2018年2月20日 (火)

初打ちゴルフ 太平洋クラブ江南コース

少し日にちを遡ります。今年初打ちゴルフは2月8日(木曜)でした。当初は2月3日に予定していたのですが大雪でゴルフ場がクローズ、中止となりました。それを知った友人が誘ってくれたのが8日のゴルフです。丁度メンバーが1人足りなかったようです。ゴルフ場は熊谷の「太平洋クラブ江南コース」でした。平日でもお高い高級コースです。以前も同じ友人にお誘い頂いて今回が2度目、前回は調べてみたら2014年の11月でした。その時のスコアが「106」ですが、後半に50を切って「49」と、難しいコースにしては好スコアでした。今回はそれが目標スコアです。

自宅から車で50分かからないほどの距離なのですが、平日の9:21スタートですので丁度通勤渋滞にぶつかり(ついついそれを忘れてしまう・・・)、1時間10分ほどかかってしまいました。少々アセアセ。寒い日が続き1日の雪がまだ少し残っています。この日も寒い予報ではあったのですが良い方にハズレ、寒さを感じないほど良い陽気になりました。日陰はさすがに寒いですが微風もそれほどは冷たくありません。

相変わらず綺麗なコースです。設備も豪華。フェアウェイはふかふかですがグリーンは堅くて速い。白ボールの友人は雪に嵌ったのかロストもありました。私はいつもカラーボール、この日はキャスコのKIRAクレノのド赤です。空中では意外と見難いのですが白い雪には映えます。

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OUTスタートの前半、1番ロングで3パットの+4、2番では池に入れてトリプルと不安な船出です。6番ショートでようやく1パットのパーを取れましたが前半は前回と同じ「57」と不調です。前回はINスタートでしたので「49」で周ったコースです。更に不安は募ります。フェアウェイ保持がひとホールだけ、池ポチャ2回とショットも不安定なのですが、パットが更に悪く8番までで3パット3回の合計「18」パットです。ただ最終9番で突然、昨年12月にレーサムゴルフアカデミーで受けた女子プロレッスンを思い出しました。それまで肘を真っ直ぐに延ばした状態でパットを打っていたのですが、「それだと楕円軌道なって引っ掛けやすい」と少し肘を緩めた打ち方を指導されていました。それをすっかり忘れて元の打ち方に戻っていました。肘を緩めて、の途端に5~6mのパットが入ってしまいました。もっとも、池ポチャトラブル後での9オン1パットでしたが。(笑)

昼食後の後半、ショットは相変わらず方向が安定せずフェアウェイキープは2ホールだけでOBもひとつ。ただこのショット、昨日の記事でも書きましたが昨年に入院手術を経験、退院直後は筋力もすっかり落ち元々少なかった体重は一時42kg代にまでなっていました。3月初めに退院して2か月に少し足りない4月29日にはもうラウンド復帰していましたが、その時のティーショットがドライバーで120~130yと驚異的な数字です。(笑) ただ、振り回せない分方向は安定して快気祝いゴルフが「51」「51」の「102」と却って良かったくらいです。来週には手術後1年、体重はようやく48kgまで戻り(健康体時で51~52kgでした)ドライバー飛距離も180yほどには戻りました。その分方向性も悪い方に戻ってしまいましたが。ただ120~130のショットではボギーは取れてもパーは取れません。それではやはり、ゴルフの楽しさは半減してしまいますね。

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さて後半スコアですが、前回を上回る「48」で収めることができました。勝因は”思い出した”パットフォーム修正です。OBでのトリプルが1ホールあったものの、パーホールが2つに他はボギー、ワンパット6ホール2パット3ホール3パット無しとハーフ最高の「12」パットを記録してしまいました。4~6mが面白いように入ります。こんなに違うものなのですね。レーサムレッスン最高!森泉さんありがとう!また行きます!スコアは「106」ぎりぎり目標達成です。

2018年2月19日 (月)

息子とスキー

17・18日、1泊2日でスキーに行ってきました。スキーは2年振り、同行者は息子でした。気付いてみると昨年11月以来記事を書いていません。かなり忙しく過ごし書くことは沢山あったここ3か月余りだったのですが、寧ろ忙し過ぎて、また取り敢えずFacebookに書き込んで済ませてしまっていた部分もあります。しかしFacebookやTwitterは過去に流れてしまい、後から振り返ることは難しいですのでやはりこちらにも残しておきたいと思います。まずは昨日一昨日の事、そして12月1月のことも振り返って書いておきたいと思っています。

初めてのスキーは小学生の時の大穴スキー場、当時夢中になっていた父に連れていかれました。しかしその後すぐに父がスキー場で骨折、家族スキーはそれっきり。次のスキーは高校でのスキー合宿での越後中里でした。当時はまだ竹のストックに皮のスキー靴、板は木でビンディングはカンダハーでした。クラスで1人だけ、スポーツ用品屋の息子だけが最新の”ステップイン”で参加していました。大学進学後はスキーに夢中、シーズン初めは狭山の人工スキー場、滑り初めは天神平、そして12月に岩原を中心に越後スキー合宿1週間、年が明けると白馬佐野坂で1週間、佐野坂スキー場をメインに白馬沿線の八方や栂池・青木湖等を巡り滑っていました。部活は美術部だったのですが、何故か1週間ずつ2回の”スキー合宿”があったのです。他に親しい仲間数人でのスキー、最初は越後湯沢布場、後にみつまた・かぐらスキー場に通いました。その頃の定宿、三俣高原の民宿に今回久々泊ってきました。初めて泊まったのは確か、かぐらスキー場の出来る前年だったと思います。それから数年は毎年宿泊、子育てで数年空いたものの3歳の娘を連れて親子2人で(長男が生まれていたので家内は留守番)1泊雪遊びに出かけたこともありました。子供たちの小学生時代には家族4人で何度か出かけています。その後は1人での日帰りスキーが多く、シーズン1回か2回スキーには出かけていたものの宿泊は絶えていました。今回の宿泊はおそらく24年振りになると思います。

昨シーズンもスキー予定は組んでいました。上越で滑ってから新潟市へ、その夜新潟市在住の友人と酒を酌み交わすという予定でした。宿泊はJALホテルを予約していました。しかし予定の数日前に胃に悪性腫瘍が発見され遭えなく断念、入院手術となってしまったのです。事情を話すとJALホテル、キャンセル料を取らずにキャンセル対応して下さいました。またいつか宿泊しなければ。作シーズン神田スキー街で買ったLANGEも1年休眠、今年やっとデビューできました。学生時代、LANGEは憧れのブランドでした。

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息子には時々スキー行きに付き合って貰っていました。昔(小学生時代)の家族スキーを除けば、泊りでのスキーは3回目、日帰りでも3~4回。ゴルフではそれ以上。優しい息子ですが、入院手術後は更に優しくなっているようです。(笑)

17日は無理せずゆっくり出発、昼少し前に越後湯沢・岩原スキー場に到着。5時間券を購入して滑り始めました。息子はボード、私はフィッシャーのショートスキーです。天候は雪、上の方のリフトは吹雪でホワイトアウトに近い状態です。フェイスマスクを車に忘れてしまいましたので、滑っている時は良いのですがリフトが寒くて参りました。

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雪質は最高!なのですが吹雪いて前がよく見えません。1シーズン空いていますので元々苦手な左足体重時が不安定、右カーブが上手く曲がれません。顔が寒いので3本ほど滑って昼休憩、食後も数本で早めに上がりました。学生時代は「リフト券の元を取ろう」と必死で滑ったものですが今は無理せず、コーヒータイムが増えています。駐車場を出ての道すがら、大学スキー合宿時代の定宿”電気屋”を見つけました。時代を超えての健在が嬉しいですね。白馬佐野坂の宿はネットでは見つけられませんでした。廃業したのかもしれません。

久々の三俣民宿、最初場所を勘違いして戸惑いましたが無事到着、懐かしい宿に落ち着きました。部屋は昔と変わらぬ6畳ですが綺麗にメンテナンスされています。壁に掛けられた派手なウエアは90年代初めのゴールドウィン”ボルペネーベ”、最近のボード系ダボダボデザインは好みに合わないのですが、幸いに体形が変わらないので20数年前のウエアがまだ使えています。歳を取って怪我が心配ですので、昨年バイク用アーマーウエアを買ってありました。厳重にフル装備です。安いものですがメットも買いました。スキー場での衝突事故が報道されているせいかメット着用者も増えましたね。当初は夕食後、三俣唯一の居酒屋に行くつもりでいたのですが外は吹雪、TVでオリンピック観戦しながらの室内宴会に切り替えました。酒は越後ワイン。

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翌朝も相変わらずの雪模様、標高の高いみつまた・かぐらスキー場は吹雪で閉鎖の可能性もあるそうです。目の前まで来ていて残念ですが、下の湯沢のスキー場に場所変更することにしました。襟後湯沢・神立スキー場到着はまたまたゆっくりの11時頃、10:30~16:30まで使えるレイト半日券を購入。今は様々な用途のチケットが販売されていて便利です。

神立も雪でしたがごく軽い吹雪程度、昨日よりはかなりマシです。雪質は相変わらずの粉雪、滑りにも慣れて軽快に曲がります。フェイスマスク着用で顔も寒くないので天候は差ほど気になりません。寧ろ晴れた悪雪よりは良いかも。

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帰途渋滞に巻き込まれたものの19時頃無事帰宅。やはり今度は晴天の元滑りたいですね。日帰りでも、今シーズン中に再訪したいと思っています。

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