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2017年11月28日 (火)

京都・滋賀旅行

先週23日・24日で京都と滋賀(草津市)に行ってきました。仲良しオジン4人組でのゴルフ旅です。この仲間4人、元々は地元銀行での異業種交流会での出会いが始まりです。銀行と取引のある会社の50歳以下を会員とする若手経営者での会で、今回幹事役となったT氏は滋賀草津市を代表する地元有力企業の副社長、国内数か所を始め、タイ・フィリピン・中国・マレーシアにも工場を持つ中小企業の枠を超えた会社の跡継ぎです。彼が栃木工場の責任者として派遣されていた時期に知り合いました。他2人もこちらの地元での歴史ある優良会社の経営者です。私自身も、3年半前までは小さいながらも会社を経営していました。”社長同士”での付き合いというものでは会社規模が異なっても、ある部分”同格”扱いでお付き合いができます。(下請け等、経営上の取引のある場合はまた別です) そのお陰で、4人対等でのお付き合いが続いています。元々は前述若手経営者異業種交流会での役員同士でのお付き合いでした。そんな中、私が会長を務めた時の支店長が少々クセのある方でちょっとしたトラブルがありました。ただ、交流会会長と支店長との関係ですので表に出せない部分もあり、ひとり苦労していたのですが、「様子がオカシイ」と気付いた3人に飲みに誘われました。その折に心中を吐露したことで4人での仲間意識が高まり、会員同士の枠を超えた親密なお付き合いが始まりました。会の会長も、私の後がK氏その後がT氏と引き継ぐ事となりました。私自身は104年続いた会社を閉め、銀行とも交流会会員の多くとも関係が希薄になりましたが、そんな中、このオジン4人組での付き合いだけは変わらず続きました。T氏が滋賀の本社に戻ったために4人全員が揃う機会は減ったものの、飲み会にゴルフに時折集合しています。また、LINEでの朝1番の「おはよう!」を始まりに日々日常の活動報告も恒例となっています。

そんな4人組のゴルフ会、今回はT氏の地元に遠征してのゴルフ旅となりました。京都前泊の者も含め現地集合でそれぞれ滋賀へ、遠征3人の宿は草津駅前の同じホテルです。他に用事のあった1人を除く3人でまずは京都で夕食を取ることになっていました。写真は曇り空の合間に顔を出してくれた富士山と久し振りの駅弁。駅弁を食べる機会も減りました。

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ホテルにチェックインの後、集合までの時間を使ってひとり佐川美術館(http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/)を訪れることにしました。草津市のお隣守山市にありますが、地図で見るより少々遠くタクシーで4,000円ほどかかりました。佐川急便が創業40周年を記念して建設した美術館で、平山郁夫・佐藤忠良・陶芸家の樂吉左衛門の作品が収蔵されています。水を使った、水面と建物との調和の美しい美術館です。当日の企画展は浮世絵でした。外国人の姿も見える、観光客もほどほど訪れていましたがやはり、葛飾北斎の前ばかり混み合います。(笑)

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平山郁夫は、説明の必要もない有名人気作家ですが充実した収集です。「描かない事」の大切さを痛感する作品群です。アンコールワット等、細かい細工彫刻が刻まれているのでしょうが必要最小限の表現で纏めています。これが中々できない。ついつい描き過ぎてしまうのですよね。佐藤忠良の作品はブロンズ像ですので他数か所で観たことがあります。宮城県立美術館にも忠良館があります。記憶にある作品が多いのですが、それでも、佐藤忠良は想い出の作家です。1981年の新婚旅行(結婚は1980年)の折に訪れたロダン美術館で、「日本人初の個展」がたまたま開催されていました。当時は事前に得られる海外旅行情報は少なく、本当に偶然でした。そのために一層強い印象を受けましたし、同じ日本人として誇らしい気持ちにも成れました。リュックを担いで前日夜に翌日の行き先を決める、宿は行った先で探す、若い内にしかできない冒険的な新婚旅行でした。今考えると危うい気持ちになります。当時は欧州の治安も今より良かったですね。佐藤忠良館のみ撮影自由、ロダン美術館での当時のポスターも展示されてありました。

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タクシーで草津駅前のホテルに戻り3人で集合、京都を目指します。草津から京都は電車で20分の至近距離にあります。紅葉の京都は観光客でメチャ混み、T氏が予定していた夕食の店は2時間後にしか入れないとのことで、急遽京都駅近くの韓国料理店に変更しました。注文はプデ(部隊)チゲとチャプチェ(韓国風春雨料理)、私の希望です。久し振りの韓国料理でした。その後四条の馴染みの店に移動しての2次会、翌日のゴルフに備えいつもよりは早めにホテルに戻りました。

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翌24日はホテル前までお迎え頂いたT氏の車でゴルフ場へ。15分ほどでゴルフ場に到着。プロツアーにも使われる地元名門の琵琶湖カントリークラブでのプレー、T氏が会員になっていますので割引価格で利用できます。私自身はこのコース通算3回目でのプレーです。フェアウェイは平らで広いものの巧みに罠の張り巡らせられた難しいコースです。そんなコースで前回(4年前)は100を切り(99)それなりに自信を持って臨んだのですが、プレー直前に「バックでやろう!」と言うことになり大苦戦です。元々そこそこ距離のあるコースなのに、バックでは景色も変わります。ショートなのにドライバーで打つホールも。おまけに間には池が・・・。

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バックとレギュラーとでは全く異なるゴルフ場でした。速くて傾斜のきついグリーンはスコアの変化のない38→37でしたが、フェアウェイキープ率は50→28.6%と急落、パーオン率5.6→0%、ボギーオン率61.1→22.2%もこの通りです。成績も「120」の大叩きでした。でも苦戦は私だけにあらず、普段80代前半で周るK氏も珍しい101、全員が2桁スコアでした。それでもゴルフの楽しさはスコアだけにあらず、晴れた微風の中、4人の会話も弾み充実の時間を過ごす事ができました。プレー終了後会費を徴収、帰宅後に銀行入金しました。積み立てたお金は来年に予定している温泉1泊ゴルフ旅に使います。駅まで送って頂き琵琶湖線で京都へ、新幹線に乗り換え関東に戻りました。家内へのお土産は定番の生八つ橋です。

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2017年10月15日 (日)

森高千里ライブと版画展 上京

12日木曜日に上京、2年振りの森高さんライブ参戦です。個人的事情で当初はチケット確保に動かず不参戦を決めていました。しかし日にちが近付いて心が揺れ動いている時、ファン仲間から余っているチケットでのお誘いがありダメ元でお願いしてしまいました。結果無事参戦出来ました。「TOMORROW NEVER KNOWS」と題されたミニツアー、3日間で過去の3種類のライブを再現するという、ちょっと変わった企画です。短期間に3種類のセットリストでの歌唱・演奏を行う、練習が大変だったでしょうね。頭が混乱しそう。衣装は当時の物は残ってなく、再現したものだそうです。

今回は宿泊参戦を決めていました。宿は東陽町のイースト21、前回家内との宿泊上京でも使ったホテルです。スカイツリーが見えるホテルですが、当日はお天気が悪く景色は良くありません。チェックイン時にトラブル。「予約が見当たりません」とのこと。確かに予約確認メールも届いていて、予約はされているはずなのですが・・・。部屋はあり、無事泊まれはしました。当日料金だと高くなってしまうのですが、元々の予約したはずの料金で対応して貰えました。部屋に入った後でPCメールを確認、私のミスだったことが判りました。1月前の9月12日で予約してしまっていたのです。ホテルの対応の善し悪し、トラブル時に判ります。さすが、オークラ・JALグループホテルでした。また利用しようと思います。反対に以前1度だけ使ったことのあるアシアナ航空は、その1回でトラブルがあり、2度と使いたくないと思ってしまっています。トラブル時には、普段見えない姿が見えるものです。

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昼前に足利を出発、時間に余裕があれば画廊くらいは観て周るつもりだったのですが、予定外の体調不良、ギリギリまでホテルで過ごしグッズ販売にも間に合いませんでした。

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会場(Zepp Diver City)に到着したのは丁度グッズ販売の終了時間でした。ファン仲間たちに挨拶するも今一つ気持ちが盛り上がりません。昼食がほとんど腹に入りませんでしたので。非常食のバナナが頼りです。

私の参戦したのは3公演の最後、「LUCKY SEVEN」です。足利市を舞台とした「渡良瀬橋」を収録したアルバムであり全国ツアー名でした。足利でのライブは1993年6月15日、この時すでにファンではありましたが、ライブは観ていません。前月の5月に40歳になり、大多数のファンは20代ですのでその中に入って行く勇気がありませんでした。世代的に周囲にもファン仲間は居ませんでしたし。当時まだ、私の愛車にはCD再生装置が無く、買った「LUCKY SEVEN」アルバムはカセットテープでした。「渡良瀬橋」はシングルCD、次のアルバム「STEP BY STEP」からはCDで買っています。丁度境目の時期だったのですね。

アイドル系に夢中になった経験のない私が唯一好ましく思ったのが森高さんでした。今考えても、一般的なアイドル枠には収まらない歌い手さんです。若い頃に好きだった女性歌手はジャニス・ジョプリン、スージーQ、ユーミン、ティナ・ターナー、小比類巻かほる。森高さんの前後に買っていたCDはマライア・キャリーやBoAでした。(ファンの方には申し訳ないのですが)松田聖子は大嫌いでしたしおニャン子などには全く興味を感じませんでした。海岸を「南の風に乗って走る」など、体育会の鍛錬でしか思い浮かばないです。寧ろ、海水浴に行って、渋滞したり駐車場が満杯だったり海がゴミで汚れていたりが現実的です。森高さんの歌詞は、リアルですし、ご本人もロッカー魂を持ったアイドルなのだと思います。ちなみにアルバム「LUCKY SEVEN」から、ドラムはほとんどご本人が叩くようになりました。ライブでもご本人ドラムから始まります。

今回のZEPPでのライブ、2階席以外はオールスタンディングです。チケット番号順での入場、先に入場した人から立ち場所を占拠します。私は400番台でしたが、それでも比較的前の位置を占めることも可能でした。しかし体調がイマイチですので、多少後ろになっても仕切り棒に寄り掛かって見られる位置を選択しました。これは正解でした。中途半端な位置で押し押されしていては立っているのも大変だったかも。森高さんの全身は見えませんでしたし、いつものようにノリノリではしゃぐことはできませんでしたが、控えながらも現状での最善にはライブを堪能できたと思っています。上記のように24年前のライブは知りませんが、今回のライブの上質だったことは判ります。復活当時より更に動きは良くなっていますし、声もよく出るようになっています。年齢を経ても新しい挑戦をする勇気・意欲と「現状維持」ではなく、若い頃を超える勢いでのパフォーマンスに感嘆しかありません。24年前も参戦していた某氏「100%は望めない、80%で良いと思っていたら150%のパフォーマンスを見せられた!」と感動していました。まさにその通りだったのでしょう。アイドルを超えたアイドルロッカー森高千里の本領発揮したライブイベントでした。ライブ終了後には(終了時間が遅かったので)宿泊組を中心にファン10名で居酒屋打ち上げをしました。ホテルに戻ったのは深夜2時近くでした。体調不良でやるこっちぁない。(笑)

写真は森高さんモノマネ芸人でファン仲間でもあるナナちゃん。TV「ボンビーガール」で一躍有名になりました。ついでにお台場ガンダムの写真も。

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ライブ翌日は上野・都美術館での「版画展」を観て帰りました。渋谷での展示会も観たかったのですが、体調を考慮、チェックアウトぎりぎりまでホテルで休養してスケジュールを絞りました。

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日本版画協会主催の第85回記念版画展です。友人の多摩美大教授丸山浩司氏が版画協会会員でチケットを手配して頂きました。最初の画像が版画協会賞受賞作品ですが、反射で私と背景が写り込んでしまってよく判りませんね。面白い作品でしたが。

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撮影禁止で無いのが嬉しいですね。ただ、ガラスが反射して上手く撮れません。

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日中現代版画交流展も同時開催でしたが、気に入った作品がほとんどありません。こと版画に関しては、日本の方が数段レベルが上のように感じています。これは世界的にも、なのだと思っています。もっともその最上級は北斎・歌麿・写楽・広重でしょうが。中国作品で個人的に目を引いたのは下の1点のみです。日本作品は、だいぶ絞っています。

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友人の丸山教授の作品、同じくコレクションしている国画会会員、若い頃からの知人角田元美氏の出品作も写してきました。最後の部屋で版画小品を販売していて、1点買い求めました。1万円で。堀江良一という名古屋出身の版画家さんです。もちろん購入作ではありませんが、堀江氏の出品作も載せておきます。販売コーナーに行く前に写したものですので、元々気になっていた作家ということです。出していないのか売れたのかは判りませんが、丸山・角田両氏の作品は販売コーナーにはありませんでした。

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この後、東京では観たい展示会が目白押しです。また近々、今度は万全の体調で上京したいものです。

2017年10月 9日 (月)

ここ暫くのお出かけ・できごと

前回10/07の書き込みの前が8/15、だいぶ間隔が空いてしまっています。「何事もなかった」わけではなく、寧ろ行事が多過ぎて書く間もなく次が始まってしまって書き損なった、といったところです。また、Facebooにちょこっと書いてそれで済ませてしまった部分もありますね。過ぎてしまった事柄ですが、簡単に書き留めておきたいと思います。

8/14が昨年亡くなった父の新盆棚経、そこは8/15に書きましたが、続いて16日には施餓鬼大法要がありました。菩提寺を訪れて供養します。新盆を迎える遺族の皆さんが本堂に集まり読経の中焼香します。その後お墓参り。ちなみに当家菩提寺:法玄寺は市内でも由緒あるお寺です。1196年、源姓足利市二代目足利義兼の正室時子(源頼朝正室北条政子の妹)の供養のために義兼の長子義氏の開いた寺で、境内には時子の碑があります。また、書家相田みつを氏のお墓もあります。

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17日は渡良瀬川にて灯籠流しがありました。おそらく子供の頃に来て以来だと思います。夕6時過ぎに訪れましたが、もう少し暗い(遅い時間)の方が雰囲気が出るかも知れません。思った以上に大勢の人たちが訪れていました。皆信心深いのですね。

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父関連の行事、少し日を置いての昨日(10/08)は一周忌でした。市内ホテルの9階レストランにおいて、喪主である母、母方の親族(千葉市より)とお隣佐野市在住の姉夫婦、姉の次男夫婦、私の娘夫婦、息子、妹そして3年半前に閉めた会社で長年勤めて頂いた社員数名と故人の曽孫2人での供養です。父は四国愛媛の出身です。兄弟は一番下の妹さんが1人残ってはいるのですが、遠方ですしもうお歳ですので来足は無理です。愛媛・千葉の夫婦ですので元々地元での親戚は少ないのです。それでも20人+小さいのが2人で賑やかに明るく、故人を偲ぶことができました。これで取り敢えず父関連の行事はひと段落、慣れない初めての仕切りばかりでいささか疲れました。

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8/20には市内陸上競技場にJFL栃木ウーヴァのサッカーの試合観戦です。対戦相手はHondaFCでしたが負けてしまいました。現在JFL16チーム中15位と低迷しています。

「伊香保ゴルフ倶楽部」 8/29日は平日ゴルフ。火曜日休みの2人と火曜日でも休める友人と。旧名は”岡崎城コース”、以前は”清瀧城コース”という姉妹コースがありましたがそちらは閉鎖されています。以前は時折訪れていたゴルフ場ですが、調べてみたら前回は2010年、久々のコースです。比較的平らなコースですが、距離があり飛ばない私にはミドルもロングに感じられて苦労します。このゴルフ場の”売り”は何と言ってもお昼のバイキングです。種類も多いし味も満足、これまでプレーした中での断然NO.1です!お昼休憩時間の長過ぎるのは苦情の元ですが、ここではもっと長く時間が欲しかった。難はお風呂、だいぶ老朽化が目立ちます。ロッカーは2段式ですが、特に狭さは感じませんでした。

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9月に入って8日・9日と1泊での茨城旅行。以前某銀行の若手経営陣での異業種交流会の会長(2年任期)を務めたことがありますが、今年はその会の北関東交流会(北関東4支店での交流会)25周年とのことでOBである私にもお誘いがかかりました。8日に1人で車で出発、25年前の発足時の会にも出席しましたが、その頃は北関東道が無く会場の大洗は遠く感じました。高速道の威力は大きいです。随分と近くなったものです。途中水戸市内のワインショップに立ち寄りました。以前水戸支店交流会の会長を務めていた女性オーナーはすでに大洗の会場に出かけていて不在ですが、ワイン2本とシードル(リンゴ酒)を買いました。オーナーとはその夜、ホテルの宴会場にてご挨拶させて頂きました。

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大洗到着、ホテルチェックイン前に目の前の大洗磯前神社(いそさきじんじゃ)に詣でました。太平洋に面した鳥居が印象的な神社です。

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「大洗ゴルフ倶楽部」 翌日はホテルすぐ隣の名門ゴルフ場でのコンペでした。プロトーナメントを何度も開催、2013年のダイヤモンドカップゴルフでは松山英樹プロが優勝しています。私自身は3度目のチャレンジですが、フラットながら距離があり、低く垂れ下がった左右の松林がフェアウェイを狭めて少しでもラフに入ればグリーンを狙えませんし、フェアウェイにあっても落し処が制限される難しいコースです。バンカーも深いしグリーンも速くて微妙に切れる、何処を取っても私の太刀打ちできるコースではありません。プレー代も土日は3万越えですので(今回は割引で29,000円程)そうそう行けるコースでもありません。初めてのチャレンジ(多分2004年、ゴルフを始めて間もない頃)ではおそらく150~160位だったと思います。前回2012年は「134」でした。それに比べれば今回の「115」は目覚ましい進歩です。目標だった「110切り」は果たせませんでしたが、まぁまぁ満足できる成績です。

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9/16にはメットライフドーム(西武ドーム)にて野球観戦。ライオンズの応援ですが、ここ暫くナマでは勝利を見ていません。私が行くと負け続け・・・。今回の対戦相手は優勝マジック「1」のソフトバンク、そう、ソフトバンクの優勝、工藤監督の胴上げを見てしまいました。

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勝てなかったことは残念ですが、ソフトバンクの優勝に関してはあまり悔しい感覚はありません。今年は断トツでしたし、優勝監督も西武出身の工藤監督です。清原は西武OBと認めたくないのですが、根本監督を慕って移籍した工藤・秋山に関しては西武OBとしての愛着を持ち続けています。

翌週の23日は高校の同窓会&同窓会ゴルフでした。2008年以来、毎年開催しています。ゴルフ会は市内城山CCにて新ペリ2組でのミニコンペ、その夜の同窓会は市内蕎麦店の2階貸し切りでの開催でした。今年の参加者は20名。

10/01は関東大学対抗戦での母校青山学院大の応援。今年は珍しく地元足利陸上競技場での開催です。相手は早稲田大学、おそらく早稲田OB会が誘致に動いたのでしょうね。対抗戦で早稲田に勝ったことはないのですが、今回も大差で負けました。スクラムでもタックルでも、体力・迫力負けしています。

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長々と書き連ねましたが、やっとお終いです。ね、行事多かったでしょう。追伸でもうひとつオマケ。6/02のブログに書きました「パステル画講習会」ですが、8/04で講習会は一応終了しました。希望者を募って自主運営愛好会として存続することになり、流れで私が会長就任となりました。月1回は以前通りに先生をお願いして講習会を開催、それ以外は会員だけでの自主活動になります。市からの援助の無い会費制愛好会ですので、毎週先生をお願いする予算はありません。自由参加での野外スケッチでも予定に入れて活動して行きたいと思っています。会員は現在11名です。

2017年6月 2日 (金)

「パステル画講習会」に通い始めました。

小学校の頃に絵画教室に通ったのは親の意思でした。ただ、「芸術家に育てよう」とかの気持ちのあったわけではないようです。高校卒業時の「芸術系の大学受験」という希望は無下に却下されました。

中学で初めて油絵を描き、ゴッホに憧れました。高校では美術部部長、大学では副部長でした。大学在学中に幾つかの大学の美術部員を集めて「卒業後も描き続ける」ことを目標に絵の会を作りました。その会は、40年以上経った今現在も存続しています。私の方は絵からはすっかり遠ざかり、最後の出展は今は昔、ほぼ毎月開かれている例会も、実技部門では2009年にヌードクロッキー会に参加したのが最後、それ以降は年2回の展示会をたまに観に行って打ち上げに参加する程度、ほとんど会費を払うだけの会員となっています。そんな幽霊会員も、「また描き始めたい」との思いは心底に残っていました。ただ「いつか」と思うだけではその「いつか」はいつになっても訪れません。油絵をと思っても、昔の画材は(絵の具が固まってしまい)もう使えません...。買い替えなければ、と思うだけで挫けていました。写真は2009年でのクロッキー会での作品。

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そんな折、市の広報での「パステル画講習会」参加者募集に反応してしまいました。クレパスは昔少し描きましたが、パステルは未経験です。それでも、油彩よりは気軽に描き始められそうに感じましたし、ひとりで、よりは講習会参加は描き始める切欠になりそうです。思い切って申し込んでみました。その初日が今日でした。参加19名中17名が女性、男性は私を含めて2名だけです。こういったサークル、何処でも女性が中心、男性は元気がありません。
初日の今日は説明や自己紹介、基本説明の後、実技は”試し描き”程度でした。初めてのパステルはまだ具合がよく判りませんが、短時間の割にはなんとか恰好はついたかも知れません。これから週一の講習があと9週続きます。次回までに1度、野外スケッチにでも出かけてみようかとも思っています。元々は今年夏の東京での展示会への「たまには出品してよ」との久々出展依頼が始まりです。それまでに出展できそうな作品が仕上がるかどうか?ぼちぼちやってみます。

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2017年3月30日 (木)

”刀剣女子”がやって来た!

今週末4月2日まで、地元足利市の足利市立美術館にて「山姥切国広展(http://www.watv.ne.jp/~ashi-bi/2017kunihiro.html)」なる企画展示会が開かれています。戦国時代の刀匠・堀川国広の代表作と言われる、重要文化財「山姥切国広」が展示されています。以前、国広が足利学校で打ったとの、足利市民財団所蔵の短刀「布袋国広」が同美術館で展示されたことがあり、家内と訪れました。その折、”刀剣女子”という言葉を初めて知りました。刀がイケメン男子に擬人化された「刀剣乱舞」なるゲームがあり、その流れで刀剣に興味を持った女性達を”刀剣女子”と呼ぶとか。「布袋国広」展示の折にも、それらしき、普段市立美術館ではあまり見かけない若い女性客をチラホラと見かけました。今までも”御朱印ガール”とか”歴女”とかの話題がマスコミで取り上げられましたけれど、私自身御朱印帳は持っていますが、それらしき姿に遭遇したことが無く、「珍しいから」「少数だから」話題として取り上げられるだけ、との認識でいました。それが今回は大きく事情が異なっていました。

展示会初日、「入館4時間待ち」との、全く予想外の情報が入ってきました。それ以降でも、美術館周辺はもちろん、駅から美術館へ向かう道筋、足利学校周辺等でも、”刀剣女子”らしき姿を平日でも頻繁に見かけるようになりました。展示会に合わせた”國廣メニュー”提供の飲食店では、昼時に長蛇の列のできているのも目撃しました。人口減少、ドーナツ化、そして地方都市特有の車社会ですので、普段の街中は歩く人をほとんど見かけません。こんなに歩く人を見るのは、13年の森高千里さんライブの折以来かも知れません。それも、森高さんライブの折は2日間のみライブ会場への行き帰り時間のみですが、今回は会期中ずっとその状態が続いています。会期当初の「4時間待ち」対策として会期途中からは整理券の配布が始まり、指定入場時間までは市内散策に出歩けるようになり、足利学校や鑁阿寺等でも広く”刀剣女子”を見かけるようになりました。30年?も昔に一時「信長の野望」に嵌った時はありましたが、それ以降ゲームに夢中になったことはなく、今回の事態は想像の他でした。

28日の火曜日、話のタネに美術館へ行ってみることにしました。午前中は混み合うだろうからと午後ゆっくりに出て、到着は午後3時頃でした。しかしこれがまた事態を軽く見過ぎていたことになります。平日にも関わらず、入館できるのは早くに来て整理券を得た人達のみでした。整理券配布で館外に人込みはありませんが、館内には「午後3時入場」の整理券を持つ人の列ができています。

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もう入館はできないわけですし、元々刀剣には差ほどの興味を持つわけでもなく、興味の方向は”刀剣女子”にあったわけで、残念な気分もあまりなく美術館を後にしました。後は刀剣女子ウォッチング、市内をブラ歩き、鑁阿寺を目指します。

途中「ハマダプラザ(旧ハマダレコード)」店内を抜けてみました。ここの社長さんは今回の「國廣降臨」企画の中心人物の一人です。店内カフェは刀剣女子で埋まり、オリジナル関連グッズ「刀剣クランチチョコ」や刀剣乱舞関連のグッズ賞品が並んでいました。重要文化財・山姥切国広は個人所有です。その出展を粘り強く交渉してきた美術館関係者、そして商店会を動かしポスターや旗指物の制作や設置を行った浜田さんを始めとする方々、その苦労は並大抵ではなかったものと想像します。”街興し”は行政頼みでは決して成功しません。こういった現場の方々の地道なご苦労の上にしか成立しないものと思います。

今回のイベント盛況の要因は、もうひとつ重要なものがあると思っています。それは「足利」という街そのものが持つ歴史です。単に「刀の展示会」だけではこれだけの盛り上がりにはならなかったと思います。山姥切国広所有者が展示を許可下さったのも、堀川国広所縁の足利学校のある足利だったからこそでしょうし、訪れる”刀剣女子”の皆さんにも、鎌倉・室町の風情を残す足利学校・鑁阿寺の存在は欠くべからざるものであったと想像します。地元に住む人々にとっては当たり前の日常で、単なる田舎、地方都市にしか過ぎないのですが、こういった時には、文化資材に恵まれた土地柄なのだと、思い知らされます。鑁阿寺にも足利学校にも、多くの”刀剣女子”の姿を見ることができました。

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ちなみに、足利学校内にある森高千里さん植樹の藤、今年は花咲きそうです。時期は4月下旬から5月初めでしょうかね?

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2017年2月10日 (金)

片山真理「帰途」 群馬県立近代美術館

先月に行った時、時間の関係で周れなかった片山真理さんの展示会、今日改めて行ってきました。『片山真理「帰途」』、会場は群馬県立近代美術館です。

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ブールデルによる、入口の大きな馬の彫像が印象的な群馬県立近代美術館、収蔵品も充実しています。何回も観た作品群ですので、今日は軽めに鑑賞しました。隔年開催の「群馬青年ビエンナーレ」が同時開催です。片山真理氏の注目された切欠となった公募展です。当時は市立太田商業高校在学中だったそうです。そういった関係でのコラボ企画なのでしょう。もちろん、青年ビエンナーレの方も観ました。大賞作品は確かに面白かったですね。意味はよく判りませんが。しかし(作家の)女性比率が高くなっていますね。友人が美大の教授をやっていますが、やはり学生の女性比率は高いそうです。

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片山真理さんの展示会は原則”撮影自由(動画は不可)”ですが、今回は公立美術館が会場ですのでどうか?と思っていたのですが、その一画だけ、撮影可になっていました。もちろん、他の鑑賞者への配慮は必要です。

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「帰途」とのタイトルが示すように、今回は故郷で撮ったセルフポートレイトが多く展示されていました。切断された下肢を晒すその作品は、鑑賞者への挑戦なのか抵抗なのか、理解者を装う偽善を強く指摘されているような、強迫観念を感じます。見てはいけないものを見ているような背徳感と内心の軽薄な興味心、内面を揺り動かされる不安感と同時に微かな快感、見透かされ弄ばれている如く支配されてしまいます。会場中央に吊られた立体作品には、「内臓までも晒す」ような意図まで感じられてしまいます。この先どこまで行くのか、怖いもの見たさの期待が膨らみます。

2017年1月22日 (日)

片山真理展覧会「19872017」

高崎まで展覧会を観に行ってきました。片山真理展覧会「19872017」http://www.gateaufesta-harada.com/event_news/detail/61

元々は群馬県立近代美術館で彼女の展覧会を開催中です。県立近代美術館の方が新作、ラスクで有名になったお菓子屋さん「ガトーフェスタハラダ」ギャラリーでの方は、題名の通り1987~2017年、今までの作品の回顧展のような立ち位置のようです。昨年の六本木森美術館でのものを始め3ヵ所での展示会を観ていますので、観た作品も多かったのですが、西洋のお城風の円柱を背景にすると雰囲気も異なってきます。時代の異なる作品群を一挙に観ることのできたことも興味深かったです。広く綺麗な会場で観易かったのですが、独特のおどろおどろした趣は薄くなってしまいます。入場無料、写真撮影自由です。(動画は不可)

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何年か前、群馬県立近代美術館で「群馬青年ビエンナーレ」を観た時に過去受賞者(2005年奨励賞)として名を知り、お隣太田市在住ということもあり興味を持ったのが始まりです。昨年は森美術館での「六本木クロッシング2016」と3331アーツ千代田での個展とを観に行きました。そういった見方が作家本人にとってどうなのかは判りませんが、ヴンダーリッヒや金子國義に魅せられた時代もあり、彼らの絵や四谷シモンの人形が命を得て動き出している、そういった魅惑を感じてしまいます。ガトーフェスタハラダでの展覧会の方は期間が短く、今日しか行けそうな日がありませんでした。その今日も、県立近代美術館と両方を巡る時間はありません。そちらは3月20日まで期間がありますのでまた来月にでも行ってみようと考えています。

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2017年1月18日 (水)

平成倶楽部鉢形城コース と 鉢形城

最近(楽天GORAクチコミでの)高評価ゴルフ場でのプレーが続いています。12月初旬のレーサムゴルフ&スパリゾート「4.7」、富岡倶楽部「4.5」、大晦日に再びレーサムゴルフ&~、そして今日は平成倶楽部鉢形城コース「4.5」でした。ちなみに来週には太平洋クラブ佐野ヒルクレストコース「4.5」が控えています。決して突然に景気が良くなったわけでは無くたまたま続いただけで、今日のゴルフも初対面の方も含むメンバーでの、普段とはちょっと趣の異なったお誘いでした。しかも、その初対面の方の設営による、かなりバブリーなゴルフ場にも係わらず、キャディ付き11,000円(昼食込、税別)という、平日にしても格安の料金でした。

平成倶楽部鉢形城コースは、埼玉県寄居町にあります。「鉢形城」という名前に興味を持ち調べてみると、ちゃんとその名の”お城”がありました。建物は残されていないものの城跡は歴史公園として保存されているらしい。折角なのでこれは見ておかないとイケンだろうと、早起きしてプレー前に立ち寄ることにしました。ナビ検索では北関東道・関越道経由花園ICからのルートの方が若干は速そうでしたが大差ないため、一般道にて向かいました。結果的には城跡目当てのこの”早起き”が幸いしました。どうもついつい忘れてしまいます、平日ゴルフの弱点”通勤渋滞”を。寄居町到着時点では道路もだいぶ混み合ってきていました。当初予定の出発時間では、途中早くから渋滞に巻き込まれて危なかったかも知れません。

「鉢形城」は、山之内上杉氏の家臣長尾景春の築城と伝えられているそうです。その後、後北条氏の所有となり、北関東支配の拠点として武田信玄の侵攻をも防いだ難攻の城だったそうです。豊臣秀吉の小田原攻めの時に前田利家・上杉景勝等の軍勢8万(昨年のNHK大河「真田丸」の真田勢も参加)に囲まれ、1か月余の籠城の末に開城しました。山城ではないのですが、荒川と深沢川に挟まれた天然の要害として幾度もの籠城に耐えた名城だったようです。歴史公園内には、門と石垣の一部が再現されているだけで建物はほとんどないのですが、一般の住宅等に浸食されることなく、かなり広範囲に城跡が残されています。掘割や曲輪跡など、人工的な高低差が往時を偲ばせ想像を掻き立てます。”城跡”としてはかなり魅力的な場所と感じました。

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さてさて城跡散策の後は本番のゴルフです。平成倶楽部鉢形城コース(http://www.yc21.co.jp/heisei/index.php)は、上記鉢形城から車で3分ほどの場所にありました。平安朝寝殿造りのクラブハウスが売りの”高級接待コース”だそうです。確かに設備は豪華、接客も丁寧、余裕を持って少々広過ぎるくらいのロッカールームにはちゃんと私のネームも入っていました。キャディ付き原則のゴルフ場です。そんなゴルフ場も、今回は特別に割安なプランだったようですが、以前には考えられなかったコストパフォーマンスでプレーすることができるようになっています。

朝8時40分過ぎのスタートでしたが、さすがに冷えて地面も池も凍っています。ティーはもちろん刺さりませんし、アイアンで叩くと金属的な音がしました。フェアウェイの広い丘陵コースですが、キャディさん無しでは苦労しそうな戦略性もあります。OUTスタートの1番ホール、バック・レギュラー・レディス、そのすべてのティーグラウンドの前にウォーターハザードが刻まれています。つまり、レギュラーティーからは2本のハザードを超える必要があります。ま、普通に飛べば何ら問題の無い位置ではあるのですが、腰の回らないスタートホールではプレシャーになります。いの一番を引いてしまった私は見事に期待に応え、いきなりの池ポチャスタートとなりました。他にも池の効いているホール、ガードバンカーの厄介なホール、広めのフェアウェイも決して平らではなく、刻むのか狙うのか、初めてではキャディさんの助言が不可欠です。グリーンは、さすがオールキャディコースですのでディポットはほとんどなく綺麗でした。朝方は凍っていてアプローチは止まりませんが、パッティングでは特別に速いグリーンではありませんでした。ただ今日は、平日でもあり、キャディさんの話では「やや難しめの位置にカップが切られている」とのことでした。そのせいか、滅多にない現実的バーディチャンスを2度とも外してしまいました・・・。池ポチャの+5でスタートした前半はトリ・ダボ続きで7ホール目で初めてのパーが来たものの「56」、後半はOBがひとつあったものの、パー1個にボギー5つと持ち直し、久々のハーフ50切りの「49」でした。初めてのコースでの「105」は上々でしょう。ドライバー、フェアウェイウッドはまあまあ良かったのですが、アプローチミスが多過ぎました。トップはなかったのですが、ダブリでの無駄な1打が何回も・・・。

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午後ロッカーにスマホを置いてきてしまったもので、コースの写真は少ないのですが、綺麗で庭園風、かと思えばややトリッキーなホールもあったりして、ホールそれぞれに個性作りされています。お天気も良く、雪化粧の男体山も綺麗に見えました。昼食の蕎麦も美味しかったです。大浴場が、最近では珍しい”湯煙”けぶる浴場でした。わざとなのか換気が悪いのか判りませんが、昔の温泉場のようでちょっと懐かしい思いもありました。

プレー終了後再び鉢形城公園へ。早朝では開いていない「鉢形城歴史館」を見学しました。城の再現模型や出土品、資料が展示されています。山之内上杉氏時代のものは少なく、後北条氏由来のものが中心です。城跡としてはかなりの規模の史跡ですので、曲輪の一部でも再現できればと待ち望まれます。

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2016年12月21日 (水)

先週15日の上京

一週間経ってしまいました。書き込みに、どうもタイムラグができてしまいます。先週15日(木)、ちょっくら東京に出かけてきました。今回の目的は4ヵ所、そんな忙しいスケジュールを立てると周り切らなくなることが多いのですが、今回は珍しく完走できました。

8時発の特急で出発、早起きはしたのですが自宅でゆっくりし過ぎてギリギリ乗車、指定券を買う暇がなく車内で購入しました。ここで乗り遅れたら完走は無理でした。最初の目的地は上野、上野の森美術館で開催中の「デトロイト美術館展」です。米国自動車産業の最盛期、圧倒的な資金力を背景に集めた印象派を中心とする欧州近代絵画コレクション展です。売りはゴッホの自画像でポスターにも使われています。入館料は1,600円。

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上野の森美術館を訪れるのは久し振りです。私の大学浪人中の1972年の開館ですので、開館時の印象が残っているせいか、未だに”新しい美術館”との思いが払拭できません。(笑) 当時は(今も?)現代美術の紹介をメインテーマとした美術館でした。上野の美術館群、国立・公立のイメージがありますが、こちらは”私立”美術館、フジサンケイグループによる開館です。どの展覧会をどの会場で観たのか、記憶のはっきりしない部分も多いのですが、学生時代に魅せられた当時の最新現代美術、スーパーリアリズムやシルクスクリーン作品などは、ここ上野の森美術館で最初に観たような気がします。

開館直後(9分後)に入館、平日でもありさほど混んではいませんでした。目玉のゴッホ自画像は思ったより小さな作品で、1点だけぽつんと展示されてあり、少々物足りない思いもありました。ゴッホのもう1点、川辺のボート遊びを描いた作品の方が迫力がありました。モディリアニの肖像画群も印象に残った作品です。圧巻はピカソの婦人像でした。輝くばかりのピンクがかったジョンブリアンは眩しいばかりの迫力でした。ピンクの時代やキュービズム時代の作品もあり、ピカソ作品は充実していたように思います。私の好きなマティスは2点、大きな作品ですがかなり粗く、近距離で観るとどこが良いのかよく判らない、でも離れて観るとしっかり完成されています。マティス作品には当たり外れがあるというか、その時の自身の内心状態で感じ方が異なるように思います。今回の2点はうまくマッチングしませんでした。ボナールは1点のみ、相変わらず心安らぐ色使いです。中学生時代から油絵を描き絵画好きでしたが、当時観ることができたのは画集の中だけです。初めて本物を観ることができたのは中学3年生、友人と3人で訪れた上野西洋美術館での絵画展でした。どこの美術館展だったかは忘れましたが、海外の美術館作品展だったと思います。その時に観た、ボナールの「逆光の裸婦」に魅せられました。ほとんど”恋”してしまったほどに。(笑) デトロイト美術館展、充実はしていましたが、予想よりも作品数は少なめでした。ちょっと力抜け。月曜火曜には写真撮影が許可されるそうですが、当日は木曜日、下の写真は最新コピー技術による立体模写(油絵の具の盛り上がりも再現)2点(ゴッホとマティス)とポストカード(ピカソ)です。

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次の目的地は新宿、知り合いの個展が開催されていました。知り合いと言っても、もう30年近く会っていません。大学生時代、美術部に属していました。大学間交流で知り合った他大学美術部員達と大学横断の”会”を作りました。私の所属した青学と芝浦工大、上智、共立、聖心を中心に、東工大や東大、日大等の学生が集まりました。メンバーの入れ替わりはありますが、その会は今でも続いています。私自身はすっかり描かなくなってしまいましたが、年2回の展示会は継続していて、私もたまには上京して交友を温めています。

今回個展を開催したのは会創設時のメンバーのひとり、当時は共立女子大の学生でした。そのまま画家になった数少ないひとりです。「伊藤和子展」小田急百貨店10階アートギャラリーでの開催でした。今回はたまたま他の作家の展示会を検索していて見つけたのですが、以前にも1度展示会を訪れたことがありました。その時はたまたま本人不在でした。今回はお会いできました。お互いの年を経て、街ですれ違ったら判らなかったでしょうね。会場で写真を撮りませんでしたので、デパートHPでの作家紹介写真と過去作品を載せます。写実系の油絵作品です。

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3ヵ所目の目的地は神田小川町、これは絵画展ではありません。スキー靴の購入が目的です。初めてスキー靴を履いたのは小学生の時、群馬・大穴スキー場でした。その後暫く間が空いて、高校時代の体育授業でのスキー合宿を経て、大学時代に夢中になりました。11月の狭山スキー場(人工)を皮切りに、天神平かかぐらスキー場での滑り初め、上越(岩原、新日本、湯沢等)・白馬(佐野坂、青木湖、八方等)には毎年数日から1週間程度滞在していました。今考えると、よく金が続いたものです。初めての板はカザマ、靴はミズノでした。これは親に買って貰いました。その後はバイト資金で購入、買うのはいつも神田小川町でした。当時はスキーバブル時代、小川町にはスキー屋が林立していました。高いニューモデルには手が出ませんので、前年前々年の型落ち品をあさり歩いていました。滑る回数の減った近年は、板はレンタルで済ませています。最近はレンタルでもそこそこの板を置いています。靴の方は昨シーズンの滑降中にサロモンの底が剥がれました。crying 経年による劣化です。他にハンソンが残っているのですがこれも古い型ですので危なそう、買うことにしました。

リフトに長蛇の列を成したのも今は昔の物語、今では、地方都市ではスキー用品を扱う店もほとんどなくなりました。選択肢を得るには東京まで行くしかありません。当時に比べると随分店数は減りましたが、そこは東京小川町、買い迷うだけの選択範囲はあります。何軒か巡り試着して、ある店の靴にほぼ決めかけていたのですが、最後にもう1軒、懐かしい名前の「ニッピン」を覗いてみました。学生時代によく訪れた店でした。ここで見つけたのがラングのレディス25.5cm、昨年モデル現品限り税込み29,000円ほどの品でした。足サイズが小さいですのでレディスでも可能、同じレベルのものですとレディスの方が安いのが一般的です。もうガンガン滑るわけでもありませんし、脚力も落ちていますのでその意味でも丁度良さそうです。何より、試し履きした時のフィッティング具合が即断レベルでした。前の店で妥協しなくて良かった~! ラングは学生時代の憧れの靴でした。当時は一段高かった印象があります。今では特に人気のブランドではありませんが、やはり当時の思いも影響していたのかも知れません。今年中はもう無理ですが、スキー場に行くのが楽しみです。

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最後に上野に戻りました。東京都美術館で開催されている「ゴッホとゴーギャン展」を観るためです。こちらは上野の森美術館より1時間遅い17時半まで開いています。美術館到着は16時。会期終了間近(18日まで)でしたが、この時間帯は、混んではいるものの鑑賞に堪える範囲内でした。デトロイト美術館展の半券で100円引きの1,500円で入館、珍しく音声ガイドも借りました。(520円)

バルビゾン派の影響を受けたオランダ時代のゴッホの暗い色調の作品に始まり、パリに出ての印象派との出会い、そしてゴーギャンとの出会い、時代を追って2人作品と同時代作家達の作品が展示されます。所々に2人の、ゴッホの弟テオや同時代の画家ベルナール等に宛てた手紙の文章の一部が例示され、2人の関係性が浮き彫りにされます。アルルでの共同生活と破綻、ゴッホの死、ゴーギャンのタヒチへの移住、交錯する2人の思いがその作品によって語られます。企画として面白く、作品の質量共に大変充実した展示会だったと思います。惜しむらくは、私の事情ですが、時間が足りませんでした。鑑賞半ばで「閉館30分前」のアナウンスがあり、後半はかなりはしょって観ることとなってしまいました。

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ゴッホ、日本では大変人気のある作家ですが、私にとっても特別の人物でした。中学高校時代は憧れであると共に、若者特有の傲慢さで”目標”でもありました。ある時、16歳当時のゴッホのデッサンを画集で観て、同年齢での自身の技量との差に呆然自失した記憶が残っています。大学2年次での初海外旅行では、団体旅行であったにも関わらず自由時間がかなりあり、友人と2人で旅程にはなかったゴッホ美術館を訪ねました。ネットはもちろんたいした情報もない時代、ガイドブックも持たずに言葉も通じず、どうやって行ったのか記憶にありません。若者特権の行動力、というか恐れ知らずというか、あまり考えていませんでしたね。欧州の治安も、今よりはずっと良かった気がします。

最後は忙しかったものの、充実の1日でした。

2016年8月 8日 (月)

金曜日から昨日まで

イベントが続くと書き込みが遅れます。

先週の金曜日は展覧会を観に東京へ。目的地は2か所。最初は池袋にある画廊へ、知人が版画公募に入賞しました。「The 1st TKO International Miniprint Exhibition 2016」という、版画小品(ミニプリント)を集めた展覧会です。今回新しく始まった公募展で、世界43か国からの応募があったそうです。330作家、599作品の中から、知人は審査員特別賞を受賞しました。会場に置いてあったパンフレットは立派なもので、まさかと思い確認したのですが”無料”でした。申し訳なくも頂いてきました。

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欧州やアジア、様々な国からの応募があった公募展ですが、こうしてみると日本の版画レベルの高さを実感します。入賞した知人の、これからの益々の活躍を祈ります。

池袋から山手線で上野へ。もうひとつの展覧会は都美術館で開催中の「ポンピドゥー・センター傑作展」です。当日(8/5)は夜9時までの開館です。それもあり地元を出発したのは午後1時過ぎでした。上野到着は夕5時頃、そのせいか元々人気がないのか、会場は空いていました。印象派に人気が偏る日本ですので現代美術系の展覧会は一般的に人気薄です。

ポンピドゥー・センターにはちょっとした思い入れもあります。1981年の新婚旅行で訪れた場所です。開館が1977年ですので開館間もない時期となります。未来的な建物で一部で話題になったのですが、パリの観光地としては日本ではほぼ知名度のない時期だったと思います。主目的はセンター内にある「現代美術館」だったのですが、ネットのない当時では具体的情報はほとんどなく、英語表記もなく、建物内をうろうろしただけで結局美術館には辿り付けませんでした。それでも、今見てもSFチックな建物ですので、それだけでも印象に深く残りました。

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今回の「傑作展」は、1906年から1977年まで、その年に制作された作品を1点づつ選び展示して時代を追う企画となっています。幕開けは1906年に描かれたラウル・デュフィの「旗で飾られた通り」でした。写真ではよく観る有名な作品です。この歳にセザンヌが没しています。並べられた作品には、よく知られた有名な作家の作品もあり、名前を知らない作家の作品もありました。1928年にはレオナール・フジタの自画像が並びます。翌1929年はセラフィーヌ・ルイ、本格的な美術教育を経ずに家政婦から画家になったという変わり種です。画風に記憶はあるのですが名前は知りませんでした。1931年はピエール・ボナールの裸婦です。ボナールも想い出深い画家です。デパートでの展示会は観ていたものの、初めて美術館(国立西洋美術館)を訪れた時、最も印象深い作品がボナールでした。この作品ではありませんがやはり裸婦像で、かなり魅せられたものです。1933年はオットー・フロイントリッヒ、ユダヤ系ドイツ人ですが、ナチスのユダヤ人収容所で没しています。1948年のアンリ・マティスも好きな作家のひとりです。私の生まれた1953年はフェルナン・レジェでした。この年に最初のデュフィが亡くなっています。1961年は梱包作家のクリスト、私のイメージする”現代美術”はこのあたりから始まります。1967年はヴィクトル・ヴァザルリ、学生時代に日本でも展覧会が開かれ話題になりました。最後の1977年の作家はポンピドゥー・センターをデザインした2人、展示はセンターの模型でした。

写実主義、ロマン派、印象派、野獣派、キュビズム、ダダ、ポップ、美術運動の歴史は技法や主義主張、思考回路等で現されます。しかし”現代美術”は時系列でしかありません。”今”は常に”過去”になる運命を持っています。センターの出来た時点では”現代美術”であったデュフィも(今でも新しさを感じさせますが)、すでに”現代美術”と呼ぶには確立され過ぎています。私の内での”現代”は学生時代に心躍らせたイヴ・クラインやウォーホールや荒川修作、池田満寿夫等々ですが、今の若手画家にとってはすでに古典になっているのか?興味深い展示会でしたが、最大の欠点は「会場が寒過ぎた」ことです。いつもなら一旦全体を観てまた最初に戻って観直すのですが、寒過ぎて耐えられず早々に退出してしまいました。

昨日の日曜日はゴルフでした。予定は無かったのですが急遽友人に誘われました。メンバーに欠員が出たのでしょう。ゴルフ場は「赤城カントリー倶楽部(http://www.akagi-cc.com/)」、以前には女子プロツアー(SANKYOレディス)の開催されていたコースです。SANKYO(三共)は大手パチンコ台製造会社です。あまり一般には知られていないかも知れませんでしたが、群馬県桐生市は名古屋と並ぶパチンコ台産地です。パチンコも今では釘師の活躍する時代ではありません。コンピューター関連会社になっています。そのSANKYOの経営するゴルフ場です。

当日は大変暑い日でしたが、赤城山の中腹海抜400mにあるゴルフ場には涼しい風(微風)が吹いていました。気温も下界よりは少しは低かったのでしょう。(山腹にある割には)アップダウンの少なくフェアウェイも広いコースですが、女子ツアーに使われていた位ですので、池やバンカーの巧妙に配置された戦略性の高い難しいコースです。ラフの芝も粘ります。距離も長くレギュラーで6,300yあるのですが、参加メンバーの関係でこの日はバックからのプレーとなってしまいました。6,700y余、元々距離の出ない私ですので、パーオンはもちろんボギーオンもほとんどなく、ショートホール以外では現実的なパーチャンスは1回もありませんでした。スコアは「59」「55」の「114」と散々ではありましたが、条件からすると個人的には健闘した部類だと思っています。視野の狭いバックティー(レギュラーTから先は開けています)からで、ナイスショットも少なかったもののOBは1発もありませんでした。通常メンバーではバックTを使わせて貰えませんので、良い経験をしました。スコアは悪くても楽しいプレーでした。

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