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2018年8月10日 (金)

DIC川村記念美術館

台風接近で荒天予報の8日、千葉県佐倉市の「DIC川村記念美術館に行ってきました。昨年に続き2回目の訪問です。来週からの東京でのグループ展を控えていて、出品予定3点目がまだ未完成、制作に没頭しようかとも考えたのですが、制作方針で迷っていたせいもあり、何か参考になるかとも考え思い切って出かけることにしました。高速利用で2時間半、ちょっと遠いです。できれば泊りで出かけたい、元々は家内と一緒で1泊旅行、成田観光を兼ねてと考えていたのですが、先月終わりに高齢の母が体調を崩し入院、7日に退院はしたのですが夫婦2人での外出は止めておきました。

館林ICから東北道・圏央道経由で向かいました。圏央道開通で多少は近くなったのですが、圏央道は未だ基本は対面交通(片道1車線、時々追い越し車線あり)ですので、前に遅い車が居るとそれに続くしかありません。だいたい80km前後での走行になります。追い越し車線以外で100kmを超えることはほとんどありませんでした。

美術館到着は12時半頃、台風直撃の恐れのあるため急遽閉館を早めて15時半までとか。危なかった。風は多少吹いていましたが雨は小雨程度、まだ台風の気配は薄い状態でした。

企画展はブリジット・ライリー展、英国人女流抽象画家(オプ・アート)です。現在80代後半、美人で有名でダリが心奪われた時期もあったとかなかったとか。4月から始まった企画展ですが、遠いせいもあり延ばし延ばしでしたがいよいよ26日で終了ということで、多少無理しても観たかった展示会です。

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下段3点は会場で買ったカタログから。真ん中と右は同じ作品です。「少し離れて見ると画面にない色が見える」という、錯覚を利用した作品だそうです。確かに白い線が離れると黄色に見えます。展示会には「ゆらぎ」という副題が付いていますが、確かに”揺らぎ”ます。じっと観ていると船酔いしそう。左端の作品は、会場の壁に直接描かれています。この展示会のために制作された作品、展示会終了後は塗り潰してしまうそうです。勿体ない・・・。因みにこのカタログ、ADC「原弘賞」なる賞を受賞しているそうです。立派な作りでした。価格も2.700円と高め。美術館カタログ本も欲しかったのですが、出費が嵩むので諦めました。ところが、帰ってみると美術館カタログは家にありました。昨年買って忘れていたらしい。危なかった~。coldsweats02

この「DIC川村記念美術館」は、大日本インキ化学工業㈱の2代目社長のコレクションを基に、3代目社長が設立したものだそうです。大日本インキって儲かってたんですね~!

館内放送で「2時から学芸員によるガイドツアーが~」とのことで、そちらも参加してきました。1時間少々。興味深かったのは、ライリー女史、自身では描かないそうです。今回の展示で本人が直接描いたのは最初の白黒作品1点のみ、他はすべて女史の指示の基スタッフが制作に当たったそうです。館内の壁に描かれた作品も、(ご本人が高齢なせいもあり)来日したのはスタッフのみだったそうです。「芸術家の仕事は構想そのもの」との考え方で、実際の作業には重きを置かない、というか技巧的に優秀なスタッフが居ればそれで充分、ということらしい。ウォーホルと同様ですね。

昨年、ヴォルス展を切欠に初めて訪れたこの美術館、その時はフランク・ステラの大作群に感動の渦でした。今回は2度目ですのでそこまでは行かないまでも、コレクションの充実度には驚かされます。次回は企画展のない時期に再訪して、まだ観ていない収蔵コレクションを観てみたいと思っています。展示会出品作品に即座に応用することは無理そうですが、刺激にはなりました。やっぱり行って良かったです。

美術館の建物は西欧の古城をイメージしてデザインされているそうです。名前は忘れましたが有名な建築家の作品とか。入口脇にはステラの金属彫刻と清水久兵衛の作品が左右に並びます。広い庭園も歩いてみたいですが、それだと1泊でゆっくり来ないと無理ですね。

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2018年7月22日 (日)

ノーザンカントリークラブ上毛ゴルフ場

ようやく100が切れました。INスタートでの前半、パーが3つ取れ、パットも15に収めて上出来の「46」、これは「ベストスコア更新もあるか?!」と意気込んだ後半OUT、パットは17で済んだものの、パー無し、ショートで池に入れ前進3打も乗らずアプローチもミスって+4、これでベストスコア(95)の更新は夢と消え・・・。それでも何とか「52」に纏めて「98」で上がれました。前回100切りが5/02の「99」、4月にも「100」丁度で上がっています。その前が昨年7月で10ヵ月かかりましたので、今回は2ヶ月と20日ですのでだいぶ安定してきています。この調子でできれば月イチ位では100を切りたいものです。

ゴルフ場は吾妻郡高山村の「ノーザンカントリークラブ上毛ゴルフ場」です。初めてのコースです。実はこの日(5/20)には別のゴルフに誘われていました。太平洋倶楽部江南コースでした。この暑さで埼玉の、しかもお高いコースですので、「暑いから途中で終了、リタイア」とかを危惧していました。元々が誘われた段階から「暑い日が続くのに何故埼玉?」との疑問は抱いていました。スタートしてからの自己申告リタイアではプレー費はそのまま請求されるのが普通ですし。幸いにして?そちらのゴルフは前日朝にキャンセル連絡が入りました。一緒にプレーする予定だった中のおひとりが、プレー以前に熱中症症状を呈したとか。当方はプレーする気満々でしたので、これ幸いにとGORA「ひとり予約」を利用、急遽涼しそうなゴルフ場を探しました。そして決めたのが「ノーザンカントリークラブ上毛ゴルフ場」というわけです。前日予報で太平洋江南は「37℃」、ノーザン上毛は「32℃」でした。実際の当日の気温もその程度だったのだと思います。ノーザン上毛はさすが海抜がありますので緑の中湿気も少なく涼しい風もあり、この時期としてはかなり快適にプレーできました。しかも料金は飯付き¥4.800、そこに300円引きクーポンと楽天ポイント400pを使い¥4.100です。うっかり65歳申請を忘れたのですが、申請していれば更に300円引きになっていたはずです。太平洋江南でしたら、割引券があると聞いていましたが、それでも平日でも¥16.000程度は取られたと思います。その上「暑いからハーフでリタイアしよう」とかになっては泣くに泣けません。

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コースは距離短めで幾分トリッキーな場所もありますが神経質になるほどではありません。フェアウェイも、広くはありませんがそこそこ、大きなプレッシャーはない程度です。ただ片斜面(右下がり多し)フェアウェイが多く、ど真ん中を狙うとラフまで流れてしまいます。グリーンは綺麗に整備されています。速さはそこそこ、多少芝目の強い傾向はありました。”ひとり予約”で申込者は私を入れての2名でしたので、ゆったりツーサム(ツーサム割り増し無し)で周れたことも好スコアに影響したのかも?

設備は簡素でした。ロッカーは工場とかでの社員向けによくあるタイプ、ブリキじゃないけど薄い金属製のあれ、若干狭いですが不便を感じるほどじゃない。風呂は真ん中に広い浴槽があり、綺麗で十分な広さがあります。食堂(レストランというより”食堂”に近い)は半セルフ方式、カウンターで注文出来上がるとポケベルお知らせが届き受け取りに行く。飲み物はドリンクバー。食後の食器は返却台まで運ぶ。キャディバッグも半セルフでした。カートは運転方式、移動は早いけどツーサムだと面倒。ナビ無し。各所に人件費削減での工夫が見られます。その甲斐あっての料金でしょうから多少のお手伝いは苦になりません。

帰途芸術活動も。事前に調べてあった「渋川市美術館」に立ち寄りました。群馬銀行と合同のビルの1階と3階が美術館になっています。桑原巨守という地元出身彫刻家の作品がメインコレクションになっています。現在1階でその桑原氏の展示会、有料ではありますが「65歳以上無料」とのことで免許証提示で済みました。3階は美術館所蔵のその他地元出身作家作品の展示、こちらは元々無料。狩野守という作家の作品が気に入りパンフを購入。小規模ではありますが、それなりに興味深い美術館でした。

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2018年7月12日 (木)

2年振りの東北。

2年振りに東北・宮城を旅してきました。宮城は家内の故郷、といっても転勤族だった義父の事情で生まれたのは北海道(美幌・本人の記憶には無し)、幼少期は大阪で過ごし、小学校からが仙台です。ただ実家のあったのは宮城県北部内陸地、北上川沿いの登米市ですが、義父の教育的配慮での母子での仙台暮らしだったそうです。地元名士だった祖父の死去に伴い実家を継いだ義父は、登米市と仙台市とを行ったり来たりの生活、家内は登米市に住んだ経験は無かったものの、夏休みや冬休み、長期休暇は田舎で過ごしたそうです。私達の子供が小さかった頃は、家内に連れられて我が屋の子供達もこの北上川沿いの田舎町で夏の何日かを過ごすのが毎年の恒例でした。この春5月に義父の13回忌があったのですが、5月GWの東北道は尋常ではなく、こちらに配慮しての「地元家族だけで、」の法事となりました。で今回、家内と2人でのお墓参り訪問となりました。2年振りの東北旅行です。

7日10時頃に出発、北関東道経由で東北道を北上。いつも通り那須SAで1回休憩して仙台到着は15時頃でした。Line_1530934288491_2

7日の予定、まずは楽天生命パーク球場での楽天・西武戦です。16時プレーボールですのでホテル到着後慌ただしく出発、タクシーで球場へ。立派で楽しそうな施設ですね。(内は見てませんが)グッズショップも充実していそうです。当日の先発は懐かしの岸、この時点で勝ちは半分諦めていました。岸投手は元々が宮城県仙台市出身ですので、残念ではありましたが楽天への移籍は致し方なかったと、本人を思えば喜ぶべきなのでしょう。岸に会えるのは嬉しいですが、最下位球団にあっての防御率1位投手ですのでライオンズの勝てる可能性は低くなります。

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球場には続々とエンジユニの地元ファンが押しかけます。一般発売開始2日後にネット接続したのですが、土曜日とあってすでにほとんど満席状態でした。横並びの席が確保できず、やむを得ず縦並びの席になってしまいました。前席が家内、やっぱり不便ですね。

立ち上がり、岸はやや不安な状態ながら強力西武打線を2点に抑えましたが序盤コントロールいまいちで球数を使い7回で降板、一方西武多和田は好調で6回までを1安打に抑えます。一般には西武優位!に思えますが、西武ファンは別なことを考えます。「多和田出来過ぎ、この後大丈夫だろうか?不安・・・」、そして不安は的中します。6回まで完璧だった多和田が7回突然にに別人となり2点献上で同点、8回に栗山のHRで再び1点リードしたものの8回裏アマダーに打たれたところで降板、リリーフ不安の西武に暗雲が差します。家内友人との会食の予定があり、ここで球場を後にしました。7:3で「負けた?」との思いのままで。1点リードでは勝ちを予想できない今年の西武ファン・・・。

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しかし仙台での楽天熱は相当なものです。これまで千葉でのロッテ戦、神宮でのヤクルト戦などのアウェイを経験してきましたが、それとは全く異なります。一応ビジター席を確保したつもりだったのですが、周囲はほとんど楽天ファンで埋め尽くされています。西武ファンは飛び飛びぽつぽつと近辺には数人のみ。その中で西武キャップ・ユニでの観戦です。さすがに歓声は掛けにくい、旗も振り辛い。1枚目写真、中央右寄りに見える青の塊が外野自由席でのライオンズ応援団です。私の席の7~8列前に、岸ネーム入りライオンズユニでの観戦女性が1人いました。岸選手ユニ、他はもちろん全部エンジ色です。

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ホーム球場ならではの楽天応援企画も楽しそうで地元盛り上げは上手いですね。敵地ながら郷土愛楽天愛を感じられる球場でした。ライオンズレオ君も遠征してきてました。

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待ち合わせた家内の地元友人は中学・高校の同級生です。仙台を訪れる時は必ず会う親しい友人です。市内繁華街での居酒屋で会食、ここ暫くの情報交換・知人の近況等で花を咲かせます。酒の肴は、ダダ茶豆・ホヤ酢・カツオ叩き・煮込み等々地元の味を堪能しました。酒は地元の一ノ蔵。会食の初めには、スマホ画面にライオンズ3-2での逃げ切り勝利の報も。岸君にはお気の毒でしたが。Img_20180707_192535_2

Img_20180708_071453 仙台での2日目、7月8日の朝は暑くなりそうな予報、それでも蒸し暑くはなりませんでした。ホテルで朝食を済ませた後に義兄宅を訪問、久々のご挨拶をさせて頂きました。お兄さんも登米市に住んだ経験は無く、仕事の関係で仙台市内に住んでいます。義父義母共に亡くなって住む人の無い実家は先の震災で危険建物に指定されています。義兄も今後共実家に住む予定は無く、土地建物の扱いに困っているようです。

早々に義兄宅を辞しお墓・実家のある登米市へ。距離の割に時間のかかる行程でしたが近くまで高速が延びだいぶ楽になりました。墓は通りから少し登った草深い場所にあります。5月に法事があり義兄達が訪れ掃除したようですが、この季節ですのですでに雑草に覆われています。

Img_20180708_131628_4 Img_20180708_132508 お墓から実家に移動、現況を確認しました。義母が毎年漬けていた梅は拾う人も無く散らばっています。義父が丹精した庭も荒れています。ひとの住まない家は寂しいですね。蔵のひび割れ、2階の歪みも酷くなっています。壊すにも直すにも費用が掛かります。田舎ではそうそう売れるわけでもなく難しいですね。

気仙沼には義姉が住んでいます。「時間があれば」とは思っていたのですが、気仙沼は”陸の孤島”、宮城とは言えほとんど岩手県です。当日の宿泊は女川を予定しており、気仙沼ー女川往復は少々厳しい、今回は断念しました。親族は無事だったとは言え気仙沼も震災被害の激しかった土地、復興の具合を確認したかったのですが。

女川町にも家内は短期(2年ほど)ですが住んだことがあります。私は震災後は2回目、家内の住んでいた頃(35年ほど昔)にも1度訪れたことがあります。家内は震災後で3回目の訪問になります。宿は2年前と同じ”トレーラーハウス”です。大津波で流された地元旅館の女将が作ったホテルです。宿を再興させようと図ったものの建築許可が降りず、苦肉の策が”移動できる”トレーラーハウスだったそうです。2年前とは場所も異なっています。2年前は駅から離れた高台でした。今回は駅のすぐ近くが整備され移動してきています。宿泊棟は車付き、事務所やレストランは普通に地面に着いています。「宿泊設備は建築許可が降りない」ということのようですね。ともあれ駅近になって便利になりました。室内も綺麗で十分な設備です。

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当日も西武・楽天戦は接戦でした。好投の菊池雄星は9回を1失点に抑えましたが、楽天塩見も8回1失点の好投、延長戦に。10回表外崎・メヒアの連続HRで一旦は勝ち越しますがリリーフ・カスティーヨが打たれて再び同点。ここで家内がしびれを切らして止むを得ずTV観戦を中止して風呂へ出かけます。

野球は結局、この日も西武が危うく逃げ切り勝ちました。が、9回熱投の菊池の勝ちを消したカスティーヨが、11回の秋山のHRで(自分が打ったわけでもないのに)勝ち星を拾うという今のルールには納得できません。勝ち星を得るなら、どう見ても菊地でしょう。何とかならないものかなぁ?

津波被害で街の半分以上を削られた女川町、駅周辺は綺麗に整備され家内の記憶とは全く異なる街となっています。仙石線の最終駅、30数年前での訪問で、海を指して途絶える線路は印象的でした。その点では今も同じですが、駅舎は近代的になっています。駅舎に温泉設備が併設され、今回はそこを使ってみることにしました。2階にある温泉は男女別、中には湯舟が2つ、単純な造りです。今流行りの健康ランド的な温泉設備のようなジェットバスや炭酸湯等の設備はありません。蛇口は10個。宿の狭い風呂を使うよりはゆったりできますが、そこまでです。脇にはTVのある休憩所、1階には売店があります。

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夕食の場所を探して”シーパルピア女川”を周ります。女川駅前にできた近代的商店街です。夜は寂しい~。日曜日の夜、多くの店は閉まっています。昼間は多少は賑やか?なのかも知れませんが、泊まる観光客は少ないでしょうからね。2年前に訪れた「OWL」は閉まっていました。後で聞いたらオーナーが体調不良だったとか。「居酒屋カフェM」という店で夕食しました。海鮮メニューの少なかったのが残念。

Img_20180709_072818_2 Img_20180709_072830_2 翌10日は仙台でお土産買い、朝食後女川港をちょっと見て早々に出発しました。女川の街は相変わらずあちこち工事中です。高台に住宅地を造成中のようですが、住民は戻ってくるのでしょうか?震災での人口減比率の1番高いのが女川町です。

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仙台駅近くに車を停め駅ビルで買い物。牛タン・笹蒲鉾・ホヤ・ずんだ餅・そして一ノ蔵酒造の発泡清酒”すず音”、一ノ蔵は足利でも売っているのですがこれはありません。以前、東北復興支援イベントが足利で催された時一ノ蔵酒造が参加出品していた時に買って美味しかった発泡酒です。甘くてシャンパンのようなお酒です。昨夜飲みました。牛タン(真タン)も美味しかった!年々高くなるずんだ餅ももうありません。残るは笹蒲とビン詰めホヤ、今晩出るかな?しかし皆年々高くなります。焼き雲丹、美味しそうだったけど手が出ません・・・。

Img_20180709_122139 お昼は駅ビルで買った雲丹イクラ弁当、旨し。でも「ご飯にも雲丹を沢山混ぜ込みました」って、少なくとも”沢山”では無かった。

帰途、福島猪苗代湖奥の裏磐梯、「諸橋近代美術館」に立ち寄りました。スポーツ量販店”ゼビオ”の創業者である諸橋廷蔵氏のコレクション、造った美術館だそうで、メイン収蔵はサルバドール・ダリとなっています。ゼビオって儲かってたんですね。

ダリ作品は素晴らしいコレクションですが、英国現代作家パメーラ・クルックの作品も面白かったです。若手新進だった時代、オークション参加で訪れた英国でたまたま画廊を訪れ「全部」の大人買いしたそうです。作者も「映画のような出来事」と語っていましたが、ダリ1作を買うに比べたら安かったのでしょうが、さすがの先見眼でした。

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2018年7月 5日 (木)

展覧会あちこち、東京・高崎。

5月・6月、友人の展覧会もあったせいもありますが、結構頻繁に上京していました。折角東京まで行くなら、と、都合の合う展覧会を巡回しました。面白そうな展覧会が続いたせいもありますが、情報を得ると行きたくなってしまう、映画館での”予告編”を見て興味を持ってしまうのと一緒かな?ただし、映画の予告編は実際の筋書きや内容から意図的にずらして客を「騙して集客を図る」部分もあり信用できませんが。

5/24「ジョルジュ・ブラック展 パナソニック汐留美術館」 ピカソと並ぶキュビズムの巨匠ですが、今回の企画はちょっと変わって”ジュエリー”がメインです。知らなかったのですが、晩年には宝石デザイナーとコラボしてジュエリー制作に没頭していたようです。半抽象のテーマからの転用、こうして観てみると発想も理解できます。しかし材料がナンセ高価ですから、巨匠が芸術作品として造ってはいったいどの程度の価格・価値になるのやら想像ができません。多くは美術館所蔵のようですが、個人で持つセレブも居るのでしょうね。この日は、以前の日記でちょこっと書いたのですが、来年秋に計画している4人展の打ち合わせでの上京でした。早めに出て打ち合わせ前に美術館に寄りました。

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2人展開催中の高校時代友人の多摩美大教授、銀座での第2会場展示も観てきました。モノプリントの作品で20,000円というお手頃作品もあって気持ちが動いたのですが、この時期は予算超過、我慢しました。

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5/27「ターナー 風景の歌 損保ジャパン日本興亜美術館」 私の画風とは大きく異なりますが、好きな画家のひとりです。好むタイプの作品は少なかったのですが勉強になりました。以前から考え答えの出せなかった疑問にも少しは近い回答が出た気がします。

Img_20180527_133033_5 Img_20180527_133844_2 Img_20180527_134043_3 水彩画、特に”淡彩”と呼ばれる技法での作品に関してです。日曜画家向けの水彩画講習や技法書、絵手紙指導等でよく見られる描き方です。「綺麗・上手い・じょうず」とは私も感じるのですが、それでもどうも同意できない、気に入らない、良いと思えない、その理由が自身でもはっきり掴めずに居ました。話は40年も以前に遡ります。大学美術部時代、後輩に水彩画の上手い男が居ました。夏合宿での作品批評会で彼の作品を散々に貶してしまいました。上手いのは判る、でも好きになれない、皮肉を込めて「何処で手を抜いた?」と、若気の至りで批判してしまったのです。自身でも「上手」と認めながら何処が気に入らないのか、よく理解できていませんでした。後で彼、悔し涙を流していたみたいです。作品の欠点を具体的に指摘できないままでの辛辣な批判、今でも脳裏に残ってしまっています。最上級生としては相応しくない対応でした。若い独り善がりでの残酷さですね。

ターナーの水彩画を観ていて、”淡彩”技法との差に気付いた部分があります。単純な、なぜ今まで気付かなかったのか不思議な事柄です。ターナーは風景など対象を”見つめて”描いている、そっくりそのまま写すということではありませんが、少なくとも対象から得たインスピレーションを造形しようとしています。一方”淡彩”は型通りの技法に対象の方を当て嵌めている、つまりは”技法”がメインになってしまっている部分があるように思うのです。風景なり静物なり、対象を見なくても描けるようになってしまう不幸ですね。「上手気に綺麗に描く」しかし対象物への理解や観察・感情は薄まってしまう、そこがきっと私の不満を持って見ていたところなのでしょう。例えば薔薇の花束を描くとします。同じ薔薇でも同じ色・種類の薔薇でも、よく観察すると1輪1輪、また花びら1枚1枚でも異なります。それを”薔薇”という概念で描いてしまう、実物をある意味無視して、筆捌きで綺麗に見えるように描いてしまう、そう考えると”淡彩”技法を編み出した人、指導している人の罪は軽からず思えてきます。「良い作品」ではなく「上手に見える」作品を描く、趣味講習では有り勝ちなのかも知れませんが、やはり本質から離れた安易な道ですよね?

ターナー展の後、再度友人の2人展メイン会場の方に顔を出しました。3回目です。この展示会で2点を購入しました。最後の2点がそれです。

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5/27、この日のメイン目的は実は、「森高千里30周年ライブ」でした。展覧会場から三軒茶屋の昭和女子大人見講堂に移動しました。シングルカット曲を2日間に渡って発売順に歌うという、かなり変則なライブです。構成的には疑問が残りますが、「思い付いたらなんでもやってみたい」森高ワールドの所以でしょう。ベテランファンにとっては、青春時代を順繰りに蘇らせる効果はあったようです。私の参戦は残念ながらこの日1日のみ、後半を体験することはできませんでした。

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5/30「水野暁 リアリティのありか 高崎市美術館」 以前何処か?で浅間山を描いた大作を観て興味を抱いた作家です。今回も中々面白く拝見しました。技法はリアリティですが、時間の経過した風景を同じ画面に重ねたり、写真のようにそっくり描くのとは違った”リアリティ”を表現しています。下段中央がその浅間山大作ですが、半分しか入りませんでした。

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そこから「高崎市山田かまち美術館」へ移動。個人美術館だった時代に1度来ていますが、今の建物になってからは初めてです。高校生時代にエレキギターでの感電事故で早世した、”画家”にもまだなっていない青年か少年か、彼の幼少期から高校時代までの作品を集めた美術館です。私よりは7歳年下ですが、生きた時代には共通性もあります。氷室京介とバンドを組んだ(高崎市出身・同い年)こともあったそうですので、そのまま成長していれば画家では無く演奏家になっていたかも知れません。同じ年頃での私の作品と比べると、自信過剰ではなく私の方が技法的には上だと思います。だた、私の絵は硬くて面白みがない、その点でかまち作品は自由で弾けています。「上手い絵」を描こうとしていない、そこが才能なのでしょうね。

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6/28「プーシキン美術館展 東京都美術館」 だいぶ前に上京した時、多分「プラド美術館展」の時だと思うのですが、前売り券を購入していました。初めての”シニア券”です。シニア設定の無い展示会もあり、割引率も様々ですが、プーシキンは”半額”という大盤振る舞いです。買った当時はまだ64歳、65歳になって初めて使えます。

Img_20180628_130942 「旅するフランス風景画」という副題が付いています。印象派以前の、クロード・ロランやジャン・フランソワ・ミレーに始まり、ギュスターブ・クールベの写実派を経て、印象派の萌芽カミーユ・コローやアルフレッド・シスレー、カミーユ・ピサロ、そしてルノワールやモネへと続きます。展示会の目玉ともいうべきクロード・モネの「草上の昼食」も見事ですが、最後のフロアでのポール・セザンヌの「サント・ヴィクトワール山」、そしてモーリス・ド・ヴラマンクの「オーヴェールの風景」、圧巻はピエール・ボナールの大作「夏・ダンス」、もう目が眩むばかりです。さすがロシア三大美術館です。

今回は図録も購入、2,300円、でしたが・・・・・・・・全く阿呆なことに電車内に忘れてきてしまいました。手に、ゴミ箱が無いので捨てられないゴミ入りスーパーバッグと図録入りビニール袋を一緒に持ち、気付いたらゴミ入りだけになってました。逆なら良かったのに・・・。藤田嗣治展の前売り券も入ってました。JR、営団地下鉄双方に問合せしましたが、出てきませんでした。悔しいよ~。

上野から乃木坂の国立新美術館へ。地元の画材屋に無料招待券があった「日象展」、特に興味のある公募団体ではないのですが(というか名も知らなかった)、腕試しに何処か応募してみようと考えていて、知名度の高い公募団体はどうせ無理ですから「どんなものかな?」との視察がてらです。ま、公募団体としてのレベルは下の方ですね。会員作品は確かにそれなりですが、一般応募作品は多少上手な素人愛好家レベル作品も入選しています。入賞は無理でも入選可能性はかなりあるように(自信過剰?)感じました。来年出してみようかな。次回国立新美術館に来るのは「ルーヴル美術館展」、家内分と2枚、前売り券購入済みです。因みに家内も大学時代は美術部に属していました。Img_20180628_155144_2

 帰途銀座に寄り、名前も懐かしい「南天子画廊」を覗きました。所蔵の宇佐美圭司作品が飾られてありました。東大食堂にあった壁画が、改装の折に無知な職員により「廃棄処分」されてしまったという、あの宇佐美圭司です。全く信じられない話です。大学生時代には新進気鋭の若手作家、池田満寿夫・荒川修作・三尾幸三と並び憧れの作家でした。下写真は画廊で買った和歌山県立美術館での図録で、会場にあった作品ではありません。最後の写真は私のコレクション、シルク小品。

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2018年6月24日 (日)

秩父・高崎 版画展巡り

19日は東秩父村での「版画フォーラム 和紙の里ひがしちちぶ展」へ。高校美術部同期の友人が何度か入賞したことがあるとかでパンフを頂いたので、ドライブがてら行ってみました。作品は「版画らしい?」作品が多く、あまり興味はそそられませんでした。今回友人は出していなかったようです。ただ、友人から貰ったのとは別の、会場にあった更に詳しいパンフにちょっと興味をそそられる版画個展が近くのレストランで協賛展示として開かれているとかで、行ってみました。パンフに乗っていたヒガンバナ作品、記憶にあります。展示会で観たのか、美術雑誌で観たのか?思い出せませんが。

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展示会場となっているレストランは東上線小川町駅前にあり「エシカル」という名、「エシカル」には「倫理的」「道徳的」とかの意味があり、「動物や環境や人や社会に配慮した工程・流通で製造された商品を選択し、そうでないものを選択しない」という消費活動、だそうです。お店のママさん、中国か韓国か?という名のようです。姓は日本系。韓国系の料理があるようなので日本人と結婚した韓国人なのかな?今回はアイスコーヒーだけしか頂きませんでしたが、来月再訪予定ですのでその時は何か食べてみましょう。ただ、昨年の大病以来味覚が変わってしまっていて、大好きだった韓国料理が辛過ぎて感じられるようになっています。

Img007_3 作家さん、積山ミサさんも会場にいらっしゃいました。広島在住の方で、版画フォーラムに出展・入賞されたのが縁での遠隔地個展のようです。地元ではFM局のパーソナリティもされているとか。昨年の「日本版画会展」で文部科学大臣賞を受賞されています。「観た記憶」というのはその関連だったのかも知れません。因みに先の高校美術部友人も同展で一般公募奨励賞を頂いています。会場で少しお話しさせて頂いたのですが、「日本版画協会」と「日本版画会」とを混同して話していたことを後で気付きました。小さな版画作品を2枚頂くことにしました。来月中旬か下旬に受け取りに伺います。会場の写真、撮り忘れました。

21日には高崎へ。高崎での当初の目的は映画でした。すでにプログに記した「タクシー運転手」です。映画も良かったのですが、映画館に置いてあった版画個展の案内ハガキに興味を惹かれました。銅版画展です。会場も近かったので寄ってみることにしました。

Img009_3  Img008_2 「高橋未歩銅版画展」、作家さんも在廊中でした。若い女性の方です。群馬出身在住の方ですが、東京の版画工房に通っているとかで、先月友人の展覧会で通った「アートコンプレックス」での細密版画展にも出品されていたようです。作品はちょっとエロチックで痛々しさを加える、逆に近頃ありがちな作風ではありますが、技法はしっかりしています。ただちょっと”硬い”気はします。もうひとつ剥けて独自の世界が開ける可能性に賭けて1作購入することにしました。剥けてからでは高くなって買えなくなりますから。若い女性の場合、結婚出産で制作活動を止めてしまう作家さんも少なくないのでその点が心配ですが。最後の写真が購入作品です。早速昨日額装してきました。

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ここ暫くで、作品購入で随分使ってしまいました。先月の「たゆたう4」2人展で、友人の丸山浩司多摩美大教授作品と城戸真亜子さんの作品、2点で額代込10万円超え、そして予定外の上記作品購入合計3点で3万円ほどになります。秩父・高崎での購入は予定外、高崎に至っては展示会自体が当初は目的地になっていません。作品との出会い、これも”縁”ですね。

2018年6月18日 (月)

またまた矯め込んでしまいました。

前回書き込みが5/19、その後もあっち行ったりこっち行ったり歩き回っていたのですが、書き込みさぼり続きです。やはりFacebookにちょこっと書くとそれで済んだ気になってしまうのですね。でもFBはやはり流れて行ってしまいますのでこちらにも留めたいと思います。

まずは最近の上京に関して。展覧会関係での上京が続きました。5/24は来年に予定されている4人展打ち合わせ、4月にもやりましたが、今回はもう少し具体的になります。4人で候補画廊に集結、壁面構想を練ります。広さとか価格とか時期とか。その後近くのレストランで食事しながら打ち合わせ。まず、会場画廊は見学した画廊に決定、時期は来年11月上旬に。あとはそれぞれの出展数とか。まだ1年半ありますが、のんびりしているとすぐその時期になってしまいます。私自身絵画制作に復帰して1年ほど、ようやく油彩を描き始めたばかりです。筆捌きは意外と憶えているものです。ただ、画想イメージは戻りません。最初は「何を描こうか?」画題を探す状態でした。学生時代はそんなことはありませんでした。描きたいもの描きたいイメージが次々と現れ、描く方が間に合わず書き損なったイメージも多々ありました。画題を迷う暇が無かったのです。それが今では逆ですので6月に復帰してからの作品は、すべて具体的なもの、静物画・風景画に限られています。具体的な”もの”が目の前に無ければ描き進められません。それでも描き続ける内に、少しずつではありますが、「描きたいイメージ」も浮かぶようになってきています。若い頃そのままに戻るはずはありませんが、歳は歳なりに、描きたい”欲求”は必要です。画面に再現するのは静物や風景の”もの”ではあっても、描きたいのはその”もの”そのままでは無く、そのものを観ている自身の”心・想い”なのですから。

Img_20180618_174202 復帰第1作。昨年6月、パステル画講習会での初日作品です。クレパスは以前以前何作か描いていましたがパステルは初めてでした。

19758 昔描いたクレパス画。この頃の方が色彩も形も実際の風景に囚われることなく、自由に指が動いた気がします。

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20171027_10 20184_f6_4 20184_f6_5 クレパスとパステル、同じようでいてちょっと異なる画材です。最初は色の乗りの違いで戸惑いましたが、段々と慣れてきて多少は自由に描けるようになってきています。最初の頃の絵は見るからに”硬いですね。

201712_f8_3 20181_f10_3 20181_f8_3 アクリルは以前に1~2点描いていたはず、けれどどんな絵を描いたのか憶えがありません。乾きの速さには逆に扱い難さを感じた一面もありますが、筆捌きは油彩と同じですので慣れるのは早かった気がします。復帰後5点描いていますが、1点は気に入らず潰してしまいました。

20181_f10_7 潰した作品がこちら。昔のイメージを追い求め、未消化のままに描いてしまいました。内に無いものを形だけで描こうとするとアンバランスな作品になってしまいます。学生時代でも描いて潰した絵は多々ありました。当時はキャンバス代節約という経済的理由もありましたが。

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1981_mioumiouno4_b5_5 Img_20180204_221047_3 こちらが旧作、キャンバスに描き留める間もなく描き散らした感じでした。描く”欲求”に満ちた時代でした。

Img_20180513_113018 油彩は画材を新たに買って来て、ようやく1作仕上げたばかりです。画材としてはやはり1番合っている気がします。

1977_f8_4 19768_f8_5 こちらは旧作、比べてどうでしょう?やはり今の方がまだ硬いかなぁ?

やはり人物を描きたいと思っています。ただ周りに若い女性がうようよ転がっていた?(笑)  あの頃と異なり、モデルには苦労します。キャンバス地塗りだけはしたのですが、作画は7月の地元美術協会主催の裸婦デッサン会後になりそうです。まだまだ頭の中だけで人物を描くのは無理です。最後に若い頃に描いた人物系作品を羅列しておきます。少しはこれに近いイメージで、年齢なりに熟した味を加味して(笑)描きたい。

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1979_8 Img_20180131_172201_2 Img_20180205_073150 因みに最後の作品は20代の頃の家内です。coldsweats01heart04

Img_20180607_103550_2 段々イメージも涌いてきましたので、キャンバスは買って来て地塗りは済ませてあります。F30にP40、そして10号12号が3枚、そして小品4号が描きかけです。

オマケ:この日打ち合わせを行った「近くのレストラン」ですが、こちらも曰くがあります。学生時代、仲間が集って事ある毎に飲みに通った洋風居酒屋がありました。すっかり風景が変わってしまいましたが、渋谷の、今のマークシティの建っている辺りだったと思います。私達より10歳ちょっと歳上のマスターの経営する店でしたが、気が合い打ち解けて、暇な時には店を閉めてしまってスタッフと一緒の飲み会になったりもした、青春時代想い出の店でした。再開発で渋谷店を閉めましたが、その後原宿や青山・広尾・白金等々、レストラン中心に店舗展開、あっちを閉めこっちに新店舗と精力的に経営を続けていました。現在では恵比寿のレストランと渋谷の飲み屋との2軒体制です。マスターご本人は半ば引退、息子さんが経営を引き継いでいます。打ち合わせ終盤、電話をしてみたらご本人が来てくれました。私は久し振りの再会です。4人展の4人はもちろん、家内も含めての当時の仲間達、青山や芝浦や聖心や上智など、大学美術部に属して付き合いのあった仲間達常連の店でしたので、来年11月の展示会の折には、そんな仲間達が集い再会する場所になると思います。それも楽しみ。lovely Img_20180524_183128

2018年5月19日 (土)

友人の展覧会で上京

17日、東京へ行ってきました。友人の展覧会が2か所で開かれています。最初は銀座でのグループ展に参加している大学美術部同期の展示会です。昨年から35年振りに描き始めた私と違い、描き続け定期的に作品を展示している友人2人が出品しています。

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出身大学は、今では駅伝で有名になってしまった青山学院です。緩い大学のゆるい部活ですので、美術部と言ってもほとんど絵を描かない部員も珍しくありませんでした。その中では熱心に描き続けていた2人です。ま、私も描いていた方なのですが、かの2人は正統派、私は異端前衛派でした。

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銀座から渋谷に移動、次の展示会場を目指します。途中観光名所となっているスクランブル交差点をパチリ、同様に写真を撮っている外国人観光客の姿も多数。街もすっかり変わり、飲んだくれた当時馴染みの焼き鳥屋等、ほとんど残っていません。

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2か所目の展示会場は東急百貨店本館8階画廊です。

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出品している1人谷口朋栄さんは、数年前から注目してきた作家さんです。元々は後述する丸山教授の展示会を訪れた折に、同じ会場の別の部屋で展示会をされていたのが切欠でした。その後数回個展・グループ展を拝見しています。すっかり値が上がってしまいもうちょっと手が届きません。最初の頃に1点買って置けば良かったかなぁ~。ただ、前回も確か会場がデパート画廊でした、画廊側要望もあるのか?画風がおとなしくなり過ぎた感があります。以前はもっと表情に棘というか、鋭さが混じっていた気がします。少し乙女チックに行き過ぎて作品としての魅力に乏しくなりつつある気もします。画家も人気商売、売って生活するには購買者への”忖度”も必要なのかも知れませんが・・・。

当初は「3画廊1美術館」を当日美術巡りの目標としていましたが、如何せん時間が足りません。新宿の「ターナー展」は次回送りとしました。来週も上京予定があります。

3ヵ所目、高校美術部同期の丸山浩司多摩美大教授の展覧会場へ向かい四谷三丁目へ。駅近くのフルーツパーラーで同級生2人と待ち合わせして一緒に会場入りしました。途中お土産のワインを購入。

展示会場は「アートコンプレックスセンター」、欧風貴族の館風の建物の中に大小幾つもの部屋に分かれて展示会場があります。谷口朋栄さんの作品を初めて観たのもここでの小部屋での展示でした。今回、丸山教授の2人展は地下の最も大きな会場で開催されています。

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「たゆたう4」と名付けられた2人展は今回で4回目、女優の城戸真亜子さんとの2人展です。城戸さんと丸山との繋がりは城戸さんの高校生時代、当時確か芸大の助手時代?かと思うのですが、丸山が教えに行っていた縁だそうです。謂わば”教え子”繋がりですね。城戸さんはその後武蔵野美術大に進学、グラビア・女優を経て再び絵を描くようになりました。丸山とはBSのゴルフ番組でも共演、私も1度丸山・城戸夫妻とラウンドさせて頂いたことがあります。城戸さんの版画(シルクスクリーン)を1点購入させて頂きました。丸山の分は先に予約済みです。

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かなり広い会場で作品数も今までで最多です。同期会ゴルフにも参加できず忙しかったのも理解できます。今回の2人展は第2会場もあり、そちらは21日から銀座で開催されます。終了は両方とも27日。銀座会場も次回上京で行ってみようと思っています。

鑑賞後、ご一緒した東京在住高校同期と3人で居酒屋へ。家内の里の清酒一ノ蔵を飲みながら暫し歓談しました。栃木まで帰らなければならない私は8時過ぎに先に退散、次回を約して別れました。

2018年5月10日 (木)

平成最後のGW 1

平成最後のGW、遠出はしませんがそれなりに行事をこなしました。来年からは新年号、昭和は更に遠くなります。

 

私にとっての連休行事初日は4月30日宇都宮、映画を観に行きました。ここのところ続いた芸術家テーマ映画の一応の区切りになります。宇都宮在住の友人と待ち合わせての鑑賞、家内以外と一緒に映画を観たのは、おそらく大学生時代以来かと思います。

Img_20180430_085703_2「ゴッホ~最後の手紙~」ゴッホの死後発見された弟テオへの最後の手紙、パリのテオ宅へ配送されますが宛て所不明で返送されてしまいます。ゴッホの作品にも登場するアルルの郵便配達人ルーランは、息子アルマンにその手紙を託します。酔いどれて暮らすルーランは拒否しますが父親の意思の強さに折れてパリに向かいました。しかし訪ねた先にテオは居らず、ゴッホの死後時を置かずに亡くなったことを知ります。新たな届け先を求めてアルマンは北フランス、イル・ド・フランスのオーヴェル、ガシェ医師を訪ねます。オーヴェルはゴッホ終焉の地、医師ガシェは生前にゴッホの作品を買った唯一の人物です。

 

この作品の特徴は2つ、1つは一般的な伝記作品ではなく、ゴッホの死の真相に迫るサスペンス調のストーリーになっている点です。通常自殺とされるゴッホの死を、殺人・事故をも含めてアルマンがその真相を探ります。もう1つは作品が油絵でのアニメーションで造られている点です。世界各国125名の画家によるゴッホタッチの油絵62,450枚からできているそうです。唯一人、日本人画家も含まれています。古賀陽子という若い女性画家でした。ゴッホの作品に登場する人物を俳優が演じ、それを画家が描きアニメーションとして構成します。サスペンス調の流れも、油絵アニメーションも、特徴的個性的でそれなりの成功を収めているように感じました。感動するほどではありませんでしたが2時間半を楽しむことができました。

 

私の興味を持つ様な作品は、相変わらず地元では上映されません。シネコン3館は3館とも同じような作品、ハリウッド特撮大作とアイドル系アニメ原作の邦画ばかりです。たまには、と第1作を観た「パシフィック・リム」の2作目を調べたのですが、上映は吹替えのみでした。ここは絶対に妥協できない部分です。吹替えは俳優の口からでは無く、映画館の壁とか天井とか何処か別の場所から発せられる気がしてどうにも不自然に感じられてしまいます。次の映画鑑賞もやはり、宇都宮か高崎になりそうです。

 

徒歩で映画館まで来た友人をS660に乗せて県立美術館へ移動、「国吉康雄と清水登之 ふたつの道」を観ました。地元の画材屋で貰った招待券で2人とも無料で観ることができました。同行の友人は大学美術部時代の同期、彼が部長で私が副部長でした。去る20日に渋谷に集まった4人の内の1人です。

Img0022_2 Img003_2 1910年から20年代初めの時期を共にニューヨークで暮らした2人の画家、岡山県出身の国吉康雄と栃木県出身の清水登之、アメリカンモダニズムの影響下、また1924年にパリに移住した清水登之、国吉康雄もまたパスキンの誘いを受けパリに渡りエコール・ド・パリの洗礼を受けます。同時期に同じように欧米のモダニズムの風の中で絵画制作に没頭した2人ですが、太平洋戦争の勃発は2人を別の道へと進ませます。戦中もアメリカに留まった国吉は反ファシズム的立場から反日プロパガンダポスター制作に携わり、帰国した清水は従軍画家として戦争を題材とした絵を描きますが、海軍軍人となった長男(戦艦金剛乗船)が戦死、失意のうちに終戦の年の12月に亡くなっています。一般的知名度は国吉の方が上でしょうが、栃木県出身の清水の作品は桐生の大川美術館にも多くあり、これまでも観る機会の多かった作家です。国吉の晩年の作品、ネオンカラーの人物像とかは、これまであまり観たことがなく印象的でした。

2018年4月21日 (土)

初恋の人に逢ってきました。

昨日金曜日、東京へ行ってきました。日帰りです。

まずは北千住乗り換えで乃木坂駅、国立新美術館へ。「至上の印象派展 ビュールレコレクション」、”世界で最も有名な美少女像”と言われるルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」が来日しています。中学生時代に画集で観て恋してしまった作品です。ま、美術好き若者ではそういった人も多かったと思います。

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個人的には全盛期の、あのふわふわしたルノワールの作風はあまり好きではありません。初期のものの方が好みです。国立西洋美術館にある松方コレクションの「アルジェリア風のパリの女たち」とか。しかしイレーヌ嬢、とても”8歳”とは思えません。日本的には15~16歳ですよね。持っていたイメージよりは少し小さめな作品でした。2枚目写真は会場でお土産に買った印刷写真(A4位?)です。こういった画像写真を買ったのは高校生時代以来かも?

ビュールレコレクションはスイス人実業家が集めた、印象派作品を中心とした壮大なコレクションです。セザンヌやマティス等の初期作品も観ることができました。一般的に知られる作風の完成する前に、すでに才能の芽を見通して確信していたのでしょうか?素晴らしいことです。展示作品は、近代絵画の萌芽ドラクロワに始まり、シスレーやマネ、モネ、そしてドガ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンと続きます。原田マハの小説に登場する、チュチュを着たドガの小さな踊り子のブロンズ像もありました。”原色の画家”と言われるゴッホ、彼の作品が決して原色で描かれていないことがよく判ります。混色にかなり白が多投されています。寧ろ原色が感じられるのはゴーギャンの方かも知れません。展示の最後はフォービズム・キュビズムで締めくくられています。この段階で見ると、ピカソよりもブラックの方が才能の息吹を感じることができます。ピカソにとってはキュビズムも通過点にしか過ぎなかったのでしょう。

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今回の展示の目玉のひとつが、これまでスイス国外に出たことが無かったというモネ睡蓮の大作です。4x2mの大作で迫力はありますが、やや散漫な感じもあります。作品の充実度から言えばより魅力的な睡蓮は他にあるように思いました。展示作品中ただ1点、写真撮影が許可されていました。

地下鉄駅に戻り2番目の目的地に行くべく二重橋駅へ。「三菱一号館美術館」です。展覧会は「ルドン 秘密の花園」です。オディロン・ルドンはフランス・ボルドー生まれの幻想画家、私の特に好きな画家のひとりです。鉛筆やリトグラフでの黒白の時代と油絵具やパステルで描かれた色鮮やかな作品の時代とがあります。私の好きなのはもちろん後者の時代です。学生時代に好きでよく使ったエメラルドグリーンやプルシャンブルーは、ルドンの影響もあったように思います。

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今回の展示の目玉は、ルドンの才能を評価して自宅ドムシー城の食堂壁画を依頼したドムシー男爵、その食堂壁画です。一堂に会した作品群は、その多くがオルセー美術館の所蔵となっていますが、その中心ともいうべき巨大パステル画「グラン・ブーケ」が三菱一号館美術館の所蔵となっています。撮影はもちろん禁止ですので写真はサイトからお借りしました。

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三菱所有の古いレンガ造り建物を補修利用しての美術館ですので、ドムシー城の様相は知る由もないのですが、貴族の館の食堂壁画として描かれた作品と非常にマッチして、通常の美術館で観るのとはきっと異なるのだろうと思えます。ルドンの色彩とインスピレーションに包まれて、とても幸せな時間でした。こういった感動は滅多にありません。昨年の川村記念美術館以来の感動です。ただ、ステラ作品に心揺り動かされたその時とは、感動の質は大きく異なります。やはり”幸せに包まれた”との表現が一番マッチする気がします。

パステル画作品の何点かのポストカードを、パステル画会の会員皆さんへのお土産に買って帰ろうと思っていたのですが、目を付けていた作品のすべてが「売り切れ」でした。残念。

山手線で渋谷へ移動、母校に立ち寄ってきました。事前にTwitterでお願いして、懐かしい部室を覗かせて頂くことになっていました。部室は1975年当時と同じ場所に同じようにありました。入学した1973年には2号館裏にあったプレハブ建物が部室でしたが取り壊しが決まり、私達が役員学年でしたので学校側との交渉に当たりました。色々と注文条件を出したのですが、比較的好意的に条件は受け入れて貰ったと思います。それから43年、内部の壁は綺麗に塗り直してあったものの、構造も雰囲気もほとんど当時と変わってはいませんでした。入口ドアに刷られたシルクスクリーン文字は、展示会ポスターや住所録表紙等の試し刷りでした。多くは私の現役時代のものです。塗り潰さずそのまま残されていたのは嬉しかったですね。

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この日最後の予定は友人との飲み会です。ただの飲み会では無く、展示会の打ち合わせが主目的での集まりです。1976年に仲間4人で銀座で4人展を開催しました。同じ青学美術部3人と芝浦工大美術部1人での4人展です。当時美術の中心地は”銀座”というのが定番、銀座での展示会はかなり背伸びした企てでした。それから40数年、長らくお休みしていた絵画制作を復活、昔の若者もすっかり歳を取りました。そして昨年、「もう1度4人展を、」という想いが沸き上がってきました。それを現実化するべく、当時の4人が渋谷の酒場に集まったわけです。一応開催は来年秋を目標に、作品制作に励むことになりました。メンバー2人が少し調べて、会場となる画廊も候補が上がっています。今年中に予約して準備に入ることとなると思います。すっかり鈍ってしまった筆も磨かなくてはなりません。来月にもう1度集合して、候補画廊を4人で見て周り検討する次第です。

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↓の写真は、4人展復活の切欠となった、ひょいと出てきてしまった昔の案内ハガキです。4人展名称は奮っています。若気の至り、今となっては恥ずかしい名前ですが、そんなバカもできた時代が懐かしいです。

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2018年4月11日 (水)

4/10日上京・美術展巡り

昨日は東京へ、美術展巡りをしてきました。結構がんばりました!bearingsun

まずは上野へ。当初の予定では一番終了期限の近い「ピュールレコレクション展」を観るつもりだったのですが、こちらは今月中にもう1度上京することにして、効率良く上野を片付けることにしました。順番にも迷ったのですがやはり疲れない内にメインをと「国立西洋美術館」の「プラド美術館展」から。

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日本では印象派ばかりが人気が高く、以前はこの時代のものは滅多に観られませんでした。最近では随分変わり幅広く観られるようになりましたね。ベラスケスはやはり重厚です。スペインという国は、画家分野では多くの才能を輩出しています。ベラスケス、エル・グレコの時代からピカソ、ダリの時代まで。ゴヤやミロも居ましたね。芸術の中心が欧州からアメリカに移って久しいですが、現代美術ではどうなのでしょう?名前が浮かびません。行ってみたい国のひとつですが、中々難しくなりました。若い内に行っとくべきでした。

今回初めて知ったのですが、常設展部分では多くの作品が「撮影可」となっています。欧米に倣ったのでしょうか、スマホ時代ではそういった要望も強いのでしょう。何枚か撮ってきましたが、以前の習慣からかまだナンカ遠慮してしまいます。常設展の奥、「新館」では「マーグ画廊と20世紀の画家たち」という企画展が開催されていました。マティスやボナールの版画作品も常設展料金で観られます。常々思うのですが、西洋美術館の常設展示は素晴らしく質が高いですね。川崎造船所(現川崎重工業)の松方氏のコレクションですが、当時ではこれでも「一部」だったようです。世界恐慌で国内分は散逸、ロンドン分は火災で焼失、西洋美術館の松方コレクションはパリにあり戦後返還された部分だけだそうです。全部揃っていたら大変なコレクションだったのですね。学生時代はこことブリヂストン美術館の常設展は時々訪れていました。今回はスケジュール過密につき、常設部分は駆け足通過となりました。

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都立美術館へ移動。「美術文化展」、昨年6月から絵画制作に復帰したのですが、その切っ掛けにしたのが市の施設でのパステル画講習会でした。講習会(6月~8月)終了後に参加者の約半数(11人)で自主グルーブ「パステルフレンズ」を結成しました。講習会・そして現在のグループを指導して頂いている先生が出品、招待券も頂いたのでこの会期に合わせての上京でした。

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2枚目の作品が先生の出品作です。指導では静物画とか人物とか具象画ですが本来は抽象です。作品数が多いので流して速足鑑賞です。こちらももちろん撮影可。

↑が無料で観られたので、ついでに「モダンアート展」も入ってみました。800円、ちょっと高く感じられる。こちらもさっさと流して歩きました。学生時代、公募展も時折観ました。「モダンアート展」「新制作展」、「二科展」「日展」、そして「東京ビエンナーレ」とか。銀座の画廊巡りもしましたね。今に比べると美術館の数も限られ、企画展はデパートの催事場で開催されたりしてました。今は亡き、西武美術館のできたのは”新時代到来!”感がありました。

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日本の現代美術?展を2つ続けて観ても、”新しさ”はあまり感じられません。抽象も半抽象もポップもオップも、ナンカ食傷気味。現在美術がマンネリ化してる感があります。一応”自由”なのですが、何か不自由な気もしてくる。続けて観ると、制約のあったベラスケス時代の方が自由を求め易い?ような気もしてしまう。規制が無いと自由の価値も下がるのかな?何をどう描いてよいのか、戸惑ってしまいます。2次元絵画でこうなのだから、3次元・4次元となると尚更で、増々魅力の見つけ所を失ってしまいます。ジャクソン・ポロックやイヴ・クライン、ウォーホール、ジャスパー・ジョーンズ、そしてスーパーリアリズムとかを初めて観た時の興奮は今は何処にも感じられません。

「日本パステル画会展」というのを見つけて、予定にはなかったのですが観てきました。無料だったし。

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昨年6月に約35年振りで再開した絵画制作、昔の油絵具はもちろん使い物にならない(とっくに捨てましたが)し、「何をやろうか?」と考えていた時に市の広報で見つけた「パステル画講習会」ですが、パステルは初めて体験する画材でした。ただ、オイルパステル(クレパス)は使ってました。「同じだろう」と思って始めたのですがかなり異なり、色の乗りの違いに最初は戸惑いました。折角始めたパステル画ですので、来年はこの公募展に出品してみようかな?とか考えています。出展作を見てみると、取り合えず”入選”して飾って頂けるレベルだとは思います。上の写真は会員さんの作品ですのでもちろんレベルはずっと上ですが、一般公募通過作はそれほどではありません。あと1年あるし。

美術館展示の後で恐縮ですが、所属する出来たばかりのパステル画会の初展示会も昨週末に開催されました。市の主催する総合展示会への参加という形での出展です。2枚目の2点が私の作品です。油絵は描いてましたが、パステル始めて10ヶ月ですのでまずまずでしょう?coldsweats01

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昨日の最後のスケジュール予定は映画でした。吉祥寺まで移動、最近にできたらしい30数席の小さな映画館です。「COCOMARU THEATER」とか。観た作品は「ゴーギャン タヒチ、楽園への旅」です。例によって田舎には来ないマイナー作、電車賃使ってはるばるやってきました。

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少々長く感じました。ゴーギャンのモデルを務めたテフラという現地女性との出会いと別れを描いていますがやや単調でストーリーが月並み。ゴーギャンをモデルとしたサマセット・モームの傑作「月と6ペンス」は、今まで読んだ海外小説作品中では同じモームの「人間の絆」やディケンズの「デイビット・コパフィールド」と並び心に残る長編小説でしたので、少し期待し過ぎたのかも知れません。テフラ役の”現地で発見した”というツイー・アダムスは、絵画作品の雰囲気を持つ印象的な女性でした。

今週末から都立美術館で始まる「プーシキン美術館展」でもゴーギャン作品が来日します。前売り券を買いました。初めての”シニア券”です。半額!ただ、誕生日はまだですので、それを過ぎないと使えません。6月以降に行く予定です。その前にルノワールとルドンを観に行かなくちゃ。友人の展覧会もあるし暫くは大忙しです。

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