無料ブログはココログ

2019年4月20日 (土)

サンウルブズと東京美術散歩

19日の上京、主目的は秩父宮ラグビー場でのスーパーラグビー、サンウルブズvsハリケーンズでした。今季2戦目、前回ワラターズ戦は惜しい1点差負けでした。そして今回、結果から言えば又も惜しいというかがっかりの逆転負けです。昨日最後の行事ですが最初に書いちゃいます。

外苑前駅に到着、コンビニで弁当(サンドイッチ他)を買って場内へ。バックS席5.000円です。見やすい席でした。W杯代表チームの関係もありメンバーが欠けていますが、今回は田中君は後半出場しました。

相手は強豪ハリケーンズですが、前半は予想外の健闘、最大16点差、前半終了時で13点差の大量リードです。この時点で勝ちを確信した私、戦後のがっかり感は増幅されます。まさか負けるなんてね~。何列か後ろで”勝手に解説”してる五月蠅いオッサン、勝ってる内からマイナー指向予想で「うざいな~」と思ってましたがその通りになりました。当たってしまったから余計腹立たしかったりして・・・。デジカメの充電を忘れていたのでスマホ撮影です。やっぱり上手く撮れません。

Img_20190419_185541 Img_20190419_201330 Img_20190419_192921 

Img_20190419_201319 Img_20190419_190948 Img_20190419_201246

冷静に考えてみれば前半のリードは主にハリケーンズのミスによるもの、そして後半の逆転はサンウルブズのミスによるものです。前半に23点取って後半は零封、はっきりし過ぎです。さすがのハリケーンズ、こちらのミスを見逃してはくれません。前半は遊んでたの? 今期はもうサンウルブズ観戦の予定はないのですが、1度くらいは勝利を見たいなぁ~。

後先になりましたが、19日の上京、主目的はラグビーでもそれだけでは終われません。交通費をかけての上京(結構金もかかる)ですので時間は有効に使いたい。美術館HPをチェックして観られる展示会を探します。前売り券購入済の「クリムト展」はまだ始まっていませんが、取り合えず東京都美術館へ。最初に観たのは「ベラドンナ・アート展」、女性画家の公募展示会だそうです。写真撮影は禁止でしたのでポスター映像だけです。公募展で撮影禁止は珍しい。”女性画家の”というより、イラスト・漫画系作品の多い傾向が特徴となっている展示会です。個展やグループ展程度で個々に観るとそれなりに面白いのかも知れませんが、同じような作品が多く飽きます。もう個性では無くなっています。65歳以上無料でした。

Img_20190419_123906 

「春季 二科展」500円、二科は久し振り、若い頃は馬鹿にした団体です。もちろん若気の至りの反体制気分によります。改めて観ると”マトモ”ですね。素人日曜画家的な公募団体も増えた昨今ではやはり歴史のある分安定した自力を持つようです。選抜作品の多い春季展であるせいもあるのかも?秋の本展も観てみようかな、という気にもさせられる。その分刺激的な作品は少ないかも知れませんが。

Img_20190419_132554 Img_20190419_132416 Img_20190419_132113

Img_20190419_131613 Img_20190419_130424

上野公園の奥、初めて藝大校内に入りました。東京藝大陳列館で開催中の「東京インディペンデント2019」展へ。2月に銀座の画廊で購入した版画家さんのFacebookで開催を知り訪れてみました。無審査630名1.000点という混沌の展示会です。個々の作品というより、煩雑でごった煮的な空間を作ること自体が作品なのかも知れません。二科展空間とは対照的です。面白いけど捉え処のない不安も感じさせます。この大量の雑多な作品を受け付け搬入展示する煩わしさを考えると気が遠くなります。そう想像させることそのものがテーマなの?とか。あとで知ったのですが、大学先輩、63歳で美大に入学してこの春に卒業した個性的な先輩も出品していたとか。作者名表示が無くナンバーのみ、照らし合わせないと作者名の判らない展示です。もちろんわざわざ照らし合わせるなんて面倒はしませんし、気付きませんでした。

Img_20190419_142114 Img_20190419_141954 Img_20190419_142023 

Img_20190419_141706 Img_20190419_141451 Img_20190419_141324 Img_20190419_141245

Img_20190419_141238 Img_20190419_141145 Img_20190419_140450

上野駅から地下鉄で銀座へ。2月に画廊で買った版画作品2点の引き取りです。代金は振り込み済みですが「次回上京時に引き取りに来る」とて預けたまま、前回上京時に立ち寄るはずが時間が押して行けず2ヶ月も置いたままでした。こちらの作品は額装した後にご紹介しましょう。

そのまま周囲の画廊を何軒かぶらぶら。養清堂画廊にあった黒田茂樹作品(銅版画)がちょっと欲しくなったけど今月は予算オーバー、堪えて出ました。あぶなぁ~い。予定では六本木の新国立に立ち寄ってクリムト・ウィーンの前売り券買って行くつもりだったのですが、時間が厳しくなりました。200円ばかりのために遅れては、と外苑前に直行、記事文章↑最初に戻ります。東京1人歩き15.500余歩、電車中で読んだ原田マハも進みます。

2019年4月11日 (木)

連続上京2日目

連続上京2日目です。元々は24日に予定されていたのですが事情があり10日に変更された上京です。地元でパステル画を教えて頂いている先生が上野・都美術館での公募展に出品されていて案内はがき(招待状)を頂いていたのですが、当初決まっていた9日日程では無理(展覧会は10日から)と諦めていました。それが連続上京しなければならない事情となり、折角ですので行ってみることにしたのです。

連続上京しなければならなくなったメインの目的は午後4時集合でゆっくりなのですが、東京都美術館に立ち寄るために早めに出発しました。駅に着いてからスイカを忘れたことに気付き1度自宅に戻ったのですが、早めに行動していたのが幸いしてギリギリ間に合いました。この差は大きい、浅草行特急が1時間に1本の地方都市ですので・・・。Line_1554866559219

 

先生の出展しているのは主体美術協会の「主体展」、昨年も招待状を頂いて観に訪れていました。抽象・半抽象作品の多い公募展です。最後の写真、右端が先生の抽象作品です。普段のパステル画教室では具象静物画で教えていますが、ご本人作品はほとんど抽象画油彩です。

Img_20190410_123021 Img_20190410_123434 Img_20190410_123911

 Img_20190410_124940 Img_20190410_125601 Img_20190410_125448 

同会場での「モダンアート展」も観てきました。昨年も同時期開催でした。学生時代にも訪れていた公募展です。しかし”モダンアート”が40年前も今も変わらないのは不思議です。(笑) ちなみにこちらは65歳以上無料、2展覧会をただで観てしまいました。

Img_20190410_133312 Img_20190410_132736 Img_20190410_132355 Img_20190410_131244

Img_20190410_130255 Img_20190410_130203 Img_20190410_131159 

打ち合わせ会会場の画廊へ移動、「近くでコーヒーでも、」と早めに到着予定でしたがそこは田舎者、道に迷って時間余裕が無くなりました。青春時代を過ごした40年前と、東京は何処も彼処も変わってしまっています。田舎は基本変わらず、変わったのは若者人口が減って寂しくなったところ・・・、なのに。中途半端に予定より20分ほど早く着いたので、今開催中の展覧会を拝見、画廊併設のカフェでのコーヒータイムになりました。

ほぼ時間通りに全員が到着、11月の「4人展」打ち合わせが始まりました。1976年、同じメンバーでの銀座で画廊を借りて行った4人展の再来です。私自身長らく絵を描いていませんでした。仕事をリタイアして、2年前に大病を経験したこともあり、一昨年の6月に再開しました。その切欠にしたのが上記主体美術協会会員の先生が開いていたパステル画教室でした。他メンバーも、1人は多少描いていたものの他2人も最近での再開です。

今回の議題は幾つかありましたが、展示会名、案内ハガキの内容・作成、壁面の割り振り等々です。他に搬入方法やオープニングパーティをどうするかなど、様々な些末事も考えなければなりません。作品制作が一番ではあるのですが、いざ展示会となると野暮用的な事柄も色々出てきます。中でも最大の難事は金銭面ですね。キャンバス等画材代(油絵具も高くなりました)もかかりますし、画廊代残り半金(予約時に半金支払い済み)、そして以外に大変なのが”額代”です。これが結構バカにならない。大きい作品だとまともな額ですと5万とか7万とか、安い仮額程度でも3万位はしてしまいます。いっそ額無しとか色を塗った角材とかで済まそう(学生時代はそうでした)かとも考えています。

打ち合わせ会は今回で3回目、基本的なことはだいたい決まりました。次は各自の作品が出揃ったあたりで最終打ち合わせとなるのでしょう。私の作品は現段階で、完成・未完成・構想、全部で15点が考えられています。”構想”作品は仕上がるとは限りませんし、すでに完成している作品も今後入れ替わるかも知れません。他の3人の制作進行状況にもよりますが、最終的には10~12点ほどの出品になるかと考えています。下写真は43年前の展示会案内ハガキと、出品予定のない最新作、そして大きめの出品予定作の途中段階です。今はより進んで完成間近になっていますが、そこらへんは出し惜しみします。(笑)

Img0012 20194 20181130-3 

2019年4月10日 (水)

ラファエル前派とライオンズ

9日、家内と東京へ行ってきました。目的は「ラファエル前派展」とライオンズの試合。家内は大学美術部での1学年下の後輩、あまり絵を描かない部員でしたが絵を好きで入部してきたのは確かですので、一緒に絵画展に行っても安心です。絵画鑑賞、興味の薄い方とはご一緒できません。気を使ってしまって堪能できなくなってしまいますから。野球の方は興味は無いようですが・・・。

展覧会名は正確には「ラファエル前派の軌跡展」、丸の内にある「三菱一号館美術館」での開催です。東京在住の大学美術部時代の友人から招待券を2枚頂きました。「ラファエル前派」という絵画運動、どの程度の知名度があるのでしょう?風景画で有名な英国のターナー、その影響を受けて英国で結成されたのが「ラファエル前派同盟」、そしてフランスでの「印象派」です。同じターナーの影響下に始まりながら全く異なる方向に進んでいます。日本での知名度では圧倒的に「印象派」ですが、あまりに偏り過ぎていると思います。私自身、日本の美術教育下で育ちましたので中学までは印象派一辺倒でした。高校で現代美術に少し触れ、名前だけ知っていた「ラファエル前派」に関心を持ったのは大学美術部時代だったと思います。一時期、背中に羽の生えた裸婦像とかを描いていました。

Img003 Img001

館内では一部区域のみ撮影ができました。最近はこういった企画があちこちで見受けられます。欧州では当たり前ですが、日本でももっと広がって欲しいものです。ただ、やたら頑張って写真ばかり撮っている方も居て、何のために美術館に来ているのか不思議に感じることもあります。やはりメインは自身の目での”鑑賞”ですので、それを忘れてはいけません。

先日、地元カルチャー教室での”デッサン教室”無料体験してきました。描いたのは靴と紙風船。鉛筆画です。神経使うだけでちっとも面白くない。↑ラファエル前派展でも「まぁ!写真みたい!」と感嘆している老夫人がいらっしゃいました。けど作品は全然「写真みたい」じゃない、明度的にも彩度的にもバランス調整して感覚強調されています。「精密緻密に描かれている」=「写真みたい」と表現される方がよく居ますが、カメラの無かった時代ならいざ知らず、おかしいですよね?個人的には「写真みたい」はちっとも誉め言葉だと思えません。言われたらちょっぴり「むっ・・・」とするかも。デッサン教室も、たかが靴たかが紙風船、それを神経質にそっくりに描いて「何の意味がある?」とどうしても考えてしまい、無意味さにいらいらするから楽しくないのでしょう。楽しくない、でも表現技術として必要になる機会もあり得るから、必要辛苦として止むを得ず耐えて練習する、そういうことだと思っています。無料体験時間も、「止めたいやりたくない、こんな無意味なこと」と頭の中では思ってました。でも展覧会を観て、やっぱり技術として必要になる場合もあるなぁ~、と、やっぱり耐えなきゃなぁ~と考え直しています。楽しいことばかりではないのは当たり前、ですから。

Img_20190409_134503 Img_20190409_133512 Img_20190409_133350 

三菱一号館美術館は、嘗て丸の内にあったレンガ造り近代建物の再建です。ラファエル前派絵画には雰囲気がマッチングしています。以前ここで観た「ルドン展」も良かったですね。(資料見直したら「ルドン展」は1年前、時の経つのは早いもの)

Img_20190409_145513 Img_20190409_113149 

丸の内から大宮(さいたま市)に移動、埼玉県営大宮公園野球場でのライオンズの試合観戦です。今シーズン初、ファンクラブ特典でのチケットを利用しました。大宮公園は桜満開。

Img_20190409_170740 Img_20190409_173051 Img_20190409_173621 

西武先発は新外国人ニール、初めて見ます。初回の”ボーク”に不安を感じたものの3回までは無難に過ぎました。しかし4回、連続安打から死球、そして山川のエラーと悪い流れから4失点、可哀そうな部分もあります。

その裏にはノーアウト1・2塁のチャンスにさすがの山川のスリーラン!エラー分を取り返します。が、すかさず5回に浅村のツーランが出ました。初回大ブーイングの中三振した浅村ですが、見事な場外大ホームランでした。

Dsc04474 Dsc04476 Dsc04477 Dsc04479

その後取って取られてを繰り返した進展でしたが、帰りの足を心配して6回途中で球場を後にしました。帰途のスマホ確認で結局は追いつかずまたも1点差で負けたことを知りました。連敗です。全体としては決して悪くはないのですが、どうも流れがイマイチですね。今年はW杯ラグビーもあり、森高さん全国ツアーもあり、11月の展覧会開催もありスケジュールがタイトです。ライオンズ観戦は限られてしまいそうです。未だネットライフドームでの観戦予定が決まっていません。

2019年3月13日 (水)

高校同期会ゴルフコンペ

10日の日曜日は高校同期生でのゴルフコンペでした。年2回開催で今回で19回目です。会場は埼玉県の「大麻生ゴルフ場」、埼玉県内4つの河川敷コースでの「さいたまリバーフロンティア」のひとつです。ここでのプレーは2回目ですが、私の体験した河川敷コースの中では1番!です。フェアウェイは広くフラット、距離もそこそこあります。河川敷コースは得てして、似たり寄ったりで同じホールが繰り返されるような印象を受けることが多いのですが、大麻生ではかなりの工夫が感じられます。今の時期で土日14,000~14,500円と河川敷としては高めで敬遠されがちですが、プレーしてみると納得します。今回も「高くない?」との意見もあったのですがプレー後には好評感想が聞けました。欠点だった貧相なクラブハウスも2年前に改装リニューアル、驚くほど立派になっていました。前回ちょっと見ただけで入らずに帰った風呂も綺麗になっていました。本格コースのものに比べるとやや小さめではありますが、あまり詰め込まないのでそれでも余裕がありました。梅が綺麗に咲いていました。

Img_20190310_135432 Img_20190310_134927 Img_20190310_085203 

Img_20190310_103733 Img_20190310_092302 Line_1552172139575_3 

このゴルフコンペ、始まり切欠は2008年に20年振りに開かれた同窓会でした。住所確認時に同級生の急死を知り「皆もういい歳なんだから何があるか判らない。生存確認のためにも毎年同窓会をやろう」との提案があり、それ以降毎年同窓会が開催されています。その翌年に「じゃゴルフも」ということでゴルフ会も始まりました。最初は”同級”で、その後他組同期生も参加するようになりました。しかし最近では参加者が減る傾向にあります。50歳を過ぎて始めた私は例外、若い頃からやっていた連中には飽きて止めてしまう者も。そして健康上の理由から参加できなくなってしまう仲間もちらほら出だしています。寿命は延びても今現在の”健康寿命”平均は72歳、私の年代でもあと数年を残すのみです。私自身大病を経験しています。幸いに運良く生き延びてゴルフを楽しんでいます。健康のありがたさを実感しています。他に同い年仲間でゴルフを楽しんでいるグループがあり、今後は合同してコンペを運営して行く考えもあります。あと何年元気で楽しめるのか?前向きに人生を見つめて行きたいと思う、そんな今日この頃です。

2019年2月25日 (月)

谷川岳天神平スキー場

スキー行ってきました。スキーバブル期に青春を過ごしていますので、今でもシーズン1回は行きたくなります。昨シーズンも1回だけ、泊りでした。今回は日帰り、また息子に付き合って貰いました。おまけにリフト券代昼食代まで奢って貰いました。良くできた息子です。親の顔が見てみたい。

自宅出発は6:30頃、スキーとしては若干ゆったり気味。人気退潮のスキースノボですがさすがに晴天の日曜日、前橋から渋川まではだらだらの渋滞、それでもスキー場まで3時間ほどで到着しました。今回の目的地スキー場は「谷川岳天神平スキー場」、特に理由があっての選択ではなくたまたま思い付いた名前というだけで、当日の変更も十分にあり得たのですが、高速のろのろ渋滞を見て確定しました。「空いていそうなスキー場」ということで。

予想は当たりハイシーズンの日曜日とも思えないほどの空き具合でした。リフト待ち無し昼のゲレ食もがら空き。元々がシーズン初めと終盤に混むスキー場ではありますが、日曜日でこれではやって行けるのか心配になります。駐車場でもゴンドラでも、スキースノボ客よりも登山客の方が多い状態でした。谷川岳を目指す登山者列が蟻の行列のように遠望できます。

Line_1550968341399_3 1550998797377_2 Img_20190224_094535_2 

靴とポール(ストック)だけ持参でスキー板はレンタルです。年1回程度ですからね。靴はやはりレンタルではしっくりきませんので、長年愛用したハンソン崩壊の後に神田ニッピンで若い頃憧れたラングを買いました。それが2シーズン前のことです。

昨日は朝から帰るまでスキー場はずっと快晴、気温も滑り出しは-5℃でしたがすぐに滑って汗ばむ程度まで上昇。昼溶けてまた凍る状態が続いたのか雪面はガリガリ状態、雪質を誇る天神平には似つかわしくないですね。ま、贅沢は言えません。これだけ好天で空いているのですから。ただやっぱ疲れます。体力の足りなさを実感。

1550998652046 1550998789198_3 Img_20190224_144211_2 

Img_20190224_094549 Img_20190224_094543 Img_20190224_095932_3 Img_20190224_144231_2 

15509987807152_2 

昼食休憩とソフトクリーム休憩(ホントはケーキセットの予定だったのですが売り切れでした。暇だからあんまり数を用意しなかったのでしょう)を挟み午後3時前には終了、「早めに」と帰途出発したのですがすでに渋滞は始まっていました。沼田方面へのスキー客が多かったようです。東京まで帰る方々と異なりこちらは前橋まで我慢すればよい、北関東道はスムーズに走れるはずです。高速を使った方が結局は早く着く、それは重々承知ながら昭和ICで降りました。物理的な時間よりも、のろのろ走るストレスの方が、まして金払ってですから馬鹿らしい、時間よりも気持ち良く走れる赤城山裾の一般道を選びました。結果やはり少しは余分に時間を要した(あまり変わらない)と思われますが、空いた道路を景色楽しみながら走れました。帰りの運転者は息子、行きは私でした。因みに車はスバルフォレスター、13年も乗りすでに10万kmを超えています。年金生活者ですので維持費を考え、来月には軽に買い替えます。お気に入りの車だったのですが、これが最後のスキー行きになりそうです。あと何年車を運転できるでしょう?

谷川岳天神平というスキー場、訪れたのは何年振りでしょう?宮城県出身ながらスキー未体験だった家内の初めてのスキー旅行、初日が奥利根国際スキー場(現奥利根スキーパーク)、2日目が天神平でした。当時交際していた彼女も誘っての、大学美術部仲間数人での旅でしたが、自身が滑りたくてしょうがない時代でしたので、今振り返るとほとんど面倒は見なかったようです。ゴメンナサイ。その時利用した宿はちゃんと残っていました。学生時代ですので安いロッジです。結婚後の家族スキーでは訪れることがありませんでしたので、家内にとってはその時が唯一の天神平でした。結局ボーゲンから脱却することはなく、子供が成長してからはスキーを止めてしまった家内です。たまに誘ってみても「まっぴら」だそうです。

2019年2月 8日 (金)

今更ですが、1月26日・27日のこと。

今更ですが1月26日と27日のお出かけに関して書いておきます。1度途中まで書いたのですがPC不調で全部消えてしまい挫けました。今度また同じことでもあれば今度こそ再起不能でしょう・・・。

1月26日(土)   狭山へ。森高千里さんのライブツアー、21年振りの全国ツアー初戦に参戦です。会場は狭山市民会館、収容人数1.398人というこじんまりとした規模です。30列ある内の7列中央のチケットを確保、大規模会場と異なり最前列席前のスペースが狭いので7列というとかなり間近に見えます。今回のツアーは全国36か所37公演、その多くは県庁所在地を外して、東京の人見記念講堂の2.008人を最大に1.200~1.600人収容程度の会場が続きます。全盛期の集客力のないことを意識しての選択なのでしょうが、ファンとしてはありがたい設備規模です。

Img_20190126_162441 Img_20190126_170248 Img_20190126_194031 

ライブ中に森高さんが「初めてライブに来た人~?」と声をかけると、意外に多くの手が上がりました。「嘘バッカ~」と冗談かと思ったのですが、本当のことなのでしょう。「全国全公演走破!」とかの濃いファンが身近に何人も居る環境と異なり、「若い頃にCD買ったけどライブまでは行ったことが無い、今回は地元に来ることになったので”初めて”チケットを買ってみた」というファン層も当然存在するわけで。結婚・子育てで歌手活動を休止していた森高さん、ファン層も同様でライブ・音楽活動空白期間を持った人も多いと思います。埼玉県会場が狭山市と熊谷市という設定も、そういったライブ未体験層に配慮してのものかも知れません。演奏選曲も、まだツアーが続きますのでネタバレは避けますが、「初参戦の方に配慮して」シングルカットのメジャー曲ラインアップになっています。

ライブ終了後には、駅近くの居酒屋に顔見知りファン20人ばかりが集まり飲み会をやりました。こういった話をすると「本人は来るの?」という質問を受けることがあります。今回は少人数ですが、2013年の歌手復帰足利ライブ後の集まりでは全国から60数名が参加しました。その時はファンでない友人達何人もから同様の質問が繰り返しありました。彼らにすれば「本人が居ないのにファンだけで集まって何が面白い?」という感覚があるようです。門外漢にとって”ファン”はそれぞれ”見知らぬ他人”でしかないのでしょうから。しかしファンも長年やっているとライブ会場で顔を合わせる機会が増えます。「あの人前回も来てた」から会釈するようになり話しかけるようになる。そういった数人のグループができ、今度はグループ同士が繋がり段々大人数に。といった風に私の周囲でも100人規模の仲間ができていました。森高さん休止時代も、ネットを通して細々と繋がっていました。そういった仲間達にとってはライブも「同窓会」でもあり、仲間と集まるのもライブでの楽しみのひとつなのです。ファン同士で結婚した仲間も数組あります。

今晩は長野でツアー2戦目が開幕します。私の参戦次戦は3月の桐生市(群馬県)、それまでは各地参加組・全制覇組の参戦模様をネットで見ることになります。Img015

 

 

1月27日(日)   足利までは帰れませんので狭山駅前のビジネスHに宿泊、同じH泊りのファン友人と3次会で24時まで飲んでました。翌27日は少し東京を散策して帰ります。

西武新宿線に乗るのも久し振りです。進学で上京して最初に住んだのが西武新宿線沿線の中落合(駅は下落合)でした。その次が新井薬師。シーズン初めには狭山の人工スキー場で滑り初め、ライオンズのファンクラブに入っていた時期もあります。ふと思い付いて下落合で降りてみることにしました。

Img_20190127_090022_2 Img_20190127_100450 

駅から北に登る聖母病院通りはそのままでも、周囲の建物は全くの様変わり、”懐かしさ”が全然ありません。40年以上経っているのですからそれもそうでしょう。地方都市なら何かしらは”変わらない”景色が残っているものですが・・・。

目的地は「佐伯祐三アトリエ記念館」です。当時住んだアパートのすぐ近くにあったのですが知らずに、引っ越した後に存在を知りました。今回訪れて初めて知ったのですが、私の住んだ1972年にはまだ、佐伯夫人が住んでおられたそうです。何処かの通りですれ違ったとかもあったかも。

Img_20190127_103509 Img_20190127_111020 Img_20190127_111104 Img_20190127_111153 

Img_20190127_111136 Img009_3 Img019_2 

記念館は再現ではあっても新築だそうです。展示作品はコピーで本物は美術館、あくまでアトリエの再現で当時の環境を垣間見るためのものです。等身大の立看もありますが身長150cm台の小柄だったそうです。ボランティアの女性に丁寧にご説明頂きました。入場無料です。その方から「中村彜アトリエ記念館」の存在を知り、梯子してみることにしました。

歩いて10数分移動、中村彜(つね)は佐伯祐三と同時代の洋画家です。両人の実際の接触は無かったそうです。

Img_20190127_113043 Img_20190127_113055 Img_20190127_113123 Img_20190127_114044 

Img_20190127_114323 Img005_4 Img008_3 Img0067_4 

こちらでもボランティア女性にお世話になりました。こちらも無料。できるだけ元々の素材を利用しての再現アトリエだそうです。作品はもちろんですが、椅子やテーブル等も再現品で当時使われた本物は水戸の美術館にあるそうです。中村彜は水戸藩士の息子だったとか。

しかし佐伯祐三30歳、中村彜37歳、中原悌二郎32歳、荻原守衛(碌山)30歳、この時代の作家さん、早世が多いですね。

目白駅まで歩いて昼食の後乃木坂国立新美術館へ移動。「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」、詳しくは知らない作家でしたが、ナンカ面白そうなので行ってみました。大阪外語大スペイン語学科卒からセビリア美術大学に留学、現在はベルリン芸術大学教授だそうです。海外で活躍する日本人女性、増えましたね~。

Img014 Img012 

Img_20190127_152111 Img_20190127_152328 Img_20190127_163418 

墨絵的な大作コーナーのみ撮影可でした。全体として、興味深くはあるのですが、私のポイントからは少し外れています。

無料でしたので「日仏現代国際美術展」も入ってみましたが、語るほどのものはありません。もう少しレベル高いと期待もしたのですが。春の「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」の前売り券を買って帰りました。この春には注目展覧会が目白押しです。

2019年1月24日 (木)

1月20日のお出かけ

大相撲と大坂と錦織とアジア杯サッカーと、TV観戦で忙しくPC前に座る時間が足りませんでした。錦織は残念でしたがあの5時間余の熱戦の後では無理もありません。大阪は今日13時から準決勝、期待できます。夜にはサッカーもあります。大相撲、栃木出身の貴源治は負け越しですが双子の兄貴ノ富士(元貴公俊)は勝ち越し、来場所兄弟同時十両の可能性もあります。

20日の日曜日、北関東道経由で50分高崎市へ。最初の目的地は「高崎市タワー美術館」多分初めての訪問です。前回高崎に来た時にチラシを見て少し興味を持った展示会、どうしてもというほどではなかったので保留していましたが、他に目的ができたので行ってみました。最終日でした。

Img_20190120_130436 Img_20190120_130336 Img_20190120_130320 

すぐ隣のパーキングに停めてしまったのですが、契約駐車場であれば駐車券が出たみたいです。事前に調べていなかったので入り口まで来て知りました。入場はシニア(65歳以上)無料でした。

「長野信濃美術館名品展」が開催されていました。同美術館は建て替えのために閉館中だそうです。興味を惹かれたのはチラシ写真の荻原守衛作品(彫刻)のせいです。学生時代は美術部所属でしたがシーズンに2回スキー合宿があり、1回目が上越・岩原2回目が大糸線・佐野坂で、それぞれ毎年企画されていました。佐野坂のスキーは数回(3回?)幹事として企画設営していました。参加は全部で6回。その折安曇野の「碌山美術館」へ、部員を連れて2回か3回訪れています。そこだけ美術部っぽかったですね。(笑) 自然の中に教会風の建物、印象深い美術館です。http://www.rokuzan.jp/index.html

1度だけ、スキー場に油絵道具を持ち込み描いたことがありした。佐野坂スキー場入口辺りの風景です。19772

話を「タワー美術館」に戻します。今回は碌山美術館とは全く別の「長野信濃美術館」収蔵作品の展覧会、荻原守衛の「女」が出品されていたので話が逸れました。近代日本美術、荻原守衛、菱田春草他長野県所縁の作品を集めた展示会でした。名を知らない作家、聞いたことがあるかな?くらいの作家も多かったですね。荻原守衛<女>は懐かしくも魅力ある作品です。

Img007_2 Img008 

この日の主目的地は高崎市の「ガトー・フェスタ・ハラダ」、ご存じ”ラスク”で有名になった菓子店ですが、高崎本社にはギャラリーが併設されていて若手現代作家の展示会が開かれます。丁度2年前にはお隣太田市在住の片山真理さんの個展が開催され訪れました。それ以来の訪問です。

Img_20170122_122452 Img_20170122_121514 Img_20170122_122506 

今回は「大庭大輔展」、東京藝術大学大学院卒、現在京都造形芸術大学大学院准教授という38歳の作家さんです。大学美術部時代の仲間で若手作家のコレクターをやっている友人に誘われての展示会です。彼は大庭氏が大学院学生時代から注目して追っていたそうです。

Img_20190120_135120 Img_20190120_135236 

回廊を渡るような宮殿並みの豪華な建物、右半分がラスクやケーキなどの販売店、沢山のお客さんが訪れます。休日には団体バスも廻ってくるみたい。奥には工場があり見学コースもあるそうです。左部分にギャラリーがあり企画展が開催されます。入場は無料。

作品はかなり斬新な抽象作品、独自に調合したアクリル系画材を用いて、偶然性を加味した技法で描いているそうです。ガチョウの卵に絵の具を詰めて投げつけるアクションペインティング、画面上で独楽を廻してその軌跡をタッチとした技法など、言葉の説明ではイマイチ理解不十分な作風です。制作風景をビデオにでも撮れば、それがそのまま作品にもなりそうですね。友人に紹介頂いて大庭氏の奥様にご説明頂きました。奥様も作家でシュールっぽい作品を描かれているとか。

「意図と偶然性の融合は、カタチを別の次元へと昇華させ、人間の意識的行為と、制御の利かない運動の間には、自然的宇宙の『法則』が炙り出されてゆくのだ。」と言うことだそうです。判るような判らないような・・・。私の頭では付いて行くのが大変。ただしかし、金属的で神秘的な表層は、その世界に引き込むに十分な魅惑的世界を持っているように感じました。

Img_20190120_135528 Img_20190120_135711_4 Img_20190120_140732_2 

Img_20190120_140035_6 Img_20190120_140025_4 Img_20190120_141533_2 

2019年1月17日 (木)

「ボヘミアン・ラプソディ」

映画「ボヘミアン・ラプソディ」観てきました。「ファンでなくても感動する」との感想を聞いて観に行ったのですがその通りでした。メンバーそれぞれの、人としての描き方が魅力的でした。ドラムのロジャー・テイラー、特に濃く描かれたわけでは無いのですが「きっといい奴なんだろうな」と感じさせる、自然で好ましい演技だったと思います。そして何と言っても歌と演奏が素敵でした。過去の音源、現在のブライアン・メイとロジャー・テイラーの演奏に "公認クイーンコピーバンド"の音とを組み合わせて構成したとか。最後のライヴエイドのシーンは圧巻でしたね!涙ぐみそうなほどに。因みにベースのジョン・ディーコンは「フレディ以外のボーカルで演奏する気にならない」と事実上引退してしまったそうです。

キラー・クイーン」のヒットした1974年は大学2年生、翌1975年には初来日して大騒ぎでしたから、ファンならずともその曲は身近に聴いていました。映画中での曲のほとんどは記憶にあります。ただ、「キラー・クイーン」以外は聴いても曲名は思い浮かびませんし、曲名からメロディも浮かびません。私自身は当時はかぐや姫とかユーミンがメイン、洋楽はディスコに夢中(2次ディスコブーム)だったこともあり、アイク&ティナターナーとかのブラック系の曲を聴いていました。大学生時代はステレオもラジカセも持たずラジオだけでした。買った洋楽LPはアイク&ティナターナーとエマーソン・レイク&パーマーそれぞれ1枚ずつだけだったと思います。

フレディ・マーキュリーは私より7歳年長ですが、音楽シーンとしては同時代人といってもよいと思います。それを1番に感じたのは物語の冒頭に近い部分、メアリーの勤め先としてブティック「BIBA」が出てきたことです。1975年、ロンドンの「BIBA」で買い物しています。ツィーギーとかで時代の先端として有名になったブティックですが、同年にブランド休止していますのでギリギリでした。買ったのはジャケットとジーンズ地のブーツです。ブーツは当時流行のウエッジソール。少し前に処分しようかとも思ったのですが取っておいて良かった~。取り敢えず当分は保存しておこうと思っています。因みに、かなり細めのデザインですが、20代のその頃と体型も体重もほとんど変わりませんので今でも入ります。(笑)

Dsc04221_2 Dsc04222_3 Dsc04223 

Dsc04230 Dsc04227_3 

ロンドンを訪れたのは1975年の夏、スコットランドのエディンバラに2週間滞在の後ロンドン、そして中央ヨーロッパを渡り歩きました。当時ロンドンには大学美術部の先輩が在住しており、先輩の愛車中古ポルシェでケンジントンパレスコート、そしてBIBAに連れて行って貰いました。

2019年1月 3日 (木)

謹賀新年 ★年末年始★

新年あけましておめでとうございます。平成の世も残り4か月、新年号は何になるのだろう?

正月一番の楽しみは2日3日の箱根駅伝、元々見てはいたのですが、母校青山学院大の活躍で興味倍々増、これなしでは正月が始まりも終わりもしなくなりました。惜しくも5連覇を逃したものの復路優勝で意地を見せました。往路4区の岩見が低体温症で区間15位のブレーキ、「どうせ5区で挽回」と安心していたはずが、まさかの山登り竹石の不調・・・。こればっかりは予想できませんでした。往路で一番の安定区と思っていましたので。  今日の復路は打って変わっての大快走、6区山下りの小野田が区間新記録で勢いを付けると、7区林1位・8区飯田2位・9区吉田1位・10区鈴木2位と他を圧する走りで復路新記録で総合でも2位になりました。往路での5分半のハンデはさすがに厳しかったですけどね。それ以上に東海大の頑張りがすごかったし。3年前に揃って入学した東海大黄金世代が順調に成長してました。  8区1年生飯田、9区2年生吉田、来年も楽しみ。山下りの小野田が卒業しますが、下りになった途端に復活した竹石を下りにどう?山の神は豊富な選手層の中からこれから見つけるとして。しかし、往路東洋大・復路青学大・総合東海大と優勝が異なるのは珍しい。マスコミ登場の多い原監督批判もあるけど、他校発奮の材料になり、全体レベルを押し上げしてる効果は出ていると思う。昨年、原監督の講演も聴きましたが、監督は青学だけじゃなく陸上界全体のレベルアップを目指して敢えてマスコミを利用してのだと思います。金栗四三氏が”世界的に通用するマラソン選手を”として始めた箱根駅伝、昨今では逆に「箱根駅伝が終着駅になってマラソン選手育成の障害にもなっている」と批判していた原監督、その意図は感じられます。東京OPに間に合うかどうかは難しいけど。

Img_20180927_160956_2 Img001_3 

12月31日は恒例の”大晦日ゴルフ”でした。息子と高校時代の友人と3人または4人で近辺のゴルフ場でプレーするのが毎年の楽しみです。オヤジに付き合ってくれる孝行息子に感謝!それを育てた奥様にも感謝!!

今年のゴルフ場は栃木市の「皆川城カントリークラブ」でした。自宅から車で40分ほど、息子の運転でBRZで出かけました。設備も接客対応も悪くない、今ではアコーディアグループ入りしているコースです。比較的平坦でシンプルですがコース幅はあんまり広くなく、ワンぺナや打ち込みに注意が必要です。グリーン手前には顎のあるバンカーの待ち受ける、そんなホールがやたらと多いワンパターン設計。そしてそのワンパターンにことごとく嵌る悔しさ・・・。今回で4回目のゴルフ場ですが、前3回はすべて「109」という因縁あるコースです。今回もその傾向があったのですが「56」「51」で「107」、辛うじて2コだけ向上しました。前回も感じたのですが、何故かグリーンが良くない。硬くてごつごつした感じがします。全体としてはまあまあなのに不思議なくらいに良くない。それと、これはゴルフ場の責任ではないのでしょうがバンカーが足跡だらけです。自分の足跡を均さない者共、ゴルファーたる資格はないですよね。息子は大叩きホールが複数あり120越え、ゴルフの上手い高校時代からの友人も珍しい100超え(初めて見ました)、私が1番平常スコアでした。(笑) あ、あと皆川城CCで1番良かったこと、昼の”エビカツサンド”が美味しかった~。

Img_20181231_110852 Img_20181231_134156_2 Img_20181231_142013_li2 Img_20181231_150511 

夜は年越し蕎麦とNHK紅白歌合戦が我が家ではお決まりです。世間全般、家族で紅白見ながら集う家庭は少なくなっているようですが、我が家では三世代でTV前で飲み食いしながら見てます。特段に紅白が楽しみなわけではありませんが、集う雰囲気は悪くありません。今年はマテウスロゼ、甘い弱炭酸ポルトガルワインを買ってきました。安いワインです。来年末の結婚40周年旅行、ポルトガルが最有力候補なもんで。

年が明けての1019年、朝はゆっくり起きて午後から初詣に出かけました。89歳の母と家内と息子と私。最初は近所の氏神様、八幡神社。正しくは下野の國一社八幡宮ですが普段は「やわたじんじゃ」と呼んでます。お札と破魔矢を返納して新しいものと交換しました。前九年の役時、源義家が京都の岩清水八幡宮を勧請して勝利を祈願したという歴史ある神社です。義家の四男義国が足利荘を領し、その子義康が”足利氏”を名乗り、後の尊氏に繋がる河内源氏足利氏が生まれます。

Dsc04187 Dsc04188 Dsc04189 Dsc04190 

Dsc04191 Dsc04192 Dsc04194 

nextは市内緑町にある八雲神社、御存じ森高千里さんの「渡良瀬橋」で歌われた神社です。こちらでは昨年の達磨を返納、一回り大きい達磨に交換しました。家族全員が大過なく1年を過ごせたことに感謝して目を入れました。絵を趣味としていますので、昨年初めに入れた左目は油彩、大晦日に入れた右目はパステルで、共にカラフルに彩色しました。

Dsc04176 Dsc04177 Dsc04180 Dsc04182 

Dsc04201_2 Dsc04186_3 Dsc04202 Dsc04203_li3_4 

帰途、市内喫茶店で珈琲して帰りました。今年は今月下旬から森高千里全国ツアー、取り敢えず2か所のチケットを購入済み。そして9月のW杯ラグビー、まだ1か所しかチケットが得られていません。15日から始まる敗者復活戦で再チャレンジします。11月には東京での展覧会、友人との4人展を予定しています。達磨さん皆さん、今年も宜しくお願いします!

2018年12月12日 (水)

「高輪ゲートウェイ駅」

JR山手線での新駅名が話題になっています。「なんで130位が?」「公募した意味がない!」との批判があり、撤回署名まで始まっているとか。なんでこんな騒ぎになるのか理解できません。私はイイと思っています。単に「高輪駅」じゃ単純すぎて技が無い。1位の「高輪」を使いそのアレンジなのだから、大筋では公募の意味には反していないと思います。「高輪」と「高輪ゲートウェイ」の二者択一、または複数候補からの選択応募でしたら「なんで1位を採用しない?という疑問も判ります。また、「1位応募名称を少しの加算・変更もなくそのまま採用する」との厳密な定義の上での公募だったのでしたら。漠然とした公募では「高輪ゲートウェイ」なんて出てくるわけはありません。おそらく「高輪~~」という多種多様な応募はあったはず。その総数も知りたいですね。総数が多ければ、「単に高輪駅じゃ当たり前過ぎて面白くない」との意見を持つ人も多かった証拠ですので。当初から有力候補と言われた「高輪」と「芝浦」、そのどっちなのかが決まれば、それだけで”公募”の意味は果たせたのかと。もしかして「芝浦ゲートウェイ」になる可能性もあったのかも知れません。「出来レース?」との疑惑も出ていますが、こういったアイデア、大抵は多数の素人案よりも特定プロ案の方が優れているのが一般的、公募で「高輪」が選ばれた民意にプロが味付けした、それで良いんじゃないでしょうか。

「駅名として長過ぎる、誰もそう呼ばない」との意見もありますが、いちいち正式名称呼ばれなくとも、通常は「高輪駅」と呼ばれても、それで無問題でしょう。

もしかしたら、この騒ぎは主催者側の期待通りだったのかも?とも思ってしまいます。この騒ぎで駅名は一挙に全国に知られました。安上がりで効率的な宣伝でした。1位の「高輪駅」にそのまま決まっていたら、軽く流された話題でした。地元商店街等には賑わいをもたらすだろう、恰好の騒ぎでしたね。

より以前の記事一覧

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31