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2020年7月10日 (金)

最近読んだ本

「こうふくあかの」西加奈子 小学館文庫41gfdcpynl_sx348_bo1204203200_

 

「~みどりの」で2冊同時に書かれていた、とのあとがきを読み、読まないわけにはいかなくなった1冊。双方に同内容のあとがきが載っています。西原理恵子との別内容の続き対談と共に。

最近読んだ中では最も引きこまれた作品になりました。「サラバ!」より更に。「~みどりの」も良かったけれど1部「サラバ!」の2番煎じ的感じもあって・・・。実際には「~みどりの」の方が先で、その中の1部を焼き直して「サラバ!」の中に組み込んだわけではありますが。

「~あかの」は、2007~08年の話と2039年の話が並行して語られます。全く別種の、交わりそうにない物語が。先を急がせる気持ちに持って行かれる、そんな感情移入は久し振りな気がします。人と人、全く別の道を歩む人生が何処かで交わり交差する、少し前に読んだ「独立記念日(原田マハ)」もそのようなテーマでの作品でしたが、片や日常的な普通の生活の中での多数の交わりを描き、もう一方はある2つのドラマチックな生き様を描く、発想の一部に似たようなヒントはあったのかも知れませんが、出来上がった作品は全くの別物でした。

小説は作り物、極端に言えば”嘘”です。作者の好きなようにどうにでもなります。だからこそ、都合の良過ぎる展開は抑える合理的自制が求められる世界だと考えています。ファンタジー系はあまり読みませんし、泣かせる・感動させようとの作者の誘導の見え過ぎる作品も好みません。しかし今回は、2つの物語の”都合の良い”交差を内心望んでいる自身を発見してしまいました。

 

 

「娘の中の娘」源氏鶏太 講談社文庫Ebookjapan_b00162087590

 

家内蔵書です。文庫本として昭和55年第4刷、書かれたのは昭和33年とのこと、解説(武蔵野次郎)には「20年前の作品であるが、読者に少しも古めかしさを与えない~」とありますが、60数年を経た現在ではさすがに古めかしい。解説内容も当代の人気大物作家に遜った陳腐なものを感じます。

当時ドラマ化・映画化された作品も多い作家ですが、内容は当時流行ったホームドラマそのもの、理想化された型通りの物語です。正直で素直、正義感に溢れる主人公と、女性を暗がりに誘い出し迫ろうとする悪漢、そしてタイミングよく助けに現れる白馬の王子(笑)。晩年にご本人が心配した通り、後世に残る作風ではありません。直木賞受賞の「英語屋さん」に興味は残りますが、それは残念ながら家内書棚には無く、わざわざ買って来てまでは読まないかも。

「古めかしさ」、古いものすべてに当て嵌まるわけではありません。源氏鶏太の生年は1912年、太宰治1909年、檀一雄1912年、遠藤周作1923年、吉行淳之介1923年、もちろん時代風景は変わります。馬車が自動車に、ガス灯が電灯にLEDに、電話もダイヤルからプッシュホンそしてスマホに。使う道具や風景は変わっても、太宰や遠藤には「古めかしさ」を超えた表現があります。

さて現代に立ち返り考えてみます。当時次々にベストセラーを生み出した源氏鶏太、現代でのドラマ化・映画化される人気作家、この先の行方、将来での評価はどう変わるのでしょう?

 

 

「親王殿下のパティシエール」篠原悠希 ハルキ文庫511hbnk6zul_sx342_bo1204203200_

 

”パティシエール”の文字が目に留まりました。この文字無しでは興味をそそらなかったと思います。私、製菓学校卒の元パティシエです。

清皇族の厨房、助手として活躍する仏華ハーフのマリー、その人物設定は楽しげです。都合の良いあり得ない偶然機会と都合の良い展開、およそ作り物で韓国ドラマ的ですが、韓国ドラマに登場する不合理なイジメや出来過ぎのすれ違い等はありません。正直、韓国ドラマは苦手です。

西洋菓子を作るには設備も材料も乏しい清厨房、その中で仏菓子を作ろうと奮闘・工夫する主人公、一般の方にはどのように映るのか判りませんが、私なら忽ち白旗を挙げてしまいます。

何か自身の生き方考え方に影響を与える、糧として本を求めていますが、硬い難しい本ばかりじゃやっぱり疲れます。時には毒にも薬にもならない気楽な本も求めてしまいます。特に、泥沼的な痛い本を併読している時には。ひと時を楽しく過ごさせて頂きました。パート2も出ているとか。(韓国ドラマ的?)ロマンスを匂わす部分もあり、買わざるを得ないでしょう。願わくば、韓流ドラマのように、長々と続くことのないように・・・。

 

「いちまいの絵 生きているうちに見るべき名画」原田マハ 集英社新書Zerothree_oh4087208885cd

 

最初見かけた時「いまいちの絵」と題名を読み違えて興味を持った本。(笑) 読み違えなかったら・・・それでも結局は買ったろうなー。

原田マハさんお薦めの世界の26作品に関して書かれています。絵画評論というより、エッセイ的な、その作品との出会いや想いが書かれています。同じ作品でも出逢う時期や出会い方によっても感じ方は異なるでしょうね。その絵の描かれた時の作者の状況や、時代時代での価値観や画家の存在の在り方等、簡単な美術史的なものも判りやすく盛り込められています。「モネのあしあと」「ゴッホのあしあと」同様、入門書としてはよくできた本です。DIC川村記念美術館でのマーク・ロスコは是非観て頂きたいですね。折角日本にあるのですから。

2020年4月27日 (月)

「たゆたえども沈まず」

「たゆたえども沈まず」原田マハ 幻冬舎文庫51ng7lncgil_sx329_bo1204203200_ 

 

基本単行本は買いませんので、文庫化を2年半待って読みました。中学生で油彩を始めて最初に憧れたフィンセント・ファン・ゴッホ、期待感大きく読み始めたのは事実です。期待が大き過ぎたのでしょう。予想以上に失望感を感じてしまっています。待望の原田マハ作品、読み辛かったとかつまらなかったとかではありません。スムーズに読み進み読み終えました。しかし後には粗筋が残るのみ、肌に染む感慨や情感は残りませんでした。

これまで読んだ原田マハ作品すべてに満足したわけではありません。都合よく組み合わされた偶然に、技巧的不自然さを感じたり、逸脱し過ぎたフィクション増幅にハラハラさせられたり、元々が私の好んだ作家たちと彼女の作品とは、趣旨の異なる創作でした。それでも創り出されるマハ世界に浸り、実像とは異なるだろう画家像に感情移入させられてきました。しかし今回は、読後に生きた画家像がこころ内に描き出されることはありませんでした。

先に読んだ「ゴッホのあしあと(幻冬舎新書)」によって、小説でのフィクション部分に関しては知識を得ていました。それは理解の助けになりました。しかし作者の「彼の人生がドラマ以上にドラマチック、強烈過ぎてつくりこめない。創作の中に落とし込むのは難しい画家」との危惧がそのまま反映されてしまったように感じています。「ジヴェルニーの食卓」でのモネ、「暗幕のゲルニカ」でのピカソ、そして「楽園のカンヴァス」でのルソーのようには、人間ファン・ゴッホは私の脳内には描き出されませんでした。

作者の常套手段として、画家そのものの1人称ではなく、他の人の目を通しての画家像が描かれてきました。モネの義娘ブランシュであったり、ピカソのモデルである写真家ドラ・マールであったり、ドガの画家仲間メアリー・カサットであったりしました。セザンヌを描いた「タンギー爺さん」に至ってはタンギー氏の娘を語り部に、肝心のセザンヌは1度たりとも登場しません。そしてそれは成功してきたように思えます。今回の語り部は架空の日本人加納重吉です。しかし重吉が語るメインはゴッホ本人ではなく弟のテオドルスですので、肝心のゴッホ本人の描写は遠くなります。更にテオに関しても”親しい友人”の枠を超えず、これまでの関係性に比べると移入度が薄く感じられます。その遠さが、皮下に触れられない、薄皮1枚隔てた煩わしさを感じさせます。

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個人的には、描くに「難しい画家」との危惧を抱きながらも従来の手法を選んだ選択ミス、消極性での限界でもあったように考えています。難物ゴッホに対するには、なり振り捨てて飛び込み、泥塗れで1人称で描くような捨て身な積極性が必要ではなかったかと。エンタメ的に”面白く描こう”との作為のあり過ぎるのが、私的には原田マハの欠点と考えています。せめて「太陽の棘」の時くらいには、裸で飛び込んで欲しかった。作家原田マハの器用さが、今回はその限界を示したように感じています。

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設定に関しても不満点が2点。自殺説での疑問点になっていた銃の出処、やはり無理があります。あれでは単なる”ふと思いついたアイデア”の枠を超えません。実際には接点のなかったと思われる林忠正との創作部分でも、ゴッホの才能を認めながら1点も買わなかったのはやはり不自然でしかありません。出会わなかった事実通りに、林忠正のパリでの活動とゴッホ・テオの行動を別個並行に描き、1歩遅れた出逢いすれ違いで終えた方が納得できたかも知れません。

好評の感想を多く目にしますので、私の期待が過剰だったのかも知れませんが、私には新味の少ない、従来のゴッホ像・テオ像が繰り返されたようにしか映りませんでした。この作品で初めてゴッホの画家像を知った方々はまた別の感慨を持ったのでしょう。しかしそれなら、昔の映画でカーク・ダグラスの演じたゴッホの方が、私には身に沁みました。

ここ暫く、ゴッホの作品を目にする機会が多かったですね。国立西洋美術館での「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」でも観られるはずなのですが、コロナ渦で公開が延期となっています。前売り券購入済みなのですが、難しそうです。

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2020年2月10日 (月)

最近読んだ本

「たそがれビール」小川糸 幻冬舎文庫

9784344423039 書店で、読んだことのない作者、エッセイ的なもの、との選択で選びました。何か新たな発掘をしてみたかった。結論から言うとちょっと不満足。「ツバキ文具店」とか「食堂かたつむり」とか、ドラマ化された作品も多い人気作家らしい。作家名は知らなかったし作品名は聞いたことのあるものもあるけれど、読んだこともドラマを見たこともありません。ま、寧ろ、ドラマ化されるような小説は避ける傾向もあるし、私。

海外滞在エッセイというのが選んだポイントでした。内容的には面白くないこともナイ、はずなのに何故か沁みない、というかエトランジェ的切なさが感じられない。期待と何処が違うのか判らないのだけれど、冒険とか、アウトロー的な体験の出てこないせいかなぁ? 

 

「モディリアーニにお願い」相澤いくえ 小学館

原田マハ的なアーティスト小説と勘違いして買ってみたら漫画でした。最近は漫画劇画表紙の小説も多いので・・・。結構がっかり。「漫画も芸9784091878946 術」という人も居ますが、全否定はしませんが、芸術表現としてはやはり限界値の低い表現方法だと思っています。アートの基本は”リアル”だと思っています。創作ではありますが、あまりに現実を無視した作り話は苦手、ですので映画でもファンタジー系は苦手です。想像を広げてなんでも書ける描けるのがアート、何でもアリの世界だかろこそ自制が必要と感じています。最近の人気漫画は得てしてその自制を超えてしまっているものが多いのであまり読みません。買って読むのは「空母いぶき」「乙嫁語り」「キンブダム」の単行本くらい。「キングダム」はかなり嘘八百でキワドイけどね。

その意味では、作者が(発表当時)現役の美大生だっただけあって、かなりリアルを盛り込んだ漫画作品ではありました。がっかりした割には2巻目も買ってしまいました。それでも小説のような深みはないので3巻はどうするか迷い中。アーティスト卵としての悩みはありきたりだし、漫画にすると薄味にもなります。

 

「カフーを待ちわびて」原田マハ 宝島社文庫

9784796663526 原田マハの原点、日本ラブストーリー大賞第1回受賞作。受賞を狙って書いた感のある作品。取るだけの価値ある作品だし、それはそれでそれまでの作品という思いも感じてしまう。読んだどれもが面白いという作家だけれど、面白さを作り過ぎる危うさも併せ持つ作家でもあります。根っからの直木賞的作家、芥川賞系好きの私には時折微妙に感じさせられてしまう部分もあります。それでも今のところ、離れられない常習性の中に居ます。この作品も入り込まされた挙句に術中に嵌った、上手いことだまくらかされた悔しさも残ります。面白いけれど私の生活人生には影響を及ぼさない類の作品です。「たゆたえども~」が中々文庫化されない。待ってるのですが。

 

「劉備と諸葛亮 カネ勘定の「三国志」」柿沼陽平 文春新書

三国志の「英雄」は全員悪人?というオビが付いてます。歴史学の最新知見が教える「名君」「天才軍師」のウラの顔、という文字も。読んで9784166611713 みるとどれも大袈裟、スポーツ新聞の見出しみたいなものです。”最新知見”とは言いますが、歴史好き三国志好きには知られた話想像できる範囲を超えない”最新”です。「関羽・張飛は劉備にカネでスカウトされた」とありますが、当然そうだろうし、かといって具体的な照査を示しているわけでもない。単にNHK大河的な綺麗事の脚色を否定したのみで、それ以上でもありません。NHK大河では登場する戦国武将の誰でもが「戦の無い安寧な世を」願っていたという取って付けたような脚色ですが、それを三国志世界で同様に否定修正しただけの範囲です。それ以上での目新しい発見は少ない。劉備の出生、諸葛亮の家柄等を詳しく述べたのが特筆に値する程度か?期待倒れということで、駄作ではないというか、帯の売り文句が過剰というのが一番の欠点かも。

当初は酒見賢一の「泣き虫弱虫諸葛孔明」の副読本的に読み始めたのですが、そちらの文庫本第5巻が発刊されず、先に読み終わってしまいました。

 

本の話ではないのですが、本日飛び込んだビックニュース、韓国映画「パラサイト」がアカデミー作品賞を取りましたね!びっくりです。候補に載ったことが大殊勲で、欧米系ばかりの審査員の中での受賞は無理、との前評判もありました。作品は勿論観ましたが、さすがポン・ジュノ、さすがソン・ガンホという作品でした。「殺人の追憶」に迫る傑作です。作品だけでなく、アジア映画に偏見なく投票した審査員諸氏にも拍手です。

2019年12月31日 (火)

「ゴッホとヘレーネの森」「永遠の門 ゴッホの見た未来」

19日、シネマテーク高崎で映画「ゴッホとヘレーネの森」、ゴッホ作品を収集、私財を投げ打ち美術館を建てオランダに寄贈したコレクター、ヘレーネ・クレラー=ミュラーを追った作品です。ただ実際には、やはり主役はゴッホ本人という感じ、イタリア人女優を案内人としてゴッホ研究家やクレラーミュラー美術館スタッフの証言とゴッホの手紙を教材として、その足跡を辿ります。意外性は少ないですが勉強になります。

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 20日には「ゴッホ展」と「ゴッホとヘレーネの森」の復習でカフェ杏奴に。足利市通り二丁目にあるこの喫茶店(昔の純喫茶に近い)はママさんの義父が地誌研究家で、本棚にその蔵書が並んでいます。今日のお目当ては集英社現代世界の美術5GOGH、です。ゴッホ展で観た作品、映画で紹介された作品が載っています。アムステルダムにある国立ゴッホ美術館には21歳の時に行きました。クレラーミュラーにも行きたくなります。行きたい場所ばかりが増えてしまいます。

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24日にはゴッホ映画のもう1作「永遠の門 ゴッホの見た未来」、会場はやはりシネマテーク高崎。地元周辺(足利市・佐野市・太田市)には3軒のシネコンがありますが、いずれもマイナー映画は上映してくれません。ハリウッドアクション大作や漫画原作邦画など、私の興味を引かない作品ばかりを、3軒とも同じようなラインアップで上映します。それではるばる高速を使って高崎や宇都宮に出かけて行きます。映画自体はシニア割引きで観られますが、往復高速料金が加算されますので高い鑑賞料金になります。

 「永遠の門」は画家となったゴッホの最後の数年を、ややドキュメントタッチで描いた作品です。ゴッホは27歳で画家を志し37歳で亡くなっていますので10年、しかも前半はハーグ派(オランダ)やミレーの影響で暗い絵を描いていましたので、一般的にイメージする極彩色の激しい作品の描かれたのは最後の4年ばかりにしか過ぎません。映画ではその最後の4年間が描かれています。

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ゴッホ映画というと、1956年アメリカ映画カーク・ダグラス、アンソニー・クインによる「炎の人ゴッホ」が有名ですが、今回のものはあまりドラマチックに走らず、かなりリアルなタッチで演出されています。因みに英米仏合作映画です。更に因みに「ゴッホとヘレーネの森」はイタリア映画、どういった経緯なのでしょうね?71tsqhbmdl__sl1000_

 ゴッホの死、以前は拳銃による自殺と言われていました。しかし色々と不自然な点もあり、最近では事故・他殺説も有力となっています。昨年見た描画アニメでの「ゴッホ最後の手紙」でも事故に近い他殺説を取っていました。変人気違い扱いされていたゴッホを、街の悪ガキがふざけ半分でからかい脅した末での、暴発に近い射殺、という感じでしょうか。

 生涯に1枚しか作品の売れなかったゴッホですが、死の直前頃には良い評価も出始めていました。原田マハの「リーチ先生」の小説中には、ゴッホの複製画を観たバーナード・リーチや柳宗悦、白樺派の文人たちが衝撃を受けるシーンが描かれています。これが1910年頃です。日本にまで流れてくるくらいですから、すでに大量の複製画が作られ、ゴッホに対する評価もかなり定まっていたのでしょう。あと10年・15年生きていれば、自身に対する評価を見られたのにと、残念に思います。

2019年7月29日 (月)

野口五郎コンサートin太田

太田市民会館、野口五郎コンサート、昨日行ってきました。。高校生時代の家内がファンだったとか。それで4月の誕生日プレゼントはチケットにしてみました。大学生時代付き合い始めた頃、彼女は「私鉄沿線」のモデルになったという池上線沿線のアパートを借りていたけれど、特に意識してのことではなかったそうな。

太田市民会館は2017年に移転新装された2代目の市民会館です。本年BCS賞という建築賞を受賞したとか。長らく老朽化を言われながら予算の出ない足利市とは好対照、広い駐車場を持つ最新施設です。駅前の図書館といい、税収格差を感じざるを得ません。

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野口五郎、アンコールはアカペラで歌ったり、マイクを置いて地声で歌ったり、さすがの声量・歌唱力でした。そうとう鍛えてますね。しかし誰も立たない、手拍子も声がけもほとんどないという(ライブじゃなくて)コンサート、久々の体験でした。学生時代のディープ・パープル以外ではラルクと林檎と森高さんしかライブ体験の無い家内、「静かだね」が感想でした。でも私達の世代では、GS嵌って追っかけしてたような人以外では、オールスタンディング未体験が大多数かも知れません。

蛇足です。家内は大学生時代の美術部の後輩、知り合って3年半経ってから付き合い始め、途中2年の遠恋期間を経て結婚、来年で40周年になります。昨年、久々に再会した聖心女子大卒の絵画仲間に「学生時代憧れてたんです!」と言われ「えっ俺に?」と思ったら「同棲に」だった。

当時上村一夫の漫画「同棲時代」が人気となり、1973年にドラマ化・映画化されました。ドラマでの主演は梶芽衣子と沢田研二、挿入歌でモップスの「たどりついたらいつも雨ふり」吉田拓郎の「旅の宿」が使われたそうな。憶えてないけど。映画版は主演が由美かおる・仲雅美、大信田礼子の歌った主題歌がヒットしました。”同棲”という言葉自体が流行し社会現象ともなりました。しかし当初の私の時代では、実際に同棲しているカップルはまだ少数で、”お堅い”聖心女子大生の周辺では遠い夢物語だったそうです。渋谷のトレンディ?大学在学中の私の周辺ではまぁ、そんなに珍しい存在ではなかったですけどね。

野口五郎の最大ヒット曲「私鉄沿線」もそう、”同棲”を主題にした作詞です。当時はそんなテーマの曲や小説・ドラマ、多かったですね。そしてほとんどというか「全部」と言っていいくらいが、悲恋、青春の切ない恋、別れ、で終わっています。ウチは当たり前のように結婚しちゃいましたけどね。来年は結婚40周年、夫婦でちょっと長い旅にでも出かけたいと思っています。

2019年6月28日 (金)

最近観た映画

「グリーンブック」 https://gaga.ne.jp/greenbook/index.html

もうとっくに公開の終わった作品「最近~」じゃないですね。1月の「ボヘミアン~」以来映画に関しては書いてなかった。しかし「ボヘミアン~」観たのが1月だったというのも驚き!そんな昔だったんだぁ~。

題名は黒人向け宿を記したガイドブック、1966年まで発刊されていたそうです。同じ南部でも州によって状況が異なり重宝したとか。その時代(1962年)を舞台に実話を基として作られた映画作品。アカデミー賞作品賞を受賞しています。

ピアニストとして高く評価されながら、敢えて差別困難の伴う南部諸州演奏旅行を企画したドクター・シャーリーは運転手兼ボディガードとしてイタリア系白人トニー・リップを雇う。演奏家として招待されながら会場レストランでは食事できない等不条理な差別、また裕福な黒人として地元黒人からも白い眼を向けられ孤独感を味わうシャーリー。そして差別意識を持ちながら、旅を続ける内にシャーリーへの敬意を高めて行くトニー、そのユーモア溢れるやりとり・エピソードには笑わせられ感動させられます。アカデミー受賞に関しては「白人スーパースター」映画、優位に立つ白人の活躍によって救われる定番型として批判もあったそうです。それだけ人種差別問題もひとランク上の次元で語られなければならないということなのでしょう。判らなくもないですが、自身がその差別世界の中に居ないせいか、単純に感動し楽しみました。社会告発的動機は別として、映画作品としてよくできています。自然と笑わせられてしまいます。

「ねことじいちゃん」 https://nekojii-movie.com/

普段なら観ないタイプの映画なのですが、ラジオで立川志の輔本人が話した映画宣伝が面白く興味を惹かれました。監督に「志の輔さんしか考えられない」と口説かれたとか。確かに映画のイメージによく合いそうな気がしました。ただ結果としては失敗だったと思います。芸達者な助演俳優たちの中にあって、志の輔の素人演技が完全に浮き上がってしまいました。一生懸命「演技しよう」との意図が丸見えです。寧ろ落語家としてそのままの姿で演じればよかった、私の当初のイメージもそれでした。現在65歳の志の輔が70歳の役を演じる、その部分でも無理して年寄り演技をしていて不自然です。ありがちな、下手な技を使わない単純なストーリーなのですから尚更でした。

主役はもちろん猫たちなのでしょう。専門家猫スペシャリストである岩合監督はさすがです。志の輔のラジオで『出演俳優から「何処までがCGなんですか?」と聞かれた』というエピソードを披露していましたが、ホント、信じられないくらい猫たちが”演技”しています。期待される猫像をしっかり理解しているみたいに。CGは全く使っていないそうです。猫にしっかり演技させた岩合監督、人間である志の輔の演技付けには失敗したようです。

「キングダム」 https://kingdom-the-movie.jp/

ご存知人気漫画の映画化です。漫画原作の映画というのも原則観ないのですが、漫画の方を単行本で買って読んでいるもので。歴史好きとしてはハチャメチャ過ぎる創作ですが、別物として単純に楽しんでいます。映画も同様、堅いこと言わずに楽しみました。脚本会議には原作者がずっと立ち合い、切るべき所は遠慮なくカットできるよう配慮したと、漫画本エッセイで書いていました。それが良かったのでしょうね。無駄なく合理的にすっきりとストーリー立てされていました。大沢たかおはこの映画のために、体重増量、筋肉トレーニングでムキムキ体を作り上げたそうです。すごい! きっと続編もできるでしょう。楽しみに待ちます。

「空母いぶき」 https://kuboibuki.jp/

漫画原作は観ない、と言いながら漫画原作が続きます。観た理由は同上です。昔々で判らない部分も多く想像を働かせる範囲の広い戦国時代に比べ、現時代を描くには難しさも伴います。「中華人民共和国」を「実在しない新興国家」に置き変える無理ありありの設定です。もちろん中国への配慮というか苦しい言い訳ですね。もっと苦しいのは結末です。ネタバレ配慮で書かずにおきますが、あり得ないご都合主義でした。丸~~く収まりました。これが可能なのなら漫画にもなりません。

「ゴジラ キングオブモンスターズ」 https://godzilla-movie.jp/

ハリウッド版ゴジラですが、日本版の「三大怪獣 地球最大の決戦」の焼き直しですね。1964年末の作品で小学生時代に観ました。迫力ある映像ですが、何と言ってもストーリーが酷い、無理やりの理由付けにもほどがあります。理由にもなってないし、そんなにまでして理由付けしなければならないのでしょうか?「~いぶき」みたいに外交問題もないのですから、「キングダム」みたいにハチャメチャで構わないと思うのですが。そこが気になって迫力ある映像にも集中できませんでした。

2019年1月17日 (木)

「ボヘミアン・ラプソディ」

映画「ボヘミアン・ラプソディ」観てきました。「ファンでなくても感動する」との感想を聞いて観に行ったのですがその通りでした。メンバーそれぞれの、人としての描き方が魅力的でした。ドラムのロジャー・テイラー、特に濃く描かれたわけでは無いのですが「きっといい奴なんだろうな」と感じさせる、自然で好ましい演技だったと思います。そして何と言っても歌と演奏が素敵でした。過去の音源、現在のブライアン・メイとロジャー・テイラーの演奏に "公認クイーンコピーバンド"の音とを組み合わせて構成したとか。最後のライヴエイドのシーンは圧巻でしたね!涙ぐみそうなほどに。因みにベースのジョン・ディーコンは「フレディ以外のボーカルで演奏する気にならない」と事実上引退してしまったそうです。

キラー・クイーン」のヒットした1974年は大学2年生、翌1975年には初来日して大騒ぎでしたから、ファンならずともその曲は身近に聴いていました。映画中での曲のほとんどは記憶にあります。ただ、「キラー・クイーン」以外は聴いても曲名は思い浮かびませんし、曲名からメロディも浮かびません。私自身は当時はかぐや姫とかユーミンがメイン、洋楽はディスコに夢中(2次ディスコブーム)だったこともあり、アイク&ティナターナーとかのブラック系の曲を聴いていました。大学生時代はステレオもラジカセも持たずラジオだけでした。買った洋楽LPはアイク&ティナターナーとエマーソン・レイク&パーマーそれぞれ1枚ずつだけだったと思います。

フレディ・マーキュリーは私より7歳年長ですが、音楽シーンとしては同時代人といってもよいと思います。それを1番に感じたのは物語の冒頭に近い部分、メアリーの勤め先としてブティック「BIBA」が出てきたことです。1975年、ロンドンの「BIBA」で買い物しています。ツィーギーとかで時代の先端として有名になったブティックですが、同年にブランド休止していますのでギリギリでした。買ったのはジャケットとジーンズ地のブーツです。ブーツは当時流行のウエッジソール。少し前に処分しようかとも思ったのですが取っておいて良かった~。取り敢えず当分は保存しておこうと思っています。因みに、かなり細めのデザインですが、20代のその頃と体型も体重もほとんど変わりませんので今でも入ります。(笑)

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ロンドンを訪れたのは1975年の夏、スコットランドのエディンバラに2週間滞在の後ロンドン、そして中央ヨーロッパを渡り歩きました。当時ロンドンには大学美術部の先輩が在住しており、先輩の愛車中古ポルシェでケンジントンパレスコート、そしてBIBAに連れて行って貰いました。

2018年6月23日 (土)

「万引き家族」と「タクシー運転手」

最近に観た映画2作品です。「万引き家族」は地元映画館で20日に家内と一緒に。ご存知の通り、今年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した作品です。世界三大映画祭での最高賞受賞作というと、だいたいは「面白くない」という印象があります。この作品もそれですね。ただこの場合の「面白くない」は作品の質を表す言葉ではありません。単に「エンタメではない」という意味です。映画は”面白くすべき”なのかどうか、難しい部分です。ただ、最近のハリウッド特撮・アクション作品のように、刹那の”面白さ”だけに特化した作品には疑問符をいくつも付けてしまいます。

事前に詳しくは内容を調べずに観に行ったのですが、”家族”という部分では私の想像通りでした。「多分本当の家族ではないのだろうな・・・」という点で。しかしその内容は想像以上にシリアスでした。つい最近ニュースになった幼児虐待、そしてDV、パチンコ店駐車場幼児放置や浮気・略奪婚も含まれているらしい。それぞれに事情を抱える5人”家族”に両親に虐待される女児が新しい”妹”として加わる部分から話が展開します。

私は小さな子供と遊ぶのが苦手です。目線を下げて同化して遊ぶことができません。結婚前は幼児・赤ちゃんを見ても「可愛い」と思うことがあまりありませんでした。それが結婚して長女が生まれて変わりました。可愛くて愛おしくて堪りません。今でも3歳の頃の娘には恋心を感じます。あの時代に戻れないことが寂しく感じます。父親にとっての娘、”永遠に結ばれない片恋の相手”だと思っています。「親孝行の必要は無い、子供は3歳までに一生分の孝行をしている」というのも本当だと感じています。そんな子供に対して”虐待”という行為が何故に可能なのか?どうにも理解できませんし、先のニュースにも居たたまれない辛さを感じてしまいます。

作品は、離婚した元夫の子供夫婦にたかる老婆、その老婆の家に同居する様々な過去を抱えた”家族”、万引きはするしその万引きを子供達にも教え協力させる”親”、性風俗店で働く娘、事実上の”誘拐”にも匹敵する幼女連れ去り、客観的に見れば「どうしようもない連中」です。しかしその生活には”家族”というものの本質を鋭く問い詰める投げ掛けがあります。シリアスに投げ掛けられたその現実に、映画を観ていても辛くなります。「画面に夢中になり時を忘れる」という没入以前に、「早く先に展開して欲しい」「もうお終いにして欲しい」とまで感じさせる辛さです。あまりにリアルでシリアスで、また俳優陣が皆上手過ぎて、「百円の恋」の安藤サクラはすごい女優ですし、樹木希林やリリー・フランキーはもちろん、子役達が上手過ぎて一層辛くなります。棒読みの昔々の子役は兎も角、しっかり役柄を捉え理解して演じているように見えます。あの歳でこの役柄を理解してしまったら、その辛さを知ってしまったら、そう考えると気の毒でなりません。そしてリアルなあまり”希望的観測”も付け加えては貰えません。どうしようもない現実を突き詰められたまま劇場を去らねばなりません。パルム・ドール綬章の理由や価値は判りますが、「面白くない」と感じた理由も観た方には理解頂けると思います。「面白くない」しかし「観なければ良かった」とは思いません。そんな映画作品でした。

 

翌21日には、高速を使って高崎まで、地元上映の無い韓国映画「タクシー運転手」を観てきました。名優ソン・ガンホ主演での、1980年の韓国南部光州市で起きた「光州事件」を題材とした作品です。軍事政権に反対する民衆の抗議デモに(警察では無く)軍隊が派遣され実弾を発砲、多数の一般民衆(百数十人、後遺症での死亡・行方不明者を含めると500人以上とも)が亡くなった事件です。しかも光州市は完全包囲され電話も遮断、韓国内でも事件真相は全く報道されず、「反政府主義者(アカ・共産主義者)の暴動で警察官が死亡」と報道されたのみだったそうです。そんな光州市に危険を顧みずに侵入したドイツ人記者とそれを運んだ韓国人タクシー運転手の、実話を基にした映画です。

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光州事件は、映像を日本に持ち帰ったドイツ人記者により全世界に発信、事実が知られることになりました。NHK報道で初めて事件を知った韓国人も少なくなかったそうです。しかし当時の日本ではあまり関心を呼ばなかったようです。27歳だった私の記憶には残っていません。韓国にはなんの関心も持たなかった時代です。事件の起きた1980年の夏、新婚旅行でフランスに向かいましたが、航空会社は大韓航空(安かった)でのソウル乗り継ぎ便でした。パリに向かう乗り換えでの金浦空港、マシンガンを抱える空港警備の兵士に「物騒な国だなぁ」と感じたことを憶えています。そんな大変な時代だったとは夢にも思っていませんでした。日本は平和真っ盛りのバブル期です。

「タクシー運転手」は、事実を基にした作品ではありますが、かなりの虚構が加えられ”盛って”あります。「あり得ないだろう!」と思わせる軍車両とタクシーとのカーチェイスとか、韓国映画にありがちなエンタメ的”嘘”があちこちにばら撒かれている感じです。何処までが事実で何処からが”盛り”なのか?はっきりしません。事実を全く書き換えた「軍艦島」や「暗殺」等、知らない人達には大いに誤解を与えるであろう設定脚本も意に介しないのが韓国映画です。その範囲では、誇張はあるでしょうが、「光州事件」という衝撃的な事件を描くにあたりその本質は外していない、エンタメとしての許容範囲での脚色だったようにも思います。シリアス過ぎて辛かった「万引き家族」を観た後でしたので、少しは許容範囲が広がっていたかも知れませんが。

2018年5月10日 (木)

平成最後のGW 1

平成最後のGW、遠出はしませんがそれなりに行事をこなしました。来年からは新年号、昭和は更に遠くなります。

 

私にとっての連休行事初日は4月30日宇都宮、映画を観に行きました。ここのところ続いた芸術家テーマ映画の一応の区切りになります。宇都宮在住の友人と待ち合わせての鑑賞、家内以外と一緒に映画を観たのは、おそらく大学生時代以来かと思います。

Img_20180430_085703_2「ゴッホ~最後の手紙~」ゴッホの死後発見された弟テオへの最後の手紙、パリのテオ宅へ配送されますが宛て所不明で返送されてしまいます。ゴッホの作品にも登場するアルルの郵便配達人ルーランは、息子アルマンにその手紙を託します。酔いどれて暮らすルーランは拒否しますが父親の意思の強さに折れてパリに向かいました。しかし訪ねた先にテオは居らず、ゴッホの死後時を置かずに亡くなったことを知ります。新たな届け先を求めてアルマンは北フランス、イル・ド・フランスのオーヴェル、ガシェ医師を訪ねます。オーヴェルはゴッホ終焉の地、医師ガシェは生前にゴッホの作品を買った唯一の人物です。

 

この作品の特徴は2つ、1つは一般的な伝記作品ではなく、ゴッホの死の真相に迫るサスペンス調のストーリーになっている点です。通常自殺とされるゴッホの死を、殺人・事故をも含めてアルマンがその真相を探ります。もう1つは作品が油絵でのアニメーションで造られている点です。世界各国125名の画家によるゴッホタッチの油絵62,450枚からできているそうです。唯一人、日本人画家も含まれています。古賀陽子という若い女性画家でした。ゴッホの作品に登場する人物を俳優が演じ、それを画家が描きアニメーションとして構成します。サスペンス調の流れも、油絵アニメーションも、特徴的個性的でそれなりの成功を収めているように感じました。感動するほどではありませんでしたが2時間半を楽しむことができました。

 

私の興味を持つ様な作品は、相変わらず地元では上映されません。シネコン3館は3館とも同じような作品、ハリウッド特撮大作とアイドル系アニメ原作の邦画ばかりです。たまには、と第1作を観た「パシフィック・リム」の2作目を調べたのですが、上映は吹替えのみでした。ここは絶対に妥協できない部分です。吹替えは俳優の口からでは無く、映画館の壁とか天井とか何処か別の場所から発せられる気がしてどうにも不自然に感じられてしまいます。次の映画鑑賞もやはり、宇都宮か高崎になりそうです。

 

徒歩で映画館まで来た友人をS660に乗せて県立美術館へ移動、「国吉康雄と清水登之 ふたつの道」を観ました。地元の画材屋で貰った招待券で2人とも無料で観ることができました。同行の友人は大学美術部時代の同期、彼が部長で私が副部長でした。去る20日に渋谷に集まった4人の内の1人です。

Img0022_2 Img003_2 1910年から20年代初めの時期を共にニューヨークで暮らした2人の画家、岡山県出身の国吉康雄と栃木県出身の清水登之、アメリカンモダニズムの影響下、また1924年にパリに移住した清水登之、国吉康雄もまたパスキンの誘いを受けパリに渡りエコール・ド・パリの洗礼を受けます。同時期に同じように欧米のモダニズムの風の中で絵画制作に没頭した2人ですが、太平洋戦争の勃発は2人を別の道へと進ませます。戦中もアメリカに留まった国吉は反ファシズム的立場から反日プロパガンダポスター制作に携わり、帰国した清水は従軍画家として戦争を題材とした絵を描きますが、海軍軍人となった長男(戦艦金剛乗船)が戦死、失意のうちに終戦の年の12月に亡くなっています。一般的知名度は国吉の方が上でしょうが、栃木県出身の清水の作品は桐生の大川美術館にも多くあり、これまでも観る機会の多かった作家です。国吉の晩年の作品、ネオンカラーの人物像とかは、これまであまり観たことがなく印象的でした。

2018年4月11日 (水)

4/10日上京・美術展巡り

昨日は東京へ、美術展巡りをしてきました。結構がんばりました!

まずは上野へ。当初の予定では一番終了期限の近い「ピュールレコレクション展」を観るつもりだったのですが、こちらは今月中にもう1度上京することにして、効率良く上野を片付けることにしました。順番にも迷ったのですがやはり疲れない内にメインをと「国立西洋美術館」の「プラド美術館展」から。

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日本では印象派ばかりが人気が高く、以前はこの時代のものは滅多に観られませんでした。最近では随分変わり幅広く観られるようになりましたね。ベラスケスはやはり重厚です。スペインという国は、画家分野では多くの才能を輩出しています。ベラスケス、エル・グレコの時代からピカソ、ダリの時代まで。ゴヤやミロも居ましたね。芸術の中心が欧州からアメリカに移って久しいですが、現代美術ではどうなのでしょう?名前が浮かびません。行ってみたい国のひとつですが、中々難しくなりました。若い内に行っとくべきでした。

今回初めて知ったのですが、常設展部分では多くの作品が「撮影可」となっています。欧米に倣ったのでしょうか、スマホ時代ではそういった要望も強いのでしょう。何枚か撮ってきましたが、以前の習慣からかまだナンカ遠慮してしまいます。常設展の奥、「新館」では「マーグ画廊と20世紀の画家たち」という企画展が開催されていました。マティスやボナールの版画作品も常設展料金で観られます。常々思うのですが、西洋美術館の常設展示は素晴らしく質が高いですね。川崎造船所(現川崎重工業)の松方氏のコレクションですが、当時ではこれでも「一部」だったようです。世界恐慌で国内分は散逸、ロンドン分は火災で焼失、西洋美術館の松方コレクションはパリにあり戦後返還された部分だけだそうです。全部揃っていたら大変なコレクションだったのですね。学生時代はこことブリヂストン美術館の常設展は時々訪れていました。今回はスケジュール過密につき、常設部分は駆け足通過となりました。

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都立美術館へ移動。「美術文化展」、昨年6月から絵画制作に復帰したのですが、その切っ掛けにしたのが市の施設でのパステル画講習会でした。講習会(6月~8月)終了後に参加者の約半数(11人)で自主グルーブ「パステルフレンズ」を結成しました。講習会・そして現在のグループを指導して頂いている先生が出品、招待券も頂いたのでこの会期に合わせての上京でした。

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2枚目の作品が先生の出品作です。指導では静物画とか人物とか具象画ですが本来は抽象です。作品数が多いので流して速足鑑賞です。こちらももちろん撮影可。

↑が無料で観られたので、ついでに「モダンアート展」も入ってみました。800円、ちょっと高く感じられる。こちらもさっさと流して歩きました。学生時代、公募展も時折観ました。「モダンアート展」「新制作展」、「二科展」「日展」、そして「東京ビエンナーレ」とか。銀座の画廊巡りもしましたね。今に比べると美術館の数も限られ、企画展はデパートの催事場で開催されたりしてました。今は亡き、西武美術館のできたのは”新時代到来!”感がありました。

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日本の現代美術?展を2つ続けて観ても、”新しさ”はあまり感じられません。抽象も半抽象もポップもオップも、ナンカ食傷気味。現在美術がマンネリ化してる感があります。一応”自由”なのですが、何か不自由な気もしてくる。続けて観ると、制約のあったベラスケス時代の方が自由を求め易い?ような気もしてしまう。規制が無いと自由の価値も下がるのかな?何をどう描いてよいのか、戸惑ってしまいます。2次元絵画でこうなのだから、3次元・4次元となると尚更で、増々魅力の見つけ所を失ってしまいます。ジャクソン・ポロックやイヴ・クライン、ウォーホール、ジャスパー・ジョーンズ、そしてスーパーリアリズムとかを初めて観た時の興奮は今は何処にも感じられません。

「日本パステル画会展」というのを見つけて、予定にはなかったのですが観てきました。無料だったし。

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昨年6月に約35年振りで再開した絵画制作、昔の油絵具はもちろん使い物にならない(とっくに捨てましたが)し、「何をやろうか?」と考えていた時に市の広報で見つけた「パステル画講習会」ですが、パステルは初めて体験する画材でした。ただ、オイルパステル(クレパス)は使ってました。「同じだろう」と思って始めたのですがかなり異なり、色の乗りの違いに最初は戸惑いました。折角始めたパステル画ですので、来年はこの公募展に出品してみようかな?とか考えています。出展作を見てみると、取り合えず”入選”して飾って頂けるレベルだとは思います。上の写真は会員さんの作品ですのでもちろんレベルはずっと上ですが、一般公募通過作はそれほどではありません。あと1年あるし。

美術館展示の後で恐縮ですが、所属する出来たばかりのパステル画会の初展示会も昨週末に開催されました。市の主催する総合展示会への参加という形での出展です。2枚目の2点が私の作品です。油絵は描いてましたが、パステル始めて10ヶ月ですのでまずまずでしょう?

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昨日の最後のスケジュール予定は映画でした。吉祥寺まで移動、最近にできたらしい30数席の小さな映画館です。「COCOMARU THEATER」とか。観た作品は「ゴーギャン タヒチ、楽園への旅」です。例によって田舎には来ないマイナー作、電車賃使ってはるばるやってきました。

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少々長く感じました。ゴーギャンのモデルを務めたテフラという現地女性との出会いと別れを描いていますがやや単調でストーリーが月並み。ゴーギャンをモデルとしたサマセット・モームの傑作「月と6ペンス」は、今まで読んだ海外小説作品中では同じモームの「人間の絆」やディケンズの「デイビット・コパフィールド」と並び心に残る長編小説でしたので、少し期待し過ぎたのかも知れません。テフラ役の”現地で発見した”というツイー・アダムスは、絵画作品の雰囲気を持つ印象的な女性でした。

今週末から都立美術館で始まる「プーシキン美術館展」でもゴーギャン作品が来日します。前売り券を買いました。初めての”シニア券”です。半額!ただ、誕生日はまだですので、それを過ぎないと使えません。6月以降に行く予定です。その前にルノワールとルドンを観に行かなくちゃ。友人の展覧会もあるし暫くは大忙しです。

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