無料ブログはココログ

2016年5月13日 (金)

「愛しき人生のつくりかた」

地元足利市に待望の映画館ができましたが、マイナー映画好きの私には観たい作品が少なく、やっぱり隣県高崎市通いは止まりません。今回はフランス映画、前回はイギリス映画、その前は中国、韓国映画でした。いずれも、足利でも隣接の太田市・佐野市のシネコンでも上映の無かった作品です。シネコンというものは、どうして近場で同じ作品(ハリウッド大作、アイドル主演作品等)ばかりを上映するのでしょう。若者はどうせ映画館に足を運びません。作品選択ではもう少し知恵を絞って貰いたいものです。

で、今回の作品は「愛しき人生のつくりかた」という題名でした。原題は「les souvenirs」、英語的には「土産物」です。フランス語でも同様の意味もあるようですが、この作品では「思い出」との意味で付けられたようです。http://itoshikijinsei.com/

Img047_2 Img048 

映画は、墓地での埋葬のシーンから始まります。夫に先立たれた老婦人とその孫の青年を中心に、親子三世代の日常生活と老いの現実を時にシリアスにまたコミカルに描いた作品でした。ひとり暮らしになった老母を心配しながらも同居には二の足を踏む3人の息子たち、定年を機に妻との関係がギクシャクしだした長男、日本とも共通する現実問題にも深刻になり過ぎない切り口で立ち入ります。祖母に寄り添う孫の存在がストーリーに優しさと安心感を添えています。突拍子もない事件も、隠された意外な過去もなく、普通に暮らす普通の人の人生が温かみを持って描かれます。いつから日本では、こういった映画が作られなく、また上映されなくなってしまったのか? 漫画原作やハリウッド特撮大作に頼り過ぎる、日本の制作側の怠慢や安易な功利主義もあるのでしょうが、最終的には観客の映画作品への望み、刹那な刺激ばかりを追い求める傾向が原因のように思えます。

高崎のこの映画館には、月に1回弱程度の頻度で訪れています。ここ最近での日本映画最高の出来!と思った「百円の恋」もこの映画館で観ました。話題大作ばかりが選ばれる”日本アカデミー賞”でも主演女優賞を得ています。さすがに無視できなかったのか、映画界にも良識が残っているということなのか、しかし受賞はしてもさほど話題にはならなかった気がします。勿体ない。高崎のこの映画館を訪れると、予告編やパンフレットで”観たい作品”がてんこ盛りになってしまいます。しかしそうそう高崎まで行ってられません。シニア割引で千円で観られるにしても、高速代が往復プラスされてしまいます。今回の作品も以前訪れた時の予告編で興味を惹かれました。

予告編で興味を惹かれた1番は、映画の舞台になったフランスの街”エトルタ”でした。印象深い景色の場所です。最初に知ったのはモーリス・ルブラン作「奇巌城」のモデルとしてでした。アルセーヌ・ルパン主人公の探偵小説ですね。ルパンに嵌ったのは小学生高学年時代でした。子供向けに易しくした小説だったのでしょうが、小学校の図書館にあったルブラン作品は全部読みました。中学生時代の初めには、一般向けのルパン作品、ホームズ作品、そしてエラリー・クイーンやアガサ・クリスティを読んでいました。その”奇巌城”印象で1981年の新婚旅行でもノルマンディーも行き先の候補に考えていたのですが、結局はノルマンディーは南部外れのモン・サン=ミシェルのみ、北フランスはサン・マロなどブルターシュ地方をメインに巡ることになりました。ちなみにその新婚旅行、リュック担いで「その日の宿はその日に探す」旅でした。前日にフランス地図を眺めて次の行き先を決めます。エトルタを訪れなかったのは心残りではありましたが、ブルターニュももちろん印象深い地域でした。下写真は左からエトルタ、モン・サン=ミシュル、サン・マロです。アナログ時代ですので新婚旅行での写真を探すのは大変、いずれも借りものです。

1024pxetretat_depuis_falaises_amont 1024pxlabbaye_du_montsaintmichel_vu 1024pxsaintmalo 

2015年12月27日 (日)

最近読んだ本

2015年も残り数日となりました。ゴルフは相変わらずの不調、年内に1回はスキーに行こうと思っていたのですが雪は降らず・・・。年賀状の準備もできていません。

「半島へ、ふたたび」 蓮池 薫著 新潮文庫  拉致事件での生還者、蓮池氏の韓国訪問記です。この作品で新潮ドキュメント賞を受賞しています。蓮池氏の作品は、韓国人作家・金薫氏の著作の翻訳本「孤将」を以前読んでいます。今回の訪問記ではその金薫氏を始めとする3人の韓国人作家と会い語らっています。韓国では作家の社会的地位が必ずしも高くない、との現状も書かれていました。ソウルの街中観光の様子も描かれていますが、私も訪れたことのある西大門刑務所や戦争記念館等、一般の観光客とはやはり訪問先の選択肢は異なっています。冒頭、飛行機から見た景色に北朝鮮を思い出し、恐怖と絶望の24年間が蘇る”トラウマ”から始まる文面には、通常ではあり得ない体験を強制された氏の緊張感を感じます。韓国訪問記ではありますが、途中ところどころに北朝鮮拉致時の出来事や当時の心境が記されています。感情的にならずに淡々と書かれていますが、それが却って不条理な拉致の残酷さを描き出しています。作品後半では、拉致からの帰国後「孤将」の翻訳を手掛ける切欠や経緯も描かれ興味深いです。

「きいろいゾウ」 西 加奈子著 小学館文庫  椎名林檎繋がりで読みだした作者の2作目です。宮崎あおい主演での映画も観ましたが、雰囲気だけで主題が分かりませんでした。原作を読んで、多少理解できた部分もあるとは思うのですが、まだしっくり来ません。「さくら」もそうでしたが、”作られたお話し”感が強く、実生活でのリアル感がありません。何かが表現されていることは判るのですが、何のためにそれを書くのか、その必然性が掴めないのです。原則文庫本でしか読みませんので、直木賞受賞の話題作「サラバ!」が文庫にでもなったら読んでみたいと思います。

「三国志」 宮城谷昌光著 文春文庫  文藝春秋にて12年間に渡り連載された大作です。文庫本発刊も2008年から7年かかりました。私が第1巻を買ったのが2010年ですので、読破に5年を要しています。発刊を待って読み続けましたので結構間隔が空いてしまっています。新刊の出る度に前の巻の最後を読み返し話の流れを確認する必要がありました。長編ですし、時間をかけ過ぎて忘れてしまっている部分も多いと思います。もう1度読み返しても良いかも知れません。その価値のある作品だと思います。  三国志、劉備・関羽・張飛3人の出会い、”桃園の誓い”から始まり五丈原での孔明の死をもって終わるのが三国志の定番ですが、宮城谷版では楊震のエピソードから始まります。「天知る。地知る。我知る。子(なんじ)知る。」の「四知」は、漠然と「聞いたことはあるかな?」程度でしたが、この作品で内容を知りました。また強く印象に残るエピソードでした。作品全体を通しての主題の一つなのかも知れません。  宮城谷三国志には、膨大な数の人物が登場します。楊震に関してもその父楊宝から始まります。楊震の人物像を描くのに、その父親の生き様も描く必要があると感じたのでしょう。ストーリーの大筋にあまり影響しないような人物でも、経歴や血筋等にまで及んで描かれる場合もあります。宮城谷作品に慣れない人では、面倒に感じるかも知れません。しかしそれが、大河としてのダイナミズムを形成しているのだと思います。ビルの高層階から眺める街の灯、その灯り一つ一つに生活があり人生がある、そう考えると切なくも愛おしくもなりますが、大きな歴史の流れも、その時代を生きた人達の人生の集合体として成り立つと考えればまた感慨もひとしおです。北方健三の「史記 武帝紀」のように特定個人に感情移入はしません。資料的に客観的に無感情に書き綴っているようにも見えます。しかし不思議に、その人の生き様が見えてくるように感じます。昔「アンナ・カレーニナ」を読んだ時、数多くの登場人物の一人一人の人生を描き、その人生の集合体としての”世界”を描く手法に感心した覚えがあります。当時は日本的私小説を中心に読んでいましたので尚更鮮烈でした。もちろん、全く別物ではありますが、宮城谷三国志にもその”世界”があると感じたのです。宮城谷作品は数多く読みましたが、その中でも秀でた作品だと感じました。

「北条綱成」 江宮隆之著 PHP文庫  「関東北条氏最強の猛将」との副題が付いています。北条氏綱・氏康二代に仕えた武将の一生を描いた歴史小説です。あまり知名度のない武将ですので、それだけ作者の想像力を生かせる題材でもあったのでしょう。宮城谷三国志と並行して読んでいましたの、作品の軽重が際立ってしまいました。宮城谷作品の淡々とした大きさもなく、北方作品の熱い血潮も感じられない、ただあらすじを追うだけの展開になってしまいました。決してつまらなくはないのですが、主人公の生き様が”生きて”見えてこないのです。若年での初陣と最後と、重ねた歳の重さが見えません。  著者紹介で「白磁の人」の原作者であることを知りました。小説は読んでいませんが、映画作品は観ました。同じ歴史ものでも戦国と近代とは異なります。

塩野七生の「ローマ人の物語」は文庫本43巻の内ようやく10巻まで来ました。ユリウス・カエサルの章ですので、一番面白い場面なのだと思います。その9巻の中で、カエサルの「ガリア戦記」に関して、「二千年後でさえ文庫本で版を重ねるという、物書きの夢まで実現した男でもあった。」との文章がありました。考えてみればその通り、すごいことです。高校時代に読んだ「ガリア戦記」を探してみたのですが見つかりませんでした。新たに買って読もうと思ったのですが、書店では見つかりません。もう、読む人は少ないのでしょうか。

2015年4月10日 (金)

最近読んだ本

歯医者の治療椅子の正面が大きな窓になっていて、通りを挟んだ向かいに立つ、寺院の大銀杏が目に付きます。前回の治療の時は枯れ枝だけでした。今日は新芽の緑が目立ちます。茶褐色の中に点々としているせいか、葉盛り時期よりも一層緑が艶やかに感じられます。黄葉鮮やかだった景色も、つい最近見たばかりだったようにも思えます。今年ももう、三分の一が過ぎ去っています。しかしこの歯医者、治療室に呼ばれてから実際に治療の始まるまでが長く待たされます。待合室で待つのなら、本を読んで待てるのに・・・。

「信玄戦旗」 松本清張著 角川文庫  来年のNHK大河は「真田丸」、「花燃ゆ」もまだ序盤なのに早くも書店には真田関連の本が並んでいます。しかしこういった大河便乗物はイマイチ信用なりません。読むならやっぱり定番物かなぁ~。取り敢えず、自宅本棚から関連本を選び出して読んでみました。S62年の作だそうです。1度読んだはずですが、読み始めても全く記憶が甦りません。武田信玄を描いた小説と言えば井上靖の「風林火山」を思い出します。夢中になって一気に読み切った作品です。(それほど長くもないし) 一時は実在しないとまで言われ、最近でも1部卒にしか過ぎなかったと言われる山本勘助を信玄の軍師として描いた作品です。  さて話を戻して「信玄戦旗」です。井上作品とも他の歴史小説家の作品とも異なります。少なくとも”軍記物”ではありません。清張らしい「時代分析」的な作品です。信玄の置かれた時代背景を詳しく説明した後にお話が始まります。山本勘助に関しても、「甲陽軍鑑」での信憑性への疑いを列記した後に、「描写がいきいきとしてくる」との理由で「援用する」「遠慮なしに山本勘助に働いてもらう」と書かれています。そう書かれては「嘘だけど楽しんでください」と言われているみたいでどうも乗り切れません。司馬遼太郎にしても北方謙三にしても、史実をそのままに書いているわけではありません。史実を下敷きにしたフィクション、それが歴史小説だと思います。その意味では「信玄戦旗」は歴史小説とは別物なのかも知れません。言ってみれば「歴史発見!」的な解説本と考えた方が良いかも知れません。「甲斐の国」の「甲斐」は「峡(かい)」に由来するとか、知識は豊富に散りばめられていますが、時代を生きた武将の息遣いは感じられません。

「クォン・デ -もう一人のラストエンペラー」 森 達也著 角川文庫  「ベトナムの王子は東京の片隅で息絶えた」との帯宣伝に興味を惹かれて買いました。フランス植民地時代のベトナムグェン王朝の王子、クォン・デの物語です。仏印総督府の統治するベトナム、圧政からの独立を目指す革命家ファン・ボイ・チャウは、近代化を進め日露戦争に勝利した日本を、欧米列強に抗するアジア希望の星として憧れの眼差しで見つめました。そして日本に習い、日本に援助を求めて独立を果たすべく、党首として擁立した若き王族クォン・デを日本へ送り込みます。しかし彼らの夢見た日本は実在しませんでした。日本は、自ら圧政者として、欧米列強の一員になろうとしていただけだったのです。日本に失望したファン・ボイ・チャウは道半ばに倒れ、日本に残されたクォン・デは、故国に戻ることも許されず戦後の1951年に東京で亡くなりました。米軍の撤退で統一されたベトナム社会主義共和国においては、ファン・ボイ・チャウの名は”革命家”として残されたものの、クォン・デの名は消し去られてしまったそうです。日本ではもちろんですが、ベトナムでも、現在ではその名を知る人も少なくなっているとか。読み物としての盛り上がりはいまひとつですが、アジアのそして当時の日本の立場・行動を知る上では興味深い本ではあると思います。

「シュリーマン旅行記 清国・日本」 ハインリッヒ・シュリーマン著 石井和子訳 講談社学術文庫  イザベラ・バードの日本紀行を読んで以来、外国人の書いたまた別の日本紀行文を読みたいと思っていました。そんな中見つけた本です。著者も”あの”シュリーマンとあっては興味も膨らみます。トロイ発掘の6年前、これが処女作だったそうです。訪問時期は大政奉還の2年前、まだ徳川時代です。明治初めに訪れたバード女氏とは時代も異なりますが、直前に清国を経ている著者の、「清潔」「賄賂を受け取らない」との描写は一致しています。文化・工芸に関してはこそばゆいほどに賛美する一面もあり、シュリーマン訪問時には一段落、鎮静化しつつあったヒュースケン暗殺を始めとする攘夷の嵐の傷跡も記されています。ひと月余りの滞在ですので、意味不明の記述や誤解?と思われる文面も見受けられます。以前「百聞は一見に如かず」のことわざに関して書いたことがありました。簡略に言えば、「”一見”は事実ではあっても、”その場だけの事実(例外)”である可能性もある」とのことです。また、事前の知識なしでは、見たことの意味を誤解してしまう場合も有り得るでしょう。シュリーマンの日本紀行も、そのすべてが正しく理解されたかどうかは判りません。それでも、大名行列や庶民風俗等、興味深く描写されています。また、先のベトナムや清国・インドなどと比べ、何故日本だけが植民地化されなかったのか、その要因の一端も垣間見えたような気がしました。

いつものように、数冊の本を併読しています。長らく読み続いているのが宮城谷版「三国志」、文庫本の発売を待って読み進んでいるので休み休みです。明日(もう今日になってしまいましたが)10日に、完結の12巻目が発売になります。11巻の最後の方を確認しないと話が繋がらないかも知れません。随分中休みが長くなりました。塩野七生の「ローマ人の物語」はやっと文庫本の8巻、まだまだ先は長いです。ようやくカエサルの時代に入りかけています。西加奈子の「黄色いゾウ」も読み始めています。シュリーマンが終わって、また別の小説も読み始めてしまいました。

2015年3月 5日 (木)

最近読んだ本

「李陵・山月記」 中島 敦著 新潮文庫  北方謙三の「史記 武帝記」、作者の著作時に頭にあった作品とのことで、読み返してみたくなりました。本棚を探したのですがその時は見つからず、結局また買ってきてしまいました。文庫初版が昭和44年、”82刷”になっています。長く読み継がれている本です。山月記・名人伝・弟子・李陵の4作品が収められています。一番印象に残っていたのは「山月記」ですね。「李陵」は予想外に憶えていませんでした。特に、蘇武に関しても書かれていた事、すっかり忘れていました。主人公の一人として描かれている北方作品と異なり、「李陵」では主人公の内面を描くための題材として使われているせいかも知れません。4作品全206ページの内、”注解”に51ページを投じています。明治期に生まれ、漢学者の家系(祖父が漢学者、父親は漢文教師)に生まれた作者ですので、注解なしには判らない言葉も多く登場します。暫くこういった作品から離れていましたので最初は読み辛く感じました。これからの若者には読まれない作品かも知れません。漢文を和訳したような重々しさのある作品ですが、北方・司馬作品にあるような、歴史”小説”としての躍動感はありません。反面純文作品的な趣は感じます。

「さくら」 西加奈子著 小学館文庫  TV対談番組で、椎名林檎嬢たっての希望で実現したとの対談のお相手が作家・西加奈子氏でした。それまでは名前も知らなかった作家さんです。林檎ファンとしてはとても興味深かった対談でしたので、西加奈子氏の作品も読んでみようと思いました。本屋で題名だけで選んだのが「さくら」でした。初期の作品だったようですね。作品は、ある一家の概して幸福な日常から始まります。文体は全く違うと思うのですが、何処かに、昔夢中になった庄司薫の匂いを感じました。 幸福で平凡な日常を描きながら、時折先行きの不幸を予言するような文言を差し入れます。そしてある日突然に、逃れようのない圧倒的な不幸が訪れます。そして読む側を不安に陥れます。読み続ける事が怖くなりますが、そのくせ先を知りたい焦りも醸し出します。どう考えても幸福な結末は考えられない、作為的な奇跡は作品を嘘臭くするだけですし。そしてその奇跡は訪れたのかどうか?奇跡なのかも知れませんし、何もなかったのかも知れません。ただ不思議と安心はさせて貰えたのかも知れません。解決しようもない問題を丸く解決せずに終えた作品ですが、それだけに嘘は書かれていないように感じました。   西加奈子原作の映画化「きいろいゾウ」も観てきました。何かしらの魅力はあるようですが、何かよく判らない作品でした。原作を読めば判るのか?と文庫本を買ってきましたがまだ読んでいません。

「ロードス島攻防記」 塩野七生著 新潮文庫   「コンスタンティノープルの陥落」に続く三部作の2作目です。「レパントの海戦」は最初に読んでいますので、これで完結になります。 オスマントルコの攻略を受ける直前にロードス島騎士団に配属された若き騎士、アントニオ・デル・カレットの戦いを描いた作品ですが、騎士団の歴史に遡り、攻防戦の始まるまでの経緯にも多くのページが割かれています。それが塩野作品の魅力でもあると思うのですが、時代の成り立ち・流れを丁寧に分析し描き、その中で生きる個人として登場人物を生きさせます。時代に流されるわけではないのですが、時代から離れて生きる事もできない、個人の生きる力を否定する事なく、しかし大きな時代の流れの渦に巻き込まれる人の無力さも描く、そんな難事を気負わず描き続ける作者です。 イスラム世界とキリスト教世界との対立の時代、その時代を区切る大きな節目が三部作として描かれているわけですが、近頃のIS(イスラム国)での騒ぎと比べると、以前読んだ「イスタンブールー世界の都市物語(陳瞬臣)」も含め、イスラム側の寛容さを随所に感じます。イスラム教の原点とISとはやはり全くの別物なのだと、改めて認識しました。

同じ作者の大作「ローマ人の物語」も読み続けています。文庫本で現在7巻まで進みました。全43巻ですので、先は果てしなく遠いです・・・。その中で印象に残る文面がありました。「理(ことわり)を理解する人が常にマイノリティである人間社会~」 民主主義は多数決ですが、多数が常に正しいとは限りません。ヒトラーもムッソリーニも民主制による選挙で選ばれました。日本の軍政も、東条英機が独裁者として作り出したわけではありません。発端は無知な民衆のヒステリックな”偏愛国”とそれを煽ったマスコミだったと考えています。決して済んでしまった過去の話とばかりは言えない気がします。

「尼子経久」 中村整史朗著 PHP文庫   本棚に眠っていた本です。戦国初期に中国地方に覇を唱え、最後は毛利に滅ぼされた尼子家の剛勇・経久を描いた作品です。一応まともな歴史小説ではありますが、司馬作品のような重厚な歴史物語でも、先ごろ亡くなられた火坂作品のような、多少史実から離れても小説として盛り上がる展開でもない、箇条書きの史実に肉付けしただけのような部分も感じられる小説です。経久の人物像も、パターン化された戦国武将としてしか受け取れません。ふと出版年を確認したところ、1997年でした。はは~んなるほどです。1997年はNHK大河で「毛利元就」の放送された年です。大河ドラマが作られると例年、人気便乗でそれに関係した書籍が出版されます。これもそのひとつなのでしょう。大河の参考資料としてはよいかも知れませんが、独立した歴史小説としては、いささか魅力に欠けます。

2014年12月16日 (火)

最近読んだ本

「関ヶ原」 司馬遼太郎著 新潮文庫全3巻  NHK大河を切っ掛けに読み返した「播磨灘物語」、その流れでこちらも再読です。本を買ったのが平成元年ですので、20数年振りの再読になります。読み返してみると、記憶の中の物語と多少異なる部分もあります。どうやら、1981年のTBS製作のドラマと混同してしまっていた部分もあったようです。ドラマでは主人公を持ち上げて描きますので、加藤剛演じる三成は堂々とした”不運の武将”でしたが、(ドラマ原作でもある)司馬遼太郎の小説ではその欠点も描かれています。義を重んじ明察な頭脳を持つ三成、その反面頑なで融通の利かない論理主義者。しかし決して冷酷な人柄ではなく、配下にも領民にも心を使う。物事を論理的に判断するが故に非論理的行動や過ちを嫌う潔癖さ。世俗的物欲から遠い自己抑制型の人間。同じ作者の描いた「播磨灘物語」の官兵衛からすると、多少人間味の部分での面白みには欠けますが、時代を駆け抜け、また翻弄されながらも真正面から挑んだ、溌剌とした人物像が描かれています。NHK大河では敵役として、嫌味な人物としてだけ描かれているのは残念です。

「イザベラ・バードの日本紀行」 イザベラ・バード著 講談社学術文庫全2巻  明治の初めに日本を訪れた、イギリス人女性旅行作家の書です。東京から東北・北海道まで、主街道から外れた、日本人でもあまり経験しない奥地の道を苦労して走破しています。この時代にこのようなルートで外国人女性がひとりで(日本人通訳を1人連れただけで)旅していたとは、とても想像できません。その行動力・好奇心・探究心にはただただ恐れ入るばかりです。そのお蔭で当時の日本・日本人の様子を知る事ができました。日本人の礼儀正しさ、ぼられるという事が無い、外国人女性がひとりで旅しても危険を感じさせない、等々、読んで嬉しくなる表記も多いのですが、顔かたち(醜い)体型(貧相)と手厳しい表現もあります。女史特有の率直な物言いとユーモアでもありますが。特に山間部での旅では、ほとんど裸に近い村民、不衛生な環境、汚れて皮膚病の子供たち、蚤の大群に悩まされての宿泊等、文明開化で賑わう都会とは隔絶した貧しい山村もリアルに描かれます。しかし勤勉な農民の貧しさ、として民衆に寄り添い改革を望む同情を込めた優しさが感じられます。日本近代化の礎として、貴重な旅行記を残して頂いた事に日本人として感謝しています。日本人の知らない日本がありました。特に故郷に近い日光の景観を褒めて頂いた事は嬉しかったです。

「朝鮮紀行」 イザベラ・バード著 講談社学術文庫  「日本紀行」を読み終わり、自然な流れでこちらも読み返したくなりました。数年前に1度読んだ本です。先の日本旅行から10数年後に訪れた朝鮮及び中国(清・満州)での旅行記です。ほとほと困難な旅の好きなお方です。やはり外国人未踏の地へ踏み出し、信じ難いほどの困難な旅にチャレンジしています。時代が流れ、「日本紀行」ではスケッチだったものがこちらでは写真も登場します。文章も読み易く感じます。訳者は同じですので、やはり年の功なのでしょうか。また、日本にとっても激動の時代でした。それが現場を知る第三者の目で描かれている事は興味深いです。「私は日本が徹頭徹尾誠意をもって奮闘したと信じる。経験が未熟で、往々にして荒っぽく、臨機応変の才にかけたため買わなくてもいい反感を買ってしまったとはいえ、日本には朝鮮を隷属させる意図はさらさらなく、朝鮮の保護者としての、自立の保証人としての役割を果たそうとしたのだと信じる」 文中に置いて日本批判の文章もあります。全くの日本贔屓ではありません。ただこの段階では、まだ日本は理性的だったのでしょう。この後女史の信頼を裏切ってしまった事は残念です。 またこの本、文中の1部だけを抜粋して嫌韓輩の朝鮮誹謗の道具として使われる事がしばしばですが、実際は異なります。現実を包み隠さず描く女史です。朝鮮の腐敗や貧しさも描かれますが、長所もちゃんと描かれています。

「蒙古の槍」 白石一郎著 文春文庫  買ったきり本棚に忘れていた本です。やはり官兵衛繋がりで、同時代の物語として読み始めました。「島」をテーマにした短編が7編載せられています。表題の「蒙古の槍」は時代が遡り元寇を題材としています。歴史の主役にはなり得ない、小島の老人の物語です。ちょっと泣ける、心に何か重たい石を埋め込まれたような読後感の残る物語です。最初の作品のパンチが重かったので後が少々読み進み辛かったのですが、他作品も面白いです。「巨船」は水軍として活躍した九鬼嘉隆の物語、「関ヶ原」と時代が一致して、司馬作品にも登場する武将ですが、描き方が異なります。短編とはいえ主役となると、人物像に人間味が深くなります。「関ヶ原」では脇役、説明的になりますので。

「コンスタンティノープルの陥落」 塩野七生著 新潮文庫  「レパントの海戦」が面白かったので、順番が後先になってしまいましたが、探してきました。最初訪れた時在庫がなく、代わりに「ローマ人の物語」を買って読み始めてしまいました。文庫で全43冊、大変なものを読み始めてしまいました。しかもこちらの3部作とは内容も異なります。「ローマ人~」の方はかなり”歴史書”に近い書き方になっています。ま、それはそれで面白いのですが。 で「コンスタン~」ですが、1453年のビザンチン帝国首都のコンスタンティノープルの陥落を中心に、戦端までの数年を描いた作品です。「レパント~」ではヴェネツィアの海将バルバリーゴを中心に描いていますが、こちらではヴェネツィアの軍医やフィレンツェの商人、枢機卿、セルビアの指揮官等、数人の立場・目線で描いています。スルタン・マホメッド2世の小姓も歴史の証人として描かれます。いずれも生き残り、後世に現場の模様を伝えた人達なのです。そのそれぞれの記録を基に作者がまとめあげた歴史小説です。書き出しの文章が印象的でした「一都市の陥落が一国家の滅亡につながる例は・・・・・・・コンスタンティノープルは、滅亡の日が明らかであるだけでなく、誕生の日もはっきりしていることでも、珍しい都なのであった」 コンスタンティノープルの陥落は、一文明の終焉に繋がる出来事だったそうです。

「終業式」 姫野カオルコ著 角川文庫  ここ暫く歴史物に偏りがちでしたの、気分転換に別のものを挟みました。今年初めに「昭和の犬」で直木賞を受賞、その時初めて青山学院の卒業生と知りました。私の4期後輩です。読んだ作品「終業式」は、高校時代に始まり、大学・社会人・結婚と続く数人の若者の20年ばかりを、手紙やFAXのみで描いた作品です。時代が被りますので、懐かしい思いも蘇ります。携帯電話の無い時代を共有していますので、「手紙」という現代では古風にも感じられる伝達手段にも違和感はありません。巻末の藤田香織氏の解説に「地の文が一行もなく」と書かれています。確かに作者による説明が全くなく、すべてが謂わば「会話文」です。読み続けて気付いた面白い部分は、書かれたすべてが「本当の事」とは限らない事です。「手紙」をそのまま載せた構成ですので、内容は書き主の都合も含まれています。つまり「嘘」も頻繁に登場するわけです。同じ登場人物が別の人宛に書いた手紙も登場しますので、後々にその「嘘」が読者にも知らされるわけです。また、未投函の手紙も文中では公開されます。そして出さずに廃棄した手紙に限って、真意が書かれているという逆説が存在します。確かに現実にはその通りですね。男女の想いの擦れ違い行き違い、自身の青春を顧みて「ああ、もしかしてこんなこともあったかも知れない」と振り返る読者は大いと思います。リアルでセツナイ物語がそこにありました。

2014年10月15日 (水)

最近読んだ本

半年に1回の不定期テーマです。

「3センチヒールの靴」 谷村志穂著 集英社文庫  どんな作者かも知らず、書店でたまたま手に取ったまま買いました。主人公は20代後半から30代、アラサー世代の女性たちなのでしょうか? 様々な恋愛の形、ちょっとしたエピソードなど、17編の短編が収められてあります。ロマンチックな現代のおとぎ話的なエピソードもあり、リアルで等身大の、あり勝ちと思えるエピソードもあり。適齢期女性たちの願望と現実と、その双方が入れ替わり登場します。作者は私より9歳年下ですので、バブル時代初期に青春を迎えているはずです。そのひと時代のずれが、そのまま私にとっての実感とのずれになっているような感じです。理解はできるけれども沁みない、そんな部分があります。

「史記 武帝紀」 北方謙三 ハルキ文庫全7巻  北方謙三は”ハードボイルド作家”との印象があり、縁の薄い作家でした。最初に読んだのが「楊家将」、これが中々面白くて、続編の「血涙」まで続けて読みました。映画「楊家将(中国映画)」も。その流れで読み始めたのが「史記 武帝記」でした。漢王朝第7代皇帝劉徹を描いたものです。ただし、物語の最初から最後まで続けて登場するのは劉徹ではありますが、劉徹1人を描いた作品ではありません。奴僕の身から大将軍にまで栄達した衛青、西域に派遣され匈奴の捕虜になりながらも使命を果たして立ち戻った張騫、衛青の甥で天才的武将霍去病、そして悲劇の武将李陵、それぞれが主役として、半ば独立した物語として語られます。パート主役となるのは、漢側の人物だけではありません。匈奴側の単于も丁寧に描かれますし、特に匈奴の将軍頭屠は幼少期から登場して匈奴側のパート主役として描かれます。また「史記」の作者司馬遷も、武将達とは異なる目線で同じ舞台に登場します。敵対する勢力の双方から、そしてそれぞれの立場から同じ舞台を眺め・生き・行動します。登場人物それぞれが血の通った生きた人間として描かれますし、総体の群像として生きた時代を描き出します。最初から登場し続けながら準主役的立場に甘んじてきた劉徹が、最後には同じく脇役に徹してきた桑弘羊と共に、ひとりの人間として幕締めを飾ります。最後の2人のやり取りには涙を誘われます。そして最終章には最早、劉徹は登場しません。それぞれ数奇に生きた李陵と蘇武との別れのシーンが、エピローグ・後日談の如くに描かれます。歴史小説は、客観的な冷めた目で書き連ねられるものも多いのですが、北方謙三作品は、生身の人間として描く危うさと魅力とが同居しているように思えます。

「韓国現代史」 文 京洙著 岩波新書  「周縁からの視点で描き出す激動の60年」、序章で李朝末期から日本による植民地時代までを簡潔に記し、解放から2000年初めの盧武鉉政権までの韓国の政治情勢を三章に分けて書いています。この春頃に、「チスル(http://www.u-picc.com/Jiseul/)」という韓国映画を観たのですが、その段階では済州島4・3事件に関しては漠然とした知識しかありませんでした。この本を読んでからでしたら、感じ方も異なっていたかも知れません。事件による死者は25,00030,000人、島の人口の約1割に及びます。事件後日本へ移住した島民も多く、人口が半減してしまった時期もあったそうです。光州事件も同じですが、朝鮮戦争という、国家分断での同じ民族同士での争い・憎しみ、そして不信感が、こういった事件を生んでしまったのかも知れません。意外だったのは、両事件が公に語られ被害者達の名誉回復が比較的最近になってからだった、と言うことです。

「播磨灘物語」 司馬遼太郎著 講談社文庫全4巻  随分以前、おそらく1980年代に読んだ本だったと思います。日本の歴史物小説の中では特に印象に残っている作品です。今回、大河ドラマに合わせて読み返してみました。主人公黒田官兵衛は、戦国物ドラマ等での脇役定番の武将です。読むまでは私も詳しくは知らない人物でした。この作品で魅了されました。軍師は私欲を持ってはいけないと言います。私欲は先を見る目を曇らせる、自身の願望に惑わされて判断を誤る。官兵衛は私欲の少ない人物だったのでしょう。そして最後の最後に、夢を見、欲を持った。その時の判断だけが甘く、夢の実現はみませんでした。格好良くはないけれど、艶やかではないけれど、しぶとく冷めた目で時代を捉え生き抜いた雑草的逞しさと、少し世離れした哲人的な厭世観と、その双方を兼ね備えた人物に思えます。

今回のHNK大河ドラマ「軍師官兵衛」、毎週楽しみにしています。昔々は好きだった大河ドラマ、ここ暫くはあまり見なくなっていました。ホームドラマ的要素が盛り込まれたり、現代的価値観での歪曲解釈による大衆迎合脚本に嫌気の指した部分がありました。以前から「何故官兵衛が大河にならないのか?しっかりした原作もあるのに・・・」と感じていましたので、今回は、制作発表時点から期待して待っていました。期待に違わぬ部分もあり、毎週続けて見ていますが、不満な部分もあります。大河では元々、主人公を美化した脚本で描かれるのが定番です。しかし歴史は良し悪しでは測れませんし、何より、現代とは全く異なる価値観の中にあります。大河も所詮娯楽ドラマではありますので、史実から離れた脚色も致し方ない部分もあると思いますが、「善い人悪い人」での描き方には違和感を感じます。歴史小説でも、主人公が変わり立場が変われば描き方も異なりますが、大河ほどの落差のある作品は少数だと思います。朝鮮出兵での石田光成と官兵衛とのトラブル、同じ作者による「播磨灘物語」と「関ヶ原」と、その両方に同じ場面が登場します。主人公は逆になりますので多少ニュアンスに違いはありますが、大きな違いにはなりません。大河でももうすぐこの時代になります。その場面が描かれるかどうか判りませんが、描かれるとしたら、主人公擁護の詭弁脚色になりそうで、不安を通り越して危惧する気分になっています。「軍師官兵衛」という題名から、官兵衛の姓を「軍師」と勘違いしている視聴者も居るとか居ないとか?歴史に深い興味や知識のない人も見る大河ドラマだからこそ、判りやすくするだけでなく、“歴史の見方”を示す脚本も必要だと思っています。「史記 武帝紀」で描かれているように、漢と匈奴それぞれに生きるための必要があり事情があります。官兵衛を「善」とするために光成を「悪」とする安易な設定は、長い目で見れば、歴史に興味を持つ新たな芽を摘んでしまうように思っています。

2014年4月23日 (水)

最近読んだ本

「菜穂子・楡の家」 堀 辰雄著 新潮文庫  久々に読み返した「風立ちぬ」の流れで買ってしまいました。探せば家の何処かには以前に買った本が有るとは思うのですが・・・。「堀辰雄最高傑作」との記憶はあるのですが、どのような内容だったのか憶えていませんでした。読んでみれば思い出すのですが、若かりし頃に読んだほどの感慨はありません。確かに、「風立ちぬ」に比べて小説らしい小説、単なる切なさだけでなく、ひとが生きて行くための不条理というか、人生の不自由さを感じます。ただ、今となっては、「風立ちぬ」の清新さの方が懐かしく感じます。「楡の家」と、もう1編収められてある「ふるさとびと」は、それぞれ菜穂子以外の登場人物を主人公として別視線から描かれています。交錯し、ずれて行く思惑、その描き方は興味深かったです。3編合わせてひとつの作品と見た方が良いようです。

「楼欄」 井上 靖著 新潮文庫  長編を読み終わった後、たまたま手元に新しい本が無かったので、本棚から取り出して読んだのが井上靖の「真田軍記」でした。戦国の世、歴史の表には残らなかったひと達を描いた作品でした。そんな短編集を読んで思い出したのが、やはり以前に読んだ「楼蘭」でした。これも本棚の何処かにはあるはずなのだけれど見つからず、買ってきてしまいました。平成22年発行の61刷です。時代を超えて読まれている事が判ります。この文庫本には12編の短編が収められています。表題にもなっている「楼蘭」は、漢代中国の西域に実在した城塞国家です。物語は漢の武帝の時代に始まり、漢と匈奴との狭間で翻弄される小国の悲哀が描かれます。故地を離れて移住しなければならなくなり、望郷の思いで過ごす内に時代を経て、城塞は砂に埋もれ帰るべき故地そのものが消滅してしまいます。「真田軍記」同様、歴史的資料の少ない場面での、作者の想像力、時代に生きた人々を描く力の存分に発揮された作品だと思います。他小編もそれぞれ面白かったのですが、「羅刹女国」が特異で印象に残りました。

「早雲の軍配者」 富樫倫太郎著 中公文庫上下巻  NHK大河ドラマ絡みで読んだ黒田官兵衛もの、そのまた流れと、地元「足利学校」が主たる舞台となっている事もあり、買ってみました。風魔(風間)小太郎を主人公にして、北条早雲や曾我冬之助、山本勘助が主たる登場人物となっています。お話としては面白いです。ただこれが”歴史小説”か?となるとちょっと違います。言ってみれば、遠山の金さん同様、”ちゃんばら小説”の部類だと思います。元々、風魔小太郎自体が実在を疑われる人物ですし、曾我冬之助も(モデルが居るのかも知れませんが)実在しませんし、唯一確かに実在した山本勘助もストーリー的には全くのフィクションです。この3人が「足利学校に在学した」との仮定の上で作られたお話です。地元民としては舞台に選んで頂いて嬉しいのですが、根拠の全くない創作です。文体も内容も、時代小説としての重みや先の井上靖作品のような「時代を生きる」リアリズムも感じられません。要は、突飛なアイデアを駆使した、エンターテイメント小説です。舞台となった足利学校に関しては詳しく調べたようです。「足利学校」の存在、それ自体が小説発想の大元になっていたのかも知れません。ただこの小説を読んで、その舞台として足利を訪れた場合、多少の失望はあるかも知れません。現在の足利学校は、すでに学校機能を失った江戸時代以降の姿を復元したもので、学徒3,000人を抱えたと言われる最盛期とは、規模は大きく異なります。ちなみに、後北条氏4代北条氏政の庇護を受けており、足利学校と北条氏、全く関わりが無かったわけではありません。

「物語 朝鮮王朝の滅亡」 金 重明著 岩波新書  在日2世の韓国籍作家による著作ですが、「愛国心やナショナリズムは百害あって一利のない障害物でしかない」との言葉通り、かなり公平な目線で書かれているように感じました。近代以前の朝鮮王朝時代から始まり、「トンイの息子」と、韓国ドラマに当て嵌めた馴染み易い書き出しとなっています。王朝末期の官僚腐敗に繋がる、士林派と勲旧派の争いに始まる党争の歴史を知る上には良い教科書になります。耳慣れない人名が次々と出てきますので、一読で全体を掴むには難しいですが、改革の動きや挫折、欧米列強や日本からの圧力、東学・農民戦争の流れ等、比較的判り易く説明されています。例え最終的に記憶に残るのが一部だけだとしても、一読の価値はあるように思います。最後の、参考文献として載せられた申采浩の執筆した「朝鮮革命宣言」は興味深いものでした。

「源 実朝」 大佛次郎著 六興出版  「本は出会い」、目に付いた時に買っておかないと機会を逸してしまいます。で、まとめ買いしたまま、本棚にそれ切り忘れ去られてしまうものも時としてあります。これもその1冊です。それにしても長々と忘れられていたものです。昭和53年発刊の初版本でした。大佛次郎作品は初めてです。文体がどうも、まどろこしく感じて読み進むのに時間を要しました。多少の、文体の古さを感じる部分もあるのですが、夏目漱石などは読み進むと慣れてしまいますので、古さだけではないように思います。内容も元々、血沸き肉躍る軍記物とは違いますので、よけいに難渋しました。実朝の鬱々とした日々が綴られます。ストーリー的にも、唐船の部分、並行して公暁を主人公として書かれた部分以外は、意外性はありません。実朝と公暁を相対して書き進むことが主題だったのかも知れませんが、それにしては公暁の描き方に人間味が薄く感じられます。

「レパントの海戦」 塩野七生著 新潮文庫  「ローマ人の物語」等、古代イタリアものを得意とする作家です。以前から興味は感じていたのですが、読むのは今回が初作品です。海将バルバリーゴを主人公に、歴史のうねりと各国の利権の対立、そして何より、登場人物たちが生き生きと描かれています。バルバリーゴに惹かれ、その無事生還を祈ってしまいました。また、歴史授業的には、トルコから西欧(特にスペイン)へと、隆盛の移る契機となった海戦、との認識でしたが、長篠の合戦同様、この1戦で途端にひっくり返ったわけではないことも判りました。また、歴史上では(スペインやトルコに比べ)軽く扱われがちな海洋国家ヴェネツィアを主体として描かれたことも新鮮でした。三部作として書かれたそうですが、他の2遍も読んでみたくなりました。

2014年1月 6日 (月)

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」

1年も前から楽しみにしていたTVドラマが始まりました。NHK大河「軍師官兵衛」です。元々が、司馬遼太郎著「播磨灘物語」が好きで、日本の歴史小説では私的ベスト3に入れている作品です。(残りは「関ヶ原」と「風林火山」) 小説題材としては面白い人物像ですので、前々から「何故大河に起用されないのか?」疑問に思っていました。人物知名度の問題なのでしょうが。

この日に備えて、小説を読み返してみようかと思ったのですが、どうせなら別の作者の作品も読んでみようと、2冊、読んでみました。吉川英治の「黒田如水」と火坂雅志の「軍師の門」です。近頃は大河話題に乗っかろうと、官兵衛ものがやたら出版されていますが、話題便乗型の怪しげな小説も多いですが、ま、オーソドックな選択だと思います。

吉川英治の作品は、さすがに王道的歴史小説でした。文体にも貫禄があり、それでいて読み易く、一気呵成に読み進ませてくれます。戦時中の昭和18年に書かれた作品だそうですが、決して古さは感じさせません。信長に使いする小寺家家老職の時代から三木城攻略まで、時代を限って濃密に描いています。一方の火坂本の方は、若者時代から九州転戦までの年月、つまりは官兵衛のほぼ一生を描いています。内容も、現代風に歴史小説としてはやや軽めに、御着城主小寺政職をちゃんばら時代劇的な典型的ダメ殿様的に描いています。最初の竹中半兵衛や秀吉との出会い等も、謂わばNHK大河的でリアル感のない、都合の良過ぎる展開です。面白くはありますが、歴史小説としての醍醐味には欠けるように感じました。多分、NHK大河の方も、火坂作品に近い筋道で展開するのでしょうね。

さて、昨晩の大河ドラマ初日ですが、幼少期から元服までをテンポ良く描きました。出だしとしてはまずまず良かったように思います。昨年の「八重の桜」よりは初日視聴率は悪かったようですが、綾瀬人気と官兵衛の知名度不足とを考えると、当然の結果のようにも思えます。もっとも、作品の質と視聴率とは、往々にして一致しませんが・・・。

TV番組、部屋にいる時間にたまたまやっている番組を見るだけで、特定の番組を目指してみる事はほとんどなくなっています。ま、サッカーの国際試合くらいでしょうか。昨年の「八重の桜」も多少は興味もあったのですが、最初の数回を見たきりでした。野球シーズンが始まるとG等の父母にチャンネル権を取られてしまいます。だからといって、そのために食事時間をずらして自室に引き籠るとか、録画するとかまでの執着心はありませんでした。今年はすこし執着して見てみようと思っているのですが、さてさてどうなりますことか?

大河の後に、民放でやっていた「のぼうの城」も見ました。一昨年、原作も読みましたし映画も映画館で観ました。面白い作品でしたので「もう1回観てもイイカナ」との思いだったのですが、大外れでした! どうしてそうなったのかそう行動したのか、との、”振り”部分をメタメタにカット、粗筋を追うだけの味気ない作品にしてしまっていました。ガッカリです。10分に1回CMは入るし、興ざめでした。あれじゃTV放映しない方がマシですね。あんな作品と思われてしまったのでは、役者も監督も可哀そうです。angry

2013年12月28日 (土)

最近読んだ本

このタイトルで前回書いたのが7月でしたので、読んだのが”最近”でもない作品も含まれてしまいます。ま、「今年後半に読んだ本」の方が意味合い的には適切かも知れません。

「大地」 パール・バック著 新居格訳中野好男補訳 新潮文庫   有名な作品ですが今まで読む機会を逸していました。(そういった作品も多いです。一般的に”名作”と言われるもの、できれば目を通しておきたいものです) 極貧の小作人から地主にのし上がる王龍とその家族、二代に渡る物語です。幼少期を中国で過ごし、成人して後再び中国を訪れた作者ですので、さすがに当時の中国と中国人庶民の生活をリアルに描き出しています。地主の奴隷だった女を払下げで妻に迎え、その逞しい働き者の妻と共に、徐々に稼ぎを蓄える王龍、凋落して行く地主の土地を少しずつ買い取って行きます。そして遂には、地域一番の裕福な地主となってしまいます。しかしその子達は、貧しかった幼少期を忘れ、贅に浸り出して行きます。当時の中国の社会情勢と盛衰の輪廻のようなものを、分厚く安定した筆致で描き出しています。さすが、名作、期待に違いません。作者はこの作品でピューリッツァー賞を、そして後にはノーベル文学賞を受賞しています。

「号泣する準備はできていた」 江國香織 新潮文庫   最近の作家の作品はあまり読んでいません。しかしまぁ、たまにはそういった作品にも手を出さないと、時代に乗り遅れてしまうかな?とかの思いで、たまには読んでみます。本屋でぶらぶらしていて、以前読んだ「神様のボート」が意外と好感触だったのを思い出し、買ってみました。12編の短編が収められていました。それぞれつまらなくはないけれど、いまひとつ実感に薄いというか、薄紙一枚向こうの世界、との感覚もあります。作者は私よりひと世代下、遠くはないけれど直にリアルではない、ナンカ中途半端な距離感があります。

「韓国併合」 海野福寿 岩波新書   朝鮮王国の、開国に至る寸前から日本に併合されるまでを、丁寧に、かなり客観的に書いているように思います。一部、日本にとって「酷な見方かな?」と思われる部分もありますが、極端ではありません。当時の状況を理解するには良い本のように思います。現在では文化人として評され、お札になっているような人でも、併合・侵略を当然の施策として考えていた、そんな時代の流れも知る事ができます。一般庶民にとっては尚更、併合される朝鮮国に憐憫を感じる人は極少数だったはずです。それを現代の感覚で善悪判断する事はまた別ですが、少なくとも、あの大戦に導いてしまった要因ではあるはずです。

「風立ちぬ」 堀辰雄 角川文庫   宮崎駿監督の映画のせいで注目されていますね。私は元々、中学時代に堀辰雄作品に触れ、そこそこ夢中になった経験があります。この機会に読み返してみました。文学作品はそれに接する時期で感じ方が随分と異なってしまう場合も多いように思います。元々、女子中高生に人気のあった作家ですし、ロマンチックで切ない物語ですので、やはり思春期に読むのが一番胸に沁みる作品なのだと思います。さすがに、中学時代ほどにのめり込む事はありません。それでも、今読んでも中々に清新で寂しくも温かい作品ではあると思います。作者の体験した実話が基となっている重みもありますし。懐かしさに惹かれて、”堀辰雄最高傑作”と呼ばれ私自身もそう思っている「菜穂子」も読み返そうと思ったのですが、宮崎アニメブームで復活したのは同名の「風立ちぬ」だけだったようで、同じ書店に「菜穂子」は見当たりませんでした。後に他の書店で見つけ買ったのですが、そちらはまだ読み返していません。

映画の「風立ちぬ」も観てきました。今までの宮崎駿作品とは一線を隔する作品でした。何故これを最後の作品として選んだのか、いまひとつ判りません。悪い作品では無いと思いますが、宮崎作品の上位に据える作品でも無いように思っています。世間では、ゼロ戦の開発者:堀越二郎の半生を描いたように誤解している人も多いようですが、ゼロ戦開発以外のストーリーは堀辰雄の「風立ちぬ」の方で、両者を合わせて作り上げたオリジナル設定です。嘗て堀辰雄作品に触れた人達には歴然と判るはずですが、それだけ、時代に埋もれてしまっていた、との事なのでしょう。ゼロ戦でも宮崎駿でもなく、堀辰雄「風立ちぬ」感慨で注目した私としては残念です。戦争を描いた作品としても、マイナー作品の「飛べダコタ」の方が、数段上に感じます。

2013年7月 7日 (日)

最近読んだ本

常に何冊かの本を並行して読んでいます。読むペースがとてつもなく遅い上に複数冊同時進行ですので、読み終わるのに数か月を要してしまう本もあります。ここのところ、同時進行冊数があまりに増え過ぎてしまいました。取り敢えず、これ以上増やさずに読みかけのものに集中していました。

「ブラを捨て旅に出よう」 歩りえこ 講談社文庫   アバヤ(目以外の全身を真っ黒に覆うイスラム圏での女性衣装)姿の写真に興味を惹かれて買った本です。女性ひとりで、2年をかけて世界一周したそうです。先日、ラジオ(文化放送)にも出演していました。 その行動力・勇気には感心しますし、体験も興味深いものが多いですが、文章表現には旅のわくわく感にやや欠けます。新巻(「思い立ったらマチュピチュ」)も出したらしい、書店で目に付いたら買うかも知れません。

「夏目漱石全集7」 夏目漱石 ちくま文庫   「行人」「満韓ところどころ」「思い出す事など」の3編を収録。韓国(当時は大韓帝国)旅行記に興味を持って買ったのですが、実際の内容には韓国は出てきません。満州だけでも十分に興味深かったですが。 「思い出す事など」は修善寺での吐血当時を振り返ったエッセイです。漱石の人物像がにじみ出ています。 「行人」は以前に読んだつもりでいたのですが、「明暗」と混同していたようです。

「あなたの知らない栃木県の歴史」 山本博文監修 洋泉社   「毛野国(けぬのくに)」発祥の話など、ちょっとした知識としては興味深い部分もありました。栃木県人以外は買わないでしょうね。

「ナナ」 エミール・ゾラ 新潮文庫   「居酒屋」と一緒に買った本でした。「居酒屋」を読み終わったのが2月の終わり頃でした。多分3月下旬頃には読み始めたと思いますので、随分と時間を要してしまいました。 「居酒屋」では子供だったナナの”その後”を描いた作品ですが、「居酒屋」のような、「先が気にかかり気が急く」ようなのめり込みはありませんでした。寧ろ途中には停滞感を感じる部分もありました。登場人物内面への広がりも「居酒屋」ほどでは無かったような・・・。

「ピカソは本当に偉いのか?」 西岡文彦 新潮新書   高校時代の文化祭で(所属した美術部で)ピカソ研究の展示をした事があります。その時にいくらか調べて、「すげぇ画家だ!」と感心した覚えがあります。で、「当然偉い」との前提で読み始めました。 基本的な部分は、美術を志した事のある人には常識的な内容ではありますが、美術館登場の意味や商売としての転換(画商の登場)など、新たな見方を加えて貰った本でした。

「日韓がタブーにする半島の歴史」 室谷克実 新潮新書   一部、興味深い点もありますが、大半はかなり偏った内容に感じました。自らの考えに反する内容には「○○○(人名)は、この訳注挿入と、自らの国籍(韓国)との関係を疑われても、いたしかたあるまい。」との文章もあります。確かに、韓国は客観性を欠いた、我が身偏重志向の強い国ではありますが、それを書いてしまってはもろ刃の剣になってしまいます。他の部分でも、古代の資料を丁寧に発掘する努力をされているようですが、その読み取り判断に客観性を欠いているように感じる部分も見受けられました。あちらの国ではよくある、自分に都合の良い解釈だけを集めての論調とも見えます。相手の偏りを批判するなら、自らはより客観性を重視しなければならないでしょう。

読みかけ本の整理、ほぼ片が着きましたが、また本屋でまとめ買いしてしまいました。ちょっとした長編も買ってしまいました。さてさて、

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31