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2018年9月22日 (土)

Facebook

niftyフォーラムに始まって、HP、mixi、ブログと移り変わるネットコミュニケーション。現在は家族等近い相手限定でのLINE(広げると面倒そう)とFacebook中心で使っていますが、mixiもブログも残してますし時折書き込んでいます。と言ってもmixiは利用頻度はかなり減りましたし、Facebookと重複しますのでこちらブログも書き込む間隔が空きがちです。ただFacebookはどんどん過去に流れて行ってしまい過去記事を探すのは至難の業、少し遅れてもこちらにも書き残すようにしています。ブログの方が詳しく書き残すことができますし。元々、使い捨てのようなSNSには若干の苦手感があります。ですのでTwitterもInstagramもページは持っていますがあまり利用していません。刹那的な書き捨てには違和感を感じています。

というところでFacebook、私の年代では利用率は低いようです。Facebookに限らずネット全般で。未だに携帯はガラケーでメールも禄に打てない同輩も少なくありません。私自身はそういった人達、(リタイヤ組の増えてきている年代ですが)どうやって会社生活を潜り抜けてきたのか不思議にも感じます。私自身、仕事上の必要に駆られて始めたPCです。始めた30代の頃には中小零細企業ではまだ珍しい存在でしたが、間もなく必需品となりました。PC無しの仕事など考えられません。想像ですが同輩達、PCが会社に導入された頃は管理職年代ですので、訳の分からない操作は部下後輩に任せて、虎穴に入らずに何とか逃げ切ったのでしょうか?零細企業主だった私は任せられる部下も無く、自身で憶えたのですが。そのお陰で、仕事上での表計算での生産計画作りやチラシ・値札作り等役だったのは勿論ですが、プライベートでも世界が広がりました。物理的距離は関係しませんので、遠い地に住む知人・友人もできましたし、趣味を同じくする仲間も見つけることができました。

ただこの世界、便利なことも多い反面、面倒な部分もやはり存在します。韓国に嵌り込み情報発信に励んでいた時期には、”2チャンネル”という不可思議世界に住む住人からストーカー攻撃を受け難渋した時期もありました。

さて話題を本題に戻します。Facebookです。現在日常の出来事等を書き込んでいますが、敬愛する森高千里さんファン達との楽しいやり取り、高校同期や大学部活での仲間、そして地元足利市を盛り上げるために頑張っている方々等、概して有意義に活用できていると思っています。ただFacebookには過剰サービスというか、私にとっては「余計な機能」と思える部分もあります。例えば「お友達記念日」、それは2人で祝えばよいと思います。関係ない、その片方とは関係のない、”友達の友達”まで持ち出されても・・・。私は原則シェアしません。誕生日祝いもどうかな?と思っています。Facebook友達が増えれば必然誕生日も増えます。年がら年中誕生祝をしなくてはなりません。滅多に音信のない友達との挨拶、それも必要な部分もあると思いますが、そこは年1回の新年挨拶で済ませて頂きたい。年間通してばら撒かれる儀礼的お祝いメッセージは目障りに感じる時もあります。メッセンジャーとかで個人対個人で伝えれば良いことです。

以上、ま、他愛のない”愚痴”です。真剣に悩んで迷惑に思っているわけではありません。ただひとつ、今面倒に思っていることがあります。”シェア”です。これも利用の仕方次第、便利に使える機能ではあります。ただ「乱用」は迷惑です。最近Facebookお友達になった某氏、多い時は一時に10件近くのシェアを並べます。それも多くはネトウヨ的書き込みのシェアです。内容的には同感できる記事もあり、最初は一応読んでから選択していたのですが、なんせ数が多過ぎます。今ではすべて見つけ次第非表示にしています。そして1番に不満迷惑に感じているのは、彼の書き込みはシェア”だけ”なのです。自身の文章で意見表明することは無く、すべて”シェア”です。本人それなりに意見考え方は持っているのでしょうが、「シェアだけ」というのはあまりに安易です。本人の確固たる信念にも疑惑の目を向けたい気持ちになってしまいます。そういった自覚はないのでしょうね。「同感できる有意義な意見を拡散している」との意識なのでしょうか?Facebook上だけので繋がりならば、お友達削除してお終いですが、元々オフラインでの友人から新たにFacebook友達になった人ですので、その点で面倒なのです。ま、暫くは非表示対応で済ませます。「このような投稿の表示が少なくなります」との効果を信じて。

追記:Facebookの余計なサービス、もうひとつありました。「過去の思い出をシェア」 振り返りたい気持ちもわからないではありますが、「自分の頭の中だけで振り返っていてくれ~」との思いもあります。ひとの寂しがりや一面を捉えた手法なのかも知れません。

2018年9月15日 (土)

8・9月のゴルフ

PC不調時以降のゴルフです。

まずは8月14日(火曜)、盆最中のゴルフです。地元仲間でのゴルフ、ゴルフ場はいつもの「唐沢ゴルフ倶楽部三好コース」でした。暑いさ中、「命に関わる」ほどではないにしてもやはり暑かった~。INスタートの前半は、1度も100を切ったことのない苦手コースの割にはまあまあの「52」で乗り切りました。+3が1ホールあったものの私としては大叩きのないゴルフ、パットも「15」で上出来、ショートを除く7ホール中6ホールでフェアウェイ維持、いいんじゃないですか~! という展開からご想像通り、OUT後半は暑さもピーク、風もほぼ無し、集中力が続きません。パーパットも緊張感無く(´;ω;`)ウゥゥ「ボギーでいいや」と思っているからWボギーになる・・・。上がりの2ホールはトリプルトリプル、耐えていた最後でOBも飛び出し「55」、やはり今回も100を切れない「107」で終了でした。

ゴルフ場でひとっ風呂浴びてからメンバーのひとりの自宅に直行、久し振りの麻雀です。初めての全自動麻雀卓、こりゃ便利です。学生時代大学の周囲は麻雀屋だらけ、部活仲間での定例麻雀大会もありました。時は流れ現在、大学周囲に麻雀屋は1軒もありません。地元に戻ってから何回か卓を囲んだものの、ここ10年ばかりは全く途絶えていました。符の数え方も忘れました。それでも打つ内に感覚も戻り、半荘4回の内2回でトップを取り総合でもトップでした。ゴルフと異なり好調の麻雀でした。終わり良ければすべて良し、です。

続いては8月26日(日)、高校同期3人で周った「レイクウッドゴルフクラブ富岡コース」、景色の綺麗なコースですがやたら池が多い。今回で3回目ですが、前回(4年前)は池に嵌りまくって大叩きの「124」でした。今回も池プレッシャーに弱く、スタートホールティーショットでトップしていきなりの池ポチャ。トリプルトリプルのスタートながらショートでの1オン1パットのバーディもあり、ボギーにまとめて前半ブルーコースは上出来「48」でした。後半はゴールドコース、やはりトリプルスタートでしたがその後はボギーで収めていたのですが、5ホール目で遂にやっちゃいました。ラフからの2打目は当たりは良かったものの右ラフの木に当たり右手前奥へ跳ね返り、更に3打目も木に直撃、打った位置よりも戻されて・・・。結局ロングのこのホール+6の「11」、気落ちしての連続トリプルも出て「57」で計「105」、これでもこのコースでは1番良いスコア。

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富岡からの帰途、出来たばかりの「佐野強戸PA」に立ち寄ってみました。パーキングの少ない北関東道路待望のPAです。レストランもGスタンドもあります。ETCがあれば出入りもできます。施設の両側に駐車場のある、上り下り兼用PAです。できたばかりですので観光バスで立ち寄るお客さんが多かったですね。以前は東北道の佐野SAに利用客が集中、混み合いましたのでこれで多少は分散しますね。

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直近ゴルフは9月9日(日)の高校同窓会ゴルフです。”生存確認”のために毎年開催とした同窓会も今回で11回目です。今年も2名の仲間の旅立ちが報告され、会初頭に黙祷を捧げました。皆64~65歳、それぞれに問題を抱えた方も多く、私も他人事じゃありません。男性の健康寿命(寝たきりでない)は平均で71~72歳です、動ける内にやりたいことはやっておきましょう。リタイアした人も年々増えていますが、「これで追々ゆっくりと~」とか考えている間はありません。出欠返信でも、体調の関係で欠席の方も数人見受けられます。ゴルフ会参加者は少なく7名でしたが、出来る内にやっておいた方が良いのに・・・と思います。

ゴルフ場は市内中心部から(河川敷コースを除いて)1番近い「足利城ゴルフ倶楽部」です。「足利城」というくらいですから昔々は城(時代が古いですので山城です。”砦”と言った方が近いかも)のあった地域です。最初は藤原姓足利氏、後に源姓足利氏(足利尊氏の祖先)、戦国時代には山之内上杉氏の家臣長尾氏が領有した城です。藤原姓足利氏は源姓足利氏との争奪に破れ東北に逃れます。別名「両崖山城(りょうがいさんじょう)」ですが、「両崖」は「要害」のなまったものとの説もあります。そんな要害の地ですので崖を挟んだ両側に張り付いたフェアウェイが狭くアップダウンのあるゴルフ場です。

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7名の内1人はその夜の同窓会を欠席ですので、会費無し賞品なし扱いですが、なんと、その1人が優勝してしまいました。よって2位が繰り上げ優勝となります。繰り上げ優勝と準優勝の2人がニアピン・ドラコン・ベスグロを独占、賞品をごっそり持ち帰りました。幹事であり賞品を用意した私はOB連発の「111」でBM、つまり最下位でした・・・。残念。

そのゴルフ場プレー中での会話ですが、「地球温暖化」が話題となりました。ひとりが「温暖化は太平洋高気圧、自然現象だから仕方ない」と、排ガス等での温室ガス効果を全否定するのです。これは意外でした。トランプ米国大統領と同じですが、トランプ氏の場合は実際にそう信じているのではなく、自国利害優先での政治的発言と思っていました。しかし身近にパリ協定的考え方を否定する人間が居たとは・・・。そういった確固たる説もあるのでしょうか?ちょっと判らなくなりました。

東京オリンピックに関して、「時期をずらして暑い夏を避ければ良い」との発言をしばしば耳にします。私はこの考え方には大反対です。主題はすでにOPではなくなっていると思っています。より大事なのは、一時期酷暑の東京に滞在する選手達ではなく、これからもずっとその地に住み続ける人間、日本人だと思うのです。「命に関わる暑さ」「酷暑」はすでに、今年の局地的大雨・台風・地震、同様、すでに災害の域に達していると思います。このまま放置すれば本当に(今でもですが)人の、特筆すれば北関東人の「命に関わって」きます。北関東の酷暑の要因のひとつは”東京の熱波”です。アスファルト・コンクリートで熱せられた熱、そして冷房排気熱は、上空に巻き上げられ北関東を熱します。まずは「東京を冷やす」政策が必要だと思うのです。道路の耐熱塗装はだいぶ以前に開発されています。しかしかかる費用が高いために実用化に至らずに来ました。その実用化を提言した都知事の発言に対しては、「たった1度のマラソンのために」と「無駄使い」と断じる論調があります。マラソンは「たった1度(男女合わせれば2度ですが)」でも、前述の通り我々はOP後もこの地に住み続けるのです。命の危険を冒して。耐熱塗装もミストシャワーも、また排熱の少ない冷房装置とか、1964年の東京OPが高速道路や新幹線を”OP遺産”として残したように、2020年のOPでも、酷暑対策をOP遺産として残して欲しいと思っています。一部でも研究・実用化が進めば、コストダウンやより効果の期待できる対策の進展にも繋がると思うのです。そのためには「酷暑の東京OP」は、その切欠としなければならないのです。

夕6時からは市内のイタリアンレストランでの同窓会となります。同期旧5組と6組との合同同窓会ですが、今回は旧1組からも1人出席、来年からは3クラス合同を予定しています。仲間は多い方が楽しい!会場のレストランは1年ちょっと前にできた新しい店です。安くて美味しい。元々は他の店で決まりかけていたのですが、たまたま家族で入って美味しさに感激、その場で会場変更を決めてしまいました。足利市朝倉町の「MONA」という店です。65歳前後のオヤジ達には少々不似合いな店ですが、美味しけりゃ文句も出ないでしょう。

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店のメニュー、私のお勧めは「バーニャカウダ」です。イタリア・ピエモンテ州を代表する料理、アンチョビ・ニンニク・オリーブオイル等を混ぜ合わせた暖かいディップソースに野菜を付けて食べる、フォンデュに似たメニューですが、私の少ない経験の中ではこちらのバーニャカウダが1番です!ただ、周りを見渡すと食している人が少なかった。後で考えたら、世代的に料理認知が無く、食べ方も美味しさも知らない人がほとんどだったのかも知れません。う~~む。

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恩師も含めて出席者は22名、新しい参加者、久々の参加者も数名居たのですが、常連拝欠席もあり昨年(20名)とあまり変わらない人数となりました。ただ、リタイア年代ですので来年からの出席を匂わせる返信もいくつかあり、来年は人数が増えるかも知れません。また、人数はほぼ同じでも顔ぶれが異なれば話題も増えます。他のメンバーは知らず、私はいつも以上に話題豊富に楽しく過ごしました。翌日が月曜日だったこともあり、2次会は4人だけでしたが、こちらも楽しく飲みました。さて鬼を笑わせましょう。来年のためにクラス名簿のない旧1組の連絡先を確認しなければなりません。1年かけて芋蔓探索しようと思っています。同窓会企画も、すでに私の”趣味”のひとつになりつつあります。

2018年7月26日 (木)

東京オリンピックマラソンコースでの「耐熱性舗装」

日刊ゲンダイに、「一度きり東京五輪 マラソン酷暑対策に血税100億円投入の愚」という記事が掲載されました。https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/233943/1
この記事に関しては、「命に係わる暑さ」の渦中に住む北関東住人としては異論があります。「OPは涼しい秋にやれば良い」同様、北関東など、都会の発する熱に迷惑している地域の住民を無視した狭視的論に思えます。熊谷や館林・佐野、酷熱に苦しむ北関東の気温を下げるには、東京の気温を下げることが必要なのです。「たった一度のマラソンコースに」とは言いますが、OP終了と共にその効果が失われるわけではありません。
「耐熱性舗装」は確か、もう10年以上も前に開発されていたはずです。しかし高い経費が災いして実用化されませんでした。残念なことです。今回OPを契機に部分的ではありますが実際に活用されれば、実際の場でその効果が検証されることにより、今後の技術開発やコストダウンにも大きな効果が期待できると思います。「思ったほど効果が出なかった」という結果ももちろんあり得ますが、それも前進のひとつだと思います。首都高速や新幹線は1964年の東京OPを契機として造られました。OPが無ければ設置はもっと遅れていたと思います。私達はOP終了後もこの地に住み続けます。「OPさえ無事に済めば良い」わけではありません。OPを契機として、都会温暖化対策(ミストサウナも。熊谷市駅前に設置されてありますが、限定的とはいえ効果はあります。)の進むことに期待をかけています。
トランプ氏や中国等の非協力的態度で、地球全体での温暖化対策の進むことは当分期待できません。日本は日本で、独自の対策を練る必要に迫られています。一昨日はお隣佐野市で、昨日は遂に我が街足利市でも熱中症による死者が出てしまいました。熱中症対策は緊急な課題なのです。高額な費用にも係わらず実施を指示した都知事の英断に感謝すると共に、OP限定のその場凌ぎにならないことを願い、高速道路や新幹線同様、「耐熱性舗装」がOP遺産として後に行かされることを祈ります。

2016年11月11日 (金)

アメリカ人はジョーカーを引いたのか?

可能性あり、とは思いながらも、あくまでも「もしも?」の話と高を括っていたらまさかまさか、でしたね。本当にトランプさんが大統領に当選してしまいました。これってジョーク?

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アメリカの大統領選はひとつのショーであり、選挙戦での公約はあくまでも選挙用、投票する側も必ずしもそのまま実現するとは思っていない、とかの解説が付いています。本当にそうなのかどうかはアメリカの政治事情に疎い私には判りません。しかし今回の選挙結果から思い出したのは、2009年の衆議院選挙での政権交代、つまりは民主党が絶対安定多数議席を獲得した「政権交代選挙」でした。私は今まで一度として民主党(もちろん民進党にも)に票を投じたことがありません。現在では原則自民党支持ですが、過去には共産党にも民社党にも社会党にも、政権与党になる以前の公明党にすら投票したことがあったのに。2009年の選挙でも、民主党に投票する意思は全くありませんでした。寧ろ、選挙以前でのブーム的な民主党支持の盛り上がりが理解できませんでした。もちろん、当時の自民党のていたらくに失望する気持ちはありました。しかしそれでも、「民主党よりはマシ」と考えていました。知人とそんな点で言い合いなったこともありましたが、知人の言い分は「一度くらい(民主党に)やらせてみても良いのでは?」とかでした。彼は必ずしも民主党を支持していたわけではなく、自民党への失望から減点法での選択だったようですが、そういった消極的支持で投票した人は多かったようです。つまりは、民主党の勝利というよりは、自民党のオウンゴールでの敗退、といった意味合いが強かったような。しかし私は今でも思うのですが、「一度くらいはやらせてみても~」との選択は全くの間違いです。減点法で選ぶとしても、あくまでも政策で選ぶべきでしょう。

当時の民主党の選挙公約、私には、出来ないこととやってはいけないこと、ばかりだったように思っています。やってはいけないことの筆頭は「子供手当」です。これは、「投票してくれれば現金をやるよ」という、選挙民に対する”贈賄”としか思えません。本来は、政策として、行政として、教育現場の改革や子育て環境の整備等に力を尽くす、それが政治です。現金を渡して済まそうとする姿勢、もう行政権の放棄としか思えません。高速道路料金の無料化案も同じです。選挙民のエゴ意識に乗じた迎合策でしかありません。

出来ないこと、こちらには幾分期待した部分もありました。一番は沖縄米軍基地問題でした。「最低でも県外」との公約、実現すれば日本の政治歴史に名を遺す画期的事業です。「事業仕分け」の名で流行語にもなった行政に無駄の削除もそうでした。過去の政権政党が常に公約しながらも実現しなかった懸案です。難しい、無理だろうと思いながらも、これだけ自信たっぷりに公約するのだから、もしかすると既成政権与党には考えも付かなかった画期的な「裏技」を秘めているのかも?微かにそんな期待も持っていたのですが、蓋を開けてみたら、未経験の与党素人だったから、本当の難しさを知らなかっただけ、出来そうに勘違いしていただけ、でした。全くのお笑い種でした。

話しが飛んでしまいました。当時の日本事情と今回のアメリカ大統領選挙とは、おそらく全く異なるのでしょう。ただ、トランプ氏に投票した人の中には、「トランプ氏に」では無く、現状の閉塞感故に方向も見定めずに”変化”だけを求めて票を投じた人も少なくなかったように思います。クリントン氏の、”オウンゴール”面も否定できないように思います。また当時の日本同様、アメリカ人の「自分だけ良ければ」とのエゴ意識を利用しての政策も見受けられます。さてさて、トランプ氏の政治家としての本当の姿、どのような形で現れるのか目が離せません。

2016年2月13日 (土)

「いのちの花展」 -イラク、シリア こどもたちの絵画と写真展-

「いのちの花展」、知人から案内ハガキを頂きましたので行ってきました。昨年12月にはラジオで(http://www.joqr.co.jp/kamata/player/kamata151213.html)、昨日はTVで紹介された活動・イベントですので、あるいはご存知の方もいらっしゃるかも知れません。JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)という、NPO法人の主宰する展示会です。イラクでは、湾岸戦争やイラン戦争で使われた劣化ウラン弾によると思われる小児がん・白血病が多発(日本の5~8倍)しています。しかし、戦争による医療施設の荒廃や近年では更にIS(イスラム国)の勢力拡大により、十分な治療も受かられない子供たちが沢山いるそうです。そういった子供たちを救おうとJIM-NETは活動しています。今開催されている展示会は、イラク・シリアの現状とJIM-NETの活動を紹介すると共に、グッズ販売による寄付を呼び掛けるイベントです。http://jim-net.org/

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会場には、患者である少年少女たちの描いた絵や現地の写真、資料等が展示されてあります。壁面に飾られた大きな作品は、そのひとりの描いた絵をコラージュして拡大したものだそうですが、残念ながら本人はすでに亡くなっているそうです。

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会場ではグッズ販売、という形で寄付を募っていますが、その活動を象徴するものが”チョコ募金”です。毎年、バレンタインの時期に合わせて長年続けられてきました。チョコ缶のデザインには子供達の描いた絵を使い、缶の製造は東日本大震災で被災した缶工場に依頼しているそうです。販売価格の500円(本来の形は”寄付”ですので、「500円以上の寄付を頂いた方に差し上げる」という形を取ります)の内300円をイラクでの活動のために、50円を福島での活動に使われるそうです。今ではスタッフが知恵を絞って、グッズの種類も増えていました。

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安保法案関連で、”平和主義”というものが語られる機会が増えました。ただ、もちろん全部が全部ではないでしょうが、「(外国の戦争に)巻き込まれたくない」「日本だけ平和であれば良い」的な、”エゴ平和主義”とも感じ取れる言葉もしばしば耳にしました。大戦後の日本は、世界でも稀な平和国家として存在してきました。しかしその平和は日本人の手によって勝ち取ったものではありません。大国同士の冷戦の狭間での、たまたま与えられたものだと思っています。そして時局は変わり、日本人の望む”現状維持”は許されない状況になりつつあります。安倍首相の発言とは意味が異なるかも知れませんが、”積極的平和主義”の必要な時代になってくるのだと思っています。「海外への資金のばら撒き」を非難する発言を聞きます。しかし「そんな金があるなら日本の弱者のために~」は方向違いだと思っています。ばら撒くことがいけないのではなく、”ばら撒き方”に問題があるのだと思います。そして資金だけでなく、人材も世界にばら撒かなくてはいけない、それが”積極的平和主義”には不可欠ではないかと。一部の人たちの自己犠牲によって成り立つ平和主義では意味がありません。国が積極的に支援し、安全も守る必要があります。安保法案を”戦争法案”にするか”積極的平和主義法案”にするかは、これからの日本人の意識の持ちようにかかっているのだと考えています。

案内ハガキを送って頂いた事務局長・佐藤真紀氏とは、古くからの知人です。いや本当は、”知人”というレベルにも達していません。学生時代に美術部に属し、他大学の友人たちを誘って絵の会を作りました。40年を超えた現在でもその会は存続して毎年展覧会を開いています。私は創立会員ではありますが、郷里に戻りましたので会での活動はほとんど途絶えています。会費は納めていますが、ごくたまに展覧会場を訪れる程度になっています。佐藤氏は8歳年下ですので、私とは入れ違いに近い形での活動参加になります。展覧会場で何度か顔を合わせた程度です。一流私大卒で就職した有名企業を退社して海外ボランティアに乗り出した氏ですので、そうなると展覧会場でお会いする機会も更に減ってしまいます。実は会場3階で氏を見かけたのですが、来場者と熱心にお話しされていて、声をかけるのを躊躇ってしまいました。元々関係の薄かった上に久し振りですので、お話を遮って話しかけてもおそらく、思い出して頂けるまで時間を要するでしょうから。帰りに募金チョコと佐藤氏の書かれた本を1冊購入しました。

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2011年2月14日 (月)

「日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍」

恒例の日曜日”夫婦50歳割引き映画鑑賞”、昨日の日曜日は梯子しました。午前中の1本が「日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍」という日米合作ドキュメンタリー作品です。こういったマイナーな作品は、公開期間の短い場合も多く、出遭った時に観ておかないと機会を逸してしまいます。特に地方では。当初は1人で行くつもりだったのですが、1人で1,800円、2人でも2,000円ですので、家内も誘ってみました。http://www.cinematoday.jp/movie/T0009394

作品は、第二次世界大戦時に日系米人で編成された米陸軍422連隊の軌跡をたどるドキュメンタリーです。日本軍によるハワイ・真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争、開戦により運命を翻弄される在米日系人。当時の写真・映像による当時の日系人の立場・境遇の解説で作品は始まります。強制的に収容所に隔離された人々。若者達は自らと家族達の誇りをかけて、志願兵として戦場に赴きます。

当時の映像は、時に目を背けたくなるものも含まれていますが、それ以上に、80歳半ばを超えた元兵士達の証言は凄惨です。「初めて聞きました。」と涙ぐむ家族も居ました。家族にも語ることができなかった体験だったのです。勇猛果敢さ故に戦勝を重ね、優秀さ故に更に激戦地に送られ、そして最強部隊故に飛び抜けた死傷者率を記録してしまう・・・。ドイツ軍に包囲されたテキサス大隊救出作戦では、211名の救出のために、422部隊は約800名の死傷者を出してしまったそうです。

昨年の東京国際映画祭で上映されたそうですが、一般知名度は低い作品でしょうし、上映館も限られているのでしょう。私の観た回でも、観客は僅かに数人でした。これほど秀逸な作品、いや作品と呼ぶことも憚られる気もします。”事実”なのです。特撮を駆使したハリウッド大作ばかりが持て囃される昨今、映像が娯楽”だけ”の価値しか持たなくなりつつある事を危惧します。伝える力を持つこういった映像が、ごく一部の観衆しか集めない事は残念です。

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2010年4月24日 (土)

子供手当

以前から危惧されていた事態ですが、本当に(しかもここまで)やる人が出るとは・・・。民主党政権のやる事、どうも心配です。http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2010042401000237/1.htm

2009年8月24日 (月)

衆議院議員選挙

解散から間が空いて、中だるみ状態の衆議院選挙ですが、どうやら政権交代の可能性が高いようです。高速1,000円や定額給付金を”政策”と勘違いしている政党ですので、交代も已む無しの感はありますが、自民党はもう駄目、でも民主党も頼りない、というのが一般的考え方かと思います。与党にも野党にも期待できない、レベルの低い選択になりそうです。

自民党で今までに、一旦政権を去って再び党首に返り咲いた人は居たのでしょうか?記憶にありません。民主党では代表も幹部も、ほんの数人で代わりばんこ廻しています。「他に人が居ないの?」と層の薄さが心配になります。予想外の大勝で、わけの判らないのまで議員さんになってしまった前回小泉チルドレンの例もあります。追い風に乗っての民主党の勝ち過ぎも心配になります。代表を辞めても中枢に居残る小沢さん、どうしても私には、古い体質の自民党を代表する人にしか見えません。概して民主党には、以前の日本新党のような、野党としての精悍さ、瑞々しさを感じる事ができません。政策も自民党以上に人気取り傾向が感じられます。

政府のやらなければならない仕事、一番は景気でも福祉でもありません。防衛と外交です。これが要です。その要の部分での信頼が、どうしても民主党には見えてきません。

私の住む地では、3人の候補が出ています。自民・民主・幸福です。自民党公認候補は、過去5回当選ながらまだ53歳、二世候補でも財閥の倅でもなく、しかしすでに2回の大臣経験があります。本来なら盤石の無風選挙区ですが、今回は判らなくなりそうです。

かの候補に対して、「地元のために何もしてくれない」との批判をよく耳にします。もちろん何もしないわけではありませんが、確かに利益誘導型の政治家ではありません。

嘗て新潟で絶大な人気を誇った元首相、利用者の少ない地にも立派な橋や道路を作りました。地元の人は喜ぶでしょうが、反面割を食った地方もあったわけです。権勢に物言わせて地元に資金を分捕ってくる、それが果たして国会議員の仕事なのでしょうか?そしてその元首相の行く末の如く、業者との癒着もあったわけです。その意味では我が地の候補は、広く日本全体を見回す、クリーンな政治家であるとも言えると思います。

私の尊敬する地元有力企業の某社長は、「市の事は市会議員、県は県会議員、国会議員は国の仕事をしなければならない。」と言います。また別の、地域で数々の要職に就く、やはり地元有力企業の会長さんは、「○○議員は、地元に益をもたらさないとか言われますが、国にとっては大事な人材。」とおっしゃっていました。個人的利益を度外視した、広い視野を持つこういった方々の支援で当選を続けてきたのだと思います。地元にとって誇れるべき事柄だと思います。

かの候補は、国際経済のスペシャリストです。先に「国の要は防衛・外交」と書きましたが、これは中々票に繋がりません。「国のため、世界のため」より、「自分に地元に何をしてくれるのか?」といった小さなエゴイズムが、投票行動を得てして支配してしまいます。民主主義の衆愚政治的側面だと思います。

頼りない民主党に成長して貰うために、一旦政権を譲り渡す事も良いかも知れません。しかしその選択は、個人的・地域的エゴイズムではなく、もっと広い視野に立って行って欲しい。自分にとっての損得ではなく、世界を日本を未来を見据えて希望を託す、そういった選択であって欲しいと願っています。ちなみに私、何処の政党にも属していませんし、選挙活動もしていません。極めて個人的な感慨です。

2008年3月 5日 (水)

フォスター・プラン

皆さんは”フォスター・プラン(プラン・ジャパン)”というものをご存知でしょうか?今日仕事を終えて帰ってみると、悲しい知らせのハガキが届いていました。フォスター・プランのパキスタン・マンセラ地区事務所が武装集団の襲撃を受け、職員3名とボランティア1名が死亡、多数が負傷したそうです。パキスタンの他地区事務所も、安全の確認の取れるまでの間、活動を一時中断するそうです。

”フォスター・プラン協会(プラン・ジャパン)http://www.plan-japan.org/home/index.html”は、途上国の地域開発を目的とした国際NGOです。プランに加盟すると、対象地域の子供さんを紹介されます。日本事務所を通して定額を振り込みますが、そのお金は紹介された少年少女に直接送られるわけでも、その子供個人に使われるわけでもありません。子供さんの住む地域の開発のために使われます。使い方はその地域での目標によって異なりますが、単なる一時的な経済援助では無く、学校での教材を揃える、井戸を掘る、女性自立教育等、地域の自立的発展を援助する方向で使われます。井戸を掘る事は、衛生的な水を供給するだけで無く、主として子供に課せられる労働である”水汲み”から解放する事により、学校に通う時間を作り上げる効果も期待されます。協会から紹介される子供さんは、謂わばその地域での活動の象徴です。定期的に子供さんの成長の様子・写真、地域での活動報告が送られてきます。その地域に住む人間の生活を身近に感じる事によって、送金したお金の活き方を実感する事ができます。

日本の空回りする経済援助、実際に必要とする人達に届かない、地域の実情に配慮の無い(現地で使いこなせない、修理の利かない最新機器を送り放置される)、金だけの、その場凌ぎの途上国援助に疑問を感じていた時に、その存在を知りました。長女が小学生にあがる頃でした。2人の子に恵まれ、平和な生活を送れる幸せの御礼にと、参加を決めました。私達にとって当たり前の日常が、遠く望めないものである子供達が世界には沢山居るのです。幼い我が子の姿と重ね合わせ、我が子の健やかな成長を祈る気持ちもありました。その子も大学を卒業して、今では東京で働いています。送金額は、月に1度、スナックでのお酒を我慢すれば足りる程度の額です。自らの幸せの罪滅ぼしでもあるのでしょう。

プランは、その地域での活動目標が達成された時、またはフォスター・チャイルド(紹介された子供さん)が自立年齢に達した時に終了となります。戦後の日本も援助対象国でした。復興を成し遂げ卒業したわけです。私に割り当てられた最初の国はアフリカのジンバブエでした。チャイルドが自立年齢に達し終了、次に紹介されたのがパキスタンの男の子でした。もう数年になります。

パキスタンの事務所の襲撃された詳しい事情は判りません。活動は現地ボランティアの協力によって支えられています。紐付きの援助でも無く、恨みを買うようなものでも無いはずです。多くの善意と、かけがえの無い尊い人命の失われた事が残念でなりません。安全が確保され、活動の再開される日を待ちたいと思います。

世界の子どもたち NGOの現場から 世界の子どもたち NGOの現場から
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2007年7月29日 (日)

参議院選挙

予想を上回る、自民党の歴史的惨敗になりそうですね。小泉政権成立以来、一貫して与党を支持してきた私ですが、今回はこりゃぁまぁ仕方ない、との思いです。あまりにマイナス要素が多過ぎました。それでいて、小泉さんと違い、安倍さんの態度がはっきりしない、煮え切らない。事の良し悪しは別にして?行動も発言もはっきり見えていた小泉さんの後ですので、安倍さんの不甲斐なさが際立ってしまいました。思い出してみれば、それ以前の総理のほとんどは、同様に煮え切らない人が多かったのですがね。

やはり焦点は「年金問題」なのでしょう。政策や理論よりも、一般国民もやはり”自身の損得が一番”、逆の意味での利益誘導型選挙でもあったように思います。与党に絶対的な信頼を置いていたわけではありません。不満も多々あります。しかしそれ以上に、私には民主党不信が根強くあります。”国民のため”というより、”自身のため、党のため”という、「政権獲得が一番目標」との姿勢に映る場面が多かったのです。”反対のための反対”と見える場面が多く感じられました。「最善が望めないなら次善」との、前向きな譲歩姿勢を持つ大人の党であったなら、今回は素直に「民主党」に一票入れたかも知れません。自民党には入れたくない、しかし民主党には更に・・・、という選択に困る選挙でした。

今回の勝利は、決して民主党が支持されたとは思いません。自民党への批判票です。それを誤解して欲しくないですね。民主党が支持されるとしたらこれからです。それを自覚して、今まで以上の責任を持っての行動を期待します。参院での議席を以って、単に議案不成立を目指すだけであれば、”百害あって一利なし”、国民の期待を裏切る事になります。

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