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2019年3月 1日 (金)

「五大美展」とサンウルブズ

日が過ぎてしまったので「もういいかな」との気持ちもあったのですが、記録として簡単に書き留めておきます。先月23日の上京です。

六本木新国立美術館「五美大展」、武蔵美・多摩美・造形美・女子美・日大芸の大学・大学院の卒業・修了作品展、つまりは「卒展」です。普通大学先輩がリタイア後に受験入学、”最高齢美大生”として、造形美大を67歳で卒業します。教授全員が年下という異色の学生でした。その先輩の作品を観るために行ってきました。

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やたらな公募展よりずっと面白かったです。勢いもありますし明るくて積極的な雰囲気があります。毎年の公募展と一生に1回の卒展、4年間の集大成、との思いの違いもあるでしょうし、落選入選のプレッシャーのない積極性での差もあるのかも知れません。特に女子美エリアは充実しています。毎年行っている友人によると昨年あたりから目立っているそう。ただ全体に、「4年間何してたの?遊びすぎ?」と感じられる作品も少数ではありませんでした。勿体ないですね。

乃木坂から外苑前に移動、秩父宮ラグビー場でのサンウルブズ試合観戦です。対戦相手は豪州の強豪ワラターズです。昨年からサンウルブズのファンクラブに加入しています。今年はこれが国内開幕戦になります。席は南スタンド自由席、屋根があるので雨の日は良いですがこの日は晴天で風が冷たい、少々寒かった。そして柱が邪魔です。初めてのエリアですので気が付きませんでした。

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好試合でしたが残念ながら30-31で惜敗しました。ハイデン・パーカーが活躍、終了寸前に起死回生のDGを放ちました。反対側サイドで遠かったので一瞬決まったかに見えたのですが失敗でした。ほんと惜しかった~。スクラムも互角以上でしたし、時折出る安易なパス回しでのインターセプトが無ければ勝っていたでしょう。しかし代表合宿でメンバーを欠く中での接戦ですので価値ある1ポイントだと思います。あと1回は秩父宮で観戦予定、その後はいよいよW杯です!

帰途銀座に寄って友人の出品している版画展へ。

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「『形象の庭』展」という、版画家駒井哲郎に師事した版画家達を中心とした展示会だそうです。またしても気に入ってしまった作家が現れたのですが、当日は現金の持ち合わせがなく、カードの使えない画廊でしたので断念。それでもやっぱり気になって、後日電話して結局は購入してしまいました。銀行に振り込みに行かなくちゃ。

2019年2月10日 (日)

最近読んだ本

前回間隔が空き過ぎてしまったので今度は2ヶ月で。

「ふらんす物語」 永井荷風 新潮文庫

何が切欠だったのか憶えていないのですが、急に海外エッセイ的なものを読みたくなりました。思い付いたのが漱石の「倫敦塔」、あんな作品なかったかなぁ?と記憶を辿って出てきた書名が「ふらんす物語」でした。漱石よりちょっとだけ後ですが、ほとんど同時代の欧州を描いた作品です。永井作品は初ですが、漱石的作品を思い描いていたのでその点では大きく期待外れです。「倫敦塔」には海外での孤独感や閉塞感が表現されていたように思います。「ふらんす物語」でも同様の表現もあるのですが、質・志向が全く異なります。何か、自分の環境に、エトランジェ的孤独感に”酔っている”ようで、漱石のような切実さがあまり感じられません。文章表現も華美過剰でリアル感に乏しい。永井荷風の表現がその時代のもので、漱石が斬新だったのでしょうか?当時はかなり持て囃された作品だったようですので。因みに、永井作品を探して本屋に行きましたが見つからずネットで買いました。私の高校生時代ではよく聞く作家名でしたがもう流行らないようです。それも納得。当初は「続いて『あめりか物語』も、」とか思っていたのですが立ち消えです。

「浮世の画家」 カズオ・イシグロ ハヤカワ文庫

ノーベル文学賞受賞作家、流行に乗って買ってきました。それまで聞いたこともない作家名ですので作品に対する前知識・イメージが皆無です。「浮世の画家」を選んだのは、原田マハマイブームに絡んでの画家主人公との点だったかも知れません。もちろん翻訳本ですのでその通りなのですが、そのまま”翻訳本”でした。翻訳者はもちろん日本人ですし、作者も民族的には日本なのですが、あまりその雰囲気は感じません。時代の中で国威高揚作品を描き、戦後の価値観変遷で逆風に晒される。そういった主人公を冷静客観的に描いています。その分切実感はやや希薄かも?逆風の中母国を去った藤田嗣治の「藤田嗣治展」を見てきたタイミングで読み始めたせいかも知れません。この人の作品、もう1冊位読んでみないと掴み切れない気がします。

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「モダン」 原田マハ 文春文庫

惹き付けられた「ジヴェルニーの食卓」は印象派画家達がテーマでしたが、今度は現代美術、しかも作家ではなくMoMA(ニューヨーク近代美術館)に係わる人々に焦点を当てた作品です。文庫本には5編の短編が収容されています。5編中4編での主人公がディレクターやキュレイター、デザイナーという展覧会に係わるスタッフですが、同じスタッフでも「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」では警備員が主人公になっています。この警備員スコットが中々印象に残ります。世界的大家の作品に囲まれながらも美術的知識・素養は持たない、という設定も面白い。ただその結末の「解釈はいかようにも」と投げ出された部分は少々落ち着かない。またこの5編、すべてMoMAがテーマにはなっているものの、視点はすべて異なっています。東日本大震災での福島原発事故を扱った「中断された展覧会の記憶」には涙腺を刺激されました。「新しい出口」では9・11NYテロが重大な転機となっています。原田マハ作品、まだ小説は2冊目(9編)ですが、登場人物がすべて”いい人”です。安心して読んでいけるし読後感も心地良い。「こんなに甘やかされて良いのか?」との不安もないではないのですが、決して理不尽に、ごますりや忖度で甘やかしているわけでもなく、理性的な目線で描かれていると思います。陽の当たる居間のような、こんな心地良い場所も必要とされているのだと思っています。   「キネマの神様」が順番待ちしているのに、ついつい「太陽の棘」も買ってきてしまいました。当分原田マハマイブームは続きそうです。しかし本屋に行くとある意味絶望的な気分になりますね。あの大量の書籍、生存中に読み切るのは勿論不可能。だけでなく、既読本も「良かった」「難しかった」という漠然としたイメージはあるものの、あらすじは一向に思い出せない。崩れる砂山を築いているような虚しさも感じます。まそれは、考えないことにしましょう。1冊1冊、読んだだけの充実感は得ているのですから。

このあと3冊は前回同様亡くなった父の本棚から。生前の父は、青春は戦時期でしたし読書家ではなく、本を読むようになったのは亡くなる前数年の間だけです。多くは戦争体験の類と時代小説です。

「総会屋錦城」 城山三郎 辛勝文庫

「指揮官たちの特攻」で縁のあった作家ですので、その繋がりで買ってきて読んだのでしょう。表題作は直木賞受賞作です。7編の短編が収められていますが、受賞作が特に面白いというわけでもなく、寧ろ面白みに欠けます。他が受賞後の作品ですので、受賞2作目が難しいと言われる受賞後を難なく乗り越えた結果、ということなのかも知れません。順調に作家として伸びたと。私的には「メインド・イン・ジャパン」と「プロペラ機・着陸待て」が面白かったです。子供として下から見上げていた高度成長期、その背景を知る思いです。

「十七歳の硫黄島」 秋草鶴次 文春新書

5%弱という硫黄島戦日本兵の生還率、その一人の記した記録です。筆者は父と同い年、同じ市内在住の方ですので、生前何か交流があったのかも知れません。2006年に出版されています。悲惨な戦いが生々しく描かれています。現場での体験者しか知り得ない状況描写もありますが、寧ろ内部では、またいち少年兵では知り得ない全体状況もあります。通信兵という、歩兵一兵卒とはまた別な立場にあったとはいえ、戦後資料や取材で知った戦況と照らし合わせて書かれた部分もあるのだと思います。文章としては稚拙な部分もありますが、それが寧ろリアル感を際立たせます。語り伝えるべき歴史資料として価値あるものだと思います。

「人間の運命」 五木寛之 東京書籍

単行本初版です。いつだか菩提寺で五木氏を講師とした講演会が開かれたことがありました。寺の世話役を仰せつかっていましたので、その縁で購入したのでしょう。親鸞の「歎異抄」を主な題材として書かれています。宿業と生きる意味死の姿、罪と罰、答えの出ない命題に真摯に取り組む姿勢を感じます。少年時に朝鮮からの過酷な引き揚げを体験したことを初めて知りました。その体験から性善説に馴染めない人間自体への懐疑と、運命というものへの捉え方、読者に説くのではなく”共に悩む”姿勢で書かれていることに、著者の誠意を見ることができます。読んでも答えは見出せません。それでも未来への”窓”ともいうべき一筋の光は、与えてくれる本でもあるように思いました。五木氏ほどの人間でも同じく悩み患うことに安堵しているのかも知れません。

「モダン」感想文中にも書きましたが、日々出版される本の多さに、読み切れない虚しさに囚われることがあります。至宝の1作があるかも知れないのに遭遇しないかも知れない恐れとか、愚にも付かない悩みです。読むのが遅くて消化できないのに、本屋に行くとついつい買ってきてしまって、読み待ち本は増える一方です。平行購読本は現在6冊、読み切れないのに原田本は更に読み始めてしまいそう。パステル画は取り敢えず描き終えたものの制作中の油彩は3点、森高ライブは全国ツアーの内2会場購入済み、先行予約前会場でも少なくともあと3会場は参戦予定。サンウルブス戦も1枚購入済み。W杯ラグビーは2会場確保。スキーも行くしライオンズも行くだろう。そして秋には東京でグループ展。う~~ん、自分で振り返ってみても予定組み過ぎスケジュール過剰だぁ!人生は短し欲は深し・・・。

2019年2月 8日 (金)

今更ですが、1月26日・27日のこと。

今更ですが1月26日と27日のお出かけに関して書いておきます。1度途中まで書いたのですがPC不調で全部消えてしまい挫けました。今度また同じことでもあれば今度こそ再起不能でしょう・・・。

1月26日(土)   狭山へ。森高千里さんのライブツアー、21年振りの全国ツアー初戦に参戦です。会場は狭山市民会館、収容人数1.398人というこじんまりとした規模です。30列ある内の7列中央のチケットを確保、大規模会場と異なり最前列席前のスペースが狭いので7列というとかなり間近に見えます。今回のツアーは全国36か所37公演、その多くは県庁所在地を外して、東京の人見記念講堂の2.008人を最大に1.200~1.600人収容程度の会場が続きます。全盛期の集客力のないことを意識しての選択なのでしょうが、ファンとしてはありがたい設備規模です。

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ライブ中に森高さんが「初めてライブに来た人~?」と声をかけると、意外に多くの手が上がりました。「嘘バッカ~」と冗談かと思ったのですが、本当のことなのでしょう。「全国全公演走破!」とかの濃いファンが身近に何人も居る環境と異なり、「若い頃にCD買ったけどライブまでは行ったことが無い、今回は地元に来ることになったので”初めて”チケットを買ってみた」というファン層も当然存在するわけで。結婚・子育てで歌手活動を休止していた森高さん、ファン層も同様でライブ・音楽活動空白期間を持った人も多いと思います。埼玉県会場が狭山市と熊谷市という設定も、そういったライブ未体験層に配慮してのものかも知れません。演奏選曲も、まだツアーが続きますのでネタバレは避けますが、「初参戦の方に配慮して」シングルカットのメジャー曲ラインアップになっています。

ライブ終了後には、駅近くの居酒屋に顔見知りファン20人ばかりが集まり飲み会をやりました。こういった話をすると「本人は来るの?」という質問を受けることがあります。今回は少人数ですが、2013年の歌手復帰足利ライブ後の集まりでは全国から60数名が参加しました。その時はファンでない友人達何人もから同様の質問が繰り返しありました。彼らにすれば「本人が居ないのにファンだけで集まって何が面白い?」という感覚があるようです。門外漢にとって”ファン”はそれぞれ”見知らぬ他人”でしかないのでしょうから。しかしファンも長年やっているとライブ会場で顔を合わせる機会が増えます。「あの人前回も来てた」から会釈するようになり話しかけるようになる。そういった数人のグループができ、今度はグループ同士が繋がり段々大人数に。といった風に私の周囲でも100人規模の仲間ができていました。森高さん休止時代も、ネットを通して細々と繋がっていました。そういった仲間達にとってはライブも「同窓会」でもあり、仲間と集まるのもライブでの楽しみのひとつなのです。ファン同士で結婚した仲間も数組あります。

今晩は長野でツアー2戦目が開幕します。私の参戦次戦は3月の桐生市(群馬県)、それまでは各地参加組・全制覇組の参戦模様をネットで見ることになります。Img015

1月27日(日)   足利までは帰れませんので狭山駅前のビジネスHに宿泊、同じH泊りのファン友人と3次会で24時まで飲んでました。翌27日は少し東京を散策して帰ります。

西武新宿線に乗るのも久し振りです。進学で上京して最初に住んだのが西武新宿線沿線の中落合(駅は下落合)でした。その次が新井薬師。シーズン初めには狭山の人工スキー場で滑り初め、ライオンズのファンクラブに入っていた時期もあります。ふと思い付いて下落合で降りてみることにしました。

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駅から北に登る聖母病院通りはそのままでも、周囲の建物は全くの様変わり、”懐かしさ”が全然ありません。40年以上経っているのですからそれもそうでしょう。地方都市なら何かしらは”変わらない”景色が残っているものですが・・・。

目的地は「佐伯祐三アトリエ記念館」です。当時住んだアパートのすぐ近くにあったのですが知らずに、引っ越した後に存在を知りました。今回訪れて初めて知ったのですが、私の住んだ1972年にはまだ、佐伯夫人が住んでおられたそうです。何処かの通りですれ違ったとかもあったかも。

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記念館は再現ではあっても新築だそうです。展示作品はコピーで本物は美術館、あくまでアトリエの再現で当時の環境を垣間見るためのものです。等身大の立看もありますが身長150cm台の小柄だったそうです。ボランティアの女性に丁寧にご説明頂きました。入場無料です。その方から「中村彜アトリエ記念館」の存在を知り、梯子してみることにしました。

歩いて10数分移動、中村彜(つね)は佐伯祐三と同時代の洋画家です。両人の実際の接触は無かったそうです。

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こちらでもボランティア女性にお世話になりました。こちらも無料。できるだけ元々の素材を利用しての再現アトリエだそうです。作品はもちろんですが、椅子やテーブル等も再現品で当時使われた本物は水戸の美術館にあるそうです。中村彜は水戸藩士の息子だったとか。

しかし佐伯祐三30歳、中村彜37歳、中原悌二郎32歳、荻原守衛(碌山)30歳、この時代の作家さん、早世が多いですね。

目白駅まで歩いて昼食の後乃木坂国立新美術館へ移動。「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」、詳しくは知らない作家でしたが、ナンカ面白そうなので行ってみました。大阪外語大スペイン語学科卒からセビリア美術大学に留学、現在はベルリン芸術大学教授だそうです。海外で活躍する日本人女性、増えましたね~。

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墨絵的な大作コーナーのみ撮影可でした。全体として、興味深くはあるのですが、私のポイントからは少し外れています。

無料でしたので「日仏現代国際美術展」も入ってみましたが、語るほどのものはありません。もう少しレベル高いと期待もしたのですが。春の「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」の前売り券を買って帰りました。この春には注目展覧会が目白押しです。

2019年1月24日 (木)

1月20日のお出かけ

大相撲と大坂と錦織とアジア杯サッカーと、TV観戦で忙しくPC前に座る時間が足りませんでした。錦織は残念でしたがあの5時間余の熱戦の後では無理もありません。大阪は今日13時から準決勝、期待できます。夜にはサッカーもあります。大相撲、栃木出身の貴源治は負け越しですが双子の兄貴ノ富士(元貴公俊)は勝ち越し、来場所兄弟同時十両の可能性もあります。

20日の日曜日、北関東道経由で50分高崎市へ。最初の目的地は「高崎市タワー美術館」多分初めての訪問です。前回高崎に来た時にチラシを見て少し興味を持った展示会、どうしてもというほどではなかったので保留していましたが、他に目的ができたので行ってみました。最終日でした。

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すぐ隣のパーキングに停めてしまったのですが、契約駐車場であれば駐車券が出たみたいです。事前に調べていなかったので入り口まで来て知りました。入場はシニア(65歳以上)無料でした。

「長野信濃美術館名品展」が開催されていました。同美術館は建て替えのために閉館中だそうです。興味を惹かれたのはチラシ写真の荻原守衛作品(彫刻)のせいです。学生時代は美術部所属でしたがシーズンに2回スキー合宿があり、1回目が上越・岩原2回目が大糸線・佐野坂で、それぞれ毎年企画されていました。佐野坂のスキーは数回(3回?)幹事として企画設営していました。参加は全部で6回。その折安曇野の「碌山美術館」へ、部員を連れて2回か3回訪れています。そこだけ美術部っぽかったですね。(笑) 自然の中に教会風の建物、印象深い美術館です。http://www.rokuzan.jp/index.html

1度だけ、スキー場に油絵道具を持ち込み描いたことがありした。佐野坂スキー場入口辺りの風景です。19772

話を「タワー美術館」に戻します。今回は碌山美術館とは全く別の「長野信濃美術館」収蔵作品の展覧会、荻原守衛の「女」が出品されていたので話が逸れました。近代日本美術、荻原守衛、菱田春草他長野県所縁の作品を集めた展示会でした。名を知らない作家、聞いたことがあるかな?くらいの作家も多かったですね。荻原守衛<女>は懐かしくも魅力ある作品です。

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この日の主目的地は高崎市の「ガトー・フェスタ・ハラダ」、ご存じ”ラスク”で有名になった菓子店ですが、高崎本社にはギャラリーが併設されていて若手現代作家の展示会が開かれます。丁度2年前にはお隣太田市在住の片山真理さんの個展が開催され訪れました。それ以来の訪問です。

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今回は「大庭大輔展」、東京藝術大学大学院卒、現在京都造形芸術大学大学院准教授という38歳の作家さんです。大学美術部時代の仲間で若手作家のコレクターをやっている友人に誘われての展示会です。彼は大庭氏が大学院学生時代から注目して追っていたそうです。

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回廊を渡るような宮殿並みの豪華な建物、右半分がラスクやケーキなどの販売店、沢山のお客さんが訪れます。休日には団体バスも廻ってくるみたい。奥には工場があり見学コースもあるそうです。左部分にギャラリーがあり企画展が開催されます。入場は無料。

作品はかなり斬新な抽象作品、独自に調合したアクリル系画材を用いて、偶然性を加味した技法で描いているそうです。ガチョウの卵に絵の具を詰めて投げつけるアクションペインティング、画面上で独楽を廻してその軌跡をタッチとした技法など、言葉の説明ではイマイチ理解不十分な作風です。制作風景をビデオにでも撮れば、それがそのまま作品にもなりそうですね。友人に紹介頂いて大庭氏の奥様にご説明頂きました。奥様も作家でシュールっぽい作品を描かれているとか。

「意図と偶然性の融合は、カタチを別の次元へと昇華させ、人間の意識的行為と、制御の利かない運動の間には、自然的宇宙の『法則』が炙り出されてゆくのだ。」と言うことだそうです。判るような判らないような・・・。私の頭では付いて行くのが大変。ただしかし、金属的で神秘的な表層は、その世界に引き込むに十分な魅惑的世界を持っているように感じました。

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2018年12月25日 (火)

高崎市美術館

24日祝日の振り替え休日、高崎市美術館へ行ってきました。23日の祝日、次回からは天皇誕生日が変更になります。来年からどうなるのだろう?平日になるのか、何かしらの名が付いて祝日のままなのか?因みに気になったので調べてみました。祝日・祭日の違い。現在「祭日」という言葉は正式には無いそうです。戦前までの、皇室にまつわる神道上の行事の日が祭日だったそうです。

高崎市美術館での現在の企画展は「アナザー・ストーリー 人の数だけ物語がある」です。「物語る絵画たち」「人生の中の顔」「戦争と美術」「祈りの造形」「あの風景の中に」「心の中のアナザー・ストーリー」という6つのSTORY、ということになっています。正直テーマとしてはピンときません。「無理付け?」という気もしてしまう。今回の展示に来てみたのは、8日に観た高崎の画廊での展示会、3人の女性版画家での2019年カレンダー原画展会場で無料招待券を頂いたから。でも来てみたら65歳以上のシニアは無料、招待券は不必要でした。画廊でのカレンダー原画展は3人の内1人が一応の追跡作家(通算2点購入)なので行ったのですが、共同開催の別の1人が「アナザー・ストーリー」に出品されていて24日当日にアーティストトークがあるということでこの日を選びました。

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展示会には、ピカソやシャガール、ブラックなど、日本人作家では脇田和や福沢一郎、舟越保武など、興味の持てる作品も多く悪くはありません。ただ、テーマに沿って集めた、というよりやはり後付け感はあります。

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アーティストトークは午後2時から、3階第5展示室にて開催されました。作家は長野順子さん、芸大建築科出身という50代前半の女性銅版画家です。群馬県富岡市出身で現在高崎にアトリエを構えているそうです。空中都市や羊や龍の登場するメルヘンチックな細密銅版画を制作しています。挿画や絵本原画の仕事が多いらしい。学芸員司会による質問形式でのトークでした。作家の話しの聞けるのは良いけれど、1時間弱は長過ぎる。途中で飽きてしまいました。年明け12日にはもうひとり、やはり女性作家のアーティストトークがあります。懲りもせず、もしかしたらまた来るかも。タダだし。地元作家のコーナーだけ撮影可でした。最初の方の写真が長野さんの作品です。

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2018年12月19日 (水)

韓国オフ会への参加 久々でした。

16日日曜日は東京へ。主目的は韓国オフ会への参加ですが、その前に日本橋高島屋に寄ってきました。以前から注目していた女性作家の参加する展示会に立ち寄るためです。高島屋6階美術画廊「ー春待の月ー現代女流作家展」、お目当ての画家は谷口朋栄さん、四国愛媛出身の若手女性作家です。数年前(確か2008年だと?)、東京新宿区にある画廊で観たのが初めてでした。同じ建物内での友人の個展を観に行ったついでに観たお隣さんでした。ご本人にもお会いしました。当時はまだ安くて小さい作品で2万円程度だったと思います。少し気持ちが動いたのですが、初見山でしたので「次回機会があれば」と即断できませんでした。今後悔しています。版画作品でもあれば届くのですが、もう単品では手が出ません。ただ、今回のようなデパート美術画廊での展示が多くなり、画風が綺麗に大人しくなってきています。そこが少し残念です。

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日本橋から東西線経由で乗り換え新大久保へ。韓国オフ会への出席は久々、日曜日の新大久保も久々です。今回のオフ会は13時の開始です。地方在住の身では電車の最終を気にしなくて良いのは助かります。それも久々参加を決めた理由のひとつでした。狭い駅前も歩道も満杯状態、最近話題の「アリランホットドック(ハットグ)」、アメリカンドックの韓国版ですが、その店の前には大行列、買った客が路上で食べるので更に大渋滞です。困ったブームだ・・・。

最初の韓国オフ会はいつ頃だったのか?記憶が定かではありません。今は無きニフティフォーラム、SNSの初期形態なのですが、そのフォーラムでの「韓国部屋」と「グルメフォーラム」とに参加していました。オンラインでの旅情報交換、そしてオフラインでのオフ会は韓国料理オフ会だけでなく、フランス料理オフ会・スペイン料理オフ会とかもありました。今も続く韓国オフ会は、ニフティフォーラムの後に入り込んだ韓国情報サイトでのネット仲間でのものです。こちらも2004年頃からとなる「韓流」以前から始まっていました。

オフ会の会場は「テーハンミング」、韓国語で「大韓民国」を意味する店名で日韓合同開催だったW杯サッカーの寸前にオープンした店です。店頭には「開店16周年」の文字が。早いものでもうそんなになるのですね。

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この店も二次会で使った「チャンナム家」も、つい先日の「マツコの知らない世界」で紹介された店です。そして番組で紹介したKFC=韓国フードコラムニスト、八田氏は、韓国オフ会での仲間(この日は欠席)です。最初に八田氏にお会いしたのは韓国留学から帰国して間もなくの頃だったと思います。30代40代中心だったメンバーでの唯一の20代青年でした。こんな時代が訪れるとは露知らず、「韓国ネタじゃ食って行けないよ、止めた方がイイ」と皆して止めていたものです。日本のスーパーではキムチもソジュ(韓国焼酎)も売っていない時代でした。

オフ会参加は13名、昔とは大分メンバーも入れ替わっていますが、憶えのあるハンドルネームの方も混じっています。私の訪韓歴は20回、マイナー時代では多い方でしたが今では毎月とか月に複数回訪韓される方も居て、20回などは1年で追い越されてしまいます。しかもここ6年は韓国を訪れていません。すっかり縁遠くなってしまいました。

2時間ほどの歓食歓飲歓談の後に二次会会場の「チャンナム」に移動します。「チャンナム」は新大久保でも古株の老舗韓国料理店(今のオーナーは先代から引き継いだ2代目)、名物ママさんは先のマツコの番組でも出演していました。名物お勧め料理は先代から引き継いだ”タットリタン”です。久々ですが変わらない味でした。しかし午後の通常なら1番暇な時間帯のはずですが、席は一向に空きません。(私達は一次会二次会とも事前予約です) TVで紹介され尚更なのでしょうが羨ましい繁盛振りです。店頭には番組の写真も掲示されてありました。二次会参加者は10名でした。

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料理写真は左が名物”タットリタン”、右はサービスで出して頂いた”ケランチム(韓国風茶わん蒸し)”です。小食の私には料理店から料理店への梯子はきついのですが、それでも(私としては)相当に食いそして飲みました。久し振りのマッコリは美味しかったですが少々飲み過ぎでした。帰った夜遅くには頭の痛くなってくるほどに・・・。

2018年12月 5日 (水)

最近読んだ本

以前もこの題名で書いていたのでそのまま「最近」としましたが、このタイトルで書くのは丸々3年振りですので「最近」でない本も含まれます。そんな状態ですので読んだきり読んだことも忘れている本もあるかも知れず、”ここ暫くで読んだ本全部”というわけでもなさそう。ま、それそれらしい本を本棚から持ち出し書き始めます。

「ゴルフ超心理学日記」 石ノ森章太郎 清流出版

16年夏の東北旅行で石ノ森漫画館(石巻市)を訪れた時に買った本です。「トキワ荘」仲間を中心とするゴル友とのラウンド交流記です。藤子不二雄丸Ⓐ・さいとうたかお・園山俊二・ちばてつや・松本零士等々の面々がメンバーに名を連ねています。雑誌「GOLFコミック」に連載されていたものの単行本化だそうです。期待したほどの面白さではなかったですね。締め切りに追われて書いた、的な臭いの濃い回もあります。ゴルフ雑誌掲載ですので内容がゴルフに限られてしまったせいもあるのかも。普通に「漫画家仲間との交流エッセイ」とかだったらもっと話題豊富に面白かったのかも知れません。

「日中韓 歴史大論争」 櫻井よしこ 他 文春新書

櫻井よしこ・田久保忠衛(杏林大学名誉教授)が中国の大学教授・研究者との3回に渡る座談会を「日中大論争」、韓国人ジャーナリストとの座談会を「日韓大論争」として、最後に櫻井・田久保両氏に古田博司(筑波大学教授)を加えた3人での座談会を収録したものです。年度は2005年から2010年にかけてです。内容は想像通り、日韓・日中の政治問題論争ですが、あまりに想像通りというか紋切り型とでも言おうか、中韓参加者の主張が一方的で時として非論理的で、逆に日本側主張を際立たせるための”やらせ?”とか思ってしまう場面も。そんな疑問もあり1度読むのを中断してしまいましたが一応最後まで読みました。日中韓それぞれの主張を平等に、客観的論理的に導いた本とは思えませんでした。

「真田太平記」 池波正太郎 新潮文庫

文庫本全12巻の長編です。NHK大河ドラマ「真田丸」開始に合わせて読み始めましたので、読み終えるのに1年半ほどかかっています。歴史物は好きなのですが、池波正太郎は初めてです。感想としては”歴史物”というより”時代劇小説”との趣が。要するに”チャンバラ”的雰囲気があります。主役が幸村というより”お江”という一面のあるせいかも。史実から離れた裏社会・忍者を物語の中心に据えた、そして忍者集団に超人的技量を与え過ぎたせいでリアル感の薄くなってことも理由のひとつでしょう。そして何より、”偶然性”を多発しています。お江の危機がたまたまの大地震で救われたり、秘話が偶然に近くにいた敵方忍びに聞かれてしまったり、都合の良過ぎる展開が多発しています。「鬼平犯科帳」なら許されても、歴史物として読むには不都合を感じました。

「城塞」 司馬遼太郎 新潮文庫

新潮文庫上中下3巻。「真田太平記」↑を読んでいる途中で読み始めてしまいました。大河も放映中です。「真田太平記」でのクライマックス、大阪冬の陣・夏の陣の部分に的を絞った作品です。物語は関ケ原が終わって実質徳川の天下になってからの時代から始まります。さまざまの策を凝らし徐々に追い詰め、最終的に豊臣を滅ぼすまでの家康と、天下人秀吉の栄光が忘れられず破滅して行く淀君と秀頼とが、対比的に描かれます。こちらはさすがの司馬遼太郎、史実とフィクションとを組み合わせた司馬ワールドが重厚に展開されて行きます。同じ時代の同類の物語を並行して読み進めるわけですので、ごっちゃにならないか心配もしたのですが不要でした、描き方がはっきりと異なります。作者の創作部分も多いのでしょうがフィクション性を忘れてしまいます。一般的に知られる秀頼像、そして特に淀君像は、司馬ワールドでの描き方にかなり影響されているように思います。「龍馬が行く」でそれまでさほど有名でなかった坂本龍馬が一躍幕末のヒーローになったように。

「ジヴェルニーの食卓」 原田マハ 集英社文庫

ここ暫くで1番気に入った作品集です。「うつくしい墓」「エトワール」「タンギー爺さん」「ジヴェルニーの食卓」の4作品が収録されています。それぞれ、マティス・ドガ・セザンヌ・モネという近代画家をテーマとした作品です。こちらも司馬作品同様、作者の想像の世界で描かれた人物像ではありますが「さもありなん」というリアル感、本当にそういった人物だっただろうというリアル感に溢れています。作者の、画家に対する”愛”故なのでしょうか?個人的には「うつくしい墓」が1番気に入っています。ピカソとの関係も、何故か納得してしまいます。「エトワール」では、ドガに対するメアリー・カサットの思慕・敬愛入り混じった感情がテーマとなるのでしょう。作品でしか知らなかったカサットが、人として女性として蘇ります。「タンギー爺さん」はセザンヌをテーマとした作品なのですが、物語にセザンヌは登場しません。印象派の画家達を支えた画材屋で画商の”タンギー爺さん”の娘がセザンヌに宛てた手紙、からセザンヌが、そして画材屋に集う画家達の様子・時代が描き出されます。実に巧みな演出です。話題の中に”チューブ入り絵の具”の登場が語られています。印象派の画家達がアトリエから解放され自然光の中に出て行く、後押しにもなった発明です。映画「セザンヌと過ごした時間」の中でもそんな場面が登場しましたね。「ジヴェルニーの食卓」は表題作ですが、モネとその家族とが描かれます。当たり前のことですが、モネもその他の画家達も、単独の画家として存在したわけでは無く、家族や仲間や取り巻きや、社会の中に生きる生活者として存在したことを、今更ながら教えられます。そうやって生きて生活した中から生まれた作品として考えると、今まで見知った作品でも何か愛おしさが加算される気がしてきます。

「フーテンのマハ」 原田マハ 集英社文庫

↑でお気に入りになった原田マハ、早速もう1冊買ってきました。こちらは打って変わったグルメ旅エッセイですが、「美味しいもの紹介」とは一味違った、”グルメ道中膝栗毛”的な珍道中旅エッセイです。後半にはジヴェルニーやパリやエクス・アン・プロバンスも登場して、アート面での欲求にも答えてくれます。気楽に読めて楽しい気分にさせてくれる1冊でした。マハ作品は「モダン」と「キネマの神様」が控えています。どっちを先に読もうか?「暗幕のゲルニカ」も気になるし「たゆたえども沈まず」も読みたい、暫くは原田マハから離れられない気がしています。

「純喫茶」 姫野カオルコ PHP文芸文庫

大学の5歳下の後輩、ったって同じ大学を出たというだけで縁もゆかりもない、のだけれど母校愛が強い?ので読んでみた「終業式」が面白かったので買った本。当初の題名は「ちがうもん」とかだったとか。やたら”改題”の多い作家さんです。「終業式」も最初は「ラブレター」という題名だったらしい。純喫茶が普通にあった時代、を描いた、ということだろうか?”記憶”がテーマなのだろうか、心の片隅に残る”想い”を探す旅とか。よく判らない部分もあるのですが、意味のあるのか無いのか、何かしら意味ありげに脳裏に残ってしまう風景ってありますよね。別段そこに行きたいその時代の戻りたい、というわけではなく、また特段に大事件でもないのに「なんでそこ?」的な引っかかり処。でもひとって、そんな引っかかり処の積み重ねで出来上がってるんですよね。

「1998年の宇多田ヒカル」 宇野維正 新潮新書

1998年は「CDの最も売れた年」なんだそうです。つまりはそれ以降は降下の一途ということ。ダウンロードとかはどうも不安というか、やはり実在の”形”で持ちたい、時代に取り残された人ですので未だにちゃんとCDで買ってます、私は。そして林檎さんのファン。先日のライブも行きました。この1998年は、宇多田ヒカル・椎名林檎・aiko、そして浜崎あゆみのデビューの年だそうです。デビュー直後から売れた宇多田の登場は衝撃的でした。その点林檎嬢は徐々売れでしたから”同期”という感覚があまりしません。東芝EMIガールズとして仲は良いようですが。デビュー20年、aikoはあまり聴かないので判らないのですが、宇多田・椎名のお2人は、結婚(林檎嬢は出産も)・離婚を経ていまだにご活躍、年を経て多少の色合いは変えています。AKBとジャニーズだらけで音が使い捨てされて行く時代、お2人には末永く頑張って欲しい。

「絵のある自伝」 安野光雅 文春文庫

画家・絵本作家、安野光雅のエッセイ。「自伝」とある通り、子供の頃のこと、戦時中・戦後、時代を追って自身や家族・友人知人、周囲の出来事を淡々と思い綴っています。もちろん挿絵付きで。範疇外なので安野氏の絵が良いのかどうかは判りません。ただ時折、こんなふうに描けたら良いというか便利だなぁという気持ちになることはあります。しかしそう描こうと思うことはほとんどありません。好きな画家尊敬する画家ではないということ、それでも確立した形というか、魅力は備えていると思います。また氏の書く文章の優しさには非常に似合った絵ではあると思っています。今年亡くなられたように思っていたのですが、検索しても死亡情報が出てきません。私の勘違いで今でもご健在なのでしょうか?

「応仁の乱」 呉座勇一 中公新書

「戦国時代を生んだ大乱」との副題が付けられています。歴史物新書としては異例のヒットとして話題に上った本です。確かに、誰でも知ってはいるけれど内容は知らない、有名で無名な歴史上の出来事です。学術的新書本としてはかなり判り易く読み易く書かれていると思います。それでも、「なるほど」と判った気になってもすぐ忘れてしまいます。知識が記憶の中に定着しません。お家騒動が多いので敵も味方も同姓(畠山義就・政長、斯波義敏・義廉、等)だし、敵味方が突然入れ替わったり、収まったと思ったらまた同じような戦が再発したり、メリハリなくだらだらと続く印象があり明確な形が見えてきません。東軍西軍とは言っても関ケ原のような”天下分け目の”大戦はないし・・・。その場その場では理解しても、後になるとそれが何処の出来事だったかごっちゃになって混乱します。結局は「よく判らない時代」を再確認したのが一番の収穫?かも。ただつまらなくはなかったです。売れただけのことはあるような。

「マンガ 応仁の乱」 小野田哲男監修 宝島社

新書版の副読本としては役に立ったかも。漫画部分は確かに判り易いけれど結局漫画って描ける部分が限定的です。深い表現はやはり無理。導入部だけですね。この本も「マンガ」とはうたっていますが、ちゃんと文章での説明も付けられています。その文章が意外と判り易い。また、↑中央新書では日を追って事の成り行きを書いていますが、マンガ本では主な登場人物を抜き出しそれぞれの人物の行動を書いています。謂わば縦線と横線、両方読むと繋がりがかなり判り易くなります。簡略化しての概略だけですが、基本線は新書版と同じ方向で書かれているように思いました。

「激闘 海軍航空隊」 碇義朗 光人社NF文庫

これまでとはかなり趣の変わった分野です。ネトウヨでも戦記オタクでもないのですが、父の残した蔵書を読み始めています。父は昨年、89歳で世を去りました。亡くなる前日まではっきりとした意識を持っての死でした。戦時中に青春を送り、予科練から海軍飛行兵として終戦を迎えた父は、軍歌と唱歌しか歌えませんでした。予科練・海軍航空隊時代での話題は、親子の間で出ることはほとんどありませんでした。1度映画「トラ・トラ・トラ」を見に連れて行って貰ったことがありました。その映画に登場する少年兵は、今考えると当時の父の年齢に近かったはずです。映画「男たちの大和」は1人で見に行って号泣していたとも聞きました。戦争映画も小説も、おそらく、私とは全く異なる感慨を持って読んでいるのでしょう。亡くなってしまった今、もう少し父と話をしておけばと、後悔しています。

「江田島教育」 豊田穣 集英社文庫

同じく父の本棚から。海軍兵学校出身の作者による、江田島海軍兵学校での訓練の日々を描いた作品です。そういう時代だった、という他感想の述べようがありません。作者にとってはそれ以外に存在しない彼の青春時代です。軍国教育云々以前の問題なのでしょう。

「落日燃ゆ」 城山三郎 新潮文庫

同上ですが、さすが作家としても名の売れている作者です。父蔵書でなければ手にすることはなかった作品でしょうが、上記2作品とは異なりしっかり成り立っている読み応えある作品です。それもそのはず、吉川英治文学賞を受賞した作品だったのですね。極東裁判での、文官として唯一人処刑された広田弘毅、元首相・外相を扱った物語です。大陸での関東軍の暴走から始まった日中戦争・太平洋戦争、その中で軍部との確執・圧迫の中戦争回避への道を探りながら遂に果たせず、極東軍事裁判ではその努力も認められず刑場に消えた外交官、その姿を真摯に描いています。そういった人物の存在した事すら知りませんでした。「長州の作った憲法が日本を滅ぼす」との考え方も初めて知りました。「指揮官たちの特攻」執筆時には確か父は、戦友何人かとで城山氏との取材を兼ねた懇談会に参加しています。

相変わらず複数の本を併読しています。「ローマ人の物語 塩野七海」は文庫本全43巻の内ようやく24巻まできました。五賢帝の時代です。しかしカエサルの時代は面白かったですね。文庫本では合計6巻を費やしています。作者の”カエサル愛”を感じます。それだけ魅力ある人物だったことも窺えます。多数の愛人を抱え、その誰もからも恨まれなかったとは本当なのか?そこが1番凄いかも。(笑) 他に「ふらんす物語 永井荷風」「浮世の画家 カズオ・イシグロ」「観応の擾乱 亀田俊和」、そして「ローマ人の物語 24巻」です。珍しく歴史小説を読んでいません。何か読み始めちゃうかも。原田マハに三国志関連、芥川賞受賞作等々、待機中多数。

2018年11月29日 (木)

11/28 東京展示会巡り

23日に行けなかった分と知り合いが出品している公募展の日程の関係で、間隔をあまり空けずの上京になりました。前売り券を買ってあった「ルーベンス展」「ムンク展」と東京都美術館で開催中の「版画会展」です。祝日だった23日とはもちろん異なりますが、それでも地方在住の者から見ると上野は沢山の人出です。

上野到着は11時前、昼食時は何処も混み合う東京ですので、昼時を外すためにケーキと珈琲で軽く空腹を満たしてから、最初は国立西洋美術館で開催中の「ルーベンス展」です。チケット売り場には10数人の列ができていました。内は、混み合うほどではありませんが予想したよりもお客さんが多かったですね。

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正直ルーベンスに関する知識はあまり持っていません。ベラスケスと同じような印象を持っていました。実際に観てみると、同じバロック期の画家でもかなりイメージが異なります。春に「プラド美術館展」でベラスケスを観ていますので、あまり離れない間隔で両画家作品を観られたのは良い経験でした。珍しくクリアファイルを買いました。特に意識したわけではないのですがそれなりに気に入っていたみたいです。ベラスケスよりは、ドラクロワに影響を与えたというルーベンスの方に興味が深かったようです。絵葉書は大抵買うのですが、実際に使用するためです。ほとんどは友人への手紙で使ってしまいます。

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ルーベンスはミケランジェロやラファエロなどに強い関心を持ち、裸体作品にはローマ時代の像をデッサンして参考にしたそうです。会場には作品に利用されたと思われるヘレニズム・ローマ期の彫像(レプリカを含む)も展示されてあります。また、西洋美術館所蔵のルノワールによるルーベンスの模写作品もありました。印象派の中では基礎技術に研鑽を積んだ画家ですね。また古代ギリシャの「ラオコーン像」デッサンも展示品にありましたが、同じ西洋美術館での「ミケランジェロ展」でレプリカを観ることができていましたので、これも良いタイミングでした。

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滅多に利用しないのですが音声ガイドを借りました。(550円) 知識の少ないこともあり、またこの時代の作品ですと宗教的意味合い等が関わってくる場合もあり、また蛇足ながら(特にファンではありませんが)ナビゲーターが長澤まさみであったこともあるかも知れません。(笑) 役に立った部分も多少はあるのですが、慣れないせいか観るペースを乱されるのが少し気になります。

都美術館に移動して「ムンク展」、やはりムンクの方が人気が高いようです。平日ですので観るに困るほどではありませんが、ほどほどに混んでいました。

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ムンクはそれほど好きな作家ではありません。前売り券購入も少し迷ったのですが、折角の来日ですので購入を決めました。シニア前売り券で800円で購入できたこともあります。(買う時ではなく)入場の際に年齢を確認できる証明書(運転免許証等)が必要です。

こちらも鑑賞に困るほどの混雑ではないのですが、「叫び」だけはロープで区切られ「歩きながら鑑賞して下さい」と案内があります。前列で観るには並ぶ必要がありました。一応並びました。並ばなくても、少し離れてでしたら観ることができます。祝祭日では無理でしょうが。

年数の経過で色が醒めてしまったのか、現物はポスターのような鮮やかな色彩ではありません。正直、ムンク中の最傑作とも思えないのですが、特徴的ですし”時代の反映”として、ひとつの”象徴”としての意味合いが強いのかも知れません。好きでないムンクですが、「叫び」以外の作品の方に共感できるものがいくつかありました。食わず嫌いで回避しなかったのは、結果として良かったようです。

同じ都美術館での「日本版画会展」に。6月に東秩父村で開催された「版画フォーラム」時に別会場で個展を開かれていた積山ミサさん(昨年文部大臣賞受賞)の作品が目当てです。個展時に小さな作品を2点購入しました。写真1枚目が積山さんの今年の作品、2枚目は秩父での個展時のハガキです。26日には版画技法に関する講演もあったようです。

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高校時代の友人(美術部同期)も出品しており、昨年に続き入選、今年は「会友推挙」されていました。推挙を受ければ来年からは会友としての出品になります。オメデトウ!

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美術館内に置かれてあったチラシ、来年の企画で面白そうなものがありました。歴史好き・三国志好きですのでこれは楽しみ!

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2018年11月27日 (火)

11/23 東京展示会巡り

11月23日勤労感謝の日&姉の誕生日、上京して公募展を中心に展示会巡りしてきました。今回は12,800歩余、東京は歩きます。田舎住まいだと何処に行くにも車ですからね。

土日祝日に東京に行くことが滅多にないので忘れていました、混むの。いつもの調子で駅に行ったら特急の指定券が売り切れ、自由席なんてない田舎の特急列車、仕方がないので28分後(こんな間隔は珍しい。普通は1時間後)の次の列車の指定券取った数分後にこの列車も満席に。危なかった~。今回の主目的は大学先輩が代表を務める公募展を観ること。大学は美大ではない普通大学ですが、部活で絵を描いていました。その美術部での先輩です。私の入学前にすでに卒業していてキャンパスではご一緒していないのですが、OB展等で存じ上げていました。そのため絵画活動休止中のン十年間は全く縁がなく、再開後に改めてご縁を結び直しました。来年の公募展に出品してみようかとの思惑もあり、事務室を訪ねてお話も伺ってきました。来春までにそれなりの作品ができたら、また考えます。

北千住乗り換えで上野へ。現在開催中の「ルーベンス展」「ムンク展」の前売り券も購入済みなのですが、リタイアした身に休日に「ムンク展」は入場料金が勿体ない。「ルーベンス展」はそれほど人気ないかも?と一応チケットは持って出たのですが、入り口をチラ見して回避、休日でも人の少ない都美術館公募展へ。しかし上野は沢山の人出でした。動物園は特に大変!パンダ人気で長蛇の列です。どんなに評判の良いレストランでも”行列のできる店”には決して行かない私です、孫のお供でもパンダは無理だなぁ・・・・。

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巡った公募展は「近代日本美術協会展」「秋季蒼騎会展」「都展」「創元会受賞作家展」、「近代~」のみ有料展示なのですが、画材屋で貰った招待券があり、結局全部無料、入場料出費は無し。

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創元会は受賞作家展なのでやはりレベルは一段上、作品数も少ないので観易いです。地元で活躍されている方が春の展示会で受賞、展示されていました。秋季蒼騎会も本展よりも作品数が少ないですし、4会場梯子の割には疲れもほどほどでした。

木場(江東区)に移動、地元画廊主催の展示会「和田賢一遺作展Ⅳ」。大学美術部後輩と中学だか高校だかの友人とのことで、足利で展示会のあった時に観に行きました。今回たまたま日程も合い案内も頂いたので周りました。10年ほど前に51歳で心不全で急死されたとか。

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最後は仲間のグループ展で日比谷へ。9月のブログで学生時代に作った絵の会に関して書きました。その会とはまた別なのですが、途中から一緒に活動するようなった会です。年10回ほどの例会は合同で、展示会はそれぞれ別途開催ですが相互出品で両方出品する方も居ます。ここ暫くは毎回同じ画廊での開催となっています。私は出品していないのですが、23日は初日ですのでオープニングに参加してきました。

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今回回避した展覧会のために、近々再び、平日に上京するつもりです。交通費出費で家内の機嫌が斜めにならないと良いが・・・・・・・。

因みに25日には埼玉スーパーアリーナでの椎名林檎ライブに行ってきました。夫婦で。デビュー20年、平成30年、生誕40年の記念的ライブです。しかも25日は林檎さん誕生日当日でした。こちらの記事も書きたいのですが、まだ公演が残っていてネタバレ不適ですのでまた後日にします。

2018年11月11日 (日)

最近の美術展巡りなど、

続いてここ暫くのお出かけも書いておきましょう。まずは昨日、群馬高崎、群馬県立近代美術館です。結構久し振りかも。「サラ・ベルナール展」です。

着いてみると駐車場が満車、こんなに混んでいるのは初めてです。会期終了(11月11日)が近いから?そんなに混むような企画とは思えないのに・・・。しかし美術館はがらがらでした。清々しい陽気でしたので”群馬の森”で寛ぐ地元の方が多かったようです。そして美術館の前にはスマホ片手に歩く人が多数。調べてみたら珍しいポケモンの出没する特定地域だとか。名女優サラ・ベルナールはポケモンに負けてました。

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サラ・ベルナールは当時人気を博した女優ではありますが、ファッションやデザイン等で時代を先んじたプロデューサーでもありました。アルフォンス・ミュシャやルネ・ラリックの才能を見出し、アール・ヌーボー、アール・デコの時代を作った才人です。会場にはサラ・ベルナールの写真(ブロマイドの走り?)や衣装・装身具、そしてミュシャのポスターやラリックのガラス器、そして唯一の合作という(ミュシャデザイン、ラリック制作)舞台衣装の冠も展示されています。ロートレックによるサラ・ベルナールのポスターも展示されてありました。

常設展も久々に鑑賞しました。群馬県縁の福沢一郎や山口薫、鶴岡政男など、そして荒川修作や菅井汲などの現代作家作品、欧州印象派作品などなど。それなりに見応えのある作品群です。

もう少し日にちを遡って7日の水曜日、この日は東京で展覧会巡りでした。六本木の国立新美術館、最初はだいぶ前に前売り券を買ってあった「ピエール・ボナール展」、ようやく入りました。

ボナールは中学生時代に上野西洋美術館で「逆光の裸婦」を観て衝撃を受けて以来の、好きな画家のひとりです。オルセー美術館所蔵品をメインとする今回のコレクションも充実していました。あの空気感はどのようにして造られているのでしょう?画面枠を超えて広がり、オーラの如く場の空気を柔らかく変化させます。原色ではない抑えた色調なのに鮮やかで鮮明です。裸婦も草花も一体化して夢想の世界を形作ります。リアルじゃないのにリアル、境目は見えません。

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昼食の後、同じ会場での「日展」の方も覗いてみました。「日展」会場に入ったのは40年振り以上だと思います。文展・帝展の流れを汲む、日本での最大規模と権威を誇る公募展ですね。反面、その起源が官展だったこともあって、「反権威」としてやり玉に挙げられることも多かった「日展」ではあります。

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技術レベルに関しては、やはり公募展中随一なのでしょう。やたら上手い作品ばかりなのに、何故か観ていて楽しめない、浮き立つ気持ちになれません。ボナール展のあとなので尚更なのでしょうが、画面枠に閉じられた堅苦しく気取って縮こまった印象が残ります。「日展入選マニアル」でもあるのではないかと思うような、全体に似たような傾向があるように感じました。「これで会友?」と疑問を感じさせるレベルの公募展もありましたが、そういった公募展での方が逆に観る楽しさはあったようにも思います。

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↑の作品は出展されていた、日展副理事長・日本芸術院会員、佐藤哲氏の作品です。何故この作品だけ取り出したかと言うと、氏の作品をコレクションとして持っているからです。

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実は友人から頂いたものです。バブル期に数十万で購入、引っ越しに伴って処分しようとしたら十数分の一の価格を言われて「それなら絵画の好きな方へ」ということで頂くことになってしまったのです。緻密に丁寧に描かれた出展作に比べると、気儘に筆の赴くままに描かれています。多少”売り絵”的な意識もあったかも知れません。それでもそう悪い作品とは思っていません。部屋に飾るにはほど良い作品です。絵画に対する観方考え方は様々、最終的には”好み”になってしまう部分もあるでしょうし、好みを超えた普遍的価値を考える時もあります。考えれば考えるほど判らなくなります。ま、あんまり考えてもつまらないですね。

7日の上京、元々のというか、1番の目的は来年に予定している四人展打ち合わせの為でした。学生時代に美術部で同じ時を過ごした仲間とのグループ展です。1976年に無理して銀座に画廊を借りて催した四人展、その再現ともいえる展示会です。長年休止していた趣味の絵画を再び描き始めたのが去年の6月、たまたま同じ頃にもうひとりも描き始め、その流れで決まりました。”青春への回顧”という面もあるのでしょう。去年の第1回打ち合わせ会で会場となる画廊を決め仮予約、今回は手付になる画廊代半金を振り込みました。会期も正式に決定したわけです。来春に予定する第3回打ち合わせ会では展示会名とおおよその作品数・振り分けを決めなければなりません。1年はあっという間でしょう。具体的に目標スケジュールが決まったのですから、作品制作に勤しむことに致します。1年後に気持ち良く酒を飲み交わすためにも。

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