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2018年10月17日 (水)

大学OBOG展

今月11日から15日、東京・渋谷で卒業した大学でのOBOG展「オール青山美術展」が開催されていました。それもあってここ暫く慌ただしい上京が続いていました。私は初参加です。展示会は15日無事終了、ただ私自身は全くの無事ではありませんで、13日に行ったラグビー場が寒かったせいか風邪をひき、14日夜には38℃超え、15日朝でも37.6度ありました。しかし搬出には無理してでも行かねばと、ぎりぎりまで寝床で体力温存した結果ギリギリ熱は下がり、午後に出発して15:00終了の10分前にようやく画廊にたどり着き、何とか搬出を済ませることができました。まずは一安心。

搬入は10日の午前、10:30からでした。栃木から駆け付けるのは結構忙しかった。参加された方のほとんどが私の入学前に卒業された方々なので、実際にお会いするのは初めての方がほとんどです。今回の展示会は「第2回」を名乗っていますが、元々は他の方か幹事で長年(15年ほどと聞いています)開催されていたものがあり、その方が高齢を理由に「解散・終了したい」とのことで一旦終了、組織改編しての「第2回」となります。ですので皆さん展示準備には手馴れているのですが、なんせ43人43点出品で展示準備には23人が参加しています。絵好きが23人も居ると却って面倒、(展示位置が)高いの低いの(間隔が)狭いの広いの、なかなか決まらず、上げたり下げたりあっちとこっちで作品入れ替えたり(色合いとか大きさとか額の違いとかで)で、展示の終了するまでに5時間を要しました。(昼食時間を含む)

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しかし皆さんお元気です。最高齢は昭和6年生まれとか。絵の他に登山も現役でされているとか。驚きです。65歳の私が”若手”になる(ほぼ最年少)年齢層です。「若手でPCもできる貴重なニューフェース」として期待されているようで少々荷の重い雰囲気もあります。参加者には全国公募展の会友の方がお2人、ばかりか公募団体の代表を務めている方、プロの陶芸家・写真家もいらっしゃる反面、学生時代美術部に所属していなかった方も意外と多く、様々です。今回ひとつ下の後輩を誘って共に初出品したのですが、もう少し下の年齢層の後輩も加入させなきゃ今後が厳しいような・・・。2枚目の派手なのが私の作品、復帰後1年ちょいでようやく色が戻ってきました。最後から2枚目は美術部先輩の水彩画、日本水彩画会会友です。

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会期中は搬入翌日の11日にも上京しました。折角なので途中上野に寄り、日本版画協会の「版画展」を観てきました。版画協会に友人が居り、案内ハガキ(招待券を兼ねる)を貰っていたので無料で入れます。

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最後が私の友人の作品、木版画です。「版画展」は昨年も鑑賞しましたが今年も楽しく観ることができました。性に合っているようです。昨年の展示会では”チャリティコーナー”で販売していた作品を購入、家に飾ってあります。堀江良一氏の作品です。Dsc04022_2

 

2018年10月 5日 (金)

10月4日、東京展示会散策14.000歩

続きです。「藤田嗣治展」鑑賞目的での上京ですが、折角東京まで行くのですから1ヵ所では終われません。上野から六本木(乃木坂)に移動します。

乃木坂と言えば「国立新美術館」です。本来の本命は「ボナール展」なのですが、こちらは12月まで会期がありますのでまた別にゆっくり来ます。前売り券は買ってありますので(急に気が変わったり)念のため一応はバッグに入れてきましたが。

国立新美1ヵ所目は「一期会展」、地元画材屋さんに招待券(案内ハガキ)がありましたので無料で入れます。観るのも初めてですが今回初めて名を知った公募団体です。概要を見ると1970年創会、比較的新しい団体ですがそれでも50年近くの歴史があるのですね。出品作レベルは一言で言ってあまり高くはありません。会友辺りでも「ちょっと上手な素人」程度です。言い過ぎかな?写真も撮りましたが必然枚数は少なくなります。大賞作品も、悪くはないけど”大賞”としては若干?マークも感じます。 http://ikkikai.info/index.htm

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2ヵ所目「自由美術展」、自由美術家協会は1937年の創立、創立メンバーには山口熏・濱口陽三・瑛九らが名を連ねます。難波田龍起は当時まだ会友です。今回が第82回展、私の地元からお2人が会員として出品していました。抽象画が主体です。最初は良いのですが抽象画ばかり沢山観ていると段々どれが良いのか判らなくなってきます。善し悪しでは無く、好き嫌いで判断する傾向がどんどん強くなってしまう気がします。写真を沢山撮りましたが、会の傾向というより私自身の”好み”を現すだけかも。会場で珍しい風景を見ました。審査員らしき10数名が作品を周り、指さした先品毎に挙手した人の数をメモして行きます。どうやら審査のようです。そう言えばまだ受賞表示がありません。どの作品の評価が高いのか付いて周りたい興味もありましたがそれも怪しいので止めました。後ほど発表される評価、私の”好み”と比べてみましょう。入場料は800円。 http://jiyubijutsu.org/

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3ヵ所目「一陽展」、一陽会は1955年の設立、私の生まれた2年後です。二科会を退会した鈴木信太郎・高岡徳太郎・野間仁根の3人で作ったとか。高岡という人は知りません。抽象・半抽象・具象画混在しています。入場料は800円ですがボナール展半券提示で半額になります。前売り券は持ってはいるのですが、ロッカーに預けたバッグの中です。手元に持っていないのに「お持ちなら大丈夫です」と半額対応頂きました。なにより信用して頂けたのが嬉しかったですね。 http://www2.ucatv.ne.jp/~itiyokai.snow/

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公募展というもの、私が熱心に絵を描いていた高校大学時代では”権威の象徴”でもありました。若手前衛作家には”旧時代の権威”とも捉えられ、そういった連中は海外ビエンナーレ等に出品、ヴェネチア・ビエンナーレ大賞受賞の池田満寿夫のような時代のヒーローも生み出されました。否定的な見方をされていた一方、世間的には未だ権威を保っていた時代でもあります。日展・モダンアート展・新制作展等、私も時折観に行っていました。

その時代に比べると、「時代を動かす」という立ち位置は薄くなってしまっています。会によってレベルは異なりますが、「素人日曜画家の集大成」といった傾向も強くなっているように思っています。つまりは、一般出展者にとっては「画壇デビューして時代を先導しよう」というより、「自身の画才の腕試し」的な傾向、入選までならば「頑張れば手が届くかも?」と思える範囲にまで身近になった、というか。

私自身、昨年から再び絵を描き始め、もちろん今更プロ画家を目指すわけではありませんが、やるからにはある程度の”挑戦!”もしてみたいと思っています。そんな気持ちもあり、ここのところ都美術館・国立新美術館での公募展を見て周っています。作品傾向と入選レベルを確かめるために。できるなら来年秋に予定している東京でのグループ展までに、「○○会入選」とかの肩書を得たい気持ちもあります。高校大学生時代でしたら若気のプライドで「古臭い旧時代の権威」と否定したでしょうが、そんな歳でもありませんし、また公募展自体にも敢えて目くじら立てて否定するほどの権威も、もうなくなっているように感じますし。来春か来秋か、何処かには出品挑戦はしてみます。有言実行するほどの自信はありませんので今頭に描いている出品予定先発表は控えますが、来年の今頃、東京での展示会詳細発表の頃に、良い報告の出来るよう、作品制作に励むことにしましょう。

「藤田嗣治展」東京都美術館

昨日、東京都美術館で開催中の「藤田嗣治展」に出かけてきました。会場到着は11時半少し前、平日にも係わらずチケット売り場には行列が、入場も「20分待ち」です。会期終了も迫っていますし人気画家ですのでしょうがないか・・・。昼食時間も近いので先にお昼を済ませましたが、再訪も状態は変わらず。列に並びました。平日に行けるようになってからは1番の混雑ですが、昔々のデパート特設会場展示会での大混雑を経験していますので、鑑賞環境は随分と良くなっています。当日券一般1.600円、65歳以上のシニア券は1.000円でした。

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https://www.tobikan.jp/exhibition/2018_foujita.html

http://foujita2018.jp/

没後50年、”史上最大級の大回顧展”だそうですが、さすがに100点を超える作品が展示されて、時代変遷がよくわかります。私達が思い浮かべる、乳白色の裸婦は藤田のごく一時期の作風であったことを知りました。渡欧前の東京美術学校での黒田清輝らの指導を受けた外光派・白馬会系の作品は想像の内ですが、南米旅行中の作品には驚きました。色彩・雰囲気がかなり異なります。ただ、「同じ人とは思えない(会場で耳にした感想)」とまでは思いません。やはり一貫した立ち位置はあるように感じます。もうひとつ思い違いしていたこと、ポスターにもなっている片肘を付いた女性像ですがNYで描いたものだったのですね。パリだとばかり思っていました。どっちでもよいのですが、パリの印象ばかりが強い。意外と藤田に関して無知だった自身を改めて知りました。

パリ滞在中でも、初期にはピカソ・ブラックのキュビズムに影響を受けた作品もあり、交友のあったというモディリアニ風の女性像も描いています。乳白色裸婦でも、後半は線取りの外に白いラインが光り、切り取った画像を貼り付けたような違和感のあるものになっています。シュールリアリズムの影響かも知れません。

以前から疑問に思っていたことがあります。藤田作品にパリの土産物店にでも売っていそうな、売り絵的な、子供を描いた作品があります。ヤフオクなどでは馬鹿みたいな安値で売られています。「藤田の作風と全く違う、一目で解るニセモノじゃないか!」と思っていましたが、時折まともな画廊でも飾られていることがあり、疑問に思っていました。今回の展示では戦後パリに戻ってからの作品にその手のものがありました。子供そのままというより、人形のように描かれています。解説でも、目の前の子供を描いたものではなく、藤田自身も人形を愛し集める趣味を持っていたとか。ヤフオクのものはあまりに世俗的雰囲気ですのでやはり偽物でしょうが、偽物になる元となる藤田作品の存在したことを確認できました。しかしこの時代の人形的子供作品もそうですが、藤田の描く人物画には”笑顔”がありません。笑っていなくても微妙な微笑みくらいはあってもよさそうですが見当たりません。無表情というのともちょっと違うように感じます。無機質でも無く、何かしらの感情は込めているようにも思うのですが適当な表現が見つかりません。

2018年9月20日 (木)

美術館巡りドライブ

昨日は家内とドライブ、というか千葉県佐倉市まで美術館巡りに行ってきました。大学美術部で知り合った家内、特別に熱心なわけではありませんが、一応”共通の趣味”ということで時々私に付き合ってくれます。美術館同行は先月初めのルーヴル美術館展以来、次回は藤田とボナールはパスでクリムトは一緒に行くそうです。

佐倉の美術館というのは「DIC川村記念美術館」、先月8日に来たばかりです。昨年も来ていますので今回で3回目です。家内に見せたい美術館であるのと、私自身はまだ観ていない所蔵品のあることが再訪の理由です。常設展示品が目的ですので、敢えて企画展のない時期を狙ってみました。常設展ですので私は65歳割引で800円、家内は1,000円。美術館敷地内の散策路も魅力的、1度スケッチにでも来てみたいのですが、中々そういった余裕ある訪問は機会がありません。もう少し近ければ良いのですが・・・。

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東北道から圏央道経由で休憩なしで2時間半、やっぱり遠いですね。圏央道、途中まだ2車線(対面交通)部分がかなりあり、その部分は追い越しできませんので不便です。PAもありませんし。それでも前回よりは少しだけ4車線(片道2車線)部分も増えたようです。おいおい便利になってくるのでしょう。

「企画展のない時期の方が所蔵品展示が多いだろう」と予想したのですが、前回ライリー作品を展示していた部分は閉鎖中、作品数自体は増えていませんでした。ただもちろん入れ替えはあり、初めて観る作品も何点か。家内が期待していたライリー作品は展示されてありませんでした。美術館入場口前にある飯田善國作品を撮ってきました。飯田氏は我が郷土:足利市生まれ、お隣館林中学(現館林高校)出身です。美術品収集選択におけるアドヴァイザー役割を担ったそうです。

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今回の美術館訪問、家内が楽しみにしていたのはもうひとつ、美術館付随のレストランでした。かなり洒落た、そして本格的なレストランです。ランチタイム(11時から)に合わせて、美術館を半分観てからレストランに移動しました。レストランは敷地内ではありますが無料公開地域内にありますので、チケット半券に再入場スタンプを押して頂き一旦退場します。企画展のある時には、企画展イメージに合わせて特別メニューが提供されます。前回ライリー展の折には、カラフルなデザートが用意されたようです。今回は常設展ですので普通のメニューです。パスタランチをお願いしました。写真の他に自家製パン・デザートと飲み物が付きます。

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食後美術館の残り半分を観て、千葉市美術館へ移動しました。元々は佐倉市美術館か千葉県立美術館を考えていたのですが、川村記念美術館でのチラシを見て方向転換しました。千葉市美術館は千葉市中央区役所内に併設されてありました。千葉市は母の故郷、旧千葉駅前には親戚も住んでいますが、すっかり様変わりして何処が何処だか全く判りません。子供時代訪れた千葉駅(旧千葉駅)付近は、足利市より少しだけ賑やかな程度、大きな違いは感じていませんでした。

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チラシにある通りテーマは”1968年”です。1968年、私は中学3年生でした。ですのでこの時代を体感したのはほんの少し上世代ということになります。それでも中3時、時々は美術展を観に上京していましたし、TVニュース等で学生運動やフーテン・アングラ等の話題・映像は目に耳にして暮らしました。高校バス旅行では「受験生ブルース」「自衛隊に入ろう」「友よ」とかを皆で合唱したものです。本気で「夜明けは近い」と思っていた節もあります。時代ですねぇ~。浅間山荘事件はTV生中継で見ました。三里塚闘争は、あまり実感の伴わない近くて遠い世界のものでした。東大闘争を経て、私の大学入学時には学生運動は盛りを過ぎ、母校ノンポリ青学は全く平穏無事、法政や明治ではまだバリケードや立看が健在で休講も多かったようです。

美術界的には変革革命の時代だったのだと思います。異端視され世間一般からは白い目で見られる”前衛”全盛期です。私の学生時代にも、大学演劇部にはまだ天井桟敷的模倣は残っていました。家内は展示に「疲れた~」との感想でしたが、確かに気忙しい疲れる展示です。それでも、先は見えないながらも「時代を作ろう!」との熱い意気込みの感じられる、「表現すべきもの」のある、作家としては意気盛んな時代だったのだと思います。描くべき強い悩みのない、”前衛の平凡化”した現代からは、寧ろ羨ましい思いも少しは感じます。

展示で唯一撮影可だったのは赤坂のディスコ「ムゲン」の当時の館内装飾を再現したコーナーでした。赤坂ムゲンは大学生時代よく通った場所です。ただそれは1975年以降、有名なディスコではありますが、有名になり過ぎて地方からの上京お上りさん客(私もその部類でしたが)が増えて”最先端”から”観光地?”に変貌した頃でした。館内雰囲気も再現とは全く異なります。ですので名前は懐かしいですが、再現装飾に懐かしさは感じません。

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美術館巡り、次回は「藤田嗣治展」です。その前に大学美術部先輩の個展があり、そちらも上京します。

2018年9月 6日 (木)

絵画、グループ展

今日の大谷君、その後にHR2本!5打席4打数4安打1四球2HR3打点1盗塁、まるで漫画、凄過ぎ。これで日本人選手メジャーデビュー年最多本塁打数(18本)に並びました。同数1位は城島だけど大谷君の2倍位の試合数を要しての本塁打数です。普通に打者専門で出場していれば、本塁打王も狙える立場だったかも知れないですね。Σ(・□・;) ただ、トミージョン手術を受けるとすれば、大谷君の記録も止まってしまいます。残念・・・・・。

さて、niftyマイページへの入室不可に続くPC不調、結果3週間程度ココログに書き込めない期間ができてしまいました。その間は主に絵画制作に没頭、東京の美術館へも行きました。「ルーヴル美術館展(国立新美術館)」「空山基新作個展(NANZUKA)」「「宇佐美圭司展(南天子画廊)」「ますむらひろしの北斎展(すみだ北斎美術館)」「ミケランジョロと理想の体(国立西洋美術館)」

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ついでにスカイツリーにも昇ってきました。あ、これ、1回の上京ではありません。

ここのところ、川村記念美術館やルドン展など刺激的な展示会が続きましたので、そのせいか少々印象は薄くなっています。空山基が多少印象深かったかな。一番の期待外れはルーヴル、やはり時代感覚なのか、感心はしても感激はできませんでした。名画とは、頭では理解できても感情移入できない部分が多くて・・・。今回はテーマも地味でしたしね。唯一興味を惹かれたのはエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランという女性画家でした。マリー・アントワネットを描いた画家として知られますが、アントワネット妃とは画家と顧客を超えた”友人”であったとも言われます。ま、興味の一番のポイントは”美人画家”だったという点ですが・・・。こんな感じ↓ 2011年に東京で展覧会があったとか。観たかったなぁ。

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この期間、個人的に一番のイベントは東京でのグループ展出品でした。大学生時代は美術部に所属、ろくに授業にも出ず部室に入り浸りでした。そんな時期、「卒業後も絵を描き続けよう」との趣旨で会を作ろうと、芝浦工大・上智大の現役&OB数名で話が持ち上がりました。合同展を開催した経緯もあり、芝浦工大の顔見知り知人から我が青学美術部にも勧誘があり、私を含めた2名が参加することになりました。参加者所属大学の顔触れは、芝浦工大・上智大・青学大の他に東京工大・早稲田大・日大・共立女子大・聖心女子大等々でした。会名を決める集会に集まったのがたまたま23人だったことから安易に「23人の会」と名付けられた会は、代々木の画廊(確か「オーハシ画廊」だったかと)で第1回展を開催、そのままなんと43年続き、今年は第45回展を開催(初期、年2回開催したので回数がずれてます)する運びとなりました。

私自身は、最初の6~7回は出品したものの、地元に戻ってからはたまに例会・飲み会に参加する半幽霊会員となっていました。絵画制作も長年滞っていました。それが昨年6月からパステル画を描くようになり、その後アクリル・油彩も再開しています。半幽霊会員ながら滞りなく会費を納めていたこともあり、昨年夏の44回展に久々の復活参加を遂げ、今回が復帰2回目の出品になります。

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今回の出品作はすべてパステル画、静物2点に渡良瀬川を描いた風景画1点です。昨年に比べるとやや自由さは出てきていますが、まだ硬さが見えますし、テーマ意識が薄いですね。それでもこの展示会時期で再開から1年と2ヶ月、ようやく描きたいテーマがちらちらと見え隠れするようになってきました。出品時にはすでに新しい方向に描き始めていました。次回展示会ではかなりイメージの異なる作品となっていると思います。

期間中、大学先輩や後輩にもお出かけ頂きました。地方在住のため会場に常駐できませんので、お会いできなかった方々、申し訳ありません。会期中には東京在住高校同級生との飲み会も実施でき、滅多にお会いできない会のメンバーとも楽しく過ごせました。43年も経っていますので脱退者・途中入会者もあり顔触れは変わってはいますが、結成呼びかけの芝浦工大・上智大メンバーの残存率はかなり高率です。我が青学大メンバー2名も共に昨年から復帰、健在です。高齢化もありこの先何年続くかは判りませんが、会を支えて頂いた古参メンバーには感謝しきりです。

最後に現在の作品制作状況を少々。パステル画完成が1点、パステル画制作中が2点、油彩画制作中が4点、アクリル画制作中が1点、その他地塗り済みキャンバスが2枚あります。1点1点描いて行けば良いのでしょうが、取り敢えず始めてしまわないとイメージが失われてしまいます。昔も並行作画が多かったですが、更に枚数が増えています。来月の大学OBOG展に1展出品(制作中の油彩画)、足利市美術協会公募展に出品(作品未定)、来年2月には代表を務めるパステル画会の展示会も予定しています。何処か公募展にも出してみたいですし、その内には地元での個展もやりたい。あと、来年秋頃には東京での4人展も企画しています。

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上左は完成パステル作品、中は少し前のアトリエ室状況、描きかけ作品はそれぞれ進展しています。右が中写真左下作品の現状、これでもまだ6~7割です。さ、アトリエに戻ります。

2018年8月10日 (金)

DIC川村記念美術館

台風接近で荒天予報の8日、千葉県佐倉市の「DIC川村記念美術館に行ってきました。昨年に続き2回目の訪問です。来週からの東京でのグループ展を控えていて、出品予定3点目がまだ未完成、制作に没頭しようかとも考えたのですが、制作方針で迷っていたせいもあり、何か参考になるかとも考え思い切って出かけることにしました。高速利用で2時間半、ちょっと遠いです。できれば泊りで出かけたい、元々は家内と一緒で1泊旅行、成田観光を兼ねてと考えていたのですが、先月終わりに高齢の母が体調を崩し入院、7日に退院はしたのですが夫婦2人での外出は止めておきました。

館林ICから東北道・圏央道経由で向かいました。圏央道開通で多少は近くなったのですが、圏央道は未だ基本は対面交通(片道1車線、時々追い越し車線あり)ですので、前に遅い車が居るとそれに続くしかありません。だいたい80km前後での走行になります。追い越し車線以外で100kmを超えることはほとんどありませんでした。

美術館到着は12時半頃、台風直撃の恐れのあるため急遽閉館を早めて15時半までとか。危なかった。風は多少吹いていましたが雨は小雨程度、まだ台風の気配は薄い状態でした。

企画展はブリジット・ライリー展、英国人女流抽象画家(オプ・アート)です。現在80代後半、美人で有名でダリが心奪われた時期もあったとかなかったとか。4月から始まった企画展ですが、遠いせいもあり延ばし延ばしでしたがいよいよ26日で終了ということで、多少無理しても観たかった展示会です。

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下段3点は会場で買ったカタログから。真ん中と右は同じ作品です。「少し離れて見ると画面にない色が見える」という、錯覚を利用した作品だそうです。確かに白い線が離れると黄色に見えます。展示会には「ゆらぎ」という副題が付いていますが、確かに”揺らぎ”ます。じっと観ていると船酔いしそう。左端の作品は、会場の壁に直接描かれています。この展示会のために制作された作品、展示会終了後は塗り潰してしまうそうです。勿体ない・・・。因みにこのカタログ、ADC「原弘賞」なる賞を受賞しているそうです。立派な作りでした。価格も2.700円と高め。美術館カタログ本も欲しかったのですが、出費が嵩むので諦めました。ところが、帰ってみると美術館カタログは家にありました。昨年買って忘れていたらしい。危なかった~。coldsweats02

この「DIC川村記念美術館」は、大日本インキ化学工業㈱の2代目社長のコレクションを基に、3代目社長が設立したものだそうです。大日本インキって儲かってたんですね~!

館内放送で「2時から学芸員によるガイドツアーが~」とのことで、そちらも参加してきました。1時間少々。興味深かったのは、ライリー女史、自身では描かないそうです。今回の展示で本人が直接描いたのは最初の白黒作品1点のみ、他はすべて女史の指示の基スタッフが制作に当たったそうです。館内の壁に描かれた作品も、(ご本人が高齢なせいもあり)来日したのはスタッフのみだったそうです。「芸術家の仕事は構想そのもの」との考え方で、実際の作業には重きを置かない、というか技巧的に優秀なスタッフが居ればそれで充分、ということらしい。ウォーホルと同様ですね。

昨年、ヴォルス展を切欠に初めて訪れたこの美術館、その時はフランク・ステラの大作群に感動の渦でした。今回は2度目ですのでそこまでは行かないまでも、コレクションの充実度には驚かされます。次回は企画展のない時期に再訪して、まだ観ていない収蔵コレクションを観てみたいと思っています。展示会出品作品に即座に応用することは無理そうですが、刺激にはなりました。やっぱり行って良かったです。

美術館の建物は西欧の古城をイメージしてデザインされているそうです。名前は忘れましたが有名な建築家の作品とか。入口脇にはステラの金属彫刻と清水久兵衛の作品が左右に並びます。広い庭園も歩いてみたいですが、それだと1泊でゆっくり来ないと無理ですね。

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2018年7月 5日 (木)

太田百合の里

家内の友人が勤めている縁で、2015年以来毎年訪れている施設です。でもだいたいの年、盛りの時期を過ぎてからの来園になってしまっています。今年も案の定、季節を逃しましたが、それ以前に今年は猪被害(猪が百合の球根を食べてしまう)で悲惨な状況でした。捕獲猪は20頭越えだったとか。訪問は7月1日でした。

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正面でもパラパラ、丘陵の上の方はポツポツ状態でほぼ全滅でした。盛りの時期に訪れることのできた2016年は↓こんな景色でした。2016年6月24日でした。

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ま、景色は残念でしたが、主目的のひとつは庭用の百合購入です。そちらでは知り合い関係で毎年オマケして貰っています。今年も6本購入で2本おまけ追加して頂きました。蕾状態での購入ですでに何本かは咲いています。

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以前購入の百合も、もう季節は終わってしまいましたが毎年楽しませて貰っています。

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庭の株も増えますし、新たに8本植えましたので来年は更に賑やかになります。

展覧会あちこち、東京・高崎。

5月・6月、友人の展覧会もあったせいもありますが、結構頻繁に上京していました。折角東京まで行くなら、と、都合の合う展覧会を巡回しました。面白そうな展覧会が続いたせいもありますが、情報を得ると行きたくなってしまう、映画館での”予告編”を見て興味を持ってしまうのと一緒かな?ただし、映画の予告編は実際の筋書きや内容から意図的にずらして客を「騙して集客を図る」部分もあり信用できませんが。

5/24「ジョルジュ・ブラック展 パナソニック汐留美術館」 ピカソと並ぶキュビズムの巨匠ですが、今回の企画はちょっと変わって”ジュエリー”がメインです。知らなかったのですが、晩年には宝石デザイナーとコラボしてジュエリー制作に没頭していたようです。半抽象のテーマからの転用、こうして観てみると発想も理解できます。しかし材料がナンセ高価ですから、巨匠が芸術作品として造ってはいったいどの程度の価格・価値になるのやら想像ができません。多くは美術館所蔵のようですが、個人で持つセレブも居るのでしょうね。この日は、以前の日記でちょこっと書いたのですが、来年秋に計画している4人展の打ち合わせでの上京でした。早めに出て打ち合わせ前に美術館に寄りました。

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2人展開催中の高校時代友人の多摩美大教授、銀座での第2会場展示も観てきました。モノプリントの作品で20,000円というお手頃作品もあって気持ちが動いたのですが、この時期は予算超過、我慢しました。

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5/27「ターナー 風景の歌 損保ジャパン日本興亜美術館」 私の画風とは大きく異なりますが、好きな画家のひとりです。好むタイプの作品は少なかったのですが勉強になりました。以前から考え答えの出せなかった疑問にも少しは近い回答が出た気がします。

Img_20180527_133033_5 Img_20180527_133844_2 Img_20180527_134043_3 水彩画、特に”淡彩”と呼ばれる技法での作品に関してです。日曜画家向けの水彩画講習や技法書、絵手紙指導等でよく見られる描き方です。「綺麗・上手い・じょうず」とは私も感じるのですが、それでもどうも同意できない、気に入らない、良いと思えない、その理由が自身でもはっきり掴めずに居ました。話は40年も以前に遡ります。大学美術部時代、後輩に水彩画の上手い男が居ました。夏合宿での作品批評会で彼の作品を散々に貶してしまいました。上手いのは判る、でも好きになれない、皮肉を込めて「何処で手を抜いた?」と、若気の至りで批判してしまったのです。自身でも「上手」と認めながら何処が気に入らないのか、よく理解できていませんでした。後で彼、悔し涙を流していたみたいです。作品の欠点を具体的に指摘できないままでの辛辣な批判、今でも脳裏に残ってしまっています。最上級生としては相応しくない対応でした。若い独り善がりでの残酷さですね。

ターナーの水彩画を観ていて、”淡彩”技法との差に気付いた部分があります。単純な、なぜ今まで気付かなかったのか不思議な事柄です。ターナーは風景など対象を”見つめて”描いている、そっくりそのまま写すということではありませんが、少なくとも対象から得たインスピレーションを造形しようとしています。一方”淡彩”は型通りの技法に対象の方を当て嵌めている、つまりは”技法”がメインになってしまっている部分があるように思うのです。風景なり静物なり、対象を見なくても描けるようになってしまう不幸ですね。「上手気に綺麗に描く」しかし対象物への理解や観察・感情は薄まってしまう、そこがきっと私の不満を持って見ていたところなのでしょう。例えば薔薇の花束を描くとします。同じ薔薇でも同じ色・種類の薔薇でも、よく観察すると1輪1輪、また花びら1枚1枚でも異なります。それを”薔薇”という概念で描いてしまう、実物をある意味無視して、筆捌きで綺麗に見えるように描いてしまう、そう考えると”淡彩”技法を編み出した人、指導している人の罪は軽からず思えてきます。「良い作品」ではなく「上手に見える」作品を描く、趣味講習では有り勝ちなのかも知れませんが、やはり本質から離れた安易な道ですよね?

ターナー展の後、再度友人の2人展メイン会場の方に顔を出しました。3回目です。この展示会で2点を購入しました。最後の2点がそれです。

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5/27、この日のメイン目的は実は、「森高千里30周年ライブ」でした。展覧会場から三軒茶屋の昭和女子大人見講堂に移動しました。シングルカット曲を2日間に渡って発売順に歌うという、かなり変則なライブです。構成的には疑問が残りますが、「思い付いたらなんでもやってみたい」森高ワールドの所以でしょう。ベテランファンにとっては、青春時代を順繰りに蘇らせる効果はあったようです。私の参戦は残念ながらこの日1日のみ、後半を体験することはできませんでした。

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5/30「水野暁 リアリティのありか 高崎市美術館」 以前何処か?で浅間山を描いた大作を観て興味を抱いた作家です。今回も中々面白く拝見しました。技法はリアリティですが、時間の経過した風景を同じ画面に重ねたり、写真のようにそっくり描くのとは違った”リアリティ”を表現しています。下段中央がその浅間山大作ですが、半分しか入りませんでした。

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そこから「高崎市山田かまち美術館」へ移動。個人美術館だった時代に1度来ていますが、今の建物になってからは初めてです。高校生時代にエレキギターでの感電事故で早世した、”画家”にもまだなっていない青年か少年か、彼の幼少期から高校時代までの作品を集めた美術館です。私よりは7歳年下ですが、生きた時代には共通性もあります。氷室京介とバンドを組んだ(高崎市出身・同い年)こともあったそうですので、そのまま成長していれば画家では無く演奏家になっていたかも知れません。同じ年頃での私の作品と比べると、自信過剰ではなく私の方が技法的には上だと思います。だた、私の絵は硬くて面白みがない、その点でかまち作品は自由で弾けています。「上手い絵」を描こうとしていない、そこが才能なのでしょうね。

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6/28「プーシキン美術館展 東京都美術館」 だいぶ前に上京した時、多分「プラド美術館展」の時だと思うのですが、前売り券を購入していました。初めての”シニア券”です。シニア設定の無い展示会もあり、割引率も様々ですが、プーシキンは”半額”という大盤振る舞いです。買った当時はまだ64歳、65歳になって初めて使えます。

Img_20180628_130942 「旅するフランス風景画」という副題が付いています。印象派以前の、クロード・ロランやジャン・フランソワ・ミレーに始まり、ギュスターブ・クールベの写実派を経て、印象派の萌芽カミーユ・コローやアルフレッド・シスレー、カミーユ・ピサロ、そしてルノワールやモネへと続きます。展示会の目玉ともいうべきクロード・モネの「草上の昼食」も見事ですが、最後のフロアでのポール・セザンヌの「サント・ヴィクトワール山」、そしてモーリス・ド・ヴラマンクの「オーヴェールの風景」、圧巻はピエール・ボナールの大作「夏・ダンス」、もう目が眩むばかりです。さすがロシア三大美術館です。

今回は図録も購入、2,300円、でしたが・・・・・・・・全く阿呆なことに電車内に忘れてきてしまいました。手に、ゴミ箱が無いので捨てられないゴミ入りスーパーバッグと図録入りビニール袋を一緒に持ち、気付いたらゴミ入りだけになってました。逆なら良かったのに・・・。藤田嗣治展の前売り券も入ってました。JR、営団地下鉄双方に問合せしましたが、出てきませんでした。悔しいよ~。

上野から乃木坂の国立新美術館へ。地元の画材屋に無料招待券があった「日象展」、特に興味のある公募団体ではないのですが(というか名も知らなかった)、腕試しに何処か応募してみようと考えていて、知名度の高い公募団体はどうせ無理ですから「どんなものかな?」との視察がてらです。ま、公募団体としてのレベルは下の方ですね。会員作品は確かにそれなりですが、一般応募作品は多少上手な素人愛好家レベル作品も入選しています。入賞は無理でも入選可能性はかなりあるように(自信過剰?)感じました。来年出してみようかな。次回国立新美術館に来るのは「ルーヴル美術館展」、家内分と2枚、前売り券購入済みです。因みに家内も大学時代は美術部に属していました。Img_20180628_155144_2

 帰途銀座に寄り、名前も懐かしい「南天子画廊」を覗きました。所蔵の宇佐美圭司作品が飾られてありました。東大食堂にあった壁画が、改装の折に無知な職員により「廃棄処分」されてしまったという、あの宇佐美圭司です。全く信じられない話です。大学生時代には新進気鋭の若手作家、池田満寿夫・荒川修作・三尾幸三と並び憧れの作家でした。下写真は画廊で買った和歌山県立美術館での図録で、会場にあった作品ではありません。最後の写真は私のコレクション、シルク小品。

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2018年6月24日 (日)

秩父・高崎 版画展巡り

19日は東秩父村での「版画フォーラム 和紙の里ひがしちちぶ展」へ。高校美術部同期の友人が何度か入賞したことがあるとかでパンフを頂いたので、ドライブがてら行ってみました。作品は「版画らしい?」作品が多く、あまり興味はそそられませんでした。今回友人は出していなかったようです。ただ、友人から貰ったのとは別の、会場にあった更に詳しいパンフにちょっと興味をそそられる版画個展が近くのレストランで協賛展示として開かれているとかで、行ってみました。パンフに乗っていたヒガンバナ作品、記憶にあります。展示会で観たのか、美術雑誌で観たのか?思い出せませんが。

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展示会場となっているレストランは東上線小川町駅前にあり「エシカル」という名、「エシカル」には「倫理的」「道徳的」とかの意味があり、「動物や環境や人や社会に配慮した工程・流通で製造された商品を選択し、そうでないものを選択しない」という消費活動、だそうです。お店のママさん、中国か韓国か?という名のようです。姓は日本系。韓国系の料理があるようなので日本人と結婚した韓国人なのかな?今回はアイスコーヒーだけしか頂きませんでしたが、来月再訪予定ですのでその時は何か食べてみましょう。ただ、昨年の大病以来味覚が変わってしまっていて、大好きだった韓国料理が辛過ぎて感じられるようになっています。

Img007_3 作家さん、積山ミサさんも会場にいらっしゃいました。広島在住の方で、版画フォーラムに出展・入賞されたのが縁での遠隔地個展のようです。地元ではFM局のパーソナリティもされているとか。昨年の「日本版画会展」で文部科学大臣賞を受賞されています。「観た記憶」というのはその関連だったのかも知れません。因みに先の高校美術部友人も同展で一般公募奨励賞を頂いています。会場で少しお話しさせて頂いたのですが、「日本版画協会」と「日本版画会」とを混同して話していたことを後で気付きました。小さな版画作品を2枚頂くことにしました。来月中旬か下旬に受け取りに伺います。会場の写真、撮り忘れました。

21日には高崎へ。高崎での当初の目的は映画でした。すでにプログに記した「タクシー運転手」です。映画も良かったのですが、映画館に置いてあった版画個展の案内ハガキに興味を惹かれました。銅版画展です。会場も近かったので寄ってみることにしました。

Img009_3  Img008_2 「高橋未歩銅版画展」、作家さんも在廊中でした。若い女性の方です。群馬出身在住の方ですが、東京の版画工房に通っているとかで、先月友人の展覧会で通った「アートコンプレックス」での細密版画展にも出品されていたようです。作品はちょっとエロチックで痛々しさを加える、逆に近頃ありがちな作風ではありますが、技法はしっかりしています。ただちょっと”硬い”気はします。もうひとつ剥けて独自の世界が開ける可能性に賭けて1作購入することにしました。剥けてからでは高くなって買えなくなりますから。若い女性の場合、結婚出産で制作活動を止めてしまう作家さんも少なくないのでその点が心配ですが。最後の写真が購入作品です。早速昨日額装してきました。

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ここ暫くで、作品購入で随分使ってしまいました。先月の「たゆたう4」2人展で、友人の丸山浩司多摩美大教授作品と城戸真亜子さんの作品、2点で額代込10万円超え、そして予定外の上記作品購入合計3点で3万円ほどになります。秩父・高崎での購入は予定外、高崎に至っては展示会自体が当初は目的地になっていません。作品との出会い、これも”縁”ですね。

2018年6月18日 (月)

またまた矯め込んでしまいました。

前回書き込みが5/19、その後もあっち行ったりこっち行ったり歩き回っていたのですが、書き込みさぼり続きです。やはりFacebookにちょこっと書くとそれで済んだ気になってしまうのですね。でもFBはやはり流れて行ってしまいますのでこちらにも留めたいと思います。

まずは最近の上京に関して。展覧会関係での上京が続きました。5/24は来年に予定されている4人展打ち合わせ、4月にもやりましたが、今回はもう少し具体的になります。4人で候補画廊に集結、壁面構想を練ります。広さとか価格とか時期とか。その後近くのレストランで食事しながら打ち合わせ。まず、会場画廊は見学した画廊に決定、時期は来年11月上旬に。あとはそれぞれの出展数とか。まだ1年半ありますが、のんびりしているとすぐその時期になってしまいます。私自身絵画制作に復帰して1年ほど、ようやく油彩を描き始めたばかりです。筆捌きは意外と憶えているものです。ただ、画想イメージは戻りません。最初は「何を描こうか?」画題を探す状態でした。学生時代はそんなことはありませんでした。描きたいもの描きたいイメージが次々と現れ、描く方が間に合わず書き損なったイメージも多々ありました。画題を迷う暇が無かったのです。それが今では逆ですので6月に復帰してからの作品は、すべて具体的なもの、静物画・風景画に限られています。具体的な”もの”が目の前に無ければ描き進められません。それでも描き続ける内に、少しずつではありますが、「描きたいイメージ」も浮かぶようになってきています。若い頃そのままに戻るはずはありませんが、歳は歳なりに、描きたい”欲求”は必要です。画面に再現するのは静物や風景の”もの”ではあっても、描きたいのはその”もの”そのままでは無く、そのものを観ている自身の”心・想い”なのですから。

Img_20180618_174202 復帰第1作。昨年6月、パステル画講習会での初日作品です。クレパスは以前以前何作か描いていましたがパステルは初めてでした。

19758 昔描いたクレパス画。この頃の方が色彩も形も実際の風景に囚われることなく、自由に指が動いた気がします。

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20171027_10 20184_f6_4 20184_f6_5 クレパスとパステル、同じようでいてちょっと異なる画材です。最初は色の乗りの違いで戸惑いましたが、段々と慣れてきて多少は自由に描けるようになってきています。最初の頃の絵は見るからに”硬いですね。

201712_f8_3 20181_f10_3 20181_f8_3 アクリルは以前に1~2点描いていたはず、けれどどんな絵を描いたのか憶えがありません。乾きの速さには逆に扱い難さを感じた一面もありますが、筆捌きは油彩と同じですので慣れるのは早かった気がします。復帰後5点描いていますが、1点は気に入らず潰してしまいました。

20181_f10_7 潰した作品がこちら。昔のイメージを追い求め、未消化のままに描いてしまいました。内に無いものを形だけで描こうとするとアンバランスな作品になってしまいます。学生時代でも描いて潰した絵は多々ありました。当時はキャンバス代節約という経済的理由もありましたが。

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1981_mioumiouno4_b5_5 Img_20180204_221047_3 こちらが旧作、キャンバスに描き留める間もなく描き散らした感じでした。描く”欲求”に満ちた時代でした。

Img_20180513_113018 油彩は画材を新たに買って来て、ようやく1作仕上げたばかりです。画材としてはやはり1番合っている気がします。

1977_f8_4 19768_f8_5 こちらは旧作、比べてどうでしょう?やはり今の方がまだ硬いかなぁ?

やはり人物を描きたいと思っています。ただ周りに若い女性がうようよ転がっていた?(笑)  あの頃と異なり、モデルには苦労します。キャンバス地塗りだけはしたのですが、作画は7月の地元美術協会主催の裸婦デッサン会後になりそうです。まだまだ頭の中だけで人物を描くのは無理です。最後に若い頃に描いた人物系作品を羅列しておきます。少しはこれに近いイメージで、年齢なりに熟した味を加味して(笑)描きたい。

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1979_8 Img_20180131_172201_2 Img_20180205_073150 因みに最後の作品は20代の頃の家内です。coldsweats01heart04

Img_20180607_103550_2 段々イメージも涌いてきましたので、キャンバスは買って来て地塗りは済ませてあります。F30にP40、そして10号12号が3枚、そして小品4号が描きかけです。

オマケ:この日打ち合わせを行った「近くのレストラン」ですが、こちらも曰くがあります。学生時代、仲間が集って事ある毎に飲みに通った洋風居酒屋がありました。すっかり風景が変わってしまいましたが、渋谷の、今のマークシティの建っている辺りだったと思います。私達より10歳ちょっと歳上のマスターの経営する店でしたが、気が合い打ち解けて、暇な時には店を閉めてしまってスタッフと一緒の飲み会になったりもした、青春時代想い出の店でした。再開発で渋谷店を閉めましたが、その後原宿や青山・広尾・白金等々、レストラン中心に店舗展開、あっちを閉めこっちに新店舗と精力的に経営を続けていました。現在では恵比寿のレストランと渋谷の飲み屋との2軒体制です。マスターご本人は半ば引退、息子さんが経営を引き継いでいます。打ち合わせ終盤、電話をしてみたらご本人が来てくれました。私は久し振りの再会です。4人展の4人はもちろん、家内も含めての当時の仲間達、青山や芝浦や聖心や上智など、大学美術部に属して付き合いのあった仲間達常連の店でしたので、来年11月の展示会の折には、そんな仲間達が集い再会する場所になると思います。それも楽しみ。lovely Img_20180524_183128

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