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2018年12月 5日 (水)

最近読んだ本

以前もこの題名で書いていたのでそのまま「最近」としましたが、このタイトルで書くのは丸々3年振りですので「最近」でない本も含まれます。そんな状態ですので読んだきり読んだことも忘れている本もあるかも知れず、”ここ暫くで読んだ本全部”というわけでもなさそう。ま、それそれらしい本を本棚から持ち出し書き始めます。

「ゴルフ超心理学日記」 石ノ森章太郎 清流出版

16年夏の東北旅行で石ノ森漫画館(石巻市)を訪れた時に買った本です。「トキワ荘」仲間を中心とするゴル友とのラウンド交流記です。藤子不二雄丸Ⓐ・さいとうたかお・園山俊二・ちばてつや・松本零士等々の面々がメンバーに名を連ねています。雑誌「GOLFコミック」に連載されていたものの単行本化だそうです。期待したほどの面白さではなかったですね。締め切りに追われて書いた、的な臭いの濃い回もあります。ゴルフ雑誌掲載ですので内容がゴルフに限られてしまったせいもあるのかも。普通に「漫画家仲間との交流エッセイ」とかだったらもっと話題豊富に面白かったのかも知れません。

「日中韓 歴史大論争」 櫻井よしこ 他 文春新書

櫻井よしこ・田久保忠衛(杏林大学名誉教授)が中国の大学教授・研究者との3回に渡る座談会を「日中大論争」、韓国人ジャーナリストとの座談会を「日韓大論争」として、最後に櫻井・田久保両氏に古田博司(筑波大学教授)を加えた3人での座談会を収録したものです。年度は2005年から2010年にかけてです。内容は想像通り、日韓・日中の政治問題論争ですが、あまりに想像通りというか紋切り型とでも言おうか、中韓参加者の主張が一方的で時として非論理的で、逆に日本側主張を際立たせるための”やらせ?”とか思ってしまう場面も。そんな疑問もあり1度読むのを中断してしまいましたが一応最後まで読みました。日中韓それぞれの主張を平等に、客観的論理的に導いた本とは思えませんでした。

「真田太平記」 池波正太郎 新潮文庫

文庫本全12巻の長編です。NHK大河ドラマ「真田丸」開始に合わせて読み始めましたので、読み終えるのに1年半ほどかかっています。歴史物は好きなのですが、池波正太郎は初めてです。感想としては”歴史物”というより”時代劇小説”との趣が。要するに”チャンバラ”的雰囲気があります。主役が幸村というより”お江”という一面のあるせいかも。史実から離れた裏社会・忍者を物語の中心に据えた、そして忍者集団に超人的技量を与え過ぎたせいでリアル感の薄くなってことも理由のひとつでしょう。そして何より、”偶然性”を多発しています。お江の危機がたまたまの大地震で救われたり、秘話が偶然に近くにいた敵方忍びに聞かれてしまったり、都合の良過ぎる展開が多発しています。「鬼平犯科帳」なら許されても、歴史物として読むには不都合を感じました。

「城塞」 司馬遼太郎 新潮文庫

新潮文庫上中下3巻。「真田太平記」↑を読んでいる途中で読み始めてしまいました。大河も放映中です。「真田太平記」でのクライマックス、大阪冬の陣・夏の陣の部分に的を絞った作品です。物語は関ケ原が終わって実質徳川の天下になってからの時代から始まります。さまざまの策を凝らし徐々に追い詰め、最終的に豊臣を滅ぼすまでの家康と、天下人秀吉の栄光が忘れられず破滅して行く淀君と秀頼とが、対比的に描かれます。こちらはさすがの司馬遼太郎、史実とフィクションとを組み合わせた司馬ワールドが重厚に展開されて行きます。同じ時代の同類の物語を並行して読み進めるわけですので、ごっちゃにならないか心配もしたのですが不要でした、描き方がはっきりと異なります。作者の創作部分も多いのでしょうがフィクション性を忘れてしまいます。一般的に知られる秀頼像、そして特に淀君像は、司馬ワールドでの描き方にかなり影響されているように思います。「龍馬が行く」でそれまでさほど有名でなかった坂本龍馬が一躍幕末のヒーローになったように。

「ジヴェルニーの食卓」 原田マハ 集英社文庫

ここ暫くで1番気に入った作品集です。「うつくしい墓」「エトワール」「タンギー爺さん」「ジヴェルニーの食卓」の4作品が収録されています。それぞれ、マティス・ドガ・セザンヌ・モネという近代画家をテーマとした作品です。こちらも司馬作品同様、作者の想像の世界で描かれた人物像ではありますが「さもありなん」というリアル感、本当にそういった人物だっただろうというリアル感に溢れています。作者の、画家に対する”愛”故なのでしょうか?個人的には「うつくしい墓」が1番気に入っています。ピカソとの関係も、何故か納得してしまいます。「エトワール」では、ドガに対するメアリー・カサットの思慕・敬愛入り混じった感情がテーマとなるのでしょう。作品でしか知らなかったカサットが、人として女性として蘇ります。「タンギー爺さん」はセザンヌをテーマとした作品なのですが、物語にセザンヌは登場しません。印象派の画家達を支えた画材屋で画商の”タンギー爺さん”の娘がセザンヌに宛てた手紙、からセザンヌが、そして画材屋に集う画家達の様子・時代が描き出されます。実に巧みな演出です。話題の中に”チューブ入り絵の具”の登場が語られています。印象派の画家達がアトリエから解放され自然光の中に出て行く、後押しにもなった発明です。映画「セザンヌと過ごした時間」の中でもそんな場面が登場しましたね。「ジヴェルニーの食卓」は表題作ですが、モネとその家族とが描かれます。当たり前のことですが、モネもその他の画家達も、単独の画家として存在したわけでは無く、家族や仲間や取り巻きや、社会の中に生きる生活者として存在したことを、今更ながら教えられます。そうやって生きて生活した中から生まれた作品として考えると、今まで見知った作品でも何か愛おしさが加算される気がしてきます。

「フーテンのマハ」 原田マハ 集英社文庫

↑でお気に入りになった原田マハ、早速もう1冊買ってきました。こちらは打って変わったグルメ旅エッセイですが、「美味しいもの紹介」とは一味違った、”グルメ道中膝栗毛”的な珍道中旅エッセイです。後半にはジヴェルニーやパリやエクス・アン・プロバンスも登場して、アート面での欲求にも答えてくれます。気楽に読めて楽しい気分にさせてくれる1冊でした。マハ作品は「モダン」と「キネマの神様」が控えています。どっちを先に読もうか?「暗幕のゲルニカ」も気になるし「たゆたえども沈まず」も読みたい、暫くは原田マハから離れられない気がしています。

「純喫茶」 姫野カオルコ PHP文芸文庫

大学の5歳下の後輩、ったって同じ大学を出たというだけで縁もゆかりもない、のだけれど母校愛が強い?ので読んでみた「終業式」が面白かったので買った本。当初の題名は「ちがうもん」とかだったとか。やたら”改題”の多い作家さんです。「終業式」も最初は「ラブレター」という題名だったらしい。純喫茶が普通にあった時代、を描いた、ということだろうか?”記憶”がテーマなのだろうか、心の片隅に残る”想い”を探す旅とか。よく判らない部分もあるのですが、意味のあるのか無いのか、何かしら意味ありげに脳裏に残ってしまう風景ってありますよね。別段そこに行きたいその時代の戻りたい、というわけではなく、また特段に大事件でもないのに「なんでそこ?」的な引っかかり処。でもひとって、そんな引っかかり処の積み重ねで出来上がってるんですよね。

「1998年の宇多田ヒカル」 宇野維正 新潮新書

1998年は「CDの最も売れた年」なんだそうです。つまりはそれ以降は降下の一途ということ。ダウンロードとかはどうも不安というか、やはり実在の”形”で持ちたい、時代に取り残された人ですので未だにちゃんとCDで買ってます、私は。そして林檎さんのファン。先日のライブも行きました。この1998年は、宇多田ヒカル・椎名林檎・aiko、そして浜崎あゆみのデビューの年だそうです。デビュー直後から売れた宇多田の登場は衝撃的でした。その点林檎嬢は徐々売れでしたから”同期”という感覚があまりしません。東芝EMIガールズとして仲は良いようですが。デビュー20年、aikoはあまり聴かないので判らないのですが、宇多田・椎名のお2人は、結婚(林檎嬢は出産も)・離婚を経ていまだにご活躍、年を経て多少の色合いは変えています。AKBとジャニーズだらけで音が使い捨てされて行く時代、お2人には末永く頑張って欲しい。

「絵のある自伝」 安野光雅 文春文庫

画家・絵本作家、安野光雅のエッセイ。「自伝」とある通り、子供の頃のこと、戦時中・戦後、時代を追って自身や家族・友人知人、周囲の出来事を淡々と思い綴っています。もちろん挿絵付きで。範疇外なので安野氏の絵が良いのかどうかは判りません。ただ時折、こんなふうに描けたら良いというか便利だなぁという気持ちになることはあります。しかしそう描こうと思うことはほとんどありません。好きな画家尊敬する画家ではないということ、それでも確立した形というか、魅力は備えていると思います。また氏の書く文章の優しさには非常に似合った絵ではあると思っています。今年亡くなられたように思っていたのですが、検索しても死亡情報が出てきません。私の勘違いで今でもご健在なのでしょうか?

「応仁の乱」 呉座勇一 中公新書

「戦国時代を生んだ大乱」との副題が付けられています。歴史物新書としては異例のヒットとして話題に上った本です。確かに、誰でも知ってはいるけれど内容は知らない、有名で無名な歴史上の出来事です。学術的新書本としてはかなり判り易く読み易く書かれていると思います。それでも、「なるほど」と判った気になってもすぐ忘れてしまいます。知識が記憶の中に定着しません。お家騒動が多いので敵も味方も同姓(畠山義就・政長、斯波義敏・義廉、等)だし、敵味方が突然入れ替わったり、収まったと思ったらまた同じような戦が再発したり、メリハリなくだらだらと続く印象があり明確な形が見えてきません。東軍西軍とは言っても関ケ原のような”天下分け目の”大戦はないし・・・。その場その場では理解しても、後になるとそれが何処の出来事だったかごっちゃになって混乱します。結局は「よく判らない時代」を再確認したのが一番の収穫?かも。ただつまらなくはなかったです。売れただけのことはあるような。

「マンガ 応仁の乱」 小野田哲男監修 宝島社

新書版の副読本としては役に立ったかも。漫画部分は確かに判り易いけれど結局漫画って描ける部分が限定的です。深い表現はやはり無理。導入部だけですね。この本も「マンガ」とはうたっていますが、ちゃんと文章での説明も付けられています。その文章が意外と判り易い。また、↑中央新書では日を追って事の成り行きを書いていますが、マンガ本では主な登場人物を抜き出しそれぞれの人物の行動を書いています。謂わば縦線と横線、両方読むと繋がりがかなり判り易くなります。簡略化しての概略だけですが、基本線は新書版と同じ方向で書かれているように思いました。

「激闘 海軍航空隊」 碇義朗 光人社NF文庫

これまでとはかなり趣の変わった分野です。ネトウヨでも戦記オタクでもないのですが、父の残した蔵書を読み始めています。父は昨年、89歳で世を去りました。亡くなる前日まではっきりとした意識を持っての死でした。戦時中に青春を送り、予科練から海軍飛行兵として終戦を迎えた父は、軍歌と唱歌しか歌えませんでした。予科練・海軍航空隊時代での話題は、親子の間で出ることはほとんどありませんでした。1度映画「トラ・トラ・トラ」を見に連れて行って貰ったことがありました。その映画に登場する少年兵は、今考えると当時の父の年齢に近かったはずです。映画「男たちの大和」は1人で見に行って号泣していたとも聞きました。戦争映画も小説も、おそらく、私とは全く異なる感慨を持って読んでいるのでしょう。亡くなってしまった今、もう少し父と話をしておけばと、後悔しています。

「江田島教育」 豊田穣 集英社文庫

同じく父の本棚から。海軍兵学校出身の作者による、江田島海軍兵学校での訓練の日々を描いた作品です。そういう時代だった、という他感想の述べようがありません。作者にとってはそれ以外に存在しない彼の青春時代です。軍国教育云々以前の問題なのでしょう。

「落日燃ゆ」 城山三郎 新潮文庫

同上ですが、さすが作家としても名の売れている作者です。父蔵書でなければ手にすることはなかった作品でしょうが、上記2作品とは異なりしっかり成り立っている読み応えある作品です。それもそのはず、吉川英治文学賞を受賞した作品だったのですね。極東裁判での、文官として唯一人処刑された広田弘毅、元首相・外相を扱った物語です。大陸での関東軍の暴走から始まった日中戦争・太平洋戦争、その中で軍部との確執・圧迫の中戦争回避への道を探りながら遂に果たせず、極東軍事裁判ではその努力も認められず刑場に消えた外交官、その姿を真摯に描いています。そういった人物の存在した事すら知りませんでした。「長州の作った憲法が日本を滅ぼす」との考え方も初めて知りました。「指揮官たちの特攻」執筆時には確か父は、戦友何人かとで城山氏との取材を兼ねた懇談会に参加しています。

相変わらず複数の本を併読しています。「ローマ人の物語 塩野七海」は文庫本全43巻の内ようやく24巻まできました。五賢帝の時代です。しかしカエサルの時代は面白かったですね。文庫本では合計6巻を費やしています。作者の”カエサル愛”を感じます。それだけ魅力ある人物だったことも窺えます。多数の愛人を抱え、その誰もからも恨まれなかったとは本当なのか?そこが1番凄いかも。(笑) 他に「ふらんす物語 永井荷風」「浮世の画家 カズオ・イシグロ」「観応の擾乱 亀田俊和」、そして「ローマ人の物語 24巻」です。珍しく歴史小説を読んでいません。何か読み始めちゃうかも。原田マハに三国志関連、芥川賞受賞作等々、待機中多数。

2018年11月29日 (木)

11/28 東京展示会巡り

23日に行けなかった分と知り合いが出品している公募展の日程の関係で、間隔をあまり空けずの上京になりました。前売り券を買ってあった「ルーベンス展」「ムンク展」と東京都美術館で開催中の「版画会展」です。祝日だった23日とはもちろん異なりますが、それでも地方在住の者から見ると上野は沢山の人出です。

上野到着は11時前、昼食時は何処も混み合う東京ですので、昼時を外すためにケーキと珈琲で軽く空腹を満たしてから、最初は国立西洋美術館で開催中の「ルーベンス展」です。チケット売り場には10数人の列ができていました。内は、混み合うほどではありませんが予想したよりもお客さんが多かったですね。

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正直ルーベンスに関する知識はあまり持っていません。ベラスケスと同じような印象を持っていました。実際に観てみると、同じバロック期の画家でもかなりイメージが異なります。春に「プラド美術館展」でベラスケスを観ていますので、あまり離れない間隔で両画家作品を観られたのは良い経験でした。珍しくクリアファイルを買いました。特に意識したわけではないのですがそれなりに気に入っていたみたいです。ベラスケスよりは、ドラクロワに影響を与えたというルーベンスの方に興味が深かったようです。絵葉書は大抵買うのですが、実際に使用するためです。ほとんどは友人への手紙で使ってしまいます。

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ルーベンスはミケランジェロやラファエロなどに強い関心を持ち、裸体作品にはローマ時代の像をデッサンして参考にしたそうです。会場には作品に利用されたと思われるヘレニズム・ローマ期の彫像(レプリカを含む)も展示されてあります。また、西洋美術館所蔵のルノワールによるルーベンスの模写作品もありました。印象派の中では基礎技術に研鑽を積んだ画家ですね。また古代ギリシャの「ラオコーン像」デッサンも展示品にありましたが、同じ西洋美術館での「ミケランジェロ展」でレプリカを観ることができていましたので、これも良いタイミングでした。

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滅多に利用しないのですが音声ガイドを借りました。(550円) 知識の少ないこともあり、またこの時代の作品ですと宗教的意味合い等が関わってくる場合もあり、また蛇足ながら(特にファンではありませんが)ナビゲーターが長澤まさみであったこともあるかも知れません。(笑) 役に立った部分も多少はあるのですが、慣れないせいか観るペースを乱されるのが少し気になります。

都美術館に移動して「ムンク展」、やはりムンクの方が人気が高いようです。平日ですので観るに困るほどではありませんが、ほどほどに混んでいました。

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ムンクはそれほど好きな作家ではありません。前売り券購入も少し迷ったのですが、折角の来日ですので購入を決めました。シニア前売り券で800円で購入できたこともあります。(買う時ではなく)入場の際に年齢を確認できる証明書(運転免許証等)が必要です。

こちらも鑑賞に困るほどの混雑ではないのですが、「叫び」だけはロープで区切られ「歩きながら鑑賞して下さい」と案内があります。前列で観るには並ぶ必要がありました。一応並びました。並ばなくても、少し離れてでしたら観ることができます。祝祭日では無理でしょうが。

年数の経過で色が醒めてしまったのか、現物はポスターのような鮮やかな色彩ではありません。正直、ムンク中の最傑作とも思えないのですが、特徴的ですし”時代の反映”として、ひとつの”象徴”としての意味合いが強いのかも知れません。好きでないムンクですが、「叫び」以外の作品の方に共感できるものがいくつかありました。食わず嫌いで回避しなかったのは、結果として良かったようです。

同じ都美術館での「日本版画会展」に。6月に東秩父村で開催された「版画フォーラム」時に別会場で個展を開かれていた積山ミサさん(昨年文部大臣賞受賞)の作品が目当てです。個展時に小さな作品を2点購入しました。写真1枚目が積山さんの今年の作品、2枚目は秩父での個展時のハガキです。26日には版画技法に関する講演もあったようです。

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高校時代の友人(美術部同期)も出品しており、昨年に続き入選、今年は「会友推挙」されていました。推挙を受ければ来年からは会友としての出品になります。オメデトウ!

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美術館内に置かれてあったチラシ、来年の企画で面白そうなものがありました。歴史好き・三国志好きですのでこれは楽しみ!

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2018年11月27日 (火)

11/23 東京展示会巡り

11月23日勤労感謝の日&姉の誕生日、上京して公募展を中心に展示会巡りしてきました。今回は12,800歩余、東京は歩きます。田舎住まいだと何処に行くにも車ですからね。

土日祝日に東京に行くことが滅多にないので忘れていました、混むの。いつもの調子で駅に行ったら特急の指定券が売り切れ、自由席なんてない田舎の特急列車、仕方がないので28分後(こんな間隔は珍しい。普通は1時間後)の次の列車の指定券取った数分後にこの列車も満席に。危なかった~。今回の主目的は大学先輩が代表を務める公募展を観ること。大学は美大ではない普通大学ですが、部活で絵を描いていました。その美術部での先輩です。私の入学前にすでに卒業していてキャンパスではご一緒していないのですが、OB展等で存じ上げていました。そのため絵画活動休止中のン十年間は全く縁がなく、再開後に改めてご縁を結び直しました。来年の公募展に出品してみようかとの思惑もあり、事務室を訪ねてお話も伺ってきました。来春までにそれなりの作品ができたら、また考えます。

北千住乗り換えで上野へ。現在開催中の「ルーベンス展」「ムンク展」の前売り券も購入済みなのですが、リタイアした身に休日に「ムンク展」は入場料金が勿体ない。「ルーベンス展」はそれほど人気ないかも?と一応チケットは持って出たのですが、入り口をチラ見して回避、休日でも人の少ない都美術館公募展へ。しかし上野は沢山の人出でした。動物園は特に大変!パンダ人気で長蛇の列です。どんなに評判の良いレストランでも”行列のできる店”には決して行かない私です、孫のお供でもパンダは無理だなぁ・・・・。

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巡った公募展は「近代日本美術協会展」「秋季蒼騎会展」「都展」「創元会受賞作家展」、「近代~」のみ有料展示なのですが、画材屋で貰った招待券があり、結局全部無料、入場料出費は無し。

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創元会は受賞作家展なのでやはりレベルは一段上、作品数も少ないので観易いです。地元で活躍されている方が春の展示会で受賞、展示されていました。秋季蒼騎会も本展よりも作品数が少ないですし、4会場梯子の割には疲れもほどほどでした。

木場(江東区)に移動、地元画廊主催の展示会「和田賢一遺作展Ⅳ」。大学美術部後輩と中学だか高校だかの友人とのことで、足利で展示会のあった時に観に行きました。今回たまたま日程も合い案内も頂いたので周りました。10年ほど前に51歳で心不全で急死されたとか。

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最後は仲間のグループ展で日比谷へ。9月のブログで学生時代に作った絵の会に関して書きました。その会とはまた別なのですが、途中から一緒に活動するようなった会です。年10回ほどの例会は合同で、展示会はそれぞれ別途開催ですが相互出品で両方出品する方も居ます。ここ暫くは毎回同じ画廊での開催となっています。私は出品していないのですが、23日は初日ですのでオープニングに参加してきました。

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今回回避した展覧会のために、近々再び、平日に上京するつもりです。交通費出費で家内の機嫌が斜めにならないと良いが・・・・・・・。

因みに25日には埼玉スーパーアリーナでの椎名林檎ライブに行ってきました。夫婦で。デビュー20年、平成30年、生誕40年の記念的ライブです。しかも25日は林檎さん誕生日当日でした。こちらの記事も書きたいのですが、まだ公演が残っていてネタバレ不適ですのでまた後日にします。

2018年11月11日 (日)

最近の美術展巡りなど、

続いてここ暫くのお出かけも書いておきましょう。まずは昨日、群馬高崎、群馬県立近代美術館です。結構久し振りかも。「サラ・ベルナール展」です。

着いてみると駐車場が満車、こんなに混んでいるのは初めてです。会期終了(11月11日)が近いから?そんなに混むような企画とは思えないのに・・・。しかし美術館はがらがらでした。清々しい陽気でしたので”群馬の森”で寛ぐ地元の方が多かったようです。そして美術館の前にはスマホ片手に歩く人が多数。調べてみたら珍しいポケモンの出没する特定地域だとか。名女優サラ・ベルナールはポケモンに負けてました。

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サラ・ベルナールは当時人気を博した女優ではありますが、ファッションやデザイン等で時代を先んじたプロデューサーでもありました。アルフォンス・ミュシャやルネ・ラリックの才能を見出し、アール・ヌーボー、アール・デコの時代を作った才人です。会場にはサラ・ベルナールの写真(ブロマイドの走り?)や衣装・装身具、そしてミュシャのポスターやラリックのガラス器、そして唯一の合作という(ミュシャデザイン、ラリック制作)舞台衣装の冠も展示されています。ロートレックによるサラ・ベルナールのポスターも展示されてありました。

常設展も久々に鑑賞しました。群馬県縁の福沢一郎や山口薫、鶴岡政男など、そして荒川修作や菅井汲などの現代作家作品、欧州印象派作品などなど。それなりに見応えのある作品群です。

もう少し日にちを遡って7日の水曜日、この日は東京で展覧会巡りでした。六本木の国立新美術館、最初はだいぶ前に前売り券を買ってあった「ピエール・ボナール展」、ようやく入りました。

ボナールは中学生時代に上野西洋美術館で「逆光の裸婦」を観て衝撃を受けて以来の、好きな画家のひとりです。オルセー美術館所蔵品をメインとする今回のコレクションも充実していました。あの空気感はどのようにして造られているのでしょう?画面枠を超えて広がり、オーラの如く場の空気を柔らかく変化させます。原色ではない抑えた色調なのに鮮やかで鮮明です。裸婦も草花も一体化して夢想の世界を形作ります。リアルじゃないのにリアル、境目は見えません。

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昼食の後、同じ会場での「日展」の方も覗いてみました。「日展」会場に入ったのは40年振り以上だと思います。文展・帝展の流れを汲む、日本での最大規模と権威を誇る公募展ですね。反面、その起源が官展だったこともあって、「反権威」としてやり玉に挙げられることも多かった「日展」ではあります。

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技術レベルに関しては、やはり公募展中随一なのでしょう。やたら上手い作品ばかりなのに、何故か観ていて楽しめない、浮き立つ気持ちになれません。ボナール展のあとなので尚更なのでしょうが、画面枠に閉じられた堅苦しく気取って縮こまった印象が残ります。「日展入選マニアル」でもあるのではないかと思うような、全体に似たような傾向があるように感じました。「これで会友?」と疑問を感じさせるレベルの公募展もありましたが、そういった公募展での方が逆に観る楽しさはあったようにも思います。

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↑の作品は出展されていた、日展副理事長・日本芸術院会員、佐藤哲氏の作品です。何故この作品だけ取り出したかと言うと、氏の作品をコレクションとして持っているからです。

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実は友人から頂いたものです。バブル期に数十万で購入、引っ越しに伴って処分しようとしたら十数分の一の価格を言われて「それなら絵画の好きな方へ」ということで頂くことになってしまったのです。緻密に丁寧に描かれた出展作に比べると、気儘に筆の赴くままに描かれています。多少”売り絵”的な意識もあったかも知れません。それでもそう悪い作品とは思っていません。部屋に飾るにはほど良い作品です。絵画に対する観方考え方は様々、最終的には”好み”になってしまう部分もあるでしょうし、好みを超えた普遍的価値を考える時もあります。考えれば考えるほど判らなくなります。ま、あんまり考えてもつまらないですね。

7日の上京、元々のというか、1番の目的は来年に予定している四人展打ち合わせの為でした。学生時代に美術部で同じ時を過ごした仲間とのグループ展です。1976年に無理して銀座に画廊を借りて催した四人展、その再現ともいえる展示会です。長年休止していた趣味の絵画を再び描き始めたのが去年の6月、たまたま同じ頃にもうひとりも描き始め、その流れで決まりました。”青春への回顧”という面もあるのでしょう。去年の第1回打ち合わせ会で会場となる画廊を決め仮予約、今回は手付になる画廊代半金を振り込みました。会期も正式に決定したわけです。来春に予定する第3回打ち合わせ会では展示会名とおおよその作品数・振り分けを決めなければなりません。1年はあっという間でしょう。具体的に目標スケジュールが決まったのですから、作品制作に勤しむことに致します。1年後に気持ち良く酒を飲み交わすためにも。happy01

2018年10月17日 (水)

大学OBOG展

今月11日から15日、東京・渋谷で卒業した大学でのOBOG展「オール青山美術展」が開催されていました。それもあってここ暫く慌ただしい上京が続いていました。私は初参加です。展示会は15日無事終了、ただ私自身は全くの無事ではありませんで、13日に行ったラグビー場が寒かったせいか風邪をひき、14日夜には38℃超え、15日朝でも37.6℃ありました。しかし搬出には無理してでも行かねばと、ぎりぎりまで寝床で体力温存した結果なんとか熱は下がり、午後に出発して展示終了の15:00の10分前にようやく画廊にたどり着き、何とか搬出を済ませることができました。まずは一安心。

搬入は10日の午前、10:30からでした。栃木から駆け付けるのは結構忙しかった。参加された方のほとんどが私の入学前に卒業された方々なので、実際にお会いするのは初めての方がほとんどです。今回の展示会は「第2回」を名乗っていますが、元々は他の方か幹事で長年(15年ほどと聞いています)開催されていたものがあり、その方が高齢を理由に「解散・終了したい」とのことで一旦終了、組織改編しての「第2回」となります。ですので皆さん展示準備には手馴れているのですが、なんせ43人43点出品で展示準備には23人が参加しています。絵好きが23人も居ると却って面倒、(展示位置が)高いの低いの(間隔が)狭いの広いの、なかなか決まらず、上げたり下げたりあっちとこっちで作品入れ替えたり(色合いとか大きさとか額の違いとかで)で、展示の終了するまでに5時間を要しました。(昼食時間を含む)

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しかし皆さんお元気です。最高齢は昭和6年生まれとか。絵の他に登山も現役でされているとか。驚きです。65歳の私が”若手”になる(ほぼ最年少)年齢層です。「若手でPCもできる貴重なニューフェース」として期待されているようで少々荷の重い雰囲気もあります。参加者には全国公募展の会友の方がお2人、ばかりか公募団体の代表を務めている方、プロの陶芸家・写真家もいらっしゃる反面、学生時代美術部に所属していなかった方も意外と多く、様々です。今回ひとつ下の後輩を誘って共に初出品したのですが、もう少し下の年齢層の後輩も加入させなきゃ今後が厳しいような・・・。2枚目の派手なのが私の作品、復帰後1年ちょいでようやく色が戻ってきました。最後から2枚目は美術部先輩の水彩画、日本水彩画会会友です。

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会期中は搬入翌日の11日にも上京しました。折角なので途中上野に寄り、日本版画協会の「版画展」を観てきました。版画協会に友人が居り、案内ハガキ(招待券を兼ねる)を貰っていたので無料で入れます。

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最後が私の友人の作品、木版画です。「版画展」は昨年も鑑賞しましたが今年も楽しく観ることができました。性に合っているようです。昨年の展示会では”チャリティコーナー”で販売していた作品を購入、家に飾ってあります。堀江良一氏の作品です。Dsc04022_2

 

2018年10月 5日 (金)

10月4日、東京展示会散策14.000歩

続きです。「藤田嗣治展」鑑賞目的での上京ですが、折角東京まで行くのですから1ヵ所では終われません。上野から六本木(乃木坂)に移動します。

乃木坂と言えば「国立新美術館」です。本来の本命は「ボナール展」なのですが、こちらは12月まで会期がありますのでまた別にゆっくり来ます。前売り券は買ってありますので(急に気が変わったり)念のため一応はバッグに入れてきましたが。

国立新美1ヵ所目は「一期会展」、地元画材屋さんに招待券(案内ハガキ)がありましたので無料で入れます。観るのも初めてですが今回初めて名を知った公募団体です。概要を見ると1970年創会、比較的新しい団体ですがそれでも50年近くの歴史があるのですね。出品作レベルは一言で言ってあまり高くはありません。会友辺りでも「ちょっと上手な素人」程度です。言い過ぎかな?写真も撮りましたが必然枚数は少なくなります。大賞作品も、悪くはないけど”大賞”としては若干?マークも感じます。 http://ikkikai.info/index.htm

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2ヵ所目「自由美術展」、自由美術家協会は1937年の創立、創立メンバーには山口熏・濱口陽三・瑛九らが名を連ねます。難波田龍起は当時まだ会友です。今回が第82回展、私の地元からお2人が会員として出品していました。抽象画が主体です。最初は良いのですが抽象画ばかり沢山観ていると段々どれが良いのか判らなくなってきます。善し悪しでは無く、好き嫌いで判断する傾向がどんどん強くなってしまう気がします。写真を沢山撮りましたが、会の傾向というより私自身の”好み”を現すだけかも。会場で珍しい風景を見ました。審査員らしき10数名が作品を周り、指さした先品毎に挙手した人の数をメモして行きます。どうやら審査のようです。そう言えばまだ受賞表示がありません。どの作品の評価が高いのか付いて周りたい興味もありましたがそれも怪しいので止めました。後ほど発表される評価、私の”好み”と比べてみましょう。入場料は800円。 http://jiyubijutsu.org/

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3ヵ所目「一陽展」、一陽会は1955年の設立、私の生まれた2年後です。二科会を退会した鈴木信太郎・高岡徳太郎・野間仁根の3人で作ったとか。高岡という人は知りません。抽象・半抽象・具象画混在しています。入場料は800円ですがボナール展半券提示で半額になります。前売り券は持ってはいるのですが、ロッカーに預けたバッグの中です。手元に持っていないのに「お持ちなら大丈夫です」と半額対応頂きました。なにより信用して頂けたのが嬉しかったですね。 http://www2.ucatv.ne.jp/~itiyokai.snow/

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公募展というもの、私が熱心に絵を描いていた高校大学時代では”権威の象徴”でもありました。若手前衛作家には”旧時代の権威”とも捉えられ、そういった連中は海外ビエンナーレ等に出品、ヴェネチア・ビエンナーレ大賞受賞の池田満寿夫のような時代のヒーローも生み出されました。否定的な見方をされていた一方、世間的には未だ権威を保っていた時代でもあります。日展・モダンアート展・新制作展等、私も時折観に行っていました。

その時代に比べると、「時代を動かす」という立ち位置は薄くなってしまっています。会によってレベルは異なりますが、「素人日曜画家の集大成」といった傾向も強くなっているように思っています。つまりは、一般出展者にとっては「画壇デビューして時代を先導しよう」というより、「自身の画才の腕試し」的な傾向、入選までならば「頑張れば手が届くかも?」と思える範囲にまで身近になった、というか。

私自身、昨年から再び絵を描き始め、もちろん今更プロ画家を目指すわけではありませんが、やるからにはある程度の”挑戦!”もしてみたいと思っています。そんな気持ちもあり、ここのところ都美術館・国立新美術館での公募展を見て周っています。作品傾向と入選レベルを確かめるために。できるなら来年秋に予定している東京でのグループ展までに、「○○会入選」とかの肩書を得たい気持ちもあります。高校大学生時代でしたら若気のプライドで「古臭い旧時代の権威」と否定したでしょうが、そんな歳でもありませんし、また公募展自体にも敢えて目くじら立てて否定するほどの権威も、もうなくなっているように感じますし。来春か来秋か、何処かには出品挑戦はしてみます。有言実行するほどの自信はありませんので今頭に描いている出品予定先発表は控えますが、来年の今頃、東京での展示会詳細発表の頃に、良い報告の出来るよう、作品制作に励むことにしましょう。

「藤田嗣治展」東京都美術館

昨日、東京都美術館で開催中の「藤田嗣治展」に出かけてきました。会場到着は11時半少し前、平日にも係わらずチケット売り場には行列が、入場も「20分待ち」です。会期終了も迫っていますし人気画家ですのでしょうがないか・・・。昼食時間も近いので先にお昼を済ませましたが、再訪も状態は変わらず。列に並びました。平日に行けるようになってからは1番の混雑ですが、昔々のデパート特設会場展示会での大混雑を経験していますので、鑑賞環境は随分と良くなっています。当日券一般1.600円、65歳以上のシニア券は1.000円でした。

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https://www.tobikan.jp/exhibition/2018_foujita.html

http://foujita2018.jp/

没後50年、”史上最大級の大回顧展”だそうですが、さすがに100点を超える作品が展示されて、時代変遷がよくわかります。私達が思い浮かべる、乳白色の裸婦は藤田のごく一時期の作風であったことを知りました。渡欧前の東京美術学校での黒田清輝らの指導を受けた外光派・白馬会系の作品は想像の内ですが、南米旅行中の作品には驚きました。色彩・雰囲気がかなり異なります。ただ、「同じ人とは思えない(会場で耳にした感想)」とまでは思いません。やはり一貫した立ち位置はあるように感じます。もうひとつ思い違いしていたこと、ポスターにもなっている片肘を付いた女性像ですがNYで描いたものだったのですね。パリだとばかり思っていました。どっちでもよいのですが、パリの印象ばかりが強い。意外と藤田に関して無知だった自身を改めて知りました。

パリ滞在中でも、初期にはピカソ・ブラックのキュビズムに影響を受けた作品もあり、交友のあったというモディリアニ風の女性像も描いています。乳白色裸婦でも、後半は線取りの外に白いラインが光り、切り取った画像を貼り付けたような違和感のあるものになっています。シュールリアリズムの影響かも知れません。

以前から疑問に思っていたことがあります。藤田作品にパリの土産物店にでも売っていそうな、売り絵的な、子供を描いた作品があります。ヤフオクなどでは馬鹿みたいな安値で売られています。「藤田の作風と全く違う、一目で解るニセモノじゃないか!」と思っていましたが、時折まともな画廊でも飾られていることがあり、疑問に思っていました。今回の展示では戦後パリに戻ってからの作品にその手のものがありました。子供そのままというより、人形のように描かれています。解説でも、目の前の子供を描いたものではなく、藤田自身も人形を愛し集める趣味を持っていたとか。ヤフオクのものはあまりに世俗的雰囲気ですのでやはり偽物でしょうが、偽物になる元となる藤田作品の存在したことを確認できました。しかしこの時代の人形的子供作品もそうですが、藤田の描く人物画には”笑顔”がありません。笑っていなくても微妙な微笑みくらいはあってもよさそうですが見当たりません。無表情というのともちょっと違うように感じます。無機質でも無く、何かしらの感情は込めているようにも思うのですが適当な表現が見つかりません。

2018年9月20日 (木)

美術館巡りドライブ

昨日は家内とドライブ、というか千葉県佐倉市まで美術館巡りに行ってきました。大学美術部で知り合った家内、特別に熱心なわけではありませんが、一応”共通の趣味”ということで時々私に付き合ってくれます。美術館同行は先月初めのルーヴル美術館展以来、次回は藤田とボナールはパスでクリムトは一緒に行くそうです。

佐倉の美術館というのは「DIC川村記念美術館」、先月8日に来たばかりです。昨年も来ていますので今回で3回目です。家内に見せたい美術館であるのと、私自身はまだ観ていない所蔵品のあることが再訪の理由です。常設展示品が目的ですので、敢えて企画展のない時期を狙ってみました。常設展ですので私は65歳割引で800円、家内は1,000円。美術館敷地内の散策路も魅力的、1度スケッチにでも来てみたいのですが、中々そういった余裕ある訪問は機会がありません。もう少し近ければ良いのですが・・・。

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東北道から圏央道経由で休憩なしで2時間半、やっぱり遠いですね。圏央道、途中まだ2車線(対面交通)部分がかなりあり、その部分は追い越しできませんので不便です。PAもありませんし。それでも前回よりは少しだけ4車線(片道2車線)部分も増えたようです。おいおい便利になってくるのでしょう。

「企画展のない時期の方が所蔵品展示が多いだろう」と予想したのですが、前回ライリー作品を展示していた部分は閉鎖中、作品数自体は増えていませんでした。ただもちろん入れ替えはあり、初めて観る作品も何点か。家内が期待していたライリー作品は展示されてありませんでした。美術館入場口前にある飯田善國作品を撮ってきました。飯田氏は我が郷土:足利市生まれ、お隣館林中学(現館林高校)出身です。美術品収集選択におけるアドヴァイザー役割を担ったそうです。

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今回の美術館訪問、家内が楽しみにしていたのはもうひとつ、美術館付随のレストランでした。かなり洒落た、そして本格的なレストランです。ランチタイム(11時から)に合わせて、美術館を半分観てからレストランに移動しました。レストランは敷地内ではありますが無料公開地域内にありますので、チケット半券に再入場スタンプを押して頂き一旦退場します。企画展のある時には、企画展イメージに合わせて特別メニューが提供されます。前回ライリー展の折には、カラフルなデザートが用意されたようです。今回は常設展ですので普通のメニューです。パスタランチをお願いしました。写真の他に自家製パン・デザートと飲み物が付きます。

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食後美術館の残り半分を観て、千葉市美術館へ移動しました。元々は佐倉市美術館か千葉県立美術館を考えていたのですが、川村記念美術館でのチラシを見て方向転換しました。千葉市美術館は千葉市中央区役所内に併設されてありました。千葉市は母の故郷、旧千葉駅前には親戚も住んでいますが、すっかり様変わりして何処が何処だか全く判りません。子供時代訪れた千葉駅(旧千葉駅)付近は、足利市より少しだけ賑やかな程度、大きな違いは感じていませんでした。

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チラシにある通りテーマは”1968年”です。1968年、私は中学3年生でした。ですのでこの時代を体感したのはほんの少し上世代ということになります。それでも中3時、時々は美術展を観に上京していましたし、TVニュース等で学生運動やフーテン・アングラ等の話題・映像は目に耳にして暮らしました。高校バス旅行では「受験生ブルース」「自衛隊に入ろう」「友よ」とかを皆で合唱したものです。本気で「夜明けは近い」と思っていた節もあります。時代ですねぇ~。浅間山荘事件はTV生中継で見ました。三里塚闘争は、あまり実感の伴わない近くて遠い世界のものでした。東大闘争を経て、私の大学入学時には学生運動は盛りを過ぎ、母校ノンポリ青学は全く平穏無事、法政や明治ではまだバリケードや立看が健在で休講も多かったようです。

美術界的には変革革命の時代だったのだと思います。異端視され世間一般からは白い目で見られる”前衛”全盛期です。私の学生時代にも、大学演劇部にはまだ天井桟敷的模倣は残っていました。家内は展示に「疲れた~」との感想でしたが、確かに気忙しい疲れる展示です。それでも、先は見えないながらも「時代を作ろう!」との熱い意気込みの感じられる、「表現すべきもの」のある、作家としては意気盛んな時代だったのだと思います。描くべき強い悩みのない、”前衛の平凡化”した現代からは、寧ろ羨ましい思いも少しは感じます。

展示で唯一撮影可だったのは赤坂のディスコ「ムゲン」の当時の館内装飾を再現したコーナーでした。赤坂ムゲンは大学生時代よく通った場所です。ただそれは1975年以降、有名なディスコではありますが、有名になり過ぎて地方からの上京お上りさん客(私もその部類でしたが)が増えて”最先端”から”観光地?”に変貌した頃でした。館内雰囲気も再現とは全く異なります。ですので名前は懐かしいですが、再現装飾に懐かしさは感じません。

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美術館巡り、次回は「藤田嗣治展」です。その前に大学美術部先輩の個展があり、そちらも上京します。

2018年9月 6日 (木)

絵画、グループ展

今日の大谷君、その後にHR2本!5打席4打数4安打1四球2HR3打点1盗塁、まるで漫画、凄過ぎ。これで日本人選手メジャーデビュー年最多本塁打数(18本)に並びました。同数1位は城島だけど大谷君の2倍位の試合数を要しての本塁打数です。普通に打者専門で出場していれば、本塁打王も狙える立場だったかも知れないですね。Σ(・□・;) ただ、トミージョン手術を受けるとすれば、大谷君の記録も止まってしまいます。残念・・・・・。

さて、niftyマイページへの入室不可に続くPC不調、結果3週間程度ココログに書き込めない期間ができてしまいました。その間は主に絵画制作に没頭、東京の美術館へも行きました。「ルーヴル美術館展(国立新美術館)」「空山基新作個展(NANZUKA)」「「宇佐美圭司展(南天子画廊)」「ますむらひろしの北斎展(すみだ北斎美術館)」「ミケランジョロと理想の体(国立西洋美術館)」

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ついでにスカイツリーにも昇ってきました。あ、これ、1回の上京ではありません。

ここのところ、川村記念美術館やルドン展など刺激的な展示会が続きましたので、そのせいか少々印象は薄くなっています。空山基が多少印象深かったかな。一番の期待外れはルーヴル、やはり時代感覚なのか、感心はしても感激はできませんでした。名画とは、頭では理解できても感情移入できない部分が多くて・・・。今回はテーマも地味でしたしね。唯一興味を惹かれたのはエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランという女性画家でした。マリー・アントワネットを描いた画家として知られますが、アントワネット妃とは画家と顧客を超えた”友人”であったとも言われます。ま、興味の一番のポイントは”美人画家”だったという点ですが・・・。こんな感じ↓ 2011年に東京で展覧会があったとか。観たかったなぁ。

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この期間、個人的に一番のイベントは東京でのグループ展出品でした。大学生時代は美術部に所属、ろくに授業にも出ず部室に入り浸りでした。そんな時期、「卒業後も絵を描き続けよう」との趣旨で会を作ろうと、芝浦工大・上智大の現役&OB数名で話が持ち上がりました。合同展を開催した経緯もあり、芝浦工大の顔見知り知人から我が青学美術部にも勧誘があり、私を含めた2名が参加することになりました。参加者所属大学の顔触れは、芝浦工大・上智大・青学大の他に東京工大・早稲田大・日大・共立女子大・聖心女子大等々でした。会名を決める集会に集まったのがたまたま23人だったことから安易に「23人の会」と名付けられた会は、代々木の画廊(確か「オーハシ画廊」だったかと)で第1回展を開催、そのままなんと43年続き、今年は第45回展を開催(初期、年2回開催したので回数がずれてます)する運びとなりました。

私自身は、最初の6~7回は出品したものの、地元に戻ってからはたまに例会・飲み会に参加する半幽霊会員となっていました。絵画制作も長年滞っていました。それが昨年6月からパステル画を描くようになり、その後アクリル・油彩も再開しています。半幽霊会員ながら滞りなく会費を納めていたこともあり、昨年夏の44回展に久々の復活参加を遂げ、今回が復帰2回目の出品になります。

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今回の出品作はすべてパステル画、静物2点に渡良瀬川を描いた風景画1点です。昨年に比べるとやや自由さは出てきていますが、まだ硬さが見えますし、テーマ意識が薄いですね。それでもこの展示会時期で再開から1年と2ヶ月、ようやく描きたいテーマがちらちらと見え隠れするようになってきました。出品時にはすでに新しい方向に描き始めていました。次回展示会ではかなりイメージの異なる作品となっていると思います。

期間中、大学先輩や後輩にもお出かけ頂きました。地方在住のため会場に常駐できませんので、お会いできなかった方々、申し訳ありません。会期中には東京在住高校同級生との飲み会も実施でき、滅多にお会いできない会のメンバーとも楽しく過ごせました。43年も経っていますので脱退者・途中入会者もあり顔触れは変わってはいますが、結成呼びかけの芝浦工大・上智大メンバーの残存率はかなり高率です。我が青学大メンバー2名も共に昨年から復帰、健在です。高齢化もありこの先何年続くかは判りませんが、会を支えて頂いた古参メンバーには感謝しきりです。

最後に現在の作品制作状況を少々。パステル画完成が1点、パステル画制作中が2点、油彩画制作中が4点、アクリル画制作中が1点、その他地塗り済みキャンバスが2枚あります。1点1点描いて行けば良いのでしょうが、取り敢えず始めてしまわないとイメージが失われてしまいます。昔も並行作画が多かったですが、更に枚数が増えています。来月の大学OBOG展に1展出品(制作中の油彩画)、足利市美術協会公募展に出品(作品未定)、来年2月には代表を務めるパステル画会の展示会も予定しています。何処か公募展にも出してみたいですし、その内には地元での個展もやりたい。あと、来年秋頃には東京での4人展も企画しています。

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上左は完成パステル作品、中は少し前のアトリエ室状況、描きかけ作品はそれぞれ進展しています。右が中写真左下作品の現状、これでもまだ6~7割です。さ、アトリエに戻ります。

2018年8月10日 (金)

DIC川村記念美術館

台風接近で荒天予報の8日、千葉県佐倉市の「DIC川村記念美術館に行ってきました。昨年に続き2回目の訪問です。来週からの東京でのグループ展を控えていて、出品予定3点目がまだ未完成、制作に没頭しようかとも考えたのですが、制作方針で迷っていたせいもあり、何か参考になるかとも考え思い切って出かけることにしました。高速利用で2時間半、ちょっと遠いです。できれば泊りで出かけたい、元々は家内と一緒で1泊旅行、成田観光を兼ねてと考えていたのですが、先月終わりに高齢の母が体調を崩し入院、7日に退院はしたのですが夫婦2人での外出は止めておきました。

館林ICから東北道・圏央道経由で向かいました。圏央道開通で多少は近くなったのですが、圏央道は未だ基本は対面交通(片道1車線、時々追い越し車線あり)ですので、前に遅い車が居るとそれに続くしかありません。だいたい80km前後での走行になります。追い越し車線以外で100kmを超えることはほとんどありませんでした。

美術館到着は12時半頃、台風直撃の恐れのあるため急遽閉館を早めて15時半までとか。危なかった。風は多少吹いていましたが雨は小雨程度、まだ台風の気配は薄い状態でした。

企画展はブリジット・ライリー展、英国人女流抽象画家(オプ・アート)です。現在80代後半、美人で有名でダリが心奪われた時期もあったとかなかったとか。4月から始まった企画展ですが、遠いせいもあり延ばし延ばしでしたがいよいよ26日で終了ということで、多少無理しても観たかった展示会です。

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下段3点は会場で買ったカタログから。真ん中と右は同じ作品です。「少し離れて見ると画面にない色が見える」という、錯覚を利用した作品だそうです。確かに白い線が離れると黄色に見えます。展示会には「ゆらぎ」という副題が付いていますが、確かに”揺らぎ”ます。じっと観ていると船酔いしそう。左端の作品は、会場の壁に直接描かれています。この展示会のために制作された作品、展示会終了後は塗り潰してしまうそうです。勿体ない・・・。因みにこのカタログ、ADC「原弘賞」なる賞を受賞しているそうです。立派な作りでした。価格も2.700円と高め。美術館カタログ本も欲しかったのですが、出費が嵩むので諦めました。ところが、帰ってみると美術館カタログは家にありました。昨年買って忘れていたらしい。危なかった~。coldsweats02

この「DIC川村記念美術館」は、大日本インキ化学工業㈱の2代目社長のコレクションを基に、3代目社長が設立したものだそうです。大日本インキって儲かってたんですね~!

館内放送で「2時から学芸員によるガイドツアーが~」とのことで、そちらも参加してきました。1時間少々。興味深かったのは、ライリー女史、自身では描かないそうです。今回の展示で本人が直接描いたのは最初の白黒作品1点のみ、他はすべて女史の指示の基スタッフが制作に当たったそうです。館内の壁に描かれた作品も、(ご本人が高齢なせいもあり)来日したのはスタッフのみだったそうです。「芸術家の仕事は構想そのもの」との考え方で、実際の作業には重きを置かない、というか技巧的に優秀なスタッフが居ればそれで充分、ということらしい。ウォーホルと同様ですね。

昨年、ヴォルス展を切欠に初めて訪れたこの美術館、その時はフランク・ステラの大作群に感動の渦でした。今回は2度目ですのでそこまでは行かないまでも、コレクションの充実度には驚かされます。次回は企画展のない時期に再訪して、まだ観ていない収蔵コレクションを観てみたいと思っています。展示会出品作品に即座に応用することは無理そうですが、刺激にはなりました。やっぱり行って良かったです。

美術館の建物は西欧の古城をイメージしてデザインされているそうです。名前は忘れましたが有名な建築家の作品とか。入口脇にはステラの金属彫刻と清水久兵衛の作品が左右に並びます。広い庭園も歩いてみたいですが、それだと1泊でゆっくり来ないと無理ですね。

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