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2019年7月29日 (月)

野口五郎コンサートin太田

太田市民会館、野口五郎コンサート、昨日行ってきました。。高校生時代の家内がファンだったとか。それで4月の誕生日プレゼントはチケットにしてみました。大学生時代付き合い始めた頃、彼女は「私鉄沿線」のモデルになったという池上線沿線のアパートを借りていたけれど、特に意識してのことではなかったそうな。

太田市民会館は2017年に移転新装された2代目の市民会館です。本年BCS賞という建築賞を受賞したとか。長らく老朽化を言われながら予算の出ない足利市とは好対照、広い駐車場を持つ最新施設です。駅前の図書館といい、税収格差を感じざるを得ません。

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野口五郎、アンコールはアカペラで歌ったり、マイクを置いて地声で歌ったり、さすがの声量・歌唱力でした。そうとう鍛えてますね。しかし誰も立たない、手拍子も声がけもほとんどないという(ライブじゃなくて)コンサート、久々の体験でした。学生時代のディープ・パープル以外ではラルクと林檎と森高さんしかライブ体験の無い家内、「静かだね」が感想でした。でも私達の世代では、GS嵌って追っかけしてたような人以外では、オールスタンディング未体験が大多数かも知れません。

蛇足です。家内は大学生時代の美術部の後輩、知り合って3年半経ってから付き合い始め、途中2年の遠恋期間を経て結婚、来年で40周年になります。昨年、久々に再会した聖心女子大卒の絵画仲間に「学生時代憧れてたんです!」と言われ「えっ俺に?」と思ったら「同棲に」だった。

当時上村一夫の漫画「同棲時代」が人気となり、1973年にドラマ化・映画化されました。ドラマでの主演は梶芽衣子と沢田研二、挿入歌でモップスの「たどりついたらいつも雨ふり」吉田拓郎の「旅の宿」が使われたそうな。憶えてないけど。映画版は主演が由美かおる・仲雅美、大信田礼子の歌った主題歌がヒットしました。”同棲”という言葉自体が流行し社会現象ともなりました。しかし当初の私の時代では、実際に同棲しているカップルはまだ少数で、”お堅い”聖心女子大生の周辺では遠い夢物語だったそうです。渋谷のトレンディ?大学在学中の私の周辺ではまぁ、そんなに珍しい存在ではなかったですけどね。

野口五郎の最大ヒット曲「私鉄沿線」もそう、”同棲”を主題にした作詞です。当時はそんなテーマの曲や小説・ドラマ、多かったですね。そしてほとんどというか「全部」と言っていいくらいが、悲恋、青春の切ない恋、別れ、で終わっています。ウチは当たり前のように結婚しちゃいましたけどね。来年は結婚40周年、夫婦でちょっと長い旅にでも出かけたいと思っています。

2019年7月18日 (木)

森高さんライブで新潟へ、

  日を遡ります。出来事をすぐさま書き残すのが苦手、ついつい後回しにしてしまいます。ですのでTwitterとかInstagramとかは滅多に書き込みません。Facebookでも、スマホで書くこと自体少ないですから。今回は6月29日~30日での新潟1泊旅行です。

29日土曜日、午前中に愛車S660にて出発。購入して2年半、初めての遠距離ドライブです。念のため事前に簡単な検査をやって貰いました。タイヤ空気圧とか。タイヤ扁平で薄いのでちゃんと空気が入っているのかよく判りません。オープンにしようかとも思ったのですが、天気不安で止めました。あと、途中に長~~いトンネルがありますね。オープンでトンネルは最悪です。 Img_20170318_104332

北関東道から関越道、2時間半ほどの旅程です。車での新潟最遠到達点は八海山スキー場ですので今回はそれを超えます。というか、スキー以外での新潟方面ドライブというもの自体初めてです。途中の景色、さすがお米の本場、田んぼが広いですね。家内の里宮城も広い田が広がりますが、新潟平野は更に平坦に広がります。サービスエリアで信濃川を見物しました。

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新潟市内に入って最初に訪れたのは画廊です。3月東京での「3331アートフェア」の折に目を付けた新潟在住の女性画家の個展がたまたま開かれています。画廊は”羊画廊(http://www.hitsuji-garo.com/index.html)”、作家名は”わたなべめい”です。作家さんにも3か月振りお会いできました。

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ホテルにチェックイン、ホテルは”日航新潟”です。今回の新潟市行、見かけは「森高千里 この街ツアー 2019」なのですが、実質は必ずしもそうではありません。寧ろこのホテルに泊まること、新潟在住の友人に逢うこと、そしてめいさんの個展を観ること、この3つが重ねられたので森高新潟ライブに参戦を決めた、との方が実際の所です。ファン先行予約では新潟公演を予約していません。最終的にはめいさんの個展時期の重なっていることを知り「じゃこの機会に」と決め一般販売でチケットを得ました。

2年前の2月、スキーを兼ねて新潟市の友人を訪ねることにしていました。その時に予約したのが”ホテル日航新潟”です。しかし予定の1週間前にかかり付け医院での検査で腫瘍が見つかり、2日前の拠点病院での精密検査で悪性腫瘍であることが判明しました。入院手術ということになりキャンセルの電話をしたのが前日でしたが「そのようなご事情でしたら」とキャンセル料は免除して頂きました。電話に出て頂いたスタッフ女性の対応が温かく「無事生還したらいつかまたこのホテルに、」と決めていました。初期発見ではなくすでにステージⅢまで進んでいましたので”無事生還”は決して大袈裟ではありません。5年生存まではまだ半分以上残っていますが、取り敢えずは転移なしで元気です。このホテルに泊まることが、今回の旅での最大目的と言っても言い過ぎではありません。

部屋は27階、One Harmony登録してありますので少しグレードアップして頂いたようです。

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シャワーを浴びて1時間ほど休息、会場の新潟県民会館へ向かいます。折角ですので新潟友人も誘ってみました。一般販売で私の得たのは2階席、森高さん仲間から廻して頂いた追加1枚は5列席(実際はオーケストラブース?の席もあり10列目位)でした。初森高参戦の友人に前の席で見て頂きました。2013年足利復活ライブ以来の2階席です。前席が立ちあがらないので久々のシッティングライブになりました。今回はオペラグラスも忘れず持参しました。ライブ模様は桐生・栃木市と大きくは変わりませんので省略いたします。全国ツアー、次回参戦は富岡(群馬)です。

Img_20190629_172413 Img_20190629_194619 さすが新潟ですと顔馴染みファン仲間も少数です。前日の富山は更に少なかったとか。今回は仲間との打ち上げは遠慮、新潟友人と2人で酒食することに。彼に予約して頂いたのは寿司割烹”伊丸”結構高級な店らしい。岩牡蠣が1,300だか1,500円(1個)、ノドグロはたった5切れで3,000円、確かに美味いけど普段は注文しないなぁ。越乃寒梅も呑んだけど、友人お勧めの”麒麟山”がやたら美味しかった。さっぱりしながらコクがある。他では見たことのない日本酒でした。

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翌30日、朝食後チェックアウト、2年前のお礼もメモに残しました。担当の方のお名前聞いておけば良かったなぁ。ホテル上にある展望台にも上り、”万代島美術館(https://banbi.pref.niigata.lg.jp/)”も観てきました。つい先日館林美術館で観た日高理恵子作品はこちらでいち早く観ていました。新潟県立近代美術館は改修工事休館中。  Img_20190630_095959 Img_20190630_103648

 

その後再度羊画廊へ。わざわざ新潟まで足を運んだのですから、1点買わせて頂きました。今月はだいぶ予算オーバーです。月末カード支払いが恐い・・・。ご朱印頂きに弥彦神社にでも周ろうと考えていたのですが、台風来襲(もう温帯低気圧になってたかも?)での雨降りでしたので億劫になり断念、公演駐車場でひと休み(ひと寝入り)して高速を一路自宅へと向かいました。S660でのドライブも楽しかったし、ホテルへの御礼も済み、充実感の高かった旅でした。なんせ森高さんライブがサブ目的になってしまうくらいですから。

2019年5月13日 (月)

「森高千里 この街TOUR2019」栃木文化会館

5月12日日曜日、森高千里さん21年振りの全国ツアーその13ヵ所目、栃木市栃木文化会館会場に参戦してきました。私自身では、狭山・桐生に続いて3ヵ所目です。今回は県庁所在地を外した選択が多く、栃木市での開催は初めてだそうです。狭山・桐生も確か初めて、他地域も結構マニアックな会場設定になっています。「追っかけをするほどのファンではないけれど、地元に来るなら行きたい」というファン層を狙っているのでしょうね。他会場も多かったけれど、今回は特に地元率が高かった気がします。

栃木県在住ですのでファン仲間からは”地元”視されるのですが、距離のわりに交通は不便、高速使って40分下道だと1時間近くかかります。電車だともっと面倒、途中乗り換えがありしかも常に接続が悪く、下手すると30分以上待たされます。年金事務所が足利にはありませんので、リタイア前は仕事上の都合でたまに来ていた程度でした。栃木市に所属するゴルフ場はよく使いますが、市街には滅多に訪れません。仕事絡み以外ではたぶん今回で2回目。もちろん「生まれてこの方」です。

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ライブは全体的にかなり盛りあがっていました。ファン仲間たちも多数参戦しています。東京帰京連中は浅草行き特急で一緒に帰りました。遠足みたいで楽しそうでしたが、足利は線が別ですので参加できません。

ただ気になったのは、イヤホンの調子が悪かったみたいでライブ中何度も気にしていて、音取りに苦労していた様子が伺えたことです。ギターの用意やウェイトレス衣装への着替えも助手が居ません。1人くらい付けてやって欲しかった。

この後、チケット購入済みは1ヶ所、未発売分ではプラス3ヵ所参戦予定です。ただ後半では競争率の高そうな会場も多く、チケット入手が心配です。

2019年3月31日 (日)

森高千里 この街tour2019 桐生市

「森高千里 この街tour2019」狭山以来の参戦2戦目、お隣桐生市での桐生市市民文化会館シルクホール会場としてのライブです。ツアーとしては8会場目になります。足利市広報活動での集まりがあり自宅出発は午後3時40分頃、5時開場5時半開演ですが駐車場を心配しました。予想された混雑でしたが、その点では一応対策は練られていたようです。4時少し過ぎに到着した私の車(家内運転の新車:26日納車の「軽」)は市職員駐車場へ。隣接の病院駐車場に誘導された方も居たようです。13年14万km走った愛車からの、維持経費を考えて買い替えた軽新車の最初の市外ドライブです。Img_20190326_135706

 

会場で顔馴染みファン仲間にご挨拶、森高さんも来月には50歳、ファン達も年季が入っています。「渡良瀬橋」で歌われた「床屋の角の公衆電話」のバーバーオザワの尾沢さんから送られたお花が会場入り口に飾られていました。お店には”早仕舞い”お知らせが貼られていましたので、会場にもお見えだったのでしょう。私達ファン仲間でもお花を送ってあります。ただそういった花は見える場所に出さないことが原則です。ファン達での競争になってしまわないような配慮なのでしょうね。

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シルクホールは1999年の映画「のど自慢」で撮影舞台となった場所です。主演は室井滋・大友康平でした。観ましたが中々面白い映画でした。UFO円盤のような特色あるデザインが印象に残る建物です。

数分の遅れで開始されたライブ内容は狭山でとほぼ同じですが何曲か入れ替わっていました。MCにはいつも通り地元ネタを交え、当日早朝?に訪れた場所やお店での話し、楽屋にケータリングした食べ物等々、「桐生天神」「花パン」「焼きまんじゅう」「ひもかわうどん」等の単語が地元客を沸かせます。いつもより饒舌で多めだったMC、ライブ終了は30分ほど押しました。Img_20190330_200959

 

終演後、電車で帰る仲間達と別れ、打ち上げ食事会参加の10名で各自分乗して足利に移動しました。当初は桐生駅近くで会場を探したのですが、東京方面に帰る人達にとっては終電が早く本数も少ないので参加は難しい、宿泊者は皆足利に宿を取ったとのことで足利に会場を変更、私馴染みの居酒屋を予約しました。ほぼ予定通りの夜9時過ぎに開宴、11時過ぎに解散しました。ノンアルコール5名は車で帰宅、宿泊4名はそれぞれの宿へ、私は歩いて帰宅です。

今朝は早くから宿泊組のFacebook書き込みがありました。渡良瀬橋・八雲神社・バーバーオザワ等。ファンにとって足利は特別な場所、地元民としては感謝に堪えません。写真は28日の八雲神社・足利公園と渡良瀬橋歌碑の桜です。今日はもっと咲いているのでしょうね。

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2019年2月 8日 (金)

今更ですが、1月26日・27日のこと。

今更ですが1月26日と27日のお出かけに関して書いておきます。1度途中まで書いたのですがPC不調で全部消えてしまい挫けました。今度また同じことでもあれば今度こそ再起不能でしょう・・・。

1月26日(土)   狭山へ。森高千里さんのライブツアー、21年振りの全国ツアー初戦に参戦です。会場は狭山市民会館、収容人数1.398人というこじんまりとした規模です。30列ある内の7列中央のチケットを確保、大規模会場と異なり最前列席前のスペースが狭いので7列というとかなり間近に見えます。今回のツアーは全国36か所37公演、その多くは県庁所在地を外して、東京の人見記念講堂の2.008人を最大に1.200~1.600人収容程度の会場が続きます。全盛期の集客力のないことを意識しての選択なのでしょうが、ファンとしてはありがたい設備規模です。

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ライブ中に森高さんが「初めてライブに来た人~?」と声をかけると、意外に多くの手が上がりました。「嘘バッカ~」と冗談かと思ったのですが、本当のことなのでしょう。「全国全公演走破!」とかの濃いファンが身近に何人も居る環境と異なり、「若い頃にCD買ったけどライブまでは行ったことが無い、今回は地元に来ることになったので”初めて”チケットを買ってみた」というファン層も当然存在するわけで。結婚・子育てで歌手活動を休止していた森高さん、ファン層も同様でライブ・音楽活動空白期間を持った人も多いと思います。埼玉県会場が狭山市と熊谷市という設定も、そういったライブ未体験層に配慮してのものかも知れません。演奏選曲も、まだツアーが続きますのでネタバレは避けますが、「初参戦の方に配慮して」シングルカットのメジャー曲ラインアップになっています。

ライブ終了後には、駅近くの居酒屋に顔見知りファン20人ばかりが集まり飲み会をやりました。こういった話をすると「本人は来るの?」という質問を受けることがあります。今回は少人数ですが、2013年の歌手復帰足利ライブ後の集まりでは全国から60数名が参加しました。その時はファンでない友人達何人もから同様の質問が繰り返しありました。彼らにすれば「本人が居ないのにファンだけで集まって何が面白い?」という感覚があるようです。門外漢にとって”ファン”はそれぞれ”見知らぬ他人”でしかないのでしょうから。しかしファンも長年やっているとライブ会場で顔を合わせる機会が増えます。「あの人前回も来てた」から会釈するようになり話しかけるようになる。そういった数人のグループができ、今度はグループ同士が繋がり段々大人数に。といった風に私の周囲でも100人規模の仲間ができていました。森高さん休止時代も、ネットを通して細々と繋がっていました。そういった仲間達にとってはライブも「同窓会」でもあり、仲間と集まるのもライブでの楽しみのひとつなのです。ファン同士で結婚した仲間も数組あります。

今晩は長野でツアー2戦目が開幕します。私の参戦次戦は3月の桐生市(群馬県)、それまでは各地参加組・全制覇組の参戦模様をネットで見ることになります。Img015

 

 

1月27日(日)   足利までは帰れませんので狭山駅前のビジネスHに宿泊、同じH泊りのファン友人と3次会で24時まで飲んでました。翌27日は少し東京を散策して帰ります。

西武新宿線に乗るのも久し振りです。進学で上京して最初に住んだのが西武新宿線沿線の中落合(駅は下落合)でした。その次が新井薬師。シーズン初めには狭山の人工スキー場で滑り初め、ライオンズのファンクラブに入っていた時期もあります。ふと思い付いて下落合で降りてみることにしました。

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駅から北に登る聖母病院通りはそのままでも、周囲の建物は全くの様変わり、”懐かしさ”が全然ありません。40年以上経っているのですからそれもそうでしょう。地方都市なら何かしらは”変わらない”景色が残っているものですが・・・。

目的地は「佐伯祐三アトリエ記念館」です。当時住んだアパートのすぐ近くにあったのですが知らずに、引っ越した後に存在を知りました。今回訪れて初めて知ったのですが、私の住んだ1972年にはまだ、佐伯夫人が住んでおられたそうです。何処かの通りですれ違ったとかもあったかも。

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記念館は再現ではあっても新築だそうです。展示作品はコピーで本物は美術館、あくまでアトリエの再現で当時の環境を垣間見るためのものです。等身大の立看もありますが身長150cm台の小柄だったそうです。ボランティアの女性に丁寧にご説明頂きました。入場無料です。その方から「中村彜アトリエ記念館」の存在を知り、梯子してみることにしました。

歩いて10数分移動、中村彜(つね)は佐伯祐三と同時代の洋画家です。両人の実際の接触は無かったそうです。

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こちらでもボランティア女性にお世話になりました。こちらも無料。できるだけ元々の素材を利用しての再現アトリエだそうです。作品はもちろんですが、椅子やテーブル等も再現品で当時使われた本物は水戸の美術館にあるそうです。中村彜は水戸藩士の息子だったとか。

しかし佐伯祐三30歳、中村彜37歳、中原悌二郎32歳、荻原守衛(碌山)30歳、この時代の作家さん、早世が多いですね。

目白駅まで歩いて昼食の後乃木坂国立新美術館へ移動。「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」、詳しくは知らない作家でしたが、ナンカ面白そうなので行ってみました。大阪外語大スペイン語学科卒からセビリア美術大学に留学、現在はベルリン芸術大学教授だそうです。海外で活躍する日本人女性、増えましたね~。

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墨絵的な大作コーナーのみ撮影可でした。全体として、興味深くはあるのですが、私のポイントからは少し外れています。

無料でしたので「日仏現代国際美術展」も入ってみましたが、語るほどのものはありません。もう少しレベル高いと期待もしたのですが。春の「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」の前売り券を買って帰りました。この春には注目展覧会が目白押しです。

2019年1月17日 (木)

「ボヘミアン・ラプソディ」

映画「ボヘミアン・ラプソディ」観てきました。「ファンでなくても感動する」との感想を聞いて観に行ったのですがその通りでした。メンバーそれぞれの、人としての描き方が魅力的でした。ドラムのロジャー・テイラー、特に濃く描かれたわけでは無いのですが「きっといい奴なんだろうな」と感じさせる、自然で好ましい演技だったと思います。そして何と言っても歌と演奏が素敵でした。過去の音源、現在のブライアン・メイとロジャー・テイラーの演奏に "公認クイーンコピーバンド"の音とを組み合わせて構成したとか。最後のライヴエイドのシーンは圧巻でしたね!涙ぐみそうなほどに。因みにベースのジョン・ディーコンは「フレディ以外のボーカルで演奏する気にならない」と事実上引退してしまったそうです。

キラー・クイーン」のヒットした1974年は大学2年生、翌1975年には初来日して大騒ぎでしたから、ファンならずともその曲は身近に聴いていました。映画中での曲のほとんどは記憶にあります。ただ、「キラー・クイーン」以外は聴いても曲名は思い浮かびませんし、曲名からメロディも浮かびません。私自身は当時はかぐや姫とかユーミンがメイン、洋楽はディスコに夢中(2次ディスコブーム)だったこともあり、アイク&ティナターナーとかのブラック系の曲を聴いていました。大学生時代はステレオもラジカセも持たずラジオだけでした。買った洋楽LPはアイク&ティナターナーとエマーソン・レイク&パーマーそれぞれ1枚ずつだけだったと思います。

フレディ・マーキュリーは私より7歳年長ですが、音楽シーンとしては同時代人といってもよいと思います。それを1番に感じたのは物語の冒頭に近い部分、メアリーの勤め先としてブティック「BIBA」が出てきたことです。1975年、ロンドンの「BIBA」で買い物しています。ツィーギーとかで時代の先端として有名になったブティックですが、同年にブランド休止していますのでギリギリでした。買ったのはジャケットとジーンズ地のブーツです。ブーツは当時流行のウエッジソール。少し前に処分しようかとも思ったのですが取っておいて良かった~。取り敢えず当分は保存しておこうと思っています。因みに、かなり細めのデザインですが、20代のその頃と体型も体重もほとんど変わりませんので今でも入ります。(笑)

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ロンドンを訪れたのは1975年の夏、スコットランドのエディンバラに2週間滞在の後ロンドン、そして中央ヨーロッパを渡り歩きました。当時ロンドンには大学美術部の先輩が在住しており、先輩の愛車中古ポルシェでケンジントンパレスコート、そしてBIBAに連れて行って貰いました。

2018年12月 9日 (日)

RINGO EXPO 18

先月25日の日曜日、椎名林檎嬢のライブに参戦しました。その後に福岡でのライブが残っていましたので、ネタバレ自粛でブログには書かないままでした。林檎さんライブは3月16日の「ひょっとしてレコ発2018」に続いて今年2度目、3月の参戦は県都宇都宮でした。

今回は「(生)林檎博'18 -不惑の余裕- 」、デビュー20年平成30年生誕40年を記念するライブとなります。しかも11月25日は林檎嬢誕生日当日でした。全国アリーナツアー、私の参戦会場は埼玉スーパーアリーナ、3月は友人と一緒でしたが今回は家内とです。埼玉県内在住の孫に栃木苺を届けたい家内は車で出発、私は電車で久喜経由さいたま新都心駅へ、グッズ売り場に並んだ後に会場近くで合流して会場入りする打ち合わせです。

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会場到着は12:55、開演は16:30です。十分に余裕を持って出発したつもりでしたが、グッズはすでに売り切れ続出でした。応援旗も売り切れ・・・、Tシャツのみ購入。応援旗は念のため前回分を持ってきていました。

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軽食を取って家内到着までの時間潰し、開演1時間少し前に無事合流しました。昔々東京での待ち合わせは大変でした。「渋谷ハチ公前」とか言ってもハチ公周辺は人が多過ぎて、更に詳しく場所設定しないとすぐには見つけられなかったものです。冗談で「ハチ公のしっぽを持っていて」とか言ったものです。駅の連絡掲示板に書いたこともありました。時代が変わり今では、詳細は到着してからスマホで確認すれば済むようになり、便利になりました。便利になればなったで「味気ない」とか昔を懐かしがったりもしますが、贅沢な天邪鬼ですね。

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林檎さんのライブは着物姿のファンが目立ちます。あとはコスプレ。コスプレは男性が多めです。あっち系なのか単なるコスプレファンなのか?でも確かに、あっち系の方々にファンの多いことも事実だと思います。以前はNHショーパブによく行きました。一時期は年1回程度、家内を連れてショーパブ巡りをしていたものです。六本木「金魚」「香和」、新宿「黒鳥の湖」とか。

大会場ですので観客の収容にも時間がかかります。今回はスマホチケットです。転売防止目的もあるのでしょうが慣れないのでどうも不安です。アプリのダウンロードやチケット取得、「失敗したら・・・」とドキドキものでした。ま、なんとか無事入場出来ました。一般販売だと今まで通りの紙チケットもあるようです。

定時に10数分遅れて開演、いきなりの光と音の洪水の中🍎嬢が登場です!出だしは「丸の内サディスティック」、そしてそのまま、いつものごとく、MC無しで歌い続けます。出演者紹介もバックスクリーンでの画像での紹介、映画のエンドロールのように。音の迫力にはいつも圧倒されます。春は宇都宮でしたので、地方の会館級ですと設備的に構成に制約が出てしまいます。その点さすがスーパーアリーナです、派手に華々しく複雑な照明装置・デジタル画像での演出が独特の世界に導かれ興奮のるつぼに。そりゃもう大変です。

曲目はメモしていませんし、聴いても記憶できない(笑)。それどころか曲名が思い出せないしそれ以前にあんまり記憶していません。ファン失格かな?歳取ると記憶が定着されないのです。「あああれ、ほら東京事変当時の」とかで済ましてしまいます。1番印象深かったのは、昭和の名曲ヒット曲「学園天国」でした。中々良かったですね。

今回は不惑40歳記念でしかも誕生日当日なので(他の日も?)ゲストが多く賑やかでした。トップ登場はヒイズミマサユ機、続いて浮雲。そしてトータス松本からエレファントカシマシの宮本浩次、最後はアンコール時でのレキシ(池田貴史)と会場が盛り上がるラインナップでした。ま私は、後の2人はあんまり知らんのですが・・・。珍しくそのお2人とグダグダトークを交わす林檎さん、通常ライブではほとんどMC無しで進みますので意外な展開です。しかし面白かった。いつも時間きっちりに終了する林檎さんライブ、その分だけ時間押しとなりました。2時間少々に凝縮された濃厚な時間でした。

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来年は2020年オリンピックの準備で忙しくなりますからライブはないのかな?OP前哨戦ライブとかやって欲しいけど。

2015年10月11日 (日)

『The Dance Moritaka Nights』

森高千里さんのライブ、『The Dance Moritaka Nights』初日の8日(木)に参戦してきました。会場は赤坂BLITZ、スタンディングです。前回の青山ブルーノートではALL外れで複数枚確保していた友人に救われましたので、2枚申し込んでみました。しかし今回は仲間内での当選確率がよく、チケット引受先が見つかりませんでした。結局1枚無駄にしてしまいました。私の場合、一般的森高さんファン層よりもひと世代以上離れています。同年代にはファンは少なく(というか1人も知りません)、しかも地方在住ですので、平日に東京まで出かけて行く人を探すのは至難の業。東京在住の友人達にも誘いをかけてみたのですが、元々ファンでない上に”スタンディング”がネックになってしまいました。2Fの座席でしたら多少の可能性もあったのでしょうが、こちらは座席数の少ないせいか抽選に外れてしまっています。

8日午後に足利を出発。去る7月24日より、東武線足利市駅とJR両毛線足利駅での発着時の駅メロディが「渡良瀬橋」になっています。(http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/page/moritakachisato-ashikagataishi.html) 当日は足利市長出席の記念式典が開かれ、森高さんからのメッセージが披露されました。地元アイドル・渡良瀬橋43のメンバーも浴衣姿でお手伝いしていました。駅メロ採用を記念して、両駅に特設コーナーが設けられました。写真は最後の2枚のみ、JR足利駅でのものです。

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その東武線足利市駅での特設コーナーも、9月末をもって終了しました。存続を望むファンの声も駅や市に寄せられたようですが、コーナーでの展示は年間スケジュールが決まっており、そのままでの継続は最初から無理だったようで予定通り一旦終了しました。しかし8日、森高さんライブでの上京の折に確認すると、お隣に新たにコーナーが設けられ、展示内容は寂しいですが一応復活していました。

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さて、話は森高さんライブに戻ります。赤坂BLITZは千代田線赤坂駅直通ですので北千住乗り換えで一直線、足利からは比較的便利な立地です。しかし敢えて赤坂見附駅を目的駅にしてみました。学生時代赤坂は私の行動圏でした。所属した美術部で何度か赤坂の画廊を利用したことがありましたし、夜な夜なのディスコ通いの場所でもありました。当時は高級品で学生には高すぎたケンタッキー・フライド・チキンを(先輩のおごりで)初めて食べたのも赤坂でした。当時は渋谷にはまだ店がなかったのです。他にバンジョーの生演奏のあるピザ専門店があったり、赤坂は”大人の匂い”のするちょっと背伸びの街でした。TBS前のカレーレストラン「トップス」のチーズケーキも好きでした。BLITZタワーの地下にまだ店があるとのことで覗いてみたのですが、ファストフード店的な”ただのカレー屋”になっていました。ケーキは店内でのケーキセットのみ、店頭販売はしていませんでした。響きの懐かしい一ツ木通りを歩いてみました。雰囲気は残っていましたが見覚えのある店はありません。BLITZ界隈の風景に至っては、全くの別世界です。

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開場は18:00ですが、グッズの販売コーナーが設置されていますので、会場前にはすでに見知った顔が参集していました。ご挨拶かたわら森高さんが表紙の足利市広報誌「あしかがみ(http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/page/ashikagami201509.html)」と渡良瀬橋缶バッヂを少数ですが配らせていただきました。今回の「あしかがみ」、一時市役所の配布コーナーから姿を消すほどの人気でした。市広報誌としては異例の出来事です。

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スタンディングは番号順での入場です。私の番号は74番、かなり良い番号です。ロッカーに荷物をしまいできる限り身軽にします。当日はさほど寒くなく、Tシャツ(前回ブルーノートグッズの赤シャツにしました)で支障なかったのは助かりました。ほぼ予定通りに入場開始、番号順に呼ばれますが、1番2番を始め早い番号の該当者がかなりの数居ません。平日の6時ですので仕事が終わらず間に合わない人も多かったのでしょう。「早く入れる権利」だけですので、時間に間に合わなければ、どんなに良い番号でもただの入場券になってしまいます。

スタンディング、演奏時間中はそれでも良いのですが、待ち時間は疲れます。限られたスペース内で何もせずじっとしているのは苦痛でした。折角手ぶらにしたのに、ワンドリンク制500円で買わされたペットボトルが邪魔です。引き換えは終演後にすればよかった・・・。ちなみに早い者順の立ち位置は前から3列目、以前の林檎さんライブでのオールスタンディングとは異なり、年代層の高いせいか押し合いもありませんでした。

ほぼ時間通り(2~3分遅れ?)に森高さんが登場、最初は少人数、途中からベースとギター(鈴木マリア)が加わります。今回は”The Dance Moritaka Nights”とのテーマですので、全曲いつもと違うアレンジが加えられています。「皆さんクラブに行きたくなりませんか~?」との呼びかけ。しかし昔燃えたディスコ的な盛り上がりにはなりません。そりゃそうでしょう。目の前に森高さんが居て歌ってるのですから、ダンスに集中できるはずもありません。もうひとつ”ディスコ”にならない理由、16歳年下の森高さんのイメージは”クラブ”なせいもあるのかも知れません。ディスコとクラブ、違いがよく判りませんが、音楽は異なります。ロックンロールやソウル系で踊った私達の時代ですので、テクノや今回のライブでのアレンジではリズムが遅過ぎてノリが難しくなります。

同じ Dance Moritaka でも私と森高世代ファンとでは感じ方がかなり異なったと思います。一般的に”ディスコブーム”というと「マハラジャ」や「ジュリアナ」を思い浮かべる人が多いと思います。「麻布十番マハラジャ」が1984年、「ジュリアナ東京」は1991年ですので、共に私が東京を離れてからのブームでした。私の通ったディスコは赤坂の「ムゲン」「ビブロス」「マンハッタン」、映画「サタデーナイトフィーバー」での第一次ディスコブームより更に前の時代です。「ムゲン」は日本でのディスコの走りとも言われ、芸能人も多く通っていたと言われます。私も「ビブロス」では当時10代ですでにデビューしていたアン・ルイスと2度遭遇したことがあります。

さて今回の「The Dance Moritaka Nights」での評価、40代前後の本来の森高さんファンの感じ方はどうだったのだろう?ネット上でのファン評価は良いものしか見ません。私自身は、世代的な差もあるのでしょうが、あまり良い評価にはなりません。かなりのダンス好きで今でもそこそこ踊れるつもりでいますが、私の感覚では「Dance Nights」にはなり得ないアレンジでした。森高さん世代での第一次・第二次ディスコブームでのユーロビートとも離れているように思います。”クラブ”イメージでのアレンジだったのでしょうか? それだと対象世代がずれてしまうように思うのですが・・・。懐かしい「拾った財布」を聴けたのは嬉しかったですが、「私がオバさんになっても」のアレンジは納得できません。「Dance Nights」をテーマにするならせめて、ユーロビートアレンジにして欲しかった。ディスコ好きでダンス好きで、勝手にイメージして出かけてしまった訳ですが、あれなら普段通りのライブの方が良かった気がしてしまっています。会場風景の写真は森高さんFacebookからお借りしました。

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2015年7月26日 (日)

「渡良瀬橋」足利市駅・足利駅の駅メロディに

2日遅れになってしまいました。一昨日の24日(金)より、東武線足利市駅・JR足利駅の両駅で、列車到着を知らせるブザーの代わりに森高千里さんのヒット曲「渡良瀬橋」のメロディが流れるようになりました。当日はそれぞれの駅で足利市長・観光協会長、そして足利ゆるキャラ”尊氏クン”、地元アイドル”渡良瀬橋43”が登場しての記念イベントが行われました。足利市駅(東武)では10時10分より、足利駅(JR)では12時40分より、それぞれ市長他の挨拶の後列車到着メロディが披露され、渡良瀬橋夕日の記念ポストカードが配られました。駅にはNHK宇都宮や栃木TV・わたらせTV、下野新聞他の報道陣に混じって、お揃いの渡良瀬橋Tシャツ(2013年ライブでのツアーグッズ)姿のファン、そして「17才」時のコスプレ衣装の女性ファンも登場、報道陣の注目を浴びていました。

残念ながら私は当日は仕事でイベントには参加できず、東武足利市駅のみ、代わりに家内に行って貰いスマホで写真を撮ってきて貰いました。記念イベントは最初に改札口外にて市長他の挨拶があり、その後ホームに移動して、駅メロ変更後の最初の列車「りょうもう7号」到着を待ったそうです。渡良瀬橋43は、浴衣姿で降車客・ファンに記念品を手渡していました。この模様はNHK他(”他”は地元ローカル局ですが)の夕方の番組内で紹介されました。

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東武線足利駅構内(改札口内)には特設コーナーも設けられ、ポスターやCD、森高さんのサインや寄せられたメッセージが展示してあります。イベント会場に手持ちのコレクションを持ち込んだファンも居ました。

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私も仕事帰りの夕方、入場券を買って構内の展示を見学、到着メロディも聴いてきました。イベント参加後に市内散策をしていたファン仲間数人にも逢うことがことができました。

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よく見ると朝と若干展示内容が変わっていますね。それはイベント時は市長が手に持って公開していたから。終了後にケースの中に戻した、ということだったようです。

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JR足利駅(両毛線足利駅)には今日になって行ってきました。こちらの展示はサイン・メッセージ入りポスター1枚だけでした。

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24日の駅メロ変更に合わせて、森高千里さんの「あしかが輝き大使」就任も発表されました。市出身者以外では、勝俣州和さんに続いて2人目です。これを機会に足利市と森高さんの絆が一層深まることを願います。できればライブの機会も・・・。

2015年6月29日 (月)

森高千里 Special Live vol.2 In Blue Note TOKYO

表題の「森高千里Special Live vol.2 in Blue Note Tokyo」行ってきました。6/27・28の土日各2回公演でしたが、私の参加したのは土曜日の2回目、つまりは最終公演です。活動が活発になって、「水曜歌謡祭」での司会も影響しているのかも知れません、チケット入手が困難になっています。今年初めに行われた「vol.1」は抽選に外れ、今回も外れてしまって涙を飲んだファンは多かったようです。参加できてラッキーでした。

午後早めの時間に東京到着、宿にチェックイン。当日は偶然にも、地元でアイドル活動をしている「渡良瀬橋43」の”初東京ソロライブ”の日でもありました。と言うことで品川に移動、駅近くの「東京アイドル劇場」に立ち寄りました。さすが東京、こんな場所もあるのですね。知りませんでした。チケットは1,200円。アイドルグループ巡りのできる「通し券(1日券)」もあるそうです。誰々のファン、というだけでなく、”アイドル”というジャンルそのもののファンも居るのでしょうね。私自身はどちらかというとアイドル系は苦手、「渡良瀬橋43」も、”地元愛”故での応援です。今年の(第101回)足利花火大会では、国宝鑁阿寺境内でのライブも予定しているとの告知もありました。それも楽しみです。足利市活性化に繋がると良いのですが。

ステージはグループ名にもなっている森高千里さんの名曲「渡良瀬橋」で始まりました。小学生と高校生と、年齢の離れた5人組ですが、そこまでの年齢差は感じません。中学生の居ないのは、やはり受験が影響しているのでしょうか?集まった観客は40名程度、地元でのライブでよく見る顔が大半ですが、地元以外のファンも徐々に増えていると聞いています。http://watarasebashi.com/

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一旦宿に戻って一休み。風呂を浴びてさっぱりしたところで再び出発、いよいよ本番です。会場は「Blue Note Tokyo(http://www.bluenote.co.jp/jp/)」、通常はジャズライブの行われいてる会場です。JCB主催のイベントですので、ブルーノートHPでは両日は「PRIVATE」表示になっていました。ディナーショーというものには、地元でのイベントのみ、本格的なものでは初体験です。ジャズバーも韓国でのみ、国内ではほとんど経験がありません。

店は地下鉄表参道駅から数分の位置にあります。学生時代での活動の場でしたが、もう、知った店が全く残っていません。様変わりが激しいです。開場20分ほど前に到着。店前の通りには、ブランドショップが並ぶ界隈には似つかわしくない?中年オヤジが屯していました。見知った顔も多数。

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開場時間(19時)2分後に率先して入場。初体験に少々ドキドキ。お祝いの生花の中には、ファン有志で贈らせて頂いたものも。今回はブルーノートのイメージに合わせて”青”企画でした。幹事の(花屋さんの?)センスに感謝です。

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良い席とは知ってはいたのですが、テーブルについてみて実感です。ステージ直前の6人掛けテーブルで私は3席目。テーブルとステージとはほとんとくっついていますので、コンサートホールでの「3列目」とは全く比較になりません。やたら近~い!やばい!心を落ち着けるためにワインを注文。チケットには飲食代は含まれておらず別会計になります。ワンドリンクでOKなのですが、滅多にない機会ですので、アペリティフもオーダー、ワインのお代りもしてしまいました。締めて5,000円ナリ。Tシャツも買いましたので結構な散在になりました。写真では欠けていますが、Tシャツ右下には森高さんご本人映像がプリントされてあります。これは買わざるを得ないでしょう。しかし、森高さんイベント以外ではちょっと着れないなぁ・・・。Tシャツの上のコースターは座席券です。

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正確なセットリストは憶えていません。ただ、「叔母さん」を歌って貰えたのは嬉しかった!代表的ヒット曲「私がオバさんになっても」ではありませんよ。同じアルバム(「ROCK ALIBE」)に収録されていますが、わりと地味な曲です。先にも書きましたが、私自身は”アイドル”に夢中になった時期がありません。百恵も淳子も、もちろん聖子も、一般的にアイドルと呼ばれている人のCDは”ほとんど”買ったことがありません。唯一の例外はアヤヤの「渡良瀬橋(カバー)」位だと思います。「森高千里は?」との反論もお在りかと思いますが、元々彼女の場合、逆に”アイドル”との一般的な位置付けが壁となっていた感があります。「ファンとして」ではなく、「カラオケ宴会の景気付けに」との思いで当時のヒット曲「私がオバさんに~」を憶えようと買ったアルバムが「ROCK ALIVE」でした。そのアルバムで印象に残ったのが「叔母さん」でした。何と言うか、説明が難しいのですが、森高さんの作詞、当初は「中学生の作文か?」との感想でした。ただだらだらと書き連ねているだけ、との印象でした。最初に聴いた時は結構批判的でした。ただ、脳裏に残ってしまうのです。ヘンに癖になります。学生時代、初めて本格的なインドカレーを食べた時のよう。渋谷に”本格インドカレー屋”ができたとの話で好奇心で食べに行った店、頭の中はすっかり”カレー臨戦態勢”でした。この場合の”カレー”はもちろんジャパンカレーです。40年もの昔、渋谷と言えども、本格インドカレーはまだ一般的ではありませんでした。食べたカレーは想像と全く異なっていました。食べた瞬間は「なんじゃこりゃ?」でした。期待していたカレー脳は全く裏切られました。不満足で帰ったのですが、その翌日から”本格インドカレー”が脳裏をグルグル駆け回ります。ちょっとした麻薬でしたね。森高ワールドも同様です。聴いた直後の反発が逆に作用、徐々に、麻薬的に頭を離れなくなってしまったのです。恋も嘆きも切なさも無く、単に「母親の妹」の叔母さんを語った歌です。(実際の森高さんお叔母さんを歌ったわけではありません)それまでの一般的な歌謡詩にはなかった世界です。ですので私にとっての当時の森高さんは、”革新的詩人”としての立ち位置でした。その、森高ワールドに嵌る切っ掛けになった曲、「叔母さん」はライブで歌われることはほとんどなかった(多分。少なくとも私の参加したライブでは)曲でした。生歌ではこれも初体験でした。

周囲の席に顔見知りファンが多かった心強さもあり、おおいに楽しみのりのりに過ごした濃厚な時間でした。ワインのほろ酔いもあったかも知れません。複雑に素材を組み合わせた?キラキラ衣装も素敵でした。そして何度も言いますが「近かった~!」森高さんのトークもトチリも絶好調でした!「飲~も~お~」の「気分爽快」では、森高さんの「倒さないでくださいね」に合わせて?飲み物を倒す絶好タイミングのファンも居て、ファンとのコラボも神業でした。ご本人から「vol.3も!?」との、希望だか願望だか告知?だかの言葉もありましたが、是非実現させて欲しいです。くじ運悪いので、その点が不安ではありますが・・・。写真は主催のJCBのHPからお借りしました。今回のリポートはまだ載っていませんので、前回(今年1月)でのものです。最終公演ならではのダブルアンコール、曲目は「渡良瀬橋」でした。(「渡良瀬橋43」に続いて)この日2回目の、今度はご本家の「渡良瀬橋」です。もう、ちょっと感極まってしまっていました。また是非おいでください、足利に。

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