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2019年2月 8日 (金)

今更ですが、1月26日・27日のこと。

今更ですが1月26日と27日のお出かけに関して書いておきます。1度途中まで書いたのですがPC不調で全部消えてしまい挫けました。今度また同じことでもあれば今度こそ再起不能でしょう・・・。

1月26日(土)   狭山へ。森高千里さんのライブツアー、21年振りの全国ツアー初戦に参戦です。会場は狭山市民会館、収容人数1.398人というこじんまりとした規模です。30列ある内の7列中央のチケットを確保、大規模会場と異なり最前列席前のスペースが狭いので7列というとかなり間近に見えます。今回のツアーは全国36か所37公演、その多くは県庁所在地を外して、東京の人見記念講堂の2.008人を最大に1.200~1.600人収容程度の会場が続きます。全盛期の集客力のないことを意識しての選択なのでしょうが、ファンとしてはありがたい設備規模です。

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ライブ中に森高さんが「初めてライブに来た人~?」と声をかけると、意外に多くの手が上がりました。「嘘バッカ~」と冗談かと思ったのですが、本当のことなのでしょう。「全国全公演走破!」とかの濃いファンが身近に何人も居る環境と異なり、「若い頃にCD買ったけどライブまでは行ったことが無い、今回は地元に来ることになったので”初めて”チケットを買ってみた」というファン層も当然存在するわけで。結婚・子育てで歌手活動を休止していた森高さん、ファン層も同様でライブ・音楽活動空白期間を持った人も多いと思います。埼玉県会場が狭山市と熊谷市という設定も、そういったライブ未体験層に配慮してのものかも知れません。演奏選曲も、まだツアーが続きますのでネタバレは避けますが、「初参戦の方に配慮して」シングルカットのメジャー曲ラインアップになっています。

ライブ終了後には、駅近くの居酒屋に顔見知りファン20人ばかりが集まり飲み会をやりました。こういった話をすると「本人は来るの?」という質問を受けることがあります。今回は少人数ですが、2013年の歌手復帰足利ライブ後の集まりでは全国から60数名が参加しました。その時はファンでない友人達何人もから同様の質問が繰り返しありました。彼らにすれば「本人が居ないのにファンだけで集まって何が面白い?」という感覚があるようです。門外漢にとって”ファン”はそれぞれ”見知らぬ他人”でしかないのでしょうから。しかしファンも長年やっているとライブ会場で顔を合わせる機会が増えます。「あの人前回も来てた」から会釈するようになり話しかけるようになる。そういった数人のグループができ、今度はグループ同士が繋がり段々大人数に。といった風に私の周囲でも100人規模の仲間ができていました。森高さん休止時代も、ネットを通して細々と繋がっていました。そういった仲間達にとってはライブも「同窓会」でもあり、仲間と集まるのもライブでの楽しみのひとつなのです。ファン同士で結婚した仲間も数組あります。

今晩は長野でツアー2戦目が開幕します。私の参戦次戦は3月の桐生市(群馬県)、それまでは各地参加組・全制覇組の参戦模様をネットで見ることになります。Img015

1月27日(日)   足利までは帰れませんので狭山駅前のビジネスHに宿泊、同じH泊りのファン友人と3次会で24時まで飲んでました。翌27日は少し東京を散策して帰ります。

西武新宿線に乗るのも久し振りです。進学で上京して最初に住んだのが西武新宿線沿線の中落合(駅は下落合)でした。その次が新井薬師。シーズン初めには狭山の人工スキー場で滑り初め、ライオンズのファンクラブに入っていた時期もあります。ふと思い付いて下落合で降りてみることにしました。

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駅から北に登る聖母病院通りはそのままでも、周囲の建物は全くの様変わり、”懐かしさ”が全然ありません。40年以上経っているのですからそれもそうでしょう。地方都市なら何かしらは”変わらない”景色が残っているものですが・・・。

目的地は「佐伯祐三アトリエ記念館」です。当時住んだアパートのすぐ近くにあったのですが知らずに、引っ越した後に存在を知りました。今回訪れて初めて知ったのですが、私の住んだ1972年にはまだ、佐伯夫人が住んでおられたそうです。何処かの通りですれ違ったとかもあったかも。

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記念館は再現ではあっても新築だそうです。展示作品はコピーで本物は美術館、あくまでアトリエの再現で当時の環境を垣間見るためのものです。等身大の立看もありますが身長150cm台の小柄だったそうです。ボランティアの女性に丁寧にご説明頂きました。入場無料です。その方から「中村彜アトリエ記念館」の存在を知り、梯子してみることにしました。

歩いて10数分移動、中村彜(つね)は佐伯祐三と同時代の洋画家です。両人の実際の接触は無かったそうです。

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こちらでもボランティア女性にお世話になりました。こちらも無料。できるだけ元々の素材を利用しての再現アトリエだそうです。作品はもちろんですが、椅子やテーブル等も再現品で当時使われた本物は水戸の美術館にあるそうです。中村彜は水戸藩士の息子だったとか。

しかし佐伯祐三30歳、中村彜37歳、中原悌二郎32歳、荻原守衛(碌山)30歳、この時代の作家さん、早世が多いですね。

目白駅まで歩いて昼食の後乃木坂国立新美術館へ移動。「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」、詳しくは知らない作家でしたが、ナンカ面白そうなので行ってみました。大阪外語大スペイン語学科卒からセビリア美術大学に留学、現在はベルリン芸術大学教授だそうです。海外で活躍する日本人女性、増えましたね~。

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墨絵的な大作コーナーのみ撮影可でした。全体として、興味深くはあるのですが、私のポイントからは少し外れています。

無料でしたので「日仏現代国際美術展」も入ってみましたが、語るほどのものはありません。もう少しレベル高いと期待もしたのですが。春の「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」の前売り券を買って帰りました。この春には注目展覧会が目白押しです。

2019年1月17日 (木)

「ボヘミアン・ラプソディ」

映画「ボヘミアン・ラプソディ」観てきました。「ファンでなくても感動する」との感想を聞いて観に行ったのですがその通りでした。メンバーそれぞれの、人としての描き方が魅力的でした。ドラムのロジャー・テイラー、特に濃く描かれたわけでは無いのですが「きっといい奴なんだろうな」と感じさせる、自然で好ましい演技だったと思います。そして何と言っても歌と演奏が素敵でした。過去の音源、現在のブライアン・メイとロジャー・テイラーの演奏に "公認クイーンコピーバンド"の音とを組み合わせて構成したとか。最後のライヴエイドのシーンは圧巻でしたね!涙ぐみそうなほどに。因みにベースのジョン・ディーコンは「フレディ以外のボーカルで演奏する気にならない」と事実上引退してしまったそうです。

キラー・クイーン」のヒットした1974年は大学2年生、翌1975年には初来日して大騒ぎでしたから、ファンならずともその曲は身近に聴いていました。映画中での曲のほとんどは記憶にあります。ただ、「キラー・クイーン」以外は聴いても曲名は思い浮かびませんし、曲名からメロディも浮かびません。私自身は当時はかぐや姫とかユーミンがメイン、洋楽はディスコに夢中(2次ディスコブーム)だったこともあり、アイク&ティナターナーとかのブラック系の曲を聴いていました。大学生時代はステレオもラジカセも持たずラジオだけでした。買った洋楽LPはアイク&ティナターナーとエマーソン・レイク&パーマーそれぞれ1枚ずつだけだったと思います。

フレディ・マーキュリーは私より7歳年長ですが、音楽シーンとしては同時代人といってもよいと思います。それを1番に感じたのは物語の冒頭に近い部分、メアリーの勤め先としてブティック「BIBA」が出てきたことです。1975年、ロンドンの「BIBA」で買い物しています。ツィーギーとかで時代の先端として有名になったブティックですが、同年にブランド休止していますのでギリギリでした。買ったのはジャケットとジーンズ地のブーツです。ブーツは当時流行のウエッジソール。少し前に処分しようかとも思ったのですが取っておいて良かった~。取り敢えず当分は保存しておこうと思っています。因みに、かなり細めのデザインですが、20代のその頃と体型も体重もほとんど変わりませんので今でも入ります。(笑)

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ロンドンを訪れたのは1975年の夏、スコットランドのエディンバラに2週間滞在の後ロンドン、そして中央ヨーロッパを渡り歩きました。当時ロンドンには大学美術部の先輩が在住しており、先輩の愛車中古ポルシェでケンジントンパレスコート、そしてBIBAに連れて行って貰いました。

2018年12月 9日 (日)

RINGO EXPO 18

先月25日の日曜日、椎名林檎嬢のライブに参戦しました。その後に福岡でのライブが残っていましたので、ネタバレ自粛でブログには書かないままでした。林檎さんライブは3月16日の「ひょっとしてレコ発2018」に続いて今年2度目、3月の参戦は県都宇都宮でした。

今回は「(生)林檎博'18 -不惑の余裕- 」、デビュー20年平成30年生誕40年を記念するライブとなります。しかも11月25日は林檎嬢誕生日当日でした。全国アリーナツアー、私の参戦会場は埼玉スーパーアリーナ、3月は友人と一緒でしたが今回は家内とです。埼玉県内在住の孫に栃木苺を届けたい家内は車で出発、私は電車で久喜経由さいたま新都心駅へ、グッズ売り場に並んだ後に会場近くで合流して会場入りする打ち合わせです。

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会場到着は12:55、開演は16:30です。十分に余裕を持って出発したつもりでしたが、グッズはすでに売り切れ続出でした。応援旗も売り切れ・・・、Tシャツのみ購入。応援旗は念のため前回分を持ってきていました。

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軽食を取って家内到着までの時間潰し、開演1時間少し前に無事合流しました。昔々東京での待ち合わせは大変でした。「渋谷ハチ公前」とか言ってもハチ公周辺は人が多過ぎて、更に詳しく場所設定しないとすぐには見つけられなかったものです。冗談で「ハチ公のしっぽを持っていて」とか言ったものです。駅の連絡掲示板に書いたこともありました。時代が変わり今では、詳細は到着してからスマホで確認すれば済むようになり、便利になりました。便利になればなったで「味気ない」とか昔を懐かしがったりもしますが、贅沢な天邪鬼ですね。

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林檎さんのライブは着物姿のファンが目立ちます。あとはコスプレ。コスプレは男性が多めです。あっち系なのか単なるコスプレファンなのか?でも確かに、あっち系の方々にファンの多いことも事実だと思います。以前はNHショーパブによく行きました。一時期は年1回程度、家内を連れてショーパブ巡りをしていたものです。六本木「金魚」「香和」、新宿「黒鳥の湖」とか。

大会場ですので観客の収容にも時間がかかります。今回はスマホチケットです。転売防止目的もあるのでしょうが慣れないのでどうも不安です。アプリのダウンロードやチケット取得、「失敗したら・・・」とドキドキものでした。ま、なんとか無事入場出来ました。一般販売だと今まで通りの紙チケットもあるようです。

定時に10数分遅れて開演、いきなりの光と音の洪水の中🍎嬢が登場です!出だしは「丸の内サディスティック」、そしてそのまま、いつものごとく、MC無しで歌い続けます。出演者紹介もバックスクリーンでの画像での紹介、映画のエンドロールのように。音の迫力にはいつも圧倒されます。春は宇都宮でしたので、地方の会館級ですと設備的に構成に制約が出てしまいます。その点さすがスーパーアリーナです、派手に華々しく複雑な照明装置・デジタル画像での演出が独特の世界に導かれ興奮のるつぼに。そりゃもう大変です。

曲目はメモしていませんし、聴いても記憶できない(笑)。それどころか曲名が思い出せないしそれ以前にあんまり記憶していません。ファン失格かな?歳取ると記憶が定着されないのです。「あああれ、ほら東京事変当時の」とかで済ましてしまいます。1番印象深かったのは、昭和の名曲ヒット曲「学園天国」でした。中々良かったですね。

今回は不惑40歳記念でしかも誕生日当日なので(他の日も?)ゲストが多く賑やかでした。トップ登場はヒイズミマサユ機、続いて浮雲。そしてトータス松本からエレファントカシマシの宮本浩次、最後はアンコール時でのレキシ(池田貴史)と会場が盛り上がるラインナップでした。ま私は、後の2人はあんまり知らんのですが・・・。珍しくそのお2人とグダグダトークを交わす林檎さん、通常ライブではほとんどMC無しで進みますので意外な展開です。しかし面白かった。いつも時間きっちりに終了する林檎さんライブ、その分だけ時間押しとなりました。2時間少々に凝縮された濃厚な時間でした。

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来年は2020年オリンピックの準備で忙しくなりますからライブはないのかな?OP前哨戦ライブとかやって欲しいけど。

2015年10月11日 (日)

『The Dance Moritaka Nights』

森高千里さんのライブ、『The Dance Moritaka Nights』初日の8日(木)に参戦してきました。会場は赤坂BLITZ、スタンディングです。前回の青山ブルーノートではALL外れで複数枚確保していた友人に救われましたので、2枚申し込んでみました。しかし今回は仲間内での当選確率がよく、チケット引受先が見つかりませんでした。結局1枚無駄にしてしまいました。私の場合、一般的森高さんファン層よりもひと世代以上離れています。同年代にはファンは少なく(というか1人も知りません)、しかも地方在住ですので、平日に東京まで出かけて行く人を探すのは至難の業。東京在住の友人達にも誘いをかけてみたのですが、元々ファンでない上に”スタンディング”がネックになってしまいました。2Fの座席でしたら多少の可能性もあったのでしょうが、こちらは座席数の少ないせいか抽選に外れてしまっています。

8日午後に足利を出発。去る7月24日より、東武線足利市駅とJR両毛線足利駅での発着時の駅メロディが「渡良瀬橋」になっています。(http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/page/moritakachisato-ashikagataishi.html) 当日は足利市長出席の記念式典が開かれ、森高さんからのメッセージが披露されました。地元アイドル・渡良瀬橋43のメンバーも浴衣姿でお手伝いしていました。駅メロ採用を記念して、両駅に特設コーナーが設けられました。写真は最後の2枚のみ、JR足利駅でのものです。

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その東武線足利市駅での特設コーナーも、9月末をもって終了しました。存続を望むファンの声も駅や市に寄せられたようですが、コーナーでの展示は年間スケジュールが決まっており、そのままでの継続は最初から無理だったようで予定通り一旦終了しました。しかし8日、森高さんライブでの上京の折に確認すると、お隣に新たにコーナーが設けられ、展示内容は寂しいですが一応復活していました。

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さて、話は森高さんライブに戻ります。赤坂BLITZは千代田線赤坂駅直通ですので北千住乗り換えで一直線、足利からは比較的便利な立地です。しかし敢えて赤坂見附駅を目的駅にしてみました。学生時代赤坂は私の行動圏でした。所属した美術部で何度か赤坂の画廊を利用したことがありましたし、夜な夜なのディスコ通いの場所でもありました。当時は高級品で学生には高すぎたケンタッキー・フライド・チキンを(先輩のおごりで)初めて食べたのも赤坂でした。当時は渋谷にはまだ店がなかったのです。他にバンジョーの生演奏のあるピザ専門店があったり、赤坂は”大人の匂い”のするちょっと背伸びの街でした。TBS前のカレーレストラン「トップス」のチーズケーキも好きでした。BLITZタワーの地下にまだ店があるとのことで覗いてみたのですが、ファストフード店的な”ただのカレー屋”になっていました。ケーキは店内でのケーキセットのみ、店頭販売はしていませんでした。響きの懐かしい一ツ木通りを歩いてみました。雰囲気は残っていましたが見覚えのある店はありません。BLITZ界隈の風景に至っては、全くの別世界です。

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開場は18:00ですが、グッズの販売コーナーが設置されていますので、会場前にはすでに見知った顔が参集していました。ご挨拶かたわら森高さんが表紙の足利市広報誌「あしかがみ(http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/page/ashikagami201509.html)」と渡良瀬橋缶バッヂを少数ですが配らせていただきました。今回の「あしかがみ」、一時市役所の配布コーナーから姿を消すほどの人気でした。市広報誌としては異例の出来事です。

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スタンディングは番号順での入場です。私の番号は74番、かなり良い番号です。ロッカーに荷物をしまいできる限り身軽にします。当日はさほど寒くなく、Tシャツ(前回ブルーノートグッズの赤シャツにしました)で支障なかったのは助かりました。ほぼ予定通りに入場開始、番号順に呼ばれますが、1番2番を始め早い番号の該当者がかなりの数居ません。平日の6時ですので仕事が終わらず間に合わない人も多かったのでしょう。「早く入れる権利」だけですので、時間に間に合わなければ、どんなに良い番号でもただの入場券になってしまいます。

スタンディング、演奏時間中はそれでも良いのですが、待ち時間は疲れます。限られたスペース内で何もせずじっとしているのは苦痛でした。折角手ぶらにしたのに、ワンドリンク制500円で買わされたペットボトルが邪魔です。引き換えは終演後にすればよかった・・・。ちなみに早い者順の立ち位置は前から3列目、以前の林檎さんライブでのオールスタンディングとは異なり、年代層の高いせいか押し合いもありませんでした。

ほぼ時間通り(2~3分遅れ?)に森高さんが登場、最初は少人数、途中からベースとギター(鈴木マリア)が加わります。今回は”The Dance Moritaka Nights”とのテーマですので、全曲いつもと違うアレンジが加えられています。「皆さんクラブに行きたくなりませんか~?」との呼びかけ。しかし昔燃えたディスコ的な盛り上がりにはなりません。そりゃそうでしょう。目の前に森高さんが居て歌ってるのですから、ダンスに集中できるはずもありません。もうひとつ”ディスコ”にならない理由、16歳年下の森高さんのイメージは”クラブ”なせいもあるのかも知れません。ディスコとクラブ、違いがよく判りませんが、音楽は異なります。ロックンロールやソウル系で踊った私達の時代ですので、テクノや今回のライブでのアレンジではリズムが遅過ぎてノリが難しくなります。

同じ Dance Moritaka でも私と森高世代ファンとでは感じ方がかなり異なったと思います。一般的に”ディスコブーム”というと「マハラジャ」や「ジュリアナ」を思い浮かべる人が多いと思います。「麻布十番マハラジャ」が1984年、「ジュリアナ東京」は1991年ですので、共に私が東京を離れてからのブームでした。私の通ったディスコは赤坂の「ムゲン」「ビブロス」「マンハッタン」、映画「サタデーナイトフィーバー」での第一次ディスコブームより更に前の時代です。「ムゲン」は日本でのディスコの走りとも言われ、芸能人も多く通っていたと言われます。私も「ビブロス」では当時10代ですでにデビューしていたアン・ルイスと2度遭遇したことがあります。

さて今回の「The Dance Moritaka Nights」での評価、40代前後の本来の森高さんファンの感じ方はどうだったのだろう?ネット上でのファン評価は良いものしか見ません。私自身は、世代的な差もあるのでしょうが、あまり良い評価にはなりません。かなりのダンス好きで今でもそこそこ踊れるつもりでいますが、私の感覚では「Dance Nights」にはなり得ないアレンジでした。森高さん世代での第一次・第二次ディスコブームでのユーロビートとも離れているように思います。”クラブ”イメージでのアレンジだったのでしょうか? それだと対象世代がずれてしまうように思うのですが・・・。懐かしい「拾った財布」を聴けたのは嬉しかったですが、「私がオバさんになっても」のアレンジは納得できません。「Dance Nights」をテーマにするならせめて、ユーロビートアレンジにして欲しかった。ディスコ好きでダンス好きで、勝手にイメージして出かけてしまった訳ですが、あれなら普段通りのライブの方が良かった気がしてしまっています。会場風景の写真は森高さんFacebookからお借りしました。

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2015年7月26日 (日)

「渡良瀬橋」足利市駅・足利駅の駅メロディに

2日遅れになってしまいました。一昨日の24日(金)より、東武線足利市駅・JR足利駅の両駅で、列車到着を知らせるブザーの代わりに森高千里さんのヒット曲「渡良瀬橋」のメロディが流れるようになりました。当日はそれぞれの駅で足利市長・観光協会長、そして足利ゆるキャラ”尊氏クン”、地元アイドル”渡良瀬橋43”が登場しての記念イベントが行われました。足利市駅(東武)では10時10分より、足利駅(JR)では12時40分より、それぞれ市長他の挨拶の後列車到着メロディが披露され、渡良瀬橋夕日の記念ポストカードが配られました。駅にはNHK宇都宮や栃木TV・わたらせTV、下野新聞他の報道陣に混じって、お揃いの渡良瀬橋Tシャツ(2013年ライブでのツアーグッズ)姿のファン、そして「17才」時のコスプレ衣装の女性ファンも登場、報道陣の注目を浴びていました。

残念ながら私は当日は仕事でイベントには参加できず、東武足利市駅のみ、代わりに家内に行って貰いスマホで写真を撮ってきて貰いました。記念イベントは最初に改札口外にて市長他の挨拶があり、その後ホームに移動して、駅メロ変更後の最初の列車「りょうもう7号」到着を待ったそうです。渡良瀬橋43は、浴衣姿で降車客・ファンに記念品を手渡していました。この模様はNHK他(”他”は地元ローカル局ですが)の夕方の番組内で紹介されました。

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東武線足利駅構内(改札口内)には特設コーナーも設けられ、ポスターやCD、森高さんのサインや寄せられたメッセージが展示してあります。イベント会場に手持ちのコレクションを持ち込んだファンも居ました。

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私も仕事帰りの夕方、入場券を買って構内の展示を見学、到着メロディも聴いてきました。イベント参加後に市内散策をしていたファン仲間数人にも逢うことがことができました。

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よく見ると朝と若干展示内容が変わっていますね。それはイベント時は市長が手に持って公開していたから。終了後にケースの中に戻した、ということだったようです。

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JR足利駅(両毛線足利駅)には今日になって行ってきました。こちらの展示はサイン・メッセージ入りポスター1枚だけでした。

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24日の駅メロ変更に合わせて、森高千里さんの「あしかが輝き大使」就任も発表されました。市出身者以外では、勝俣州和さんに続いて2人目です。これを機会に足利市と森高さんの絆が一層深まることを願います。できればライブの機会も・・・。

2015年6月29日 (月)

森高千里 Special Live vol.2 In Blue Note TOKYO

表題の「森高千里Special Live vol.2 in Blue Note Tokyo」行ってきました。6/27・28の土日各2回公演でしたが、私の参加したのは土曜日の2回目、つまりは最終公演です。活動が活発になって、「水曜歌謡祭」での司会も影響しているのかも知れません、チケット入手が困難になっています。今年初めに行われた「vol.1」は抽選に外れ、今回も外れてしまって涙を飲んだファンは多かったようです。参加できてラッキーでした。

午後早めの時間に東京到着、宿にチェックイン。当日は偶然にも、地元でアイドル活動をしている「渡良瀬橋43」の”初東京ソロライブ”の日でもありました。と言うことで品川に移動、駅近くの「東京アイドル劇場」に立ち寄りました。さすが東京、こんな場所もあるのですね。知りませんでした。チケットは1,200円。アイドルグループ巡りのできる「通し券(1日券)」もあるそうです。誰々のファン、というだけでなく、”アイドル”というジャンルそのもののファンも居るのでしょうね。私自身はどちらかというとアイドル系は苦手、「渡良瀬橋43」も、”地元愛”故での応援です。今年の(第101回)足利花火大会では、国宝鑁阿寺境内でのライブも予定しているとの告知もありました。それも楽しみです。足利市活性化に繋がると良いのですが。

ステージはグループ名にもなっている森高千里さんの名曲「渡良瀬橋」で始まりました。小学生と高校生と、年齢の離れた5人組ですが、そこまでの年齢差は感じません。中学生の居ないのは、やはり受験が影響しているのでしょうか?集まった観客は40名程度、地元でのライブでよく見る顔が大半ですが、地元以外のファンも徐々に増えていると聞いています。http://watarasebashi.com/

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一旦宿に戻って一休み。風呂を浴びてさっぱりしたところで再び出発、いよいよ本番です。会場は「Blue Note Tokyo(http://www.bluenote.co.jp/jp/)」、通常はジャズライブの行われいてる会場です。JCB主催のイベントですので、ブルーノートHPでは両日は「PRIVATE」表示になっていました。ディナーショーというものには、地元でのイベントのみ、本格的なものでは初体験です。ジャズバーも韓国でのみ、国内ではほとんど経験がありません。

店は地下鉄表参道駅から数分の位置にあります。学生時代での活動の場でしたが、もう、知った店が全く残っていません。様変わりが激しいです。開場20分ほど前に到着。店前の通りには、ブランドショップが並ぶ界隈には似つかわしくない?中年オヤジが屯していました。見知った顔も多数。

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開場時間(19時)2分後に率先して入場。初体験に少々ドキドキ。お祝いの生花の中には、ファン有志で贈らせて頂いたものも。今回はブルーノートのイメージに合わせて”青”企画でした。幹事の(花屋さんの?)センスに感謝です。

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良い席とは知ってはいたのですが、テーブルについてみて実感です。ステージ直前の6人掛けテーブルで私は3席目。テーブルとステージとはほとんとくっついていますので、コンサートホールでの「3列目」とは全く比較になりません。やたら近~い!やばい!心を落ち着けるためにワインを注文。チケットには飲食代は含まれておらず別会計になります。ワンドリンクでOKなのですが、滅多にない機会ですので、アペリティフもオーダー、ワインのお代りもしてしまいました。締めて5,000円ナリ。Tシャツも買いましたので結構な散在になりました。写真では欠けていますが、Tシャツ右下には森高さんご本人映像がプリントされてあります。これは買わざるを得ないでしょう。しかし、森高さんイベント以外ではちょっと着れないなぁ・・・。Tシャツの上のコースターは座席券です。

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正確なセットリストは憶えていません。ただ、「叔母さん」を歌って貰えたのは嬉しかった!代表的ヒット曲「私がオバさんになっても」ではありませんよ。同じアルバム(「ROCK ALIBE」)に収録されていますが、わりと地味な曲です。先にも書きましたが、私自身は”アイドル”に夢中になった時期がありません。百恵も淳子も、もちろん聖子も、一般的にアイドルと呼ばれている人のCDは”ほとんど”買ったことがありません。唯一の例外はアヤヤの「渡良瀬橋(カバー)」位だと思います。「森高千里は?」との反論もお在りかと思いますが、元々彼女の場合、逆に”アイドル”との一般的な位置付けが壁となっていた感があります。「ファンとして」ではなく、「カラオケ宴会の景気付けに」との思いで当時のヒット曲「私がオバさんに~」を憶えようと買ったアルバムが「ROCK ALIVE」でした。そのアルバムで印象に残ったのが「叔母さん」でした。何と言うか、説明が難しいのですが、森高さんの作詞、当初は「中学生の作文か?」との感想でした。ただだらだらと書き連ねているだけ、との印象でした。最初に聴いた時は結構批判的でした。ただ、脳裏に残ってしまうのです。ヘンに癖になります。学生時代、初めて本格的なインドカレーを食べた時のよう。渋谷に”本格インドカレー屋”ができたとの話で好奇心で食べに行った店、頭の中はすっかり”カレー臨戦態勢”でした。この場合の”カレー”はもちろんジャパンカレーです。40年もの昔、渋谷と言えども、本格インドカレーはまだ一般的ではありませんでした。食べたカレーは想像と全く異なっていました。食べた瞬間は「なんじゃこりゃ?」でした。期待していたカレー脳は全く裏切られました。不満足で帰ったのですが、その翌日から”本格インドカレー”が脳裏をグルグル駆け回ります。ちょっとした麻薬でしたね。森高ワールドも同様です。聴いた直後の反発が逆に作用、徐々に、麻薬的に頭を離れなくなってしまったのです。恋も嘆きも切なさも無く、単に「母親の妹」の叔母さんを語った歌です。(実際の森高さんお叔母さんを歌ったわけではありません)それまでの一般的な歌謡詩にはなかった世界です。ですので私にとっての当時の森高さんは、”革新的詩人”としての立ち位置でした。その、森高ワールドに嵌る切っ掛けになった曲、「叔母さん」はライブで歌われることはほとんどなかった(多分。少なくとも私の参加したライブでは)曲でした。生歌ではこれも初体験でした。

周囲の席に顔見知りファンが多かった心強さもあり、おおいに楽しみのりのりに過ごした濃厚な時間でした。ワインのほろ酔いもあったかも知れません。複雑に素材を組み合わせた?キラキラ衣装も素敵でした。そして何度も言いますが「近かった~!」森高さんのトークもトチリも絶好調でした!「飲~も~お~」の「気分爽快」では、森高さんの「倒さないでくださいね」に合わせて?飲み物を倒す絶好タイミングのファンも居て、ファンとのコラボも神業でした。ご本人から「vol.3も!?」との、希望だか願望だか告知?だかの言葉もありましたが、是非実現させて欲しいです。くじ運悪いので、その点が不安ではありますが・・・。写真は主催のJCBのHPからお借りしました。今回のリポートはまだ載っていませんので、前回(今年1月)でのものです。最終公演ならではのダブルアンコール、曲目は「渡良瀬橋」でした。(「渡良瀬橋43」に続いて)この日2回目の、今度はご本家の「渡良瀬橋」です。もう、ちょっと感極まってしまっていました。また是非おいでください、足利に。

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2014年12月21日 (日)

林檎博’14 -年女の逆襲-

椎名林檎ライブツアー「林檎博’14 -年女の逆襲-」も今日が最終日、福岡での最終公演も終了しました。私の参戦したのは30日のさいたまスーパーアリーナでしたが、ネタバレになりますので記事は差し控えていました。先の日記には書きましたが、30日は家内と上京、美術館と画廊を巡ってから埼玉新都心駅で娘と合流、3人での参戦になりました。娘との合流前にはグッズ売り場に並び、Tシャツと応援旗のみ購入しました。応援旗は家から1本だけ持ち出し、会場での購入は2本です。Dsc02317_4


チケットは「林檎班」からの購入、アリーナのB-3エリアでした。まぁまぁの位置ですが、アリーナは傾斜がありませんので、前席男性の背が高く、やや見辛い場面もありました。スーパーアリーナは2008年の10周年記念祭以来です。

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予定時間より2~3分遅れての開演です。演奏(「今」)が始まっても本人の姿が見えません。スクリーンにはキャスト一覧が映し出されています。かなりの大人数、浮雲や斉藤ネコとの名も見えます。その内に後方より歓声が上がりました。トロッコ?に乗り、中央通路を通っての「葬列」を歌いながらの入場です。意表を突かれました。レーザー光線の波の中、何かキラキラした衣装でした。もっとよく見たかったのですが、舞台に上がった時にはすでに衣装替え(多分脱いだだけ)していました。登場時の衣装、探してみたのですがネット上に見当たりませんでした。

林檎さんのライブでは常にそうなのですが、MCはほとんどありません。しかし今回は更にです。最初に「ようこそ彩の国へ」との一言だけ、あとはアンコール時に少し話しただけです。久々の椎名林檎名での新アルバム「日出処」での収録曲を中心に、東京事変曲や石川さゆりへの提供曲「暗夜の心中立て」などを挟みながらの歌唱・演奏が続きます。衣装替えで時折ご本人は舞台から姿を消しますが、その間もショーは継続します。歌詞が一言だけの「望遠鏡の外の景色」も衣装替えに利用されていました。まさに怒涛の展開です。2時間少々の、ライブとしては長い時間ではありませんが、息もつかせぬ緊張感を持続した充実の時間でした。林檎さんは今年厄年、二回り上年齢の私にはもうこの2時間が限界かも知れません。終演後にはさすがに歳を感じました。画像は「音楽ナタリー」からの借りものです。ダンサーのAyaBambiのお2人も印象的でした。

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地震で放映が1週間延びたNHK Eテレの「SWITCHインタビュー 達人達」、大変興味深い内容だったのですが、インタビューを聞いた後のライブ参戦は一味違うようです。お話の内容がなお一層理解できたような気がします。以前から林檎さんは「J-POP職人」を名乗り、好きな音楽と仕事で作る楽曲との間に一線のあるようなことをおっしゃっていました。映画「さくらん」で音楽監督を務めた時には、「これがやりたかった仕事」ともおっしゃっていたと思います。初期の楽曲から徐々に、ジャズっぽいもの、ミュージカル仕立ての楽曲等、音楽の幅も広がっています。インタビューの中でまた、「キャバレーを経営したい」とかのお話もありました。これすごく判ります。ショービズに魅力を感じているのですね。私自身、その方面に魅力を感じています。つい先日も映画「バーレスク」をレンタル(映画館でも観ています)してきていました。夫婦での年1回東京ショーパブ巡り(NH系)が恒例になっていた時期もありました。あまり意識はしていなかったのですが、林檎さんのライブに魅力を感じていたのは、その共通点もあったのかも知れません。林檎さんのラブコールで対面なったとの作家・西加奈子さん、直木賞にノミネート(2回目)されています。名を知らない作家さんだったのですが、「さくら」という作品を買ってきて今読んでいます。直木賞ノミネートの「サラバ!」も読んでみたいと思っています。

林檎さんに興味を感じた最初は「歌舞伎町の女王」でした。その後CDを買い、ライブのチケットを買おうと試みたのですが、発売当日の売出し時間丁度から一向に電話が繋がらず、結局3時間後に「売り切れ」のアナウンスを聞く羽目になりました。直後にファンクラブ「林檎班」に入会、その後は先行発売でチケットを入手しています。今年は大晦日の紅白にも出場しますので、取り敢えずはそれを楽しみに過ごしましょう。

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2014年11月20日 (木)

Autumn Tour 2014~LOVE~

森高千里さんの「Autumn Tour 2014~LOVE~」、18日の東京公演で終了しました。今回は名古屋・大阪・東京、各地のZepp でのライブハウスツアーでした。東京では4回公演。その内、10/27と11/18の2日間に参戦してきました。Zepp Tokyo は2007年の椎名林檎ライブ以来です。通常はオールスタンディング、スペース指定ですが、ファンの平均年齢を考慮してか今回は座席付きでした。実際にはほとんど立ちっぱなしではありますが、やはり席のあった方が楽です。

先月は日帰りでしたが、今回は打ち上げ参加も目論み1泊上京です。昼過ぎに地元を出発、列車の10分遅れで埼京線乗り換えがずれ、ホテル到着時には40分の差になっていました。チェックイン後早々に出発、開場30分前に到着。転売対策として今回は、郵送されてくるのは「座席引換券」です。事前抽選だそうですが、入場時にならないと座席番号は判りません。本人確認のための証明(運転免許所等)も必要です。そのため当初は入場受付に手間取ったようですが、もう最終日ですので慣れたのかスムーズに入場できました。前回は6列目、さて今回は、ナント!2列目それもど真ん中でした! すぐ前の席には常連顔馴染みファン、左右斜めにも見知った顔が多数、揃いのエメラルドグリーンTシャツで散在しています。前にTV撮影用レール(1/25TBSチャンネル1 にて放映)が設置されてはいても、通常のコンサートホールと比べると舞台との間隔はずっと近いです。前回よく判らなかった衣装生地(細かい凹凸のある生地)もはっきり見えました。 27日は渡良瀬橋Tシャツ参加だった私も、今回はエメグリTシャツです。

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ライブスタートは「若さの秘訣」「臭いものにはフタをしろ!!」「私がオバさんになっても」の3連発。本人解説によると”オバさん””オジさん”を意識した選曲だったそうです。しかし「若さの秘訣」での叔母さんは36歳です。すでにその年齢を超えてしまった森高さん、作詞当時自身の45歳をどのように想像されていたのでしょうね? 中盤には恒例の、ご本人によるグッズ紹介があります。その折には最前列ファンが(見本として)グッズを差し出すのがお決まりのようになっています。デジジュリ先行予約でも、必ずしも良い席が当たるわけではありませんが、毎回常連ファンの誰かは最前列に座っています。おそらく、盛り上げ役に古参ファンを配列するような配慮もあるのでしょう。しかし座席は入場時にならないと判りません。最前列ファンが必ずグッズを取り揃え持っているはずもありません。顔見知りファン達が寄り集まり、最前列当選者にグッズを託すのです。これも常連ファン達のチームワークですかね。

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ライブハウス会場を意識して、今回はアップテンポ選曲が多くなっています。特に終盤の「夜の煙突」「GET SMILE」「テリヤキ・バーガー」は盛り上がりました。その上森高さんとの距離も近く、頑張らざるを得ません。「GET SMILE」でのジャンプも、通常の20%ほど高く飛べたようにも思います。 アンコール最後の曲は「渡良瀬橋」、夕日の渡良瀬橋映像をバックに歌って頂きました。地元の日常渡っている橋を歌って頂き、ファン冥利に尽きます。この歌を繋がりとして、多くのファンの方々と知り合う事ができました。活動休止期間中に、ファン数人で集まって「勝手に誕生会」を開いたこともありました。昨年のコンサート後には、44人のファンが集まり交流の場も持つ事ができました。夏恒例の足利花火大会を訪れて下さるファンの方々も居り、今年も一人の方と新たにお会いしました。感謝に堪えません。

ダブルアンコール曲は「気分爽快」、少し季節外れではありますが、爽やかにお別れしました。 終演後は某氏発声によるお決まりの”三本締め”です。後にFacebook で「最後の三三七拍子、メンバーと一緒に私もステージ袖でやりました。」とのご本人発言が。打ち上げ会場でそれを聞かされた某氏、必死に感激の涙を堪えていました。しかし”三三七拍子”ではなく”三本締め”なんですけどね・・・。「乗り過ぎて(本人談)」歌の出だしを損なったり、MCでの言い間違い等々、おっちょこネタの尽きない森高さん、それも魅力のひとつです。

打ち上げ、といってももちろん個人的な集まりです。ライブ会場で顔を合わせる内に知り合いになった古参ファン、活動休止中にもBBS等を通じて交流の続いていた方々を核としての、一部ファンが集まってのものです。今回は各会場でそれぞれ、17名から30名の参加がありました。最終日の18日は最大の40名の参加です。平日開催ですので、翌日の仕事の関係で参加断念した人も多かったことでしょう。しかし幹事の苦労を考えると、この人数がほぼ限界でしょうね。東京幹事のIさん、ありがとうございました。次回イベントは年明けのディナーショーです。会場キャパの関係で当選確率がネックになります。間もなく受付が始まります。運試しにチャレンジしてみようかな!

2014年5月30日 (金)

「ダンシング・クイーン」「サニー」

水曜と今日と、続けざまに韓国映画を観てきました。共に以前から気にしていた、観たいと望んでいた作品です。日本ではマイナーな作品ですので、この機を逃すと、劇場で観る機会はもう得られないかも知れず、少し無理して出かけました。

「ダンシング・クイーン」  オム・ジョンファ、ファン・ジョンミン主演の作品です。韓国での公開が2012年、日本でも上映はされたようですが、もちろんロードショー公開ではありませんので地方では中々見られません。東京地区公開の情報も多分見逃したのでしょうね。たまたま、映画情報を探っていて「韓国文化院(http://www.koreanculture.jp/)」でのイベント(韓国映画上映会)を見つけ応募しました。どの程度の競争率があったのか判りませんが無事当選、平日の夕方ですが、仕事を早めに切り上げて家内と上京しました。会場は満席、帰宅は終電、少々疲れました。

作品内容は、韓国お得意のちょいとほろっとさせるコメディ、良くできています。芸達者お二人の競演ですし、脇もよく見た俳優陣が固めます。サービスとしてイ・ヒョリも顔を出します。単純なお決まりストーリーですが、テンポも良く軽い笑いを散りばめて飽きさせません。楽しい作品でした。

主演のオム・ジョンファですが、当初は”歌手”として名を知りました。K-POPに嵌った時期にCDを買った歌手の一人です。棚をちらっと見たら、「Queen Of Charisma」と「D.I.S.C.O」の2枚のアルバムが目に付きました。メインで買った歌手ではないのですが、多分もう1枚位はあったように思います。ドラマ「美しき日々」の第1回に歌手として実名でゲスト出演していたのが印象に残っています。そういえばこの映画でも実名での出演ですね。履歴を見ると、(韓国ではよくある)歌手から俳優になったのではなく、女優デビューの翌年に初アルバムを出し、そのまま並行して活動してきています。その後歌手の方は休止(?)、演技活動をメインとしてきていますが、歌手としても女優としても受賞歴があります。作品内とはいえ今回は久々の歌手活動ですね。さすがに最初の大学生役は(2人とも)無理がありましたが、44歳の歳に負けず活躍していました。全盛期に比べるとやはり若干ウエストが太目には感じられましたが、寧ろ魅力は増しています。踊って歌う歌手のハシリの時代でしたが、昨今の(イ・ヒョリ等の)ダンスのようにはいきません。やはり時代を感じます。

今日観てきたもう1本の作品は「サニー」です。「永遠の仲間達」との副題が付いています。イオンシネマでの名作上映イベント「シネパス(http://www.aeoncinema.com/event/cine-pass/)」での上映です。以前からポスターは見ていたので楽しみにしていたのですが、詳細を知らずにいました。昨夜になってサイト情報を見つけたのですが、見つけてみると地元イオンでは30日が上映最終日です。ギリギリで見つけたのですが、月曜から金曜までの平日、しかも朝9時半からの1日1回上映です。ちょいと悩みましたが勢いで行ってしまいました。経験のない平日朝の映画館でしたが、意外な事にチケット売り場は列をなしていました。若者離れの顕著な業界ですので、客層による変化なのでしょうか?多くが60代以上に見られます。でも私の観た館内にお客は6人だけでした。「アナ雪」客が多いのかなぁ~?

作品は、女子高時代の仲良し仲間7人の現在と過去が交互に描かれる、青春の思い出とほろ苦さ、時の流れの過酷さ、そして友情の物語です。ご都合主義のSFより、寧ろ得難く理想的で非現実的なストーリーかも知れませんが、真に憧れ求める世界でもあるようにも思います。同じく非現実的であっても、有っても無くてもよい、空想SF世界よりずっと、意味も重みもあります。誰もが心の内にその一部は持っている、悔いとか拘りとかもやもやとか、刹那ではあるのでしょうが、一瞬晴らしてくれる爽快さを秘めた作品だと思います。この年の韓国での観客動員で2位を占めた作品だそうです。バックに流れる音楽等、その時代に青春を過ごした韓国人には、沁みる部分も多かったのでしょうね。

主人公ナミの高校時代を演じたのは、「王になった男」で毒見役サウォルを好演したシム・ウンギョン、「大王四神記」や「ファン・ジニ」等、ドラマ子役としても活躍しました。”サニー”のグループリーダー、チュナ役は、高校時代・現在ともかっこ良く演じられました。末期がん患者として演じたチン・ヒギョン、何処かで見た顔だと思ったら、「朱蒙」のヨミウルだったのですね。

無理して出かけて観た2作品でしたが、その甲斐のあるだけの作品でした。上映機会の少ないのが残念です。

2013年11月25日 (月)

椎名林檎15周年、他

この1週間ほど、色々行事があったのですが、忙しくて書き込めずにいました。で、簡単にまとめて一括で。

今年は、椎名林檎さんのデビュー15周年の年です。東京事変解散、ソロ活動を再開しましたので、ここ暫く活発に活動しています。コラボ盤CD「浮き名」とライブベスト盤CD「蜜月抄」のリリース、そして「椎名林檎15周年党大会・班大会」と名付けられたライブです。ライブの方は、先週の20日(水)に参戦してきました。会場(渋谷オーチャードホール)に合わせたのか?これがやりたくてこの会場を選んだのか?、今までに無い志向でのライブでした。まだ明日まで期日が残っていますので、取り敢えず詳細ネタバレは差し控えます。渋谷はもうクリスマスムード満開でした。P2013_1120_204127_3  P2013_1120_204339

次に控える「班大会(林檎班会員限定ライブ)」にも惹かれるのですが、2週連続平日上京も難しく、映画館でのライブビューイングで我慢する事にします。

林檎さん、他にも、新宿タワーレコードとのコラボでTシャツも作りました。「歌舞伎町の女」をテーマにしたTシャツです。「林檎班(ファンクラブ)」更新記念グッズも送られてきました。更新10回記念のピンバッジと、今までの記念グッズを収める事のできる箱です。ここの10個ずらっと並べれば壮観な気もしますが、あまりグッズに拘らない私、全部残っているか不安、探さなきゃ・・・。

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翌21日は、お隣佐野市のホテルで開かれたボジョレーヌーボー試飲パーティーに出かけてきました。仕事絡みでの義理買いチケットです。今年は異常気象でブドウの収量が例年の半分程度しかなかったそうです。しかし味には影響がないとのお話し。ただ、パーティーで出された2種類で味に差のあった事がちょっと気がかりでした。

会場入り口には、佐野市のゆるキャラ「さのまる」も出迎えてくれました。この時点では、まさがグランプリで優勝するとは思いませんでした。http://www2.yurugp.jp/

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パーティーのゲストは歌手の「石井明美」、「CHA-CHA-CAH」で一世を風靡した歌手でした。お酒の席ですので、前座歌手の時はほとんどの客が歌など聴いていませんが、さずがに知名度のあるトリには注目が集まります。写メで撮りながら注目し盛り上がっています。しかし、嘗てはオリコン1位を記録した歌手でも、現在は、照明の前を酔客が平気で横切る地方回りでのお仕事です。オーチャードホールを連続5日間満席にする林檎さんのライブの直後ですので、この差に芸能界の厳しさを実感しました。

最後、昨日の日曜日はゴルフでした。異業種交流会関連の仲間との3組でのミニコンペです。会場は地元名門コース「唐沢ゴルフ倶楽部三好コース(http://www.karasawa-golf.com/Main_Page_M.htm)」でした。(他でも良くはないのですが)このコースで良いスコアの出たためしがありません。今回もOB3発自滅で「110」の成績でした。お天気は良く紅葉も綺麗でしたが、コンディションとスコアは一致しません。

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